ぼくにとってのコスモスを紹介したけれど、今さらのように恥ずかしい。
この年になって、母の事が思い起こされてならないのである。
縁側で母の膝に寝転ぶと、庭のコスモスが目に飛び込んでくる。
耳垢はいつもそうして取ってもらった。

目をつむると、一輪の花がアップされてくるのだ。

コスモスが町中に咲きほころぶ頃、ぼくはうずうずしてくる。
山野に出かけたくてならないのである。
美味い空気をお腹いっぱい吸うと、身体中が清浄されてくる。
その感覚が好きなのである。

我が茅屋の周りは、いまコスモスが咲き乱れている。
少し足を延ばせばハロウィンのカボチャが転がっていて、子どもたちの遊び場になっている。

ここは萌木の村の子ども広場である。
萌木の村に咲いていたコスモスだ。

ぼくは山口百恵が歌う「秋桜」が大好きだ。
この歌に込められている母のイメージが沁みるのである。
ある友人は「おまえは母親コンプレックスだ!」と言う。
やむを得ない!
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荒野人
この年になって、母の事が思い起こされてならないのである。
縁側で母の膝に寝転ぶと、庭のコスモスが目に飛び込んでくる。
耳垢はいつもそうして取ってもらった。

目をつむると、一輪の花がアップされてくるのだ。

コスモスが町中に咲きほころぶ頃、ぼくはうずうずしてくる。
山野に出かけたくてならないのである。
美味い空気をお腹いっぱい吸うと、身体中が清浄されてくる。
その感覚が好きなのである。

我が茅屋の周りは、いまコスモスが咲き乱れている。
少し足を延ばせばハロウィンのカボチャが転がっていて、子どもたちの遊び場になっている。

ここは萌木の村の子ども広場である。
萌木の村に咲いていたコスモスだ。

ぼくは山口百恵が歌う「秋桜」が大好きだ。
この歌に込められている母のイメージが沁みるのである。
ある友人は「おまえは母親コンプレックスだ!」と言う。
やむを得ない!

荒野人