障害者施設殺傷事件が突き付けた問題
相模原障害者施設殺傷事件の容疑者である元施設職員は、供述のなかで「障害者はいなくなればいい」と主張した。この優生思想ともいうべき考え方は、現代社会においても脈々と息づいている。NHK Eテレ「ハートネットTV」に携わる制作者は、この事件から何を感じたのだろうか。
「役に立たない」として排除されるかもしれない不安
「戦後最悪の犠牲を出した殺人事件」として全国を震撼させた相模原市の障害者施設殺傷事件。2カ月余り(執筆時)が経ったいま、メディアで取り上げられる機会は少なくなり、障害のある人や家族などを除いては、人々の関心も薄れてきているかに見える。
しかし福祉番組の制作現場では、心の底に起きた“ざわつき”が治まっていない人も多いのではないかと感じている。
それは、容疑者が「障害者はいなくなればいい」という趣旨の発言を繰り返していたと伝えられ、インターネット上でその思考に同調する声が広がるなど、「優生思想」を巡る問題が目の前に突きつけられたことが大きい。
障害の有無や人種などを基準に人に優劣をつけようとする優生思想は、経済力や運動能力などの“生産性”がなければ「生きる価値がない」という考えに結びつきやすい。NHKの福祉番組班では「ハートネットTV」をはじめ、さまざまな番組を放送しているが、取材させていただく方や視聴者の中には、生産性で人間の価値が量られる社会に生きづらさを感じている人たちも多い。
障害者や高齢者、経済的に困窮状態にある人だけではなく、病気で思うように働けない人、コミュニケーションが苦手だったり他人と異なる特徴があったりして学校や職場に居づらい人など……。一見“普通”にしていても、いつ「役に立たない」と排除されるか不安を抱いている側からすると、今回の事件は他人事ではない。そんな“不気味さ”を訴える声が、いまも番組に寄せられている。
「ホロコーストの“リハーサル”」過去からの警鐘
「優生思想は間違っている」。そう否定する前に、そもそも優生思想はどうして生まれたのか、放っておくとどうなるのかをいま一度過去から見直そうと、私たちは2016年9月下旬に、ある番組をアンコール放送した。昨年11月に初回放送したETV特集「それはホロコーストの“リハーサル”だった~障害者虐殺70年目の真実~」だ。同番組の概要を以下に記す。
600万人以上のユダヤ人が犠牲となったナチスによるホロコースト。しかしそれより前に障害者たちが大量に殺害されていた――。第二次大戦勃発とともにナチス政権は「治癒できない患者を安楽死させる権限」を主治医に与える。「T4作戦」と呼ばれるこの作戦により全国6カ所の施設で、医師らに「生きる価値がない」とされた患者たちがガス室に送られ殺された。2年の間に精神・知的障害者や治る見込みがないとされた患者7万人が命を奪われ、作戦中止命令が出されたあとにも各地で医師らが自発的に殺害を継続、終戦までに合計20万を超える人が犠牲となったのだ。
番組では、ダーウィンの「進化論」を人間にも当てはめようとする優生学が当時の医師らによって積極的に取り入れられた経緯を検証。そしてナチスが経済や覇権などさまざまな課題を解決する手段として、優生思想を利用したことを振り返った。ドイツを訪れた日本障害者協議会の藤井克徳代表が遺族や研究者と対談し、同じことを二度と繰り返さないために何が必要かを考えるという内容だった。
番組を見返すと、改めてさまざまな人の言葉が心に響く。T4作戦を長年研究してきた歴史学者は、そもそも人間を「健康で社会に役立つ者」と「劣っていて価値のない者」に二分する考えが社会にあったことが、障害者ひいてはユダヤ人の大量虐殺の土壌になったと指摘。「人間は、命の価値を尊重しなくなると人が殺せてしまうのです。社会の中に、病、障害、苦悩、死が存在することを受け入れようとする意見が、かつても今も少なすぎます」と警告する。
“内なる優生思想”を見つめる番組として何ができるか
なぜそのような社会になるのか。それは、優生思想はヒトラーだけでなく私たち各々の心にも深く関わる問題だからだという指摘も見逃せない。「自分と他者を比較して差別する心、“内なる優生(越)思想”は誰しも持っている」と、藤井さんは言う。私たちはETV特集とは別に「ハートネットTV」で同じテーマを放送したが、そのなかでドイツが過去の過ちを繰り返さないよう、教育や当事者運動を徹底して続けている様子を伝えた。その特徴は、一人ひとりの“内なる優生思想”に向き合い、そのうえでどうしたら克服できるかを考えていることだ。
例えばベルリンにある小学校では毎月、ナチス時代について考える授業が行われている。さまざまな人種や障害のある子ども、ない子どもが一緒に、なぜ殺される人と生き延びる人が選別されたのか、もし自分があの時代に生きていたらどうなっていたかを真剣に語り合う。
また障害者権利擁護活動に取り組むリーダーは、「あなたは障害者、あなたはユダヤ人、あなたは同性愛者、あなたは外国人、あなたは女性だと何事も分類するから、差別が生まれ迫害につながるのだ」と語る。そして差別されることで「自分のことを価値がないと思うのも非常に危険だ」とも言う。「私は他者より良くも悪くもなく、私の人生は他にないただ一つのものと考えることが大事だ」と訴え、当事者運動を続けていく決意を語っていた。
話を日本に戻そう。私たちは今回のような事件のあと、犠牲者を「何の罪もない、一生懸命生きている人たち」と表現することで、障害がある人の命を守る根拠を伝えたつもりになってしまいがちだ。しかし、そのような“感情”だけでは優生思想を抑える力にはならない。程度の差こそあれ、同じような暴力事件は起きており、これからも起き続けるのではないかという恐れもある。
では一体、優生思想の亡霊を前に、どんな番組を私たちは作っていけばいいのか? 妙案があるわけではない。あきらめずに根気強く問い続けるしかないのだと思う。しかしだからこそ、これまでつながってきた当事者と共に、番組のあり方やメディアの役割をより真剣に考えていくチャンスなのかもしれない。それが、福祉番組にいまできることかと思っている。
2016年11月16日 熊田 佳代子 :NHK文化福祉番組 チーフ・プロデューサー 熊田 佳代子Kayko KuadaNHK
文化福祉番組 チーフ・プロデューサーNHK文化・福祉番組部チーフ・プロデューサー。ディレクターとして福祉分野の取材を多く手がけ、「ハートネットTV」ほか「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などを制作してきた。2014年から現職