| 空中ブランコ 価格:¥ 1,300(税込) 発売日:2004-04-24 |
奥田英朗の精神科医・伊良部シリーズ2冊目。前作同様連作短編集。
前作『イン・ザ・プール』所収5編のうち最初の4編が比較的普通の人々を主人公としていたのに対して、本作では職業的な問題が前面に出ている。作劇的な理由だろうが、各作品の個性が際立つようになった。
表題作「空中ブランコ」はサーカス団員が主人公。話の本筋は非常にベタであり、読者もすぐに気付くようなオチが用意されているわけだが、それに絡む伊良部が非常に面白い。伊良部の個性と存在感が如実に描かれている。伊良部になろうとしてもなれない。そう育てられない限りは。そんな印象を受けた。
「ハリネズミ」の主人公はヤクザ。そのヤクザを全く恐れない伊良部と看護婦のマユミがとても、らしい。アイディア自体は目新しいものではないが、話の転がし方が上手い。
「義父のヅラ」の主人公は伊良部と大学の同窓の精神科医。伊良部の過去は……当然ながら想像通り。イタズラの面白さはもちろんだが、やはり主人公の義父にして学部長のヅラを巡る展開は楽しい。伊良部はなんの躊躇いも無く「王様は裸だ」と叫べるキャラクター。それに巻き込まれる側は大変迷惑だが、遠くで見ている分にはこれほど楽しいことはない。
「ホットコーナー」の主人公はプロ野球選手。ピッチャーのノーコンならぬ、三塁手の一塁送球ができなくなった男を描く。スローイング・イップスについて述べる下りで、「アメリカに渡った田内」にはニヤリとさせられた。原因がはっきりしすぎている点にはやや不満が残るが、落とし所は悪くない。
「女流作家」はタイトル通り女流作家が主人公。作家のホームグラウンドを扱っているわけだから、他の作品にはない現実感が漂う。その分、伊良部は脇に回り、主人公が怒鳴って発散するためだけに登場するようなもの。おいしいところは、主人公の親友が持っていった。マユミとの最後のやり取りが上手すぎるけれどいいオチだった。
前作との違いは主人公の変化だけではなく、各作品の落とし方にも現れている。『イン・ザ・プール』でも救いのあるいいオチではあったが、それがより徹底された感がある。特に「女流作家」は読後感がいい。もう少しひねったオチがあってもいいとは思うが、これがこの作家の個性とも言えるだろう。各短編の幅の広さを含めて印象深い一冊だった。