プロメテウスの政治経済コラム

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 和歌山毒物カレー事件判決への疑問

2009-06-01 21:01:35 | 政治経済
裁判員制度がとうとうスタートした。秋ぐらいから最初の裁判員が、各地の地裁判決に動員され始めるのだろう。そんななか、最高裁が和歌山毒物カレー事件・林眞須美被告の上告を棄却、死刑が確定した。私は正直に言うと、裁判員制度の問題点は何かを調べ始めるまで、この事件は、林眞須美が犯人ということで、何の疑問も持っていなかった。しかし、冤罪が当たり前のように横行する日本の刑事司法制度の行き詰まりを司法民主化の美名のもとに国民への責任転嫁で打開する黒い企みを知るにつけて、「報道」ばかりが先走った和歌山毒物カレー事件が警察・検察によってどのように扱われたかを少し調べてみた。そして、わかったことは、確かに日本の刑事司法は病んでいることだった。

和歌山カレー事件が発生したのは、98年7月25日のことだった。当初、和歌山県警に入った通報は「食中毒」を疑うものだったが、症状を訴えた67人のうち、翌朝までに4人が搬送先の病院で死亡。被害者の吐瀉物から「青酸反応」が検出されたことから、ただちに和歌山県警は「毒物混入による殺人、殺人未遂事件」と判断し、捜査本部を設置した(片岡健「『和歌山毒カレー事件』全真相」(『冤罪File』2009年6月号)。
当初、マスコミは「青酸カレー事件」として、園部の町に殺到した。カレーにヒ素が入っていたことが判明したというのは、事件発生から1週間してからである。マスコミは「毒物の解明が遅い」と和歌山県警の捜査を批判、その能力に疑問まで投げかけた。和歌山県警としては、なんとしても早く犯人を逮捕することが組織の使命となった。おそらく真面目な警察官ほど必死だったろう。

林健治・眞須美夫婦を「疑惑の夫婦」としてマスコミの報道合戦に火をつける役割を果たしたのは、事件発生後から丁度一ヶ月後の「朝日新聞」であった。《事件前にもヒ素中毒/和歌山毒物混入/地区の民家で飲食の二人》(8月25日付朝刊)。眞須美被告宅に出入りしていた2人の男性が事件前にヒ素中毒で入院したことがあり、カレー事件との関連を和歌山県警が疑っているということを臭わせるものであった。この記事が出た日から、無数のマスコミが朝から晩までほぼ24時間、眞須美被告宅を包囲。林健治・眞須美夫婦は、周囲の人物にヒ素や睡眠薬を盛るなどして保険金詐欺を繰り返す「疑惑の夫婦」となった。そのうちに眞須美こそがカレー事件の「本命」ということで、報道陣にホースで水をかける姿から、「平成の毒婦」「保険金のためなら旦那をも殺そうとする鬼嫁」などの先入観が洪水のように注がれた。

こうした報道によって世間の心証が「疑惑の夫婦」をなんとかしろとなったところで、事件発生からおよそ2ヶ月後の10月4日早朝、ついに「疑惑の夫婦」は逮捕された。しかし、最初の逮捕容疑はカレー事件そのものではなく、眞須美被告に対しは、殺人未遂と保険金詐欺(保険金目当てで知人Iの殺害企て未遂)と夫婦に対して、共犯として詐欺と詐欺未遂(火傷の原因などを偽り、保険金詐取)であった。こうして眞須美被告こそカレー事件の「本命」の布石が打たれた。報道陣にホースで水をかける姿から、「平成の毒婦」、「保険金のためなら旦那をも殺そうとする鬼嫁」のテレビ映像が繰り返し流され、眞須美被告「クロ」を世間ではほとんど誰も疑わなくなっていく(実は私もそのうちの一人だった)。
しかし、捜査当局はさらに「二度」も別件容疑で夫婦を逮捕しながら、結局、自白どころか、一枚の調書もとれなかった。最初の逮捕からおよそ2ヶ月後の12月9日、眞須美被告をようやくカレー事件の殺人および殺人未遂容疑で逮捕するが、直接証拠は何もなく、動機も特定されないまま、12月29日に起訴するほかなかった。

物証もなし、動機も不明、「あいつこそが犯人に違いない」という状況証拠だけ。マスコミを利用しながらマスコミが作り出した圧力から逃れなくなった日本の刑事司法関係者のとる道は、なんとしても眞須美被告を犯人にするほかない。そのためには、合理的と思わせるストーリーをなんとしても作り上げることだった。こうして、
①眞須美被告は、ヒ素でカレー事件以前から悪事を働いていた―カレー事件以前の被害者の捏造
②動機を推測―裁判では、あまりにも説得力がなく結局、不明
③物証鑑定―眞須美宅ヒ素と毒カレーのヒ素の鑑定(眞須美宅からのヒ素発見の不自然な経緯、カレー内ヒ素の異物混入、熱変化と強引な鑑定結果)
④目撃証言―多数が行きかう夏祭りのカレー鍋に、なぜ眞須美だけがヒ素混入ができ、他の人間にはできないことの証明(あやふやな女子高生の証言)

ストーリーを作ってみたものの曇りない目で見ると、どれも「合理的疑いを差し挟む余地がない程度に証明されている」とはとてもいえない。とすると「推定無罪」原則から眞須美被告を「クロ」とするには無理がある(眞須美被告には無罪を証明する義務はない)。しかし、組織目的第一のもと、日本の司法関係者は「立件」に無理があったとはいえない。職業司法関係者としては、冤罪の責任を裁判員に分かち合ってもらって、批判をかわすほかない

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