「業」について3 2024年08月16日 | 法理 自意識の芽生えに因って、諸々の思想や迷いが必然的に生じます。 しかし、これらの二見相対の思想が「縁」となり、おシャカ様の教えを知(識)り、その教えに導かれて自意識は本来の本質ではないことが次第に理解されて、「道を求める生活」が「自覚」されるのです。 それ故に「業」を解脱した「覚者」と、「業」を解脱出来ない「無明の人間」が明確に存在することに気付かなければなりません。 « 「業」について2 | トップ | 「業」について4 »
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