私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

勝計すべからず

2011-07-01 10:16:41 | Weblog

 地震発生後五日もたちますと、はやくも江戸の町々には、色々なお店が開店しています。その様子を仙果先生は、次のように記しています。

 「けふより湯屋髪結床そのほかの商店、よわたりのなるほどなかばみせをひらく。きのうよりすでに大道の食物商人は、つねに十倍してうる。商人ならぬも心さときは、老少も男女もいはず。おもひおもひにたべもの調じて道傍にたち、あやしのもちぐわし(?)、すしみせ、かんざけの類ひ勝計すべからず」

 とあります。「あやしのもちぐわし」というのはどんな意味かよく分かりませんが、どうもあやしげなたべものを売りつけていたようです。「勝計」というのは類が多いと云う意味ですが、お店が出来そうな家は、早くも、店を開け、また、道端で、すしや酒をうっているところは数限りなくあったのだそうです。戦後の闇市のような様子だったのではにでしょうか。
 でも、道端で食べ物を売る店は値段が平生の十倍と驚くほどの高値が付けられていたのです。それにも拘らず需要が多く、いくらでも売れると云うので、商人たちは、物があっても「おしみてうらず」という有様でした。
 この点は、今回の東北地震後の有様とは少々異なる対応が見られたようです。その有様を仙果先生は又次のように論じておられます。

 「かかる天変にあひ。あやうき命をひろふと、はや食欲心熾盛して奸商利にはしり、かかる折、大利を得ずば、ようように衰微する世の中に、何をもてゆくゆく銭渇を凌がんと、一時に利を得んとするさま、いといとあぢきなくあさましなどはおろかなり」

 これが人の世の常で人情もなにもあったものではありません。己がよければそれでよし、人の事などにかまけておれようかという、誠に、あぢきない世の中になっている事を嘆いておられるのです。お互いさまだ。みんなでこの災難を凌いで行こうなどといった共同の精神は、ひとかけらも見えない安政時代の江戸だったのでしょうか。そんな世相を、唯、「おろかなり」と、言いきっています。


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