現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

最上一平「たぬきの花よめ道中」

2018-05-17 08:57:45 | 作品論
 田舎のたぬきが、都会のたぬきにお嫁に行くという奇想天外な絵本です。
 タイトルに「花よめ道中」とあるように、親戚一同も人間に化けて、ぞろぞろと都会へ向かいます。
 たぬきにとっては、都会の方が過疎地と言う逆転の発想が生きています。
 町田尚子の迫力あふれる魅力的な絵が全編を彩っていて、読者を不思議な世界へ誘います。

たぬきの花よめ道中 (えほんのぼうけん)
クリエーター情報なし
岩崎書店
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辻原登「Yの木」Yの木所収

2018-05-17 08:22:51 | 参考文献
 辻原の博覧強記ぶりは、この作品では本業の文学に対して発揮されています。
 カフカ、カミュ「ペスト」の登場人物、ゴーゴリ、大瀬渉、そして主人公などの人生を通して、(書けなくなったあるいは経済的に困窮した)作家及び作家志望者とその死(特に自死)を描いていきます。
 登場人物の一人の作品を揶揄するのに使われているペダントリーという言葉がこの作品にもあてはまるようにも感じられますが、作品のテーマに即しているので、かなりマニアックではあるものの、発表誌の「文学界」の読者を考慮すると許容範囲かなと思われました。
 「創作を志して、書けなくなって(あるいは食えなくなって)死を選ぶ」というのは、作家志望者(特に男性)ならば、一度は想像するであろう恐怖の(そして少し甘美な)未来の姿でしょう。
 他の記事でも書きましたが、私自身は、商業出版するとほぼ同時に第一子を授かり、筆一本の生活はあきらめました。
 自分がどのくらいエンターテインメントの作品が書けるかは未知数だっただけに、おそらく経済的及び家庭的には正しい選択だったと信じたいのですが、一方でそのために書かずに終わった作品があったであろうことには今でも未練はあります。

Yの木
クリエーター情報なし
文藝春秋
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