和名倉山(白石山)秩父山脈の北部、主脈から外れているが、南東に雲取山、
南西に唐松尾山がある。白石山(しろいしやま、しらいしやま、はくせきさん)は甲州側の
呼称で、秩父側は和名倉山という。 【日本山名辞典】
四方に谷を刻んだ巨大な山体が特徴的である。
かつては奥秩父の秘峰としてその原生林の美しさが讃えられたが、
戦前に山林の権利が大滝村(現秩父市の一部)に移ったあと、
1950~60年代の森林伐採と山火事で山域の荒廃が進んだ。
かつて美林を誇ったコメツガの原生林は、大滝村の皆伐と伐採事業に伴う火災により
ほぼその全てが失われており、尾根筋の大半は平凡な唐松の植林とスズタケの密藪に覆われている。
辛うじて伐採を免れた県境付近では、石楠花の群落が見られる。【ヤマケイ和名倉山より】
◇10月16日
5:10 朝食 TDに小さい声で「生卵、大丈夫ですか?」と聞いたら
「車で運んでるよと」との答え、いただきました。
5:50 将監峠へ上ります
気温はヒトケタだったようです。
6:20 「山ノ神土」、へ笹薮へ突入です。
:サルオガセ
猿の麻挊(ヲガセ)辞書に拠れば「麻を絡ふ挊」とある。挊は糸を紡ぐ時に出来上がった糸を
巻きつける道具のこと。関東では主として松に下がる。
サルオガセは薬用植物の一種で、利尿及び袪痰薬(痰の除去)が作られる。
:西御殿岩
笹の葉が朝日に光ってます
:大菩薩を従えた富士山
昨日雲で見えなかった甲武信岳
7:40 西仙波(前仙波1983m)シヤクナゲがあった
稜線歩きが続きます
8:00 東仙波(奥仙波2003m)富士山ともお別れ
金峰山の奥に白峰三山が、白く見えるのは雪?
右奥のコブが和名倉山
9:55 二瀬分岐、は下山道 右へ
:花はこれだけ :地衣類、苔類の世界
シラビソの樹林
落雷の痕跡
10:15~10:40 和名倉山頂、シラビソの樹林に覆われ、何も見えない・
:三角点
:キノコ協会の面々
下り標高差約1200m、破線ルートを秩父湖畔まで下ります。
道迷いで遭難も多い登山道です。
10:55 二瀬分岐~11:15 北ノタルまではシラビソの樹林帯(道ははっきりしています)
「北ノタル」からは灌木帯、スズタケ(笹類)が生い茂り藪漕ぎに近いとの情報
スズタケはこの通り、「の食害?」でしょうか、道は大丈夫です。
13:00 造林小屋までの下りは急登。
落葉に隠れたの木の根と、緩んだ足場に緊張を強いられた。
造林小屋からは[元]林道荒れていました、崩壊地もいくつか
スリングで安全確保する場所も。
シラビソ伐採後の運搬に使った森林軌道の跡、
こんな(大滝村)の忘れ物がゴロゴロしてた。
14:35 「反射板跡地」
ここからは杉の植林帯、ここも(最後)の急登。
16:00 秩父湖まで[無事]降りてきた。
16:15 吊り橋を渡ってバスの待つ駐車場へ。
17:10 西武秩父駅で解散
*
行程:標高差256m(下り1200m)、約14.5km、10時間
5:50 将監小屋 ⇒6:20 山ノ神土 ⇒7:40 西仙波 ⇒8:00 東仙波
⇒ 9:35 川又分岐 ⇒9:55 二瀬分岐 ⇒10:15~10:40 和名倉山・昼食
⇒10:55 二瀬分岐 ⇒11:15 北ノタル ⇒13:00 造林小屋跡
⇒14:35 反射板跡地 ⇒16:15 秩父湖畔 =17:10 西武秩父駅
関東百 和名倉山 90完登 日本二百 23完登
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和名倉山、関東百名山・日本二百名山でもある。
この時期登っても、花はないし、紅葉も少し早い。
マニアックな登山者21名が集まったツアーだった。
二日間晴天で眺望にも恵まれた。
360°どこを見ても山が見えるロケーションはなかなかない。
「山座同定」をしてくれるH岡TDにも感謝しなければいけない。
読者も増えたし、久しぶりに「実りの多い」登山だった。
お疲れさんでした・・・・・
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