古峯神社の後は、計画していた「足尾銅山 本山」へ向かいます。ここには最も大きな製錬所があった所で、足尾銅山の元中心地です。坑道は今のトロッコ電車のある「足尾銅山観光」まで繋がっていました。MYブログにも登場しています。しかし案内版が朽ちていますな~
ドイツ製の橋です。当時は橋の上を日本初の電車(SLでなく)が走りました。明治20年前後に栄えた場所で右に大煙突が見えます。富国強兵には銅が必要でした。今は産廃施設となって細々と営業しています。橋は通れません。
中程の右寄りに上記写真の橋が見えます。2枚目は登った先の本山神社入口の通りです。
私が中学生の時に閉山ですか。割と最近に感じます。
右上が神社です。今居るのは手前の橋の袂です。山に木が無いのは燃料として燃やしてしまったからです。
当時の橋の上に鉄板を敷いています。欄干が昔の写真にも写っています。2枚目は風呂かな、蛇口が2本ありますし。座る縁も付いていますしね。
隣にも風呂がありました。タイルに煙突も。階段を登ります。
鳥居の先はヒルが居そうですね~。事前に予習しましたが、この先に行くには川に降りて回り込むそうです。パスです! 2枚目は橋の向こうの音楽堂でしょうか。MAPにはスケート場から病院まで記載されています。
まとう駅へ戻ります。水力発電のパイプや、銅山への線路も残っています。うーん、観光地より廃墟に近いですね、人も居ませんし。
中禅寺湖畔の宿「なごみ」へ。2食付き19,800円 部屋は綺麗ですが4Fまでエレベーターがありません。部屋は綺麗でしたが、TVはベッドからしか見れません。
網戸があると良かったです。虫が入るので締め切ってエアコンとなります。
湯は、日光湯元から送管で25時迄。内湯は循環で露天だけが温泉でMAX3名です。16時にINして撮影しましたが、夕刻からは常時混んでいました。夜は何回もチェックしましたが、中々空きませんでしたね~
食事は御飯がセルフです。少しテーブルが寄せてありますが、奥の席と同様に私の横も他のお客さんがいらっしゃいます。飲んでギャハハです。マスクで御飯を取るのですが、私は速攻です。案の定、爺様方はノーマスクで取っていました。みんなが炊飯器を触ります。
バイキングは駄目ですね。食事処は3密でした。持病が多い私は、朝食をキャンセルしました。
内容は二名様なら価格相応かな、@11,000円ですからね。ソロでは厳しいです。翌日は道の駅「かたしな」でスタンプブックに押印して帰宅しました。
7時過ぎなのに車が連なっていました。1台は竜頭下のPで、もう1台は戦場ヶ原に駐車。前の新潟ナンバーは金精峠を越えました。峠は16℃で涼しかったのですが、道は終始混んでいました。宿泊費はGoToで安く上がりましたが。
今週から学校も始まるし、お盆も終わるので空くと思い込んでいました。しかし実際は通常の休日より混雑していました。GoToが無ければ日帰りで、古峯神社には寄らずに銅山のみで17時頃に帰宅していました。反省です。
もう暫くは大人しくしてましょうよ。
刺激されます(笑)
橋の写真の構図に大煙突が入った画は私も撮りたいですね
前編の神社も引けなくて切れていますが、広角を持っていかなかったのが失敗でした。写っていませんが橋の左には鉄道用の陸橋もあるのです。