人村です!

舞台と結婚したと公言する「人村朱美」が綴る舞台生活 毎週火曜日更新・・・したいなぁ

過去と未来

2017年06月20日 | 徒然
 この歳になると、過去ばかり振り返って懐かしみ集おうとする人達が多い。
 過去から学ぶという意味では大切だと思うが、今の自分こそが自分だし、今は次の瞬間、つまり連続した未来に繋がっている。

 否応なく誰もが、人類の歴史の一端を担っているのだ。

 “時間とは何か”という表題の記事を読んだ。
 「動く歩道を歩くことと、時間の流れを歩むことは同じ。つまり私達は時間にとっての過去を前に進むのである。」

 こんぐらがりそうになるが、歩く歩道のたとえはイメージし易い。

 記事の中ではこうも語られる。
 「時間は、現代においては常に金に換算される。時は金なり。ミヒャエル・エンデは
『モモ』(今から半世紀以上も前に刊行)というファンタジー小説の中で、時間泥棒を登場させている。」
 
 そう、私の大好きなこの作品は、時間こそが人生の宝であるからこそ、それに縛られてはいけない、と言う。

 今や時間から自由な人間は孤島にしか存在しないかも知れない。
 携帯も、原発も、非効率的で複雑なだけの役所も政治もない、孤島・・・。

 そういえば、そんな孤島の様な面白い街のことを、百年も前に与謝野晶子が詩に描いていたっけ。
 
 時間は過去へと向かって流れてくる。 
 だから、過去に学んで今に活かすことが必要なのだ。
 灰色の男たちの様な偽の政治家たちに、洗脳されてはならない。

 最後は私たち有権者に託されている。


    <この庭は私に託されている・・・あれ、ジャングル?!>






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進化する三喬師匠に習って

2017年06月13日 | 舞台
 先週は心地よい雨の中、庭の木々が鮮やかな緑に濡れて気持ち好く命を伸ばしていた。
 日々ジャングル化していた、ともいえる。

 先週末つるが落語の会定例会で笑福亭三喬を聴いた。
 前にも何度か聴いたが、毎回すごい勢いで進化していると感じる。
 実にうまい、とにかく面白い!

 間、テンポ、緩急、客いじり、何もかもが唸らせ、しかも嫌みがない。

 秋にはついに笑福亭鶴瓶師匠が、敦賀落語の会45周年記念公演で、きらめきみなと館にやってくる。
 久しぶりに師匠の落語を、しかも小さな小屋(会場)で聴けるのは勿論楽しみだが、三喬の落語の上手さも鳥肌モンだった。

 やっぱり落語は上方だよね~。
 汗みずくで動きまくったりして、噺の上手さだけではないピリッと命がけなところが実に魅力的なのだ。

 良いものを観た晩は酒が飲みたいはずだが、もう二週間以上も飲んでいない。
 これも凄い・・・ことないか・・・。

 実は5月末に突然高熱が出て4日間自宅で倒れていた。
 5日目から仕事を再開したり上京したりしてして今に至っている。
 二週間経って体調はそこそこ復調しているのだが、飲むと確実に熱が上がりそうだ。
 頭痛もひどくなって眠れなくなる気がする、だから手が出ない。

 素晴らしい自制心、ハハハ(泣)
 
 インフルでもなく白血球数も正常、肺炎の心配も無し、と名医に太鼓判を押して貰ったが、何だかモヤモヤ グダグダ・・・
 で、酒なし運動なしの生活でしのいできてしまったが、いい加減にケリを付けねばと、本日から運動は再開。

 芸能祭の稽古がまた一段階進んだこともあって、今夜は昨日に続いて熟睡できそうだ。
 たまに熟睡出来ることと玄米食が、今の私を支えている。

 それから!
 やる気を出すためもあって、むりくり本日iphone(アイフォン)デヴュー。
 なかなか手ごわくて根をあげそうだが、二週間で攻略するぞ!と気持ちを煽っている。

 三喬師匠みたいに私も進化するのだ!!
 
     
     <目にも鮮やかなラワン蕗>



 


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『故郷』

2017年06月07日 | 舞台

 文化座での方言指導の仕事を終え、昨夜最終で帰宅。
 新幹線から北陸本線に乗り換え、真っ暗な車窓の向こうに、静まり返る故郷敦賀を思った。
 今回の仕事、文化座の芝居の題も『故郷』だ。

 何処に住もうと、何処で逝こうと、心の中に堆積してきた哀しくも美しい人生の歴史は変わらない。
 産声を上げてのち故郷の風土に育まれた自分こそが、故郷そのものなのかも知れない。

 旅先で 新しい人々に出逢い 激しくあるいは緩やかに交感し合い また別れる。
 そんな時、体に染み込んだ故郷の匂いが、風土感覚が、感じ方の尺度になっている、と感じる。
 アァ~・・・と、自分の中の故郷の存在を認識する。

 良くも悪しくも故郷は“還る場所”なんだ と。

 何はともあれ、今回の大収穫は、佐々木愛さんとの出逢いだった。
 最終日の稽古直後、初めてお傍に坐らせて頂き、ファンになったきっかけを話すと、
早速 映画の最近作『いのちの森 高江』のDVDをプレゼントして下さった!

 彼女の正に自然体そのものの演技、後輩たちの自主稽古を厳しく演出する姿・・・
 観ているだけで喜びが体中を駆けた。
 久々に素晴らしい女優を観ている喜び。
 彼女のナレーションに衝撃を受けた時と同じだ。

 こんな風に、存在そのものが人を元気にしてしまう仕事人に憧れる。

 さあ、のんきに人を羨んでいる場合じゃない。
 夏の一人ライヴに向けて、実務が机上に満載だ(泣笑)
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敦賀の文化行政に

2017年05月30日 | 舞台
 月曜昼から高熱にうなされ丸二日間朦朧と寝て過ごした。
 今ようやく36度台に熱が下がり、まだボーっとしてはいるが一息ついて縦になった次第。

 さて私の文化論?である。
 仏大統領マクロン氏の就任演説の、次の二項に感銘を受けた。
 「文化と教育を政治の中心に据える」 「自由と人権の側に有り続ける」
 彼が今後どう変貌しようと、こんな演説者を選んだフランスは希望だ。

 辛い仕事を終えて帰宅する時、ふと心和ませるもの、それが文化だ。
 自分たちがどれだけその恩恵を受けて、今日を閉じて眠り、明日を生きる力を得ているかを認識するべきだ。 
 ある時はTVやラジオ、ある時は食事や酒、スィーツ、温かいお風呂、カラオケ、子供の寝顔、愛する人の笑顔・・・これら全ては文化だ、単なる事象ではない。
 美しいものを観て美しいと感じられる心を育むもの、それが文化なのだから。

 それは、自分以外のナニモノかと繋がろうとする飢餓感に通じる。
 美しい!と感じた瞬間に、幸せな気分になれるのもそのせいではないだろうか。

 地獄のような苦しみに沈む時、音楽や誰かの書いた言葉や心のこもった語りかけに救われたことはないだろうか。
 私はある。

 全ての事象には、社会科学的な因果関係(宗教とは関係ない)が存在する。
 あらゆる動植物の命の重さを認識し、長い歴史の中の通過点として在る自分の人生の必然と価値を認識する事がとても大事なのだ。

 それを育むのが情操教育であり文化だ。
 命の重さを知る人間に文化環境は欠かせない。

 だからあらゆる文化、それも上質な芸能芸術に触れて生きる事が、人には不可欠なのだ。

 文章の行間にあるものを想像し、絵の奥に秘められた想いを感知し、歌の中の歴史の重さを知って、豊饒な感性を身に着けてゆく・・・。
 上質な、心から癒しをもたらすものは、葛藤からしか生まれないから豊かなのだ。
 偏差値を重視する教育からは生まれないから、社会環境の中に文化は必要なのだ。

 子供だけでは環境を整えるのは無理だ、大人たちが率先して文化に親しむ環境を生きなければ。

 利己や拝金や効率主義より遥かに”生きる力”を与える物、それが文化だ。

 そういう豊かな人間がたくさん行政に当たれば、正しい効率性、堅実な税金の使い方は自然と生まれてくる。
 たとえ20年、30年かかろうとも、正しい方向へ舵を切る勇気が市民にも、政治家にも、役人たちにも求められている。

 尊敬する故・井上ひさし先生(日本を代表する社会派の戯曲作家)のことばがある。

 「五分後に死ぬと決まっているなら、今この瞬間になにをすればいいか。」
 「人間の脳の表面積は、新聞紙にたとえて一ページくらいなものだ。
しかし その新聞紙大のものが健康に働けば、この大宇宙を包んでしまう」


              <私たちはこんな美しい国に住んでいる>


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敦賀の文化行政 その一

2017年05月24日 | 舞台
 週末から急きょ上京して方言指導の仕事を何とかこなし、火曜夕方に帰敦。
 軽く夕飯を澄ませて文芸協会年次総会へ。

 其処で、信じられない行政の方針を聞いた全員が、切れた。

 簡単に言えば
 「来年度の予算はつけないと決定したので、後は続けるも辞めるも皆さんご自由に」
 ただし、
 「事業予算は付きますので、実行委員会へ直接お渡しする形で検討中です」

 要は
 「事務局費が勿体ないからその分の予算は付けない。今後の事は理事の方々もご勝手に」ということらしい。
 しかもこの期に及んで、
 「予算カット人員カット以外ハッキリ決まっていないので、今はそれ以外何も言えない」そうだ。

 何をやるにせよ、考え抜いた企画をするなら、もう間に合わない。
 芸術家の年間スケジュールを抑えるには一年前でも遅いくらいなのだ。

 平成21年から三年間、月5万の報酬で朝から深夜まで、初代事務局長として頑張ったあの労苦は何だったのか?
 その後の五年間、全くの無報酬で実行委員会を支え続けてきた私達理事の努力は何だったのか?

 私達は、市民が安いチケット代で本物の舞台芸術に触れられるよう、全くのボランティアで実行委員たちをサポートしてきたのだ。
 素人だった実行委員たちがようやく育ってきた今、私達のバックアップを外して、実行委員会と直でやります、とは・・・。

 第一、
 市が「大変だから助けてくれ」で始まった民営化ではないか。
 あくまで“敦賀市”文芸協会であって、私達は道楽でサポートしていたのではない、必死に肩代わりしてきたのだ!

 多忙の中ポスターやチラシを配り、血税を無駄にせぬよう一人でも多くの市民にご来場願わねばと
チケット売りを手伝ってきた我々に対して「後はお好きに」とは・・・

 任命責任を果たせ!
 せめて目の前に来て「ご苦労様でした!お疲れ様でした!!文芸協会は今年度をもって閉じさせて頂きます」
と言うくらいの礼節を知る者が一人もいないのか!!!

 それにしても、ようやくこの労苦から解放されるのは嬉しい、これも本音。
 バカバカしくって やってらんねーわ。


 
 
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残りの人生を

2017年05月17日 | 徒然
 季節通りにいつもの花たちが次々に道端を彩り、仏壇の花がカーネーションから野薔薇に代わった。

 思いがけず多忙な一週間を過ごす間に、しばし読書もブログも忘れていた。
 わずかな食後の休みに、借りていた本をようやく開き、その面白さに体内の何かが動き出した。

 深夜、前々から観たいと思っていた洋画『リスボンに誘われて』を観た。
 映画は語る、
 “自分のなりたかった人間には もはやなれないと悟った時、人は生き方を見失う”
 “残り少ない人生を長く感じ、鳥瞰(ちょうかん)図のように自分の越し方を眺めて、人生に失敗したと感じる。”
 しかし、“偶発的に起こる事は全て必然”
 “その必然に身を預ければ、新しい世界の光が新たな運命へと人を導くのだ、いとも易々と“

 レジスタント運動を背景にした、力強く美しい自己回帰の旅。
 それは過日観たインド映画『めぐり逢わせのお弁当』のテーマにも通じる。
 そして最近読んできた何冊かの本にも。
 
 気づかずにいるが、人生には「偶然という名の必然」が、沢山散りばめられているのだろう。

 残りの人生、私はその必然に、身を任せることが出来るだろうか・・・

 <まっすぐに見つめさえすれば、この世はあまりに美しい(Mr.時広から贈られた 伝言のような写真)>





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裏方仕事

2017年05月09日 | 舞台
 帰郷して以来、演出( 舞台の出来上がり方向を見定め、演者やスタッフを引っ張ってゆく役割 )や
舞台監督( セット制作を請け負い、本番終わりまで舞台がちゃんと回るように監督する役割 )など裏方を担ってきた。

 東京の劇団活動では、裏方仕事は新人にとって当たり前の修行だが、こちらでは修行ではなく
先頭に立たねばならないから「できません」は禁句。
 曲がりなりにもやってこられたのは長い下積み経験もあったが、私には楽しい作業だったからだろう。

 最近ではプロスタッフに教えを乞う事を覚え、だいぶ楽になった。
 しかし表に立つ機会が激減しているのは確かで、時々体がムズムズ・・・。

              
<信州から届いた春便り 一昨年はこの景色の中に私も居たっけ・・・>

 ところで、急にまた方言指導の仕事が決まった。
 この裏方仕事、奇(く)しくも文化座!の水上勉作品。
 四月のブログ「三寒四温」でも書いた素晴らしいナレーションの、あの佐々木愛さんが代表を務める歴史ある劇団からの依頼なのである。

 引き寄せたとしか思えない。
 彼女に逢えると思うと今からドキドキワクワクだ。

 これも昔から応援してくれてきた大先輩の声掛けが発端。
 時間のないなか必死でこなしたあの時の初仕事が今に繋がっている。

 望んでこそ縁は繋がり、もう動けないかと現状を直視したからこそ、動こう!という力が湧いてくる。




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心が体を支配する

2017年05月01日 | 徒然
 「大勢の人ごみの中でも友達と会話できるのは、自分が求めない情報が徐々に消去され、
求める情報のみがより鮮明になって大脳まで伝わってくるため」 だそうだ。

 したがって「自分が求めようとしない話の場合には、馬耳東風となる」 わけだ。

 すなわち「心ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず」 となる。

 合理主義哲学の祖であり、数学者でもあったフランス人デカルトは 「心が身体を動かす」 と言ったそうな。

 GWまっただ中。
 心を動かして仕事を、と思うのだが、求める情報に吸い寄せられて脇見ばかりしている。
 花、韓ドラ、小説、エトセトラ・・・。

 春ですねぇ・・・GWくらいゆっくり休もうよ。

    <和歌山電鉄貴志川線の名物駅長たまちゃん>


    <シャンとしまっしょ!>
 ハイ!腹筋一日150回は続行中。
 腰痛は徐々に徐々に軽減中。

 
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痛み VS リラックス

2017年04月24日 | 徒然
 腰痛が再発して寝返りも苦しい日があり、一週間前にTSという寝具を買った。

 横になった途端に「!」フィット感が全身を覆う。
 宣伝文句通りの“宙に浮くリラックス感”
 なんと膝裏まで寝具がヒタッと受け止めてくれている。

 この日から、何年も就寝時の必須アイテムだった膝枕が要らなくなった。
 就寝後のトイレ回数も2~5回だったのが0~2回に激減。

 無論数日で腰痛が劇的に改善するわけはないが、返品、交換までは60日の猶予がある。
 二ヶ月後の体調が今から楽しみだ。

 残るは膝痛。
 かれこれ15年・・・長い付き合いだ。
 右、左、膝頭と、繰り返して壊れてきたが、今は右膝が痛くて正座が無理。

 腹筋一日200回も、急に再開し過ぎて膝に負担がかかってしまった。
 で今週から半分に、ハハ情けない。

 膝の為にも、ストレスを貯めず、運動をして筋力をつけ、良い眠りで内臓を労わろう。
 体の傷みは全て内臓からの信号なのだから。(逆もまた真なり)

 温泉にも行かなきゃ!
 一年前に買った通し券がまだ5回分も残っていたので早速、空いていた木曜にチャリで行ってきた。

 ♪ 帰りは好い好い、往くのが怖い~。
 そう、わが町の温泉は山腹にある。
 上り坂で汗をかき、帰りは火照った体を風に身を任せ・・・たかったが、しょっちゅう切れるブレーキが心配で、冷や汗をかいた(笑)

 帰宅して飲んだビールもどきの美味だったコト!!
 
 <Mr.時広専属モデル青蓮(セイレン)さんのパフォーマンス>


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脳の活性化には運動しかない

2017年04月18日 | 舞台
 10か月ぶりに運動を再開。 
 昼と就寝前に、柔軟と計200回強の腹筋を四日前から続けている。
 脚部の筋力強化にも、膝を庇(かば)いつつ徐々に取り組んでいる。
 
 敦賀に帰ってきてから300回の腹筋運動だけは日課にしてきた。
 それを止めたのが10か月前。

 怠惰な10か月のお陰で、すっかり心が緩んでしまった。 
 20代に大学で学習した基本に立ち返るしかない。
  
 運動すると頭が冴えてくる。
 そうなのだ、動けば脳も心も活性化して冴える。
 
 今日はやる気が勢い余って庭木を伐採。
 明日も庭木の整理をやる。

 8月までは自分を緩ませない。
 ただし、時々はガス抜きしようね~。

 今日一日が楽しみだと思える内は頑張ろう。
 
   <札幌の義姉からの写真 なんだか元気をもらった>
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最高の季節

2017年04月11日 | 徒然
 明け方まで長時間吹き荒れた風で、我が家の桜が8割散った。
 よく頑張ったね、と何度も声をかけた。
 今も雨交じりの風が吹き荒んでいる。

 稽古や買い物で市内をチャリで走り回っていると、何処も満開の桜が美しくて最高だった。
 
        <西公民館の和室で観た鈴なりの桜>
 
 数時間して帰宅すると、我が家の桜が雄大な姿で迎えてくれた。
 家の桜は、他の吉野より色が濃い目で格別だ。
 
            <我が家の桜遠景・・・ホント遠い~>

 この季節に敦賀にじっくり居る事は稀なので、裏に近接する三軒のお家に、菓子折などもってご挨拶にまわった。
 桜は散花や落葉も大迷惑だが、根が強いのが恐ろしい。
 セメント床を持ち上げたり、地下の水道管に穴をあけたりするというから、お許しを願おうという魂胆。

 ところがどのお家も「小さい頃から長年鑑賞だけさせて頂いて、こちらが申し訳なく思っている。たとえ何かが起こっても文句を言う気などないですよ」と仰る。
 嬉しく有り難くて、晴々すると同時に心が温まった。

 昨日の月曜には目の前が真っ暗になる電話があった。
 一瞬、全てを放り出して世界一周リュックで放浪の旅へ!という絵が頭をかすめた程の衝撃。

 が、30分程の大混乱の末、最終的に責任者から有り難いお電話を頂き一件落着。
 「君を優先すべきだと判断したから心配しないで」

 思わず仏壇に手を合わせに走った。(という程の距離ではないが)
 昨日が三兄の月命日だったことを忘れていたバチか!?と一瞬思ったりしたからだ。
 なにしろ、先月の母の祥月命日、しかも17回忌を直前まで忘れていた不孝者だ。

 事なきを得て、他人事のように自分で自分を観察していたことに気付いた。
 パニクルと人間、頭の回転も速くなるし胆も据わるもんだな、などと・・・。

 美しすぎる桜の季節の毒気が逆作用したかのように、色々嬉しいことが重なった。
 そういえば夕べは、手作りのお彼岸弁当を久しぶりにお寺の友人から頂いたっけ。
 美味しかったな~ごちそう様。
 雲を強風が吹き払ったので、待宵月(まつよいづき・小望月こもちづき)も実に美しかった。

 春の、桜満開の最高の季節は終わった。
 冬へ逆戻りしたような寒気漂う家の中で、しかし着々と“次の季節”を感じている。

 この一年のすべてを、最高の季節にする。
 本日、満月。
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水温(ぬる)む

2017年04月05日 | 徒然
 二つの同窓会で懐かしい人々に逢い、後ろ髪ひかれる想いで帰郷して、二日が経った。
 早朝から、貯まっていた仕事を片付け、人に会い、あちこち電話し、
合間にやはり貯まっていた韓国ドラマを観、読書に勤(いそ)しんでいる。

 そしたらまたブログ更新を忘れていた。

 まさに水温む春の到来だ。
 この二日、灯油ストーヴは殆ど就寝前まで点けないで過ごせた。
 今夜からは湯たんぽも無しにしよう。

 庭の桜が開花。
 日々美しい花びらを増やしてくれている。
 
 桜は真下から仰ぎ見ると格別の美しさだ。
 この時期は月も中天に現れて、花との共演を楽しめる。
 満開時を心待ちにしている。
 
<上京時に新幹線の中から移した春霞に浮かぶ富士山>                                     <帰宅時に開花を確認したわが家の桜>

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三寒四温

2017年04月01日 | 東京
 あわただしく母の十七回忌を終えた明くる日、風邪か花粉症か判然としない体調のまま上京。
 最初は長兄宅に泊まるはずが兄のインフル感染で、急きょ友人宅へ。
 持つべきは友、快く「お帰りなさ~い」とご夫婦で歓待してくれた。

 南青山291での夏のライヴ打ち合わせを無事追え、会場近くのホテル予約まで万端済ませた。
 あとは中身だけ(冷汗)

 世田谷区立平和資料館の企画展へ足を延ばした。
 会期中に予定されている上澤氏による「太平洋戦争で海に沈んだ民間船と海員たち」の講演には来られないので、展示だけでもと思ったのだ。

 上澤氏とは昨年夏の敦賀人会で知り合った。
 戦死なさったお父様は満州丸の船長。
 商船だった満州丸は国に徴用され、その任務中に撃沈されたのだ。

 狭い会場でDVD上映が始まり、そのナレーションの素晴らしさに耳を奪われた。
 全く息が混じらず、底辺に深い慈しみの心を感じる。
 それでいて淡々と、しかも力強い。

 無謀としか言いようのない海戦の顛末、軍人ではない一般海員たちの犠牲の大きさに、怒りがこみ上げた。
 生き残った彼らは更に、戦後の4年間、この呆れるほど策無しの戦争のツケを払わされた。

 終わりのテロップでナレーターを確認した。
 私が唯一“所属”していると云える新劇俳優協会の新会長:佐々木愛(劇団文化座座長)さんだった。
 深く納得・・・今日が一段と好き日になった。

 夜、久しぶりに新宿紀伊国屋ホールで、松元ヒロさんの「ひとり立ち」公演を観た。
 籠池、安倍ら首脳陣の無能さを笑いで罵倒し、沖縄、原発、トランプ大統領まで網羅して喋りまくり、隣の中学生!も身をよじって笑っていた。
 ほんの少しだけ、違和感が残ったが、確実に松元ヒロだった事に満足した。

 本日東京は三寒二日目の真冬日。
 明日は懐かしい人たちとの再会が待っている。

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美しい…

2017年03月21日 | 徒然


 私にとって美しさは強さ
 
 明朗さ
 
 凛々しさとしなやかさ

 私にとって美しさは、憧れ

 胸を撃つ言葉

 そして
 私自身でなければならないもの

 
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未知への憧れ

2017年03月14日 | 徒然
 高校生たちの帰宅時間に福井から電車に乗った。
 マスクをし携帯や漫画本に見入る彼らは、皆同じように見える。
 髪型、 悪い顔色 、静かに澱みうす笑う眼は生気を感じさせない。

 細胞レベルの低下は否応なしに子供たちを襲っていると感じる。
 体の不健康さは人間を蝕む。
 ネットやTVの情報に踊らされず、代謝についての正しい知識を、まず大人たちが勉強するべきだろう。

 そんな想念にも読書にも疲れて目をあげる。
 電車の窓から見える山々の頂上に、立樹が連なっている。
 あそこは?あの尾根はいったいどうなっているの?
 巾があるのか、一本道になっているのか・・・別世界に思えて、歩きたい衝動に駆られる。

 電車の窓から山々を見る度に、いつもそれを思ってワクワクする。
 未知への、懐かしい憧れ。
 曖昧(あいまい)でハッキリ掴みきれないものへの、ゾワッとするような欲望。

 小さい頃は凡てがこの感覚に満ちていたっけ・・・。
 今の学生たちにもあるんだろうか、未知への憧れ。

 あるはずだ。
 私の世代では計り知れない未知が、彼らにもある。
 彼らには彼らの青春があり、怯えがあるはずだ。
 大人が、それを信じて見守らねばならない、利用するのではなく。
 
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