F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

039-3 南下開始。

2015年07月11日 17時58分39秒 | 旅行記
道の駅「猿払公園」。



間違って隣のホテルのレストランに入ってしまい、「帆立焼きカレー」1000円。



砂浜がきれいです。



ここにも海の悲劇がありました。







浜頓別町でクッチャロ湖へ。





大きなキャンプ場。大人200円、子供100円。



疲れたのでお隣の温泉で入浴。350円。

さらに南下、





そして、道の駅「雄武」に到着。隣はCOOP、便利です。





ここで停泊決定。

本日のルート。



本日の走行距離。

190km

北海道の航跡。



本日までの航跡。



本日までの走行距離。

4,503km


039-2 宗谷岬

2015年07月11日 17時29分47秒 | 旅行記
稚内公園から大沼バードハウス。
残念ながら鳥は1羽も見ることができませんでした。車の前を若い鹿が横切ってビックリしました。





宗谷岬に向かう途中に。





勇気がなければこの海に漕ぎ出すことはできません。



そして広島県三原市を出発して39日目、4,600キロあまり走ってついに日本最北端に到達しました。デレっとしたF老人。







りりしい間宮林蔵。





宗谷岬の歌の碑。



日本最北端のトイレ。



日本最北端の神社。



旧海軍望楼。









宗谷海域海軍戦没者慰霊碑。稚泊(ちはく)航路とは稚内と樺太の大泊を結ぶ航路のことです。





大韓航空機撃墜事件の慰霊碑。祈りの塔。









宗谷海峡は「ラベルーズ海峡」と名付けられていました。





宗谷岬灯台。





日本最北端にはこのほかにもいろいろなものがありました。



039-1 稚内公園

2015年07月11日 17時00分25秒 | 旅行記
かなり冷え込んで室内の温度計を見ると14度でした。朝のコーヒーを飲んで散歩に。

稚内港、北防波堤ドーム。徒歩や自転車で旅行している人たちのブログを見ているとここで野宿と書いている人が多くいます。







視界は悪く、利尻富士の姿を見ることはできません。



いったん車に帰って朝食を摂って「稚内公園」へ。

氷雪の門。正式名は「樺太慰霊碑」。







このポーズに故郷をなくしたり、愛する人を失ったり、いろいろな悲しみや無情に対するジレンマなどすべてのものが込められているように感じました。





九人の乙女の碑。当初は軍の命令により、となっていましたが生き残った人もいて現在の碑文になったいきさつがあります。





昭和天皇皇后両陛下の御製、御歌。



昭和43年、両陛下は「九人の乙女の碑」の前で九人の乙女の悲話をお聞きになりました。 両陛下は、目頭に涙を浮かべ深く頭をお下げになり、九人の乙女の冥福をお祈りになり、後日この時の感銘をつぎの様にお詠みになりました。

御製(天皇)
樺太に命を捨てし たおやめの 心思えば胸 せまりくる

御歌(皇后)
樺太につゆと消えたる おとめらの みたまやすかれと ただいのりぬる

樺太師範学校の同窓会の碑。





ここで南極観測の樺太犬の訓練が行われました。





樺太犬の慰霊碑。





稚内公園には北に向かって叫びたいいろいろなものが詰まっていました。