プロメテウスの政治経済コラム

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田母神前空幕長の言動にひそむ真意はなにか  「状況の変化」と「戦争プロパガンダ」

2008-11-16 19:07:43 | 政治経済
田母神前空幕長の言動をみていると、自衛隊の現状に対して、単に「歴史をゆがめる逆流の一掃を」というような批判はその表層だけをみている、どちらかというと誤った、的外れの議論のように思えてならない。これまで、専守防衛で戦争の機会がなかった自衛隊が、戦争国家アメリカとの軍事一体化のもとでいよいよ実戦が近づいた高揚感が田母神氏を突き動かしているのではないか。どんな戦争も「戦争プロパガンダ」を必要とする。自由と民主主義を標榜するアメリカも、天皇絶対の大日本帝国もこの点では共通である。田母神氏は、「状況の変化」を受けて「戦争プロパガンダ」を始めているのだ。

田母神前空幕長は、空幕長を更迭された直後の記者会見で、「状況が最近変わってきたのではないか、というふうに判断しておりました」と語っている。「状況が変わってきた」とはなにか。田母神氏は、すでに2003年7月号の自衛隊内誌『鵬友』で次のように書いている。
「時代は大きく変化している。今国会において、石破防衛庁長官の素晴らしいリーダーシップにより有事関連3法案が成立した。いよいよ自衛隊が行動する時代になって来た」「国民の国防意識を高揚するのも自衛隊の任務だと考えた方がいい」
そして、自衛隊のインド洋、イラクへの派兵で「戦争する自衛隊」が現実のものとなってきた高揚感を次のように述べる。「我が国政府が、自衛隊を諸外国の軍と同様に使う日が予想以上に早く訪れるかもしれない」「時代は今変わった。自衛隊はインド洋やイラクまで出かけて行動する」「そう考えると十年後には航空自衛隊の戦闘機部隊が、飛行隊丸ごと海外展開し、空域の哨戒や艦艇の援護などの任務に就くぐらいのことは予想しておいた方がよい」(同誌04年7月号)。

自衛隊は、憲法上の制約から海外に出て行かない「専守防衛」の枠をはめられてきた。しかし、軍隊の主目的は、いうまでもなく戦争することであり、その戦争に勝つことである。「専守防衛」の枠内にいる限り、自衛隊にはほとんど実戦の機会はない。なぜなら日本の領土に攻めてくる外敵は、まず予想できないからである。戦争をしたければ、アメリカにくっつくのが最も手っ取り早い。アメリカは、ほんどねんがら年中戦争をしているからである。自衛隊と米軍のハード面での軍事一体化はいつでも共同作戦をとれる状況にある。現在進んでいる米軍再編は共同作戦体制をいっそう高次にたかめるものである。戦争をしたい自衛隊幹部にとっては、飛躍と期待で胸膨らむ状況が近づいている。
田母神氏はいう。「次の変化はもっと早いかもしれない。その早い動きに追随するためには自衛隊が元気であることが大切である。これからは腕白でもいい、逞しいといわれる自衛隊に脱皮する必要がある「いよいよ自衛隊が働く時代がやってくる。その時自衛隊は伸び伸びしていなければならない。精神的に萎縮していては戦いに勝つことはできない」(『鵬友』04年3月号)。

どんな戦争も「戦争プロパガンダ」を必要とする。アメリカの対テロ戦争では、9・11事件の犯人たちは「悪魔=邪悪」のしわざであり、アメリカは悪魔を懲らしめる「神=善」である。我々は戦争をしたくはないが、フセインは大量破壊兵器で米国本土を狙っている、イラクとテロリストは結託している。敵側は戦争を望んでいる、戦争の責任はイラクにある。フセインは悪魔のような人間だ。われわれにつくのか、テロリストにつくのか。

あらゆる戦争において共通するのが、自国を正当化し、世論を操作するプロパガンダの法則である。田母神氏は、自衛隊が戦争に入る前の準備段階として、自国を正当化するプロパガンダを始めたのだ。
「東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない」(懸賞論文)。
名古屋高裁の違憲判決を「そんなの関係ねえ」と言い放ったのは、同氏の隠しようもないいらだちだったのかもしれない。

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