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sweet violets



羽が生えたかのような思いでロイヤル・バレエへ。

"Serenade" "Sweet Violets" "DGV: Danse a grande vitesse"(a はアクサングラーヴつき)の3つの異なった出し物から成る公演。ロイヤル・バレエのプリンシパルが何人も出るので、言葉は悪いが英国のトップダンサーをまとめて鑑賞できるお得なパッケージだ。

"Serenade" はもちろんバランシンの、"Sweet Violets" は「切り裂きジャック」を題材にしたリアム・スカーレットの、"DGV: Danse a grande vitesse" は、「不思議な国のアリス」や「冬物語」のナラティブであるクリストファー・ウィルドンの、より抽象的な作品だ。

どれもとても良かったが、「スイート・バイオレット」の筋書きにはとても興味があるので書き留めておきたい。


1907年、ひとりの売春婦がロンドンで惨殺された。メディアは早速これを「カムデン・タウン殺人事件」と呼び、「切り裂きジャック事件(1888年)」と結びつける。

事件現場の近所には、ウォルター・シッカートという英国人画家がスタジオを持っていた。シッカートのモデルは殺された売春婦を(当時、モデルはしばしば売春婦だった)知っているのではないか、また犯人のアイデンティティを知っているのではないか。シッカートも出入りしていたミュージック・ホールを介して、この売春婦を知っているのではないか...

シッカートは、鉄製のベッドに横臥する(まるで惨殺されたかのような)裸婦のモチーフを多く用い「カムデン・タウン殺人事件」連作を作成した。彼はおそらく「カムデン・タウン殺人事件」を匂わすタイトルを作品に巧みに利用し、自分の作品にストーリーを与えようとしたのだろう。言うなれば、彼は「切り裂きジャック」や「カムデン・タウン殺人事件」の、イノセントなコピーキャットなのだ。
まあ、彼自身が「カムデン・タウン殺人事件」の真犯人なのではないかというウワサすらもついて回っているのだが。


シッカートの死後、「切り裂きジャック」と「カムデン・タウン殺人事件」、そしてシッカートはしばしば結びつけられた。未解決の連続殺人事件、猟奇的な犯罪、謎が謎を呼ぶ。善男善女の異様な興味と探偵ごっこもエスカレートする。なぜわたしたち人間の多くはこういう話が大好きなんでしょう!

ここからが「スイート・バイオレット」の筋なのだが、例えばこういう解釈がある。
シッカートは、ビクトリア女王の孫にしてクラレンス公のアルバート・ビクター(切り裂きジャックの正体ではないかというウワサもある)が下層階級に交わる時、「芸術を教授するため」行動を共にしていた。そのうちアルバート・ビクターは下層階級の女性と秘密結婚し、子供が誕生。この醜聞を隠し通すため、ビクトリア女王の指示により、相手の女性は狂人として隔離され、事実を知る周囲の5人の女性が惨殺された...それが「切り裂きジャック」の正体である、と。


筋書きが難解とされているようなのだが、わたしはこの語り口の多少ぐだぐだしたところや、回りくどさ、すっきりしなさ、登場人物の多さが、余計にこの事件の謎や、芥川の「藪の中」的な部分を強調することになり、よりリアル感があると思った。

舞台装置のゆがんだ遠近法や独特の光の使い方はシッカートの絵そのものであり、またダンサーは誰も彼もすばらしい。
ここで練習風景が見られる。ダンサーの身体能力の素晴らしさは言うまでもないが、言語化された概念を同時に身体運動に読み替える能力、これはほんとうにすごいなあ! しかもこの女性ダンサー、リアン・コープの超絶的な愛らしさ美しさ! この笑顔に心臓を打ち抜かれましたよ...


近々シッカートの作品目的でテイトに行ってみよう。
パトリシア・コーンウェルの本も買うべきか。独自の調査からシッカートを「切り裂きジャック」と名指ししているらしい。

善女であるわたしはこういう謎解きに目がないのである。


(写真は The Gurdian から)
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