現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

一筆書きからトポロジーへ ver.1.4

2024-06-27 | 雑件

この1~2ヶ月、他の先生方が執筆した奮起の会セレクション用テキスト整備に追われ、自分の鍼灸の追究ができていないことを苦痛に思う。当ブログに書くような内容も乏しくなった。たまには目先を変え、以前から興味があった<一筆書き>に関する知見を紹介する。

1.基礎編


ある図形が一筆書きできるかどうかの条件は、それぞれの角点に集まった線が、①すべて偶数か、②2本の奇数がある場合に限られる。①の場合、どの頂点から書き出しても一筆書きは成功するが、②の場合、どちらか一方の奇数の頂点から筆を出発し、最後に他の奇数の頂点を終点とするルートにして一筆書きは成功する。

2.応用編

問題1

一筆書きのコツは、前述した内容がすべてなので、これを理解した後は、次の問題も解けるはず。

問題1の解答

問題2

ヒント:どこから書き始めるかが重要。

 

問題2の解答

 

3.実地問題編

1)ケーニヒスベルグの橋渡り
①問題 ドイツの大哲学者カントが生まれた町として有名なケーニヒスベルク(現在のカリーニングラード)は、プレーゲル川にまたがったおり、18世紀の初頭には、下のようにこの川に7つの橋がかかっていた(実話)。その頃、この橋を全部ただ一度ずつ渡ることができるかどうかが、この町の話題になった。ある人は不可能だと言った。ある人は実際にやったらできたと言ったが、再現することはできなかった。

②解答
数学者のレオンハルト・オイラー(1707〜1783)がこの問題を取り上げて研究し、橋渡りが不可能であることを証明した。

 

A、B、C、Dは土地であって、橋に比べると当然その面積は広い。だがABCDの土地を頂点、橋を辺とすることで、橋渡りの問題は一筆書きの問題へと単純化できる。橋渡りの問題は、上の図が一筆書きできるか否かの問題に置き換えることができるが、頂点4カ所あるので、橋渡りは成功しないといえる。

 

③発展問題
ではこの橋渡りを成功させるにはどうすべきか、というとC-D,間に橋を一本新設すればよい。これにより、奇数の頂点は、AとBのみになる。Aを始点としてBを終点とする(またはその逆)道順が正解となる。

 

 

3)道頓堀の橋渡り

①大阪の道頓堀周辺には次のように多くの橋がかかっている。これらの橋を一筆書きの要領で、始点から終点まで渡りきることは可能か?

②解答

「ケーニヒスベルグの橋渡り」より複雑だが考え方は同じ。橋を結ぶ土地の関係を、トポロジー的に整理すると、次のようになる。角を構成する奇数の辺はA、B,G,Hの4箇所あるから一筆書きは不能である。ただしGとH間に橋を新設すれば、奇数角が2箇所になるので、一筆書きは可能である。その場合、Aを始点としてBが終点(またはその逆)となる。

4.間中良雄のトポロジー(位相幾何学)
 
一筆書きは,「線がつながっているか」が重要で,途中の線が曲がっていようが,線が短いとか長いかは関係ない。これはつながりの具合を示す幾何学である<トポロジー>の発想である。日本語では位相幾何学という。線の長短は関係なく、単にA地点とB地点が連結しているかを問題とするという考え方は、今日においては電気配線回路図にみることができる。

 
 経絡は、基本的に身を上下に流注しているが、症状部位に対する刺激(局所治療)とは別に、症状部位から数十㎝も離れたれた部位を刺激して、これを経絡的治療とすることもある。これが経絡治療の特徴になる。
 赤羽幸兵衛は左右の手指先の井穴、そして左右の足指先の井穴それそれ12穴の知熱感度を測定し、同じ経絡の熱知覚の左右差を問題視した。これを発展させのが間中良雄で、手指の同経の知熱感度の感受性の違いだけでなく、手と足の三陰三陽区分での井穴の感受性の違いを問題視した。さらに左指先井穴の知熱感度の総和と右指先井穴の知熱感度の総和を比較したり、また左足先井穴の知熱感度の総和と右足先井穴の知熱感度の総和を比較した。井穴データを種々の四則演算により特異的現象の発見に努めた。これらの演算は今日ではパソコンを使えば容易だが、今から40年前のことであれば処理に随分と手間がかかったことだろう。


ここで間中喜雄先生の構想されたトポロジーについて解説する。

 本解説の原本は「M.I.D.方式について 赤羽知熱感度測定法知見 捕遺」間中喜雄、板谷和子(北里研究所附属東洋医学総合研究所)、日本東洋医学会誌、第26巻第4号(1975)による。
なお現在でも、ネット検索で調べることができる。

1)赤羽知熱感度測定法について
1950年、赤羽幸兵衛は、手足の井穴を知熱感度測定法(手足の「井穴を線香の火で叩き、何回で熱く感じたかを記録)を発表し、これを知熱感度測定法とよんだ。左右の井穴の最大倍数の一組を問題視し、その経過に治療の重点を置いた。
 たとえば点火した線香の叩打数が、膀胱経井穴で54(左)対40(右)で、大腸経の井穴が3(左)対12(右)であるとすると、絶対数は膀胱経が異常に多いにもかかわらず、大腸経の左右比が4倍である天に意義をおき、これを治療対象にするというのである。
 そこで著者らは統計学者に依頼し、赤羽法の原法にしたがって得た数字の左右相関指数を統計処理してもらったが、はっきりした相関性を示す指数が得られなかった。

2)M.I.D.(赤羽知熱感度測定データのカテゴリー別分析)
 本来的に中国古来の經絡概念は、左右というカテゴリーだけですべてを律するという狭い規範は示していない。陰陽、表裏、手足などの相互干渉の法則性を規定している。
 そこで井穴の左右差のみを比較するのではなく、陰陽別、左右別、手足別などのカテゴリー別に整理して、その状況を調べることにし、これをM.I.Dとしてまとめた。M.I.D.とは、Meridian Imbalance Diagram (直訳で經絡不均衡図)の意味である。
 各種疾患について約150例以上の測定データを集積し、さまざまな傾向が得られたが断言できる段階にはない。まだ予備実験の段階であり、今後確かめていかねばならない問題が多くあった。

※知熱感度測定法が左右差の是正のみを治療方針とすることは、私自身も違和感を感じ、すでに以下のようなブログを発表済みである。

井穴知熱感度データの新たな解析法(2017.6.21)

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/02e50d1f7f7ae685c1c14816eb038bf6


代田文誌先生の直筆原稿発見 ver.1.1

2024-06-22 | 人物像

 平成25年7月9日、故・代田文彦先生宅に資料を頂戴しにお伺いした。奥様である瑛子先生(内科医)が出迎えて下さった。書籍関係は、大阪針灸専門学校の「針灸ミュージアム」での展示資料として持ち去られた後だったので、ビデオとスライド関係が中心になったのだが、代田文誌先生が著した雑誌の別刷りが数点出てきた。「洞刺の臨床的研究」日本鍼灸治療学会誌、第13巻、第1号(昭38.12.1)もその中にあった。驚くことにその中に代田文誌先生の生原稿が混じっており、「頸動脈洞刺針(洞刺)の研究 Study of To-shi(Puncture of the Carotid Sinus)」と書かれていた。この原稿が日本針灸治療学会誌に載ったのは昭和38年のことであり、文誌63才と思われた。当時、文誌は長野市に住んでいた。(東京の井の頭公園隣に引っ越したのは67才。74で死去)

※この原稿タイトルの英訳部分に洞刺をTo-shi と書かれている。これまで私は洞刺をドウシと読んでいたのだが、トウシであることを初めて知った。北海道には洞爺湖という湖があり、これはドウヤコではなくトウヤコと読ませる。これと同じ要領なのだろう。この稿を読まれている皆様もご注意ください。 

 一般に原稿は出版社に渡されるが、活字になった後は破棄され手元には残らないか、原稿返却されても、本人が破棄してしまうのが普通である。しかし本原稿は、原稿用紙右上に(控)と書かれている。自分の控え用にとっておいた原稿ということになる。本稿が雑誌に掲載されたのは昭和38年で、コピー機が普及する以前の時代なので、カーボン紙でも使って転写させたものだろう。
<人のなりは、文字に現れる>ともいわれるが、この原稿にも真摯な性格がにじみ出ている。

 


坐骨神経痛における下腿部治療点の検討  ver.2.3

2024-06-18 | 腰下肢症状

1.坐骨神経痛における標準的な下肢治療穴

坐骨神経痛による下肢痛では、腰部の大腸兪や殿部の梨状筋部に圧痛点が出現することが多く、そのまま鍼灸の治療点となる。これは症状を腰殿下肢症状をもたらしている原発部なので当然である。 
それに加え、下肢症状部位の圧痛点にも施術することは、広く行われていることである。経絡派では、下腿前面は胃経、外側は胆経、後側は膀胱経、内側は脾経と腎経などと分類し、現代鍼灸派は、坐骨神経またはそ坐骨神経分枝の神経または神経支配筋を刺激することになる。一般的に使用する穴は次のようになるだろうが、なぜその経穴を選択するかとの問いに対し、圧痛硬結が好発する部だからという程度の回答で済ましているのが現状であろう。

1)大腿後側:殷門・承扶(坐骨神経)
2)下腿前側:足三里・上巨虚・条口・下巨虚(深腓骨神経)
3)下腿外側:陽陵泉(総腓骨神経)、懸鍾(浅腓骨神経)、丘墟(浅腓骨神経)
4)下腿後側:委中、承山、承筋(脛骨神経)
5)下腿内側:地機(脛骨神経)
※下腿後側症状と下腿内側症状は、ともに脛骨神経症状(神経痛または運動神経支配の筋緊張)を治療している。

 

2.神経狙いか、筋狙いか

問題となるのは、神経に刺針すべきか、支配筋に刺針すべきかという古くからある疑問である。知覚神経は上行性であり運動神経は下行性なので、腰殿部における神経圧迫は、下肢知覚神経症状を生ずることはないが、運動神経症状を生ずる。加茂整形外科医師は、臀部の坐骨神経ブロック点に刺針すると、下肢に電撃様針響が得られるのは、坐骨神経の知覚神経線維ではなく、運動神経線維刺激による下肢筋の痙縮であるという。これは現在注目をあつめているMPS(筋膜症候群)の考え方である。要するに下肢部の鍼灸施術は、神経狙いではなく、筋狙いでいくという方針が妥当だろう。となれば神経線維が筋へと枝を伸ばしている部、すなわち筋のモーターポイント部分が適切な治療点だといえる。
私の坐骨神経痛における下肢施術も、次第に神経を狙わず筋狙いになってきた。



3.腓腹筋への刺針 

下腿三頭筋は、腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ヒラメ筋がらなる。腓腹筋は、踵から膝をまたいで大腿骨までつながる2関節筋であり。足の底屈作用と膝関節屈曲作用がある。
腓腹筋刺針をするための多用する穴は、内合陽と外承山がある。

1)内合陽
代田文誌・倉島宗二・塩沢幸吉の3者が合議した上、新穴として定めた。委中穴の下方2横指に合陽穴を定め、その内方2横指の部。坐骨神経痛や膝関節症の場合の圧痛の好発部位だとしている。(以上、代田文誌「鍼灸治療基礎学」)。、腓腹筋内側頭上にある。脛骨神経末端が腓腹筋内側頭部に付着する部で、本筋のモーターポイントに相当する。

当時の解剖学的知識では、ここを座骨神経痛の治療穴と誤って解釈したのはやむを得ないことだろうが、内合陽の直下に坐骨神経(あるいはその分枝)はない。膝窩筋に対する施術であり、適応は膝窩筋炎の治療穴になる。膝立位にて膝窩筋を伸張させて施術すると効果的である。


2)外承山
承山の外方2横指で、筆者がよく用いる圧痛点である。腓腹筋外側頭のモーターポイントに相当し、臨床的意義は前記の内合陽穴と同じ。

 

 

4.ヒラメ筋への刺針 

1)ヒラメ筋と腓腹筋
ヒラメ筋は腓腹筋と同じくアキレス腱から分離し、脛骨と腓骨に直接つながっている単関節筋であり、足の底屈のみに働く。膝関節の非伸展時(腓腹筋が弛んでいる)に、足関節を動かすのはヒラメ筋の作用である。たとえば膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をしすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。
鍼灸臨床でヒラメ筋を緊張させた状態にして刺針するには、まず仰臥位でにして、股関節外転、膝関節屈曲で、大腿前面を腹に近づける姿勢にする。その肢位で、脛骨内縁の圧痛を調べると地機穴の硬結を指先に感じとることができる。

2)地機の取穴と意味

地機の取穴は、「内果上8寸で脛骨後縁の骨際」とある。下腿内側長を1尺3寸と定めるので、下腿内側を3等分し、ほぼ上から1/3の処になる。
股関節外転かつ膝関節45度屈曲位、すなわち一方の足底を他方のフクラハギ内側に付けた姿勢(パトリック試験をするその手前の姿勢)をさせ、曲げた下腿内側の反応を調べていくことにする。指頭は脛骨際を容易に触知できるが、地機の高さに相当する部だけは、筋肉が邪魔して骨がうまく触知できないことに気がつく。その筋肉は誰でもシコっていて、軽く押圧しただけでも非常に痛がる。

 

 

5.長腓骨筋への刺針、陽陵泉

総腓骨神経は膝窩尺側に下降(浮ゲキ・委陽)し、腓骨頭直下(陽陵泉)に回る。次に長腓骨筋を貫いた後、すぐに浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれる。腓骨頭前下際で、この長腓骨筋部に陽陵泉をとる。陽陵泉刺針では総腓骨神経を刺激できるが、それでは足三里の用途と同じになるので面白みがない。

下腿外側の胆経沿いに響きを与えるためには、教科書陽陵泉(腓骨頭内下方)に取穴するのではうまくいかない。そこから1㎝足三里に近づいた位置を取穴してベッド面に直刺するとよい。これは長腓骨筋TPsに対する刺針と捉えることもでき、こちらの方が本命だろう。

 

6.短腓骨筋への刺針、懸鐘

外果の上方3寸で長・短腓骨筋前縁に懸鍾(=絶骨)をとる。長腓骨筋の代表穴が陽陵泉であれば、短腓骨筋の代表穴は懸鐘(別名絶骨)といえる。懸鐘の語意は踵骨を後方からみた形が釣鐘のようであり、それを吊す部という意味だろう。また指頭で擦上すると、今まで触知できていた腓骨が急に指に触れなくなる。このことをもって古人は絶骨と命名したのだろう。

指に触れなくなるのは、腓骨が短腓骨筋と長腓骨筋腱に覆われるからで、私は長腓骨筋腱の前縁で短腓骨筋中に懸鐘を定めている。この筋腱の下を下腿筋膜に覆われて腓骨神経が通過している。懸鐘に圧痛がみられるのは、坐骨神経痛の付帯症状である浅いわゆる腓骨神経痛時に多いが、下腿外側の下方で、懸鐘付近に限局しみられる例を最近経験した。これはおそらくインターセクション症候群(筋・腱が交叉する部の過使用にともなう癒着・炎症による痛み)だと思われた。なお治療自体は懸鐘あたりの圧痛点への刺針施灸で容易に改善に向かった。

 

 

 

 

 

 

7.足根洞窟、丘墟

外果の前下方の陥凹部に丘墟をとることになるが、正確な位置は明瞭ではない。しかし丘墟の「墟」という漢字は、くぼみのことなので、すなわち丘墟とは丘のくぼみの意味をすることから、筆者は、距骨と踵骨の間にある足根洞部に取穴している。この部に筋構造はないが、骨間距踵靱帯がある。 古東整形外科・内科のHPによれば、水色で示した部分に神経終末が集合しており、 「足の目」ともいわれるぐらい、地面から足に伝わる微妙な感覚をキャッチし、脳に伝えているということである。一般的には陳久性の足関節捻挫で痛みを生じやすい部である。 ただしその直下には浅腓骨神経が走行しているためか、浅腓骨神経の分枝である中間背側皮神経痛時には圧痛が出現しやすい。

 

8.前脛骨筋への刺針 

足三里~下巨虚 下腿前面脛骨筋上には胃経の、足三里・上巨虚・条口・豊隆・下巨虚といったツボが並んでいる。前脛骨筋は深腓骨神経が運動支配支配するが、深腓骨神経が前脛骨筋中に送る分枝は多数あって、上記経穴はどれもモーターポイントとして作用している。鍼灸臨床にあたっては、上記経穴を順に調べ、最大圧痛硬結点に刺針するようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


三焦・心包とは何か? ver.2.0

2024-06-16 | 古典概念の現代的解釈

1.五臓五腑あるいは六臓六腑?

古典では陰陽五行説が支配しているので、内臓は五臓五腑に分別する。五臓とは肝・心・脾・肺・腎、五腑とは胆・小腸・胃・大腸・膀胱である。ところが経絡の正経は12経あり、それぞれに所属臓腑があるので、五臓五腑ではなく六臓六腑として把握される。臓には心包が、腑には三焦が加わるのである。

三焦と心包は現代医学にない概念であり、解剖してもその実体がないことから、これまで心包と三焦は何を意味するものか、大いに議論されている。心包とは心嚢を指し、三焦とは腸の大網を指すという見解もあるが、私は、心包の機能とは心臓を動かす力であり、三焦とは体温を生む機能だと考えている。

その理由を記す。


2.心包・三焦の機能は生きていることのバイタルサイン

生者と死者の臓器は基本的に同一である。ただ生者はそれが機能しており、死者は機能していない。では死者を死者とする所見は何だろうか?それは心停止と体温低下、(さらに瞳孔拡大)であることは今も昔も変わることがない。すると生者にあって死者にないものを探せば、心臓を動かす力が心包の機能であり、体温を生む力が三焦の機能であることが自ずと知れてくるのである。換言すれば、心包と三焦の機能停止が死となる。生者は六臓六腑が機能し、死者は五臓五腑になるともいえるだろう。


 

3.手に属する経絡と足に属する経絡

上左図の高橋晄正医師考案の図は、手に所属する臓腑、足に所属する臓腑の区分についての、示唆を与えてくれる。体幹内臓を横隔膜を境として胸部内臓と腹部内臓に区分されているが、この2つは相似形になっている。体幹内臓を立体的に描いているのは手に所属する6臓腑で、縁に簡略的に示しているのが足に属する6臓腑である。

12経絡の何が手所属で、何が足所属なのは、明確な回答がないようだが、この図を見るとそれも理解できる。手に属する臓腑は、生命活動工場設備そのものである。工場稼働スタンバイの状況にあり、三焦が機能してボイラーの温度が上がり、心包が機能してモーターが回転している。


その状態になった後に足所属の臓腑が活躍して工場が稼働する。外部から原材料を運び(脾・胃)、加工して製品をつくる(肝・胆)。その過程で産業廃棄物(腎・膀胱)は廃棄される。これを続けることで生命活動が営まれる。


4.ゴールドを火で溶かして、この養分を四肢末端まで行き渡らせる

ところで、この生命活動工場は、何を製造しているのだろうか。これも五臓色体表から導き出すことができる。
胸部臓腑は、心(火)・心包(火)・肺(金)であり、腹部臓腑は、小腸(火)、三焦(火)、小腸(金)である。
これを高橋晄正医師の図に当てはめると、胸部内臓・腹部内臓とも、るつぼに入れた金(ゴールド)を火で溶かし煮詰めている場面が思い浮かぶ。このゴールドは身体隅々にまで養分として行き渡るのだろう。あたかも古代中国の錬金術さらにその背後にある道教思想まで想いをはせることができる。
 
金丹とは?
中国道教で説く仙人になるための薬。金丹の金は、火で焼いても土に埋めても不朽である点が重んじられた。我が国ではお伊勢参りの土産物として、今日でも萬金丹とよばれる漢方の丸薬が販売されている。トイガンで使うBB弾ほどの球状で黒く、
少量の金箔(?)をまぶしている。ちなみに萬金丹(マンキンタン)は、アンポンタンの元ネタ。


ケッペンの気候区分の手法による舌診分類と世界海流による経絡流注モデル ver.3.0

2024-06-14 | 古典概念の現代的解釈

1.舌体色(舌質色)

舌体色は、血液の色が反映されており、主に寒熱を診ている。熱証であれば赤くなる。
舌色は、卵の白身をフライパンで熱する時の変化に似ている。透明→白→黄と変化し、さらに熱せれば灰になり、その灰も黒くなる。ただし黒苔は暑いというレベルを超えて、極熱(=火傷)の徴候である。裏寒でも舌苔黒になるのは、凍傷の徴候であろう。ただし熱証には実熱と虚熱の区別があるが、実熱は外感に起因し、赤くなる。虚熱は陰虚(脱水状態)により、舌質が乾く。

舌苔舌先や舌辺が鮮赤色ならば実熱。熱毒では紫色になる。寒証であれば舌色は淡くなる。 寒熱は、脈診でいう脈の遅数と相関性がある。



①淡紅舌(淡紅色): 正常な血色 → 正常、表証
②淡舌(淡白色):正常より薄い色 → 血虚、陽虚、寒証、気虚  →貧血
③紅舌(鮮紅色):正常より赤い色 →熱証(実熱) →感染症 または陰虚証(虚熱) →脱水
              舌苔無→虚熱、舌先や舌辺が鮮赤色→実熱。
④絳舌(こうぜつ)(深紅色):紅舌より赤が深い→熱極・陰虚火旺(虚火) →高熱感染疾患 
⑤紫舌(赤紫、濃い青紫、乾燥):熱毒 →チアノーゼ
⑥津液が無くなる -寒証:淡い青紫色、湿濁、血瘀:瘀斑、瘀点も生じる。 →低体温症

2.舌苔

1)舌苔とは

舌の表表面は糸状乳頭という絨毯様の凹凸で覆われる。中医学的には、消化管の奥からの「胃気」が蒸気のように管を上り、舌面に現れると考える。ここでいう胃気とは、脾胃の働きによって得た後天の気の総称。胃気あれば生き、胃気なければ死すといわれる。胃気=食欲と捉えればよい。
すなわち舌苔は胃腸管状態の状態を診るのに用いる。糸状乳頭自体は無色透明だが、上部消化管(とくに胃壁)の細胞がダメージを受けると、この部分の細胞が分裂速度が低下し、舌苔の厚みを増す。


2)舌苔の異常所見 
  
舌苔色は、主に寒熱をみる。舌苔が生え、色がつくには時間を要するので、併せて表裏(白は表、それ以外は裏)も併せて診る。
舌苔色と舌質色情報とは相関性を示すので、これを一グループとみなすことは可能である。

①白苔: 白い苔  - 正常、表証、寒証
②黄苔: 黄色い苔 - 熱証、裏証(外邪が裏に入り、熱化)
       黄膩苔であれば裏熱実証、痰熱 →慢性胃炎
③灰苔: 浅黒い苔 - 裏熱証(乾燥、熱盛津傷)、寒湿証(湿潤:痰飲内停)  →慢性胃炎増悪
④黒苔: 黒い苔  - 灰苔 、焦黄苔からの進行(重症な段階) →高熱疾患の持続

⑤舌苔が剥離したものを、剥離苔とよばれ、気の固摂作用の低下(気虚とくに胃の気)を意味する。
⑥鏡面苔:全体に剥離し、鏡面のようにテカテカ →胃気大傷、胃陰枯渇 →鉄欠乏性貧血
⑦花剥苔:一部が剥離し、テカテカ →胃気虚弱、胃陰不足 →胃障害 






4.舌苔の厚み
  
病邪の程度、病状の進退の程度を知る。急性は薄く、慢性になると裏に入り舌苔も厚くなる。ただし慢性の期間が長引き、体力が落ちていくにつれ、舌苔は剥げてゆき、 最終的に消失する。
  
①薄苔: 見底できる(薄くて見底できる) →正常、表証、虚証
②厚苔:見底できない。 →裏証、実証。
舌苔色は、寒熱と表裏の相関図が描けるのに対し、舌苔厚は、虚実と表裏の相関図が描ける。それは前図にも示しているように、左上が虚、右下が実になるような三次元図をを想像することである。

5.ケッペンの気候区分の手法の応用

1)ケッペンの気候区分とは
舌診の習得は、脈診よりも容易だとされてはいても、分類そのものに一貫性がないので、理解習得に困難を感じる。そこで筆者は細かな解釈には目をつむり、ケッペンの気候区分の手法を、舌診の分類に利用することを思いついた。ケッペン Koppen はドイツの気候学者で、1923年に発表した植物区分で知られている。 降水量と気候という、わずか2つの条件の組み合わせにより、世界の気候を分類した。

 

 


2)樹林地帯と非樹林地帯の舌苔の有無
 
気温の項を寒熱に、降水量の項を水分量に変更し、舌診法のうち、最も重要な舌質色と舌苔色について図式化した。ケッペンの気候区分では、まず樹林気候と非樹林気候に区分する。非樹林気候の条件とは、植物が生育できないほどの乾燥地帯あるいは寒冷地帯である。舌診では、舌苔ができるものと、できないものの区分に置き換えられる。しかし中医学の成書を読むと、中医学では乾燥では確かに「舌苔なし」になるが、寒冷地帯では「舌苔青紫」になる。ケッペンは寒帯を、氷雪帯とツンドラ帯に細分化しているので、「舌苔青紫」はツンドラ帯に相当するものとする。


3)熱帯・温帯・冷帯および灼熱帯の舌質色と舌苔色
 
ついで樹林気候を、熱帯・温帯・冷帯(=亜寒帯)に区分する。健常者を温帯におくとして、その舌質色は淡紅色、舌苔色は白~淡黄である。これと対比するように、熱帯では舌質色は紅色、舌苔色は黄色に、冷帯では舌質色は淡白に、舌苔色は白になる。
 ケッペンの分類にはないが、筆者は気温の項に熱帯の上の段階として、灼熱帯(=熱毒)を加えた。灼熱帯は、時間的持続性で、焼ける前と焼けた後に細分化した。焼ける前は、焼ける前後で、舌質は絳(紅よりも深みのある紅)→紫になり、舌苔色は芒刺→灰・黒と変化する。

4)特殊形

①陰虚火旺:熱により乾燥しているのではなく、水不足で乾燥している状態。砂漠状態。舌質紅で、舌苔なしの状態。舌形は裂紋舌。

②気血両虚:舌色淡という観点から、冷帯に所属することがわかり、裂紋舌という点から水不足であることもわかる。したがって、陰虚火旺盛に類似しているが、陰虚火旺よりも  さらに寒い状態と理解できる。

③黄膩苔:ねっとりしている舌苔。ねっとりするには、大量の水と熱が必要だと考え、熱帯かつ降水量大の場所に位置づけた。

④)胖舌:気虚とくに脾気虚で生ずる。気虚により水を代謝しきれない状態。ここでは黄膩苔に似ているが、熱とは無関係なので、温帯かつ降水量大に位置づけた。胖舌の結果、舌縁に歯形がつくようになる。これが歯痕舌である。

 

6.経絡流注モデルの発想

経絡の流注を個々の経絡でとらえた場合、よく川の流れに例えられ、これで初心者は分かったような気にさせられる。手足の三陰経は手足の末梢から体幹方向への流注するので納得だが、手足の三陽経は体幹から手足の末梢へと流れるので、まったく成立しないのである。このようなことは有資格者ならば誰でも知っていることなのに針灸初心者用のたとえ話ということで納得してしまっている。一つ一つの経絡の流注ではなく、鳥瞰的に全経絡の流注を考えるには、世界の海流図をモデルにするのがよいと思う。前記したケッペンの気候区分は陸地の気候モデルだが、今回は海流モデルと対照的だ。下図では、赤道反流が督脈に、北赤道海流と南赤道海流が膀胱経に対応するものとなるだろう。

 

 

 


奇経八脈の宗穴の意味と身体流注区分の考察 ver.3.0

2024-06-14 | 古典概念の現代的解釈

1.十二正経の概念図
 
筆者は以前、十二正経走行概念の図を発表した。

 http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/bac628918882edd51472352adefd6924/?img=0084a878810483f1998c462abef9281b

これと同じ内容をさらに単純化した図を示す。この図の面白いところは、赤丸の内側は胸腔腹腔にある臓腑で、鍼灸刺激できない部位。赤丸び外側は手足や体幹表面で鍼灸刺激できる部位となっているところである。鍼灸の内臓治療の考え方は、赤丸外の部位を刺激して赤丸内にある臓腑を治療すること、もしくは体幹胸腹側もしくは体幹背側から表層刺激になる。これは兪募穴治療のことである。

 

 

 2.奇経の八脈と宗穴

1)奇経の基本事項


上記十二正経絡概念図をベースとして、これに奇経走行を加えてみることにした。

始めに奇経に関する基本中の基本を確認しておく。奇経八脈はそれぞれ次のような宗穴をもっている。この治療点は次の奇経の二脈をペアで使い、4パターンの治療をすることになる。( )は宗穴名。

陽蹻脈(申脈)---督脈(後谿)

陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)


2)福島弘道の提唱した新たな四脈と宗穴  

 
福島弘道氏は、従来の奇経八脈の宗穴治療だけでは不十分だとして4脈を加え、次の2パターンを付け加えることを提唱した。福島がなぜこのような事柄を思いついたのかを探ることが奇経を理解するヒントになる気がした。


足厥陰脈(太衝)--手少陰脈(通里)

手陽明脈(合谷)--足陽明脈(陥谷)


3)十二正経走行概念図への追加事項


1)前図に奇経八脈の宗穴を描き加えてみる。つまり十二經絡上に8つの宗穴を描くことになるが、4經絡は宗穴が存在しない。


2)そこで改めて福島の提唱した4新宗穴をさらに描き加えると、十二經絡上にそれぞれ一つの宗穴が載ってくる。

①肺経(列缺)、②大腸経(合谷)、③胃経(陥谷)、

④脾経(公孫)、⑤心経(通里)、⑥小腸経(後谿)、
⑦膀胱経(申脈)、⑧腎経(照海)、⑨心包経(内関)、
⑩三焦経(外関)、⑪胆経(足臨泣)、⑫肝経(太衝)

3)ペアとなる宗穴を点線で結ぶことにする。陽経ペアは赤色、陰経ペアは青色を使うことにする。

 
<陰経ペア>

①肺経(列缺)--⑧腎経(照海)
⑨心包経(内関)-④脾経(公孫)
⑤心経(通里)--⑫肝経(太衝)  ※福島提唱
 
<陽経ペア>

②大腸経(合谷)-③胃経(陥谷)   ※福島提唱
⑥小腸経(後谿)-⑦膀胱経(申脈)
⑩三焦経(外関)-⑪胆経(足臨泣)

 

 

4)奇経走行概念図

上に示した正経と奇経の総合概念図は、内容が込み入っていて、直感的に把握しにくいので、本図から、正経走行を取り除いてみることにする。奇経は臓腑を通らないので臓腑も取り除いてみることにした。

 

 

するとかなりシンプルな図が完成した。きちんとループを描いたが、奇経の8宗穴+合谷と陥谷を使った場合ということであって、これが奇経治療になるかは少々疑問である。というのも、使っているのは正経をショートカットしたルートだからである。


3.手足の八宗穴を使うことと奇経流注の謎

上図は、症状に応じて定められた手足の一組の要穴を刺激することで治療が成立することを示すものだが、この方法は奇経治療以外にも行われている。手足の陰側と陽側それぞれにある定められた12の要穴を使った治療は、1970年代に発表された腕顆針(日本名は手根足根針)が知られている。この図を見ると、手を上げた立位の状態で縦縞模様に区分されている。

 

 

奇経治療は、八つの奇経を組み合わせて使うのが原則なので、4パターンの治療になるが、同じような縦縞模様となっている図に、「ビームライト奇経治療」というものがあることをネットで知ることができる。

 

 http://seishikaikan.jp/blkikei.htm

 

4.新しい奇形流注図

縦割りの考えで奇経を眺めると、体幹と頭顔面の中央に、陰側に任脈があって背側に督脈がまず存在している。任脈のすぐ外方には陰蹻脈が伴走し、さらに陰蹻脈の外方に陰維脈が縦走している。督脈のすぐ外方には陽蹻脈が伴走し、陽蹻脈の外方には陽維脈が縦走しているといった基本構造がまず想定されている。これは道路を走る車に似ているように思う。道路の中央は高速車(一般乗用車など)が、端の方は中・低速車(バスがトラックなど)が走る。道路に応じてそれに相応しい車種が走っているわけだ。一方、衝脈と帯脈は、流注構造では反映されていないが、この理由は後に説明する。

これまで鍼灸治療の治療チャート図は、頭針であれ耳針であれ、高麗手指針であれ、ある日突然完成形が提示され、その理論の正しさを、実際に治療効果がみられたとすることで読者を説得してきたが、論理的とは言い難く、知的満足感も得られない。自分にできる方法として、現実どうしてそう考えるのかの、思考過程を順序立てて明らかにすることで、その間違っているかもしれない部分を指摘できるようにすることが重要だろう。

これまでいろいろなことを考えてきたが、①手足の八つの宗穴で、定められた手足のペアとなる宗穴を結んだ図を描く。
②衝脈と帯脈の走行は無視するが、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗である足臨泣は。各ペアとなる陰維脈ならびに陽維脈の流注における足部代表治療点として位置づける。以上の2点を重視し、
私の考える奇経走行図を示したい。手足のペアとなる宗穴は連続してつながっている必要があるが、本図では背部の陽維・帯脈の流れは、肩甲骨によって上下に分断されていることになる。しかしながら、陽維・帯脈は、肩甲骨・肋骨間を上行している、つまり立体交差していると考えれば、納得いくものとなるだろう。

衝脈と帯脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は初潮から閉経の間に機能し、婦人病に関与するという共通点があると思える。他の奇経が自己の生命を正常に営むことを目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を生むための仕組みに関与している。

帯脈:帯を胴体に巻かないとズボンが落ちてしまうのと同じように、帯脈の機能がなくなると、帶下になるのだろう。帶下とはおりもの意味で月経以外の膣からの分泌物をいう。この意味から広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含めるのではないか?

衝脈:「衝」過とはぶつかるような、つきあげるような勢いのこと。衝脈は子宮から発するとされているから、原意は妊娠時のつわりにあると思えた。次第に広義の悪心嘔吐も衝脈の病証とされるようになったのだはないか? 

 

 

  筆者は、古代中国医師は「おそらくこう考えたのではないか」という視点を骨の隆起など解剖学的立場から奇経を推察しているが、実際に奇経治療で効果を出すという臨床的観点から論説している立場がある。ネットで関連文献を検索してみると、伊藤修氏の論文に奇経八脈の走行図を推察したものが載っていた。原図はモノクロだが、私の<奇経八脈流注の考察(似田による>と比較しやすくするため、カラー化して下記に引用する。当然のことだが、類似点が多いが、肩甲骨周りと骨盤周りの奇経走行が私の図と大きく異なっている。帯脈の扱いをどうすべきかという点、手の小腸経と督脈が連続していないことに困惑しているかのようであり、ここが多くの学習者を悩ませる部分でもある。 

5.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?

督脈の宗穴が後渓であることは基礎知識だとはいえ、後正中を縦走する督脈の流注がなぜ小腸経の後渓なのか、経絡的に連絡がありそうに思えなので、合点がいかない話である。まあ東洋医学は、納得できない内容が多いのだが、それをいちいち疑うことなく、まずは騙されたと思いつつ臨床で使ってみると、自ずと会得できるようになるとされていたりもする。

身体の柔軟な者では、左右の肩甲骨を内転せると、左右の肩甲棘基部を接触させられる者がいる。ということは、このポーズで督脈を流れるエネルギーは肩甲棘基部から流れを乗り換え、エネルギーは肩甲棘を外方に移動し、肩峰あたりから上肢を下行(針灸的には上行)して後渓まで達することになる。

肩甲骨を内転させるには、菱形筋と前鋸筋の収縮が必要となる。ちなみに「肩甲骨はがし」というのは翼状肩甲状態をつくることで、そのため菱形筋と前鋸筋を脱力させてストレッチ状態をつくるようになる。病的な翼状肩甲は、長胸神経麻痺による前鋸筋収縮不全により生ずることは周知のことであろう。

 


首下がり病の針灸治療検討(89才、女性)ver.3.0

2024-06-13 | 頸腕症状

 1.本患者のこれまでの経緯

4年前(85才頃)ほど前から、急に顔が正面に向けづらくなってきた。右手のしびれと脱力感も出てきたので、整形訪問。手根管症候群と腱鞘炎と診断され、手術をうけた。それにより右手症状は改善したが、顔の上げづらさは不変。
顔が下を向いた状態で、正面を見ることが非常に困難。マクラをしないと仰臥位になることはできない。握力は左8㎏、右10㎏。

患者の写真

椅子に座ると、自然と背中を反らした姿勢となり、首下がりの状況を目立たなくしている。
立位になると、後頭部より隆椎の方が低くなる。

 

この患者は以前から頸痛、背痛などでたまに当院に受診していた。今回は2年ぶりの来院で、その時に顔が下を向きっぱなしになっていたので、非常に驚いた。高齢であることから、その時点では頸椎圧迫骨折による変形性頸椎症だと考えた。
 
そうなると、針灸治療の方針は、頸部に加わった力学的ストレスを一時的にでも緩和し、筋疲労をとることだと考え、頸椎と上部胸椎の一行深部筋(半棘筋や多裂筋など)をゆるめ、また頭蓋骨と頸椎間の筋疲労を改善するため、後頭下筋郡や頭半棘筋をゆるめることだと考えた。側臥位で、これらの筋に刺針し10分置針した。要するに一般理学療法のような施術をした。それ以外の治療法を思いつかず、効果も不明だった。こうした治療を年に数回行った。

最近、この患者がまた来院。大学病院を受診した結果、「首下がり症」と診断されたという。担当医は「後頭部を下に引っぱる筋がはずれていている(原文まま)。骨にボルトを入れ、頭を支える手術を行う手もあるが、高齢なので心配だ。自分はこれまで7例手術した」と説明した。頸椎変形については、特に指摘されなかった。顎が胸に付いている状態”chin on chest”でありで、後頭部よりも上部頸椎の方が上にあった。

「首下がり病(=首下がり症候群)」は初耳だった。関節の問題でなく、筋の問題であるならば針灸でも治療方法があるかもしれないこと、後頭部を下に引っぱる筋は多数あるので、はずれてしまった筋があっても残存する筋の収縮力を復活させることができれば、症状が軽減するかもしれないと考えた。本患者の最も強い圧痛点は、C7~Th3の2行なので、頸半棘筋のアイソトニック筋収縮状態であり、頭蓋骨を前に倒れそうになるのを、防いでいると考察した。左上天柱の圧痛は頭半棘筋停止部反応。

2.初期の針灸治療

この患者は、頸を左右に回旋する際につらいのではなく、単に座って静止している状態で頸が前に垂れ、それが持ち上がらないのが苦痛である。ゆえに、頭板状筋や頸板状筋に対して施術するのではなく、まずは側臥位で頭半棘筋~頸半棘筋~胸棘筋の筋疲労(=過去収縮)を改善する目的で刺針することにした。を姿勢にする。また大後頭直筋に対しても同様の手技針を行った。

 

この方法の治療直後効果は、「頸が持ち上げられる」というものだったが、他覚的には頸の前屈の程度はあまり変化がないように見受けられた。
実は、上記の治療には疑問が残っていた。緊張し過収縮している筋に対して刺針すると、筋緊張がゆるみ筋長が増すというのが普通の考え方だが、今回の等張性筋収縮状態に対しては、これを緩めると、余計に頭が垂れてしまうのではないかとも思ったのだった。
ただ、患者が針が効いたと返答したので、まずはよかったのではないかと自分を納得させた。


3.1ヶ月後の治療

週に1回程度の頻度で、当患者を治療した。圧痛点は毎回、下玉枕(頭半棘筋停止部)とC6~Th2突起直側すなわち半棘筋と思える部に存在した。また胸鎖乳突筋の乳様突起停止部に強い圧痛があった。要するに体表所見は初回とくらべて大した変化はなかったので、初回と同様の針灸治療を行った。しかし施術後、今回は治療後にも顎が上がらないと訴えた。そこで側臥位ではなく椅座位にしてC6~Th2の高さの頭・頸半棘筋にしっかりと数分間雀啄してみると、今度は頸が上がるようになったとのこと(他覚的に前屈は改善したようにみえなかったが)。

しかしながら、座位で上記の筋に同じように雀啄した場合、効く場合と効かない場合があって、毎回試行錯誤で微妙に刺激点を変えねばならなかった。

 

4.長・短回旋筋に対する治療へ

初期の治療計画は、もともと合理性がなかったのだが、効果があったので結果オーライとした。しかしやはり無理があった。
そこで別の角度からの治療を考えてみた。頸下がりの現状は変えようがないが、頸が下がってつらいとする苦痛を改善すればよいのではいかと考えることにした。すなわち筋に対する施術ではなく、神経に対する施術に変更である。

頭・頸半棘筋の深層には長・短回旋筋がある。これは椎間関節部にも付着していて、脊髄神経後枝支配である。C2より下位の頸椎棘突起外方1寸あたりを刺針ポイントとし、頸椎にぶつかるまで深刺するようにする。針先は、長短回旋筋と椎間関節両方を刺激することになるだろう。表現を変えれば、<頸下がり症>の苦痛の一部は、頸部椎間関節症の痛みに由来するのではないか、と大きく考えを変化させた。

本患者を座位にして、寸6#2針でC2~Th3両側の棘突起外方1寸から2㎝程度の間隔で数本直刺深刺(針体の2/3ほど入った)して椎体にぶつけて、コツコツと骨膜をタッピングしてみると、これだけで自覚的には首があがるようになったとの効果をえた。これまで苦労しきた筋に対する治療はいったい何だったのか。

5.まとめ

1)首下がり病の症状は、①頭蓋骨の前傾自体、②そのことによる苦痛、の2つに大別できる。
2)いろいろ針灸治療を試みてみたが、①に対する治療効果はないようだった。施術前と施術後の写真を比較してみても、頭の前屈角度に改善はなかった。
3)毎回施術は同じように行った。施術後も「首が上がらない」との訴えた際には、
「首が上がるようなった」という返事を引き出せるまで施術を続けた。引き続き行う施術とは、Th6~Th3背部一行と頸椎外方3寸のところに行うことが多かった。つまりは頸板状筋の起始である肩甲間部の一行の圧痛点と頭板状筋の停止(下風池)あたりの圧痛点に治療効果があったようだ。いずれも深刺の必要はなかった。当初、頸椎に対しての頭蓋骨の前傾を問題視していたが、胸椎に対する頸椎の回旋に対する治療効果があったようだ。「首が上がるようになった」との申告は、頸の左右回旋がしやすくなったとのことのようだ。
4)結局、「首下がり病」に対する針灸の意義は、首が下がっていて苦痛な気持ちに対するものと思われた。対症療法にすぎないが、他の手段にとって代わることができきにく一定の価値があると思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 


内転筋管症候群の針灸治療 ver.2.1

2024-06-12 | 下肢症状

 1.内転筋管とその役割

大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋が互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースである。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。伏在神経は大腿動・静脈とともに内転筋管に入るが、膝内側~下肢内側皮膚知覚をつかさどる必要性があり、中途で別れ内転筋管から出てくる。伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち今日でいうとことの浅層ファシアの障害と関わってくる。

 

2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボで言うと陰包付近が障害部になる。

症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側も起こることがあるが、伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
 
※余談:ハンター舌炎
ハンター管症候群ときくと、すぐにハンター舌炎を思い浮かべてしまうのは元教員の性癖。両者は全く違う病態である。ハンター舌炎での舌は発赤し、痛みを感ずる。この原因は悪性貧血で起こり、悪性貧血はvB12不足で起こる。萎縮性胃炎の結果、VB12吸収障害が起こる。
 ※語呂:ハンター(ハンター舌炎)は悪(悪性貧血)い住人(ビタミンB12)


3.陰包刺針肢位の試行錯誤

   
大腿内側が痛むとの訴えはあまり多くないが、大腿内側を軽い押圧しても痛みは生ぜず、深々とした押圧で圧痛を感じる程度のものが多かった。しかもこの圧痛点にある程度深く刺入しても、スカスカするのみで筋緊張の手応えはなく、響きも得られない。これは刺針でツボが動いて逃げてしまっている現象だろう。

どうすればズンという筋膜刺激を与えられるのかを検討してみると、以下のような治療側を下にしてのシムズ肢位で陰包刺針することがよいことを突き止めた。2~3㎝直刺でズンという響きを与えられることが多い。伏在神経は皮膚知覚支配なので。ズンとする響きは筋トリガーポイント刺激よるものだろう。広筋板の刺激であり、本筋膜緊張による伏在神経圧迫の開放を目的になる。


今振り返ると、陰包を強く押圧して初めて出現する圧痛という程度であれば、それはすでに内転筋症候群とはいえないようだ。軽い押圧でも飛び上がるほど痛く感じない場合は、それは筋膜痛であって、伏在神経痛とはいえないだろう。それは以下に示した症例の針灸治療をしてみての感想である。

 

4.その他の伏在神経症状
 
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。

 
1)膝蓋下枝

縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。

2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴には三陰交・地機・築賓であり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。

 

3.ハンター管症候群の針灸治験
 
1)症例1(40才、女性)

「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
 ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
 
2)症例2(51才、男性)

数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。

 


犢鼻褌の話

2024-06-10 | 経穴の意味

改訂版の学校協会編「経絡経穴学」では「外膝眼」の位置を「犢鼻」としている。つまり外膝眼と犢鼻は同じ部位となってしまった。日本経穴委員会が制定した以上、表だって反論はできないが、既存の鍼灸有資格者からは不評である。

膝蓋骨の左右下縁には、内膝眼と外膝眼があり、そのすぐ下方の膝蓋靱帯上に犢鼻をとる。この3つのツボがセットとなって仔牛の目と鼻になるという、興味深いたとえが失われてしまった。わが道を歩む鍼灸有資格者にとって、このような変更は無視すればよい話であろう。

話は変わり、江戸時代は、褌のことを犢鼻褌(とくびくん)とよぶことも多いことを知った。
ちなみにわが国で褌をするようになったのは江戸時代中期からで、それ以前は着物の下には何もつけていなかった。褌は男女とも使われたが、女性では褌に代わり襦袢を着ることもあった。女性より男性の方が小便や精液で着物を汚すことが多かったので褌は必要な発明だった。江戸の男にとって、衣類の一つであって、暑い季節には褌一本で街を歩く者も普通にいた。

ところで褌を犢鼻褌とよんだ理由は、いくら調べても分からなかったので空想してみた。犢鼻褌とは犢鼻を守る褌ということで、犢鼻が非常に重要な部分であることが知れる。

褌はなぜ衣+軍となるのかは調べて理解することができた。軍は車+勹(つつむ)からなり、指揮官が乗る戦闘用馬車と、3組(1組25名)の歩兵団を組織していた。
これが転じて、褌は重要な部分(陰部)を防御する衣としての意味があると推測した。

 

古代中国の戦車は馬2頭立で、戦車には3人(御者、弓兵、槍兵)が乗った。弓は司令官が兼ねていた。主力武器は戈(か)とよばれた、長い柄に直角となる刃をつけたもので、いざ戦闘が始まると、疾走しながら次々に敵をひっかけて手傷を負わせ、敵を混乱させた(槍で敵を刺すと、抜けなくなって槍をもっていかれる)。後に続く歩兵が手傷を負った将兵を討ち取った。この戦闘用馬車は一騎でも平地では歩兵80人に相当する力があり、狭隘地でも40人の歩兵に相当する力があるとされた。


陰部神経痛の病態と現代鍼灸治療 ver.3.1

2024-06-03 | 腰下肢症状

1.陰部神経の解剖生理
  
陰部神経叢は第2仙骨神経~第4仙骨神経の前枝から構成されており、尾骨に向かって下降する。仙棘靭帯をくぐって大坐骨孔を出て、すぐに仙結節靭帯をくぐって小坐骨孔中に入る。

陰部神経はその後に、会陰神経、後陰茎神経(♂)、後陰唇神経(♀)、陰茎背神経(♂)、陰核背神経(♀)、下直腸神経、骨盤内臓神経などに分岐し、その運動と知覚を支配している。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配しており畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、 排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。また生殖器を支配している。
肛門、外生殖器の皮膚知覚もつかさどっている。また陰部神経の末梢枝は下腹を上行するので、中極からの深刺では陰部に針響を送ることができる。これは膀胱炎や尿道炎の治療に用いられている。

2.陰部神経痛の原因と症状

原因:長く座っている。座っている姿勢が悪い。自転車によく乗る。出産。お尻を強打。

症状:慢性的な肛門の痛み、肛門の奥の痛み、会陰の痛み、性器の痛み、骨盤の痛み(尾骨も含む)


3.陰部神経刺針の適用と技法

 
1)陰部神経刺針の基本


患側上の側腹位。上後腸骨棘と座骨結節内端を結んだ中点をとり、その1寸下方に陰部神経刺激点をとる(三等分して、坐骨結節側から1/3とする方法もある)。3寸8番針で皮膚面に対して直刺し、陰部に響かせる(陰部に響かない場合、響くまで試行錯誤)。響かせた後、通常5~10分間ほど置針。

 

 

2)仙棘靭帯を目標にした陰部神経刺針

陰部神経が絞扼されやすい部の一つとして仙棘靭部で陰部神経が通過する部がある。
前述の「陰部神経刺針の基本的方法」の深刺直刺することで、仙棘靭帯あたりに鍼先を誘導できる。

 

3)陰部神経が内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る陰部神経管(アルコック管)での絞扼
  
①病態


内閉鎖筋下方の内側に位置するトンネル状構造の組織をアルコック管という。陰部神経管内には、陰部動・静脈および陰部神経が通っている。陰部神経は生殖器に行く枝と肛門に行く枝に分かれるが、肛門に行く枝はアルコック管内を横断する。したがってアルコック管刺針は、肛門症状に適応するかもしれないが、生殖器症状(EDを含めて)に適応はないことが知れる。

アルコック管部自体に問題があるのではなく、内閉鎖筋が緊張を強いしてアルコック管が圧迫されて陰部神経の神経絞扼障害が起こりやすいとされている。 

 

 

 



高野正博医師(大腸肛門センター高野病院)は、このような肛門の奥が痛むと訴える患者に、直腸内指診をすると、圧痛ある索状の陰部神経を触れ、患者はその痛みがいつもの痛み症状と同じことを認めると記している。陰部神経痛時には、排便障害(便が出しにくい、残便感) が生じる例もある。本刺針は、骨盤神経(S2,3,4)の副交感神経症状である排便障害にも関与している。なおこれまで肛門奥の鈍痛は、肛門挙筋痛と考えられてきたものだった。また慢性前立腺の障害を疑われることもあった。

 

②肛門挙筋とアルコック管部への刺針 

3寸#8にて長強穴外方3㎝からの直刺深刺すると、肛門挙筋→内閉鎖筋部のアルコック管部あたりに至る。実際に何例か患者に使ってみたが、この刺針は、間欠性跛行症状に効果はないようだ。(脊柱管狭窄症による間欠性跛行には陰部神経刺針が効果的だが、持続作用はせいぜい1週間)。肛門奥の痛みに対しては、やや有効だという印象がある。やや有効というのは、初回来院時の症状よりも痛みは軽減したが、まだまだ肛門奧の痛みが残存している状態である。肛門奧の痛みは、どの医療施設でも決め手になる治療法がないので、鍼灸は今後の技術的工夫により、もっと有力な治療法となるかもしれない。いずれにしても肛門奧の痛みの病態生理が不明なので、今一つ自信をもって施術できないことが苦痛である。

肛門挙筋刺針に対しては、当初は赤ちゃんがオシメをかえる時の姿勢のように仰臥位で両下肢を腹に近づける体位(術者の胸で下肢に覆いかぶさる)をさせたが、この体位を持続させることは患者にとってきつく、羞恥心のあるものだった。最近では腹臥位でお尻を突き出す形(ジャックナイフ位)に変更し、施術に伴う苦労が大幅に減った。


主要な脈状診の解釈

2024-06-01 | 古典概念の現代的解釈

1.脈状診とは

寸口(橈骨茎状突起の内側の橈骨動脈拍動部。太淵穴)に指頭で圧をかけ、その指の感触から、病因の推測、寒熱の度合い、予後の判定などを診る診察法。 
※平脈:健康人の正常な脈を平脈とよぶ。平脈とは次のような脈をいう。一息(一呼一吸)に 4~5拍動(術者の呼吸で判定)、リズムが一定、太くも細くもない。硬くも柔らかくもない。浮いても沈んでもいない状態。

なお脈とミャク(月+永)は同じ意味である。漢字を構成する右側の造りは、水流の細かく分かれて通じる様子であり、これに月(=肉)を加えると、とくに細かくわかれて通じる血管をさすようになる。



脈診で太淵穴を指頭で圧する意味は、太淵穴が部位的に圧しやすいという意味からであって、古代中国人は太淵穴の脈の具合を病態に照らし合わせ、体系的に整理していったと思われる。無数にある血脈の一部位をもって、全身の血脈の具合を推察しようと努めた結果であって、太淵が肺経上にあることは、考慮しなくてもよかろう(背部膀胱経に、背部兪穴が並んでいるのと同じ)。


2.脈の可変因子

1)血脈における気の固摂作用

血管断面積を決定するのは、気の固摂作用である。気の固摂作用が強いほど血管断面は小さくなり、皮膚からの距離は遠くなるので、沈脈となる。気の固摂作用が弱いほど血管断面は大きくなり、皮膚からの距離は近くなるので、浮脈となる。

 
2)血脈における気の推動作用

気は血流速度にも影響を与える。気の推動力の強弱は、血流速度の遅速と相関する。また血流速度は、脈拍数と相関する。

 
3)心拍出力

心臓における血液拍出力が強ければ血流圧(=血圧)が増加する。この値は現代でいう血圧値(とくに最高血圧)の測定で推定できる。心拍出量が大きければ実脈に、小さければ虚脈になるであろう。
 
4)肝の疏泄作用

肝の疏泄作用とは、気血水を滞りなく、のびのびと回す力をいう。この疏泄作用の低下の原因は、ストレス(抑鬱、怒り)であり、中医学では 肝鬱気滞(=肝気鬱滞)と称する。気の流れが悪くなって滞り、引き続いて血流の勢いも低下する(気滞血オ)。



4.代表的な脈状
脈の数は何十種類もあるが、その脈状の意味を共有できる者が大勢いなければ、
学問としての発展性は乏しい。かつて日産厚生会玉川病院東洋医学科(当時の主任、鈴木育雄氏)では、代田文彦氏の考えを具体的に現すものとして、以下に示す八種の脈を、同科の内部で共通して用いる代表的な脈状診に定めた。

1)浮脈

概念:軽く指をあてて触れる脈
解釈:気の固摂作用低下で、血管が緩んだ状態。つまり末梢血管拡張状態。病が表にあることを示す。体熱を放散する目的←風邪の表証。いわゆるパワー不足←気虚証。
刺激:針を浅く(5㎜)刺す。

2)沈脈

概念:強く圧して初めて触れる脈
解釈:気の固摂作用亢進で、血管が緊張した状態。つまり末梢循環収縮状態。裏証。多くは冷えによるものであり、体熱を逃がさないようにする目的がある。 
刺激:理論上は針を深く刺すことになる。実際には寒証が多いので温補がよい。

3)数脈

概念:一呼吸に六拍以上(90拍/分以上の脈)、頻脈
解釈:気の推動作用増加し、血流が速くなる。熱証。現代医学では基礎代謝増加(発熱疾患、精神緊張、甲状腺機能亢進症、脱水)
解説:一般感染症をまず考える。しかし針灸に来院する患者に有熱者は少ないので、大部分の者は鬱熱状態(陽気が長期間外に排出できない)を考える。鬱熱の原因として情志機能の失調による臓腑の機能障害(交感神経緊張)がある。
刺激:浅く速刺速抜し、熱をさます。

4)遅脈

概念:一呼吸に三拍以下(50拍/分以上の脈)、徐脈
解釈:気の推動作用減少し、血流がゆっくりになる。寒証。現代医学では基礎代謝低下(甲状腺機能低下症、低体温症)。
解説:徐脈は一般的にはまず心疾患(房室ブロック)を考える。心臓に異常がなければ、甲状腺機能低下症(基礎代謝低下による徐脈)などの内分泌疾患を考える。東洋医学では血流が活発でないことによる寒証を意味するが。その本態は血虚(血液量不足)または腎虚(精力不足)にある。
刺激:治療は温灸や知熱灸がよい。

5)実脈

概念:明らかに力強い脈で、浮中沈ともよく触れる脈。
解釈:血液が血管に充満して圧力をかけている。すなわち高血圧、動脈硬化状態。心拍出量増大。実証。
刺激:太い針で強めの刺激をする。

6)虚脈

概念:明らかに力のない脈で、浮中沈ともあまり触れない脈。
解釈:血液が血管をかろうじて満たしている状況で、圧力に乏しい。低血圧状態。虚証(気虚、血虚など)
解説:心拍出力低下(=低血圧)、腎虚(=生命力低下)。
刺激:強い刺激を身体が受け付けないので、細針で針響を与えないよう刺す。

7)弦脈       

概念:琴弦を押すように力強く(緊張した)脈。
解釈:集まった気血が拡がらない状態。この原因としてつぎの2つがある。
①肝の疏泄作用の失調 →肝気鬱血
②痰飲:痰があるので
③痛み:苦痛大なので脈も緊張している。
解説:中枢因子:ストレス過多による交感神経緊張状態(肝の疏泄作用の失調→肝気鬱血、疼痛状態)
       末梢因子:痰飲によって気が阻滞
   ※筆者は、肝の作用を、現代医学でいう大脳新皮質の作用と考えている。精神的要素=肝の病
    変と考える。この詳細は、「古典概念の現代医学的解釈」カテゴリー中の、「古代中国人の肝
    の認識」ブログ参照のこと。

8)緊脈

概念:ワラを押すよう。琴弦がさらに細くなった、弦脈の緊張型。血管が緊張して力強さ感じる。
解釈:弦脈と同病態 + 寒証

               


以下に脈診分類に関する新たな試みを示した。

ケッペンの気候区分による脈診の分類(2019.2.28)

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/ead80c07657299b0753ff75c6f97f0bf


中髎穴刺針の適応症(北小路博司氏の研究)と追試した印象

2024-05-31 | 泌尿・生殖器症状

※令和6年4月11日付けで、カマタ様から当院に11000円のお振込がありました。おそらくCDテキスト代金だと思いますが、カマタ様の住所・電話が分からず、CDをお送りすることができない状況となっています。恐れ入りますが、Eメールにて住所・電話をお知らせください。早急に商品をお送りします。

1.八髎穴の適応

針灸治療において、八髎穴では、次髎穴と中髎穴の使用頻度が高い。一般的に仙骨神経叢の構成はL4~S4脊髄神経前枝からなるので、この代表刺激点としてはS2後仙骨孔部に位置する次髎を使うことが多い。また骨盤神経(副交感神経)と陰部神経(体性神経)は、ともにS2~S4を起始としているので、代表刺激点としてS3後仙骨孔部にある中髎を使うことが多い。
ざっくりいうならば、整形外科疾患である坐骨神経痛には次髎を用い、泌尿生殖器科や婦人科疾患には中髎を使うことが多いといえる。

※ただし木下晴都著「坐骨神経痛と針灸」には、多数の座骨神経痛で来院した患者に対し、腰殿仙骨部で座骨神経痛治療に使用することの多いと思える経穴を10穴程度選穴して治療効果を検討した。その結果、①浅刺よりも深刺が効果あったこと、②どの穴も大なり小なり効果があったが、次髎だけは悪化した、との結果だった。次髎に深刺置針をすると、かえって坐骨神経痛が悪化することがあると記されているが、その機序についての考察までは記していない。  

ところで中髎に刺針して、骨盤神経や陰部神経を刺激するとしても、実際にはどのような疾患に対し、どの程度の効果が期待できるのか、という疑問は以前からあったのだが、どれも自分の臨床経験で語られてきたに過ぎなかった。

この問に対して、北小路博司氏(明治鍼灸大学)は、一連の精力的な研究を継続して行い、かなりの回答を与えてくれた。この内容を総括的にみるには、「鍼灸臨床の科学」医歯薬出版刊の、<泌尿・生殖器系障害に対する鍼灸治療>が適していると思う。その結果をかいつまんで紹介し、若干の解説を加える。

 

2.中髎の解剖学的特徴

仙髄排尿中枢(S2~S4)に位置する。これらは骨盤神経(副交感神経)、陰部神経(体性神経、自律神経系)の起始する部位で、膀胱、尿道(外尿道括約筋)、および性機能に深く関係している。

 

3.中髎の刺針と刺激方法

第3後仙骨孔に入れるのではなく、第3仙骨孔付近の仙骨後面の骨膜を刺激する。

※上記の刺針を北小路博司氏が提示したヘリカルCTで見ると、確かに仙骨前面に沿うように刺入されている。内臓にまで刺入されていないことも確認できるが、沿うように刺入することは意外に難しく、できるだけ仙骨骨膜をこするように刺激することでもよいだろう。


4.中髎刺針の臨床成績  

1)切迫性尿失禁

神経因性の過活動性膀胱患者の
最大尿期時膀胱容量が増加傾向。切迫性尿失禁患者の60%が、尿失禁の消失ないし改善した。中髎刺針は膀胱容量を増加させる傾向がある。 無抑制収縮を抑制させる傾向がある。

2)前立腺肥大症(第Ⅰ期)

前立腺肥大症第Ⅰ期に対して、週1回の中髎刺針を行い、平均6回あまり施術した。夜間の排尿回数減少、および昼間排尿間隔の延長がみられた。ただし治療終了後は元に戻る傾向があった。

3)排尿筋、外尿道括約筋協調不全 

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能正常、尿道機能は過活動)で、主訴は排尿困難。6例中、4例で排尿困難が消失、1例は改善した。初発尿意、最大尿意および膀胱コンプライアンスは不変。残尿量の減少も5例でみられた。

4)低緊張性膀胱による排尿困難

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能が低活動、尿道機能正常)で、主訴は排尿困難。
の者。7例中、1例に排尿困難の軽減がみられた。中髎の鍼治療によって、排尿筋の収縮力を高めることはできなかった。

5)勃起障害

心因性9例、内分泌性8例、静脈性3例、糖尿病性2例、神経因性1例、前立腺症1例の計26例。早朝勃起は全症例に対して改善。性交時の状態は65%が改善(心因性33%、内分泌性88%、静脈性100%、糖尿病性50%、それぞれ改善したが、神経因性その他は不変)。心因性インポテンツが、他の原因によるインポテンツと比べ、予想外に有効率が低い。
註:これはバイアグラと同様の傾向である。


6)Ⅰ型夜尿症(膀胱内圧上昇時にも、浅い睡眠に移行するも覚醒に至らないタイプ)

※Ⅱa型は脳波上、覚醒反応が生ぜず、深い睡眠のまま夜尿する。Ⅱb型は膀胱に生じる無抑制収縮を原因とした膀胱機能障害であり、深い睡眠のまま夜尿する。
薬物療法無効の8例。週1回施術で平均5回強治療。夜尿出現率が10%以上改善した者は4例、10%以下の無効例は4例だった。有効例はすべて初発尿意(膀胱にどの程度の尿が溜まったら尿意として自覚するか)が改善した。機能性膀胱容量の増大と初発尿意の延長が、夜尿症の改善に関係あるらしい。

※最新の知見では、夜尿と睡眠の浅深は無関係であることが分かった。つまり上記成績は、Ⅰ型夜尿症に限定する必要はないであろう。 

 

5.中髎刺針の総括

中髎穴刺針には、つぎのような作用がある。

1)膀胱括約筋緊張を緩める →膀胱容量を増加するので、尿意を減らし排尿回数を減らす。
2)膀胱容量が拡大するので、夜尿が発生する時刻を遅らせる。
3)尿道外括約筋の緊張を緩める →外尿道括約筋の過緊張を緩めることで排尿困難を改善。
4)勃起障害を改善。だたし心因性の勃起には有効率が低い。

※このブログを発表したのは、2006年11月のことだった。あれから約15年経過した。この間、泌尿器疾患患者を扱う機会も百症例以上あったとは思う。これらの患者に対して中国鍼で中髎から斜刺をしてみたのだが、残念ながら、あまり有効だったとの感触は得られなかった。現在、中髎刺針しながらハコ灸を追加したり、陰部神経刺針パルスをしたり、手を変え品をかえつつ、有効性を高める努力を継続中である。以前、迷走神経は口から胃にかけての領域に副交感神経作用をもたすとされていたが、最近になった迷走神経の枝は大腸まで達していることが明らかになった。骨盤内蔵を副交感神経支配するのはS2~S4の骨盤神経である。


6.中髎刺激の印象

中髎水平刺の意図は、陰部神経・骨盤神経・仙骨神経を刺激することである。私は原法に従って十年近く実践してきてきたが、この治療方法は万能ではないことも分かってきた。陰部神経刺激であれば陰部神経刺針(座骨結節と上後腸骨棘を結んだ中点から、一横指座骨結節寄りから直刺2~3寸)を行った方が、症状部に響かせることができる。仙骨神経叢に響かせるのは、坐骨神経ブロック点刺針からの方が有利である(骨盤神経叢は響かせることができない)。

①馬尾性間欠性跛行症に対して、持続歩行可能な時間が延びることが多かった。しかしこの効果持続期間は1週間程度であり、繰り返して治療しても治るということはない。1週間から2週間に1度の鍼灸施術で、症状をコントロールできるのがせいぜいである。治療を中止すると元の状態に戻ってしまうことが非常に多い。

②中髎水平刺ではなく、3寸針で8㎝ほど中髎深刺すると、陰部神経支配領域に響きを与えることができるので、従来の陰部神経刺針よりも有効となるかもしれない。(第3仙骨孔を貫通させるのは、初心者には難しいだろうが)

③肛門痛に対しては、陰部神経や中髎直刺よりも、会陽からの深刺の方が効果あるようだ。会陽から直刺深刺し、肛門挙筋も同時に刺激するような治療が効果的ではないかという発想が生まれた。現在、肛門奧の痛みをもつ一人の患者に対して、ジャックナイフ位にて行う会陽深刺と会陽から5㎝下のほぼ肛門の高さからの刺針の効果を検討中である。アルコック管刺針や内閉鎖筋刺針も肛門症状に対しても。試みてはいるが、大した効果はあがっていない。

 

④陰茎・陰嚢痛の痛みに対する治療は、いろいろやってはみているが、いまのところよい治療法が見つかっていない。

⑤切迫性尿失禁については、座位で2壮の中髎のせんねん灸を行い、大幅に症状改善した例があった(自験例)。

⑥頻尿については何例か八髎穴に施灸したが、治療効果はあがっていない。夜尿については治験がない。

 

 

 

 

 


百会の治効と導出静脈 ver.1.3

2024-05-30 | 経穴の意味

百会穴は代表的な経穴の一つで、針灸師の間でもその重要性が指摘されている。ところが重要視すべき根拠は、経絡学説以外には、あまり明確に認識されていないようである。
この原稿では、代田文誌先生の考え方を紹介するとともに、その背後にある現代の理論を説明する。


1.導出静脈の機能に関する代田文誌先生の見解

百会ならびに通天は、頭頂孔付近(百会付近で、正中から両側外方約1㎝)に位置する。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する導血管の通路に相当する。したがって頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになる。
代田文誌氏は、このような見解に立って、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。なかんずく、この部位の瀉血が頭痛、片頭痛、脳充血の症状を即座に好転せしむる。
以上の記述は、石川太刀雄「内臓体壁反射」より抜粋したものであるが、本書が出版されたのは1962年なので、再検討すべき課題である。
なお同様の内容は代田文雑誌著「鍼灸臨床録」にも書かれている。鍼灸臨床録は、代田文誌が残した学術的傾向の強い論文集である。石川太刀雄が鍼灸に深く関係する著書を出版した後、いろいろな針灸師から「○○はどうやって治療するのか?」とする質問を受けたそうだ。臨床医でない石川はその質問に答えず、なによりも即物的な回答を求める針灸師を嫌うようになった。石川が交友をもった針灸師は、代田文誌のみだったという話である。

 

※清濁合わせもった石川太刀雄

石川太刀雄といえば、鍼灸界では内臓体壁反射や皮電計で広く知られているが、第二次世界大戦中には陸軍731部隊に所属し、現地人(中国人、ロシア人など)を使った生体実験をしたことでも知られている。このことを私が初めて知ったのは森村誠一著「悪魔の飽食」で、その中に石川太刀雄の名前が出ていたので驚いたものである。非人道的な実験をしつつも、実際に貴重な生データを得られたのは事実だった。敗戦後、731部隊のメンバーは当然ながら戦争犯罪人になるところ、データをアメリが側に提供すれば罪に問わないとする司法取引に応じて、実際に罪に問われることがなかった。
石川が亡くなったのは1973年だった。私が30才頃、医道の日本誌のバックナンバーを見ていて偶然に石川太刀雄死去の記事を発見した。記事のタイトルは「清濁合わせもつ人 石川太刀雄」だったことを覚えている。

 

 

 2.導出静脈付近の解剖

脳硬膜下で、かつ左右の脳硬膜が合わさる部分の大きな間隙を硬膜静脈洞とよび、脳を通ってきた静脈血を集めて内頸静脈に送る役割がある。
硬膜静脈洞で、大脳鎌上縁のものを、上矢状静脈洞とよぶ。頭蓋骨の円錐部にはいくつかの小孔が開口している。その代表が頭頂孔である。頭頂導出静脈は頭頂孔を通って、上矢状静脈洞と浅側頭静脈などの頭皮の静脈と交通している。すなわち導出静脈を仲介として、頭蓋内と頭蓋外の静脈血が貫通している。頭頂孔は、百会~通天付近に複数ある。頭頂導出静脈が出る部はほぼ百会の位置に相当するといえるが。同様の構造をもつものに、乳突導出静脈部の風池、後頭導出静脈部の強間などがある。さらに眼角静脈~眼静脈部の睛明もこの類になる。

 

 

 

 .導出静脈の血流方向の変化

頭部の静脈には弁がないこともあり、上述した静脈の血流方向は変化することが分かってきた。この現象を「選択的脳冷却」とよび、現代医学の一研究分野となっている。


1)ヒトが高体温になると、顔面・頭皮の静脈血が、眼角・眼静脈、導出静脈経由で頭蓋内に流れ、脳の冷却に寄与している(反対に低体温時になると、脳から皮膚へと流れを変える)。頭蓋内が高温になると、頭や額から発汗する。これが蒸発する際に、気化熱を奪う。高体温時に、額を濡れタオルで冷やすというのは合理性がある。

2)眼窩の奥に位置する海綿静脈洞が、脳核心温度を下げるため、ラジエータとしての役割を果たしている(正確には、下鼻甲介部に分布している海綿静脈洞が、呼吸気流で冷却され、冷却された静脈血が海綿静脈洞に集まる)
とする見解がある。

3)他にとして、換気量の増加は脳核心温度を下げる作用がある。これは上気道粘膜での水の蒸発による冷却効果である。イヌなどは暑い時、口をあけて大きく呼吸するのも、この機序を利用して脳内温度を低下させている。


4.脳の過熱防止機構と百会等への刺激

ヒトは、日中は脳の活動も盛んであり、徐々に脳の深部温度が高くなる。起床後、16時間ほど経過すると、脳の深部温が過熱した状態になり、過熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠に、脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。
脳核心温度の上昇は、酷暑時や発熱時だけでなく、脳の活動過剰(知的活動、精神的ストレス)などでも生じやすいであろう。臨床的には、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得る。

冒頭に紹介した代田文誌の考察は、頭蓋内の静脈血の充満状態を、頭蓋外に放出することで減圧を図るとする考えのようだが、現代医学的研究は、脳の冷却におかれているようだ。

 

5.余談:医学生、北杜夫が受けた口頭試問

故、北杜夫は医師で小説家として有名だった。北杜夫が医学生だった頃、担当教官から次のような質問をされたという場面が載っていた。
「導出静脈の血流は、普段頭蓋内から頭蓋外に流れるのか?それとも頭蓋外から頭蓋内に流れるのか?」
北杜夫が、とまどいつつ「頭蓋内から頭蓋外に流れる」と返答した。
教官は、「本当にそれでよいか?」と問いただすと、北は「いや、頭蓋外から頭蓋内に」と回答を変えた。
すると再び教官は、「本当にそれでよいのだな」と問いだたすと、北は、「いや反対に・・・」とまたもや答えを訂正したという。


仙椎一行の圧痛硬結の意味

2024-05-30 | 腰背痛

1.腰殿痛を訴える一部の患者に、触診すると仙椎棘突起傍に圧痛硬結をみることがある。患者の大部分は、自分自身でその反応に気づかない。しかし腰椎や下部胸椎や腰椎の棘突起傍に刺針してもあまり腰殿痛は改善せず、仙椎棘突起傍に刺針して、初めて腰が伸びたり、上体の前方屈曲が可能になる者が結構多く、下部胸椎や腰椎の一行と併せ、仙椎一行(棘突起傍0.3~0.5寸)の圧痛硬結に刺針することは非常に効果がある。

 

.仙椎一行の皮下にある筋は、表層も深層も多裂筋である。多裂筋や回旋筋は短いので、脊椎捻挫の際にモロに損傷を受けやすい。これに対し、起立筋などの長い筋は筋伸縮に余裕があるので衝撃を逃がすことでダメージを受けにくいのだという。腰部表層には、浅層ファッシア(浅層腰仙筋膜)が発達し、サポーターのようにて腰を保護している。したがって、腰部一行刺針で直刺すれば多裂筋、水平刺すれば浅層ファッシアに対する治療ということになる。

 

3.多裂筋のトリガーポイント
トラベルとシモンズの「トリガーポイントマニュアル」によると、仙骨部でS1やS4の高さの多裂筋のTPsは、まさにその部分の痛みが出現すように図示されている。


4.「椎間関節性腰痛」の顛末
30年ほど前、針灸師の間で、神経根症状のない腰殿部痛の大部分は、筋筋膜性腰痛(ほとんどは起立筋性や腰方形筋性の)と診断がつけられていたと思う。それが「椎間関節性腰痛」という病態が認識され出してから、胸腰椎棘突起直側に圧痛点を見いだせるものは椎間関節性腰痛と診断され、こうした圧痛が発見できないものには筋筋膜性腰痛とのベッドサイド的診断が行われてきたように考える。

それは椎間関節の捻挫→滑膜や周囲筋の筋損傷→脊髄神経後枝内側枝の興奮→背部一行の圧痛という機序で説明された。このような病態に対し、私は脊髄神経後枝内側枝の鎮痛目的で背部一行刺針を行い、まずまずの成果をあげてきた。一方、椎間関節にモロに針先をぶつけて刺激する方法も考案され、治療効果に優れていると記した報告も多々あった。この方法を試してみると、結構深刺になり、また確かに骨にはぶつかるが、椎間関節に刺入できているか否か判定しづらかった。さらに非常に強刺激な針になることがわかったので、使う機会は減っていった。というのも一行の針で満足できる効果が得られていたからでもあった。 
 

実際的に腰痛症の8割前後の患者に腰背部一行の圧痛が発見できるので、これをもって腰痛症の8割は椎間関節症だと考えたこともあった。しかし、これでは仙椎棘突起一行の圧痛を説明できない。仙椎は癒合しており、椎間関節は存在しないからである。すると痛みの原因として考えられるのは、背部一行にある筋自体の問題であって、前述したような多裂筋の問題に落ち着くのである。

 

 


筋々膜性腰痛の針灸治療(上) 横突棘筋性の腰痛 ver.1.4

2024-05-29 | 腰背痛

1.概念

背腰部の過伸展や捻転→筋々膜のトリガー活性化→脊髄神経後枝が筋膜を貫く部位で刺激されて枝興奮。なお腰背筋の代表といえるのは脊柱起立筋だが、この筋は脊柱を支え、固定するための能が中心で、寝ている時以外は常に緊張状態にあることが知られるようになった。筋筋膜性腰痛の関係は密接でない。
 

不正動作ににより突発的に生ずる痛みは、大腰筋・腰方形筋・横突棘筋(=短背筋)の問題らしい。これら筋群は、腰椎に直接付着しているという共通性がある。

2.横突棘筋の筋々膜性痛

1)短背筋の構造 

棘突起外方5分で背腰部督脈に伴走するラインを背部一行線(または夾脊)とよぶ。この部には半棘筋・多裂筋・長、短の回旋筋があり、横突棘筋(または短背筋)と総称する。腰椎-仙椎においては、横突棘筋のうち多裂筋が発達している。多裂筋も横突起と棘突起を結ぶ筋であるが、比較的筋長が長いので、回旋作用よりも屈伸作用が主体となり、腰仙椎部分で発達している。基本的に横突起を起始とし、それより上位の棘突起を停止とする筋。靴ヒモ様の構造になっている。すべて脊髄神経後枝支配。

 

 

 

 

2)横突棘筋の脆弱性

腰椎と異なり、胸椎においては椎間関刻面の構造上、左右回旋ができるが、前後屈はできないという特徴がある。なお胸を左右に回旋させる作用がある横突棘筋は、半棘筋と長、短回旋筋である。

上体を左右に回旋する時、上下に隣接する胸椎は、半棘筋・長・短回旋筋の作用で少しずつ回旋るが、腰椎以下はし、左右回旋運動できないが、前後屈はできるという特徴があるので、回旋運はTh12-L1間でスムーズに流れず、強い力学的ストレスが椎間関節に加わることになる。結果椎間関節症を起こしやすい。またこの椎体間の不正な動きは、半棘筋・長・短回旋筋を無理に伸張させる動きとなるので、同筋群の筋々膜性腰痛も引き起こしやすい。

※短背筋は短い、すなわち起始と停止の距離が短いので、椎体間の不正な動きの衝撃を受け流すことが難しく、筋にダメージを受けやすい。その逆に起立筋(棘筋、最長筋、腸肋骨筋)は筋長が長いので上手に衝撃を逃がしやすい。

3)横突棘筋性筋々膜性腰痛の所見と針灸治療

胸椎部一行線上の短背筋群に圧痛出現する。この圧痛点下にある障害筋中2~3㎝刺入。置針5~10分。なおTh12-L1間の椎間関節性腰痛は高頻度に起こり、これをメイン症候群とよぶ。

 
3.とくに多裂筋性腰痛について

1)多裂筋の脆弱性

胸椎範囲の短背筋群の障害筋は、半棘筋・長・短回旋筋が代表的なのに対し、腰椎範囲の短背筋代表的障害筋は多裂筋である。なお多裂筋が発達してる一方、棘筋はないか、あっても薄い状態になっている。多裂筋は腰椎の前後屈運動を行う機能があるので、腰仙部で発している。多裂筋性腰痛は、上体の回旋動作で発症するのではなく、上体の前屈や再伸展動作で症しやすい。


寝ている時は何でもないのに、寝床から上半身を起こす動作で、急に腰痛を自覚する場合がある重症では継続して痛むが、軽症の場合では昼頃になると自然と腰痛消失し、翌朝は同じような腰が再び出現する。これは不良な就寝姿勢とくに軟らかすぎるマットにより殿が深く沈むことで腰前彎の増強→多裂筋緊張増強となっている状態である。
この状態は、仰臥位で腰部に手を差し入れるようにすると腰が浮き上がっていることで確認できる仰臥位で、両手で膝を抱えるようにして、背中を丸めるような姿勢をすると多裂筋伸張体操とな(=ウィリアム体操)。

 

 

2)レ・ネ・カリエの「腰痛三角」刺針

脊柱起立筋は、腰部を過ぎて仙骨まで走行しているが、仙骨部は腱構造となって先細りしている起立筋の筋収縮は、この先細り部に加わる力が非常に大きいので、筋筋膜性の障害が起きやすい。第5腰椎棘突起、第1仙椎棘突起、上後腸骨棘の3点を結んだ領域に腰痛が起こりやすいことら、フランス人医師であるカリエはこの部を「腰痛三角」とよんだ。これも多裂筋緊張を診ていると考える。


伏臥位にて、腰痛三角部中央部から直刺して、針先を多裂筋中に入れる。直刺深刺すると多裂筋刺針になる。

腰痛三角からの刺針は、水平刺する見解もある。この理由は胸腰筋膜(=腰仙骨筋膜)の一端を形成しているのがこの領域になるからである。胸腰筋膜とは、腰仙部の表層の解剖学図で、白く示されている浅筋膜(=浅層ファッシア)の領域で、表層筋や脊椎をつなぎ合わせている部分で、この場合、浅層ということで水平刺するのがよい(そういう風に教わった)。そして両脚の膝関節を10回程度、交互に屈曲(足をバタバタさせる)させる。また立位上体前屈位で腰痛三角から水平刺し、上体を前屈と再伸展を数回繰り返す方法も考案された。後者の場合、前屈可能な角度が増してくることを確認できる。これら2つの方法は、現在の患者の体位により使い分けるのがよい。

 

 

 

3)小腸兪と関元兪について

代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、小腸兪をL5棘突起外方1.5寸を取穴しているので、カリエの腰痛三角中央は、小腸兪一行に相当している(現在の標準的な小腸兪位置は、S1仙骨の外方1.5寸になってしまった)。一方、関元兪はL5棘突起下外方1.5寸に取ることに決まったので腰痛三角の中心は関元兪一行といえる。ただし沢田健は、L5棘突起外方1.5寸の部の小腸兪をリウマチの熱をとるツボと考えていた(煙にまかれたような話であるが)。その意味するところを代田文彦先生に質問したが、全身的症状に対しては、いちいち疼痛部に針灸すると大変なので、痛みの中心路である脊髄、その中で上肢に関係深い頸膨大部として大椎穴を、下肢に関係深い腰膨大部として小腸兪に施術するという考え方があると教えていただいた。