◇夢を形に“三人四脚”
山口市吉田の山口大学。静かな図書館の中で、巨海裕典さん(19)は黙々と本を整頓している。「仕事はどうですか?」。ささやいたのは、昨春卒業した同大学付属特別支援学校の山本愛枝先生。進路支援を担当していて様子を見に来たのだ。「順調ですよ」。巨海さんはニコッとつぶやいた。
自閉症のある巨海さんは、急に予定が変わったり、人と談笑するのは苦手。特別支援学校でいろいろな職場を体験し、図書館の仕事を希望した。ただ、山口大学としては障害者を雇用するのは初めて。同大学情報企画課長の板谷茂さんは「本人の希望を聞いて、正直、準備に大慌てだった」と振り返る。就職して1年。今では「欠かせない人材」になった。
巨海さんは時間にはとても正確。他の職員がつい忘れがちな室温のチェックを任せると、1日2回、定時にきっちり測る。巨海さんに仕事の助言をしている金重幾久美さんは「エアコンの調子が悪くて夏はとても暑かった。それをきっちりデータ化してくれたのでエアコンの更新につながった。今年の夏は学生さんも快適に勉強できます」と喜ぶ。
一方ではこんなこともあった。非常ベルの検査の日、ジリジリとベルが鳴り出すと巨海さんが慌てて駆け寄ってきた。「火事です。大変なことになりました」。「館内放送はあったけど、自分に関係すると気付かなかったのね」と金重さん。これからは事前に説明しようと反省している。
不安だったのは「障害者にどう接したらいいのか」ということだ。任せた仕事が好きなのか、嫌なのか、淡々とこなす巨海さんからは気持ちを測りかねていた。だけど、少しずつ個性がつかめてきた。ほめられてうれしいと、右のほおがピクッと上がる。巨海さんも、いつもと違う仕事が入っていて慌てないように、予定を毎朝自分で確認するようになった。
特別支援学校もバックアップを続けている。こだわりの強い巨海さんは、高級車にワックスを塗るように、100台近くある机をぞうきん掛けする。職場実習でそれが分かったので、山本先生は学校で特訓した。会議室の机を並べて「よーい、スタート」。手早くきれいにふけるようになった。本人、職場、母校の“三人四脚”が実を結びつつある。
「先生、自動車免許が取れました」。1月、巨海さんは山本先生の携帯電話にメールを送った。1年半をかけて自動車学校に通った努力が実ったのだ。給料を貯金して軽自動車も買った。本屋やビデオ店を巡ってカフェでくつろぐのが最近の休日の楽しみ。仕事に慣れてきた巨海さんは今や、ベテランのような風格さえ漂う。
「私は本に囲まれた生活が大好きです。本のにおいも好き。破れていると可愛そうになる。だから図書館に勤めたかった」。3月6日の卒業式の前、母校に招かれた巨海さんは後輩たちに語りかけた。「夢をあきらめないで。自分の落ち着ける場所や大好きな場所を見つけてください」(5月6日は休載します)
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