?振声氏医案 湿濁滞留案
(江蘇中医雑誌 1986年 第9期より)
患者:趙某 50歳 男性
病歴:
患者は平素眩暈があり、高血圧の病歴が30余年あった。1965年、突然大量の肉眼的血尿があり、腎盂造影法で両腎の多発性嚢胞腎と診断された。1981年初め、感染症を併発、某病院に入院、治療を受けたが無効。1981年5月12日、氏の病院に転院となった。転院の4ヶ月前、悪心、嫌食、納呆、日に下痢が4回あった。(期間についての記載なし)
初診時所見と経過:
神倦乏力、ベッドから起き上がられない、全身の皮膚掻痒、口渇あり冷たいものを飲みたがる。尿は頻回であるが尿量は多くなく、1日700ml。苔黒膩、脈弦滑。
検査所見:血圧20/13.3kPa(150/100mmHg)、両側下腹部に腫塊を触れ、表面に結節がある。ヘモグロビン6.3g/dl、WBC17800。尿中WBC20~25、尿培養で白色(黄色でしょう)ブドウ球菌陽性。BUN 53.8mmol/L(322.8mg/dL)、二酸化炭素結合力17.96mmol/L、PSP排泄率2時間値0。腎シンチグラム:双腎機能重度受損。
西洋医診断:両側多発性嚢胞腎感染合併、慢性腎不全
入院してからは中薬治療を主として、血液透析を7回施行。
当初は中焦湿熱を清化する治療から始めた。方用は黄連温胆湯と橘皮竹茹湯の合方加減であり、服用後に悪心は減少し、食べる量も増え、黒苔も消退した。
メモ:黄連温胆湯(千金方):黄連1.5~3+温胆湯
半夏 陳皮 茯苓 炙甘草 竹茹 枳実 生姜 大棗と水煎服用
痰熱上擾の不寝失眠や痰濁頭痛、呑酸に用いられることが多い方剤です。舌象は黄膩苔、脈滑が原則です。
橘皮竹筎湯(金匱要略)は、和胃降逆に用いられる代表的な方剤の一つです。
旋覆花代赭石湯:旋覆花、人参、生姜、代赭石、炙甘草、半夏、大棗
橘皮竹茹湯:橘皮12、竹茹12 大棗5枚 生姜9 甘草6 人参3
丁香柿蔕湯:丁香6 柿蔕9 人参3 生姜6
医案に戻ります。
5月28日尿量は1日300mlに減少し、以後24時間で50mlとなり尿閉状態になった。患者は意識状態不清、譫語抽搐(うわごと 痙攣 震え)、嚢縮(陰嚢が縮み)、大便が出にくくなった。BUNは61.04mmol/L(366.2mg/dL)に上昇、二酸化炭素結合力13.11mmol/Lに減少し代謝性アシドーシスも悪化。苔白膩、脈弦急。
患者の病位が心、肝両臓に波及したと考慮し、清営、養陰平肝の剤に変更したが、効果は乏しかった。この後、健脾通陽利水の法に改めた。
春澤湯加味:党参、桂枝各10g、猪苓12g、茯苓15g、白朮12g、澤瀉、沢蘭、陳皮各10g。
メモ:春澤湯は明代の王肯堂「証治准縄」が出典であり、張仲景「傷寒論」の五苓散加人参の配合です。
服薬後尿量が漸増、BUNは漸降、苔が浄され、食べる量も精神状態も改善した。同時に、冬瓜、赤小豆、莱菔子の食事療法を行った。この後、尿量は100ml以上を維持し、1981年11月26日病情好転し退院した。
メモ:冬瓜 赤小豆は共に利水消腫の作用があり、莱菔子(らいふくし)は大根の種子で、消食化積 降気 化痰の作用があり、消食化積作用は腹部膨満感に効果があり、腹部手術後に理気除満を目的に使用されます。降気 化痰作用は、喘息にも使用されます。小児便秘には枳実、紫蘇などと配合されます。人参の誤用での(熱、不眠)などにも有効です。
評析
本案の過程では濁邪滞留が病機の鍵となる。入院当初は上格(湿熱中阻)が比較的突出しており、中焦湿熱を清化する治療が短期的に効果を収め、食欲や舌苔の改善を見た。但し、すぐに濁毒が清竅を蒙蔽する症候が出現した。健脾通陽利水の法を用いて、尿量を増加させ、濁邪を下竅から出し、危篤状態から脱した。邪に出口を提示するのが、治療の鍵である。
ドクター康仁の印象
よく助かりましたね。
私は、(抗生物質や清熱解毒薬の効果で)感染症が抑えられ、ある程度残存していた腎機能が回復したと想像します。清熱解毒薬となると、医案中であまり効果が無かったとされる清営(湯)法が気になります。
「清営湯(温病条弁)」の組成は生地黄 玄参 蓮心 連翹 犀角(現代では水牛角) 麦冬 竹葉心 丹参 黄連 金銀花です。医案に内容の記載がないのですから、想像するしかないのですが、清営法にどのような清熱解毒薬が配伍されたのでしょうか。(併用されていたであろう)抗生物質の記載が無い以上、私は清熱解毒薬に関心を持たざるを得ないのです。
2013年7月22日(月) 記
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