自転車に乗ろう♪

自転車のこと、ロードレースのこと、庭のこと、日々の暮らしのことなど。    HN:Emmy(えむえむ)

やまめ工房へ

2015年07月09日 | 自転車
朝から雨が降ったり止んだり。
空模様を見て、雨の合間にバイクを車に積み込んだ。
次男のバイクと、ついでの私のバイクも。

12:30に家を出て、ツル○で松本用に米を買い
14:10 やまめ工房に到着。
早速バイクを下ろして工房に運び込む。

堂城さんはバイクの傷をみればどんな風に転んだか分かるそうで、
濡れた下りカーブで滑ったことや
「とっさの対応が何も出来なかった」という次男の言葉を伝えると
「ハンドルを切ったんだな~それじゃあダメだわ。いっぺん説教しないといかんな~」
と笑っていた。

萩原麻由子選手がジロ・ローザ第6ステージで優勝したこと、
堂城さんがゲストライダーとして招かれたせたなライド2015のこと、
事業仕分けで競輪補助事業が予算削減されていること、
宇都宮ブリッツェンが黒字経営で良い成功例であること等々、
興味深い話がいっぱい聞けて楽しかった。

次男のバイクは一日預けて、明日の夕方受け取りに来ることになった。
16:00にやまめ工房を出て、松本のマンションへ。
松本に泊まるのは3週間ぶりだ。


ジロ・ローザは女子のサイクルロードレースの世界最高峰で
男子のツール・ド・フランスに相当する。
10日間全9ステージで戦うレースの第6ステージで
萩原選手は序盤から5人の逃げに乗り、
その逃げが吸収されたあと、ラスト25kmで再度アタック。
今度は単独で逃げ切り、24秒差を付けて優勝した。
グランツールでの日本人男子のステージ優勝が待たれる中
一足先に日本人女子が歴史的快挙を達成した。

萩原選手は日本国内では圧倒的に強いが
この優勝で、世界に伍して十分に戦えることが証明された。
本当に素晴らしい♪
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祭りの後始末

2015年07月08日 | 家族
野尻湖カップ翌日の月曜日(7月6日)は、朝から洗濯機を回した。

1回目と2回目は3人分のシーツ、バスタオル、枕カバーそれに次男のパジャマ。
3回目は次男のレースウェア類。
バイクウェアには泥と血がこびり付いているのを手洗いで落とした。
ビブパンツは2カ所に穴が開いていて「もう捨てて!」と言われていたが
まだ新しくパッドも全くへたっていなくて、いかにも勿体ない。
ローラー台や冬場の重ね着で使えばいいと判断してきれいに洗った。
4回目は夫と自分の通常の洗濯物を回す。

さらにウェットスーツの洗い方はネットで調べた。
海水ではないので塩出しの必要はないが
裏返しの状態でざっと流してから洗濯機に張った水に30分浸けて
水を替えてまた10分ほど浸けて
幅広のハンガーで陰干しした。

ジョギングシューズとビンディングシューズは固形石けんとブラシでごしごしと洗い
よく濯いで脱水して、外に干し、最後は靴乾燥機で乾かした。

次男にメール。
15:01 具合はどう?グローブ片方見当たらない。ウェットスーツは水洗いした。
15:40 グローブは片方紛れ込んで持ってっただけだから大丈夫
15:41 それならよかった(^_-)

この日は薄曇りでカラッと乾くところまでは行かなかったが
夕方からは室内に干して、翌日には全ての洗濯物が乾いた。

落車の状況からバイクも無事ではないだろうが
本人は負傷してチェックする余裕もなく
「堂城さんに見てもらって」と言い残して札幌に帰ってしまった。
やまめのホームページで堂城さんが北海道に出掛けているのが分かったので
帰る頃合いで火曜日(7月7日)の昼前に電話をした。

「今さっき北海道から帰ってきたところ」という堂城さんに
次男が野尻湖に出場して落車したことを話し、バイクの点検修理をお願いした。
快く引き受けてくれて
木曜日(7月9日)の午後にバイクを持って行くことになった。

次男に連絡。
11:58 堂城さんに自転車チェックしてもらえる。明後日やまめに持ち込む。期限の希望あれば教えて。まだ痛む?
15:09 特に無いけど、来週末までに届けば嬉しい。他の荷物は今週末実習で使うので土曜日までに届くようにして下さい。
15:11 荷物は明日発送予定です。
15:12 はーい
15:48 あと写真データもほしい

15:55 写真データはUSBで一緒に送る。
15:55 さんきゅー

今回のレースでは写真撮影においても大敗北だった。
スイムから上がってきたところを見逃し、
バイク一周目は他の選手と重なって気づくのが遅れた。
それでバイク2周目は早めにスタンバイして集中していたのに
とうとう本人が現れなかった(T_T)
ブログにアップした次男のレース写真は夫と長女が撮影したものである。
折角の一眼レフが泣いている・・・。

怪我のその後については何も言ってこないので
夜に電話で確かめた。
かなり回復して、札幌では病院へも行っていないそうだ。
まあ、あの程度で済んで幸いだった。

あの日信越病院の廊下で待っていたとき
診察室から出てきた患者さんは同じくレースでの負傷者だった。
バイクウェアにビンディングシューズを履いたままで
大会スタッフの方に付き添われてよろよろと歩く年配の男性。
首まわりにサポーターをはめているところをみると
落車してクビを傷めたようだ。

大会ホームページには
平成27年7月5日(日)
 26回大会が閉幕されました。前日の雨によって路面が滑り易くなってしまっていたことから、数名の方がバイク競技で転倒されてしまうアクシデントもありましたが、多くの方に参加・観戦いただいた第26回トライアスロン大会が閉幕しました。
 大会の様子は7月20日(月・祝)14:00~15:24 SBC信越放送で放映されます。
 また来年も多くの皆様にご参加いただき、盛り上がる大会が開けますよう、事務局一同よろしくお願い申し上げます。

とあった。

数名の中に入るなよっ!
手作り横断幕を広げてゴールを迎える計画だったのにぃ~
そうすればテレビに映ったかもしれないのにぃ~~~


今日の午後、次男の持ち物全てをスーツケースに詰めた。
ウェットスーツやらシューズ類やらが嵩張る。
サングラスはケースが見つからなかったのでお菓子の空き箱を使った。
手回り品のバッグも畳んできっちり収めて、ヤマトの営業所に持ち込んだ。

次男にメール。
17:43 荷物発送しました。スーツケース一つです。メルメットとバイク以外は入れたはず。不足があれば連絡下さい。明後日配達、時間指定無しです。

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政経塾 4回目

2015年07月07日 | 暮らし、その他
午前中ツル○で買い出しして、駅に寄り指定席券を受け取る。

15:40に家を出て、駅に近い方の新幹線駐車場に車を置いて
16:15 あさまに乗車。
18:20 党本部前に到着。

18:30 入館し、最前列の席に座る。

19:00 開始

第一講座は平和安全法制について。


講師は、自民党副総裁の高村正彦氏。

実は前から高村氏のファンである。
折々に穏やかな語り口でずばっと本質に迫る発言を聞くと、スカッとする。
今回は平和安全法制の必要性と正当性をじっくりと話された。

「岡田さん(民主党)はコストコストと言う。
最近はさすがに恥ずかしくなったのか、あまり言わなくなったけど。
その代わりにリスクリスクと言い出した。本質を論じていない。」
という話を聞いて
以前そこまで言って委員会で飯島勲氏が暴露した岡田氏のケチっぷり、
すなわち
民主党政権時代に官邸を仕切っていた岡田氏が
購読する新聞の部数を減らし
打ち合わせ等での外来者にお茶を出すのを止めさせ
緊急招集を考えずにスタッフのタクシー利用を禁じ、等々
経費節減が過ぎて業務に支障を来していた
という話を思い出してニヤッとしてしまった。


生高村さんはテレビで見るよりも小柄で、
穏やかな佇まいながら視線は力強くて
近くで見ると迫力とオーラが感じられ、とても格好良かった♪

第二講座は塾長の深谷隆司氏。
最初に「政治家は言葉に気をつけなくてはいけない」という話された。
言葉は句読点の打ち方一つで反対の意味合いにできること
話の中のどの部分を取るかはマスコミの勝手であり
つまり「マスコミの言葉の魔術」というものがあるのだという。
政治家はこのことに細心の注意を払わなくてはいけないし
大西英男議員にも肝に銘じて欲しいそうだ。

それから前回の続きで、「政治家としてどう生きたか」という話をされた。
日本が敗戦から復興を進めていくその時代に
政治家として力を尽くして来られた体験談は大変興味深かった。

21:00 終了。
21:23 有楽町発の京浜東北線はいつもより一本遅い電車だ。
東京駅23番線ホームに駆け上がって一番近いドアからあさまに飛び乗ったら
1分もせずにドアが閉まり発車。21:28
汗びっしょりで三人掛けの窓際の席に座った。

これを逃すと22:04の終電で、帰宅は午前0時を過ぎてしまう。
余程のことがない限り、有楽町発21:18に乗るようにしたい。
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落車リタイア(野尻湖カップ)

2015年07月06日 | 自転車
トライアスロン現地観戦(野尻湖カップ)の続き

7月5日
10:50 本部テントでスタッフの方に尋ねた。

○○番の□□ですが、道路脇で応援していて
バイクの一周目で通過してから全然来ないのですが
どうなったのか、何か連絡は入っていますか?

すると担当のスタッフの方がエントリーナンバーと名前を確認し
「転倒して怪我をしたようです。今確認します。」とどこかに電話を掛け
「擦り傷だけとのことです。救護所で応急手当を済ませて、野尻湖歯科に向かいます。」
という。
ああ、良かった~ 救急車じゃ無かったんだ。

ス:あと5分で野尻湖歯科に着くので、そちらに行って下さい。
私:病院に向かっているんですね?(しかし何で歯科なのかな??)
ス:いえ、病院ではなく野尻湖歯科です。野尻湖歯科の場所分かりますか?
私:ちょっと分かりません。
ス:じゃあご案内しますよ。すぐそこです。5分ほどです。
私:それって役場のことですか?
ス:いえいえ役場はずっと上の方です。

そこでようやく理解した。
歯科ではなく支館。
正しくは信濃町公民館 野尻湖支館である。
地図でちらっと見て、町の公的な建物とだけ認識して役場役場と呼んでいた。
こちらでは分館といい、支館は耳慣れない言い方だったため
頓珍漢なやり取りをしてしまった(汗)。

10:53 夫に電話して状況を伝え、役場(実は支館)に向かった。

10:59 支館の玄関に着いたところで携帯が鳴った。
借りた電話で次男が連絡してきたのだ。
すぐに中に入り、ガーゼと包帯ぐるぐるの次男と再会した。
立って歩いている姿を見て、ほっとすると同時に
どんなに痛かっただろう、情けなかっただろう、恥ずかしくて自分に腹が立っただろう、と
次男の気持ちが思われて涙がこぼれそうになった(落車負傷の経験者なので)。

車から着替えを取ってきて、腰の擦過傷にガーゼを貼る手伝いをした。
夫と長女とY君も駆けつけて、5人で駐車場に戻った。
次男がトランジの撤収に向かい、長女と私が付き添った。

歩きながら次男が言った。
「今日は家族が来てくれてて本当によかった。
一人で出場していてこんなことになったら、どうしようもないよ。」

確かにサポート隊は必要だ。特に非常時は。
いつでも呼んでくれたまえ(笑)。


11:37 両腕と両脚に擦過傷を負った。痛々しい・・・

「応急手当で傷の泥が落とし切れていない、消毒もしていない、右肩がおかしい。
ちゃんと病院行って診てもらいたい。」
と次男が言い、日曜日のこの時間に開いている病院を探す。
本人と長女が手分けして電話を掛け、信濃町の信越病院で診てもらえることになった。

12:00に交通規制が解除されるのを待って車を出して
信越病院で受付を済ませ
Y君と長女が見つけてくれたお蕎麦屋さんで昼食。
この店は盛りが良くて味も良く大満足。

食後、長女達は帰路に就き、次男と夫と私は病院へ戻った。

13:00~14;15
信越病院で傷の手当てとレントゲン撮影をしてもらい
骨には異常がないことが分かった。
ただし筋を傷めている可能性があるので経過を見るようにとのことだった。

一時は実家でもう一泊しようかと言っていた次男が、やはり札幌に帰ることになった。
病院の駐車場で荷物を整理して持ち帰るものを小さいザックひとつにまとめた。
14:25 長野駅から新幹線に乗ることにして、走り出した。

15:05 長野駅善光寺口に到着。
指定席取りなさいね~と次男を見送って、自宅へと向かう。
15:07 (長女へ)○○は治療が済んで、今長野駅で別れました。これから自宅に帰ります。

15:13 満席(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)
15:15 仕方ないね。グリーン車乗っていいよ。
15:15 満席です。グランクラスも満席です。

電話をして、すぐに自由席に並ぶしかないね、と言ったら
「もう並んでる」との返事だった。
頑張って!

15:41 座れたー奇跡
15:42 ああよかった~おめでとう~今坂城

16:00過ぎに帰宅した。
すると長女から
16:06 怪我は大丈夫だった?結局今日帰るんだね。こっちも無事アパートに着きました(^_^)v

折り返し電話を掛けて、お礼を言い労をねぎらった。
今回は長女達がいてくれて本当に助かった。

19:22 搭乗待ち
19:22 了解~

23:30頃に帰宅の連絡が夫の携帯へ入ったようだ。

長い一日だった。
晩ご飯の時に、夫が笑いながら総括した。
「トライアスロンがどういうものか、応援はどうやるか、から
怪我をしたらどうするかまで、
本当にしっかり体験させてもらったよね~」

一日も早く次男の怪我が回復しますように(祈)!
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トライアスロン現地観戦(野尻湖カップ)

2015年07月05日 | 自転車
4:00 起床
肝心の選手がなかなか起きなくて、予定より25分遅れて出発。


5:25 いざ出陣

昨日と同じルートで、黒姫野尻湖PAでトイレ休憩を入れ

6:30 駐車場着。遊覧船乗り場そばの良い場所に2台並べて駐車できた。


6:44 準備作業中
受け付け開始5分前の6:55に、次男はメイン会場へと向かった。


ポカリスエット2リットルを持ってきてと頼まれたので、トランジまで届ける。


8:12 スイムのスタート地点へと向かう次男。


8:35 スイムスタートの直前


9:11 スイム終了。所用時間は約35分


9:14 バイク スタート



メイン会場から5分歩いて駐車場へ移動し、バイク3周とランの往路はこちらで応援する。
それからメイン会場へ戻り、ゴールを迎える予定だ。


応援バナーは母の手作り^^


9:43 バイク1周目の次男が通過した。



1周約30分のペースだから、次は10:10過ぎだろう。

車に戻りお団子など食べて一休みし、10:05にコースサイドに出て次男を待ち構える。
ところが、なかなかやってこない。
2周目はペースが上がって、もう通ってしまったのだろうか?
それならいいのだが・・・。
そんなことを皆で話し、それなら10:30過ぎには3周目で来るはずだ。


10:34 じりじりしつつ、祈る思いで待った。

10:45 先ほど見た選手が、また目の前を通過したが
次男の姿はまだ見えない。

何らかの異変が起きたことは間違いなさそうだ。
そういえばさっき救急車が来ていた。
「まさかさっきの救急車?」と言うと
「僕もそうかもって思っていたところです。」とY君。

「ちょっと行ってくるわ」と三人に言い残して、急ぎ足で本部へと向かった。
不安が大きく膨らんでくる。
大怪我をして救急車に運び込まれる次男の姿が、頭をよぎった。
「落ち着いて、落ち着いて」と自分に言い聞かせる。

(続く)
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週末は次男のレース

2015年07月04日 | 家族
次男が昨夜20:12着の新幹線で帰ってきた。
私は地区役員会があり、夫が駅まで迎えに行ってくれた。
役員会から戻ると、出掛ける前に用意した晩ご飯を食べているところだった。

天辺がツンツンした髪型で暗めの茶髪になった次男は雰囲気が変わっていた。
子供っぽさが抜けて母としてはちょっとツマラナイ?
まあ、いいけどね^^;

次男は週末のレースにエントリーしている。
2015 野尻湖カップトライアスロン・ジャパンオープン。
我が家から野尻湖まで車で1時間半くらいなので、二日間家から車で通う。

今朝は休日出勤の夫を見送り
なかなか起きない次男をようやく起こして
12:05 出発。
坂城ICから上信越自動車道に乗り信濃町ICで降りて


13:15 受付会場の旧野尻湖小学校に到着。


13:30からの競技説明会は右の体育館で約20分間。


14:00前に、車で5分のイタリアンに移動してピザの昼ご飯。


14:45 遊覧船のりば近くの駐車場に戻り、次男がバイクとランのコースを試走・下見に行った。

その間、私は駐車場、メイン会場、スイムコースの様子を徒歩で下見する。


15:06 トランジションエリア


15:08 奥のスイムコースと通路。

16:30 下見を終えて帰路に就く。

ツル○で次男の補給食等を買い出しし、18:00帰宅。
応援のために長女とY君が先に到着していた。
間もなく夫も帰宅して、久しぶりに賑やかな晩ご飯になった。


次男のお土産の「塩水ウニ」2200円。空港で買うと高価だ。でもすっごく美味しかった。
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快挙!

2015年07月03日 | サイクル・ロードレース
なでしこジャパンが劇的勝利をおさめて、
2大会連続でワールドカップ決勝進出を決めた昨日。

夜遅くなって、私にとってはるかに劇的な快挙を知った。
6月21日に、中村龍太郎選手がTTの全日本チャンピオンを勝ち取ったのだ。
全日本選手権個人タイムトライアル2015エリート男子 「社会人でもプロに勝てた」 サラリーマンレーサーの中村龍太郎が全日本TT王者に

実は中村選手は夫の教え子である。(以下では中村君と呼ばせて頂く)。

2009年8月23日、私がロードバイクに乗り始めてすぐの頃に
夫と次男の3人で美麻のレースを見に行った。(8月25日の記事
そこで「先生!」と声を掛けてくれたのが中村君だった。
彼はまだ1年生で、夫の授業を受けていた。
地元ということで信大もレースにエントリーしていたが
夫も私もそのことを全く知らなかった。
中村君は先輩達のサポートのために会場に来ていたのだ。
そして夫もこの時初めて、中村君が自転車をやっていることを知った。

2年後、夫の授業で毎回最前列に座る真っ黒に日焼けした学生(T君)がいた。
夫が「何かスポーツをやっているの?」とたずねると、自転車競技部だという。
次男や私の影響で夫もロードレースのことをある程度分かっていたので
T君と話が弾んだらしい。

その年の9月に美麻でインカレが開催された。
もちろん信大も出場する。
「じゃあ応援に行こう!」と夫と二人で現地観戦に出掛けた。
折角なのでバナー(紙製)を作り、雨に濡れながら熱い声援を送った。



出場169名中完走42名、DNF127名。
完走率24.8%の厳しいレースで、中村君とT君は見事に完走した。
インカレ ロードレース現地観戦(大町市美麻)2011年9月4日

2012年10月20日、ジャパンカップの土曜日には
会場でオープンレースに出場する彼らを見つけて激励した。


2012年10月20日 ジャパンカップのオープンレース スタート前
左からK君、中村君、T君、横山航太君。

卒業後はイナーメ信濃山形に所属してレースを続けていることは知っていた。
でもまさか全日本チャンピオンなんて。
すごい、すごすぎる!
そんなに強くなっているとは全然知らず
こんなに嬉しい驚きは滅多にない\(^o^)/

全日本のロードレースの結果は知っていたがTTの方はノーチェックで
昨夜遅くに久しぶりに信大自転車競技部のブログを覗いて
初めて知ったという訳だ。
シクロワイアードの記事や画像を見て
名だたる選手達を押さえての勝利を再確認して
鳥肌が立ち、そして泣きそうになった。

中村君、おめでとう!
ますますのご活躍を祈り、応援しています!



全日本選手権個人タイムトライアル2015男子エリート 37.2km
1位 中村龍太郎(イナーメ信濃山形)49分54秒42
2位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン)49分58秒08
3位 西薗良太(ブリヂストンアンカー)49分58秒20
4位 窪木一茂(Team UKYO)50分10秒56
5位 佐野淳哉(那須ブラーゼン)50分24秒82
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原子力規制委員会って工作員?

2015年07月02日 | 社会、読書
原子力規制委員会がどうも変だという印象は以前から持っていた。

そもそも、福島第一の事故は地震動による設備の損傷ではなく
津波によって地下に置いた補助電源装置が使えなくなり
電源喪失で炉の冷却が出来なくなった事による。
活断層があったからどうこう、では全くなかったのだ。
それなのに、規制委員会の関心・拘りは
「活断層があるかないか」ばかりだ。

出力1ワットの研究用原子炉までもが停止に追い込まれ
再稼働の見通しが立っていないと知って、あ然とした。

これって例えば遊園地の敷地内で子供を載せて走るミニ電車に
通常の鉄道事業者向けの規則をそのまま適用するようなものだ。

原子力規制委員会って原子力発電のド素人か?

このような「規制委員会のおかしなやり方」で誰が得をするのか?
と思ったら、確かに得をする国があるようだ。
世界最先端にある日本の原子力発電技術をそっくり頂けるなら
あらゆる手段を使ってきそうな国が隣にある。
原子力規制委員会にその国の工作員が入り込んでいる可能性は、否定できない。

民主党政権の下で発足した原子力規制委員会がおかしいとしても
安倍政権になって既に二年半が過ぎているのだから
是正する時期に来ているのではないだろうか。
非科学的な(怪しい)委員は交代させ、委員会本来の仕事をさせる。
本来の仕事とは
「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、(中略)もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」
である。

国際的な基準でも研究用原子炉が商業用原発と同一の扱いなのか
規制委員会に聞きたいところだ。
とにかく我が国の安全保障を損なうような非科学的なやり方は
すぐにやめてもらいたい。

安倍政権が規制委員会の異常性に手をつけないのは、国民の反発を恐れるからかもしれない。
しかし、日本国民は論理的に説明されれば理解できるだけの民度を備えている。
知らないから、きちんと知らされていないから
「原子力は何でもかんでも怖くて悪いものだ」と言われて不安になっているのだ。

少なくとも研究用原子炉の扱いについては明らかに規制委員会が間違っていることは
説明されればば分かる話だ。
また規制委員会の独立性を優先するあまり、
万一他国の工作員に入り込まれても排除できない法体系になっているとしたら
そこは修正すべきだということも、容易に理解できる。

安全保障関連法案が成立したらすぐに
原発についての正しい情報を丁寧に繰り返し発信するとともに
規制委員会に対して打つべき手を打ってほしい。


産経新聞 2015.7.1 06:00
【九州から原発が消えてよいのか】
第10部(3)中国から輸入? 悪い冗談に現実味/“非科学的”な規制委の態度、いなくなる技術者
 出力1ワット。日本の原子力研究と人材育成に半世紀にわたって重要な役割を担ってきた原子炉が昨年2月5日、停止した。蛍光灯すら点灯できない原子炉に、原子力規制委員会が、出力何十万キロワットという商用原発と同様に、安全対策を求めたからだった。
 この小さな原子炉は、近畿大の原子力研究所(大阪府東大阪市)にある。炉は円柱状で直径4メートル、高さ2メートル。起動から核分裂反応が連続する臨界、そして停止という一連の作業を実習できる。九州大や大阪大の学生も含め、年間約200人の学生がここで学ぶ。
 その原子炉に平成25年12月、原子力規制委員会が、非科学的としか言いようがない方針を示した。
 商用原発と同様に、地震や竜巻、周辺の化学工場の爆発、飛行機の落下に至るまで多岐にわたるリスクを想定して、安全性を証明するよう求めた
 「原子炉といっても、豆電球ほどの熱も出ないんですよ。当然、核燃料が溶け落ちるメルトダウンも、絶対に起きない」
 近大原子力研究所所長の伊藤哲夫はこう語る。
 それでも、原子力関係者にとって規制委は“絶対”の存在だ。近大の原子炉は停止に追い込まれた。再稼働には、規制委の安全審査に合格するしかない。
 近大は昨秋、規制委に審査を申請した。審査には膨大な書類が必要となる。教授ら5~6人が授業の合間に作っているが、全体の約2割しか進んでおらず、再稼働の見通しはまったく立っていない。
 こうした実験・研究炉は、京都大も大阪府熊取町の実験所に2基持つ。こちらも、昨年5月までに運転を停止した。日本の学生は、国内で原子炉を学ぶ機会を奪われた
 近大は、実習の場を韓国に求めた。昨夏、ソウルの慶煕大の原子炉を使わせてもらい、起動から制御までの作業を学生に実習させた。近大は今年も同様に学生を派遣するが、期間は計1週間程度で、人数も20人程度に限られる。自前施設を使えない辛さがここにある。
 伊藤は「原子力関連の人材育成は国をあげて取り組むべき重要な課題だ。優秀な学生が、希望をもって勉強ができる環境を早く取り戻したい」と訴えた。
   × × ×
 資源小国日本にとって、冷静に考えれば原発は欠かせない。
 2030(平成42)年の電源構成比(エネルギーミックス)の政府案でも、原発は総発電量の20~22%を占める。
 一つの原発を運営するには、保守点検を含め数千人の技術者が必要とされる。福島第1原発の廃炉作業も数十年がかりだ。原発の運営も廃炉も、高度な技術を有する人材を、次々と育てなければならない
 しかし、東京電力・福島第1原発事故の後、商業用原発ばかりか実験・研究炉まで運転停止に追い込まれる状況に、技術者の卵は「原子力は将来に展望がない」との印象を抱く
 原子力の平和利用を目的に経済界などでつくる「日本原子力産業協会」は毎年、就職活動中の学生を対象に、原子力産業セミナーを開いている。参加者は、福島の事故前まで右肩上がりを続け、22年度は1903人に達した。しかし、事故後の24年度は388人と5分の1にまで落ち込んだ。26年度も393人とまったく回復していない。
 原発業界が敬遠される大きな理由の一つが、規制委の姿勢だ。
 もともと規制委は、福島第1原発事故を教訓に、原発の安全な運転を目的とする組織として、平成24年9月に設立された。
 原子力規制委員会設置法第1条にはこう記される。
 「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、(中略)もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」
 にもかかわらず、規制委は再稼働にブレーキを踏むことに血道を上げている。原子炉の大小に関係なく、一律の安全基準を求める姿勢は思考停止であり非合理だといえる。その姿勢が、原子力のみならず、放射線治療など医療分野の停滞も招く。
 九大工学研究院エネルギー量子工学部門教授の池田伸夫は「研究用原子炉は貴重な道具なんです。運転停止が長引けば、中性子を使った研究がすべて止まってしまう」と危惧する。
   × × ×
 国外に目を転じれば、福島第1原発の事故後も、電力の安定供給に向けて、原発を必要とする潮流は変わらない
 原発新増設に最も力を入れているのが中国だ。
 中国はロシアの技術をベースに今年4月時点で23基の原発が稼働する。これは世界で稼働する原発431基(1月時点)の5%に当たる。経済発展とともに、エネルギー不足に悩む中国では、技術の国産化をねらって原発ラッシュが続く。
 現在、26基の建設が進んでおり、今年中にさらに6~8基の建設が始まる。エネルギー問題に詳しい民間シンクタンク「テピア総合研究所」によると、発電事業者の計画ベースも含めると約280基の設置場所が決まっている。
 中国は、海外への輸出にも動く。
 パキスタン、アルゼンチン、ルーマニア…。中国のメディア「人民網」などによると、今年に入ってからだけで、これだけの国が中国製原発の導入を決めたという。
 今後、中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)と組み合わせた原発輸出も視野にあるとみられる。
 韓国もまた、原発輸出大国を目指す
 2009年12月、世界中の原発関係者を驚かせるニュースが駆け巡った。アラブ首長国連邦(UAE)が初めて建設する原発を、韓国系企業が受注した。ライバルのフランスメディアは、ナポレオンが敗れた「ワーテルローの戦い」になぞらえた。
 もちろん、原発推進は中国や韓国だけではない。
 米原子力規制委員会(NRC)は、2012年2月に、南部ジョージア州のボーグル原発3、4号機の建設を認可し、翌3月には南部サウスカロライナ州のV・Cサマー原発2、3号機の新規建設も承認した。
 日本も巻き返しを図る。トルコに対し、首相の安倍晋三によるトップセールスで原発輸出に成功した。
 2000年代、世界で先進技術をもつ原発メーカーといえば、仏アレバ、米のゼネラル・エレクトリック(GE)とウェスチングハウス(WH)、そして日本の東芝、日立製作所、三菱重工業だった。その後、東芝がWHを買収し、日立とGEが原子力部門を統合した。アレバも原子炉事業の売却交渉に入ったとされる。
 今後、中国や韓国メーカーも巻き込み、さらなる合従連衡が想定される。国内の原発が動かず、技術者育成も進まないままでは、この激流の中で、日本は長年培った技術を手放すことになりかねない
 テピア総合研究所の主席研究員の窪田秀雄は「新しい炉の建設がなければ、技術の維持や発展は難しく、産業基盤が失われていく。人材が払底し、技術がなくなれば、原発が必要になったときに、海外から輸入せざるを得なくなる」と語った。
 わが国に対する安全保障上の脅威が高まっている。中でも、中国の海洋進出は深刻な問題だ。その中国から、国のエネルギー政策の根幹をなす原発を輸入する。これをブラックジョークと笑い飛ばせない現実がある。
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自民党ならダメで民主党ならOKというダブルスタンダード

2015年07月01日 | 社会、読書
安全保障関連法案の審議で、
民主党は我が国の安全保障環境が厳しさを増していることや
どのようにして国土、国民の暮らしと安全を守るかという
本質的な議論を避けて
情緒的で的外れな質問を繰り返している。

メディアは自民党若手議員の勉強会での発言を
「権力による言論弾圧」だと大声で非難している。
これに関連して、産経新聞に民主党政権下での記者の興味深い体験談が掲載された。

委員会での「強行採決」についても民主党政権時代には
「強行採決」が10回以上も行われたという記事が掲載され
この2つを読むと
民主党及び民主党を応援するメディアのダブルスタンダードぶりがよく分かる。

私達は今現在のことだけではなく、以前どのようなことがあったのかも込みで
事実に基づいて、理性的に判断する必要があると思う。


産経新聞 2015.6.30 01:27
民主議員「書いた記者を外せ!」 政権担当時にも“報道圧力”
 自民党の若手議員が開催した勉強会「文化芸術懇話会」における発言が、「報道機関への圧力」だとして批判されている。新聞各紙は「自民の傲慢は度し難い」(朝日)、「言論統制の危険な風潮」(毎日)などと怒りの拳を振り上げ、本紙も連日、この問題を詳しく報じているが、そのたびに4年半前の悲しい体験を思い出す。
 当時、私は政治部の「与党キャップ」という立場で永田町にいた。民主党が政権の座に就き、1年ちょっとたった時期だ。
 ある日、民主党の某議員から議員会館の自室に来るよう言われた。こうした場合は大抵、記事への抗議だ。重い足取りで部屋に向かったことを覚えている。
 以下、密室での話なのでA議員と記す。案の定、A議員には、その日の政治面の記事が「事実と異なる」と訴えられた。詳しく話を聞くと、確かに取材が甘かったことは否めない。私は素直に謝罪した。「訂正文の掲載かな」と覚悟していたところ、A議員は意外なことを言い出した。
 「書いた記者を外せ」
 断っておくが、「外してほしい」ではなく「外せ」という命令口調だ。最初は「冗談」だと思った。しかし、A議員の表情が「本気」だったので、すぐさま「それは話の筋が違う」と反論した。すると、A議員は別の記者の名前を挙げて「○○はいまだに××(記者クラブ名)にいるじゃないか。あいつも外せ」と言い放った。
 最近もテレビの討論番組でさわやかなお顔をお見かけするが、あのときのA議員とは別人のようで、自分が体験したことが自分でも信じられないときがある。
 もちろん、「外せ」と指摘された記者は「外される」ことなく、たくさんの記事を書いた。しかし、民主党はその後も、前原誠司政調会長(当時)のことを「言うだけ番長」と書いたら、記者会見から本紙記者を排除した。別の記者は、菅直人首相(同)の記者会見で挙手しても挙手しても無視され、ついに質問の機会を与えられなかった。
 これはわが社だけが標的になったわけではないが、松本龍復興担当相(同)が被災地でテレビカメラが回っているにもかかわらず、「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。書いたらもうその社は終わりだから」と報道陣を恫喝(どうかつ)したこともあった。
 新聞社の社員として、広告料収入がなくなるのも嫌だが、記者として取材できないことの方が、もっとつらい。ただ、民主党という政党を担当したことで、「圧力に屈しない」という新聞記者に最も大事なことを学ばせてもらったと、今ではむしろ感謝している。
 民主党には最近、記事以外の私的な発信についても、記者を「名誉毀損(きそん)だ」と刑事告訴した議員がいる。新聞記者としてだけでなく、一人の人間としても「圧力に屈するな」と鍛えてくれているのだろうか。
 岡田克也代表は記者会見で、自民党の若手議員の発言をつかまえて、「おごりでしょうね。自分たちに権力があると、メディアを自由に左右できるという、そういうおごりの結果の発言だと思う」と語った。私は、4年半前の民主党の「おごりっぷり」は、今の政権の比ではなかったと思っているのだが…。


産経新聞2015.6.30 07:00
【安倍政権考】
暴力を肯定する“平和主義”民主党 フェアじゃない?開き直る岡田代表、またもブーメラン
 衆院厚生労働委員会で労働者派遣法改正案の採決が翌日に行われるとみられていた6月11日。民主党代議士会後に若手議員同士が、こんな会話をしていた。
 「あすは強行採決だ!」
 「破れやすいスーツを着ていかないといけないな!」
 暴力沙汰を予見して楽しそうに話し合う2人は、国会を「ケンカ祭り」か何かと勘違いしているようだった。そして、予見は当たった。
 民主党議員は12日、大挙して厚労委の委員室前に押しかけ、渡辺博道委員長(自民)の入室を阻止しようとした。もみ合いの末に渡辺氏は入室したが、首などを負傷した。しかも民主党は事前に配置図などを記載した「作戦メモ」作成し、渡辺氏の入室阻止や審議妨害の段取りを確認していた。
 渡辺氏は混乱を回避するため、この日の採決を見送ったにもかかわらず、計画的な暴力による審議妨害だけが実行された。気に入らないから暴力で阻止する姿勢は議会人の風上にも置けない。実に恐ろしい発想だ。
 厚労委の民主党議員は質疑が始まっても着席せず、壁際に立ってやじを飛ばし続けた。民主党の質問時間になっても質問せず、傍聴席に向かって政府批判の演説をぶつ議員もいた。民主党議員が質問しないので、安倍晋三首相は約1時間、ルールも礼節もない無法地帯で着席したまま無為に時間を過ごした。
 民主党は少なくとも暴力行為は謝罪するかと思いきや、反応は全く逆だった。
 首相は17日の党首討論で、岡田克也代表に対し、「委員長の入室を暴力を使って阻止した。議論を抹殺するもので極めて恥ずかしい行為だ」と批判した。すると岡田氏は「強行採決をしないと約束するか。それをせずこちらだけ責められても困る」と開き直った。
 強行採決は国会で珍しくなく、民主党政権も積極的に多用した。鳩山由紀夫政権時代の平成22年3~5月、約3カ月間に10回も行った。「民主党の強行採決は正しいが、自民党の強行採決は正しくない」という発想は、常識人の理屈とはいえない。見事なブーメランである。
 首相に党首討論で計5回、見解をただされても回答を拒んだ岡田氏は24日のBSフジ番組で、さらに開き直った。首相の指摘に「全くおかしい」と反論し、厚労委の民主党理事が謝罪したと強調。与党の強権的な国会運営が問題だとした上で「そういうやり方に反省の弁を述べるかどうかだ」と語り、首相や与党の謝罪が先にあるべきだとの考えを示した。
 与党が強権的だとしても、それと暴力行為を同等にみている時点で理解に苦しむが、岡田氏の理屈は不思議な方向へと進んだ。番組の司会者は暴力行為に対する代表としての見解を繰り返し尋ねた。的を射た質問だったにもかかわらず、岡田氏は「一方だけ取り上げて『代表はどう思うか』と聞くのはフェアではない」と反発した。安倍政権が「表現の自由」を奪っていると盛んに批判している割には、自分の足下は見えていないようだ。
 さらに不可解なのは、安全保障関連法案を「戦争に巻き込まれる」などと糾弾するメディアが、民主党の暴力を無視したことだ。朝日新聞と東京新聞は騒動の翌日の13日付朝刊で、渡辺氏の負傷に一切触れなかった。両紙は12日に行われた山崎拓氏ら自民党OBによる安保関連法案反対の記者会見については、1面を含め大々的に報じた。
 安保関連法案の賛否以前の問題として、暴力で議論を封殺しようとした民主党の行為は間違いなく民主主義の根底を覆す横暴なのに、ふだん「表現の自由」を声高に叫ぶ「平和を望むメディア」は目をつむった。先の大戦を振り返り「平和主義者が戦争を起こす」という趣旨の教訓を唱えたのは、ノーベル文学賞受賞者でもあるチャーチル元英首相だった。アイロニーと示唆に富んだこの言葉は、今の民主党や一部メディアには全く響いていない。
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ゼロリスクは不可能

2015年07月01日 | 社会、読書
東海道新幹線車内で起きた焼身自殺事件。

昨日の昼にそのニュースを知ったときはショックだった。
これまで海外では列車内での自爆テロや放火事件が起きていたが
とうとう日本でもこんな事が起こるなんて。
残念だし悔しいし、犯人に対する怒りを覚える。

そういえば一時期、新幹線のゴミ箱が使用禁止になっていた。
「不審な荷物があったら知らせて」という車内放送がされていたことも。
今は解除されているが、当時は警戒すべき状況にあったのだと思う。

今回の事件は、犯人にその意図があったかどうかは別にして
起こったことは「自爆テロ」そのものである。
巻き添えで一人の方が亡くなり、20人以上が重軽傷を負った。

その後の報道でどこも判で押したように
「新幹線での手荷物検査」を語っていたが
それって、どう考えても無理でしょ?

利用客の多さ、運転本数の多さ、走行する密室に多数の乗客がいる状況は
新幹線でも在来線でも地下鉄でも
本質的な違いは無い。
手荷物検査の必要性ということなら、全ての公共交通機関でも同じこと。

ほとんど新幹線を利用しない人が言うならともかく
都会で頻繁に新幹線を利用し状況を熟知しているはずの解説者が
「新幹線でも手荷物検査を検討せざるを得ない。」
などど話しているのを聞くと
極めて非現実的な話を勿体付けて語って、お茶を濁しているとしか思えない。

現実問題として手荷物検査は無理だから
ではどのような対策が考えられるか。
こちらはそういう話を専門家から聞きたい。

それから今回の様な事件を完全に防ぐことは不可能である。
仮に手荷物検査を実施したとしても、本気でやろうと思えば危険物持ち込みは出来る。
新幹線50年の歴史で初めて起こった事件を教訓とすることは大切だが
過剰反応する必要はない。

自爆テロを防ぐのは難しい。
幸い日本では自称イスラム国等に共感してテロを企むグループが
市民に紛れて住み着いている可能性はまだ低い。
従って入国時のチェックで危険人物を押さえることが
有効なテロ予防策になると思う。

ゼロリスクは不可能であることを前提として
メリットデメリットを見極めつつ
冷静に対策を打ってほしい。
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