gooブログのアクセスランキングという
項目をみると280万ぐらいのブログに
なっている。これはgooブログだけの数
なのかどうか知らないがすごい数である。
本当にたくさんのブログがあって、その中には
美しい写真が沢山あったり、美味しそうな
料理が載っていたり、様々である。
短い文章だけのものもある。これなんかは
Twitterでもいいのではと思うのであるが、
拘りがあるのだろう。
そして長年ブログをやってきて、気付いた事が
ある。それは写真を載せるという行為が面倒に
なったということ。iPhoneで撮って、PCで
ブログを書こうと思うと、いろいろと作業が
出てきて面倒なのである。
それならiPhoneから直接アップしたらいいような
ものであるが、どうもiPhoneからアップする気が
しない。ということで、昨年の12月より、
このブログでは写真をアップすることなく、
読んでいただく人の想像にお任せして、記事を
アップすることになった。視覚からの情報は確定
している情報なので広がりは少ないが、頭の中は
無限なのである。(笑) いや、視覚からの情報も
頭の中で無限に広がることもある。
だけど仕方ないのである。。。
と面倒なことを避けるために、何とか理由をつけて
写真をアップしないことにしている。ブログは
出来るだけ時間を掛けずにいろいろなことが書けるか、
というのが、ブログの長続きの秘訣だと思う。
写真のきれいなブログをみると、いいなぁ~と
思うのであるが、写真のテクニックと手間を考えると
やっぱり、やめておいたほうが無難なのだ。
ということで気が変わるまでは、文章のみのブログと
なります。突然、気が変わるかもしれませんが。。。
現在のお笑いの中で好きなのは「サンドウィッチマン」
である。伊達さんと宮澤さんの間合いがとても面白い。
台本を書いているのは宮澤さんであるが、演じるのは
二人でやるので一人では出来ない。その辺りをわかって
いて、コンビ愛を感じるのである。そして宮沢さんは
伊達さんのことが大好きなのである。
一度、ライブを観に行きたい。
と今回はそういう話ではなく、ちょっと自分で比較
しようと勝手に決めた「サンドウィッチVSおにぎり」
これは究極の選択であろうと予想される。
両者とも具材によってその評価は大きく変わるのである。
好きな具材が入っていれば評価が高くなる。
手軽に食べられるという共通点もある。
ただ、もう少し深く考えると両者の本質は全然違う。
「おにぎり」は白米がメインであり、白米をどうやって
美味しくいただくかという永遠のテーマがあるのに
対して、サンドウィッチはパンが主役ではなく、中の
具材がいかにしてパンとマッチしているか、
その度合いを問われる。
極端に言えば、「おにぎり」は塩加減だけで美味しさが
変わり、塩だけでも食べられるが、「サンドウィッチ」は
調味料だけでは美味しさが感じられない。
それがタマゴであっても必ず具材が必要なのである。
そう考えると全くアプローチの違う食べ物であり、
本質的には別物なのである。
ボクの考えとしては、日本人なら「おにぎり」を進める
のである。「サンドウィッチ」の美味しさは認める。
だけど「千と千尋の神隠し」で出てきた「塩おにぎり」を
涙を流して食べていた光景に思いをはせるのは、やはり
日本人なのである。
今回の大雪で国道8号線から車が動けなくなって、困って
いるときに、ドライバーへの差し入れは「おにぎり」
なのである。そこは決して「サンドウィッチ」ではない。
震災の時の援助も「おにぎり」なのである。
「サンドウィッチ」も美味しいし、好きなのであるが、
いざというときに、とりあえず間違いがないのが、
「おにぎり」であって、「おにぎり」は偉大なのである。
ということでお笑いは「サンドイッチマン」であるが、
食べ物としては「おにぎり」の勝利なのである。
久々に図書館へ行って借りたい本を探した。
探索システムという端末があったのを思い出し、
使ってみた。そして見事に探し出し、感熱紙に印字した。
しかし、本のタイトルなどはわかったのだが、
どこに置いてあるかわからない。仕方がないので
図書館のお姉さんに聞いてみた。
すると暗号みたいな数字でおいてある場所が
わかるようになっていた。なるほどの整理術である。
本の大きさまで書いてあって大きさもイメージできるのだ。
今回は著者名だけで探したが、意外と早くに探せた。
何事も経験である。一つ賢くなった。。。
さて、昨日は眼のことを書いたが、今日は体のことを
書いてみる。実はあれほど飲んだらお腹の急降下現象が
出ていた牛乳を飲めるような体に変わってきた。
何故か理由はわからない。ただ、その分かどうか、
アルコールを美味しいと思う機会が減った。
少年の頃、ボクは細身でいくら食べても太らなかった。
もともと食が細かったのか、小さいころはあまりに食べないので
母親が横にいて、針でつつかれて無理やり食べていたそうだ。
記憶にはないが親戚の人が笑いながら言う。
今の時代なら信じられない虐待だったのである。(笑)
そんな時代を抜けて中学校ぐらいから急に食べられるようになり、
ご飯といえばラーメン鉢によそって、それを3杯くらい
食べる時もあった。焼肉といえば1kgぐらいは一人で食べる
時代もあった。家族で焼肉といえば、全盛期は4~5kgとか
買っていたように記憶している。
6人家族であったが、1食で1升炊いて、足りなくて、
もう1升ご飯を炊くような非常事態もあった。
親は大変だったろうなぁ~とつくづく思う。感謝なのである。
高校生の頃、今と身長が変わらないのに、62kgぐらい
だったが、3年の夏にクラブを辞め20歳からお酒を呑み出し、
みるみる内に太ってしまった。あっという間に70キロ台を
卒業して80キロ台へ突入した。そしてようやく上げどまり
状況になった。
今となっては痩せたいのに痩せられないという世間一般の
体になってしまった。(笑) ただ、不思議なことに体が
太れば太るほど、性格は丸くなった。怒らなくなったというか、
怒れなくなった。これは顔も丸くなったせいかと思ったが、
やっぱり歳のせいかと思う。
若いころは、わからないことがたくさんあって、なぜか、焦り、
イラつき、プレッシャーに感じ、ムキになり、エネルギーを
撒き散らかしていた。そういうのが情けなくもあり、余計に
ムキになった。まあ、感情のコントロールが出来なかった
のでしょうね~。今も名残りのある時もありますが。。。
まあ、そちらの方はおいておいて。
やはり、不思議なのは牛乳が美味しく感じて飲めるように
なったことだ。半年ぐらい前に牛乳を飲んでみたら、普通に
飲めて体に変化は見られない。
人間の細胞は1週間ぐらいで入れ替わると聞いたことがあるが、
体質も日々変化しているのだろう。
変わりたいと思わなくても、自然に変化しているのが人間の
ようである。老化もあるが、若返ることもある。
これは身体だけでなく、性格もそのようだ。
なんとも不思議な生物なのである。だから面白いのだろう。
中学生ぐらいから左眼の視力が悪く、
右眼とのギャップがあり、そのうちに
右眼も悪くなるよ、と医者から言われていた。
眼科では遠視といわれ、眼の筋肉が焦点を
合わせるのに時間がかかるようですね~と
言われたが、それは老眼ではないのかと思いつつ、
老眼という言葉が出てこないので遠視なのである。(笑)
もともと左眼は近視の乱視なのだが乱視がきつくなった
ように思う。メガネをつくりにいっても、1週間ほど
時間を取られる。ややこしい、乱視なのである。
数年前であるが、朝起きたら眼が血走っていて、
これはヤバイと眼科に行ったときに、いろいろと
検査してもらった。
そもそもの主原因は高血圧やアルコールの取りすぎ、
などであるが、両方ぴったり当てはまっていた。
眼圧が少し高めでそれも要因らしい。そして右眼と
左眼の使用頻度を検査する機械があって、やらされた。
見事に左眼はほとんど使用されずに右眼だけで
見ていることが多いという結果になった。
ドクターは首をかしげるが、多分、無意識のうちに
悪かった左眼をあまり使わない様にして、右眼だけで
見るようになったのだろう。
利き目が右眼なので余計にそうなったと思う。
これからも左眼の使用頻度は少ないと思われるので
意識して右眼を閉じて左眼だけで見るようにすることも
ある。ただ、老眼で見づらいのはあるが、今のままでも
どうにかこうにか生きていけるので、いいのである。
眼は仕事柄、とても大切で眼からの受ける感覚は
とても重要だと思う。立体感などというのは眼からの
情報と経験や体感から導かれる。
経験や体感というのは実際に体験してのことであって、
建物を観に行くということは身体に覚え込ますようなもので、
写真や図面ではわからないことで、とても大切なのである。
実際に建物と対峙した時の、あの感覚、何とも言えない
ウレシイ気分になるのである。そして空気が違って感じる。
そう感じるのに、一番手っ取り早いのは、寺社仏閣なのである。
お寺や神社は門を鳥居をくぐるだけで見事に空気を変える。
ボクが寺社仏閣を好むのはそういう理由からだ。
名建築といわれる建物にも同じような空気感が漂う。
話はそれてしまったが、片方の視力が落ちるのは姿勢の
問題である。特にテレビなど観る時に寝転んで観たりすると
左右の距離感が違うので片方が悪くなる。
息子も左眼が極端に悪く、それは右バッターにとって
ボールを捉える方の眼なので良い状況とはいえず、
心配している。
そういえば、なぜか、「糸井パンサーズ」についての検索で
よく引っかかるブログのようで、思い出してしまい、
またパンサーズの試合を観たいなぁと思ってしまう。
少年野球はそれはそれで楽しい試合を見せてくれる。
まあ、野球の話はまた別の機会にじっくりしてみたい。
有賀さつきさんが亡くなりました。
病気のことは誰にも告げず、親にも告げず、
亡くなりました。
ご冥福をお祈りいたします。
一時代をきづいた方で、テレビでも天然ぶりが
好評であり、人気がありました。
ただ、同じ年で亡くなられるとは早すぎます。
友人で、すでに亡くなった方もおられますが、
どういう気持ちだったのだろうと思う。
有賀さんは子供のことを気にかけていたようであるが、
いなくなったら何もできないし、わからない。
人が死ぬというのはそういうことであり、
何もできない。思いはあっても何もできない。
ただ、それでもいいのかと思っている。
有賀さんは病気のことは誰にも言わず、何を
言われても明るく返答したという。
とてもいい生き方をされたと思う。
日本人の死亡原因の1/2が癌でなのである。
ただ、原因は癌かどうかわからない。
そういう時代であっても、有賀さんのように
原因はわからなくても、最後まで周りに気を
使ってやり残しを無くして身の回りをスッキリ
させて、そっといなくなる。
ボクの理想の死に方である。
もう一ついうと、墓はいらないので、骨を山に
投げておしまいがいいのである。
山は杉林でお願いしたい。