餌金日記

金魚と川魚飼いの日常です、

金魚を一匹突き殺す

2022-04-07 22:52:25 | 本と雑誌

武井麻子「思いやる心は傷つきやすい パンデミックの中の感情疲労」読了。
作者は精神科看護とメンタルヘルスを専門とする大学教員です。パンデミックの中で現場の受けるストレスの性質を分析した本になります。緊急事態の中では三段階の変化が訪れるそうです。まず発災直後「英雄期」、茫然自失する人の多い中、危険も顧みず英雄的な行動をする人が出てきます。危機を共にくぐり抜けきた仲間同士が強い連帯感で結ばれる「ハネムーン期」。被災者の忍耐が限界に達して、援助の遅れや行政への失策への不満が噴出。けんかや飲酒問題が出現。被災者は個々の生活と再建に追われるため、地域の連帯や共感が失われる「幻滅期」です。
過酷な医療現場で看護師さんに「この状況での心の支えは何ですか?」と聞いたところ「プレッシャー」だそうで。すざましいプレッシャーのおかげで感情が麻痺して、おびえたり絶望したりせずに働けると。こわいやん。共感ストレスや共感疲労を受け休みが取れても申し訳ないような心地になり、しかも給料が減らされる。さすがに滅入ります。本当にケアする人のケアが必要です。災害など悲惨な現場で働いた人などトラウマになりますが、トラウマが言語を破壊するとか。伝えたくても伝えられないそうで。
戦時下における子供のトラウマの例で北原白秋の「金魚」が出ていました。今聞いてもすごい歌詞なんです。お母さんが帰らないので金魚と遊んで待っていた男の子。寂しくなって金魚を突き殺します。まだ帰らない、また金魚を1匹絞め殺します。何故帰らない。ひもじくなってまた金魚を捻じ殺します。涙もこぼれるし、日も暮れるし。死んだ金魚の眼が光ります。少年に罪の意識はありません。金魚を殺したのは防衛としての逃避行動です。でも金魚が死んで眼が光るのは殺した金魚からの復讐が怖くなるのです。この童謡の発表後、この詩はあまりに残酷だと白秋は攻撃されます。それに対して白秋は「児童の残虐性そのものはありえること」であり、「成長力の一変態である」と答えています。そして児童が金魚を殺したのは「母親に対する愛情の具現」であり、しかも、その児童は「その残虐行為を心から悔いている。その純真と仏性と英知とは、自己の衝動的過失と悪とに向かって、つくづくと恐怖し流ていしているのである」とあります。
作者は「精神的再形成(フォーミュレーション)」という言葉を出していました。生存者は何故自分が生き残ったのだとしばしばトラウマを抱えます。その生き残った体験の中に何とか意義を見出そうとする傾向だそうで。混沌とした自らの心的世界や落ち着きを欠いた現実を意味付け、秩序あるものとして受け入れていこうとした必死の努力の跡とも。

わかりたくはないけど、わかる人も必要で。できるならあまり被害の出ない方法で吐露して欲しいなと思います。


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