膝痛で来院する患者に対して、「腰からくる」とかいう治療家がおり、妙に患者も納得してしまうのは驚きである。膝は膝できちんと診療すべきである。少数でああるが「腰からくる」ものも確かにあるが、それは病態生理学的に、どのように説明すべきだろうか。
1.鼠径部付近の局所解剖と経穴
大腿基部内側で、縫工筋、長内転筋の内側縁、鼠径靱帯で囲まれた部を、スカルパ三角(大腿三角)とよぶ。鼠径靱帯上で、スカルパ三角部の中央付近を、大腿動脈・大腿静脈が縦走(=衝門穴)し、その外方を大腿神経が縦走している。
またこの深層に腸腰筋(大腰筋・小腰筋・腸骨筋)がある。
長内転筋は、パトリックテストの肢位をすると、隆起するので、摘むことが容易である。
長内転筋の外縁には、足五里、陰廉といった経穴が存在している。
長内転筋の内側には、薄筋・半膜様筋・半腱様筋といった大腿の内転筋群が存在する。
2.大腿~鼠径部の診かた
1)大腿直筋起始部にある髀関
大腿を屈曲させるのは、大腿直筋と腸腰筋の共同作用である。
大腿四頭筋は、4筋とも膝関節伸展作用はあるが、股関節屈曲作用があるのは大腿直筋のみである。具体的には大腿直筋が収縮すると、脛骨粗面(犢鼻)と腸骨の下前腸骨棘(髀関)を近づけるように作用する。
一方腸腰筋が収縮すると、大腿骨小転子と腰椎を近づけるように作用する。なお内側広筋・外側広筋・中間広筋は、大腿屈曲作用はない。
下前腸骨棘部にある髀関に圧痛あれば、大腿直筋の緊張を考える。
2)大腿直筋と腸腰筋の関係
大腿直筋は大腿屈筋なので、本筋の緊張は同じ大腿屈筋である腸腰筋の緊張がることを予測させる。腸腰筋の圧痛の有無は、スカルパ三角部を深く押圧して調べる。
3)大腿前面の膝蓋骨付近にある筋の圧痛
四頭筋のトリガーは、このあたりに集中している。この部に圧痛あれば、原疾患として膝関節症とくに大腿膝蓋関節症を考える。
4)大腿内側の恥骨付近にある筋の圧痛
大腿内転筋群のトリガーは、このあたりに集中している。この部に圧痛あれば、原疾患として膝関節症とくに鵞足炎を考える。
強く開脚すると、大腿内転筋群の一つである長内転筋が隆起する。本筋の外側縁に足五里や陰廉がある。
5)大腿外側筋の圧痛
大腿外側部にある大腿筋膜張筋、外側広筋、腸脛靱帯などに圧痛があれば、大腿外転筋の緊張を考える。この場合、同じ大腿外転筋である殿部の中殿筋の緊張を調べる必要があり、中殿筋の圧痛がれば、股関節症の可能性を疑ってみる。
6)スカルパ三角の診察
スカルパ三角部を深く押圧した際、骨の存在が感じられない場合を「スカルパ三角の空虚」といい、先天性股関節脱臼の所見として知られている。
股関節症では、中殿筋部にある大転子周囲の圧痛と並び、スカルパ三角部に圧痛が診られることが多い。
7)大腿動脈、大腿神経、大腿外側皮神経の診察
鼠径溝にほぼ一致した鼠径靱帯は、上前腸骨棘と恥骨結合を結んでいる。鼠径靱帯のほぼ中央に大腿動脈の拍動を触知する部があり、ここに衝門をとる。衝門の拍動減弱時には、下肢閉塞性動脈硬化症を考える。
大腿神経は、大腿動脈の外方で、鼠径靱帯の外1/3ほどの処を縦走している(正穴なし)。
この部での圧痛は、大腿神経絞扼障害(大腿前面の皮膚知覚過敏や四頭筋、恥骨筋、縫工筋の緊張)を考える。
鼠径靱帯の上前腸骨縁には大腿外側皮神経があり、ここに居りょう穴をとる。居りょう穴は、大腿外側皮神経痛(大腿外側の皮膚痛)の神経絞扼ポイントになる。