楊世?氏医案 気滞血瘀 脾腎陽虚案
(?西中医学院学報 1984年 第2期より)
患者:周某 53歳 男性 工場労働者 安徽?山?人
入院年月日:1980年6月3日
入院時所見:
腰痛、全身乏力(半年余)、納差を伴う、腹張、大便は硬い時も軟便のこともある。四肢不温、寒がり、口淡不渇、尿頻量少、舌胖大、舌暗淡、苔薄白、脈沈細。
血圧20/12.5kPa(150/94mmHg)、精神やや振るわず、貧血様顔貌、双肺に異常なし、心拡大(-)、心拍90/分、整脈、心尖部にⅡ級の収縮期の吹風様雑音あり、肺肝境界第6肋間、下は右鎖骨中線上、肋下1.5cm触れ、質中等硬度、脾臓ははっきりとは触診できず、腹部に移動性濁音(-)、双腎区及び肝区に殴打痛(+)。
尿検査:蛋白(+)RBC(0~1)WBC(1~3)、末梢血液検査:ヘモグロビン7.5g/dl、RBC330万、肝機能正常、腎機能:CO2CP14mmol/L、NPN54.26mmol/L(BUN換算で約163mg/dL);
超音波検査:肝の右葉下部に多数の深浅不同、大小不同の液水面を認め、最大径4cm;左腎大小12cmx6cm、前後径9.5cm、多数の液面を認める、右腎大小12cmx9cm、前後径9.5cm、多数の液面を認める;多発性肝嚢胞、多発性腎嚢胞を示した。
腎シンチグラム:双側梗阻性シンチグラム。
西洋医診断:多発性肝嚢胞(右葉)、多発性嚢胞腎 尿毒症合併
中医診断:癥瘕(ちょうか)、腰痛、弁証は気滞血瘀、脾腎陽虚
治法:温補脾腎、行気活血、兼 瀉下水毒法
方用:附子大黄湯加減:
黄耆50g 附子50g 生大黄30g 澤瀉30g 生牡蠣30g 益母草30g 芒硝8g(温化:芒硝はお湯で溶かして使用するの意味)2回煎じて、薬湯を混合させ濃縮し200mlにして保留灌腸を毎日1回。少量頻回の輸血も行った。
経過:
20日後、病情は逐次好転、腰痛乏力減軽。飲食増加、小便量増多、大便日に5~6回、水様便。舌暗淡、苔薄白、脈虚弦。ヘモグロビン10g/dl、RBC442万、WBC5180;尿蛋白(±);腎機能検査再検:CO2CP19.2mmol/L、NPN45.6mmol/L(BUN換算で約136mg/dL)。附子大黄湯加減方灌腸を停止し、温補脾腎、益気活血法に改める。
薬用:黄耆30g 制附子15g 党参24g 茯苓15g 澤瀉10g 丹参24g 益母草30g 生甘草10g 水煎服用 1日1剤。加減服薬50余剤、諸症好転、1980年9月10日退院となる。
評析:
多発性嚢胞腎の臨床では腰腹疼痛、血尿、蛋白尿、尿量増多あるいは減少、高血圧、その他の臓器の嚢胞があり、肝嚢胞が多見され、晩期には進行性の貧血と腎機能障害が出現し、病情が悪化すれば尿毒症が出現し死亡する。
中医学には多発性嚢胞腎の病名が無いが、その臨床症状、表現、症候を根拠に、癥瘕、関格、虚労、水腫の範疇に帰属することが出来、臓腑虚損、気血瘀滞、水毒淡濁蘊結に到るを病機とする。治療に当たっては、“正”と“邪”の主次、“標”と“本”の緩急を判断するのが良い。先攻後補あるいは先補後攻或いは攻補合用を分別採用する。
本案では脾腎陽衰、水毒蘊結が顕著であることにより、攻補兼治の法を採用した。大黄、附子が主薬であり、大黄にて泄濁通便、祛水毒湿濁、附子は辛熱、温腎壮陽;大黄と附子を合用すれば、温陽攻下、破除寒積の効能がある。他に、芒硝、黄耆、益母草を補助薬とし、芒硝は附子の温補脾陽を助け(この文章は中薬学的に疑問があります);益母草は活血利水に作用し、大黄と配伍することで活血化瘀の効能が協調される。
上方合用して、脾腎の陽気を温補し、三焦陰濁を浄し、破積消瘀、通便利尿に働き、気滞血瘀、脾腎陽虚型多発性嚢胞腎に使用できる。また、莪朮、馬鞭草等と黄耆を配伍し、多発性嚢胞腎の気虚血瘀者に用いることも可能である。
ドクター康仁の印象
脈象の虚にして弦とは矛盾する表現です。芒硝の作用についても同意できませんが、全体として、丁寧で、よく纏まっており、優れた医案になっています。大学院クラスの弟子が原稿を書いたものでしょう。
癥瘕(ちょうか)について少し補記します。
中医学では腫瘤を大別して、有形の腫瘤であり、固定性で、刺痛を特徴とする血瘀が原因であるものを「癥(ちょう)=積(せき)」とし、実体の無い腫瘤で、移動性で張痛を特徴とする気滞が原因である「瘕(か)(じゃ)=聚(しゅう)」と分けています。
日本語の「成績」と紛らわしい「成積」という中医学用語があります。この積は癥瘕の癥を生成する、癥に成るという意味になります。
2013年7月25日(木) 記