ブラインドサッカーは視覚障害を持つ選手による5人制のサッカーだ。選手たちはアイマスクをつけて、専用のボールが出す「音」と、敵陣のゴール裏にいるガイドの「声」を頼りにプレーする。視界が完全に遮られているにもかかわらず、フィールドを駆け、ドリブルし、体同士ぶつかり合いながら、シュートを打つ。
そんな競技の迫力に加えて、ブラインドサッカーにはもう一つ際だった特徴がある。競技を統括するNPO法人の「日本ブラインドサッカー協会」が自立した運営を成功させているのだ。ほかの多くの障害者スポーツの競技団体が国や自治体からの補助金に頼っているのに対し、独自の事業で活動資金の約3割をまかなう。
同協会の事務局長として自立運営をけん引してきた松崎英吾氏(37)に自立を目指すようになった経緯と狙いについて聞いた。(聞き手・構成は久我智也=ライター)
■国・自治体からの補助は収入の2割
――現在、ブラインドサッカー協会の収入の内訳はどのようになっていますか。
日本ブラインドサッカー協会の事務局長を務める松崎英吾氏
「約45%が法人からの協賛金・寄付金、約30%が事業収入。残りの約20%が国や自治体からの補助金・助成金です。小学校向けの教育プログラム『スポ育』や、企業向けの研修プログラム『OFF TIME Biz』といった事業を手がけています。ほかにブラインドサッカーで使用する、音が鳴るボールなど競技用品もよく売れています。学校や企業だけではなく、老人ホームなどからも購入いただいています」
――障害者スポーツの競技団体の場合、収入の80~90%を官の補助金・助成金で賄っているということも珍しくありません。独自の運営で収入を得ているというのは珍しいのではないでしょうか。
「ほかの競技については分かりませんが、サッカーについていえば、世界でもまれだと思います。イングランドではプレミアリーグを統括するFA(フットボール・アソシエーション)がブラインドサッカーも統括しています。FAは自分たちのプログラムを海外に導入するために各国を巡っているのですが、そんな彼らでも、日本ブラインドサッカー協会のような運営をしているところは『見たことがない』と言っていました」
――「スポ育」や「OFF TIME Biz」はサービスを受ける側にどのような効果があるのでしょうか。
「私たちはそれらの事業を『ダイバーシティ(多様性)教育プログラム』として位置付けています。ブラインドサッカーを体験することでコミュニケーションスキルやチームビルディング、リーダーシップ、ボランティア精神などを養い、同時に障害者への理解を深めるという効果があります」
[編集注]ブラインドサッカーは、通常80%の情報を得ている視覚情報を遮断して行う。遮断された情報を補うため、他のスポーツなどよりもメンバー同士で声を掛け合うことが重要になる。また、目が見えない状態の人とコミュニケーションを取ることになるので、コミュニケーションの取り方や、そのタイミングなどのスキルが向上する。メンバー同士がお互いのことを考えないとうまく回らないので、チームビルディングにも効果的だといわれている。
「かつて『体験会』と称して小学校を回っていたときは、なかなか理解を得られないこともありました。当時は『ブラインドサッカーを体験すること』が前提にあり、『教育上役に立つ』ということを前面に出していませんでした。ですが実際に体験していただいたある小学校の先生から『体験会というやり方では、役に立つことが伝わらない。学校教育の文脈に合わせて展開した方がいい』と助言されました」
企業向けの研修プログラム「OFF TIME Biz」の様子(提供:日本ブラインドサッカー協会)
「だから現在は『ブラインドサッカーを知ってください』とは、まったく言っていません。あくまでも教育やビジネスに役立つワークショップであり、その副産物として、ブラインドサッカーの普及があると考えています。もちろん20年の東京パラリンピックに向けて、純粋にブラインドサッカーを体験したいというニーズも多少あります。しかし、基本的には『教育や企業研修の制度設計の中の、この部分で活用したい』というニーズを持ってお申し込みいただいています。我々としても、そういう形で関わる方が効果につながりやすいですし、学校や企業のパーツの一部として使っていただく方が20年以降も続いていくだろうと考えています」
――一般の方に競技を体験してもらう場合、普及が先に来てビジネス的な観点が欠けてしまいがちです。学校や企業のパーツの一部として使ってもらうという言葉は新鮮に感じます。
「やはり、こちらから価値を提供しなければヒト、モノ、カネは動きません。以前は『私たちは頑張りますので、お世話をしてください』という形で動いていましたが、そのスタイルを変えたことで事業がうまく回り始めました」
■「混ざり合う社会」目標を明確化
――スタイルを変えるきっかけは何だったのでしょうか。
「2009年に協会として、『ブラインドサッカーを通じて、視覚障害者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること』というビジョンと、『ブラインドサッカーに携わるものが障害の有無にかかわらず、生きがいを持って生きることに寄与すること』というミッションを制定したことです。私は07年に協会の事務局長に就任したのですが、当時は『なんとなく』世界で戦うために強化しよう、そのために『なんとなく』競技を普及させようというように、曖昧な基盤の上で行動する傾向にありました」
――競技団体のビジョン・ミッションとして、チームの強化や普及を第一義に置かないのは、少々変わっているのではないですか。
「おっしゃるように、競技団体はその競技の日本代表チームを組織し、ルールを制定し、競技を広げていくことが本質です。しかし障害者スポーツという分野の場合、障害を持っているために社会で生きにくさを感じている方々を対象としています。そういった人々がより良い人生を送るためにいい影響を与えてこそ、スポーツとして成り立っている意味があると思います」
「とはいえ、これを決めるまでには議論に1年半ほどの時間を費やしました。スタッフを集めて2日間の合宿もしたのですが、『競技の強化を第一にすべきだ』という意見もあれば、『もっと普及させて、競技を知ってもらうことに重きを置くべきだ』という意見もありました。ただ、腰を据えて話をしてみると、言葉は違っていても、表現したい世界観は非常に似ていたのです。その世界観を『混ざり合う社会』という言葉にしました」
「この『混ざり合う社会』というのは、マイノリティーである視覚障害者だけを対象に事業を展開しても達成できるものではありません。マジョリティーに対しても働きかけ、そうした人々のまなざしを変え、そして社会のあり方を変えていくことが必要です。ですから我々は、今もマジョリティーの人々を対象とした事業を展開しています。学校向けの『スポ育』や企業向けの『OFF TIME Biz』がそれに当たります」
■試合に勝つだけでは競技の発展ない
――明確なビジョンとミッションを制定したことで、協会として進むべき道筋が見えたのですね。
2007年に事務局長に就任した松崎氏が最初に手掛けたのが、ビジョンとミッションの制定だった
(東京都内の日本財団パラリンピックサポートセンターで)
「はい。言葉に落とし込んだことで、以前は『なんとなく』や『ついでに』していた健常者向けの普及活動も『やるべき』だからやるようになりました。ただ、以前はこうした活動は批判されることもありました」
――どのような批判でしょうか。
「視覚障害者のための協会である我々が、なぜ目が見える人に対してリソースを割くのか、そんなことよりも強化に力を注いだ方がいいのではないかといったようなものでした。言いたいことは分かりますが、私たちはただ『勝てばいい』とは考えていません。日本代表が勝つことによって視覚障害者の雇用率が上昇したり、彼らが社会で生きるうえでの公平性が高まったりするかというと、必ずしもそうではありません。20年の東京パラリンピックが目前に迫っている今は多少状況が異なりますが、『勝てばスポンサーが増える』ということも、以前はなかなかありませんでした」
「つまり試合に勝つことと、資金調達や普及、競技の価値向上との間には溝があったんです。しっかりとビジョンを策定し、事業を設計し、それぞれの間に橋を架けていかないと、将来的な発展はないと考えたのです。実際、ビジョンを明確にしたことで、こうした議論も起こらなくなっていきました」
(後編では、企業からの協賛金や試合の有料化についての考え方、20年東京パラリンピック以後の戦略について聞きます)
松崎英吾
1979年9月生まれ。大学生時代にブラインドサッカーに出合う。卒業後は出版社に勤めながら、日本視覚障がい者サッカー協会(現・日本ブラインドサッカー協会)に携わっていたが、07年に会社を辞めて同協会の事務局長に就任。ブラインドサッカーを通して「視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会」を実現するために、さまざまな事業を推進している。
[スポーツイノベイターズOnline 2017年7月12日付の記事を再構成]