平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「吾輩は猫である」を読む③~知識・教養をひけらかす気取り屋・俗物の登場人物たち

2020年07月17日 | 小説
 夏目漱石の文学史上の話をしてみます。

 前回、『吾輩は猫である』の登場人物たちは『太平の逸民』であると書いた。

「逸民」
 辞書を引くと、
①俗世間をのがれて、隠れ住んでいる人
②官に仕えず、気楽な生活を楽しむ人

 天下国家のために働くことなく、
 実業で金儲けをするでもなく、
 本を読み、趣味に行き、駄弁を弄し、
 時に人間や社会を上から目線で論評し、茶化しながら、生きていく人たち。

 大金持ちではないが、お金にはそんなに苦労していない中産階級の上の人たち。

 こんな人物たちを描いてきたので、
 夏目漱石は日本文学史において『高踏派』に位置づけられる。

 この姿勢は、個人のドロドロした内面を赤裸々に語った自然主義文学や
 貧困に苦しむ労働者を描き、社会を告発したプロレタリア文学と一線を画する。

 漱石はスノッブなんですね。
「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」
「紳士気取りの俗物」
 プロレタリア文学の立場で見れば、結構鼻持ちならないやつ。

 一方、漱石はそうした自分を心得ていて、小説『それから』でしっかり茶化し、自己批判している。
 お金がなくなって、現実に生きなくてはならなくなった主人公の代介はラストでうろたえ、焦りまくる!(笑)

 飯田橋へ来て電車に乗った。電車は真直に走り出した。代助は車のなかで、
「ああ動く。世の中が動く」と傍はらの人に聞える様に云った。彼の頭は電車の速力を以て回転し出した。回転するに従って火の様に焙ほてって来た。これで半日乗り続けたら焼き尽す事が出来るだろうと思った。
 忽たちまち赤い郵便筒ゆうびんづつが眼に付いた。するとその赤い色が忽ち代助の頭の中に飛び込んで、くるくると回転し始めた。傘屋の看板に、赤い蝙蝠傘こうもりがさを四つ重ねて高く釣るしてあった。傘の色が、又代助の頭に飛び込んで、くるくると渦を捲いた。四つ角に、大きい真赤な風船玉を売ってるものがあった。電車が急に角を曲るとき、風船玉は追懸おっかけて来て、代助の頭に飛び付いた。小包郵便を載せた赤い車がはっと電車と摺すれ違うとき、又代助の頭の中に吸い込まれた。烟草屋たばこやの暖簾のれんが赤かった。売出しの旗も赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりほのおの息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行ゆこうと決心した。


 スノッブな人間の愚かさ、弱さ、いやらしさを漱石はしっかり描いている。

 小説『それから』はこういう意図のもとに書かれた作品だと僕は思っています。


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2 コメント

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挫折 (コウジ)
2020-07-19 08:38:37
象が転んださん

いつもありがとうございます。

僕も仕事でなければ挫折していました。
物語性がないですしね。
作家の阿刀田高さんは「猫」は第1章だけを読めばいいと言っていますし、挫折が普通なのかもしれません。
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Unknown (lemonwater2017)
2020-07-18 19:48:40
象が転んだです。
私もこの作品は2度ほどトライしましたが、俳句の会の辺りで2度とも頓挫しました(悲)。アマゾンレビューを見ても挫折してる人いますね(笑)。
SキングもOバルザックも長編物は不思議と間延びする傾向にあります。個人的には「それから」「門」「草枕」辺りのボリュームが丁度良かったような気もします。
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