平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「機動戦士ガンダムSEED 」3部作~どうしたら戦争をなくすことができるのか?

2024年08月13日 | コミック・アニメ・特撮
「機動戦士ガンダムSEED」(テレビシリーズ48話)
「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」(テレビシリーズ50話)
「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」(劇場映画)

 3作品を貫くテーマは『どうしたら戦争をなくすことができるのか?』

 以下、おおまかなネタバレあり。

「機動戦士ガンダムSEED」
 この作品が描いたのは「憎しみの連鎖を止めよう」だった。
 やられたから報復する。
 地球連合とプラント(ザフト)はこの論理で戦いを繰り返す。
 この背景には「普通の人間」と「遺伝子改良された人間=コーディネイター」の差別・対立がある。
 両者の戦いはどんどんエスカレートしていき、強力な武器を使い合い、
 相手を絶滅させる段階にまで至る。
 ここに登場する、どちらにも属さない主人公たちの第三勢力!

「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」
 ギルバート・デュランダル (CV 池田秀一)がやろうとしたのは
「戦争をつくりだしている勢力を滅ぼすこと」だった。
 つまり倒すべきは、戦争に拠って兵器を売って金儲けしている勢力=軍産複合体だ。
 追い詰められた軍産複合体は最終兵器レクイエムを使おうとするが阻止される。

 だが戦いはここで終わらなかった。
「人類から戦争をなくす」ためにデュランダル は『デスティニープラン』の施行を宣言する。
 『デスティニープラン』
「人々の人生すべてを遺伝子によって決定する管理社会制度」だ。
 人には欲があり、結果として争い、間違いを犯す。
 遺伝子的に定められた役割を果たしていれば人は満足し平穏に暮らすことができる。
 果たしてそんな理論が成り立つかどうかは疑問だが、
 たとえば動植物は遺伝に従って生きていて、生きるために他の種をエサにするが、
 少なくとも同族で争うことはない。
 デュランダルは人間にも同じ理論が成り立つ、と考えている。

 この理論は伊藤計劃氏のSF小説『ハーモニー』でも同じようなことが描かれている。

 さて、ここで出て来る課題は「人間の自由」だ。
 夢を持ち、遺伝子で決定されない誰かを愛し、失敗したり成功したりして、泣いたり笑ったりする。
 これこそが「人間」であり「自由」ではないか?

 このテーマは劇場映画「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」で引き継がれる。
 主人公たちがどのように葛藤し、どのような結論を出すかは実際に作品を観て確認してほしいが、
 僕としてはもう少し新しい見解を提示してほしかった。

 なぜなら僕は人類という種にほとんど期待していないから。
 現状の人類の意識や思考には限界があり、現状維持では争いや戦争はなくならない。
 キラ・ヤマト(CV保志総一朗)、ラクス・クライン(CV田中理恵)らは今後も戦いを繰り広げていくだろう。

 かと言って「管理社会」がいいわけではないんですけどね。
 でも管理され去勢されて、お前はこう生きろと言われた方がずっと楽。
 自由は不安だから、孤独でつらい。
 不安を解消するためにいろいろなことをやらかす。

 管理社会か? 自由社会か?
 これはSF小説がずっと描いて来たテーマ。
 というより「人類の永遠のテーマ」。
 さて、皆さんはどう考えられるだろう?
 この点で、ファーストガンダムの「人類の覚醒=ニュータイプの誕生」という切り口は新しかった。

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「僕が見たかった青空」~八木仁愛さんが笑った! そして個性的なメンバーたち!

2024年08月11日 | アイドル
『僕が見たかった青空』について考える。

『僕青』もうデビュー1年が経ったのか。
 はっはっはっ、自慢ではないが、メンバーの顔と名前がほとんど一致するようになった!

 すー(早﨑すずき)とポリポリ(柳堀花怜)は正統派だよね。
 このふたりが二枚看板で、今後のグループを引っ張っていくのだろう。

 アオ(安納蒼衣)はおっとりした性格で、完全にオタ受けする。

 えれん(杉浦英恋)はいつも元気!
 彼女を見ているだけで元気をもらえる。

 ここな(吉本此那)は美人さんで、『僕青の白石麻衣』と評判だったが、
 性格が、いい意味で、すこし変!笑
 独特の世界観を持っている。
 だから、どうしても吉本さんの言動に注目してしまう。

 ちなみに僕の推しは、ここか(萩原心花)。
 美人揃いの『僕青』の中では埋もれがちなんだけど、
 おバカキャラでもあるし、運営はもっと推してほしい。

 という感じで『僕青』はいろいろなキャラがいてバランスがいいグループだと思う。
 ただ坂道グループと比べたら、メンバーの掘り下げが足りない。
 冠番組『坂道の向こうには青空が広がっていた。』はどうしてあんな内容なんだろう?
 一時、メンバーの掘り下げ企画をやっていたが、もっとやればいいのに。
 メンバーのエピソードトークはほとんどなく、体を使った企画ばかり。
 坂道と同じことをやりたくない、という運営とフジテレビのこだわりなのだろうか?
 だからオタは何をしているかというと、
 YouTubeの僕青チャンネルを見て、メンバーのキャラを確認している。
 ……………………………………………………………

 そしてセンターの八木仁愛さん!
 最近、表情がだいぶ、やわらかくなった!
 楽しそうに笑えるようになった!

 今週の『押しの子』17話ではないが、
 マイナスでスタートした人が違った一面を見せた時、その人は輝く!
 今の八木仁愛さんはまさにこれ!
 とわちゃんは、こんなふうに笑うのか!
 すごく楽しそう!
 この笑顔を見たかったんだよ!

 さて、ここからがスタート!
 八木仁愛さんは今後どのような顔を見せてくれるのだろう?
 どんなストーリーを紡いでいくのだろう?
 現在ではイマイチな手法だが、
 八木さんは前田敦子、生駒里奈、平手友梨奈に相当する「ドラマ担当」かもしれない。


※関連動画
 「青空について考える」 LIVE ver.(YouTube)
 ※センター八木仁愛さんの笑顔にご注目下さい!
 ※静止するメンバーの姿はもはや芸術!
 ※あの衣裳とダンスは「空と雲」を表わしていたのか!←1年経ってやっと気づいた。

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欺瞞! 長崎平和祈念式典に米英仏豪加が不参加。西側諸国が唱える「平和」のウソ

2024年08月09日 | 事件・出来事
 長崎平和祈念式典にアメリカ、英国、フランス、オーストラリア、カナダの駐日大使が不参加。
 理由は主催の長崎市が「イスラエルを不招待」にしたからだ。

 長崎市がこうした行動をとったのは「イスラエルのガザ侵攻」への批判・抗議から。
 同じくウクライナ侵攻をしているロシアも不招待にしている。

 立派な判断だと思う。
 ちなみに6日に平和祈念式典をおこなった広島市は「ロシアは不招待」だったが、
 イスラエルは招待している。
 結果、米英仏豪加は広島の式典には参加。

 米英仏豪加にとっては平和祈念よりイスラエル=ユダヤパワーの方が重要なようだ。
 彼らの不参加の言い分としては
「ロシアは侵略戦争だが、イスラエルは自衛の戦争だから許せる」というものだが、
 ガザでおこなわれていることは自衛戦争の域をこえて虐殺だろう。

 これから言えることは
・米英仏豪加が唱える「平和」は恣意的で欺瞞に満ちたものであること。
・核廃絶や広島・長崎に対する鎮魂など上っ面のものであること。
・政治的なポジションで「虐殺」も正当化されるということ。

 はあ、ため息が出るな……。
 やはり何も信じられない。
 特にアメリカ。
 原爆を落としたことに何の罪の意識を持っていないだろう。

 こんな欺瞞に満ちたアメリカや西側諸国についていく日本政府。
 平和の概念が立場によってコロコロ変わる西側諸国と足並み揃えて戦おうとする日本政府。

 日本はそろそろ独自の外交を歩んでいくべきではないか?
 グローバルサウスなど、世界の国々はG7・西側諸国の欺瞞に気づき始めている。
 ロシアがダメでイスラエルはOK?
 そんなわけあるか!
 両方ともダメなんだよ!

 少なくとも被爆国の日本は核兵器に関しては独自路線をいくべきで、
「核兵器禁止条約」に署名・批准しろ。
 岸田首相、あなたは広島選出の国会議員なんだろう?
 万難を排して、禁止条約に署名をすることがあなたの使命ではないか?
 岸田首相は憲法改正で歴史に名を残そうとしているらしいが、
 そっちじゃない、核兵器禁止条約に署名・批准して名前を残せ。
 ほんとアイデンティティのない人だな。
 
 ちなみに現在の朝ドラ『虎に翼』の主人公のモデルとなった三淵嘉子さんは
 東京地検の判事時代、「原爆投下は国際法違反」と明言した。

 三淵嘉子さんや今回の鈴木史朗・長崎市長は立派だと思う。

コメント (14)
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「推しの子」~黒川あかねは「俺の嫁」! そして本日、舞台「東京ブレイド」の幕が開く!

2024年08月07日 | コミック・アニメ・特撮
 本日オンエアされる『推しの子』17話~東京MXの場合。
「さあ、すべてを見せて来い!」
 いよいよ舞台『東京ブレイド』が披露される。

・アビ子先生(CV佐倉綾音)と脚本GOA(CV小野大輔)共作の攻めた台本とは?
・有馬かな(CV潘めぐみ)と黒川あかね(石見舞菜香)の芝居対決や、いかに?
・鳴嶋メルト(CV前田誠二)はどのような成長した演技を見せるのか?
・アクア(CV大塚剛央)は過去のトラウマを乗り越えられるのか?

 これまでの伏線が舞台で一気に回収される。
 見事な作劇だ。

 有馬かなVS黒川あかね
 芝居対決は『ガラスの仮面』以来の演技ドラマの必須だよね。

 メルトは演技力がヴァージョンアップしているんだろうけど、
 鴨志田朔夜(CV小林裕介)との絡みがポイントになりそう。
 16話で鴨志田はメルトを「下手だ」と挑発したが、おそらくこれはわざと。
 自分への怒りをメルトにぶつけさせるためにわざと挑発した。

 アクアは自分のトラウマを武器に変える決断をした様子。
 瀕死の鞘姫を抱きしめる刀鬼。
 何かを失って絶望し、吐き気を催すほど自分を責める芝居はトラウマに従えば十分にできる。
 問題は「歓び」の演技だが、これをどう乗り越えるか?
 ポイントは黒川あかねかな?
 あかねの思いがアクアを救い、歓びをもたらす?

 いずれにしてもワクワクする。
 アニメ作品は他にも見ているが、『推しの子』だけはリアタイで見ている。
 …………………………………………………………

 で、黒川あかね様!
 『僕の嫁』確定ですね。笑

・可愛い! 美人!
・芝居は天才。
・プク~ッとすぐ怒る。
・基本真面目。だが負けず嫌い。
・料理が上手い。
・アクアのようなマイナスオーラ全開の男が好き。
・分析能力に優れ、相手のことを深く理解してくれる。
・どんなことがあっても味方だよ、と言ってくれる。

 全国の陰キャ・ダメ男にとっては女神様のような存在だ!

 まあ、アクアが求めているのはアイ(CV高橋李依)なんだよね。
 アイの呪縛が解けた時、アクアが向かうのは、かななのか? あかねなのか?
 かなに対してアクアは「感情」でつき合っている感じ。
 かなの前ではアクアは自分を素直に出せる。
 あかねに対しては「理性」でつき合っている感じ。
 アクアは論理的にあかねを見て受け入れている。
 あるいは、あかねを通してアイを見ているのかもしれない。

「感情」と「理性」
・恋愛をするなら「感情」の有馬かな。
・結婚するなら「理性」の黒川あかね。
 という感じだろうか。

 いずれにしても、
 恋愛においても「有馬かなVS黒川あかね」という対立図式をつくった所が
 物語をグングン面白くしている。

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「光る君へ」 第30回「つながる言の葉」~桐壺帝・一条天皇、桐壺=定子、藤壺=彰子、光源氏=敦康親王

2024年08月05日 | 大河ドラマ・時代劇
「わたしの寿命を十年やろう」
「すべて上手くいけば、わたしなどどうでもいいのだが」

 道長、無私である。
 朝廷のため、民のために命を削って働いている。

 一方、干ばつなど状況は一向によくなっていない。
 それは一条天皇(塩野瑛久)がいまだに定子(高畑充希)に心を残してるからだろう。

 一条天皇は楽しかった過去の世界にいる。
 その象徴が『枕草子』。
 あるいは「生まれ変わったら定子のために生きたい」と語っていたように、
 心は未来にある。
 一条天皇には「現在」がない。

 そんな中、現実を自分らしく謳歌したいという人物が現われた。
 和泉式部(泉里香)だ。
 和泉式部は『枕草子』を面白くないと語る。

 一方、倫子(黒木華)は母親の顔。
 娘・彰子(見上愛)が一条天皇に愛されていないことを憂えて直訴。
 これに対して一条天皇は
「朕を受け入れないのは中宮の方だ」
 帝に直訴したことを道長が咎めると
「殿はいつもわたしの気持ちがわかりませぬゆえ」

 天災、一条天皇、娘・彰子のこと、倫子のこと──
 すべてが上手くいっておらず道長は八方ふさがりだ。
 そんな道長に安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)は言う。
「いずれ光は射します」
「今、心に思い浮かべた人があなたに光を与えることでしょう」

 道長が思い浮かべた人──
 それは、まひろ(吉高由里子)だった。
 ……………………………………………………………

 なかなか『源氏物語』執筆に至りませんね。
 いろいろ焦らしている感じ。
 まひろが『源氏物語』を書き、彰子が心を開き、道長に光が射す。
 はやくこうなってほしい。

『源氏物語』は「現実」の文学なんですよね。
 登場人物たちは欲望でいっぱい。
 その結果、思いを遂げられず嘆いたり、恨んだり、悲しんだり。
 あるいは思いを遂げて喜んだり。
 登場する女性たちも「祟る女」「熟女」「田舎女」「美しくない女」など、さまざま。
 美しく楽しいだけの『枕草子』とは違う。

『源氏物語』関連で言えば──
・桐壺帝=一条天皇
・桐壺 =定子
・藤壺 =彰子
・光源氏=敦康親王    だろうか。
 桐壺帝は桐壺の更衣を溺愛していたが、亡くなってしまった。
 そんな桐壺帝が次に愛したのは藤壺。
 一方、敦康親王は定子の子で彰子に育てられている。
 彰子の御座所は「藤壺」と呼ばれている。


※追記
 まひろが書いている『かささぎ語り』は男女逆転の物語なのか。
 だとすると、まひろ=光源氏も考えられる。
 まひろ(=光源氏)は道長(=藤壺)を愛しているが、思いを遂げることができない。

※追記
 まひろと娘・賢子との関係は上手くいない様子。
「自分の考えで生きていける女子に育てたい」
 押しつけはよくないぞ。
 賢子よりも執筆が大事という感じも見受けられる。
 この母子、どう描かれていくのだろう?

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蒙求(もうぎゅう)~「光る君へ」のまひろが娘・賢子に教えていた中国の故事集

2024年08月03日 | 大河ドラマ・時代劇
「光る君へ」第29回を見ていたら、まひろが娘・賢子にこんな読み聞かせをしていた。

「王戎簡要。裴楷清通。孔明臥龍。呂望非熊……」

 これを『蒙求(もうぎゅう)』と言うらしい。

 ウィキペディアに拠れば、
『蒙求は、伝統的な中国の初学者向け教科書である。
 古人の逸話を集めて韻文で並べた故事集。
 日本でも平安時代以来長きにわたり読まれた。
 現在でも広く知られる「蛍雪の功」や「漱石枕流」などの故事は
 蒙求によって学ばれることが多い』

 なるほど、こうやって歴史と人物を学んでいくのか。

「王戎簡要」→王戎は物事の本質をよくつかむ人。
「裴楷清通」→裴楷は清々しく物事に精通している人。
 これでワンセットになっている。
 王戎も裴楷も「部下にするのにふさわしい人物像」というわけだ。

「孔明臥龍」「呂望非熊」
 これらは日本人にも馴染みのある人物だ。
 孔明は「三国志」の諸葛孔明。
 呂望は太公望。

 これの意味する所は──
「孔明臥龍」→孔明は雌伏している龍である。
「呂望非熊」→あなたがこれから会う人物(呂望)は熊ではないが、優れた人物である。

「蒙求」ではこのような形で、百人以上の人物が紹介されている。
 ………………………………………………

 やっぱり漢文はいいな。
 音読して実に心地いい。
 硬質で完結で背筋がピンと伸びる。
 ひらがなの和文だと、やわらかくてヘナヘナする←個人的感想。

『声に出して読みたい日本語』などの著者・明治大学の齋藤孝さんは、
 日本の教育から「朗読」「暗記」がなくなったことのマイナスを主張しているが、確かに。

「音読して暗記して言葉を体の中に叩き込む」
 これって大切なことだと思う。
 叩き込まれた言葉は自分の芯になる。
 折にふれて漢詩や詩をそらんじるのは風趣である。
 

※追記
「蒙求」の四文字は人物紹介の入口だ。
 この後に詳細な人物紹介が続く仕掛けになっている。

 たとえば「呂望非熊」の太公望の場合は──
『六韜曰。
 文王将㆑田。
 史編布㆑卜曰。
 田㆓於渭陽㆒。將㆓大得㆒焉。
 非㆑龍非㆑彲。非㆑虎非㆑羆。兆得㆓公侯㆒。
 天遺㆓汝師㆒。以㆑之佐㆑昌。施及㆓三王㆒』

 まだ紹介文は続くが、ここでカットして和訳すると── 

『六韜にいう。
 文王が狩猟に出かけようとした。
 史編が占って言った。
 渭陽(いよう)の地に狩をすれば、大いに得るものがありましょう。
 それは龍でも彲(みずち)でもなく、虎でも羆でもなく、占いには公侯たるに相応しい人物を得るとあります。
 天があなたに師たる人物をおくり、これを以てあなたを補佐し、その恩恵は三代に及ぶでしょう、と』

 まず四文字で覚えさせて、後に詳細な人物像を紹介する。
 すぐれた教育システムだと思う。

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「怪物の木こり」「死刑にいたる病」~映画でサイコパスについて考える

2024年08月01日 | 邦画
「怪物の木こり」「死刑にいたる病」──サイコパスを扱った映画を観た。

 サイコパスの属性は次のようなものである。
1.口が達者で表面的な魅力がある。
2.誇大的な自己価値観。
3.刺激を求めやすい。
4.病的に虚言を繰り返す。
5.人を操作するために偽り騙す傾向がある。
6.良心や罪悪感が欠如している。
7.浅い感情。
8.冷淡で共感性がない。
9.かなり衝動的。
10.性行動が奔放。

「怪物の木こり」は特殊な脳チップを埋め込まれて
 倫理や共感能力がなくなってしまった主人公たちの物語だ。
 彼らはサイコパス的な行動をする。
 煩わしい人間は平気で殺害する。
 倫理や共感能力がないから殺害しても「痛み」を感じない。
 彼らは自由で不安がなく、サイコパスである自分を肯定している。

 ところが何かの衝撃で脳チップが壊れてしまった時──主人公は共感能力を取り戻す。
 他者の痛みや感情を共有して戸惑い、驚き、
 他者と触れ合うことに込み上げてくる喜びを感じる。
 他者が煩わしいだけのものでないとわかる。

 サイコパスである自分。
 サイコパスでない自分。
 主人公にとって、どちらが幸せであったのだろう?
 現代社会は前者の傾向が多いかな?
 殺人まではいかないが、他者と共感することを苦手な人、拒む人が多い気がする。
 たとえば都知事選で話題になった、あの人とか。
 ……………………………………………………………………

「死刑にいたる病」は完全なサイコパスの物語だ。
 榛村大和(阿部サダヲ)は快楽殺人をおこなう。そこに何のためらいもない。
 泰村は人を操る。
 他者が求めていることを感じ取り、そこにつけ込み信用させて殺害に及ぶ。
 サイコパス的な資質をもった人間を見つけることにも長けていて、
 それを引き出しサイコパスにする。

 物語は、自分の中のサイコパス資質に悩む筧井雅也(岡田健史)の視点で描かれるが、
 もうひとつ注目すべきは──
 サイコパス殺人鬼・泰村がなぜ警察に簡単に捕まってしまったかだ。

 今まで泰村は完璧に殺人をおこなって来た。
 しかし、ある時から犯行が杜撰になり、捕まえて来た少女を逃がし、証拠を残して、
 結局、逮捕されてしまう。

 おそらく泰村はサイコパスである自分に疲れてしまったのだろう。
 はやく死刑になって死んでしまいたかったのだろう。
 人間の心って、そんなに強固じゃないだろうし。
 あるいは泰村はサイコパス殺人すらも、つまらなくなってしまったのかもしれない。
 ただ自分の因子は残したかったので、筧井雅也をサイコパスにしようとした。

 現代社会──人の心はどんどん壊れていっている。
 人は多かれ少なかれ、上に書いたようなサイコパス要素を持っているような気がする。

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