ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

障害者差別解消法  「拒否」か「配慮」か 双方歩み寄りを

2016年12月31日 02時31分05秒 | 障害者の自立

 障害者への「配慮」なのか、「差別」なのか、その線引きを巡り、市民団体と行政との間で意見交換が24日、高松市内で行われた。今年4月に施行した「障害者差別解消法」は、行政機関や民間事業者に、障害者に対し「合理的配慮」を求めている。しかし、その判断は人によって違うのが実態。「安全のため」と説明され、事実上、利用を拒否されたと感じたという障害者側の意見も出て、運用の難しさが改めて浮き彫りになった。 

 
意見交換する県職員と参加者ら=高松市内で2016年12月24日午後、
 
毎日新聞   2016年12月30日
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障害者実雇用1・88%…脱「最下位」

2016年12月31日 02時28分05秒 | 障害者の自立

◆大企業に働きかけ奏功

 宮城労働局などが、今年の県内の障害者雇用状況を発表した。50人以上規模の民間企業の実雇用率は1・88%(前年比0・09ポイント増)となり、3年ぶりに全国最下位から脱した。同局は、県と協力して大規模企業に働きかけたことが増加につながったとみている。

 調査は県内に本社を置く1411社(同19社増)を対象に、6月1日時点で集計した。県全体の雇用障害者数は過去最多の5173人(短時間労働者は0・5人でカウント)で、前年より342・5人増えた。また、法定雇用率(2%)を達成した企業の割合は50・0%(同3・4ポイント増)で、25年ぶりに50%を超えた。

 同局によると、県内の障害者雇用への理解は進んでいるものの、集計対象外の50人未満の企業に就職したり、雇用人数を東京などの本社で数えたりすることから、なかなか数字に結びつかないという。そこで同局は今年1月、知事らとともに県内で影響力を持つ大規模企業8社を訪問。さらに、300人以上規模の企業76社も訪ね、障害者雇用への理解を求めたところ、45・0人の増加につながった。

 産業別での実雇用率は、洗濯業(クリーニング業)を含む「生活関連サービス業・娯楽業」が3・82%と群を抜いて高かった。県内の実雇用率トップ5のうち、3社がクリーニング業だった。

2016年12月30日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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重症心身障害者の就学 どんな人の命も大事 /青森

2016年12月31日 02時17分20秒 | 障害者の自立

 初めて会ったのは、青森に赴任して間もない4月初めだった。「青森県重症心身障害児(者)を守る会」の会長、谷川幸子さん(64)。法制度の問題で義務教育を受けられなかった50代の重症心身障害者が、半世紀越しに県立浪岡養護学校(青森市)の小学部への入学を果たすとの話を、その背景から丁寧に語ってくれた。

 「一生のほとんどを病院で過ごす重症心身障害者にとって、学校生活は人生が輝き、本人が成長できる貴重な時間なんです」。実感のこもった言葉は、今も印象に残っている。

 1男4女の母である谷川さんの三女ひかりさん(33)も、重い障害を持って生まれた。「できるのは泣くか…

4月、県立浪岡養護学校で行われた入学式。谷川さんも参列した中、50代の重症心身障害者2人が小学部に迎えられた

毎日新聞   2016年12月30日

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1月、障害者専門の医療福祉施設開業 福岡県糸島市

2016年12月31日 02時09分56秒 | 障害者の自立

 福岡県糸島市では初の障害者専門の医療福祉施設「糸島こどもとおとなのクリニック」=写真=が1月4日、同市志摩井田原で開業する。

 運営は佐賀市の社会福祉法人「佐賀整肢学園」。クリニックは2階建てで、延べ床面積1486平方メートル。1階が、脳性まひやダウン症、知的障害、自閉症、発達障害などの診療や、装具関係の処方を行う医科・診療部門。2階には、理学療法室と作業療法室3室、言語訓練室6室を備えたリハビリテーション部門が配置されている。

 このほど落成式があり、市丸智浩院長は「地域のお役に立てるよう頑張りたい」と話した。見学などの問い合わせは佐藤事業室長=080(8582)1675(午前9時~午後5時)。

=2016/12/28付 西日本新聞朝刊=

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発達障害の大学生増加 放置したままでいいわけがない

2016年12月31日 02時04分02秒 | 障害者の自立

「多様化社会」という言葉はそれを支える制度がなくては意味が無い。とある大学教員のブログから、コラムニストののオバタカズユキ氏が大学生の「多様化」を考える。

 特定個人を責める意図はないので、某教員の某ブログにて、と記すにとどめる。先日、そのブログにこんなことが書かれてあった。

 ブログ主は大学教員。大学の授業で学生にミニレポートを書かせ、それを出席票のかわりにしていた。するとある日、中身も筆跡もそっくりなミニレポートが複数枚出されていることに気づいた。

 これは明らかに「代返」だ。一番たくさんの文字数を書いた太郎君が、二郎君、三郎君、四郎君のものも書いて、そしらぬ顔で自分に提出したのだろうと思った。

 次の授業で、そっくりレポートの「提出者」たちに尋ねてみると、教員の読みはアタリ。「提出者」たちはその行為を認めたと言う。それが不正行為であることを教員が説明すると、二郎君以下はきまりの悪そうな顔をしていたとのことだ。

 ところが、太郎君ひとりは反論した。「みんなやっているし、他の先生に叱られたこともない」というふうに。教員が、「だからいいという問題ではない。これは不正行為で、学問の世界では問題外だし、出欠を誤魔化したことは教員の私を欺いたことになる」とていねいに諭したら、「初めて教えてもらえた」と礼を言われた。

 問題はその先で、「だから、このときの出席は取り消しになる」と教員が学生たちに伝えたところ、それまで“ありがとうモード”だった太郎君が、急に「なぜ?」と食い下がってきた。「不正行為だから」と言っても、「知らなかったことで罰せられるのはおかしい」と反論してきたという。

 以上は、元のブログの文を多少アレンジしたものだが、大筋こんなことがおきたらしい。そして、教員は、最後まで納得しなかった太郎君について考えながら、善悪の区別のつかない学生の登場を嘆いていた。人に相対する態度は礼儀正しいのに、常識が通じない。それは、コミュ力の発揮と自己主張の仕方ばかりを形式的に教えてきた大人側の問題なのではないか、と。

 このブログのエントリーは、SNSでけっこう拡散し、私の目にも止まることとなった。読んだ人の多くは、「大学の劣化もここまで来たか……」というもの。日本の今の首相の名前を知らない、分数の四則算ができない大学生が増えている……といったお決まりの大学生バカネタと同じ水準で、呆れかえっていた読み手が大半であった。

 が、ブログのコメント欄で勤務医と称する人が、「この太郎君の様子はアスペルガー症候群の症状に当てはまる。早期の受診を薦める」といった内容を書きこんでいた。私も素人ながら、この話は、発達障害の観点から考えたほうがいいと思った。

 太郎くんの問題は、コニュ力や自己主張の教育云々以前の話だし、いまどきの大学生が劣化しているというよりも、ここまで多様化している、と捉えたほうがベターではないか。多様化した大学生の中には、多様な特性をもつ発達障害者が含まれるのだ。

 発達障害をもつ人が増えている、と言われて久しい。原因は、諸説あってまだよく分らない。はっきりしているのは、昔だったら「変人」とか「ダメなやつ」とかで片づけられていた人々(子供たち)が、幼稚園・保育園、小中学校の先生から検査を勧められ、発達に偏りやでこぼこがある、と指摘されるケースがだいぶ前から急増している事実である。潜在していた発達障害が顕在化してきた、という話だ。

 そのこと自体の是非は置く。ただ、とても問題なのは、そうした検査をし、ときには専門医が診断を下したりしても、発達に問題があると言われた当人やその親のフォロー体制が、いまだにほとんど確立していないことだ。障害の有無がわかっても、障害をフォローする社会側のシステムがなきに等しい。

 今回、読ませてもらったブログ主は、「発達障害ではないか」という読者からの指摘を受け、その方面について取り急ぎ勉強をした様子である。でも、じゃあ、どうしたらいいかという段で頭を抱えていることだろう。

 2005年に発達障害者支援法が施行され、知的障害を伴わない発達障害者も障害者のうちだと認められるようになった。それ以前から、啓蒙活動が方々で為され、関連書籍などもたくさん出版された結果、ADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)、自閉症スペクトラムといった言葉もけっこう知れ渡った。それはきっといいことだ。

 だが、発達障害者たちに、学校や職場などの現場で、実際、どう対していけばよいのか。そのソリューションについては、「当事者に寄り添おう」といった抽象的な呼びかけや、専門医に診てもらおうといった「丸投げ」以外、具体的な方法論が見えていない。

 大学に限った話で言うと、2009年頃に大学全入時代が突入すると騒がれた2000年代前半には、発達障害をもつ学生の問題について、ちゃんと教育を考えている一部の教職員たちが「やばいことになる」と心配していた。

 誰でも大学に入れるようになり、学生の質が下がるというだけでなく、入学試験が実質的に機能しなくなり、それまで「入学できなかった」タイプの発達障害者もどんどん入って来る、と予測できたのである。

 でも、その予測をもとに、きちんと受け入れ体制を整えたという大学を私はほぼ知らない。カウンセリング室を拡充したり、就職の際の悩み相談を受けるキャリアカウンセラーをキャリアセンター内に増やしたり、といった対策を立てた大学はあるが、それは企業がお客様相談室の電話回線を増やすのとあまり変わりなく、抜本的な解決に向けたものではない。

 ブログの太郎君のように、善悪の判断がつかない学生はどうしたらいいのだろう。放置すれば、就活の面接で確実に躓くと思う。内定が取れず、留年を重ね、結局、退学してしまうかもしれない。就活生の自殺が話題になるが、そのうちの少なからずは発達に何らかの障害をもっているとも聞く。

 大学全入時代になり、とにかく入学者を確保しなければならない、受験生数を増やさなければいけないというプレッシャーが高まった。そして、日本の大学は、入試形式を次々といじってきた。最低でも文系なら英国社、理系なら英数理の3科目を受験しなければならないという「常識」が崩れ、1科目入試や面接だけ入試など、一通りの基礎学力がなくても入学できる大学がすごく増えた。

 これは、いわゆるFランク大学だけの話ではない。全国的に有名な難関校でもそうだ。そして、結果的に、発達に障害のある学生を抱え、これといった何をするでもなく、良心的な教員ばかりが胸を痛めている、といった状況が出現している。

 入試を多様化すれば、学生の質も多様化する。多様化はポジティブな面ばかりではない。この障害者の問題のような厄介な側面もある。そうした学生に「手間ひまをかける」体制を整えてからでないと、当事者も教員も負荷が増し、誰も幸せになれない状況を招く。

 太郎君の件についてブログで綴らずにはいられなかった教員は、本当にショックだったのだろう。似たような思いをしている大学教員は全国にたくさんいる。まず、その苦悩の言語化と、意識共有から始めなければならない。

 だが、大学教員は雑務他の激増で多忙化するばかりだ。これは国家主導で、心理や福祉、医療職の専門知を結集させて対策を練り、実施する。そういうレベルの大きな課題だと思う。

 2016年12月29日     NEWSポストセブン

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