F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

「旭日旗」軍艦旗=自衛艦旗

2013年07月31日 21時54分13秒 | 日記・エッセイ・コラム

韓国の人たちがいう「旭日旗」は、十六条旭日旗のことであり、旧帝国海軍では海軍所属の艦船であることを表章するために掲揚する旗章で「軍艦旗」でした。軍艦旗を掲げる船舶は、戦時国際法や国際慣習法にある軍艦としての特権を受けます。

海上自衛隊におきましても、1954年(昭和29年)6月に自衛隊法施行令(昭和29年政令第179号)により帝国海軍と同じ規格の「自衛艦旗」が制定されました。その経緯は海上自衛隊阪神基地隊のHPの記事にあります。自衛艦が就役する時,自衛艦旗授与式により内閣総理大臣から交付され、除籍又は支援船に区分変更される際に返納されることとなっています。また、「国旗」と同様の扱いとされます。

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「韓国メディアは旭日旗について、「日本軍国主義と帝国主義の象徴」だと主張。“戦犯旗”である旭日旗を応援で使うことは、日本が過去に行った侵略戦争やその過程で強行された戦争犯罪を美化するものだと論じた。」と報道されておりますが、FIFAには政令で定められた日本国旗と同様の旗であり、国旗を振りながら応援することと同じ行為であることをきちんと説明してほしいものです。

それぞれの国には海軍旗、軍艦旗、国籍旗などが定められており、日本は艦尾に自衛艦旗を、停泊中には艦首に国籍旗として日の丸を掲げます。また、自衛艦旗を戦闘旗として掲げるときにはマストに掲げます。甲板で飛行作業などを行うときは当然艦尾旗竿は倒しますので、マストに掲げます。

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韓国海軍は艦尾に韓国国旗を、艦首に国籍旗を掲げるようです。

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法令で定められた他国の国旗に相当する旗を「戦犯旗」などと書く新聞社に政府として抗議していただきたいものです。


読書記録099「困った隣人韓国の急所(井沢元彦・呉善花)」

2013年07月29日 21時12分29秒 | 読書記録

かねがね韓国についての本を読んでみようと思っていましたが進んで不快な思いをする必要もないので躊躇していました。呉善花さんの入国拒否の新聞記事を読んで重い腰を上げるつもりで本屋さんに行きました。あまり大きくない本屋さんで呉善花さんの本は新書コーナーに1冊だけ井沢元彦さんとの共著がありました。

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キーワードとして「反日民族主義」、「自国優越主義」があり、刷り込みに近い形で行われてきたそれらの教育と現実-たとえば、社会が富を集積する前に経済が飽和した結果、年金制度などの充実ができないーとの差異によるジレンマなどが感じられます。

いままでの経験からアメリカや日本にいる個の韓国人はそんなこととは無縁でひたすら目の前の生活を豊かにすることに集中しているように見えました。

ただ、儒教-朱子学に基づく価値観、父系血縁主義、孤児養子、それでいて40%がキリスト教徒であることなど一読では理解は困難であり、多面的にもう少し深く勉強してみます。


終戦のエンペラー

2013年07月24日 21時53分20秒 | 日記・エッセイ・コラム

今夏、見なければならない映画がもう一つありました。「終戦のエンペラー」です。

有名なマッカーサー元帥と天皇陛下の写真について、小さいころ誰に聞かされたのか忘れましたが、「天皇が命乞いに来たか」と待っていたマッカサーに対し天皇陛下は「私の命はどうなっても構わないから国民が困らないようにお願いする」と言い、マッカーサーはその勇気と誠実さに感動して、敬服したというエピソードが刷り込まれています。

昭和から平成になったころ、F老人は世界最大の海軍基地と言われるノーフォークの隣の市、バージニアビーチに数週間滞在していました。ビーチリゾートで有名なところで、ホテルは夏料金と冬料金があり、F老人はヒルトンホテルにいましたが、冬料金の上、改装工事中の割引でバカみたいなホテル代でした。土曜日、旧友から連絡があり、ノーフォークのマッカーサー記念館で合流し、週末を一緒に過ごしました。

連合国軍最高司令官を退任し、日本を離れてから13年後、84歳で没したマッカーサーは、母親の故郷であるノーフォークの旧市庁舎に夫人とともに葬られており、その建物が記念館になっています。床が一部透明になっており、その下に墓碑があったのには驚きました。数多くの勲章やコーンパイプとともに有田焼などの日本の思い出の品が飾られていました。

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陸軍のエリートコースを歩み、大統領になろうとしたマッカサー元帥の約10年後輩で副官も務めたアイゼンハワー元帥は少佐から中佐になるまでに16年かかり、決してエリートとはいえませんでしたが、その才能を発揮し、5年3カ月で中佐から元帥になり、大統領になりました。初めてアイゼンハワーの伝記を読んだ時、米軍の指揮官選びの柔軟さに驚きました。日本のように10代の時につけられた序列が何十年も影響するようなことはなかったのです。

映画は、天皇陛下とマッカーサー元帥、占領軍の日本統治の裏側のエピソードのようです。現在では「国体」と言えば国民体育大会ですが、本来、国のあり方、国家の根本体制のことです。マッカーサー元帥を敬服させ、思わず玄関まで見送りに行かせた昭和天皇の凛とした態度と誠実さが今の日本の形、国体を作ったのでしょう。このようなことをお隣の国の人はわからないでしょうねえ。


選挙特別番組

2013年07月22日 20時36分48秒 | 日記・エッセイ・コラム

選挙特別番組の視聴率では池上彰氏のテレビ東京が断トツトップだったそうですが、三原では見ることができませんでした。youtubeでは公明党の当選者へのインタビューがありました。切り口が鋭い質問でした。

この他にもTBSの訳のわからない司会者のもありました。いまどき、左翼ぶるのもいいかげんにしてほしいものです。

1976年ごろ、米国では「Family Feud」という番組がありました。「内輪もめ」とか「お家騒動」という意味です。司会者はリチャードドーソンという人で、回答する家族と肘をついて会話し、女性であればキスをしたりざっくばらんな雰囲気を作るのが得意な人でした。F老人は毎週楽しみに見ていました。この番組の内容もルールもパクって作ったのが「クイズ百人に聞きました」です。初めて、日本で番組を見たとき、司会ぶりを見てなんだこれはと思いました。自分の個性のようにしていますが。

その頃の番組の様子がありました。


リニューアル後の福山SA(上り)

2013年07月20日 21時50分16秒 | 日記・エッセイ・コラム

老母のお見舞いに岡山県瀬戸内市に出掛け、初めてリニューアル後の福山サービスエリアに寄りました。

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大変気持ちの良いスペースになっており、経験と英知が結集されたのでしょう。

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少し気になったのは、そんなに混んでいなかったのにレジの行列が長かったことです。

ローズガーデンもいい雰囲気です。

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96歳の母親に会い、長寿の素晴らしさと老いの残酷さを改めて感じ、帰ってきました。故郷のスイカを買ってきました。色が濃く長いのは黄色のスイカです。トウモロコシはおまけにいただきました。

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