活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

求心6

2017年11月09日 | 

「何かやはりひとつ目標があって、たどり着くべき場所」

 

というふうな考え方を潜在的にも顕在的にも持ってしまうと

「そこまで到達しないと中途半端だ、尽くさないんだ、

徹底が足りないんだ」ということになります。

 

自分でもそういう状態を認めて決めてしまうことになるのです。

 

そのくらい、「こうならなければ本当じゃないんだ」というものが、

どこか自分の中にわだかまっているものです。

 

ですから、形に現れた「縁」だけではなしに、形に現れない

「縁」にも、ふらふらと自分が揺さぶられるということなのです。