一週間前の大雨の日、一人でカウンターに座った女性のことがずっと気になっていた。俺の顔を見て、お久しぶりと挨拶してくれたし、俺も見覚えのある顔だったのだけど、咄嗟に思い出さない。そこで、この間は誰と一緒だったっけと鎌をかけてみると、ウエダさんたちと一緒でしたという。ああ、ウエダさんね、と分からないのに知ったふりをしていたら、先月ウエダさんここに来たってメールありましたけど、相変わらず元気でした?と聞かれる。ああ、とても元気だったよと動揺を隠して奥に引っ込むと鞄の中の来店者ノートを括る。ここには日付ごとに来店してくれた人の名前が分かる限りでメモしてある。ウエダさん、ウエダさん……ない、八月、七月、ウエダさんの名前はない。ウエダさんって……女性編集者のウエダさんしか知らないけど、彼女はこの半年近く来てない気がするし、誰なんだ?ウエダさんって?それより何より目の前にいる女性は誰なんだ?でも、しばらくしてツレが二人来たもんだからみんなの会話に期待する。会話の中に名前がでて来る可能性があるからだ。でも、出てこない、ニックネーム××ちゃんは出て来るけど、そんなの知らない。そして出て来るのはウエダさんの名前だけ。挙げ句はウエダさんにマスターと一緒に映った写真を送ろうと写真まで撮られてしまう。ウエダさんって俺とそんなに親しい人なのか?結局彼女の名前もウエダさんが誰なのかも分からないまま、その女性は帰ってしまった。でも、ふとしたことから彼女の名前が分かった。今日来店してくれた「桜子さん」が、一週間前Oさんが来たんですってね?というのだ。ええっ、Oさん?三年前に結婚して名古屋に行ってしまったOさん?途端、ああっと一週間前の女性の顔を思い出す。彼女だったのか?彼女がOさんだったのか?そりゃ結婚する前に何度か来てくれたことはあったけど、常連という訳じゃなかったし、それに最後に来てから三年は経っていたんじゃ俺の記憶力の能力外ということになる。それにしても、どうして「桜子さん」がOさんのこと知っているの?だって私を最初にこの店に連れて来てくれたのはOさんだったし。ああ、そうだったっけ。処で私の苗字知ってる?と「桜子さん」。そう言えば、最近一緒に来る女性と二人、ウチでは「桜子さんと桂さんコンビ」と呼んでいて、苗字を聞いてなかったっけ?すると「桜子さん」、私の苗字、ウエダっていうのと軽く仰る。どうでもいいことだけど、すごい遠回りの正体判明。乃木坂は今日も雨で、早い時間から来てくれた近所の高級ブティックのオーナーSさんたちご一行様が帰った後は、T電力のNさんTさんコンビ、そして「桜子さんと桂さんコンビ」しかお客さんはいない。