大藪春彦「野獣死すべし」。
主人公・伊達邦彦を紹介する文章でこんな文章がある。
★「華やかに雅やかな挙措と、内に荒れ狂う暴君の血。
己れの破滅にまでみちびく絶望にとりつかれ、悪行の中にのみ生きがいを感ずるペチョーリンの姿は邦彦の偶像にまでなる。
人生は芝居だ。幕間喜劇にすぎないとふれまわって、芝居の方法論を学ぶ。
誰もがたどるスタニフラフスキーやダンチェンコやクレーグの演出手法の丸覚え。それは頭の中で、一つの物へとすり変えられる。計算されつくされた自然さだ。
文芸部で知り合った連中の紹介で演劇部にもぐりこむ」
以上は邦彦が大学で演劇部に入る下りだが、何とすごい文章だろう。
<華やかに雅やかな挙措><内に荒れ狂う暴君の血>といった体言止め。
<ペチョーリン><スタニフラフスキー><ダンチェンコ><クレーグ>といった固有名詞の羅列。
<人生は芝居だ。幕間喜劇にすぎない>といった警句。
短い文章。乱暴な文脈。溢れる情報。
これで邦彦の荒々しい心の中が伝わってくる。
丁寧な秩序だったきれいな文章では伝わって来ない。
こんな文章もある。
敗戦の子供時代の邦彦を描いた文章だ。
★「邦彦は昼は青空市場で次々と味見をしたり、くすねたりして腹をみたす。
脂にとけて焦げるニンニクと、唐ガラシと様々な肉のむせかえる様な煙。
夜は軍の食料倉庫に米や豆を盗みにいく。
銀砂をばらまいたような星空にむけて、衛兵が威嚇射撃の短機関銃から発射された、緑や赤の曳光弾のえがく弾道が、夜空にくっきり映えて美しい」
これもすごい文章。
<脂にとけて焦げるニンニクと、唐ガラシと様々な肉のむせかえる様な煙>。
非常に具体的な描写で臭いまでもが伝わってくる。
一方で<銀砂をばらまいたような星空><緑や赤の曳光弾のえがく弾道>といった表現は幻想的ですらある。
具体的な現実と幻想が共存している世界。
最後はこれ。
★「試験など茶番に等しい。下宿に寝転がってアメリカン・ハードボイルドの探偵小説にとっくむ。己の苦痛を他人事として受け取り、己のみを頼みとするニヒルでタフな非情の男の群れ。耐えて耐えぬくストイシズムの生む非情の詩。
部屋には安っぽい表紙にかざられた二十五セント判のポケットブックがたちまちのうちに数百冊読み飛ばされ、うず高く積まれていく」
物に例えて人物を表現する手法だが、この場合はハードボイルド小説。
<己の苦痛を他人事として受け取り、己のみを頼みとするニヒルでタフな非情の男>とは邦彦自身のことだ。
<二十五セント判のポケットブックがたちまちのうちに数百冊読み飛ばされ、うず高く積まれていく>
という描写もすごい。
鬱々として心の中に野獣を秘めてひとりペーパーバックを読む邦彦の姿が浮かんでくる。
こんなすごい表現が凝縮されているのが「野獣死すべし」だ。
主人公・伊達邦彦を紹介する文章でこんな文章がある。
★「華やかに雅やかな挙措と、内に荒れ狂う暴君の血。
己れの破滅にまでみちびく絶望にとりつかれ、悪行の中にのみ生きがいを感ずるペチョーリンの姿は邦彦の偶像にまでなる。
人生は芝居だ。幕間喜劇にすぎないとふれまわって、芝居の方法論を学ぶ。
誰もがたどるスタニフラフスキーやダンチェンコやクレーグの演出手法の丸覚え。それは頭の中で、一つの物へとすり変えられる。計算されつくされた自然さだ。
文芸部で知り合った連中の紹介で演劇部にもぐりこむ」
以上は邦彦が大学で演劇部に入る下りだが、何とすごい文章だろう。
<華やかに雅やかな挙措><内に荒れ狂う暴君の血>といった体言止め。
<ペチョーリン><スタニフラフスキー><ダンチェンコ><クレーグ>といった固有名詞の羅列。
<人生は芝居だ。幕間喜劇にすぎない>といった警句。
短い文章。乱暴な文脈。溢れる情報。
これで邦彦の荒々しい心の中が伝わってくる。
丁寧な秩序だったきれいな文章では伝わって来ない。
こんな文章もある。
敗戦の子供時代の邦彦を描いた文章だ。
★「邦彦は昼は青空市場で次々と味見をしたり、くすねたりして腹をみたす。
脂にとけて焦げるニンニクと、唐ガラシと様々な肉のむせかえる様な煙。
夜は軍の食料倉庫に米や豆を盗みにいく。
銀砂をばらまいたような星空にむけて、衛兵が威嚇射撃の短機関銃から発射された、緑や赤の曳光弾のえがく弾道が、夜空にくっきり映えて美しい」
これもすごい文章。
<脂にとけて焦げるニンニクと、唐ガラシと様々な肉のむせかえる様な煙>。
非常に具体的な描写で臭いまでもが伝わってくる。
一方で<銀砂をばらまいたような星空><緑や赤の曳光弾のえがく弾道>といった表現は幻想的ですらある。
具体的な現実と幻想が共存している世界。
最後はこれ。
★「試験など茶番に等しい。下宿に寝転がってアメリカン・ハードボイルドの探偵小説にとっくむ。己の苦痛を他人事として受け取り、己のみを頼みとするニヒルでタフな非情の男の群れ。耐えて耐えぬくストイシズムの生む非情の詩。
部屋には安っぽい表紙にかざられた二十五セント判のポケットブックがたちまちのうちに数百冊読み飛ばされ、うず高く積まれていく」
物に例えて人物を表現する手法だが、この場合はハードボイルド小説。
<己の苦痛を他人事として受け取り、己のみを頼みとするニヒルでタフな非情の男>とは邦彦自身のことだ。
<二十五セント判のポケットブックがたちまちのうちに数百冊読み飛ばされ、うず高く積まれていく>
という描写もすごい。
鬱々として心の中に野獣を秘めてひとりペーパーバックを読む邦彦の姿が浮かんでくる。
こんなすごい表現が凝縮されているのが「野獣死すべし」だ。
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