平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

推理小説作法 1

2006年01月27日 | エッセイ・評論
「推理小説は、もっと生活をかき込まねばならない。犯罪はどのように行われたかを書くと共に、なぜ行われたかも同じ比重で書くべきである。犯人の動機はわれわれの奥に持っている心理から引き出してもらいたい」
「われわれの日常生活には、心理的な危機がみちみちている。この部分を切り取って拡大してみせることも、これからの推理小説の行く道のひとつの方向であろう」

 松本清張は推理小説をトリック・謎解きのパズルだけでなく、動機に重点を置くべきだと主張している。
 動機を描くことで、その人間の抱える人生や背後に潜む社会悪をえぐり出したいと清張は考えたからだ。

 こうした動機主義の推理小説の対極をなすのが、次のような立場だ。
 つまり……
「動機は金か女か復讐か殺人狂か。そのどれかをできるだけ単純明快に出しておけば事たりた。動機よりも、いかにして前人未踏の新しいトリックを考案し、読者をして五里霧中の境地に遊ばしめるか、そして前人未踏のトリックを考案し解決を与えるかが、作家の苦心の的だった」という立場であり、「読者と作者との知的ゲーム」という立場である。

 シャーロックホームズを描いたドイルはトリック重視、動機はどうでもいいものであった。
 相手の服装や話しぶりを観察して、生地、職業、経歴、悩みまでを当ててしまうホームズはその推理で次のような方法をとっていた。
「ホームズの方法では犯人の意図が無視される。犯人の残したいろいろな気のつかない些細な痕跡から犯人を推理するのであって、犯人の動機、犯罪の意識、計画というようなものは、このような推理にとっては不必要である。このようなものが分かれば分かっただけ役に立つが、分からなくても捜査には差し支えない。かように意図、目的、計画、動機といったものを全部抽象して、単純な連想的推理をつみ重ねていくのが、ホームズの推理の特徴である」

 つまりホームズの方法では、Aという結果が出るために何がなされたかを推理する科学的手法で、そこには動機はほとんど介在していない。

 一方、シムノンのメグレ警部はホームズとは180度違っていた。
 シムノンの立場はこうだ。
「殺人犯人すらも根からの悪人と見ず、生育の途上において、そのようにゆがめられざるを得なかった不幸な人間と見なすのである」
「主人公のメグレ警部は、犯人を捕らえて処罰するよりは、これを理解し、同情しようとする。メグレは人間にたいする深い洞察を身につけた、偉大なヒューマニストなのである」
「かくして、シムノンの推理小説のライトモチーフは一貫して『人間であることのむずかしさ』ということになる」
「メグレの羅針盤は、事件の論理でなくて、熱情の論理である。彼の追う手がかりは、表情、言葉つき、身振りなどである。彼は殺人をひき起こした心理的危機に向かって、読者と共に模索を進めようとする。真実が解明された時、その時は人間の行動を左右する恐るべき圧力も正体を明らかにするのである。犯罪者に対する同情、赦免がもたらされるのが普通である」

 さて、この動機だが、江戸川乱歩はエッセイの中で次のように分類している。

1.感情の犯罪……恋愛、怨恨、復讐、優越感、劣等感、逃避、利他
2.私欲の犯罪……物欲、遺産問題、自己保全、秘密保持
3.異常心理の犯罪……殺人狂、変態心理、犯罪のための犯罪、遊戯的犯罪
4.信念の犯罪……思想、政治、宗教、迷信


                      「推理小説作法」(光文社文庫)
                       大内茂男「動機の心理」より

★研究ポイント
 ホームズの方法とメグレの方法。
 動機のいろいろ。
 推理小説の書き方。

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