風に吹かれてぶらり旅

まっすぐに生きる人が好き

季節は巡る

2006-08-06 09:46:28 | 京都
 7月31日(月)18:57京都駅発 新幹線のぞみで京都を後にした。

 今日は8月6日、もうすぐ一週間が経とうとしている。

 なんだかあの3日間に比べて、帰ってきてからの時間はなんて密度が薄くてなんてあっという間なんだろう。人生ってこんなにあっという間に過ぎてしまうものなのかな。

 近頃全く自堕落な生活をして、やる気というものが全身からごそっとそがれてしまったような状態だった。けれど、それも仕方ないと思うしかない自分もいた。とにかくやる気がでないのは苦痛だった。でもどうすることもできなかった。

だから、少しでも気が滅入らないように、友達や家族と過ごしたり、楽しいことをして遊ぼうと思った。そして実際に、その瞬間はとても楽しく充実したものになる。でも、一人になると不安になり、自分は逃げているんじゃないかと思って焦ったりする。夏を感じれば感じるほど、その感じたことをどうにも消化できない自分に苛立ったりする。今の自分の生を無駄遣いしているという感にかられる。
そんな状態でいると大変疲れるので妙に眠くなる。
昨日は朝起きて、午前中少し活動して、午後は13時~17時くらいまで寝ていた。

「なにやってんだろうな…」と空しくなる反面、色々もがいていればいつかどうにか道は開けるだろうと楽観的な自分もいる。今はこの楽観的な自分がなんとか私を支えている。

 さて、さかのぼって京都旅行最終日、私はその前夜、中学からの付き合いの友達に電話をした。京都に行こうと思った訳や旅に出て感じたことなど…色々聞いてもらった。改めて、私は今までずっと一人じゃなかったからこそ、自由に自分の好きなようにできたんだなぁと思う。自由っていうのは、心の拠り所があるからこそなんだと思った。そうでなければ怖くて寂しくて自由に動き回ることなんてできない。
 友達と電話で思い切り話した翌日、かなり良く眠れた。
そして、この日は妙心寺の雲龍図を見に行くことにした。

私は天竜寺にあるのが龍が動くという有名な雲竜図かと思っていたのだけれど、妙心寺にある狩野探幽の『雲竜図』こそテレビなどで見て、見たいと思っていた絵だったのだ。

妙心寺、ここは去年も訪れた場所だった。
でもその時はお寺の敷地内を通過するだけで、まさかここに龍の絵があるとは思っていなかった。

京都市役所、ホテルオークラ(設計は丹下健三)の近くのビジネスホテルをチェックアウトし、京都駅のロッカーに荷物を預けてからバスで妙心寺方面へと向かった。

私が泊まったホテルはロケーションと交通の便がよく、シングル一泊5000円以下とリーズナブルでしかも隣にコンビニがあるという、とても気に入っているところなのだ。ただ、今回私が泊まった部屋は窓を開けたら、目の前は墓地だった。
一人旅なだけに、なんかいや~~な気持ちになって夜寝る時に早く眠れ!と思いながら寝た。
しかも水のジャーと流れる音や、ポタポタとしたたり落ちる音がずーーーっとしていた。単にトイレのタンクの水がせき止らずに流れっぱなしになっていただけなのだが、それすらも何か得体の知れない物の怪の仕業ではないかと思ってしまったりして一人で怖がっていた。お陰でトイレのタンクの中を開け、ちょこっと調整するはめになった。夜中にホテルの人を呼んで多分私が直したのとおんなじ作業をするなら、めんどくさいからまぁいいやと思い、深夜にトイレのタンクと格闘していた。
こういう時に洗面所の鏡を見たりするのが怖くって仕方なかった。
なんかよからぬものが映っていたらどうしよーーー!なんて思ってしまうんですよ・・・ましてや一人だし、出てこられてももうどうすることもできない。

 さて、話を戻して、
妙心寺の龍の絵は明智風呂という蒸し風呂とセットで解説付き500円で見学することができる。
これは一見の価値ありだ。
なにせ、狩野探幽は構想3年、筆をとってから5年、計8年かけて絵を完成させたというんだから…気が遠くなる。
これは天井に掲げられた絵なのだが、見る位地によって龍の表情や動きが変わるのだ。
特に、龍がググっと動く瞬間のポイントがあって、そこが面白くてなんども行き来してみた。なんというか、龍の気配や周りの空気や風まで感じられる絵なのだ。天井に更に奥行きのある空間があるかのような、龍がそこに住んでいるかのような…

 それを見たらもう満足してしまった。
あとはぶらぶら京都の街を散歩することにした。

四条河原町行きのバスに乗り、四条通りの鴨川の手前のバス停で降りた。
この日も天気がよく、暑かった。
祇園の方へ行ってみようと思い、四条大橋を歩いてみると…
いた!4月に京都に来た時にメッセージを描いてくれた太郎さんがいたのだ。

まさかこんなに暑いのに路上で描いているとは思わなかったので嬉しかった。そしてまた描いてもらうことにした。
「かっこいいのとかわいいの、どっちがいいですか?」
「かわいいのがいいなぁ…」
といって描いてくれたのが…

 「なおこが辛いときは
  気にしないこと。
  ただ ただ
  辛いことの次に
  幸せが順番待ちしてるだけ。」

太郎さんの前では笑顔でいたつもりなのに、
「はい、じゃいきます」と目をみつめられて、見透かされるという…
これは、彼の才能だと思う。
才能を自分で磨いてきたんだと思う。
じゃなきゃこんなに人の心を揺さぶるような言葉を一瞬にして直感的に描くことはできない。これはあくまでも私をみてインスピレーションで描いたものであって、私にしか分からない気持ちだけれど、たとえたった一人に対してでも感動を与えられるなら、それは立派な名作なのだと思う。

予想外の言葉にまたぐっときてしまい、涙目になってしまった。
太郎さんから癒しと元気をもらい、祇園へと歩いていった。
そこでぶらぶら買い物でもしようと思ったのだけれど、少し歩き疲れて、
丁度清水坂へと続く道沿いにこじんまりとした雰囲気のいいカフェを見つけたのでそこで一休みすることにした。
このカフェはとっても落ち着くところだった。
そしてお店の扉を開けたらまず犬と目があった。
なんていう種類の犬なんだろう?顔がブルドックに少し似ていて、毛足が短く、柄は白黒のブチで、耳がぴんと立っている…
とても人懐こい犬でスムージーを飲んでいる時に足元に擦り寄ってきた。

お店は洋裁教室をかねているらしく、ちょっとした雑貨等が並んでいた。
オーダーしたのは豆乳とバナナのスムージー、玄米クレープだったかな?
特にスムージーはとっても美味しかった。
そして通りに面したカウンター席に座って夕暮れの街を眺めながら一息つけるこの雰囲気がとても気に入った。BGMはウクレレかギターで奏でられた名曲が流れていた。草薙剛主演の『ホテル・ビーナス』で流れていた曲が流れて、大好きな曲だっただけに、気持ちよく聴いていた。
好きだなぁ、と思うカフェやお店を見つけて、そこで自分が好きな曲や絵やアーティストの作品と出会うと、心がシンクロするというか…体から余計な考えが流れだす感覚になる。マッサージを受けて気持ちいいとか、そいういう物理的な刺激ではなく、心が気持ちいいといっている感覚…そういう空間はとっても貴重だ。

 その店を出て、4月に見た円山公園の桜の木を見に行こうと歩きながら、
さっきのカフェなど、個人でやっている小さなお店がいいなぁと思うのは、そいういうお店は本当にそのカフェならカフェをやりたくて、そのお店で扱ってる何かが好きで初めているからなのかなぁ…なんて思った。動機がピュアというか…。当然自己満足の趣味ではなくて商売なんだけど、そこで商いとしてもうまくやっているところっていうのは、最初に期待していた以上にお客さんを満足させているっていうことなんじゃないかなぁと。
そいういうお店と出会えるのは、人との出会いと同じなんだと思う。

 清水道から二年坂、産寧坂を抜け、八坂神社の方へ向かって歩いていた時に、私は京都に来て始めて舞妓さんを見掛けた。本物か偽者か分からないけれど、高級そうな料亭へと消えていったので、おそらく本物だと思われる。その辺りでまた2人舞妓さんを見掛けた。やっぱり華やかだなぁと…京風情を感じずにはいられなかった。

 最後に、円山公園の桜に再会した。
4月に会った時の面影はあったものの、緑の葉っぱが繁々としていて、
なんだか暑そうだった。やっぱり桜が咲く時っていうのは、誰が見てもこの桜が最も美しい時なんだなぁと思った。でも、花が散っても周囲の景色に溶け込まずこうしてくっきりとした輪郭を持った桜はそうない。
そう考えたら、この桜は幸せなんじゃないかと思った。

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