F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

四国の旅、中断です

2017年07月17日 15時04分27秒 | 旅行記

朝、目を覚まし、つれづれ考えるにこの猛暑には勝てず、旅を中断することにしました。

もういちど、道の駅 きさいや広場に引き返し、最後の食事。



ふと見ると、目立たないところに「えひめ丸」の碑。事件は風化していると実感しました。



とりあえず、広島県三原市に帰ることにしました。

7月15日ー4 伊達博物館・天赦園

2017年07月17日 11時14分30秒 | 旅行記

続けて散策します。伊達博物館に来ました。





伊達宗城の銅像です。



中は撮影禁止でしたが、よく残されていたと感心するものばかりです。



すぐ近くに「天赦園」がありました。



「元は宇和島藩2代藩主の伊達宗利が海を埋め立てて造成した浜御殿の一部であったが、幕末に7代藩主の伊達宗紀(百歳長寿の大名)が慶応2年(1866年)に築庭した。鬼ヶ城連峰を借景とした池泉回遊式の庭園で、大名庭園でもある。

天赦園の名は、伊達政宗が詠んだ漢詩

馬上少年過
世平白髪多
残躯天所赦
不楽是如何

(馬上に少年過ぎ 世は平にして白髪多し残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん)

の一節にちなみ、余生を十分に過ごしたいという思いが込められており、宗紀は隠棲のためにこの天赦園を築き、庵を結んだ。」(引用)





見事な藤棚がありました。



竹が多いのは伊達家の家紋が「竹に雀」にちなんだものだそうです。



この後も行きたいところがあったのですが、お風呂へ行くことにしました。

道の駅の観光案内所のお姉さんに聞くと、10分ぐらいで温泉の併設されている「道の駅 津島やすらぎの里」があるとのこと。早速向かいます。

高速道路無料区間を走り、着きました。







気持ちの良い温泉でした。今日はもう動く気にならず、ここで停泊です。案の定、テレビは映らず、BDの映画を見ました。最後まで見れず眠りにつきました。






7月15日ー3 宇和島城

2017年07月17日 10時31分14秒 | 旅行記

宇和島の道の駅「みなとオアシスうわじま きさいや広場」に来ました。こんなににぎわっている道の駅は初めてです。駐車場所がないくらいです。産直とフードコートが大人気です。





とりあえず昼食をいただきました。





それから、歩いて散策に出ました。まずは宇和島城。何度も来てますがスタンプはなかったので。



もとは藤堂高虎の城でしたが、関ヶ原の十数年後仙台の伊達政宗の長男、秀宗が入城し、明治維新まで伊達家が治めます。私的には高野長英を匿った伊達宗城が思い出されます。



南国の植栽がうっそうとする階段を上っていくと、石垣が現れます。





頂上には現存十二天守の一つ、宇和島城天守閣が現れます。







小ぶりですが、中はいかにもといった感じです。





海城と呼ばれたようにすぐそばまで海が迫っています。



名城スタンプをゲットしました。








7月15日ー2 臥龍山荘

2017年07月17日 10時06分10秒 | 旅行記

街の反対側まで歩きました。ついたところは「臥龍山荘」。





元は藩主の庭であったようで、明治維新後、荒れるに任せていましたが、大洲市出身で木蝋貿易で成功した豪商河内寅次郎が余生を過ごす場所として、明治30年から約10年をかけて整備した山荘です。





室内は撮影禁止です。





肱川と周りの山を借景に素晴らしい景色の中にあります。決して大きくはないところがいいですね。





市内を散策。大洲神社の入口に見つけました。





1966年に放送された朝ドラ「おはなはん」の撮影場所。半世紀を超えても語り継がれるんですね。



「まちの駅 あさもや」に停めさせていただきました。夜間も停めていいそうですが、便所は使えなくなるということでした。





7月15日ー1 大洲城

2017年07月16日 08時35分51秒 | 旅行記

道の駅八幡浜みなっとで起床。いい朝です。

大洲まで引き返し、大洲城の見学。「明治維新後から現在にいたる地元住民の城郭への保護活動と、平成16年(2004年)に主に市民による寄付によって完成した往時を出来る限り忠実に復元した4重4階の天守も特筆すべき点である。」(引用)

木造で復元されたお城として有名です。



誰かと思えば、中江藤樹先生です。一時期を大洲で過ごされたとか。





決して大きくはないのですが、妙に迫力のあるお城です。





真下を肱川が流れていきます。



古写真。



木造建築の素晴らしさ。





百名城スタンプをゲット。




「下台所」という建物です。一時は監獄として使われたとか。



肱川ぞいに歩いてみました。仮設の橋ということになってますが、新しい橋脚がだいぶ古くなっているのが気になりました。