F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

本年最後の幸運

2012年12月31日 19時59分43秒 | 日記・エッセイ・コラム

 

午前中まで評判の良かったキャンドルホルダーを制作。午後、仕事場の掃除とかたづけをした後、3時過ぎに島を出発、依頼のあったグラスを届けてから借りている新幹線高架下のスペースに軽トラ君をおいて、徒歩で帰宅していました。自宅近くの魚料理店店頭で数人の高校生ぐらいの女の子の「あなご巻きずし今から2500円」の黄色い声を聞きました。いったん通り過ぎたのですが、引き返して見てみると1680円の太巻きが2500円とのこと、お土産代りに買いました。残り数本でした。

切る前に写真を撮れば良かったのですが・・

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あなごが2枚重ねで大きくはみ出しているのがウリです。

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肉厚で、タレもおいしく、年越しそばと一緒にいただきました。本年最後の幸運でした。

来年もよろしくお願いします。


湯たんぽ

2012年12月30日 23時03分32秒 | 日記・エッセイ・コラム

今日の最低温度は1.6℃でした。断熱材の入っていない家ですので布団に入った時が冷たい。昨冬までは十数年前、舞鶴で購入した布団乾燥機で暖めたあと布団に入っていました。熟睡できます。近所のホームセンターに行ったとき湯たんぽを売っていましたので買おうとしましたが、余っているのがあるということでいただきました。

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試してみようと思いますが、低温やけどの注意がやたら多いので、不安です。とりあえず、一晩使ってみましょう。


「ばら」を彫りました

2012年12月28日 18時33分40秒 | ガラス彫刻

丸みを帯びたタンブラーにばらを彫ってみました。立体感のある花びらにするのが難しいところです。満足のいく出来ではありませんが、これ以上彫ると色がなくなってしまいます。もう少し、シャープに彫ることができるように練習します。

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散歩に行きました

2012年12月27日 23時07分30秒 | 日記・エッセイ・コラム

昨日の最高気温は7℃、今日は8℃でした。それでも直射日光のあたる場所はポカポカです。近所を散歩してきました。

原町天満宮からの眺め。海はキラキラしていました。

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みかんは収穫されたようですが、その他の柑橘類でいっぱいです。大木は祇園社の楠です。

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小学校の前を通ると・・・

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各学年の児童数は6名から10名、全校児童数は44名だそうです。父兄に聞けば、統合先の小学校との交流会などではやはり学力に差があるのが顕著で、統合の一つの理由のようです。ちなみに一緒に統合される南小学校の児童数は同じ44名、統合先の瀬戸田小学校は271名で、統合後の島全体の児童数は約350名になります。

校庭のイチョウもさみしそうです。

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海側へ降りて山側を見ると・・・白い家がF宅です。納屋を解体したのでよくわかるようになりました。

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日本海側の豪雪のニュースを見ると、つくづく恵まれていると思います。以前、舞鶴に約2年いて、冬を3回経験しました。雪がないと自由さが違う感じです。感謝。


読書記録080「藍染袴お匙帖-1-風光る(藤原緋沙子)」

2012年12月25日 20時59分56秒 | 読書記録

時代ははっきり書かれていませんが、シーボルトに直接指導を受け、シーボルトがまだ長崎にいるという設定ですので文政年間、1820年代でしょう。

NHKで放送された「」桂ちづる診察日録」の原作です。先に見たテレビドラマより奥行きが感じられます。実際にシーボルトから直接教授された女性がいたのか、女性の蘭方医がいたのかどうかわかりません。

思い出されるのは吉村昭氏の「」ふぉんしいほるとの娘」です。シーボルトと長崎丸山の遊女のあいだにできた娘、楠本イネの物語で、江戸期に女医となり、明治になってから日本人女性で初めて産科医として西洋医学を学んだことで知られています。数奇な運命に翻弄されながらも懸命に生き、また、失意の中に沈んでも再び這い上がろうとする姿に心をうたれたものです。以前の勤務場所が楠本イネが晩年を過ごした麻布の近くだったので亡くなった時住んでいた場所を訪ねて行きましたが痕跡を見つけることはできませんでした。

シーボルトは日本に多くのものをもたらし、残していきましたが、彼のおかげで死罪になった伊能忠敬の師の息子である高橋景保など不幸にした人もいました。以前、かっぱ橋道具街に買い物に行き、上野駅までブラブラと歩いていたら、偶然、源空寺というお寺の前を通り、伊能忠敬、師の高橋至時、獄死した息子の高橋景保の3人のお墓が並んでいるのを知り、お参りさせていただきました。伊能忠敬の遺言で師のとなりに葬られたと聞きました。

小説は、桂千鶴とその周りの人達が正義を貫き、弱きを助けるエピソードが展開されます。

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