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ネフローゼ症候群の漢方治療 医案33(膜性腎症) 腎炎、腎不全の漢方治療161報

2013-07-01 00:45:00 | ネフローゼ症候群 漢方治療症例の実際(医

張志堅氏医案 風邪留恋肺系 気滞水瘀交阻案(中医雑誌1992年 第6期より)

患者:朱某 55歳 男性

初診年月日1990515

病歴

平素から病弱で、脊椎分裂症(部位と程度は不記載)、気管支拡張症、胆のう炎などの病歴がある。

198911月、顔面と下肢の浮腫20日間により、常州某病院に入院し、ネフローゼ症候群と診断される。入院前後、雷公藤、プレドニゾンの正規治療を2ヶ月受けるが効果は明らかでなかった。19902月、上海の某病院に転院し、腎生検を受け「膜性腎炎」と確定診断される。入院初期に、肝素(ヘパリン)、プレドニゾン、CB1348(免疫抑制剤のクロラムブシール)などの治療を受けるが効果はよろしくなく、後に?炮素A(シクロスポリン)とジピリダモールを連続3ヶ月の治療を受けたが、尿蛋白は減少しなかった。

初診時所見

ステロイド顔貌、下肢浮腫、指で押すと陥没する、腰酸頭昏、神疲乏力。感冒に常に罹りやすく、鼻塞、咽部腫痛、咳嗽、便秘になりやすく、顔面には皮疹が散在、僅かな痒みがある。舌暗紅、舌辺に瘀点があり、苔微黄、脈細渋にして弦。

尿検査:尿蛋白(3+)RBCWBC散見、顆粒円柱(+)、24時間尿蛋白定量7.5g、尿中β2-MG(マイクログロブリン)58.3μg/ml、血中β2-MG(マイクログロブリン)3.9μg/ml。総コレステロール8.66mmol/L335m/d)、トリグリセリド435m/dL370m/dL)。血圧168/100mmHg.

コメント:β2-MG(マイクログロブリン)

血中正常域 1.01.9mg/L(1.01.9μg/ml)

β2-マイクログロブリンは,分子量11,800のポリペプチドで,HLA抗原クラスL鎖としてH鎖と非共有結合し,赤血球を除く全身の有核細胞表面に分布し,特にリンパ球系細胞表面に多く存在します。リンパ腫瘍や自己免疫疾患などで高値を示します。アルブミンより分子量が小さく、腎糸球体基底膜を容易に通過し、尿細管で大部分が吸収されます。血清値は糸球体濾過値(GFR)の低下に伴い上昇するので,腎糸球体障害の指標として使用できます。一方、尿細管障害の際には,その再吸収,異化が障害され,尿中への排泄が増加します。したがって,尿中β2-マイクログロブリンの測定は特に近位尿細管障害の指標となる可能性が高いと言えます。本案ではCre, BUN値 GFR測定値あるいは推定値が記載されてなく、β2-マイクログロブリン値のみが記載されています。

尿中の基準値は、日本では0.290mg/l未満290μg/l→0.29μg/ml未満)とされるので、本案では血中、尿中ともに高値となります。なぜCre BUNの値をカットするのか私には解りません。中医案だから、例によって仕方ないですか。

中医弁証:証は風邪留恋肺系 気滞水瘀交阻に属する

治法と方薬:宣肺祛風、調気化瘀 昇降散倒換散加味

処方

白僵蚕10g 浄蝉衣10g 制大黄5g 荊芥10g 桔梗10g 枳実10g 玄参10g 連翹15g 白蒺藜15g 炒山楂 六曲10g

コメント

:あまり見かけない異質な感じのする生薬の組み合わせですね。

活血化瘀は大黄だけでしょう。

玄参は難しいですね。血熱がある場合に使用される生薬です。

以前の「玄参の臨床」をご参照ください。

http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20080822

張氏の「使い慣れた生薬の一つ」なのでしょうね。

六曲は杏仁泥、赤小豆、辣蓼草、青蒿、面粉、蒼耳草などの細末を混合した後で発酵させた加工品で総合胃腸薬の意味合いを持ちます。

桔梗と枳実(あるいは枳殻)は気機調整の意味合いです。矢印の向きを↑↓と反対に表記しました。

経過

15剤服用後、大便暢、尿量増加、下肢の浮腫は消退、鼻塞、咽痛、咳嗽もまた癒え、検尿で蛋白(+)、その他陰性。効能は既に獲得しており、方薬の加減を行った。

原方から、姜黄 大黄 枳実を去り、鬱金10g 虎杖根30g 龍葵30g 炙黄耆15g 全蝎6gを加味し、更に20剤、諸症は悉く消え、尿蛋白は陰転した。

コメント:全蝎(ぜんかつ サソリ)といい白僵蚕(びゃっきょうさん 蚕の死骸)といい、虫類の使用に慣れている感じがありますね。

文脈から判断すると、瘀に捜し出して削ぎ落とすという、全身的な活血ではなく、瘀に直達する性質を張氏は重要視したのでしょう。

乾燥した全蝎は吹けば飛ぶような軽い重量です。6gは現物を見たらサソリだらけですよ。

龍葵は特殊な生薬です。以前に「卵巣癌の漢方治療 続々編」で紹介しましたのでご参照ください。現代では抗癌生薬としての認識が高まっています。本案では、文脈から「祛風」の目的であろうかと思います。

http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20061125

患者は多病で、肺腎倶虚であることを考慮し、玉屏風散と六味地黄丸合方加減にて、益気固表、滋腎扶正すること3ヶ月、病情は再発せず、随訪半年、身体健康。

評析

膜性腎症はネフローゼ症候群に常見される病理類型の一つで、腎糸球体の毛細血管基底膜の瀰漫性肥厚があり、細胞や、基質の増殖を伴わず、炎症性細胞の浸潤も無く、中老年に多く、ステロイドや免疫抑制剤の効果が悪い。

本案では腎病数年、風邪が留恋、肺気が鬱し、邪が外透されず、また、裏病が解されず、気機の昇降が不利となり、気滞即ち血瘀水停となったものである。

腎病が慢性化し、血絡に瘀滞する者は、蛋白尿は簡単には消失しない。

張氏の認識は、“瘀血を見て瘀血を治療するは、その治療にあらず、昇降気機を以って治療なり”とするものである。気は血の帥、気行即ち血運、故に瘀病は気を治すなり、とするものである。

氏のような治療法を施せば腎絡を疏通させることが可能であり、(ここからは私の意訳です。全身的な活血薬とは異なり、全蝎のような「瘀を捜削」する破血効能をもつ薬剤を使えば、活血し過ぎて)動血となり虚に陥ることにならない。

昇降散と倒換散の合方加減は調気に宜しく、昇降を回復させ留瘀を散じ、肺気が残風を去るのに宜しく、黄耆 龍葵 全蝎を配伍する意味は、補肺気にて祛風し、破血して残瘀を駆逐して、治療の大半の効果を収めるのに至るのである。

ドクター康仁の印象

突飛なβ2-MG(マイクログロブリン)単独の登場、去ると言いながらも、前方で存在しない姜黄、そして玄参、龍葵、全蝎の登場でした。昇降散と倒換散は張氏の経験方ですね。

物事に対処するに「左脳」の「経験」が後遺症となって、本来の天性の感覚が鈍ることが多いですね。しかし、サバイバルには左脳の経験が役に立ちますね。学習することは左脳の訓練ですから。

留恋(るれん)とは「(未練たらしく、)だらだらと引きずる、邪が残留する」という感覚です。中医案を解釈していくと、左脳だけではどうにもならないもどかしさを感じます。己(おのれ)の未発達な貧弱な左脳のせいでしょうか。左脳を訓練しているつもりでも、右脳も無理やり働かされるという困惑があります。

脈診「脈細渋にして弦」とは微妙ですね、数字で表現してくれないから、感じなきゃどうにもならない世界の一つです

解説するのが面倒な時は、帝釈天の寅さんの名言「訳(わけ)ありなの!」で済ませちゃいますか。

2013701日(月) 記