緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

国試問題、臨床現場ではどう対処する?

2018年05月27日 | 教育

2013年4月14日の記事。
最近、5年生病院実習中に解説した問題なので、
再掲したいと思います。





なお、この時は、ヒドロモルフォンは
国内で未承認でしたが、
現在は、保険収載されました。

この時点では、選択肢には入っていませんが、
後数年度、ガイドライン等で取り扱われることがあった場合は、
選択肢として入ってくる可能性はあります。

============



今年から緩和医療学の講義が増えることもあり、
緩和領域の過去問題を見返していました。



106回の問題でこんな臨床問題が出ています。

41
74 歳の男性。背部痛と呼吸困難とを主訴に来院した。膵体部癌切除術後に有痛性の多発性肺転移をきたしたが積極的な治療は望まず、1か月前から自宅近くの診療所で経口モルヒネを処方され内服していた。5日前に体動時の背部痛を認め、それを契機に徐々に息苦しさを感じるようになったため紹介されて受診した。

意識は清明。身長164 cm、体重48 kg。体温36.7℃。脈拍76/分、整。血圧120/70mmHg。呼吸数20/分。SpO2 97 %(room air)。血液所見:赤血球302 万、Hb 7.8 g/dl、Ht29 %、白血球2,600、血小板8.0万。血液生化学所見:総蛋白5.8 g/dl、アルブミン2.7 g/dl、尿素窒素24 mg/dl、クレアチニン1.4 mg/dl、総ビリルビン2.1 mg/dl、AST 47 IU/l、ALT 68 IU/l、ALP 378 IU/l(基準115〜359)、γ-GTP 67 IU/l(基準8〜50)。食事の経口摂取は可能で、食欲も保たれている。

現時点の対応として適切なのはどれか。

a 胸腔穿刺を行う。
b 経口モルヒネを増量する。
c 在宅酸素療法を導入する。
d 医療用麻薬の貼付剤を追加する。
e 本人の意思に反して抗悪性腫瘍薬を投与する。



胸水があると言及されていないので、aは除外。eも除外。

解答は b

b,c,dを 医学部卒業時点で
求められている力の範囲で検討するならば、
b で適切だろうと思いますが、
実臨床では、
即座にbは選べないなあと思いました。




外来患者さんで、クレアチニンが1.4.
膵癌肺転移の74歳。
Hb7.8, 血小板8万, アルブミン2.7。

貧血があり、肝機能障害が軽微な血小板減少ですから、
DICなどになりかかっていることも否定できず、
食べられてはいますが、低栄養です。

ビリルビンが上がり始めていますから、
閉塞性黄疸になりはじめています。
CRPが不明なので、言及できませんが、
悪液質の手前かもしれません。

軽度の腎機能障害・・
といっても、このクレアチニン値なら、
GFR30位でしょう。

身体的には忍容性に欠け、
何かあると、急な悪化を認めるような身体状況と考えます。

呼吸困難には、貼付剤(フェンタニル)の効果は期待できません。
基本的に、モルヒネを用います。

でも、腎機能障害がより急速に出現すると、
中間代謝産物のM-6-Gの蓄積が始まります。
このM-6-Gが沢山蓄積すると
呼吸抑制を起こすリスクが増します。

ですから、クレアチニン値を見ながら、
モルヒネ投与の適応を決めていきます。

私のところでは、2までは使い続けますが、
それを越す可能性が高い時は、
オピオイドローテーションを考えます。

ただし、モルヒネ以外のオピオイドは、
疼痛には効きますが、
呼吸困難には効果がはっきりしません。



この問題に戻ると・・
入院なら1.4のクレアチニンはあまり気にしませんが、
外来です。

2週間は安定していることを目指します。
ですから、次の2週間、
さらなる腎機能の悪化がないと言い切れないときには、
十分検討しなくてはいけないと
日常診療では考えています。

答えの、モルヒネの増量はちょっとリスクがあるかも・・・





私なら、このような患者さんだったら、


1)胸水有無の予測を立てる。

超音波や胸部写真を撮ることができれば、
胸水の有無を確認します。

そういう機器がなければ、
座位にて、胸部打診で上から下へ所見をとり、
水平面で濁音となるレベルがないかどうかみます。

膵癌の播種様式によりますが、
膵癌の場合は、左側の胸腔内に胸水がたまることが多いです。

もし、胸水の診断がついたら、
血小板が少ないので、
胸水穿刺は出血のリスクがあることを踏まえて、
治療の選択としてどのようなものがあるかまでの
病状説明を行います。



2)胸部所見を再度しっかりとる

気管支の狭窄音や捻髪音がないか診察します。

中枢側の気管支狭窄があったり、
がん性リンパ管症があると
ステロイドが適応となるためです。

また、気管支狭窄がある状態で、
モルヒネだけで呼吸困難感を
コントロールしようとすると
ナルコーシスを起こすことがあります。

このような場合は、ステロイドを併用しながら
モルヒネを増量していきます。



3)尿検査を行う。

腎機能障害は、腎前性、腎性、腎後性と分類されます。

膵癌では血糖異常を伴っていて、
腎機能が悪化することや
まったく別の合併症として
腎性腎障害となる場合、
腹腔内や骨盤底のリンパ節転移などで、
尿管が巻き込まれ水腎症となる場合などがあります。

この症例はまだ低値ですが、
胆管閉塞による高ビリルビン血症で、
急性腎機能障害となることもあります。


このクレアチニン1.4が
急な悪化となりそうか、
慢性的なものなのか、
できるだけ非侵襲的な方法で調べます。

尿一般の検査は、在宅でもできます。

超音波が使えれば、水腎症は簡単に調べられますが、
尿の検査で、血尿が出ていたら、注意が必要です。
糖や円柱が出ているか
などが有益な情報となります。

両側水腎症など、急な腎機能障害がでる可能性がある場合は、
モルヒネの定時投与分の増量は避けます。



4)疼痛も合わせて評価する。

胸痛もあるようです。



5)処方薬剤を確認する。
 レスキューが疼痛と呼吸困難に効果があるか評価する。

ふつう、オピオイドが処方されているときは、
ゆっくり効くもの(徐放性)と
早く効いて切れるもの(速放性)を
組み合わせて処方されています。

速放性のものをレスキューと言いますが、
このレスキューにあたる
塩酸モルヒネが処方されているか、
されていれば、
呼吸困難や疼痛に効いているか問診します。

例えば、外来で呼吸困難感のNRS、
疼痛のNRSが何点か問診しておいて、
レスキュー1回分を内服してもらいます。
その30分後(時間がなければ15分位でも)
NRSが何点に減少したか聞きます。

これで、
呼吸困難にも疼痛にも効果がある
 → モルヒネ定時薬の増量
    ただし、腎機能の悪化が予測されるなら
    定時薬のモルヒネを増量するのは避け、
    レスキューを頻回に内服できるように処方。

呼吸困難には効くが、疼痛には効かない。
 → モルヒネ定時薬はそのままで
    モルヒネレスキューと貼付剤の併用とするかもしれません。

呼吸困難には効かず、疼痛には効く。
 → 原因を探ります。
   前述の気管支の狭窄の可能性が否定できません。
   ステロイドの併用を検討します。
   疼痛にはレスキュー対応とするか
   オピオイドが効果ある疼痛という判断で、
   貼付剤の併用とするかもしれません。

呼吸困難にも効かず、疼痛にも効かない。
 → レスキューが効かないということになります。
   モルヒネの増量もレスキューの頻回投与も第一の選択ではなくなります。
   原因検索と薬剤の見直しを再度行います。
   強い不安の有無などにも気を配ります。




一度の診察で、このくらいの検討と対処は行います。









もし、国家試験として
解答を準備するとしたら、

鑑別診断を挙げるのではなく、
治療の選択肢ですから、
実臨床でも、もっとも、選ぶ可能性が高く、
効果の裏付けがあるものとして、

「速放性モルヒネを苦痛時に併用する。」

でしょうか。


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4 コメント

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ある意味難問 (S.aiki)
2013-04-15 12:45:39
ご無沙汰しています。

臨床をしていると、逆に難しい問題でした。
消去法的にはbなんだけれども
まず呼吸苦のアセスメントを
しっかりすべきだと思っていたので
「え?この中から選ぶの?」と
戸惑ってしまいました。

知り合いの医師に
「緩和ってとりあえずしんどかったら麻薬なんでしょ」と言われ
とても残念な気持ちになりました。

この問題を読んでいて
そう思われている理由が少し見えた気がしました。
返信する
出題の意図 (くまごろう)
2013-04-21 14:37:47
国家試験の試験対策は、どの分野でも当たり前のことですが、ある先生がこんなことを言っていたことを思い出しました。
「試験問題上では⭕。でも臨床では❌」
まさに試験のための勉強であると思いました。

出題される先生が、必ずしも専門でないために、このようなことがおこるのだと思いますが、ポリクリで見たことと、講義で習ったことは、必ずしも一致することはなく、さらに国家試験のための、受かるための試験として覚えなければならないことがいいことなのだろうかと思います。出題者の先生も、意図をよく考えて問題を作って欲しいと思います。
返信する
S.aikiさん (aruga)
2013-04-21 17:34:16
コメントありがとうございます。
臨床に力を入れていらっしゃるのだなあと感じました。

10年位前は、呼吸抑制がくるオピオイドを呼吸器病変がある患者さんに投与することの効果を理解してもらうのに、本当に苦労しました。
前には、進んでいますよね・・・
返信する
くまごろうさん (aruga )
2013-04-21 17:39:28
コメントありがとうございます。
この問題を作成した医師は、比較的知識はある方だと思います。
ただ、やや複雑な症例にしたため、作者の日頃の薬剤決定プロセスの志向(嗜好?)がでたような印象です。

頂いたコメント、大事な所が文字化けしてしまい申し訳ありません・・
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