何故かし知らねど、随分と長い間更新を失念してしまった。
身辺の、凄まじいほどの変化に対応している内に失念してしまったのである。
曰く、新しい結社での句作への取組。
曰く、ボランティア活動参加の為の各種講座。
曰く、新しい句友との交歓。
曰く、その為の学ぶ時間。
そういった細々であった。
気がつけば、季節は移ろい「夏隣」となっている。
句が詠めなかった訳では無いのだけれど、新しい結社の句風を考慮しつつ時間が過ぎ去っていったと云う訳でもある。
余りの長きに亘ったからでもあろうか、ここのところブログの訪問者は皆無に近い。
至極当然、である。
来月は、一泊で結社の吟行がある。
信濃行、である、
来月いっぱいと、六月にかけて認知症の講座があって其処にも出席して抗議を受ける。
いまは、それとなく「認知症サポーター」の自覚はあるけれど・・・。
きちんと、学び直そうと思っているのである。
二月間の講義の後、ボランティア活動を始めたいと思っているのである。
俳句の道は、生半可なことでは済まされないけれど・・・。
自分の老後と、家族の幸せを精神世界でも良いから担保したいと思うのである。
生きる事の証左としての俳句であって良いのだ、と思うようになっている。

それにしても、長い間更新を怠ってきた。
句が、哀しいほど乱れた期間があって今に至っている。
ここ二ヶ月ほどは、結社の主宰からお誉めにあずかる句が出来つつある。
ようやく、踏ん切りがついたと云うべきであろう。
句作は、所詮自分の責任であって他者の成せる業ではないのだと知った。
「サイコパス」的人物を、見抜けなかった自分の愚かしさを反省しつつ・・・。
改めてブログを再開したいと思うのである。
明後日は、今月最後の句会である。

「気がつけば何もかも消え夏隣」

そんな心境、である。
夢のように過ぎ去った春である。
しかし、万朶の桜も見た。
花吹雪も浴びた。
花筏も愛でた。
桜蘂の散る様も眺めた。
翁草を賞嘆し、二輪草のいたいけな姿に儚さと希望を見た。
蓮華草は、穏やかにいつものように揺れていた。
花水木が雲を成し、ぼくはやがてその葉に隠れた。
ムスカリは群れをなした。
蒲公英はやがて絮になって飛翔した。
ハナズオウは、知らぬ間に幹に吹き出しやがて葉を成した。
苧環は肢体をくねらせ、万華した。
黄水仙はとうに終った。
犬フグロも片鱗すら無い。
ライラックは、街を冷やしている。
青き踏む感覚は、ペーソスとなって散華した。
リラ冷えの街、である。
しかし、夏隣であるのだから。
荒 野人
身辺の、凄まじいほどの変化に対応している内に失念してしまったのである。
曰く、新しい結社での句作への取組。
曰く、ボランティア活動参加の為の各種講座。
曰く、新しい句友との交歓。
曰く、その為の学ぶ時間。
そういった細々であった。
気がつけば、季節は移ろい「夏隣」となっている。
句が詠めなかった訳では無いのだけれど、新しい結社の句風を考慮しつつ時間が過ぎ去っていったと云う訳でもある。
余りの長きに亘ったからでもあろうか、ここのところブログの訪問者は皆無に近い。
至極当然、である。
来月は、一泊で結社の吟行がある。
信濃行、である、
来月いっぱいと、六月にかけて認知症の講座があって其処にも出席して抗議を受ける。
いまは、それとなく「認知症サポーター」の自覚はあるけれど・・・。
きちんと、学び直そうと思っているのである。
二月間の講義の後、ボランティア活動を始めたいと思っているのである。
俳句の道は、生半可なことでは済まされないけれど・・・。
自分の老後と、家族の幸せを精神世界でも良いから担保したいと思うのである。
生きる事の証左としての俳句であって良いのだ、と思うようになっている。

それにしても、長い間更新を怠ってきた。
句が、哀しいほど乱れた期間があって今に至っている。
ここ二ヶ月ほどは、結社の主宰からお誉めにあずかる句が出来つつある。
ようやく、踏ん切りがついたと云うべきであろう。
句作は、所詮自分の責任であって他者の成せる業ではないのだと知った。
「サイコパス」的人物を、見抜けなかった自分の愚かしさを反省しつつ・・・。
改めてブログを再開したいと思うのである。
明後日は、今月最後の句会である。

「気がつけば何もかも消え夏隣」

そんな心境、である。
夢のように過ぎ去った春である。
しかし、万朶の桜も見た。
花吹雪も浴びた。
花筏も愛でた。
桜蘂の散る様も眺めた。
翁草を賞嘆し、二輪草のいたいけな姿に儚さと希望を見た。
蓮華草は、穏やかにいつものように揺れていた。
花水木が雲を成し、ぼくはやがてその葉に隠れた。
ムスカリは群れをなした。
蒲公英はやがて絮になって飛翔した。
ハナズオウは、知らぬ間に幹に吹き出しやがて葉を成した。
苧環は肢体をくねらせ、万華した。
黄水仙はとうに終った。
犬フグロも片鱗すら無い。
ライラックは、街を冷やしている。
青き踏む感覚は、ペーソスとなって散華した。
リラ冷えの街、である。
しかし、夏隣であるのだから。
荒 野人