AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

膝OAでの関節包刺針

2021-12-31 | 膝痛

変形性膝関節症(膝OA)は、従来から針灸の適応症とされている。事実、整形での理学療法や神経ブロック療法と比べてもよく効くと思う。ただし高度な膝OAでは、針灸治療でもあまり症状軽減しない。やはり80歳以上になると多くなる重度の膝変形では、針灸による軟部組織を刺激対象とする方法では対処できない。針灸守備範囲外となる。そうなると整形外科での骨切り術や膝人工関節への手術が適応になるケースが出てくる。

針灸治療を実施するにあたり、変形性膝関節症という病名だけでは治療方針が定まってこない。以下に本症の進行に伴う症状悪化を示した。針灸が働きかけるのは膝関節負荷増大による筋々膜痛というあたりが主要ターゲットになることに異論はないが、筋刺激にはならない内膝眼・外膝眼への刺針、すなわち関節包刺針も有効となる場合が多く、その理由について考察する。

1.関節包の痛み



1)関節部での知覚神経はどこも均一に分布しているわけではない。骨は痛まないが骨膜は痛みを感じる。発生学的に関節部において骨膜は関節包に変化したこともあって、関節包も痛みを感じる組織である。関節包は腱筋につながっており、関節と連動して牽引・収縮される際に痛む。

2)関節包は外層の線維膜と内層の滑膜から構成される。線維膜は強靱で知覚神経が分布する。滑膜は血管に富み関節液(=滑液)を産生分泌する役割がある。この関節液は、関節の潤滑油および栄養液として機能している。なおヒアルロン酸も滑膜から分泌され、関節液の粘性を高めることで関節の滑りをよくしている。

 

 

3)関節裂隙への深刺が関節包刺激となる。針灸臨床で多用されるのは、内膝眼・外膝眼といった穴であろう。
膝蓋骨下縁で膝蓋腱の両側部は、大腿骨と脛骨の隙間で、内外の半月板や前十字靱帯が存在する部である。膝伸展位で、この部から直刺すると針は膝蓋下脂肪体→関節包(関節線維膜と関節滑膜)→関節腔と入る。その時、針先が線維膜を刺激すると処でもあることから、筆者は治癒機転が働くと考えている。

膝蓋下脂肪体が増殖し、隆起している者がある。これは膝関節を防衛するためのクッションを増やしている状態であり、この所見は膝関節が脆弱であることを示唆するものと考えている。

 

 

4)膝関節が腫脹したり軟骨が摩耗したりする頻度が長期におよぶと、膝の動きが悪くなり、膝のROMは狭くなり、かばうために筋の柔軟性が減少してくる。とくに筋の骨付着部に痛むようになる。膝関節周囲の関節包や関節周囲に付着している腱、筋肉の異常、傷害による問題は、痛みをたらすという意味で、重視すべきである。このたぐいの硬結圧痛は、膝蓋骨周囲の外縁、内外関節裂隙、鵞足部に出現しやすい。

 

2.立位での内膝眼・外膝眼刺針

膝痛の鍼灸治療は、普通は臥位で行うことが多い。しかし膝痛は臥位時ではなく、立位や歩行時に起きるのが普通であることから、反応点(≒筋硬結)を発見する体位は、臥位よりも立位が適切であることを十数年前に発見した。

ある膝OA患者で、仰臥位で圧痛点を探して刺針施灸を6回したが、思うような効果が現れなかった。そこでベッド上に立たせ、改めて膝関節周囲を触診してみると、これまで分からなかった圧痛点を多数見付けることができ、その都度単刺を行ってみる(片膝あたり計5~10カ所)と、治療直後に歩行時痛が軽減したのだった。膝OAは、「軟骨変形が病像の中心なので、治療効果をすぐに求める必要はなく、毎日施灸することで3週間程度経ってからゆっくり効いてくる」との思いが常識となっていただけに、このような体位で行う治療が即効的に効くことがあることに驚いたことが契機になった。

立位で内膝眼・外膝眼の反応点を探ると、仰臥位で探るよりも圧痛が発見しやすくなる。立位になった被験者はその姿勢を保つため、大腿四頭筋を緊張させることで膝蓋骨も挙上することが、両穴を探りやすくなるのだろう。四頭筋が緊張することで膝関節包も緊張する。緊張状態にある関節包を刺針することも効果を生む秘訣となるだろう。

 


母指CM関節症と母指内転筋症の針灸治療 

2021-12-29 | 上肢症状

元のブログタイトルは、「母指CM関節症には母指内転筋停止部の刺針」だったが、筆者は母指CM関節症と母指内転筋症を混同していたので、上記タイトルに変更するとともに、本文を大きく変更した。

1.母指CM関節症
 
1)局所解剖


母指は、末梢側からIP→MP→CMの3関節からなる。
CM関節とは、carpo-metacarpal  joint すなわち中手手根関節のことであるが、第一中手骨と関節するのは大菱形骨で、本関節は大菱形骨(鞍(くら))中手骨(人)がまたがっているような形状をしていることで母指の大きな関節可動性を可能にしている。母指球には多くの筋が停止するので、親指には大きな力を入れることができる。そうした中にあって母指CM関節症にとって臨床上重要となるのが、母指内転筋や母指対立筋である。


①母指内転筋


第2中手骨を起始とし、母指MP関節部に停止する筋で、母指を内転(示指側に近づける)作用がある。手の合谷部においては、手背側と手掌側の中心に位置する深部筋である。規定の合谷位置ではなく、第一中手骨際に寄った処になる。深刺して第一背側骨間筋を貫き、母指内転筋に入れる。

②母指対立筋

母指対立運動(母指頭と小指頭を接触させる動作)の際の、母指運動の筋肉の動き。
魚際(手掌部。第1中手骨中点の橈側、赤白肉際に取穴)が刺針点。
魚際の名称は、母指球を魚に例えた時、そのヘリに位置するところからきているという。魚際から直刺すると、短母指外転筋→母指対立筋→短母指屈筋→母指内転筋と、母指球構成4筋を刺針できる特異的な部位。母指球筋のオーバーユース時、魚際に圧痛硬結が出やすいことが理解できる。

 

 

 

 

2)母指CM関節症の病態生理
本症は変形性関節症の一種で、更年期以降の女性に多い。
靱帯弛緩 →関節滑膜の炎症・腫脹→軟骨摩耗 →関節包弛緩 →関節部の骨棘形成と亜脱臼 →母指基部が出っ張る 
 

3)母指CM関節症の症状
ビンのフタを回す、洗濯バサミや爪切りをはさむ、手をついて立ち上がる、といった動作で痛みが出やすい。
 

4)現代医学的治療
安静により痛みが改善する者も多い。手術が必要となる者は2~3割。リハでは母指内転筋ストレッチが重要。
 
5)針灸治療

母指CM関節症の、部分症状としての内転筋症や母指対立筋症にたいしては針灸が著効。詳細後述。


2.母指内転筋症
 
1)病態
母指CM関節停止部筋に緊張はあるが、変形や亜脱臼がほぼない状態。母指内転筋症との名前はマイナーだが、母指CM関節に変形や脱臼のない初期の母指CM関節症とみなすことができると思える。要するに軽度な母指CM関節症。

2)症状
母指内転動作を酷使する理容師や美容師や庭師が障害を受けやすい。負荷をかけた母指内転運動で、合谷(第1・第2中手骨底間)が痛む。
     

3)初めての母指内転筋症の経験と考察

合谷深部ないし魚際深部が痛むと訴える患者が、これまで何例も来院していた。私が鍼灸初心者だった頃、患者の訴える症状部である合谷、あるいは魚際に刺針したが、さっぱり改善せず苦労した。かなり後、それは母指CM関節症という疾患であることを知った。しかしCM関節にしてはCM関節の脱臼所見がないのが不思議だった。

ある時、またも同様の患者が来院した。通常の刺針では治せないことを自覚していた。合谷の浅い押圧では圧痛がなかったので明らかに表層筋ではない。となれば問題となる筋は、母指内転筋(=合谷)だろう。母指内転筋は、通常合谷から深刺しても当たるが、母指内転筋の停止部に当てるとなれば、第一中手骨際から深刺する必要があり、刺針した状態で母指を内転運動するよう指示。すると症状部に一致した再現痛が得られ、直後から症状も大幅に改善した。

なお書で調べると、CM関節症で障害を受けるのは母指内転筋であるが、母指対立筋のチェック(母指先を小指先に近づけ)、短母指屈筋のチェック(母指の掌側外転)も母指安定化に関わっているので、調べた方がよいと記されていた。

母指内転筋の停止は母指基節骨底内縁であり、母指内転筋付着部炎と判断した。結局、母指CM関節症といっても、痛み自体は筋付着部炎によることも多いことが予想され、針灸は有効と考えた。

後日、別の患者で、母指CM関節症が来院。高齢者で杖を持った状態で母指を捻ったとのこと。そのMP関節は変形していたのだが、上記合谷運動針を行うと、痛みは半減させることができた。

 

 

 

 

 

 

 


大久保適斎著『鍼治新書』<手術篇>の要点 ver.1.2

2021-12-20 | 経穴の意味

本書は明治25年発刊。明治44年5月25日第2版発行。昭和50年9月30日医道の日本社より復刻再版。

著者の大久保適斎は明治時代の西洋外科医で、群馬県医学校の初代校長、兼病院長の重責に任じられた。自らのノイローゼが鍼灸により軽快した体験から鍼灸に興味をもった。しかし良き指導者にめぐまれなかったため、現代解剖生理学に基盤をおく「自律神経手術」という針治法を独自に開発した。本書の価値は、明治中期の頃、西洋医の第一人者として活動していた者が、灸治療を現代医学的にどう理解ていたのかという点にあり、医史的価値をもつものである。

 

本著『鍼治新書』は、「解剖編」「治療編」「手術編」の3部作からなる。医道の日本社からは昭和四十~五十年代に「治療編」と「手術編」のみ復刻版が出ていたが現在では入手困難である。針灸治療法について書かれているのは「手術編」である。なお本著でいう<手術>とは外科手術のことではなく、解剖生理学的理論に基づく具体的な鍼の手法のことを指している。「解剖編」「治療編」とは異なり、知識・技術不足の者が手術編を読んだだけで安易にこの内容をマネして医療過誤を起こすことを恐れ、読み手を制限したという。

私は病院研修した昔、研修2年目仲間で「手術編」の抄読会をやったことがあった。しかし知識のない者同士が集まっても、疑問点の解決につながることはなく、あまり成果はあがらなかった。今回はさすがに40年間の知識や臨床経験があるので大丈夫(ただし技量と余命は等価交換)と思い、手術編の中で中核となっている刺針点について、その概要をまとめることにした。

なお本著の示す刺激点とほぼ一致すると思われる経穴名を付加した。また必要に応じて図を挿入した。    


1.刺針点の総説


大久保適斎の「治療編」には、簡明に鍼の治効作用が示されている。①神経の運動枝に作用した場合には、筋の痙攣を鎮め、麻痺(運動麻痺)を回復させる。②感覚神経枝に作用した場合には痛みを鎮め、痺れ(知覚鈍麻)を回復させる。③交感神経に作用した場合は内臓機能を調整する、としている。③の鍼灸刺激は交感神経を介して内臓機能に影響を及ぼすとする考えは、当時として先進的なものである。

刺針点を多く定める必要はない。「本」の治療が効果あれば、いちいち末梢を治療する必要はない。重要点となるのは以下の11点である。この中で内臓交感神経手術として用いるのは左右6点とする。
 
内臓交感神経刺激点:頸部交感神経点(3カ所)と腰部内臓点(3カ所)

体性神経刺激点:上肢部(3カ所)と下肢部(2カ所)


2.頸部交感神経点

後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは十分理解できる。
しかし本稿で詳しく書くことは省略したが、<同部から浅刺すると副交感神経に影響を与える>とする旨も記されているので、これは誤った指摘であろう。当時は副交感神経につて、よく分かっていなかったというべだろう。





1)頸部第1位点(上頚神経節点)(天柱)

①位置

乳様突起の尖端と下顎角との中間から、頸椎に向け、頸椎中央に至る水平線を引く。その中央より左右に開くことそれぞれ約一横指。すなわち項窩の一横指下の左右、椎体の左右の筋隆起の際を取穴する。

②刺針法
浅層手術:刺入5分~8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:刺入8分~1寸。椎骨動脈への刺入を避けるため、やや外方に向けて刺入する。

③意義

深層手術は、交感神経上頸神経節に刺激を与える。上頸神経節からは上心臓神経が、中頸神経節からは中心臓神経が、下頚神経節からは下心臓神経が、それぞれ心臓神経叢に入る。一方、迷走神経の枝である上頸心臓支と下頸心臓支に影響を伝播させる。

肺臓に対する深層手術は、上頸神経節の喉頭支迷走神経に影響を与える。

肺に対する浅層手術は副交感神経支配の僧帽筋枝であって、これは肺や気管に興奮または鎮圧作用を至らせる目的である。喘息および動悸の鎮静に用いる。 

2)第二位点(中頚神経節点)

①位置

第一位点と第三位点の中間。頸椎の左右で、第4第5頸椎横突起間とする。

②刺針法

浅層手術:6~7分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ときには2寸に達する。熟達した者以外、深層手術を慎むこと。③意義

③意義
深層手術の意義は、頸部交感神経中頸神経節に刺激を伝播させる目的。第一位点の補助。

3)第三位点(下頸神経節点または星状神経節点) (治喘穴または定喘)

①位置

頸椎第6第7あるいは、第7頸椎と第1胸椎間において、その上下横突起間とする。この探り方は、第7頸椎の棘突起の基準として、その左右に去ること横一横指の点である。ときとして第一胸椎と第二胸椎間に取穴することがある。

②刺針法

浅層手術:刺入6分ないし8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ないし2寸。

③意義

深層手術は、下頸神経節に刺激を伝播する目的で、最も心臓鼓舞の作用がある。時には呼吸催進術として行うべきである。呼吸催進作の効能は、交感神経枝から反射的に、上喉頭枝下喉頭枝を興奮させて、呼吸圧制作用を行なうことができることによる。
かつこの刺点は、痰分泌を減少させる効果はあるようだが、完全にその効を奏するまでには至らない。


 

 

2.腰部内臓点
 
腹部内臓手術の3種の治療点は、腰部交感神経枝を刺激するのが目的だが、針尖は敢えてその交感神経節に直達させる必要はない。脊髄神経の前枝に達すれば、その刺激を交通枝に伝えることで、その交感神経節に伝達させることができるためである。


1)腰部第一位点(三焦兪)


①位置

第1腰椎と第2腰椎の横突起間。患者を伏臥位にしせめ、季肋を探り、その下線より水平に腰椎棘突起に至るラインよりも、一椎体あるいは二椎体上がった処を取穴する。二椎体異常は、往々にして肋間神経痛を発することがあるので、避けるのがよい。そして腰椎棘突起を中心にとり、それよりも左右1横指ないし一横指半のところに刺点を定めるとよい。

②刺針

2寸ないし2寸5分。

③意義

太陽神経叢の分枝に刺激を伝播することで、胃・肝の機能および尿の分泌を調理する。また腸が機能亢進して生じた下痢を鎮静する。糞便の厚薄は腹の蠕動に関している。その機能亢進すれば腸内容物の通過が速まり、液体吸収の時間が少なければ、水分増加して下痢する。その他にも神経切断により、あるいは他の事情により、腸神経およびリンパ管麻痺しても下痢する。この場合、強直性刺激?(こわばったような刺激のこと?)を行うべきである。

2)腰部第二位点(大腸兪)

①位置

第4第5腰椎横突起間。腸骨稜を探り、腰椎に至る水平線を引き、その棘突起の一節上の棘突起の左右それぞれ一横指ないし一横指半。

②刺針

2寸~3寸刺入、非常時は4寸刺入。この時は基準点よりも外側に開く、針先を椎体の前面に向けて刺入する。

③意義

腹大動脈神経叢に対する刺激が目的がある。その細胞から幾多の分枝を生じ、筋層に位するマイスネル粘膜下神経叢、およびアウエルバッハ腸管粘膜神経叢、迷走神経の末梢端を刺激すれば、胃を運動させるとともに腸管もまた同一の運動を起こす。この運動は下腸間膜神経叢から来て、迷走神経と同一の運動を営む腸上部の運動は、この二位点の手術を要し、それ以下に至っては針先を下に向ける必要がある。この刺激は腸の疝痛を治する。針尖を少し下方に向けて刺入すれば、下腸間膜神経叢に刺激を与え、下行結腸、S状結腸および直腸の運動を進め、便通を促す。また下痢止めの方法としては持続性刺激法を行うのがよい。
                                                   
3)腰部第三位点(関元兪)

①位置

第5腰椎と仙骨外上部との間隙。

②刺針

2寸ないし4寸(第二位の刺入の要領で)刺入。刺入要領は、腰部第二位点と同様。
腸骨櫛を探り、腰椎に至り、その横突起と仙骨翼(仙骨上外方の張り出し部分)との間に刺針点を求めることは前例と同様である。もっとも、この点においては、第4腰椎と第5腰椎の棘状突起の間に通信を定め、それよりも左右に開いて刺針点を求めれば、鍼先はちょうど第5腰椎棘突起と仙骨翼との間隙に入れることができる。

③意義
下腹神経叢に対する目的で、膀胱・子宮に対する治療にある。その傍ら下腹の血行を調節する。その他に、この刺針点は下腸間膜神経叢の下部を補うところの上痔神経を刺激し、結腸下部お呼び直腸の運動に対しても奏功あるから、便秘にも効果がある。
 
子宮機能にも作用する。しかしながら、出産に臨んで、あるいは単に子宮収縮させる必要がある場合、肩井・合谷・三陰交に鍼してもよい。
子宮を運動せしめる要素は多数あるが、直接刺激と反射による刺激に大別される。直接刺激によるもの第一は下腹神経叢、第二は仙骨神経叢から発する勃起神経、第三は腰部仙骨部の脊髄である。

一方反射によるものは、坐骨神経叢と腕神経叢(腕神経叢の中心を刺激すべき)である。また乳房を刺激すれば子宮収縮を起こせるので、肩井は鍼先の方向を左右すれば、腕神経叢の中心に触れることができる。また三陰交も鍼先を左右に動かせば、坐骨神経の末端に触れることから、その収縮を起こすことができる。

 
この2点をすべての妊婦行うことを禁じた方がよいが、分娩時の胎児排出を助け、不規則の陣痛を取り除くことは、前述したように第3位点を必要とする、


すでに胎児発育中心のものは、正規の排出力に加えて排出作用を強力に増し、速やかに排出をさせ、産婦に不必要な努力、疲労を増加させることなく、かつ刺激自体のために、脱胎早産させることはないのので、信念をもって従事すべきである。

4)後仙骨孔刺針(上髎、次髎、中髎、下髎)

この部位は、体性神経としては陰部神経、副交感神経としては骨盤神経が支配している。交感神経としては下腹神経が支配しているのだが、下死腹神経は泌尿器科や婦人科の医師以外、あまり意識しないものだろう。こうした解剖学的特徴を無視して、交感神経手術部位として後仙骨孔刺針を行っている。

①位置

第1~第4後仙骨孔

②刺針

第1後仙骨孔は、やや上方に向けて刺入。第2~第3後仙骨孔は直入する。約2寸刺入。
巧みに刺針してその目的を達すれば、患者は大いに癒された感覚を感じる。

③適応

子宮その他の小骨盤の疾患

 

3.上肢の刺針

上肢では、次の3種類の刺針点がある。上肢の疾患は、頸神経叢に刺激を伝達させるので、頸部第三位点において手術を施すが、前腕および手部に症状のあるものは、上肢部三点の刺激を考えるのがよい。

1)橈骨点(手五里)
三角筋停止部と上腕骨外側上顆との中間。
 
2)尺骨点(青霊)
上腕骨内側上顆の上部4~5㎝のところで、尺骨神経溝中を探る。

3)正中点(曲沢)
上腕骨内側上顆の上部2㎝の上腕二頭筋内側頭中。刺入する時は、前腕を曲げ、肘関節を上腕に向けて去る、おおよそ1寸の処で、橈骨前面に針尖を向けて刺入すること1寸。
 
※副点として、前腕後面に針することがある。この方法は、前腕を曲て、その後面において尺骨鈎状突起と橈骨頭との中間において、肘を腕に向けて去ること1寸の処で、尺骨の橈骨側に1寸刺入する。(位置不明瞭)

 

 

4.下肢の刺針点

1)股骨点(陰廉または足五里) 
上前腸骨棘と恥骨縫合との中央やや外方に仮点をとる。そこから鼠径溝下、おおよそ2寸のところに刺点を定める。約1寸刺入で刺点内方に針体を傾ければ、刺針の際、皮膚に刺痛を感じる大腿神経を刺激する。

 

 2)坐骨点(各種ある環跳取穴の一つ)
坐骨結節と大転子の中間。およそ1寸刺入。この刺針点は、全枝に激痛を発するので、極めて頑固な神経痛または麻痺症でなければ、みだりに針しない方がよい。この点は、多くの場合、施術する必要がない。というのは股筋の疾患は腰椎第2第3位で、その刺点を通常の刺針のやや外方に行えば、その目的を達することができるからである。もし強いてこの坐骨点に刺針しようと思えば、(麻痺症においては於いて可)、中央部、大転子より膝窩にいたるところを三等分し、刺針すると、強度の疼痛を避けることができる。

 

 

3)下腿の副点

①足三里
足三里は深腓骨神経を刺激するとともに、脛骨動脈とも関係している。足三里の位置は、前脛骨筋と長指伸筋間で、長指伸筋に寄りに針するのがよい。

足背の知覚枝に刺激を与えようとすれば、同所で長指伸筋の外側(浅腓骨神経刺激 で代表穴として陽陵泉?)にその刺点を求めるべきである。

②三陰交
三陰交は後脛骨神経の下端および足底神経に刺激を与える。内果の一握上で長指屈筋お後側に刺点を定める。この点は、足底運動・知覚の疾患を主治とする。

 

5.その他の刺点

1)回気鍼 

①水溝

水溝すなわち人中の鍼。鼻中隔直下に刺針すること4~5分。鼻口蓋神経(三叉神経第Ⅱ枝の枝)を刺激できる。この刺点の刺激は、鼻口蓋神経から反射的に精神を還帰して、医薬のアンモニアを吸入させて鼻腔粘膜を刺激するのと同一原理になる。

②紫宮直側(左)・玉堂直側(左)

左第2肋間ないし第3肋間で胸骨左縁。胸骨後縁に向けて1寸5分刺針する。心臓自動性運動中枢に刺激を与える。この刺針は、最も潜心注意し、肺運動停止した後でなければ鍼してはならない。それに呼吸停止後3分以内でなければ、確実な効果を得ることはできない。(以下略)

2)膀胱鍼(曲骨)

恥骨縫合上点に、刺点を定め、鍼尖を下斜に向けて刺入すること1寸5分、時として2寸4分を要することもある。この目的は膀胱に達することを必要とするので、肥痩に従って考えるべきである。膀胱がに非常に畜尿膨張していれば、あえて下斜めに刺針する必要はない。恥骨上縁に接して刺入すれば、腹膜に触れないだけでなく、患者の疼痛を感ずることもわずかであるという利点がある。痙攣症に対しては、一鍼で奏功するので、奏功後はみだりに鍼してはならない。麻痺症に対しては、一日一回あるいは隔日に一回するのもよい。

3)横隔膜鍼

①頸部の点
横隔膜の筋に強直を起こすから、症状を確実に病態把握して施術すべきである。その位置は、胸鎖乳突筋の外縁に沿って斜線を引き、また環状軟骨下縁から水平線を引き、その二線の交わるところを縦径に該当する神経の経過するをもって、僧帽筋の外縁の同位において、この点は、頸動脈の損傷を恐れるから、その搏動を按じつつ動脈を避けるように努める。                                      

②腰部の点(胃兪)
腰椎第一位点(三焦兪)の一椎上で、その左右一横指去った部を刺点に定める。これは横隔膜脚刺激を目的とするもので、刺入2~2.5寸。この針は、時として肋間神経痛を喚起して呼吸運動を障害することがあるが、大概3~4日で治る。

③期門
季肋部で第9肋間の軟骨部。鍼すること8分。(本著では、この解剖学的部位を「章門」としているが、章門穴は、今日では第11肋骨尖端に定めている。)


4)歯痛鍼

①上歯痛(客主人)
外耳孔直下に刺点を定め、下顎枝に沿って、やや前方に鍼尖を進めること1寸ないし1寸5分。これは上歯槽神経に刺激を与える目的がある。

②下歯痛(頬車)

下顎角の尖端から斜めやや上方で、できるだけ下顎骨に沿って前進すること1寸。あるいは、下顎角から頬に一横指寄ったところから、頬骨内面に向かい、上に刺針すること5分。これは下歯槽神経に刺激を与える目的がある。


6.おわりに
 
本著は針灸医学史に載るほどの重要書籍だが、文体が明治調であること。専門的な文章で、かつ現代の医学とは異なる用語もあったりして、現代語訳は意外に時間を要した。以下、本著に対する註釈を記す。

①大久保適斎といえば、頸部交感神経節に影響を与えようとする鍼が有名である。後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは理解できたが、同部から浅刺すると副交感神経に影響を与えるとする意味は理解できなかった。

②上肢と下肢の刺針は、末梢神経に対するものなので、今日でも同様の方法は広く行われている。ただし、上肢3点、下肢2点とする刺針点の簡素化は大胆なものであろう。

③回気針の人中刺針は、清脳開竅法でも使用するものである。清脳開竅法では、脳血管障害による意識障害に使用する。神経走行的に考察しているのが興味深い。回気鍼の左肋骨部刺針は、心停止に対する応急処置である。医師ならではの内容だが、針灸でこうしたことも出来るのかと感心する。

④横隔膜鍼の「頸部の点」の位置は、この記載から不明瞭だったが、C3~C4前枝への刺針でパルスをかけると横隔膜がリズミカルに動くことはよくあることである。
横隔膜鍼の、腰部の点(胃兪)が横隔膜脚刺激になることは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」においても同様の記載がみられる。

⑤歯痛鍼の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容と類似しているが、「秘法一本鍼伝書」には局所解剖や治効理論の記載はない。

 

 

 


肥満の耳針治療(耳針その2)

2021-12-17 | 全身症状

耳のツボでやせる方法は、いまから50年以上前にわが国で流行した。中国の耳チャートを用い、両耳介の飢点・口・食道・嘖門を刺激するものだが、発表されたデータに信憑性がなく経営重視だったので、もうオワコン(廃れた内容)だと思っていた。この内容については、<効果のない耳ツボダイエットver.1.3>2021.8.19 付の当ブログで発表済なのだが、これが早合点だった。

向野義人氏が科学的方法論をもって長らく痩身耳鍼の研究を続けたことが発端となり、今日では研究施設や大学ベースで科学的分析による研究が続けられていることを最近になって知り、かつての私の思い込みは誤りであることが判明した。冷汗三斗である。中国のように、ある日突然耳針チャートを発表し、このチャートに従って針治療をすれば、<診た、やった、効いた>という論法では、科学的とはいえない。まあこれは頭鍼法、手指針法の方向性でも同じことがいえるだろう。
今日の研究はノジェの方向性を追求するもので、中国の耳針療法とは異なっている。

なおこの稿をまとめるにあたり、最も参考にしたのは次の記事であった。尾崎昭弘、向野義人 他「耳鍼に関するこれまでの研究展開 ここまでわかった鍼灸医学・基礎と臨床の交流」第55回 全日本鍼灸学術大会 全日本鍼灸学会誌2006年56巻5号。 


1.ポール・ノジェによる耳鍼法の誕生


ノジェがリヨンで開業していた時、複数の患者の対輪(or対耳輪)に瘢痕を見つけた。これは古くから地中海沿岸に伝わる座骨神経痛の民間療法として行われているもので、対耳輪を火箸で焼灼する瘢痕だった。ノジェがこの方法を追試してみると同様の効果が出た(1950年)。  このことから耳介の対輪は人体の脊柱に相当し、その上の方が尾骨部で、耳垂部が頭部に相当する。
座骨神経の治療点が対耳輪の上の方になると推察した。

 ノジェは耳介刺激の法則性を探っていたが、1953年、ついに胎児に類似した人体の投影が存在することを発見した。これは「人体投影仮説」と呼ばれている。人体投影仮説は発生学を基礎としていて、耳介が人体の発生の段階で、外・中・内胚葉3分化を始めた初期段階の人体区分の特徴を併せ持ち、耳介に胎児に類似した人体の投影が存在するという考え方。耳のような狭い器官に3胚葉を区分することは、何を示唆するものだろうか。
内臓の迷走神経反応は、基本的に内胚葉として耳甲介腔に出現するとした。耳介の外胚葉や中胚葉の臨床応用は不明。

 

上に示した中国の耳介チャートはノジェのものとよく似ているが、異なっている部分のある。最大の違いは、ノジェは心臓反射点を発生学的見地から中胚葉領域に定めているのだが、中国式耳介チャートは、解剖学的位置関係として、耳介肺区の中央(すなわち内胚葉領域)の位置に心臓をもってきているのである。後年、中国はこの矛盾に気づいたためか、心臓反射点を消しており、心臓反応点が描かれていないチャートも多くなった。


2.耳介刺激の治効機序


耳介迷走神経刺激 → 肥満遺伝子、白色細胞組織であるレプチン発現 → 摂食抑制・脂質代謝改善 → 体重減少       
 
以上の作用機序から痩身耳鍼の治効理由を説明している。体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンにレプチンがある。血中内にレプチンが入ると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。

 

耳鍼をすると、 塩に対する感受性が高まる者が多い。普段から塩味に鈍感な者は、塩の摂取量が多いので、水分貯留が起こっている。耳鍼をすると、塩分摂取が減ることで、利尿が起  こり、体重減少につながるという。
以前は、迷走神経支配内臓は、口鼻~咽喉~食道~胃とされていた。しかし最近、迷走神経枝は小腸や大腸まで伸びていることが判明した。
耳介肺区の皮内鍼によって、痙攣性便秘が改善すると向野義人が主張する根拠が見つかった。

耳介は身体から突き出た部位だる一方、帽子や衣服で覆われない場所なので、本来ならば凍傷になりやすい。しかしながら迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないような工夫がされている迷走神経の枝は主に内臓に広く分布しているがそれは身体の深層であって、針で選択的に刺激することはできないのだが、耳介は例外である。耳介は迷走神経耳介枝が分布していて直接刺激できる部位である。
緊張した時や恥かしい思いをした時など、耳介の血流が増えて赤くなり温度が高くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げる目的がある。

耳介鍼刺激のヒト体重に及ぼす検討では、約70%の健常者に有意な体重減少を認めた。軽度~中等度肥満者(BMI26-28)では、95%以上の被験者3~6週間にわたる両側耳介刺激で明らかな体重減少を示したという。
なお耳鍼に食欲減退の効果が示される中、現在までに禁煙・麻薬中毒に対する耳針効果のエビデンスは得られていない。
 

3.向野義人氏の耳鍼痩身の方法 
   
耳介迷走神経支配領域の片耳の肺区に2本皮内針を入れる。1週間後に針をはずし、他方の耳の肺区に皮内針を入れる。このように左右の耳介を交互に刺激する。自律神経は両側支配なので片側刺激だけで十分効果があるという。一側に置鍼している間、もう一側の耳介は休ませておく。この方法により長期に衛生的に管理できる。向野氏は、一連の研究により次の結論をも導き出した。

①食欲は減少するが、痩身耳針を謳うほどの効果はない。
②痙性便秘にも効果ある。この作用は耳介神門と肺区に同様の効果がある。

 

 

4.小林良英氏の方法(小林良英:耳針法 耳針法の近世の集成、日良自律11号 より)

小林良英医師は、ノジェの門下生であるM.H.チョー (アメリカ在住医師)との討論会で次のことを確認した。
耳輪脚に沿って、その尖端の下ったところに少しクボミがある。これを「0(ゼロ)点」と仮称する。他の一つは外耳孔の上部内側部に「M84口」というツボがある。この2カ所に置鍼する。
ゼロ点部は迷走神経の分岐の集まるところで、その部を刺激することによって迷走神経が抑制される。このゼロ点とM84口の2点に中国製の円皮鍼(日本のものと比べて太くで長い)が皮内針を用いて絆創膏でとめている。1週間に1回取り替える。


5.窪田丈氏の耳鍼痩身治療


 通称クボタ式耳鍼は中国耳介チャートの口~上部消化器に相当する部分に、片耳6本と飢点、渇点を加えた計8点(両側治療で計16点)に皮内鍼・円皮鍼刺激を置く。一回治療で左右両方の耳に施術する。週に1~2回鍼を交換する。
片耳の耳甲介腔を鍉針などで押圧し、圧痛点を探る。鍉針を擦るように探すと、反応穴部の皮膚が凹む部がある。凹む部を数点見つけ、ここに皮内鍼をする。片耳あたり3~4本刺入。

私はクボタ式の幹部格に相当する先生に、クボタ式痩身耳針の施術していただいた体験をした。一度に計16本の皮内針や円皮針を入れたので、治療してもらった感は十分だった。その晩、酒を飲みに出かけたが、すぐに顔がほてり飲酒量が減ったことを記憶している。

※最近私は、40℃くらいの湯で温めた鍼管で、耳甲介腔全体をこする刺激を始めてみた。ライターで針管を熱するようすると、適温に加熱するのが難しい。患者自身が自宅でもできること、1日何度も手軽にできること、感染の危険性がないことなどのメリットがある。この評価には、しばらく時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 


タナ障害の手技療法 ver.1.1

2021-12-17 | 膝痛

60歳女性で、片方の膝を曲げる度にバキンバキンと骨が折れるのではないかと思うほど大きな音がするとのことで来院した。タナ障害と診断したが、治す方針がたたず四頭筋をゆるめるような施術や四頭筋を鍛える運動法の指導をしたが、意外なことに3回治療2週間程度で自然に音がしなくなってしまった。以前に診たタナ障害は半年程度治療が必要だったので、これはうれしい誤算なのだが、反面残念でもあった。というのは、今度来院した時、試してみようと用意していた運動法があったからだ。今回、その運動法を紹介する。

1.タナ障害の概要


1)タナとは何か                                                                        


膝関節は発生途中でいくつかの滑膜による隔壁で分割されているが、生下時には単一の関節腔となる。この滑膜隔壁のなごりを滑膜ヒダ(=棚 タナ)といい、この障害をタナ障害(=滑膜ヒダ症候群)という。成人でも約半数の者の滑膜はヒダ状になっている。これがタナだが、押圧しても痛まない場合、治療の対象とならない。タナの存在自体は障害の原因にならない。

これまでタナ障害かもしれないと思った病態を何例か診てきたが、もうひとつ診断に確信がもてなかった。タナのイメージがつかめない。まあ,
が独学の悲しさ。そういった思いでいた時、何となく自分の右膝蓋骨の内下方縁の下方一横指の部の大腿骨関節面を指頭で圧をかけながら上下に動かしてみると、圧痛はないがグリグリとした可動性のある膜を触知できた。タナとはこのことなのかと思った。ただし圧痛はないので悪さはしていない模様。


2)病態生理と症状
   
軽微な外傷(打撲や捻挫など)や膝の過使用によるタナの慢性反復刺激により、滑膜ヒダが肥厚し、膝の曲げ伸ばしの際に関節の間に挟まったり摩擦されたりして炎症を起こすことがある。これが誘因となって、膝の屈伸でタナが膝蓋骨と大腿骨間に挟み込まれた時、バキッという音(必発)が生じる。痛みを伴う場合、「タナ障害」と診断される。確定診断は関節内視鏡による。

 

 


3)タナ障害の整形治療                                              

保存的治療が原則。鎮痛剤、温熱療法、大腿四頭筋のストレッチを指導(筋力増強を目的としてない)。これで改善しない例では関節鏡視下でのタナ切除術を検討するが、関節滑膜切除の外科手術に至るケースはまれ。


2.治療院でのタナ障害の運動療法

 
1)関学氏の運動療法

 

関学氏(柔整師)は、独自のタナ障害改善の運動療法 を考案した。
  
①立位、痛い側を前にして股を大きく前後に開く。

②患側の下腿と床は直角(上体は前へ行き過ぎない)。膝を軽く屈曲。健側の後足は踵を浮かす。この時、患側の大腿軸の延長上に膝蓋骨が位置するようにする。膝蓋骨が内旋(内側に寄る)しないように注意する。
③両手指を重ねて膝蓋骨の上を押さえ体重をかける。この時腰をやや低くし、上半身の重体重を乗せて前方に移動する。(膝を後に引かない!)
④後足を半歩前へ移動。再び③の動作を実施。③④の動作を1回として、計5回実施。
⑤直後からひっかかり感が軽くなることが多い。2週間は集中的に行わせる。
   
日常生活の中にも、こうした動作を組み込み、何回となく行うようにすること。

2)私の考察

 
この運動は四頭筋の筋力強化を目的とせず、膝蓋骨を足方向に強く圧迫することで、大腿四頭筋を伸張しているようであった。この筋が伸張すると、膝の曲げ伸ばしの際にも、膝蓋骨間に挟まったタナに加わる力が減少すると思えた。


このアイデアは、かつて代田文誌が昭和8年に発表したバネ指に対する運動療法に似ていると思った。以下は専門書で調べた内容。


屈曲した指関節を補助することなく自分で再伸展できるのであれば、鍼灸治療効果が期待できる。手関節掌側部の腱(深・浅指屈筋腱)
のところを、術者の母指で強く圧迫し、その状態で患者に指を全力で十回~数十回屈伸(グーパー)するよう命じる。
すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然に自力で屈伸できるようになる。

     
関学氏はこれと同じことを大腿四頭筋で実施しているのではないだろうか。膝蓋骨と大腿骨間に絞扼されたタナ部を、A1輪状靱帯で絞扼された腱腫瘤と同じような病態だと考えることにする。大腿四頭筋は強大な筋力をもっているので、両手で四頭筋の停止部を圧迫しつつ、同筋のストレッチをするのでなければ間に合わないのだろう。

3)小野寺文人氏の解釈

本ブログに対し、勉強会等でいつも協力していただいている小野寺文人氏から、コメントを頂戴した。専門書で調べた結果で、その通りだと思うので、以下に紹介する。
 「膝関節のトランスレーション・大腿四頭筋を含む前方組織の拘縮は、大腿骨を後方に変位させ半月板後節や滑膜に剪断力が加わる。後方組織の拘縮は大腿骨を前方に変位させ、半月板前節や膝蓋脂肪体に線弾力が加わる。つまり「オスグッドは膝への誤った体重負荷により、脛骨が前方にずれて膝関節の位置がずれてしまう結果」ではなく、「大腿四頭筋を含む前方組織の拘縮は大腿骨を後方に変位」することにより、脛骨が前方にずれているように錯覚するのではないでしょうか。要するに病態の中心となるのは、大腿四頭筋に問題があるといえるらしい。

ただし、実際の手技を行う場合、たとえ話として「脛骨を下に押し込む」というのは、妥当な表現だろう。


頭皮への熱刺激 施灸にかわるアイデア

2021-12-11 | やや特殊な針灸技術

頭皮に多数針刺激を行うには、針管を使わない短針の使用が効率的になるが、それを一歩進めて、文房具のだるま画鋲を使うことを思いついた。だるま画鋲は非常に廉価で、百均で買えば1個数円ですむ。なお当院ではだるま画鋲のことを「画鋲針」と呼ぶことにした。(普通の画鋲を机に置くと、針は横を向いたり上を向いたりさまざまである。だるま画鋲の場合、必ず針が横になるので、手指に刺さる危険は少なくなる。絶対に起き上がらない画鋲なのに、だるま画鋲と命名したのは面白い)


しかし灸はどうか。頭皮に施灸するには、頭髪をかき分けて地肌を一定面積露出させ、そこに艾炷を立て、線香で点火することになる。百会あたりに一カ所だけするだけならまだしも、何カ所も施灸するとなると非常に面倒である。そこで灸はあきらめ、刺針することが多くなるが、刺針では頭皮をアルコール綿花による滅菌も徹底しづらい。

手軽に頭皮に灸刺激をすることはできないものかと考えているとき、針灸研究会の岡本雅典氏が鍉針をライターの火であぶり、軽く叩くように頭皮を刺激する方法を紹介した。
それで鼻や目の周囲にも行ったりするらしい。岡本氏の使った鍉針は銅製で箸くらいの太さ(ちなみに3000円前後)なので、熱容量が大きい。熱が指に伝わりにくくしているせいか、樹脂製のチューブを巻いていた。熱容量が大きいことは、熱した温度を長い時間保てることを意味している。

良いことを耳にしたと思って、自分の治療室にある鍉針をライターの火であぶってみたが、細い金属でできてきているせいか、すぐに温度が下がってしまい実用にはならなかった。

そこで鍉針の代わりに寸6または2寸針用のステンレス針管(標準タイプ)の先を熱し、頭皮に一瞬接触させることを試してみた。あまり短い針管を使うと持つところまで熱くなることが心配だったがステンレスは熱伝導性が悪いので実用に耐えた。いろいろ試してみると、ライターで5秒ほど熱すると、頭皮を10回ほどトントンと叩くには丁度よいことがわかった。なおライターの代わりにカセットガストーチを使うとさらに効率的になる。

上写真は2寸針管をライターであぶっている。


針管を押しつける時間が長いと、頭皮にじんわりと熱さが染みこむ感じだった。熱く感じすぎるようなら、針管先を頭皮に接触してすぐに滑らすようにするとよい。
やってみると、なんのことはない。イトオテルミーのようなものだと思った。

 


オスグッド病の針灸治療 ver2.0

2021-12-05 | 膝痛

1.オスグッド病とは

1)病態

成長期(10~15才頃)の運動ストレスが膝蓋腱付着部の脛骨粗面部に集中し、膝蓋腱が脛骨粗面部の脛骨靱帯を引っ張る。すると脛骨結節が徐々に隆起して痛みや熱感をもつようになる。骨軟骨炎。中高生の多くみられる。かつては「成長痛」(骨が成長してるから痛む)とされてきたが、現在では否定されている。

 

 
2)症状

歩行やジャンプ、階段昇降など膝の曲げ伸ばしの際、脛骨粗面が痛む。ランニングが困難。
ひどい場合、立位で膝関節が痛み出現するので屈曲不十分となる。

3)理学テスト

膝がどのくらい曲げることができるのか。痛みが出る動き(屈伸運動など) 角度の計測。脛骨粗面の隆起、熱感。ピンポイントの強い圧痛
 
4)整形での治療

2~3ヶ月、過度の運動を禁止。疼痛が軽減しないときには膝蓋骨部をくりぬいたサポーター装着。ジャンパー膝で用いる膝バンド(膝蓋腱の位置でのバンド固定)も有効。

 

2.オスグッド病の局所治療
     
筋腱付着部症 enthesopathy と捉え、膝蓋靱帯と脛骨粗面の両側の接点に対し直角方向に斜刺する。

※当院に来院していた少年サッカーのコーチは、圧痛ある脛骨粗面を、ジャンボローラー(大型ローラー針)で強く何度も転がすと痛みが減ると言っていた。

 

3.運動学的方法による大腿四頭筋緊張緩和手技

純に大腿四頭筋をストレッチさせるには次のような方法をとればよいが、神経学的方法を使った方が効率的である。


 
1)Ⅰb抑制手技

 Ⅰb抑制とは、筋緊張を緩めるため、その筋末端にある腱を刺激するという運動学的理論をいう。 
大腿四頭筋が十分に伸張できる状態ならば、仰臥位で膝屈曲にしても脛骨粗面の膝蓋靱帯停止部は痛まない。痛むのは四頭筋が緊張し縮まっているからで、この是正にはⅠb抑制手技が効果的である。そのため汎用性の高い方法としては、仰臥位膝屈曲にして、膝蓋骨上縁にある大腿四頭筋停止部に刺針することである。

しかしオスグッド病は膝蓋靱帯の脛骨粗面停止部に力学的ストレスが強く作用しているから、仰臥位膝屈曲位で四頭筋を十分伸張させた状態にして、膝蓋靱帯部に刺針するとよいが、
オスグッド病の局所は非常に痛みに敏感になっているので、局所に触れることなく、下記の手技により膝蓋靱帯を伸張させることがよいだろう。
   
エジリカイロプラクティックさかえ鍼灸院でのオスグッド病の新しい治療理論によれば、オスグッドは膝への誤った体重負荷により、脛骨が前方にずれて膝関節の位置がずれてしまう結果であって、治療は狭くなった関節を広げてスペースを作ってやると…前方に飛び出していた脛骨が戻ってくる。大腿骨が正常な位置で脛骨の上に乗っていれば、 痛みを出すことはないという。この理論は独自性が高いものだが、結果的せよ膝蓋靱帯を上手にストレッチしているテクニックといえると思う、

  
①膝蓋靱帯をゆるめるため、
座位で膝をたてる。膝蓋腱の両側を左右の母指で外から押圧。と同時に、膝を伸ばす。
②そしてまた90度曲げる。この運動を5回繰り返す。 直後に起立して、膝を屈曲すると、かなり楽になったことを感ずる。これは四頭筋と膝蓋腱がゆるんだため。
③1回に2~3セット行う。この運動を、プレーする前後、朝起きてすぐなど、1日数回繰り返す。

 

2)Ⅰa抑制手技
 
Ⅰa抑制とは筋緊張を緩めるには、拮抗筋を人為的に緊張させれるという運動学的理論をいう。    
膝蓋靱帯の牽引力増大は、大腿四頭筋の収縮の結果なので、大腿四頭筋緊張を緩める必要がある。過収縮した大腿四頭筋緊張を緩めるには、拮抗筋であるハムストリング筋の緊張を亢進させればよい。これはⅠa抑制になる。

   
①仰臥位で患側の下肢を伸展挙上させる(SLRの手技)

②術者の肩甲上部で被験者の下腿をかつぎ、その角度を保持する(10秒間)。
③患者の下腿で術者の肩を持続的に押すよう指示(6秒間)し、その後脱力させる(30秒間)。これは「動きの無い」等尺性収縮である。
④.再びを下肢を挙上させてみると、先ほどより伸展挙上ができるようになっている。すなわちハムストリングが緩んでいることを確認できる。、
⑤その時点で、再びできるだけ下肢伸展挙上をさせ、上の②以下の動作を繰り返し再教育する。これを3~5セット繰り返す。