はるみのちょっとTea-time

日々の暮らしのなかで感じたこと、市民運動のことなどわたしのことばで、つづります。

母をまだ捨てられない・・・

2008-09-07 | 日々の暮らし
2008年9月7日(日曜日)
イーチャン(名古屋に住む妹の愛称です)、あんたの勝ちや・・・
やっぱり、タミヨさんは、わたしの誕生日を
覚えとらんかったわ・・・

賭けに負けたわたしは、イーチャンにラーメンを
おごらなければなりません。

「きっと、タミヨさん、得意のちらし寿司つくって
 おかあさんのことまっとるわ」と娘・・・
いやぁ、わからんで・・・
イーチャンのときは、
1か月まちごて、ちらし寿司やったさけな。
きっと、わたしのことは覚えとらんかもしれん・・・

数日前、集中豪雨のニュースを見ながら
あんたが生まれた時は、ジェーン台風でたいへんやったと
タミヨさんみずから、話していたんです。
ヨッシャ! 
7日が楽しみじゃあ!
と心ひそかに、待ちわびていたのです・・・

べつに、ちらし寿司はなくとも、
今日はあんたの誕生日やったなぁ・・・の一言が聞きたかった・・・

グスン・・・

そういうわたしだって、タミヨさんの誕生日に
何かプレゼントしたわけでもないし、
やさしい言葉のひとつもかけたわけでもない・・・

いまのように、ちょっと冷めた関係のほうが
お互いの精神衛生上、ベストいや、ベターなのかもしれない。

先週、イーチャンから「アエラ」に
弘さんのことが載っていたよとメールがあり、
9月6日号をいそいで買ってきました。

母と娘の葛藤は、これからも続いていくのでしょう・・・

http://www.aera-net.jp/summary/080831_000267.html



【母をまだ捨てられない】

◆離れたい一心で結婚

東京都在住のミサトさん(49)は、
40歳前まで母をふりはらえなかった。

進路を決める高3の時、両親が勧めたのは、薬学部進学。
自分におぶさるつもりなんだと気がつき、卒業まで勉強しなかった。
母の希望で、しぶしぶ受けた名門女子大学のみに合格した。

母から離れたい一心で26歳で結婚。
しかし結婚生活は4年で破綻。
それを機に、実家とは音信を絶った。

その間も、母とのことを繰り返し自問した。

----母は勉強ができたから自分を可愛がっただけなのか。

答えはなかった。

◆呆けてくれて解放

絵本作家佐野洋子さん(70)は著書『シズコさん』で、
2年前に93歳で亡くなった母との日々を、
ユーモアを交えて淡々と綴った。

遊びに行くのも許されず、雑用をさせられた少女時代。
頑張って合格したのに、「受けるだけって云ったでしょ」と
突き放された中学受験。
自分のイラストが採用されたデパートのポスターを
喜んでもらおうと見せて、無視された社会人1年目。

でも捨てられなかった。

晩年、母は認知症になり、2人は「ごめんなさい」と言い合った。
そこで初めて解き放たれた気がした。

〈母さん、呆けてくれて、ありがとう。
 神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう〉

◆共に泣いてほしかった

東京近郊に住む主婦ナオコさん(41)は、
母に捨てられた感覚を引きずってきた。

「ママはあたしを本当は愛してないんじゃないか」

母は、1歳の娘を姑に託して海外留学に行く夫を追った。

爪を伸ばして女優のように着飾った母は、
セットした髪や顔に娘が触ることを許さなかった。

29歳で結婚した夫は、母性のようなおおらかさを持っていた。
自分の家族がほしいと思った。

今年、初めて妊娠したが、3月に9週で流産した。
病院に来た母は「元気出していこうよ」と場違いな明るさで励ました。

一緒に泣いてほしかったのに......。

◆自分の人生への後悔

40歳前後の女性たちの母は、戦前や戦中生まれだ。

自立できなかった。
夫を愛せなかった。
自分の人生への後悔が澱のように残っている。
「だから、あなたが」と、娘の人生に自分を投影させる。
逆に恵まれた時代に生きる娘に嫉妬する母もいる。

愛してくれているんだろう。
でも、お母さん、お願いだからもう放っておいて。

アラフォーの娘たちが、心の中で悲鳴を上げている。
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