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多発性嚢胞腎の漢方治療 医案5 腎病漢方治療181報

2013-07-25 00:15:00 | ブログ

楊世?氏医案 気滞血瘀 脾腎陽虚案

?西中医学院学報 1984年 第2期より)

患者:周某 53歳 男性 工場労働者 安徽??

入院年月日198063

入院時所見

腰痛、全身乏力(半年余)、納差を伴う、腹張、大便は硬い時も軟便のこともある。四肢不温、寒がり、口淡不渇、尿頻量少、舌胖大、舌暗淡、苔薄白、脈沈細。

血圧20/12.5kPa(150/94mmHg)、精神やや振るわず、貧血様顔貌、双肺に異常なし、心拡大(-)、心拍90/分、整脈、心尖部にⅡ級の収縮期の吹風様雑音あり、肺肝境界第6肋間、下は右鎖骨中線上、肋下1.5cm触れ、質中等硬度、脾臓ははっきりとは触診できず、腹部に移動性濁音(-)、双腎区及び肝区に殴打痛(+)。

尿検査:蛋白(+)RBC(0~1)WBC(1~3)、末梢血液検査:ヘモグロビン7.5g/dlRBC330万、肝機能正常、腎機能:CO2CP14mmol/LNPN54.26mmol/LBUN換算で約163m/dL);

超音波検査:肝の右葉下部に多数の深浅不同、大小不同の液水面を認め、最大径4cm;左腎大小12cm6cm、前後径9.5cm、多数の液面を認める、右腎大小12cmx9cm、前後径9.5cm、多数の液面を認める;多発性肝嚢胞、多発性腎嚢胞を示した。

腎シンチグラム:双側梗阻性シンチグラム。

西洋医診断:多発性肝嚢胞(右葉)、多発性嚢胞腎 尿毒症合併

中医診断:癥瘕(ちょうか)、腰痛、弁証は気滞血瘀、脾腎陽虚

治法:温補脾腎、行気活血、兼 瀉下水毒法

方用附子大黄湯加減

黄耆50g 附子50g 生大黄30g 澤瀉30g 生牡蠣30g 益母草30g 芒硝8g(温化:芒硝はお湯で溶かして使用するの意味)2回煎じて、薬湯を混合させ濃縮し200mlにして保留灌腸を毎日1回。少量頻回の輸血も行った。

経過

20日後、病情は逐次好転、腰痛乏力減軽。飲食増加、小便量増多、大便日に56回、水様便。舌暗淡、苔薄白、脈虚弦。ヘモグロビン10g/dlRBC442万、WBC5180;尿蛋白(±);腎機能検査再検:CO2CP19.2mmol/LNPN45.6mmol/LBUN換算で約136m/dL)。附子大黄湯加減方灌腸を停止し、温補脾腎、益気活血法に改める。

薬用:黄耆30g 制附子15g 党参24g 茯苓15g 澤瀉10g 丹参24g 益母草30g 生甘草10g 水煎服用 11剤。加減服薬50余剤、諸症好転、1980910日退院となる。

評析

多発性嚢胞腎の臨床では腰腹疼痛、血尿、蛋白尿、尿量増多あるいは減少、高血圧、その他の臓器の嚢胞があり、肝嚢胞が多見され、晩期には進行性の貧血と腎機能障害が出現し、病情が悪化すれば尿毒症が出現し死亡する。

中医学には多発性嚢胞腎の病名が無いが、その臨床症状、表現、症候を根拠に、癥瘕、関格、虚労、水腫の範疇に帰属することが出来、臓腑虚損、気血瘀滞、水毒淡濁蘊結に到るを病機とする。治療に当たっては、“正”と“邪”の主次、“標”と“本”の緩急を判断するのが良い。先攻後補あるいは先補後攻或いは攻補合用を分別採用する。

本案では脾腎陽衰、水毒蘊結が顕著であることにより、攻補兼治の法を採用した。大黄、附子が主薬であり、大黄にて泄濁通便、祛水毒湿濁、附子は辛熱、温腎壮陽;大黄と附子を合用すれば、温陽攻下、破除寒積の効能がある。他に、芒硝、黄耆、益母草を補助薬とし、芒硝は附子の温補脾陽を助け(この文章は中薬学的に疑問があります);益母草は活血利水に作用し、大黄と配伍することで活血化瘀の効能が協調される。

上方合用して、脾腎の陽気を温補し、三焦陰濁を浄し、破積消瘀、通便利尿に働き、気滞血瘀、脾腎陽虚型多発性嚢胞腎に使用できる。また、莪朮、馬鞭草等と黄耆を配伍し、多発性嚢胞腎の気虚血瘀者に用いることも可能である。

ドクター康仁の印象

脈象の虚にして弦とは矛盾する表現です。芒硝の作用についても同意できませんが、全体として、丁寧で、よく纏まっており、優れた医案になっています。大学院クラスの弟子が原稿を書いたものでしょう。

癥瘕(ちょうか)について少し補記します。

中医学では腫瘤を大別して、有形の腫瘤であり、固定性で、刺痛を特徴とする血瘀が原因であるものを「癥(ちょう)=積(せき)」とし、実体の無い腫瘤で、移動性で張痛を特徴とする気滞が原因である「瘕(か)(じゃ)=聚(しゅう)」と分けています。

日本語の「成績」と紛らわしい「成積」という中医学用語があります。この積は癥瘕の癥を生成する、癥に成るという意味になります。

2013725日(木) 記


多発性嚢胞腎の漢方治療 医案4 腎病漢方治療180報

2013-07-24 00:15:00 | ブログ

?仁和氏医案 (遼寧中医雑誌 1996年 第9期より)

患者:魏某 61歳 男性

主要症状

腹部張痛、労動で症状悪化、休息後に軽減、顔面眼瞼に浮腫が出現することもある、納食不馨(食べても美味しくない)。舌は淡暗胖大、苔白潤、脈弦滑。超音波検査:多発性嚢胞腎、BUN9.8mmol/L58.8m/dL)。

弁証

証は肝気不舒、気滞腰脇、横逆犯脾、痰湿内生、脾腎不足の体内に流注したものである。

方薬

加味四逆散姜半夏 陳皮10g 茯苓20g 佩蘭10g 澤瀉 沢蘭20g 丹参30g 狗脊15g 牛膝20g

経過

7剤後、症状は大減した。基本方の加減4剤で、症状は殆ど消失。Cre77.6μmol/L0.87m/dL)、BUN 4.2mmol/L25.2m/dL)、超音波検査にて嚢胞は縮小。

評析

肝気不舒、気滞腰脇、横逆犯脾、痰湿内生、腎に流注し、腎嚢胞が増大した。調和肝脾、健脾補腎、利湿消腫から治療する。気機流暢、脾健腎強、水湿は小便から去り、増大した嚢腫は小さくなる。主方の加味四逆散は傷寒論の四逆散(柴胡 枳実 白芍 甘草)を基礎にして加味変化させたものであり、?氏は加味四逆散を使用する。柴胡は酢で炒めると肝経に素早く入りやすくなり、赤芍、白芍は同じく柔肝養肝、涼血活血に作用し、枳殻、枳実は鬱滞の気を上から下に下ろす。若し、枳実を単用し下気破結のみでは、中上焦の気機が下降せず、下虚上実の状態になる。加味四逆散の組成は醋柴胡68g、赤芍白芍各1530g、枳殻 枳実各310g、炙甘草6gである。本案の治療思路は明晰で、方剤も簡便、効果も速く、多発性嚢胞腎の治療に新しい途径(路、手法)を提供するものである。

ドクター康仁の印象

?仁和氏の加味四逆散については、すでに糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症で紹介しました。

http://kojindou.no-blog.jp/happykanpo/cat12492413/

評析の「若し、枳実を単用し下気破結のみでは、中上焦の気機が下降せず、下虚上実の状態になる。」を私流に解説すれば、枳実は破気作用があるので、気の観点からすれば下焦は気虚になり、中上焦の気鬱はそのままで残るという意味でしょう。しかし、このような理屈は、あくまで解釈で、それ以上のものではありません。

「肝気不舒、気滞腰脇、横逆犯脾、痰湿内生、腎に流注し、腎嚢胞が増大した。」これは解釈の問題ではなく、信じるか信じないかの話です。

2013724日(水) 記


多発性嚢胞腎の漢方治療 医案3 腎病漢方治療179報

2013-07-23 00:15:00 | ブログ

?玉清氏医案 脾腎陽虚 痰飲停留案

(中国当代名医医案医話選 より)

患者:王某 55歳 女性 工場労働者

初診年月日19891219

主訴:進行性腰痛(近半年)

病歴

19894月、腰痛が悪化し、少腹痛、口干苦、発熱(37.538℃)にて、某病院にて入院治療を受ける。入院期間中、三回超音波検査を受け、右腎嚢腫、右腎積水、抗生物質治療1月余を受け、効果が見られず、退院して中薬と敷膏に改めて、症状が寛解し、腰痛は軽減した。10月に再度発熱し、某病院に入院し、超音波検査、レントゲン検査で、右腎はすでに萎縮して機能しておらず、左腎積水(水腎症 hydronephrosis)と確定診断され、右腎は手術で摘出すると説明があったが、患者は当時全身状態が良くなく、同意せず退院となった。その後、多数の医師の治療を受けたが症状は加重するので、1219日に?氏を受診した。

コメント

水腎症(すいじんしょう、hydronephrosis)とは、尿路狭窄などの尿路通過障害のため、腎盂(じんう)、腎杯(じんぱい)が拡張した状態を言います。先天性水腎症では発生異常、後天性水腎症では尿路結石症、腫瘍、炎症などを原因とします。

両側の尿路通過障害が進み、閉塞すれば腎後性腎不全になります。治療法は、外科的に、一時的に経皮的腎瘻(じんろう)を造設することもありますが、通過障害の原因を取り除くことが第一です。

Jpeg

写真:左上の腎臓が水腎症に冒されている腎で、右上は水腎症を経て、既に萎縮しつつある腎です。両側の尿管が拡張していますので、両側の尿管と膀胱の結合部分に何らかの尿管の狭窄機序があったものと推定されます。下部中央が膀胱です。

Humpath. Com Human pathologyより

http://www.humpath.com/spip.php?article3391

多発性嚢胞腎とは全く別な疾患です。嚢胞性腎疾患にも分類されません。

初診時所見

患者形体消痩、面色は黒ずんで艶が無く、精神倦怠、舌質淡胖、苔薄白、脈濡数。腎区に殴打痛あり、触診で腫塊を触れない。尿検査:蛋白(+)WBC1~3;超音波検査:右腎萎縮、左腎水腎症、皮質変薄(腎盂の拡大が進んで腎皮質が圧迫され萎縮し薄くなっている)

診断:腰痛(水腎症)、脾腎陽虚、水泛して痰となる。

治療:温補脾腎 化気行水

処方

桂枝25g 茯苓25g 白朮15g 丹参25g 桃仁15g 肉桂7g 香附子15g 白芍25g 続断15g 桑寄生15g 黄蓍25g 6剤 日に1剤、水煎服用。

1225日二診

服薬後、体が前より軽くなった感じがして、腰痛が減軽した。尿検査は正常に回復した。方薬を変えず、継続服用10剤。

15日三診

患者は目下、着涼(体が冷えて)、咽喉の乾燥痛を覚え、腰痛はやや強くなった。舌淡舌辺舌尖紅、脈弦滑。

処方:双花(金銀花)25g 連翹15g 桔梗15g 牛蒡子15g 麦門冬15g 茯苓25g 白朮10g 生甘草15g

111日四診

患者の咽喉燥痛感消失、まだ軽微な腰痛あり。超音波検査:右腎萎縮、左腎の水腎症は以前に比較して顕著に減少(改善)。更に温補脾腎、化気行水兼活血を行う。

処方:桂枝15g 白朮15g 茯苓25g 生甘草15g 丹参25g 桃仁15g 紅花15g 香附子25g 続断15g 当帰15g

26日五診

自覚症状は基本的に消失、超音波検査にて左腎は正常。過労を避け、腎気丸に改め治療効果を固めるように話す。半年後、超音波検査で左腎正常、右腎萎縮。

評析

本案の患者は多発性嚢胞腎と水腎症であり、脾腎陽虚により気血水湿痰濁が停滞するに到ったものである。故に、苓桂朮甘湯加桑寄生、続断にて温補脾腎、淡滲利湿、通陽化気し、また其の積飲が深伏するに因り、桃仁、丹参等の活血の品にて行水の助けとし、香附子で行気し、散水の補助とし、諸薬が協調して効果を得た。

治療過程中、患者は風熱を外感し、清熱解毒袪風の品と同時に、温陽化気行水を忘れず、以って其の標を治癒せしめた。

ドクター康仁の印象

評析の疑問点は、既に萎縮してしまった右腎についてです。多発性嚢胞腎であれば、医案のように萎縮することは珍しく、左腎にも嚢胞性病変が出現するのが殆どであり(超音波検査で左腎には嚢胞が存在しないことは確認されています)、偏腎性のものは極めて稀ですので、多発性嚢胞腎という単語を持ち出すこと自体が不可解です。

比較的急速な尿管の通過障害に伴う左腎の水腎症については、通過障害と感染が改善したので、自覚症状を軽減されたという点で評価はできます。しかし、これとて、薄くなった腎皮質が2ヶ月足らずで正常に復するかどうか、大いに疑問はあります。(感染症に対する抗生物質などの記載は例によって記載されていません。最初に入院した病院での抗生物質治療は妥当なものでしょう。)

本案は多発性嚢胞腎の医案として収載されていますが、左腎の水腎症の中医案です。

2013723日(火) 記


多発性嚢胞腎の漢方治療 医案2 腎病漢方治療178報

2013-07-22 00:15:00 | ブログ

?振声氏医案 湿濁滞留案

(江蘇中医雑誌 1986年 第9期より)

患者:趙某 50歳 男性

病歴

患者は平素眩暈があり、高血圧の病歴が30余年あった。1965年、突然大量の肉眼的血尿があり、腎盂造影法で両腎の多発性嚢胞腎と診断された。1981年初め、感染症を併発、某病院に入院、治療を受けたが無効。1981512日、氏の病院に転院となった。転院の4ヶ月前、悪心、嫌食、納呆、日に下痢が4回あった。(期間についての記載なし)

初診時所見と経過:

神倦乏力、ベッドから起き上がられない、全身の皮膚掻痒、口渇あり冷たいものを飲みたがる。尿は頻回であるが尿量は多くなく、1700ml。苔黒膩、脈弦滑。

検査所見:血圧20/13.3kPa(150/100mmHg)、両側下腹部に腫塊を触れ、表面に結節がある。ヘモグロビン6.3/dlWBC17800。尿中WBC2025、尿培養で白色(黄色でしょう)ブドウ球菌陽性。BUN 53.8mmol/L322.8m/dL)、二酸化炭素結合力17.96mmol/LPSP排泄率2時間値0。腎シンチグラム:双腎機能重度受損。

西洋医診断:両側多発性嚢胞腎感染合併、慢性腎不全

入院してからは中薬治療を主として、血液透析を7回施行。

当初は中焦湿熱を清化する治療から始めた。方用は黄連温胆湯と橘皮竹茹湯の合方加減であり、服用後に悪心は減少し、食べる量も増え、黒苔も消退した。

メモ黄連温胆湯(千金方)黄連1.53+温胆湯 

半夏 陳皮 茯苓 炙甘草 竹茹 枳実 生姜 大棗と水煎服用

痰熱上擾の不寝失眠や痰濁頭痛、呑酸に用いられることが多い方剤です。舌象は黄膩苔、脈滑が原則です。

橘皮竹筎湯(金匱要略)は、和胃降逆に用いられる代表的な方剤の一つです。

旋覆花代赭石湯:旋覆花、人参、生姜、代赭石、炙甘草、半夏、大棗

橘皮竹茹湯橘皮12竹茹12 大棗5枚 生姜9 甘草6 人参

丁香柿蔕湯:丁香6 柿蔕9 人参3 生姜6

医案に戻ります。

528日尿量は1300mlに減少し、以後24時間で50mlとなり尿閉状態になった。患者は意識状態不清、譫語抽搐(うわごと 痙攣 震え)、嚢縮(陰嚢が縮み)、大便が出にくくなった。BUN61.04mmol/L366.2m/dL)に上昇、二酸化炭素結合力13.11mmol/Lに減少し代謝性アシドーシスも悪化。苔白膩、脈弦急。

患者の病位が心、肝両臓に波及したと考慮し、清営、養陰平肝の剤に変更したが、効果は乏しかった。この後、健脾通陽利水の法に改めた。

春澤湯加味党参桂枝10g猪苓12g茯苓15g白朮12g澤瀉沢蘭陳皮10g

メモ:春澤湯は明代の王肯堂「証治准縄」が出典であり、張仲景「傷寒論」の五苓散加人参の配合です。

服薬後尿量が漸増、BUNは漸降、苔が浄され、食べる量も精神状態も改善した。同時に、冬瓜赤小豆莱菔子の食事療法を行った。この後、尿量は100ml以上を維持し、19811126日病情好転し退院した。

メモ:冬瓜 赤小豆は共に利水消腫の作用があり、莱菔子(らいふくし)は大根の種子で、消食化 降気 化痰の作用があり、消食化積作用は腹部膨満感に効果があり、腹部手術後に理気除満を目的に使用されます。降気 化痰作用は、喘息にも使用されます。小児便秘には枳実、紫蘇などと配合されます。人参の誤用での(熱、不眠)などにも有効です。

評析

本案の過程では濁邪滞留が病機の鍵となる。入院当初は上格(湿熱中阻)が比較的突出しており、中焦湿熱を清化する治療が短期的に効果を収め、食欲や舌苔の改善を見た。但し、すぐに濁毒が清竅を蒙蔽する症候が出現した。健脾通陽利水の法を用いて、尿量を増加させ、濁邪を下竅から出し、危篤状態から脱した。邪に出口を提示するのが、治療の鍵である。

ドクター康仁の印象

よく助かりましたね。

私は、(抗生物質や清熱解毒薬の効果で)感染症が抑えられ、ある程度残存していた腎機能が回復したと想像します。清熱解毒薬となると、医案中であまり効果が無かったとされる清営(湯)法が気になります。

「清営湯(温病条弁)」の組成は生地黄 玄参 蓮心 連翹 犀角(現代では水牛角 麦冬 竹葉心 丹参 黄連 金銀花です。医案に内容の記載がないのですから、想像するしかないのですが、清営法にどのような清熱解毒薬が配伍されたのでしょうか。(併用されていたであろう)抗生物質の記載が無い以上、私は清熱解毒薬に関心を持たざるを得ないのです。

2013722日(月) 記


多発性嚢胞腎の漢方治療 医案1 腎病漢方治療177報

2013-07-20 00:15:00 | ブログ

顔正華氏医案 腎虚瘀滞、水湿内停案

多発性嚢胞腎とは?(医案に入る前に)

嚢胞性腎疾患で腎不全まで進行して問題になるのは、検診の腹部エコーなどで発見される単純性腎嚢胞ではなく、多発性嚢胞腎です。家族性の発生があり、常染色体優性遺伝をとるものが大半です。遺伝形式により成人型と小児型に大まかに分けられます。多発性嚢胞腎が原因で人工透析に導入された患者さんのお腹を触れば、ほぼ腹腔を満たすほどに腫大した腎臓を触診することが出来ます。正常な腎臓は成人で1個が150g程度ですが、20倍~30倍の大きさになっています。

成人型多発性嚢胞腎(Polycystic Kidney Disease: 以下PCKD)は、末期腎不全患者の510%を占めると報告があります。病理学的には、尿細管の変性から引き続き原尿の塩分や水分が尿細管から再吸収されず尿細管内腔に塩分や水分がたまってきて、どんどん膨らむことにより嚢胞が多数発生し、数、サイズが増加して、周りの間質に線維化が起こり、両腎でほぼ100万個ある正常な糸球体と尿細管組織がだんだん減少して腎臓の働きがなくなってきます。また、腎血流不全が生じて、糸球体ろ過値(GFR)も低下し、高血圧も生じてきます。

多発性嚢胞腎の遺伝子は、染色体の16番目(PKD1遺伝子)あるいは4番目(PKD2遺伝子)にみられ、85%の家系では16番目に異常があります。つまり、PKD1遺伝子、PKD2遺伝子が正常ならば、成熟した完全な尿細管ができるが、これらがうまく作動しないと、成熟した形にはなれないので、嚢胞腎の原因となるといわれています。
日本では多発性嚢胞腎が原因で透析に導入される患者数は年間大体700人程度です。中国の医療統計は知りませんが人口比から推定すれば年間10000人程度の末期腎不全患者が発生しているということになるでしょう。

医案に進みましょう。

患者:路某 38歳 男性 職工

診察年月日1992316

病歴

持病が多発性嚢胞腎で左腎が重症であった。半年前レントゲン検査で左腎に嚢胞のうちの1個が5.6cmx6cmと大きくなり、中には液体の貯留があることが判明した。平日腰部(腎区)から後背部分が沈張(下垂感を伴う張った感じ)があり不快で、平臥すると症状が加重した。

1月初旬に顔氏を受診、薬剤投与後沈張は大減したが、2月中旬になると沈張が再度加重し、某大学医院にて嚢胞の穿刺により液体を抜いて、術後沈張は減軽した。近日、また沈張感が加重、患者は再度の穿刺を望まず、顔氏を再診した。腎区に軽度の殴打痛があり、体はやや胖、食欲正常、ほかに自覚症状なし。舌暗紅、苔薄白膩、脈滑。

弁証:証は腎虚瘀滞、水湿内停に属する

治法:化瘀利水消腫、補腎強腰

薬用

丹参30g赤芍10g 当帰6g 牛膝15g 益母草20g 茯苓20g 澤瀉10g 車前子15g(包煎) 桑寄生30g 川続断15g 杜仲10g 7剤 毎日1剤水煎服用 生ものや冷たいものを食べないようにして、激しい運動を避ける。

二診

薬剤服用後、腎区の沈張は大減した。前日油断して風寒を感受して、悪寒、発熱(38℃)、頭痛、鼻水、肢体発沈(四肢が重い感じが出現)、微咳。目下、熱は退き、食欲はあり、二便正常、舌紅苔黄微膩、脈浮滑。証は感冒発熱、兼腎虚瘀滞、水湿内停。発表清熱、化瘀利水強腰をもって治療する。

薬用:荊芥10g防風10g 金銀花10g 連翹10g 桔梗6g 杏仁10g(打ち砕いて使用) 炒枳殻10g 牛膝15g 益母草20g 車前子15g(包煎)丹参30g 川続断15g

三診

7剤服用後、悪寒発熱、頭痛、微咳は消失、腎区の沈張も著しく減軽した。再度、初診の原方を処方。基本方として常服するように伝え治療効果を固め、激しい運動を避け、病情の加重を防止した。

評析

患者の持病の嚢胞腎は、慢性化すれば腎を障害するのは必定であり、瘀にいたる;腎虚により水湿になり易く、ついに嚢胞内に水が溜まる、溜まった水が充満し、腰背の経脈を牽引するので、腰には沈張が生じ、不快で、上は背に及び、平臥すると加重する。治療は化瘀、利水、強腰の三方面から着手し効果を収めた。初診方中では、丹参 赤芍 当帰の活血化瘀を重要視し、益母草、牛膝で化瘀利水、茯苓、澤瀉、車前子で利水消腫、桑寄生 川続断 杜仲にて補腎強腰とした。

―後略―

顔正華臨床経験精選より)

ドクター康仁の印象

多発性嚢胞腎(PCKD)の経過中に、一部の嚢胞が大きくなって本案のような経過を示すこともあります。また、嚢胞に感染を併発することや、出血(肉眼的血尿)などの症状が出現します。

PCKDの長期的な治療法という意味合いを、氏の処方が持ちえるかどうかが問題でしょう。新たな嚢胞の発生数と嚢胞のサイズの増加速度を減少させ、腎不全への進行を防ぎえるかということです。

そこで、大きくなった嚢胞は果たして小さくなったのか?水液の貯留が止まったのか?腎エコーで確認して欲しかったですね。

1992年の1月の初診時の処方の記載がなく、初診を3月にしました。この辺りが中国医案の微妙なところです。

僅か2週間の経過を述べただけでは、その後の再発についても観察していない訳ですから、評価は「自覚症状の改善に有効であったと」いうことでしょう。

皆さんはどう評価されますか?

2013720日(土) 記