Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

革命家

2012年09月14日 | Weblog

                  

Edと
二歳違いの弟は、若い頃、世の中を根底から変えていこうと、つまり革命家
になろうと決心し、そして実際、そのようなふうに権力と対峙しながら生きてきた。

今はもう流石に若いころのように危険な行動はとらなくなったようで、いわば引退
した長老のごとく、穏やかに振舞っている。

20代前半は血気盛んだったから、デモでは常に先頭に立って官憲に激しく抵抗
していたから、母親には常に心配をかけ続けた親不孝者だった。

そんなある日、母から「私の言うことは聴いてくれない。ああいう運動はもう止める
ようにお前から弟に説教してくれ」と云われた。

どうせ直ぐ上の兄の云うことなど聴きはすまいと思ったけれど、母の手前黙ってい
るわけにも行かない。

弟には、”極一部の人間だけで世の中をひっくり返すようなことはできない。止めて
おけ”といって説得を試みたけれど、勿論Edのいうことなどに
聴く耳は持たない。
そればかりか、ノンポリのサラリーマンだったEdは「兄ちゃんのような生き方では、
俺は生きている気がしない!」と激しく痛罵された。

生ぬるい性格のEdは、そのときの弟の余りに激しい気性にたじろいでしまい、二の
句が継げなかった。彼のその一言は、その後もずっとEdの心の片隅に突き刺さった
トゲのように、今でも残っている。

                                   

思えば弟もEdも、親子ほども年の離れた兄たちが、呑めば口角泡を飛ばして政治
批判をしていた中で子供時代を過ごしてきた。知らず知らず革新的な方向へ考えが
傾くのは当然だったかもしれない。

気性の激しい弟は、そのまま兄たちの権力批判の精神を素直に受け継いでしまっ
たけれど、生ぬるい性格のEdは幸か不幸かプチブルな生活を求めて生きてきた。
だから、Edは子供のころ受けた”教育”が不燃焼のまま、今でも時々思い出したよ
うに政治批判を書いてブログを汚しているのだと思う。

先日、入院中の兄のことでその弟とやり合った。彼は入院先の兄の窮状をEdに知
らせて来はしたが、その後何も動こうとしない。Edが兄嫁に会って話しをしようと誘
っても「どうせ家族が冷淡なのだから、話しても無駄だ」と彼はいう。

世の中を変えようとまで騒いだ奴が、身内のことすら・・・とEdは腹が立った。
「無駄かも知れないが最初から諦めて何もしないというなら、他人にも”冷淡”だなど
という資格はない!」と云ってやったら、弟は黙ってしまった。

結局、自分の非を認めた弟は、日が決まったら一緒に行くということになった。
どういう生き方をしようと自由だけれど、他人に対する優しさは忘れないで欲しい。