AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

鼠径部~大腿部の診察ポイント--膝痛と腰痛の関連性

2011-08-30 | 下肢症状

膝痛で来院する患者に対して、「腰からくる」とかいう治療家がおり、妙に患者も納得してしまうのは驚きである。膝は膝できちんと診療すべきである。少数でああるが「腰からくる」ものも確かにあるが、それは病態生理学的に、どのように説明すべきだろうか。

1.鼠径部付近の局所解剖と経穴
大腿基部内側で、縫工筋、長内転筋の内側縁、鼠径靱帯で囲まれた部を、スカルパ三角(大腿三角)とよぶ。鼠径靱帯上で、スカルパ三角部の中央付近を、大腿動脈・大腿静脈が縦走(=衝門穴)し、その外方を大腿神経が縦走している。
またこの深層に腸腰筋(大腰筋・小腰筋・腸骨筋)がある。

 長内転筋は、パトリックテストの肢位をすると、隆起するので、摘むことが容易である。
長内転筋の外縁には、足五里、陰廉といった経穴が存在している。
長内転筋の内側には、薄筋・半膜様筋・半腱様筋といった大腿の内転筋群が存在する。

 2.大腿~鼠径部の診かた
1)大腿直筋起始部にある髀関  
大腿を屈曲させるのは、大腿直筋と腸腰筋の共同作用である。
大腿四頭筋は、4筋とも膝関節伸展作用はあるが、股関節屈曲作用があるのは大腿直筋のみである。具体的には大腿直筋が収縮すると、脛骨粗面(犢鼻)と腸骨の下前腸骨棘(髀関)を近づけるように作用する。
一方腸腰筋が収縮すると、大腿骨小転子と腰椎を近づけるように作用する。なお内側広筋・外側広筋・中間広筋は、大腿屈曲作用はない。
下前腸骨棘部にある髀関に圧痛あれば、大腿直筋の緊張を考える。

2)大腿直筋と腸腰筋の関係
大腿直筋は大腿屈筋なので、本筋の緊張は同じ大腿屈筋である腸腰筋の緊張がることを予測させる。腸腰筋の圧痛の有無は、スカルパ三角部を深く押圧して調べる。

3)大腿前面の膝蓋骨付近にある筋の圧痛
四頭筋のトリガーは、このあたりに集中している。この部に圧痛あれば、原疾患として膝関節症とくに大腿膝蓋関節症を考える。

4)大腿内側の恥骨付近にある筋の圧痛
大腿内転筋群のトリガーは、このあたりに集中している。この部に圧痛あれば、原疾患として膝関節症とくに鵞足炎を考える。
強く開脚すると、大腿内転筋群の一つである長内転筋が隆起する。本筋の外側縁に足五里や陰廉がある。

5)大腿外側筋の圧痛
大腿外側部にある大腿筋膜張筋、外側広筋、腸脛靱帯などに圧痛があれば、大腿外転筋の緊張を考える。この場合、同じ大腿外転筋である殿部の中殿筋の緊張を調べる必要があり、中殿筋の圧痛がれば、股関節症の可能性を疑ってみる。 

6)スカルパ三角の診察
スカルパ三角部を深く押圧した際、骨の存在が感じられない場合を「スカルパ三角の空虚」といい、先天性股関節脱臼の所見として知られている。
股関節症では、中殿筋部にある大転子周囲の圧痛と並び、スカルパ三角部に圧痛が診られることが多い。
7)大腿動脈、大腿神経、大腿外側皮神経の診察
鼠径溝にほぼ一致した鼠径靱帯は、上前腸骨棘と恥骨結合を結んでいる。鼠径靱帯のほぼ中央に大腿動脈の拍動を触知する部があり、ここに衝門をとる。衝門の拍動減弱時には、下肢閉塞性動脈硬化症を考える。
大腿神経は、大腿動脈の外方で、鼠径靱帯の外1/3ほどの処を縦走している(正穴なし)。
この部での圧痛は、大腿神経絞扼障害(大腿前面の皮膚知覚過敏や四頭筋、恥骨筋、縫工筋の緊張)を考える。
鼠径靱帯の上前腸骨縁には大腿外側皮神経があり、ここに居りょう穴をとる。居りょう穴は、大腿外側皮神経痛(大腿外側の皮膚痛)の神経絞扼ポイントになる。

 


眼瞼下垂に対する針灸治療の検討

2011-08-23 | 眼科症状

1.眼瞼下垂をおこす疾患 
 内科的には、動眼神経麻痺、ホルネル症候群、重症筋無力症が主要疾患となる。眼科的には腱膜性眼瞼下垂症が主要疾患となる。



1)動眼神経麻痺
上眼瞼挙筋(動眼神経支配)の麻痺により、一側の眼瞼下垂が起こる。同時に、毛様体筋(動眼神経支配)麻痺により散瞳になる。     

2)ホルネル症候 
眼に対する交感神経支配の消失状態。相対的に頸部交感神経機能亢進により縮瞳になる。また、交感神経は上瞼板筋を支配するので、交感神経支配が弱くなれば眼瞼下垂になる。ホルネル症候の3第徴候は、縮瞳・眼球後退・眼裂狭小で、軽度の眼瞼下垂も出現する。 
ホルネル症候群は、眼の交感神経機能低下や星状神経ブロック時に出現する。星状神経節ブロックは、バレリュー症候群時の頸部交感神経刺激症状の改善目的や、顔面神経麻痺時の頭蓋内血流改善目的で実施される。

3)重症筋無力症
全身骨格筋の筋力低下。とくに両側性に眼瞼下垂が起こる。瞳孔は正常。

4)腱膜性眼瞼下垂症
腱膜性眼瞼下垂症は、片側性で、瞳孔大は正常である。視力自体は正常。
眼瞼挙筋の下端は腱膜を介して瞼板に付着する。すなわち、眼瞼挙筋は腱膜を介して瞼板を持ち上げることで、上眼瞼が上がる。後天性腱膜性眼瞼下垂症の大部分は、眼瞼挙筋と瞼板の接合部が剥がれた状態になる。剥がれる原因としては、常にまぶたを擦る習癖、コンタクトレンズの常用、事故、老化などがあげられる。腱膜性眼瞼下垂症は程度の差はあれ、多くの老人で起こるので老人性眼瞼下垂症とも呼ばれている。
先天性の腱膜性眼瞼下垂症は、眼瞼挙筋が線維化し、収縮力が弱くなることが原因である。   
症状としては、まぶたが重い、夕方になるとまぶたが開かない。眼瞼挙筋を余計に収縮させているために目の奥が痛い。歯を食いしばってまぶたを開けているので咀嚼筋の疲れ、痛み、歯が浮く、顎関節の症状がおこる。眼瞼挙筋が働かないので、ミューラー筋の収縮を強いられるようになるので、頭顔面部の交感神経緊張状態にもなる。



2.上眼瞼の解剖と機能 

上眼瞼は表層から順に、皮膚、眼輪筋、眼瞼挙筋、ミュラー筋、眼瞼結膜という層構造をとる。上眼瞼の開閉には次の筋が作用する。
1)開眼作用
眼瞼挙筋:動眼神経支配。意志により開眼させる。動眼神経麻痺では上眼瞼挙筋麻痺が生じ、瞼が閉じない。
ミュラー筋:交感神経支配。驚愕や興奮時、意思とは無関係に少し目を見開く。

2)閉鎖眼作用:
眼輪筋:顔面神経支配。意志により閉眼させる。 顔面麻痺では眼輪筋麻痺となり、瞼が開かない(兎眼)。
※要するに、顔面麻痺では完全には閉眼できず、動眼神経麻痺では完全には開眼できない。

3.眼瞼下垂の針灸治療
1)腱膜性眼瞼下垂は、上眼瞼挙筋が瞼板から剥離している状態なので、針灸適応とはいえない。しかし加齢性などで上眼瞼挙筋の伸張により眼瞼下垂を生ずることはあり、鍼灸院環境では両者の鑑別は難しい。したがって腱膜性眼瞼下垂を疑う症例であっても、鍼灸が奏功する場合がある。

2)粕谷大智先生が顔面神経支配である眼輪筋刺激を目的として、上眼瞼縁部への2㎜程度の浅刺(皮内針でもよい)をすること報告した。眼輪筋と上眼挙筋は拮抗筋の関係なので、上眼挙筋を緊張させるには、輪筋筋緊張を弛めるのがよいと考えた訳である。上眼挙筋は眼瞼の深部にあり、また上眼窩内にあるので、直接刺激することはためらいがある。
私の所属する「玉川現代針灸研究会」にて、紺野康代先生は、老人性陳久性の片側性眼瞼下垂症に対し、この治療法を2~3ヶ月追試し、ほぼ正常にまで回復した症例を報告した。

3)頭部外傷後遺症による片側性耳鳴りを訴える例に対し、鍼灸をおこなうと2回治療で非常に効果あったのだが、この患者は、患側に眼瞼下垂があった(頭部外傷受傷前には存在しなかった)。バレリュー症候群のたぐかと考え、星状神経節刺を行うも眼瞼下垂状態に変化はなく、眼瞼縁への多数浅刺を行っても変化なく、上眼瞼挙筋刺激を目的として上眼窩内刺を行っても変化なかった。
主訴である耳鳴りが改善したから治療成功例だが、眼瞼下垂には無効だった。結局本症は、ホルネル症候群だったのかもしれない。ホルネル症候群には有効な治療があまりない。

4)ある常連患者の不定愁訴症候群で、本日は左瞼が開きにくいという訴えをがあった(外見上に左右差はなかった)ので、眼瞼縁に多数浅刺したところ、だいぶ改善したが、眼窩上縁部を指さし、このあたりが動かないと訴えたので、その上眼窩内刺針点部に1㎝ほど単刺をすると、良くなったとの返答を得た。これは軽度の上眼瞼挙筋の伸張症だったのだろう。

5)普段は眼瞼下垂を呈していても、本人の好きなテレビをみている時や、趣味に没頭してる時など、交感神経緊張状態でミュラー筋が緊張した結果、眼瞼下垂が一時的に改善されている場合がある。この時の治療は、ワゴトニー(副交感神経緊張状態)体質を是正する目的で、気管支喘息の治療と同様に考え、上背部督脈に施灸すればよい。(単に一過性に改善させるだけならば、身体のどこにでも響かすような鍼をすれば済む)。

 


耳鳴りの針灸治療改訂版 その1

2011-08-14 | 耳鼻咽喉科症状

1.耳鳴りの鍼灸治療を、もう一度考え直す
耳鳴治療の針灸治療については、以前にも本ブログに書いたことがある。治せない耳鳴症例を重ねるにつれ、当初の期待感は次第に薄れていった。下耳痕は刺針は一つの方法であるが、それは微力であって、新たな方法を模索せざるをえなくなった。もう一度考えてようと思い、当院ホームページ上で、「耳鳴りの針灸治療」を広告して患者を集めることにした。自分で症例を集めて検討しないと結局は拉致があかないからである。その結果、この半年間に約10名の患者の治療をする機会を得た。以下の問診票を作成し、初回治療前に、記入してもらうことにした。

2.耳鳴り問診票
               記入日:平成   年    月    日
お名前:                         ( 男 女 )     才
ご住所:                    電話番号:
①耳鼻科医の診療を受けましたか。( はい  いいえ )
②耳鼻科医の診断名はなんですか。
  突発性難聴 メニエール病 頸椎症 高血圧 自律神経失調症 更年期障害
  聴神経腫瘍 慢性中耳炎 顎関節症 その他(        )
③耳鳴りについて、これまで、どのような治療をうけましたか。
  内服薬 高圧酸素療法 通気   星状神経節ブロック その他(        )
③耳鳴りに気づいたのはいつですか。
    年   月    日    (約    年前)
④耳鳴りのきっかけになったものはありますか。
   他の病気  大きい音  難聴   めまい   自然に   突然に
⑤耳鳴りはどこからしますか
   右耳  左耳   両耳   頭の中
⑥どんな音のの耳鳴りがしますか
  ブーン   ゴー   カチカチ   ポー   シュー   リーン  
  ドキドキ  ヒュー   ピー   ジー    その他(        )
⑦耳鳴りの音の大きさはどのくらいですか。
  非常に大きい  気になる程度   わずか   なし
⑧耳鳴りが生活のさまたげになっていますか。
  なにもできないくらいひどい   少しさまたげになる 
  生活のさまたげにはなるが必要なことはできる  生活のさまたげにはならない
⑨耳鳴り以外の症状はありますか。
  難聴  めまい  不眠  頭痛  首肩のコリや痛み  顎関節痛  
  歯科(虫歯 歯の矯正) 不眠  高血圧  神経症  自律神経失調症 
    腰背痛  下肢痛  膝痛 

3.耳鳴り針灸治療で効果に乏しいもの 

1)耳鼻科医の診断で、慢性中耳炎、突発性難聴、などのきちんとした病名がつき、症状もその診断に合致した者の耳鳴りは、ほとんど針灸無効である。要するに内耳の有毛細胞にダメージを受けた者は、針灸しても再生は困難である。

2)慢性メニエール病は、二次的に生じたであろう頸肩部のコリを針で緩めることで、耳鳴・難聴・めまい症状は軽減できる。この状態を保つには週1~2回の継続治療を必要とする。治せるわけではないが、自覚症状を良い状態に維持できる。
頸肩のコリがない場合、治療目標がなく、治療効果も乏しい。

3)先に示した問診票で、キーンといった高音性耳鳴りは治療効果が乏しい。

4)要するに、内耳に原因がある耳鳴りに針灸は有効とならない公算が大きい。仮に針灸で内耳血流を改善できたとしても、肝腎の聴神経細胞が崩壊しているならば、治せる筈もないのである。

5)今回は難聴については治療困難と考え、当初から治療対象としなかったが、耳鳴りに難聴が加わった場合、明らかに内耳の障害を示唆するので、耳鳴り治療は困難となるであろう。


4.耳鳴りの針灸治療を効かす条件
まず治療効果に乏しい上述の病態を、除外(治療しない)した後、耳鳴り治療にトライする。内耳障害以外で耳鳴りを生ずるのは、顎関節症とむち打ち症が筆頭で、広い意味では自律神経失調症も適応になる。これらが針灸治療対象になるかと思う。

5.耳鳴りの針灸有効率の印象
耳鳴りで針灸を希望する患者全員に針灸を行うとすれば、有効率は1割未満となるだろう。しかし針灸の適応するらしい耳鳴りだけに針灸を行うとすれば、有効率は7~8割となる、という感触である。なお耳鳴りの具体的治療内容は、次回紹介する。

※耳鳴りの性状が、拍動性であるものは針灸が効果あるとする報告がある。拍動性というのは自分自身の頭頸部の脈拍音が聞こえているのだとい、結局頸部のコリを緩める治療を行うと改善するという。ただし拍動性の耳鳴りは非常に少なく、筆者は治療経験をもたない。

 

 


坐骨神経痛における下腿部治療点の検討 その2

2011-08-03 | 腰下肢症状

5.長腓骨筋への刺針--陽陵泉
総腓骨神経は膝窩尺側に下降(浮ゲキ・委陽)し、腓骨頭直下(陽陵泉)に回る。次に長腓骨筋を貫いた後、すぐに浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれる。腓骨頭前下際で、この長腓骨筋部に陽陵泉をとる。陽陵泉刺針では総腓骨神経を刺激できるが、やや下方に陽陵泉をとるのであれば浅腓骨神経刺激になる。
陽陵泉刺針を長腓骨筋TPsに対する刺針と捉えることもでき、こちらの方が本命かもしれない。

6.短腓骨筋への刺針--懸鍾
外果の上方3寸で長・短腓骨筋前縁に懸鍾(=絶骨)をとる。長短腓骨筋のすぐ前には長指筋があり、これらの筋溝には浅腓骨神経が走行している。浅腓骨神経痛時には、陽陵泉とともに懸鍾に圧痛が好発するが、これは短腓骨筋のTPsと一致した位置になる。

7.丘墟
外果の前下方の陥凹部に丘墟をとることになるが、正確な位置は明瞭ではない。しかし丘墟の「墟」という漢字は、くぼみのことなので、すなわち丘墟とは丘のくぼみの意味をすることから、筆者は、距骨と踵骨の間にある足根洞部に取穴している。この部に筋構造はないが、骨間距踵靱帯がある。
古東整形外科・内科のHPによれば、水色で示した部分に神経終末が集合しており、
「足の目」ともいわれるぐらい、地面から足に伝わる微妙な感覚をキャッチし、脳に伝えているということである。一般的には陳久性の足関節捻挫で痛みを生じやすい部である。
ただしその直下には浅腓骨神経が走行しているためか、浅腓骨神経痛時には圧痛が出現しやすい。

8.前脛骨筋への刺針 足三里~下巨虚
下腿前面の前脛骨筋上には胃経の、足三里・上巨虚・条口・豊隆・下巨虚といったツボが並んでいる。前脛骨筋は深腓骨神経が運動支配支配するが、深腓骨神経が前脛骨筋中に送る分枝は多数あって、上記経穴はどれもモーターポイントとして作用している。鍼灸臨床にあたっては、上記経穴を順に調べ、最大圧痛硬結点に刺針するようにする。