現代医学的鍼灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

当ブログの目的

3020-11-01 | 現代医学的針灸の公開にあたって

                 「現代医学的鍼灸治療」に、ようこそ

これまで鍼灸を学び、迷いながら患者様のへ施術をおこなってきました、針灸臨床を始めて32年(令和2年現在)が過ぎた現在、自分なりの針灸治療も確立しつつありますが、中間報告の形でまとめることで、これまでの自分の成果を緒先生方に報告することにしました。発表するのは年令的(身体的・頭脳的に)に、余裕がなくなってきていることもあります。
結果的にですが、臨床5年経過あたりで、結果として現代鍼灸を志向することになりました。現代鍼灸の治療は、端的にいえば論理的であることに尽きます。これまでのところ論理的に考えていこうとする鍼灸臨床理論は現代鍼灸以外にありません。なぜそのツボを使うのかとか、どうして鍼ではなく灸を使うのか、あるいはなぜその手技や体位で施術するのかなどに対し、自分なりの回答を与えました。

なお本ブログは、平成18年3月10日から配信開始しています。記事<「現代医学的鍼灸治療」にようこそ の日付は、3017年となっていて誤りではありますが、ブログ閲覧で最初になるようにしたためです。

当なお、本ブログのタイトルに続くVer.○○との表記ですが、当初はすべてVer.1.0(初回版)になりますが、その数は多く、Ver.1.0に限っては表記を省略しています。後日これに改修を加えることもあって、小さな改修には、小数点以下の数字を、大きな改訂の場合には小数点以上の数字を与えて区別しています。たとえば、Ver.2.1の場合、大きな改訂を1回行い、小さな改訂を2回したことを示しています。

ブログに対して、ご意見・ご感想を頂戴することは歓迎するところです。しかし今後匿名で私に回答を強いる質問等につきましては、今後返信しないことにしました。(平成30年2月15日)

 

本ブログの記事(文字+図表)のみを、Wordで印刷する方法

本ブログの記事を図や写真入りで印刷して残しておきたい。余計なものは印刷したくない。そんなときの印刷方法。

①インターネット上で、プリントアウトしたい範囲を左クリックしつつドラッグ(滑らせ)選択。すると、文字、図や写真が反転。
②選択した上で右クリックし、メニューの中の「 コピー 」をクリック。(インターネットは終了してもOK)
③Wordを開く。白紙を開いて、「貼り付け」をクリック。
④余白を狭くして,改行等も編集するなど、Word上で微調整し、プリントアウトする。
このWordファイルを「名前を付けて保存」すれば、ファイルとして保存することもできる。

※一太郎で行ってみると、文字だけは上記方法でプリントアウトならびにファイル保存できるのだが、図は保存できなかった。図に対してはマウスを右クリックし、「名前を付けて保存」を実行し、パソコン画面上に一度ファイルを作成し、さきほど保存した文書ファイルに図を挿入するようにするとよい。

 

系統的に現代鍼灸を学習するためのCDも販売中です。これまで数百名の先生方にお求めいただきました。
現代針灸臨床論Ⅰ5,000円、現代鍼灸臨床論Ⅱ6,000円で、ⅠⅡ同時購入では10,000円となります。


◎現代針灸臨床論Ⅰ  第16版(令和2年8月31日時点) 本文p323
整形外科・末梢神経障害・歯科  

第1章 頭痛 p23  
1節 針灸不適応の頭痛の除外   2節 針灸適応となる頭痛の概要   3節 頭痛の鑑別診断   4節 頭痛の針灸治療

第2章 頸腕痛 p32 
1節 頸腕痛疾患の概要  2節 頸肩腕症状の鑑別診断    3節 頸肩腕痛の針灸治療    4節 肩こり性 

第3章 肩関節痛 p26   
1節 肩関節の動きと作用筋   2節 結帯動作制限・結髪動作制限と治療   3節 肩関節疾患と針灸治療   4節 いわゆる五十肩
5節 アナトミートレイン

第4章 腰痛 p26  
1節 腰痛疾患の概要    2節 腰痛の不適応の判定    3節 効かせるための針の技法   4節 殿部痛

第5章 腰下肢痛 p32  
1節 腰神経叢症状   2節 仙骨神経叢症状と腰椎椎間板ヘルニア    3節 脊柱管狭窄症   4節 股関節疾患  

第6章 膝関節痛 p31
1節 針灸不適応の膝痛疾患   2節 膝関節痛の鑑別診断    3節 針灸適応の膝関節痛の針灸診療  4節 変形性膝関節症の針灸診療  

第7章 顔面症状 p23  
1節 顔面痛    2節 顔面神経麻痺   3節 顔面部の痙攣  

第8章 上肢部症状 p35 
1節 肘関節痛     2節  手関節痛・手指痛   3節 上肢の神経麻痺と神経絞扼障害  

第9章 下肢部症状 p36  
1節 下肢の常見疾患     2節 足部の常見疾患   3節  下肢の神経麻痺と神経絞扼障害  

第10章 歯科症状 p23   
1節 歯の基礎知識    2節 歯科の主要疾患    3節 歯科領域の針灸治療   4節 口内炎  5節 顎関節症   

第11章 総論的知識 p26   
1節  神経線維と運動制御     2節  MPS(筋膜性疼痛症候群)     3節『鍼治新書』の要点                 

 

◎現代鍼灸臨床論Ⅱ 第23版(令和2年8月31日時点)本文p371
内科・眼科・耳鼻咽喉科・泌尿器科・産婦人科・皮膚科他    

第1章 上中腹部消化器症状  p37
1節 腹痛の代表疾患  2節 針灸院における診察手順  3節 内臓体壁反射と針灸治療パターン  4節 横隔神経と体壁反応   5節 胃疾患と針灸治療  
6節 肝炎患者の扱いと慢性肝炎の針灸治療   7節 胆道疾患と針灸治療  8節 膵炎と針灸治療        

第2章 下腹部消化器症状  p27  
1節 下腹痛と体壁反応  2節 針灸院での下腹診察と針灸治療   3節 下痢   4節  便秘    5節 下痢・便秘の針灸治療    6節 虫垂炎と針灸治療   7節 痔疾と針灸治療         

第3章 鼻科・咽喉科症状  p31  
1節 鼻の疾患  2節  咽頭の疾患  3節 喉頭の疾患   4節 くしゃみ・しゃっくり   5節 かぜ症候群

第4章 胸部症状  p26  
1節 胸痛の針灸診療  2節 動悸・息切れ  3節 咳嗽・喀痰の針灸治療  4節 気管支喘息の針灸診療     

第5章 末梢循環器症状   p32 
 1節 冷え症   2節 ほてり・のぼせ  3節 末梢動脈閉塞性疾患   4節 メタボリックシンドローム  5節 低血圧症

第6章 精神症状と全身症状 p40  
1節 不眠症  2節 疲労倦怠および貧血  3節 不定愁訴症候群・神経症・更年期障害   4節 肥満 

第7章 腎・泌尿・生殖器症状  p32  
1節 腎・泌尿器と体壁反応    2節 主な腎疾患    3節 疼痛を生ずる尿路疾患  4節 頻尿・尿失禁・排尿困難   5節 夜尿症  6節 ED          

第8章 産婦人科症状  p29  
1節 性周期とホルモン  2節 婦人科の主要疾患  3節 婦人科疾患の体表反応と針灸治療  4節 月経異常   5節 月経随伴症状と針灸治療    6節 不妊症   7節 産科の主要疾患   8節 乳房症状           

第9章 眼症状 p32
1節 眼の構造と機能    2節  代表的な眼症状と鑑別診断  3節 代表的な眼科疾患  4節 全身疾患の一部としての眼科症状  5節 眼科の針灸治療            
第10章 耳科症状  p38  1節 耳の構造と機能    2節  難聴・耳鳴の診察  3節 めまいの診察  4節  耳痛と針灸治療  5節  耳科疾患の概要   6節 難聴・耳鳴の針灸治療   7節 めまいの針灸治療    

第11章 皮膚科症状 p23  
1節 皮膚腫瘤   2節 アトピー性皮膚炎   3節 毛髪の異常

第12章 その他の主要疾患  p20  
1節  関節リウマチ   2節 脳血管障害   3節 パーキンソン病  
巻末資料:体性神経デルマトーム図


◎同梱の資料(令和2年8月31日時点)
1.經絡経穴学 37ページ
2.医学語呂1100(基礎、応用、東洋医学) 67ページ
3.東洋医学臨床論(中医学)P92ページ+舌診5ページ+腹診3ページ

 


 

 

 

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肛門奥の痛みに内閉鎖筋刺針が有効だった症例の考察 ver.1.4

2021-02-26 | 腹部症状

最近、肛門奥の痛みを訴える患者(51才、男)に対し、治療1回目から大幅に鎮痛できた経験をした。本患者は、10年来、肛門奥の鈍痛でとくに小便時に肛門の違和感を感じる。右8左2の割合で痛むとのこと。これまで色々な医療施設を受診したが、症状の改善はなかった。その中で最も効果あった治療は、直腸へ局麻注射で数字間の鎮痛を得た。私のブログを見て自ら内閉鎖筋刺針を希望してきた。そこで内閉鎖筋刺針を行い、症状軽減した。ただし詳しく問診すると、肛門奥の痛みは鎮痛できたが、肛門表面の痛みは改善していないとのことだった。肛門奥の痛みは肛門挙筋の筋緊張によるもので,肛門挙筋刺針で改善したが、肛門表面の痛みはまた別の種類(外肛門括約筋もしくは陰部神経の痛み)ということだろうか。(内肛門括約筋は体性神経支配ではないので痛みを感じない)

これまで肛門奥の痛みは何例も治療にあたってきたが、効果が出せず色々な方法を試していたが、やっと結果が出た。そこでこれまでも書いてきたことではあるが、肛門奥の痛みについて整理してみたい。


1.肛門奥の痛みについて

これまで肛門奥の痛みを、慢性前立腺炎だろうと判断し、それには陰部神経刺針という方式で行ってきた。しかし慢性前立腺炎だという診断は不確かなものである。病態はあまり解明されておらず、非細菌性で、 <前立腺に由来すると考えられる頻尿、排尿痛、排尿時不快感、残尿感、下腹部~会陰部~鼡径部の不快感など多彩な訴え>といった訴えを慢性前立腺炎の類だろうとしているらしい。
 
一方、特発性肛門痛といった病名のあることも知った。それは「排便とは無関係に突然肛門が痛くなる。長く座っていると肛門が痛くなる」といった訴えがあるも、肛門診察では明確な所見は認めないというもので、治療に決め手を欠くという。本症の原因として、肛門挙筋の筋肉の痙攣が考えられているという。これをとくに肛門挙筋症候群というらしい。なお肛門挙筋は体性神経である陰部神経支配。



2.陰部神経刺針は仙棘靭帯を目標にしているのか
 
陰部神経刺針として陰部神経刺針点から深刺して針先を陰部神経に命中させ、肛門、肛門奥、性器などに響かせる方法が代表である。(陰部神経刺針の方法について本ブログに紹介済)。この方法が効果あるのは、梨状筋症候群のトリガー活性で坐骨神経痛様症状を生ずるのと同じように、陰部神経が縦走する仙棘靭帯を目標に刺針しているのではないかと考えるに至った。実技的にも陰部神経刺針と仙棘靭帯刺針の技法はほぼ同一になる。




3.陰部神経に影響を与える筋・靭帯には、前術の仙棘靭帯以外に、仙結節靭帯・内閉鎖筋・肛門挙筋がある。

1)仙結節靭帯と内閉鎖筋
 
骨盤下方の陰部神経は、内閉鎖筋と仙結節靭帯にサンドイッチされて走行している。
仙結節靭帯に緊張があれば、坐骨結節の内上方5㎝あたりに圧痛が出現するので、これが治療点となる。
内閉鎖筋は深いので殿部からは触知できない。①仰臥位で膝を立てさせる、②術者は坐骨結節を確認し、坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結の触知に努める。触知できれは、硬結目指して3寸8番針で5㎝ほど刺入する。

これで触知できない場合、患側大腿を高く挙上させ載石位をとらせ、同時に膝裏に術者の肘を入れて股関節屈曲姿勢を保持。パンツを下の方にずらすが、誤解を避ける意味で、肛門や性器を露出させないこと。トランクス型のパンツではパンツを下ろさず、裾のから指を潜らせ、坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結を触知する。触知できれは、3寸8番針で5㎝ほど刺入する。アルコック管・内閉鎖筋方向に水平刺する。誤って直刺すると坐骨神経に影響を与え下肢に響きを与えてしまう。

上述の体位にさせて内閉鎖筋刺針を行うことは、患者の下肢の体重を術者の肘で押しつけている訳で、術者側の力を結構必要とする。力を入れた状態で内閉鎖筋の圧痛硬結を探り、刺針することは大変体力を使う。そこで私は、以下の肢位をすることを思いついた。以来、ずいぶんやりやすくなった。
なお刺針方向は仙骨に沿うように斜刺する。直刺した場合、大腿後側に響くが後大腿皮神経を刺激した結果で、大腿後側痛に適応がある。

2)肛門挙筋
   
特発性肛門痛では、肛門挙筋の痙攣による痛みが関係しているという見解がある。
肛門挙筋を刺激する目的で、私は尾骨外端の外方3㎝あたりから5~7㎝直刺深刺している。肛門挙筋も陰部神経支配なので陰部神経痛も関与していることも考えられる。

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惑星と曜日の関係

2021-02-26 | 雑件

 私は昔から曜日の名前が、なぜ月火水木金土になるのか疑問に思っていたが、余りにも素朴な疑問であり、昔から決まっていることだったので、疑問に思っていることさえ忘れていた。今回ネットサーフィンしていたら、偶然にもこれに答える内容が発見できた。五行説とも関係しくるので、この場を借りて説明する。

1.古代中国の五行説と惑星

古代中国から始まった五行説思想
木:春の象徴として、樹木の成長と発育を表す
火:夏の象徴として光輝く灼熱の炎を表す。
土:夏の終わりの象徴として、大地から新たな芽が発芽する様子を表す
金:秋の象徴として強固で冷徹な鉱物や金属を表す
水:冬の象徴として湧き水が流れる様子から、命の水を表す。


2.五惑星にも五行説をあてはめた

当時の天文観測で知られていた5つの惑星を当てはめた。
水星:太陽の公転速度が速く、目まぐるしく動く。速い水の動きをイメージ。
金星:明るく白く輝くので、それを金属や鉱物の光をイメージ。美しく輝くことから愛を意味し、女神ビーナスが手鏡を持ったイメージとして♀  の記号。
火星:赤く見えることから火のイメージ。火は戦いの血のイメージにつながり火星の記号 は♂となった。♂は盾と鎗を示す。
木星と土星:残った両者のうち、よりくすんだ黄色の方を土のイメージから土星。最後まで残った方を(とくに根拠はないが)木星と名付けた。

引用文献1:YouTube ゆっくり解説】火星ってなんで火星って言うの? 火星ねっとり解説 by  スカイ三平

 

3.曜日の並びはなぜ「月火水木金土日」なのか
 
火星・水星・木星・金星・土星と月と太陽で計7つで曜日を表が、その並びが日月火水木金土の順番となるのはなぜか。
地動説からすれば、太陽から近い順番に日・水・金・(地球)・火星・木星・土星との順番になるが、曜日を定めた頃は天動説で考えた。天動説における太陽系モデルは、地球からみた速度が早いものほど地球に近いと考えられていたので、月(衛星ではあるが太陽と月は惑星と同等と考えられていた)→水→金→太(日)→火→木→土の順番に並んでいるとされた。


  

エジプトの占星術では、それぞれの惑星が、地球から遠い順に1時間ずつを支配していると考えられていた。たとえば、ある1時間を土星が、その次の1時間を木星が、という順番で、これを7日間にわたって当てはめたとき、日の最初の1時間を司る惑星をその曜日の名前としたのではないか。
1日24時間を7つの星で割ると3余るので、1つ目の惑星は3つずつズレてくる。


曜日という概念は、インドや中国を経て日本に伝わった。エジプトの暦を参考に、中国でも曜日の名前に惑星の名前をつけていった。この内容が書かれた仏典を、遣唐使が日本に持ち帰ったのが、日本に曜日という概念が伝わった経緯。我が国に普及したのは、江戸時代の頃で、明治政府が正式に暦に曜日を用いることを定めて今に至った。
ただし現在の中国では、1、2、3……という数字を機械的にあてはめ、月曜日を星期一、火曜日を星期二……とよんでいる。

引用文献2:QuizKnocck  曜日の並びはなぜ「月火水木金土日」なの? by服部

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眼瞼痙攣の病態と針灸治療の適否 ver.1.2

2021-02-23 | 頭顔面症状

1.顔面痙攣  
 
1)症状

   
一側の顔面が長期間、強く痙攣する状態。目の周り(特に下瞼)の軽いピクピクした痙攣で始まり、次第に同側の上瞼・頬・口の周りなどへ広がる。痙攣の程度が強くなると、顔がキューとつっぱり、引きつれる状態になる。ひどい場合、耳小骨のアブミ骨筋(顔面神経支配、鼓膜に張力を与えている)が過剰刺激され、カチカチという耳鳴が生ずることもある。

   
当初は緊張した時などに時々起こるのみだが、徐々に痙攣している時間が長くなり、一日中ときには睡眠中も起こるようになる。
自分の意思とは関わりなく顔面が動く、ということで気ぜわしく対人関係や仕事に苦労する。ストレスなどでも誘発される。自然に治癒することはほとんどない。
 
2)原因<神経血管圧迫>


脳血管の異常走行により、脳幹より出る顔面神経に脳の血管がぶつかり、動脈拍動のたびに顔面神経が刺激されている状態。脳血管異常走行の原因としては、加齢、脳動脈硬化、先天的動脈奇形など。

 

3)現代医学の治療
  
①ボツリヌス菌毒素注射

      
ボトックス(ボツリヌス菌希釈液)の眼瞼や口角周囲の痙攣部への注射。持続効果は3ヶ月前後で、繰り返しの注射が必要になる。 


※ボツリヌス毒素は、食中毒をおこして随意筋を麻痺をさせ、重症では横隔膜運動も麻痺して致死的になる。この作用を利用し、本菌を使って筋の運動麻痺を起こさせるのがボトックス注射。
ボツリヌス菌毒素注射は、美容整形として皮筋を麻痺させることで、顔面のシワとりにも用いられる。

※顔面シワ取りのボトックス注射で自死に至った例:30代女性。ある医者に頼みもしないのに(サービス精神からなのか)シワ取り目的でボトックス注射をされた。その直後から顔面の一部が動かなくなり違和感を感じるようになった。この状況を医者に伝えると、自然に良くなるといわれた。しかしいつまで経っても症状は変わらず、その医者も自分を避けるように逃げまわるようになった。症状が改善しないので、色々な医療施設をめぐった。当院にも来院し、3~4施術するも無効と判定し来院中止。その数年後、弁護士からこの患者が自死したことを知らさた。現在裁判の準備中だということだった。私も資料としてカルテを提出した。
ボツリヌス注射の薬効は施術して数日でジンワリと効いてくるはずので、直後から顔面麻痺したとなれば顔面神経に重大で不可逆的な損傷を与えたのだろう。一生忘れがたい経験だった。

 

②手術「微小血管減圧術」
   
顔面神経を圧迫している血管位置を少しずらせて固定させる手術で、根本療法になる。手術後遺症として、数%~10%程度の者に聴力の障害がおこる(顔面神経と内耳神経と並走行している。手術中に内耳神経にストレスがかかるのが原因)。
三叉神経痛と眼瞼痙攣の手術原理はよく似ている。 
 

4)針灸治療

   
かつて代田文誌は、顔面麻痺に対する鍼灸は、無効と記していた。しかし30年ほど前に、ペインクリニックにおいて若杉式穿刺圧迫法が考案された。本法は針でも応用できるか否か試してみた。すなわち茎状突起の傍の顔面神経孔(=翳風)への針タッピング術の開発により、痙攣の程度を減ずることができることを知った。と同時に限界も示した。顔面神経孔から顔面神経が出てくるが、本神経は基本的に運動神経なので知覚はなく、針が命中しても痛みや響きはない。そこで針先が顔面神経に当たったか否かは、低周波通電した際、顔面表情筋が攣縮するかどうかで判定する。

翳風の名前:「翳」とは鳥の羽に隠された部位のことで、翳風とは風を避けるための羽の意味となる。翳風は外耳や耳垂に隠された位置にあることで、このように例えたのだろう。 
  
①神経ブロック 若杉式穿刺圧迫法

    
関東逓信病院ペインクリニック科では顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を創案した。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1 回程度治療を行う症例が大部分である。ブロック後の痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復する。

  

②顔面神経直接刺激する針治療

   
a.2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。
b.翳風を刺入点として茎状突起に針先を誘導する(方向を誤ると、強い刺痛を残す)
c.針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再びふた3分間タッピング刺激。総治療時間は20分間程度。

上記の治療を行うと痙攣が軽減することが多かったが、その持続期間は数日間であり、その後は再び針治療が必要になるという点で、本家のような治療効果が出せないことをしった。刺針方向を間違えると強刺痛があることも実施を難しくさせた。患者にとって手間と経済的負担が大きいだろう。


2.眼瞼痙攣 
眼瞼痙攣となる疾患には、顔面痙攣初期の他に、眼瞼ミオキミアと本態性眼瞼痙攣がある。
 
1)眼瞼ミオキミア   

  
①病態生理と症状

    
まぶたの一部(下眼瞼が多い)が痙攣する。通常は片側に起こることが多い。(本態性眼瞼痙攣は両眼の上下眼瞼とも等しく痙攣する。不規則で持続時間が長い小さな不随意運動で、自覚的にはピクピクとした感じがする。通常数日から数週間で、自然に治まる。 

※ミオキミアとはは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動のこと。
  
②原因

   
顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。
特段の原因はない。健康な人でも長時間書類を注視したり、パソコン操作などがもたらす眼精疲労や、寝不足の際に一時的に感じられることがある。
  
③針灸治療

    
木下晴都は春先に3年間、毎年眼瞼振戦を経験してたが、3年目の時に自身に次の治療を行い、著効を得たという。振戦を起こす右下眼瞼3点に、3~4㎜刺入した後、刺激を強める意味で針を左右に回旋するという旋捻を5~6回行って抜き取る手技だった。翌日は振戦依然と存在したが、3日間続けると全く消失した。患者にも実施し、すべて症状の回復が早いことを確認した。

 

 

 

2)本態性眼瞼痙攣
  
①原因


初期:まばたきが多く、目が開けにくい、眼がショボショボするのでドライアイと誤診されやすい。眼瞼が痙攣するというより開けにくい。

進行期:両側性に、羞明感、目の乾燥、目を開けていられない、下眼瞼のピクピク感出現。次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現する。
重症時:眼を開けていられない。視力があるにもかかわらず生活上は盲目と等しくなる。

②症状

パーキンソン病と同じく、大脳基底核の運動制御システムの障害。間代性・強直性の攣縮が両側の眼輪筋に痙攣が起こる。40歳以降の女性に多い。

※大脳基底核=大脳皮質の底にある白質中の灰白質部分。随意運動の発現と制御の役割。


 

③治療
     
進行は緩徐だが自然軽快はまれ。初期症状には、眼輪筋に対してのボトックス注射が有効。眼瞼の痙攣部数カ所に注射する。ボトックスの持続効果は3ヶ月程度なので、繰り返しの注射が必要になる。
眼が開けられなくなれば、有効な治療に乏しく、眼輪筋を切除する治療しかなくなる。


④重度眼瞼痙攣に対する針灸治験の模索

     
瞼が開かないと訴える30代女性患者に対して針灸治療を試みたが無効だった。ただし色々とアプローチをした中、患者が最も評価したのは、眉の1㎝ほど上方から眉と並行に水平刺し、滑車上神経・眼窩上神経に響きを与えたものだった。一時的に交感神経緊張状態に誘導したのが効果の理由だと思えた。

 

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手根管症候群の針灸治療 ver.2.0

2021-02-21 | 上肢症状

1.手根管症候群の概要   

手根管とは、手根骨と屈筋支帯(旧称は横手根靱帯)の間隙をいう。ここを縦走する正中神経が圧迫刺激され、圧迫部から末梢の正中神経麻痺が生じた状態。透析患者、閉経前後と妊娠・出産を機に多発する。

正中神経麻痺は、高位麻痺と低位麻痺(肘から遠位での神経絞扼障害)があり低位麻痺がほとんどである。低位麻痺の代表疾患が手根管症候群になる。円回内筋症候群も正中神経低位麻痺になるがマレな疾患。

※透析アミロイドーシス:透析中、手がしびれると訴える。ある種の線維状のタンパク質が屈筋支帯に沈着し正中神経を圧迫。

 

2.手根管症候群の症状・理学検査

1)ファーレンテスト Phalen test     
手首を強く屈曲(掌屈)させる際の痛み。

 

2)正中神経低位麻痺症状

走行部(小指以外の指端)の痛みと異常知覚(ピリピリ、ジンジン)。母指対立筋の筋力低下、短母指外転筋の筋力低下、母指球萎縮。     

 

3.手根管症候群の鍼灸治療  

1)局所治療点である労宮穴

手掌中央で、第3第4指屈筋腱の間に労宮穴をとる。労宮と手関節掌側横紋の中央 (=大陵穴)を三等分し、大陵に近い側の 1/3を「労宮移動穴」と定める。労宮移動穴から直刺すると、手掌腱膜→手根管(内部に正中神経と長・短手根屈筋腱)→虫様筋に入る。


この治療の直後は手のしびれは若干改善するのが普通だが、症状は間もなく元に戻りやすい。 局所治療に併せて腕神経叢や斜角筋を刺激することも行われるが、針灸が有効か否かは不明。手根管症候群の病理は屈筋支帯による手根管の圧迫にあり、筋々膜刺激ではどうにもならないのかもしれない。

 

 

2)浅指屈筋、深指屈筋への刺針

手根管中には深・浅指屈筋腱と正中神経が走行している。 前腕屈筋側にある深・浅指屈筋の緊張・収縮が続くと、これらの筋に連なる腱も牽引され続けるようになり、腱の肥厚や浮腫を起こす。太くなった腱は、この狭い手根管のスペースの中で正中神経を圧迫され、痛みやしびれが現れる。
この硬くなった筋肉を柔らかくして、腱にかかる引っ張りを減らす目的で腱を構成する筋へ刺針し、第2~題5指の屈伸の運動針を行なわせる。
(バネ指と同じ考え方)

深指屈筋に対しては、前腕屈筋側中央の心経走行上に刺針、浅指屈筋に対しては前腕屈筋側中央の中央(郄門穴)と尺側の心経走行の中点に刺針する。なお指の屈曲に際しては、深指屈筋と浅指屈筋は同時に収縮する。

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痛風発作に灸治療が速効した例としなかった例 ver.1.2

2021-02-14 | 下肢症状

筆者は、2016年11月22日に「急性膝関節痛が痛風由来だった症例」を報告したが、この症例では膝痛が痛風からきていると推測できず、また鍼灸治療も効果なかった。しかし2018年3月28日に左肘の痛風発作が灸治療で即時に鎮痛できた症例を経験したので、この事例を追加して報告する。

1.痛風の概念
   
痛風の語源は、<風が吹いても痛い>からでは
なく、風邪の性状すなわち<風のように急に起こり、急に去る>ことに由来している。

1)高尿酸血症 

尿酸はプリン体の最終分解物である。プリン体は肉類に多く含まれるが、プリン体自体は殆ど利用されることなく尿酸となる。プリン体を排泄するには尿酸として排泄するしかないが、尿細管で90%は再吸収される。ゆえに血中に蓄積されやすい。(一方、プリン体の摂取は食物を原料する以外にも、体内でアミノ酸から合成される。こちらからの比率の方が高いので、メタボリック症候群は痛風の下地をつくる)
尿酸値は、7.0mg/dLを越えると高尿酸血症とよばれる。

2)痛風の病態生理

高尿酸状態が長期間続くと、血液に溶けきれない尿酸濃度(7.0mg/L)が尿酸塩となり次第に関節内、皮下、腎臓に沈着蓄積していく。

①ある時、衝撃を受けたり急に尿酸値が下がったりして尿酸塩の結晶が剥がれ落ちると、白血球はこれを異物と認識して貪食。この時炎症物質を大量に放出して、突然関節部の激痛を生ずる。これが痛風発作である。40~50才男性に多い。痛風発作の部位は、第1中足指節関節が全体の7割を占める。典型パターンは、ある日突然、足母趾MP関節が赤く腫れて激烈な痛みが生ずる。ほかに距腿・膝・アキレス腱などの下半身に発症するものが9割。半身の方が体温が低いことや、血流が滞る傾向が下半身に多いことによる。痛風の痛みは1週間から10日後に次第に自然軽快するが、無処置の場合1年以内にまた同様の発作がおこることが多い。一度発作を起こした者では、尿酸値を6.0mg/dL)以下にコントロールすべき。

②尿酸が皮下に沈着すると、耳介・足趾・肘・手指などに痛風結節を生じる。痛風結節そのものに痛みはない。結節の中身は尿酸結晶で、チョークの粉状。痛風結節そのものは治療対象とならないが診断の手助けとなる。
      
③結晶化した尿酸が腎臓の組織にも沈着する。無症状で長期間進行するが、やがて腎不全(血液から老廃物をろ過する能力が低下)により小便が出にくくなり、最終的には尿毒症になる。

     




3.痛風の現代薬物療法

1)救急処置
痛風治療の特効薬としてコルヒチンが知られている。発作が出そうな時には「コルヒチン」を服用する。コルヒチンには好中球が関節内に集まるのを抑える作用ある。関節痛を感じ始めたとき(好中球が関節に集まる前)に飲めば、激痛を未然に防げる。激痛になってからでは効かない。
    

2)血中尿酸値のコントロール
本質的な治療としては尿酸値を下げることになる。尿酸降下薬には、尿酸排泄剤と尿酸生成抑制剤とがある。尿酸の排泄が少ない人は尿酸排泄促進剤(ユリノームなど)を使って尿酸の排泄量を増やす。尿酸を作りやすい人は尿酸合成阻害薬(ザイロリックなど)を投与する。尿酸生成制薬は肝臓で働き、プリン体が尿酸になるのを抑制する働きがある。いずれも長期服用が必要。尿酸濃度(6.0mg/リットル)程度にコントロールする。


4.鍼灸治療 

局所が熱をもって痛む場合、局所から刺絡。足母趾MP関節内側痛の場合、局所である大敦施灸というのが定石。やむを得ないことだが、鍼灸古典では、疼痛の真因が高尿酸血症によるとは思いもよらないことだった。

1)右膝痛が痛風由来だった症例(52才男性)植木職


3日前から急に、右膝を90度以上の屈曲ができなくなった。思い当たる原因はない。 膝関節のロッキングがあるので半月板損傷を疑ったが、受傷動機がはっきりしないので本診断には確信がなかった。膝周囲に目立った圧痛点もなかったが、軽く刺針して治療を終えた。
治療直後効果はなかった。
  本患者は当院で治療成功しなかったので、翌日整形受診して「痛風」との診断をうけ、薬物療法を開始した。7日後当院再診。内服治療開始して数日~1週間で、ほぼ痛み消失したという。本例の膝痛が痛風だったとは驚いた。なお症例は、薬物で痛みを止めたのではなく自然緩解だったかもしれない。
 
痛風というと足母趾MP関節の赤く腫れ上がった激痛というイメージが強かったが、本例は可動域制限強いが熱感・腫脹とも見いだせなかった。こんな例もあるのかと驚いた。


2)左肘痛風発作に灸治療が速効した症例(39才男性)会社員

以前から検診で血中尿酸値の高値を指摘されていた。8日前から突然、左肘関節部が発赤・熱感・腫脹あり痛みのために膝の屈伸が十分にできなくなった。医師の投薬治療を8日間続けているが、症状に変化なくとてもつらいという。触診すると膝頭の直上1㎝ほどの上腕三頭筋腱部に限局的に強い圧痛が2カ所みつかったので、この2カ所に糸状灸を5壮実施。施術直後に痛みは減り、肘が伸びるようになったとのことだった。自宅でせんねん灸(強力温灸)を行うよう指示して治療終了した。
 

5.余談:ヘルマン・ブショフが中世ヨーロッパで紹介した痛風の灸

ヨーロッパに灸治療が最初に紹介されたのが、痛風の灸治だった。中世のヨーロッパ貴族に痛風が多かったのは、美食過多に要因があったらしい。利尿作用のある緑茶を多量に摂取して大量に排尿することが痛風予防になることが知られていた。小便が多量に出れば、大量の尿酸が体に排泄さる事にもつながるからだろう。
   
バタヴィア(インドネシアの首都ジャカルタのオランダ植民地時代の名称)在住のオランダ人牧師、ヘルマン
・ブショフ Herman Busschof は長い間、足部の痛風に苦しんでいた。現地のヨーロッパ人医師が頼りにならなかったので東南アジア出身の女医の灸治療を受けてみた。女医は彼の脚と膝に半時間の間にもぐさの小塊を約20個置いた。効果は彼の期待をはるかに上回った。治療の最中から、それまでは一晩も休めなかったブショフが気持ちよく眠り込んでしまい、24時間後に目覚めたとき、膝と脚はまだ腫れていたが発作は治まり、何日もしないうちに仕事に戻ることができたという。
このヘルマン・ブジョフの灸に関する1675年の報告が、灸に関するヨーロッパ初の出版であった。

当時、アジアには「痛風」という概念はなかったので、女医は脚気と診断して施灸治療を行ったとする見解がある。一方、「脚気」はヨーロッパにない疾患だった。

わが国では 心不全で下肢がむくみ、末梢神
経障害で足がしびれることから「脚気」と呼ばれた。( 心臓機能の低下・不全を併発したときは「脚気衝心」と呼ばれる重症だった)。
   

脚気の鍼灸治療

  http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=78051ede4bbb1c7646621d2cd19f771e&p=1&sort=0&disp=50&order=0&ymd=0&cid=dccbeb7efad376c56996341b4cbda8b4  

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本郷の新星寮で出張治療していた代田文誌との出会いと治療体験の思い出(井上駿氏)ver.1.2

2021-02-02 | 人物像

最近、当あんご針灸院に代田泰彦先生(代田文彦先生の弟者)の紹介患者として井上駿氏(87才男性)が来院した。井上氏は代田文誌が新星学寮で出張治療していた頃、東大農学部の学生で新星学寮の寮生であたことを耳にしたので、当時の様子を文章にして残して欲しいとお願いしてみた。井上氏は快諾し、その2ヶ月後、次のような文章を書いて下さった。以下は井上氏の文章(部分的に似田加筆)になる。


昭和8年、代田文誌先生(以下敬称略)44歳の時、盟友の倉島宗二・塩沢幸吉と共同で、長野市内に鍼灸治療院を開設した。この3名は、ひと月に9回ずつ日替わりで治療当番にあたった。ちなみに文誌は、7・8・9のつく日を担当した。(それ以降、東京三鷹の井の頭公園近くに移転し、彼の地で開業した。)

文誌は長野市内での共同開業と並行して、月初めに一泊二日の日程で、本郷の新星学寮で出張治療を行った(本郷以外にも数カ所出張治療した)。新星学寮とは、穂積五一氏が主として優秀学生のために私財を投げ打って設立した学生寮のことで、今日でもアジアからの留学生の居住場所として立派に役割を果たしている。


1.代田文誌先生との出会い

代田文誌先生に初めてお目にかかったのは昭和31年だった。その頃、私は東大農学部の学生で新星学寮の寮生だった。新星学寮は穂積五一先生が主宰しておられ、都内のいろいろな大学の学生が共同生活をしていた。主宰といっても穂積先生は寮生が納める寮費を先生の収入にしておられた訳ではない。寮費は寮生の食費と寮の建物の維持管理などだけに充てられていたので、非常に安かった。

 穂積先生は東大法学部の出身で、憲法学者の上杉慎吉氏の弟子だった。上杉氏は天皇制を主張していた方であった。(中略)穂積先生は若い時に結核を患われ、生死の境をさまようほどであった。その頃、鍼灸師である代田先生と出会われた。先生は穂積先生を診て、「非常に重篤ではあるが食事を丁寧に食べているので望みはある」と言われ、それからは穂積先生が頼みとする主治医となられた。(文誌先生も20才~27、8才まで結核で長い療養生活を過ごしていた。鍼灸で救われたことから鍼灸の道に進まれた経緯があった。)
 私(井上)が寮生だった頃、代田先生は毎月1回一泊二日の日程で長野から出張して新星学寮奥の穂積家の大広間で大勢の患者さんたちの診療に当たられた。私がその場に立ち入ることは滅多になかったが、時に何かの用で入った時に多数の患者さんが診療を待っておられ、お灸に使う線香の匂いが立ちこめていたことを思い出す。


2.代田文誌先生に診ていただいた経緯

当時、私自身が代田先生に診ていただくことはなかったが、このような経緯から鍼灸や漢方などの東洋医学に対する信頼は培われていたと思う。
今の農林水産省の前身である農林省に入って三度目の職場が埼玉県鴻巣市の農事試験場だった時のこと、稲にとって水がどの程度の量が必要となるかを研究していて、20リットルほどの土の入ったプラスチック容器100個ほどの重さを計測していて腰を痛めていた時、研修で長野県に行くことがあった。ちょうどよい機会なので長野市在住の代田先生に診てもらおうと電話してみると、「来れば診てあげるよ」とのお返事をいただき、先生のご自宅に押し掛けて診ていただいた。全身に鍼と灸を施され、帰路では体重が半分になったかと思うほど足が軽くなったことを今でも思い出す。

 

3.ご子息の代田文彦先生にも診ていただき、自分でも鍼灸療法を自習した

文誌先生のご長男、代田文彦先生は西洋医学を修められた上で鍼灸療法も習得され、後には東京女子医大の教授になられた。私がスキーで捻挫した時は、日産玉川病院におられた。捻挫の翌日、病院に伺って治療を受けた。恢復は極めて早く、その週のうちにはテニスができるようになった。
 
この後、わたくしの鍼灸・漢方に対する信頼は一層深いものとなり、代田先生の名著「鍼灸治療の実際(上・下)」創元社刊を手許において、折に触れては自分自身をはじめ、家族・友人の手当に役立たせている。
例をあげれば、家内や娘たちのしもやけは、しもやけの頂点に艾を五壮もすえれば一回で治る。幼稚園児だった娘の脱腸は、先生の御本からツボ灸点を選んでお灸で治した。
職場のテニス仲間で昼休みのテニスの後、腕が上がらなくなったからお灸をしてくれと言ってきたときは、ツボはここだからといって手三里を押さえたら、それだけで治りお灸をするまでもなかったこともある。別のテニス仲間の若い女性が二の腕が痛いというので、痛い場所を自分で確認して置き鍼を貼るように勧めた。次回、テニスコートで会った時、彼女は駆け寄ってきて快癒したと話してくれた。

 

4.現在の私(井上)の治療

10年ほど前から脊柱管狭窄症を患い、当時かかっていた整形外科の医師は年令もあるから手術は無理といい、私もそう思い諦めて過ごしてきたが、大宮に越してきてからのテニス仲間が自治医大の税田和夫先生のおかげで脊柱管狭窄症が治ったと言ったので、川越の埼玉医大に移っておられた税田先生をお訪ねして何回か診察を受けた後、一作年6月に手術を受けることに踏み切った。
3時間の椎弓切除の手術後は順調で、7日目には退院し、その後は手術前に比べ随分歩けるようになったのだが、税田先生が術前に言われた通り、100%は治らず下肢にしびれが残った。何とかしびれを取りたいと思い、近所の整形外科に通い、マッサージ等を受けてきたが目立った回復はなかった。その後、鍼灸師をしておられる文誌先生のご次男、代田泰彦先生に相談したところ、国立市で開業している似田敦先生を紹介された次第である。
今は月に一回、あんご鍼灸院に通い似田先生に脊柱管狭窄症手術後の下肢の痺れの手当てとテニスによる肩肘の故障の鍼灸治療を受けており、加えておおみや整形外科の整体師丹野先生のマッサージを毎週受けている。これも肩の凝りをほぐすのによく効いている。

 

5.触診起脈あるいは脈功
 
私の脊柱管狭窄症の症状には、自分で行う治療も時には有効だったので、簡単に紹介する。この方法は、静功とマッサージあるいは指圧を組み合わせた自己治療法である。
静功とは、体を動かさずに呼吸だけで行う気功のことである(これに対し、体を動かす通常の気功を動功とよぶ)。放鬆功(ほうしょうこう ?中国語では放松功)は静功の中のひとつで、1957年に上海気功療養院が整理したもの。「放鬆」には中国語で筋肉を弛緩させ、リラックスするとの意味がある。放鬆の「鬆」は骨粗鬆症の「鬆」と同じく、スカスカにし、ゆるめることをいう。放鬆功は呼気の時に「ソーン」と発音することを勧めている。声を出すことは体を振動させ活性化させると思う。「放鬆」という言葉には「ソーン」と発音する、すなわち声を放すという意味も含まれているようだ。
 
なお放鬆功の吸気の時に「百会から吸うつもりで‥‥」とされるが、私自身は耳の上から百会に向かって吸い上げる感じで息を吸うようにすると、脳の側面が洗われてスッキリする感じを得ている。放鬆功は三線放鬆功が代表的で、三線とは体の側方、前方、後方の3つのラインのことで、この流れを意識しつつリラックスさせるやり方で、この時の姿勢は椅坐位、仰臥位、伏臥位などどれでもかまわない。
 
私は放鬆功のリラックスした呼吸法を行いつつ、触診起脈を試みている。触診起脈とは、体の中で不具合なところ、たとえば咽が痛い、肩が凝る、足が痺れるといった症状がある時、その不具合なところに指先を当て、放鬆功の呼気三線のほかに、その不具合の場所に集中して呼気をはきつける意識で息をはくようにする(もちろん実際には口から呼気をはくのだけれども)。それを数分続けることによって、その場所に脈動を感じるようになり、そうなるとその場所の痛み、コリ、しびれが軽くなる。私自身は、これを手の冷え、足のしびれ、肩の凝り、咽の痛みなどでしばしば実際に自分の体で試み、不具合の解決に役立てている。これを読まれた方は試みて頂き、結果を教えて頂きたいと願っている。放鬆功については、ある程度ネットで調べることができるので、参考にされたい。

6.補足:助手の助手

上記文章を寄稿して下さった井上駿氏のかつての学友、鈴木典之氏(87才男性)が当院に来院した。当時は井上氏と同じく新星寮生だったということで、お話を当時の様子をお伺いした。代田文誌は一ヶ月に1回一泊二日で新星寮で鍼灸治療をしたが、寮の主宰者である穂積五一氏は代田先生を信奉しており、その影響が寮内にも広がっていた。文誌先生は鍼治療を行い、灸は灸点を下ろすまでを行った。助手は指示された灸点に、それぞれ十壮ほど半米粒大灸をするのだが、鈴木氏は助手の手伝いをした。その仕事内容とは<モグサをひねって艾炷を白い紙の上に並べること>だったということで、大いに驚いた。そうでもしなければ大勢の患者をさばききれなかったのだろう。

各灸点に十壮ずつ行うというのも意外だった。壮数は五壮が標準とし、三壮~七壮程度の刺激量が標準だと思っていた。患者の希望から近年では半米粒大艾炷ではなく、せんねん灸にすることの方が多かった。やはり治療効果を発揮するには十壮程度が必要なのだろうか。

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鍼灸師の現状とAMT制度に対する私の意見

2021-01-26 | 雑件

1.鍼灸専門学校が急増した結果、学生・学校とも苦しくなった

近年の鍼灸師制度のエポックは、鍼灸師が国家資格になったことだろう。これにより肩書き的に資格価値が向上したのだが、就職口や収入が増えた訳ではない。福岡の裁判以降、鍼灸も柔整も専門学校は倍増し、入学しやすくはなったが有資格者は倍増した。受診患者が増えたわけではなく、有資格者が増えた分だけ、一人当たりの年収は低くなった。

大儲けしたのは、入学定員を増やした鍼灸や柔整の専門学校だけといえそうだが、ネットが普及した現在、国家試験をパスしただけでは儲けるのが難しいことが広く知られるようになり、入学希望者が減少してきた。学生が定員割れを起こして経営難になった学校も少なくない。


2.鍼灸学校卒後の新人鍼灸師の進路

通常は医療関係の学校を卒業すると、その専門を活かすべく病院勤務の正職員となり、規定の給与や待遇が補償され、簡単には解雇されることはない。しかし鍼灸も柔整も西洋医療システムの枠外に存在しているので、卒後の生き方が限られてくる。
 
詳細は差し控えるが柔整には収益モデルがあり、柔整師になれば儲かるという常識がこの半世紀続いてきた。一方鍼灸師は、保険取扱いをするために医師同意書が必要というネックがあることや、慰安的要素もあまりないこと、自費治療中心となることなどにより、少人数の患者に対して全力を傾けて治療するというスタイルになる。来院患者も多くないので儲かりにくい。ゆえに店舗も貧相なもので、院長一人でやっている零細鍼灸院が大部分である。仮に無給だったとしても、手間がかかるだけの鍼灸学校新卒者の卒後教育を行う余裕などとてもない。


3.鍼灸師の経済 

鍼灸師はどれほどの年収を得ているのだろうか。データ(2006年頃)によれば1年間における鍼灸医療の延べ受領3000-3500万人、1界の治療費を4000円とすると総合治療費は1200~1400億円と推定。就業鍼灸師は、約60,000~65,000人、施術所数は42,000カ所と推定。これらの数値から鍼灸師一人あたりの年収を算出すると230万円、施術所あたりの収益は330万円と推定される。国民医療費における鍼灸の総治療費の占める率をみると、国民医療費を35兆円としれば0.4~0.5%にしか過ぎない。

引用文献:藤井亮輔、坂井友実、佐々木健 他:就業者実体調査にみる鍼灸マッサージの 現状と課題(第2報)、医道の日本、2006


4.鍼灸師の努力は盛業鍼灸院を目指すこと以外にない

いくら鍼灸師側が、今の制度が悪いと叫んだとしても結局一人相撲に終わってしまう。社会を動かすには力不足ということ。それが分かっているから、鍼灸師の仲間同士が一つの目的に向けて一丸となって歩むことに意義を見いだせない。努力の方向は、ただ自分の治療院を盛業させることに向けられる。ただし開業しない鍼灸師の方が多い。ある調査では、開業しているのは有資格者の約3割で、柔整は約7割だった。当然のことだが開業しても成功する保証はないのである。

一方、鍼灸学校の新卒者の希望を聞くと、「まずは実力ある先生の見習いとして2~3年働き、実力を養成しつつ開業したい」という者が多い。大きな医療施設で勤務鍼灸師として安定した生活を送りたいという者もいる。これらは実にまともな要望である。が、このような希望が叶うことはめったにない。求人がないのだからやむを得ない。求人があるのは接骨院での無資格マッサージ要員ばかり。

 

5.山下九三夫医師によるAMT制度の提言

山下九三夫医師(故)が1981年(昭和56年)の時、医道の日本誌にAMT制度の構想について独自の提言をした。AMTとはAcupuncture and Moxibustion Therapist を略したもので鍼灸師のことである。単に日本語を英語表記にしたのは、PT、OT、STなどのパラメディカルと同列に位置づけ、病院内で活躍の場を広げたいからだと思われる。現在の医療制度の中に鍼灸を取り入れ、鍼灸師が病院で活躍できるようにするという目的を達成するため、鍼灸師教育体制の質の向上、医師の鍼灸に対する正確な評価、そして法改正が必要だという趣旨であった。
 この5年ほど前には、日本初となる明治鍼灸短大ができたことや日産玉川病院東洋医学科の創設が続き、鍼灸界にもついに新しい波がやってきたのかと、期待した鍼灸師も多かったと思う。
 
この山下九三夫の提言したAMT制度について、代田文彦先生に意見を聴いてみると、
「山下氏は周りから散々批判され辟易とした。ちょっと自分の想いを書いてみただけじゃないか」と逃げ腰になっていたという。ただしAMT制度は沈滞した鍼灸界を活性化させる重要な提言なので、日本東洋医学雑誌に再検討の記事が掲載されている。(末尾の引用文献参照)

 

6.AMT制度が誕生したらどうなるのか(夢物語として)

1)病院で鍼灸が行うようなれば、一挙に鍼灸師の活躍の場が広がり、鍼灸師の生活もPTやOTの待遇程度に落ち着くだろう。鍼灸学校教育でも病院鍼灸師を目標とした教育スタイルが確立するので、1日に1コマ(90分)を3コマないし4コマ程度の授業時間で、4年程度の就業年限となるだろう。より大きな変化は座学のみならず病院における実地教育も取り入れるられることである。教育カリキュラムにはPT、OTの例が参考になる。

2)病院システムの一貫として鍼灸が運営されるので、「鍼灸科」あるいは「東洋医学科」と標榜することが望ましい。初診は科長である医師が鍼灸治療の適否を判断し、治療そのものは鍼灸師に委任する。医師自ら漢方薬を処方するのもありである。チーム医療として定期的に症例検討会を行う。

3)病院鍼灸では、病院付近の開業針灸にとって経営的に驚異であるから、病院鍼灸は保険取扱はしないことにする。それだけでも開業鍼灸師の大半は患者減となってしまうので、救済の意味から開業針灸での保険取扱は簡素化する。

4)十年~二十年の後、鍼灸師は新規開業は禁止となるのと当時に、病院鍼灸では保険を使うことになる。すなわち現行のPTやOTと同じように、医師の間接的指示のもと、鍼灸師の判断で治療をは行うようになる。
救済措置として近隣の開業鍼灸師は、希望に応じて病院勤務できるよう特別教育を用意し病院鍼灸師の一定比率を近隣の開業鍼灸師枠として設ける。


   引用文献
○若山育郎、形井秀一 山口智 篠原昭二 山下仁小松秀人:病院医療における鍼灸
 -鍼灸師が病院で鍼灸を行うために- 日東医誌、Vol.65 No4(2014) 

○矢野忠:現代における日本鍼灸の存在意義、社会鍼灸学研究2010(通巻5号)

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私の行っている眼窩内刺針の方法 ver.1.4

2021-01-18 | 眼科・耳鼻咽喉科症状

1.はじめに

以前私は、「 眼窩内刺針が刺激対象とするもの Ver.2.12015-08-19 」と題したブログを発表した。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e15b8546ecd13a7f5c065a1709f3472c

この記事を読んだとして、眼精疲労を主訴とする患者が来院した。眼精疲労の来院患者は少なくないが、その多くは頸コリや肩コリも同時に訴えていたり、精神的ストレスがあったりしている。主訴が眼精疲労のみを訴える患者は珍しいことであった。

 

2.眼精疲労症例(21才♂、学生)

数年前から目が疲れる、とくに左右に眼球を動かすと目頭が疲れるとのこと。近くの針灸院に行って眼窩内刺針をやってほしいと頼んだが断られ、私のブログを見て当院来院した。眼窩内刺針を希望していた。眼瞼に内出血する可能性があることを理解してもらった後、
眼窩内刺針その他を行ったところ、患者は、これまでにない効果があったと述べた。
実際の治療点は眼窩内刺針の他に頭維刺針、上天柱刺針を行ったが、ここでは眼窩内刺針の技法について記してみたい


3.眼窩内刺針の技法


1)眼窩内刺針とは


眼窩内刺針には上眼窩内刺針と下眼窩内刺針があり、上眼窩内刺針の方が上眼窩と眼球の間が広いので刺針しやすい。眼瞼の内出血を防ぐためと、眼球に過多な刺激を与えぬ用心のため、寸6#1などの細い針を使うことが多い。

細い針を使うこともあって、上眼窩内刺針と下眼窩内刺針とも響きはないのが普通である。眼瞼の内出血を避けるために雀啄などの手技針はせず、単刺や置針をする。

2)上睛明深刺

疲れ目に際しては、母指と示指で両方の目頭のやや上方をつまむように押圧する動作を自然に行いがちである。その部位こそが眼精疲労の刺針点として相応しいだろうと考えてみた。患者を仰臥位にさせ、寸6#2にて内眼角部(睛明穴)の5ミリ上方(これを上睛明と命名)からを刺針点とし、ゆっくり直刺すると2㎝ほど刺入すると硬いものに命中すると同時に眼に響きを得ることができた。(別の眼精疲労患者対して上睛明刺針を行てみても、やはり2㎝刺入で硬いものあたると同時に眼球に響きを得ることができた。結構、
再現性がある。

最近、黄斑変性の患者を治療する機会を得た。いろいろな鍼灸院に通院経験がある方なので、患者的にどのような眼窩針が効果あるかを身をもって知っているようだった。その患者が言うには、上睛明より数ミリ外方を刺入点にした方が、眼に響くというこなので、新たな治療点としてこの部位に深刺すると、眼に響くということで満足したようだった。

この選穴は、掃骨針法で知られる小山曲泉が記しているように、「眼窩内に指を折り曲げて按圧した際、患者に快痛が得られる部が、その患者に適した治療点で、この穴に3~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄すようにすると、快痛の響きがある」ということにつきる。

 

 


3)内直筋に対する運動針法


硬いものというのは解剖学的見地から、内直筋だと判断した。左右の内直筋が緊張すると両瞳孔が内側に移動し、寄り目のような状態になる。動物の眼は本来遠方を見るのに適しているとされるが、現代人は手元の書類やディスプレー画面を見ることが非常に多くなり、寄り目の状況が多くなったのだろう。

内直筋に対する運動針は、次にやや開眼状態にして、患者の両目中央から50㎝ほどの処に術者の片手の示指を立て、指先を目で見つめるよう指示、輻輳動作(示指を徐々に患者に近づけたり、遠ざけたり。すなわち寄り目動作)を数回、運動針をさせて抜針。

 

4)眼窩上神経刺針

三叉神経第一枝(眼神経)は、上眼窩裂孔を通り、眼球と眼窩の上空間を通過し、前頭神経と名称を変える。前頭神経は、滑車上神経と眼窩上神経に分かれ、額を上行して同部の知覚を支配している。とくに眼窩上神経は、顔面表情筋により絞扼されて眼窩上神経痛を起こすことが知られている。前頭部の皮神経痛を生ずる代表は眼窩上神経だとされる。(なお大後頭神経痛は、後頭部の頭半棘筋の絞扼が原因とされる)
(参考文献:清水暁:頭蓋表層の解剖学的要因による頭皮神経痛と頭痛-眼窩上神経痛・後頭神経痛・開頭術後頭痛-、臨床神経学、54巻4号(2014.5)

眼窩上神経痛の場合、眼窩内病変や帯状疱疹などの二次性原因の他に、やはり特発性があり、特発性の場合、額から眉への水平刺が有効になることが多いが、このような施術の一貫として、魚腰穴あたりからの上眼窩刺針を行う方法がある。もっとも、魚腰からの刺針は眼窩上神経に響くことはあっても、上睛明刺針の眼の奥にズンといった針響とは異なって、表面的な響きになるので、心地よさは生じにくいだろう。

 

4.余談:瞳孔に対するせんねん球

昔ある学会に出席した折、展示ブースの一画でツボ灸(温熱灸の一種)の実演をやっていた。販売員の説明を聞き、「試してみましょう」とのことで、立位でいる私の両目を閉じさせ、上瞼の上からツボ灸をされた。こんなところにも灸するのかと少々驚いたのだが、徐々に温熱が加わり心地よい感じが得られた。要するに疲れ眼に際して、眼に蒸しタオルをあてることと同じような効果だろう。

これを手持ちの道具で実践することを考えた。仰臥位で閉眼させ、上眼瞼に紙絆創膏を貼る。その上からセンネン灸(息吹、金色ラベル)を燃焼させるというものである。紙絆創膏の上からセンネン灸をするのは、温熱過多になるのを防ぐこと、モグサのヤニが皮膚につかぬようにするという2つの意味がある。

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鍼灸科学派としての代田文誌(代田文誌の鍼灸姿勢その3)

2021-01-08 | 人物像

1.若き日の頃 
二十代後半~三十代後半の代田文誌は、沢田健の目覚ましい鍼灸治療効果を目前にし、鍼灸古典をしっかり学習する必要性を改めて自覚した。ただし盲目的に沢田健をカリスマとしてひれ伏すのではなく、同時期に、東大の解剖学教室へ通ったり、長野県の日赤病院の研究生となったりし、科学的な鍼灸とは何かを模索していたという事実がある。

2.沢田健死後の展開
沢田健が死去したのが1938年で文誌38才の時だった。文誌が長野市で開業したのが44才。終戦が45才、GHQの鍼灸禁止令が47才のこと。文誌にとって激動と変革の時期だったのだろう。
文誌は昭和18年10月、「鍼灸医学の新方向」と題し、次のような一文を発表した。新しく科学的針灸を志向しようとする堂々たる宣言といえよう。 

<あたらしき時代とは?>

 「あたらしき時代」とは何をいうか、科学的学文的な基礎の上に立つ科学的針灸の時代をいうのである。これに対して「ふるき時代」とは、前科学的な時代-ただ経験医学にのみ止まり、科学的理論の上に立たなかった時代を言うのである。(中略)ただ経験医学であるだけならよいが、支那古代の自然哲学をもとにし、易理を根底として組織されてある上に、極めて迷信的な分子も混入し、統一せる治療体系をもっていない。故に鍼灸を行う人々の間に理論の統一がなく、治療に対する考え方もまちまちで、雑然混然たる状態である。従って、その発展の可能性に乏しい。
 鍼灸基礎理論として十四經絡があった。これは古人が自然哲学的理論に経験を交ぜて組織したものであるらしいので、それはあくまで独断的な組織であって、実験医学を根底とした理論の上に立つものではないから、科学的検討の素材とはなり得ても、医学とは言い得ぬ。それ故、これの運用がいかによい成績をあらわしても、直ちに以ていかの新しき時代の鍼灸医学の根拠とすることはできない。今後新しく起こるべき鍼灸医学は、実験医学を根拠とした科学的なものでなければならない。(以上は、塩澤全司(山梨大学医学部名誉教授)「父 塩澤 芳一」でインターネットで見ることができる。)

3.「沢田流太極療法」を振り返っての見解

1)經絡論争

昭和22年、GHQは鍼灸禁止令を指示した。これ対抗したのが石川太刀雄で「鍼灸術ニ就イテ」をいう一文をGHQ提示し、昭和23年には鍼灸禁止令は解除された。この頃から、医道の日本誌面で2年間にわたり「經絡論争」が起こった。經絡否定派は代田文誌や米山博久らで、經絡肯定派は柳谷素霊、竹山晋一郎らであった。

2)竜野一雄(經絡肯定派)
への返答
その論争の中で、經絡肯定派の竜野一雄は太極療法の発展型として經絡治療が誕生したという旨を発表した(1951~1952年)。以下は竜野の文章である。
沢田健による太極療法は、統一原理が提唱され、兪募穴と五穴(井栄兪經合のことか?)の特性まで発達したが、經絡相互間の関係は陰陽の原理まで理解されるだけで、五行説までには発展しなかった。
太極療法に代わって、柳谷素霊氏らにより、經絡治療が名乗りをあげた。經絡という統一体の上に立ち、五行という法則概念によって相互間の関連をつかみ、三部九候の脈診を用い、五穴を以て主治として、これを本治法とし、これに対して局所的な対症療法を標治法とした。
竜野の文に対し、代田文誌は次のように回答し、沢田流太極療法を回想した(1952年)。
竜野氏の指摘される如く、太極療法は沢田健先生創設以来あまり発展していないのは、門下生の一人として恥るところである。太極療法は、全体関連性全機性にもとづき、病気を機能病理学的にみていく立場へと進んでいる。

3)沢田流太極療法は、科学的でない 
昭和32年、「鍼灸真髄」の「改訂版に際して」の文章中では、次のように沢田流を評価している。
この書に記されている沢田先生の説は、おおかた古典の説に基づくものであるが、同時に先生の独創的見解も極めて多い。その思考や表現は極めて素朴で簡単で、科学とはいえないが、経験を通して至心に追究し、(中略)科学の素材となる貴い資料を多く保有している。(中略)鍼灸の科学化はわれわれの常に念願するところである(中略)‥‥


4.真理を追究する人

代田文誌が熱心な仏教の信者だったことはよく知られているが、宗教と同じように、鍼灸にも真理を求めた。その「真理」に近いのは、沢田流などの古典的鍼灸よりも科学的針灸だと判断したのだろう。この考えを表明したのは戦後のことであるが、内に心に秘めていたのは鍼灸師になって、間もなく生まれたものであったらしい。それは沢田健の治療を見学しつつ古典の勉強をする一方で、同時期に解剖学教室や病院研究生となったりしていることで推定できる。戦後になり、代田文誌が科学派に<転向した>として批判するのは間違いである。

 

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沢田流太極療法 (代田文誌の鍼灸姿勢その2 ) Ver.1.5

2021-01-08 | 人物像

代田文誌が沢田健の治療院を見学したのは、昭和2年のことで、沢田健50才、文誌27才の時だった。代田は神業的な治効を出すその姿をみて驚嘆し、鍼灸古道を学んでいく決意を新たにした。

その沢田流太極治療とは、どのような内容だろうか。筆者の手元には、通い弟子あった代田文誌著「沢田流聞書 鍼灸真髄」昭和16年発行と、内弟子であった山田国弼(くにすけ)著「鍼灸沢田流」昭和7年発行(昭和55年再版され現在再び絶版)のものがある。

前者は、まさしく治療見学で見聞きしたことが中心で、詳細で綿密なメモ風となっているのだが、澤田流に太極療法について、順序だてて書かれている訳ではく、初心者にとって難解だろう。その点、山田先生の「鍼灸沢田流」は、治療現場とは一歩離れた立場から、教科書的に整理されているので、最初に読むべき書として適切だと思う。本稿では、山国弼著「鍼灸沢田流」(絶版)の内容のポイントを整理しつつ、代田文誌の見解を交え紹介する。

1.沢田健の治療風景
沢田先生は灸を主として針はその補いとして使うことの方が多かった。使用針は金鍼ばかりで、多くは4~5番だった。長さは2寸~2寸5分。最初の頃は管を使わず、すべて捻針だった。多くは直刺だが斜刺もあった。手技は雀啄または回旋が、単刺も随分やった。刺針は徐々だったが、抜針は右手で一気に抜き去るというもの(刺針速抜)。昭和2年に代田文誌が見学した時は、沢田先生は体を診て腹と腰だけに灸すえ、あとは背部も手足も灸ツボをとって墨をつけて、城一格(内弟子)へ回していた。朝9時から昼飯抜きで、夜8時頃まで、1日40~50人みていた。

2.太極療法の語源
 「太極」とは元来「易」の用語で、万物の根源をさしている。ここから陰陽の二元が生ずる。太極療法とは澤田健の造語で、天地の究極原理に根ざした治療法という意味がある。これに反する治療を小極治療(≒対症治療)と呼び批判していた。
ただし澤田健自身は、自分の治療を「沢田流」と称せず、「普遍的な古典治療」とよんでいた。ただし澤田は、古典とは異なる位置を経穴として用いることがあり、通常の取穴位置と区別する意味で、例えば沢田流合谷などといった表現をすることがあった。このことが沢田流とよばれる下地になっていたのかもしれない。沢田流太極療法というのも、おそらく弟子たちが考えた造語だろう。

 

3.診療の第一段階:三原気論から太極治療へ 

1)三原気論

古法の一つに「三原気論」というのがあるらしい。先天の原気系は腎、後天の原気系は脾、原気の別使系は三焦であると考えた理論で、今日ではあまり有名とはいえない。これは三焦が五臓を巡っていると考える点で独自なものであった。血が回ると、手足が温かくなるとの素朴な観察から考えたものだろうか。

※稚拙ながらここで筆者独自の東洋医学観を述べるならば、三焦という蒸籠容器のに腎水を入れ、それを丹田の炎で熱することで水蒸気が生ずる。この水蒸気は後の世で蒸気機関にも利用されるように、非常に強い力が生ずる。この推動力は血を循環するエルギーでもあり、血を温めるエネルギーにも使われるということである。体温は丹田の炎(=命の炎)が熱源だが、丹田から生ずる熱が腎水を温め(=これを腎陽とよぶ)、熱い水蒸気となって蒸籠容器を温める。三焦とは、温まった蒸籠容器そのもののこと、あるいは生命活動する内部環境をさすと、筆者は考えている。その点、三原気論の立場には納得できないものがある。 

 


2)先天の原気の治療部位として、丹田と腎兪に施術

診療手順では、まず仰臥にて腹をみる。そして丹田(または気海)の虚実を診る。生命根本は先天の原気系をつかさどる腎が重要だからである。丹田に力が満ちてくれば、いかる病気も治る、とする考え方がベースになっている。腎の治療により患者個体の治癒力増進の心勢力に働きかける。次に伏臥位にした後、腎兪(ときに腎の募穴である沢田流京門≒志室)を施術。

※「腎間の動悸(=腹腔動脈の拍動)は人の生命、十二経脈の根なり」という

3)原気の別使系は三焦であることにより、陽池に施術
難經の66難には次のような記載がある「原穴の部位は三焦の気が運行して出たり入たり留止する場所でもある。故に五臓六腑に病があれば、所属する経脈の原穴を選穴すきである」。これを論拠とし治療穴として三焦経原穴である陽池を使う。人身の右を陰となし左を陽となるとの古典の説より、左陽池に施術する。
丹田は、体温の発生源であり、体温によって三焦は温められ、胸腹腔内臓は、本来の理機能の営みが可能となる。  

4)続いて後天の原気系である脾をみる。代表穴中脘
腹部診察では、上腹部より下腹部を重要視するのだが、下腹部に問題が少ない場合や、善した場合は、上腹部とくに中脘を施術。なお必要ならば水分や気海や大巨や滑肉門を使う。その狙いは栄養代謝の改善にある。 

 


4.第2段階:五臓六腑の調節

三原気論による施術は、匙加減するとはいえ、どの患者に対しても同じようなターン取穴をすることになる。しかし第2段階になると個別治療の理論が必要である。 

患者ごとの個別治療の基本理念は、五臓六腑を調整することにあるが、患者の訴え、所等を五臓色体表に照合することで、いずれの臓腑に根本の問題があるかを決め、治療方針とした。

一例として肝の体質者を示せば「顔色青く、眼に異様な光があって、怒りっぽい性質で酸っぱい味を好み、病季は春に配す。すなわちヒステリーや怒発性の神経疾患(逆上)春に萌しがち」なことが裏書きされる。


その治療は、背部においては膀胱經の背部兪穴を、胸腹部においては募穴を選穴し、補的に手足の原穴を治療点として重視した(ときに五行穴中の兪穴・合穴を施術した)。三焦の病変で、と全身性急性病変など急激な病状の悪化に対処するためには、人の発生的見地から、臍傍の八穴(気海、大巨、天枢、滑肉門、水分)を以て、外邪と生命力の極の闘争の場としてこの部の治療を重視した。 

ところで、この第2段階の思考は、患者側の症状所見を五臓色体表に当てはめるという作業中、治療者の解釈や判断が出てくる。五臓色体表に当てはめるため、本来意味のない内容を組み合わせることで何かを読み取ろうとしている。この作業は、易占いやトランプ占と本質的に変わるところがないだろう。

6.沢田流になかったもの

沢田健は五臓色体表を座右に置き、診療の指針とした。基本の治療穴は、障害のある五臓の兪募穴と原穴であり、難經66難(五臓六腑に病あれば、所属する経脈の原穴を選穴する)を中心に考えていて、經絡治療のように、一つの害ある臓腑にひきづられる形で関連する他臓腑も悪くなるといった波及作用は考慮しなった。


沢田の没後に經絡治療が誕生し、その派は相生相剋関係を治療に織り込んだ。すなわち難經69
(虚すればその母を補い、実すればその子を瀉するべし)や難經75難(肝実虚に補水瀉火法を応用する原理)は治療に応用した訳だである。經絡治療を沢田の治療式の発展型として捉える見方もあれば、型にはまって硬直したという見方もできると思う。脈診にしても、沢田の脈診も遅速虚実程度であって、三部九候の脈は治療に取り入れなかった。(代田文誌も、代田文彦も脈診は行わなかった)
 
沢田健の太極治療(沢田のいう「古典に基づく治療」)を文字として説明すると、その理論は、いわゆる經絡治療派の治療理論に比べれば単純だといえよう。しかしながら、実際の効果という点で、やはり沢田健は名人であった。「生ける体を読んで治療するという識に基づき、長年の経験によって自得された特別な能力があった」と代田文誌は記してる。

おそらく幼少から鍛錬した武術や柔術の修業も、その能力形成に関係していたことだ
ろうが、こうした能力は天才一代のみ可能であって、代々伝えるということは不可能なことである。このことが沢田流が現在さほど普及していない理由といえるかもしれない。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」の序には「我が沢田流の如きは、教えても解らぬ。心眼で感得し得る者にのみ理解できる」と沢田健が話したという旨が書かれている。

 

7.沢田流基本穴について

沢田流太極療法をしようと思っても、知識不足・技術不足の者がいる。沢田流太極治療を行っていると、自ずとよく使うツボと、そう使わないツボが出てくるので、使う頻度の高いツボをリストアップすることはできる。こうした観点から、沢田流基本穴が選ばれた。

基本穴は、百会穴、身柱穴、肝兪穴、脾兪穴、腎兪穴、次髎穴、澤田流京門(志室穴)、中脘穴、気海穴、曲池穴、左陽池、足三里穴、澤田流太谿(照海穴)、風池穴、天枢穴などである。 (時代により多少変化あり)

どのような患者が来院しても、このようなツボに灸治を行えば、「当たらずといえども遠からず」の治療ができるというものだが、本来の沢田流太極治療と異なる。沢田流太極療法とは、どのような患者が来ようと、沢田流基本穴に施術する、との安直な考え方が一人歩きしてしまった。代田文彦先生は、それを嘆き、たとえ一穴治療であっても、太極治療といえる場合がある(例:小児疳の虫に対する身柱の灸)と語っていた。

9.お宝写真

十年前位に、代田泰彦先生(文彦先生の実弟)から、沢田健が代田文誌に贈ったという<五臓色体の図>を拝見させていただいた。縦20㎝、横100㎝くらいの巻物のようなものだった。紙は茶色く変色し、年代を感じさせるものだが、パソコンで白っぽく色調を変化させた。余りに長いので、3回に分けてスキャンした。(本稿ではパソコン操作で2分割した)て残すことにした。紙は黄色く代田文誌先生から代田文彦先生が譲り受けたのだが、文彦先生も亡くなったので、泰彦先生が保管していた。五臓色体表と五行穴のほかに、ここでも難經六十六難のことが記されている。

 

 

 ※中国の柴暁明医師が、本記事を中国語に翻訳して下さいました。

柴暁明医師曰く、
中国では、鍼灸医、と灸道ファンの間に沢田流はよく知られています。これは承淡安さんのお陰です。承さんは1957年「鍼灸真髄」を中国語に翻訳したのです。
 
 
泽田流太极疗法 -上篇

https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000163&idx=1&sn=3eb291ca92ee5d1cc32b20201863c31f&chksm=7b463a0b4c31b31d6cf4049e9feb605a8bc2684b93823d8059e0b16aef999bf4de791579aa1f#rd

泽田流太极疗法-下篇

 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000168&idx=1&sn=47f8edee92149f889bab37414d05a60f&chksm=7b463a004c31b31699424452ca73b19fbb80cc6f3fdf0a9c720562b11700ced83d8c140c9be8#rd

 

https://www.douban.com/group/topic/123779089/

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眼精疲労の鑑別と鍼灸治療 ver.1.2

2021-01-08 | 眼科・耳鼻咽喉科症状

1.眼精疲労の鑑別
 
最もみられる眼科的訴えは眼精疲労であろう。本当に眼精疲労であるなら、眼を休めれば回復するが、休養しても治らない場合、器質的疾患を疑う。
 本当に単なる眼精疲労か?
 
①眼痛(+)→緑内障

②見えづらい:眼がかすむ

白内障(糖尿病性白内障の可能性)
ぶどう膜炎(サルコイドーシスの可能性) 
眼底出血(糖尿病性網膜症、高血圧症の可能性)
像が歪む、像の一部欠損→中心性網膜炎、網膜剥離 
チラつく→生理的飛蚊症(網膜剥離、ぶどう膜炎の可能性)

③目の乾燥感→ドライアイ(シェーングレン症候群の可能性)
上記を否定できれば、機能性眼精疲労、仮性近視、心身症を疑う。

※全身疾患の部分症状として眼症状を訴える疾患はつぎの通り。
ベーチェット病、サルコイドーシス、シェーングレン症候群


2.眼精疲労に対する鍼灸治療の考え方

1)後頭下筋のコリの治療→上天柱
 
後頭下筋は、頭蓋骨のブレがあっても視点のブレがないようにする役割がある。現在のデジタルビデオカメラには手ぶれ防止装置がついているのが普通になった。これにより、歩きながらで、あまりブレのないムービーをとるのができるようになったわけである。これと同じ意味の機構が後頭下筋になる。
平成31年2月13日放映
NHKテレビ放送「ためしてガッテン!」では頚のコリと後頭下筋の関連について放送していた。横から卓球のラリーを見る観客は、玉を追うために眼球が左右に動くことになる。その際、無意識に顔面も左右に小さく動いていることが観察された。この顔の動きは後頭下筋の緊張によるものだそうである。
後頭下筋疲労の改善には、上天柱から深刺し、鍼先を後頭下筋まで入れて置針する。

2)大後頭三叉神経症候群としての治療→天柱、頭皮上圧痛点刺針

大後頭神経の興奮は三叉神経をも興奮する。眼の知覚は三叉神経第1枝であり、大後頭神経の鎮静目的に、天柱深刺置針を行う。
百会の手前2/3の頭皮知覚は主に三叉神経第1枝支配、百会の後方1/3の頭皮知覚は主に大後頭神経支配である。頭皮上の圧痛点に斜刺し、10分間程度の置針をする方法も広く行われている。

※三叉神経第1枝は知覚性で、上眼窩裂から眼窩内に入り、鼻腔・角膜・結膜・ 毛様体・虹彩の知覚をつかさどった後、前頭神経として額~頭頂部皮膚知覚をつかさどる。なお私は、眼精疲労の原因をズバリ一言でいうなら、三叉神経第 1枝神経痛のバリエーションだと考えている。

3)  天柱刺針は交感神経を緊張させ眼精疲労を改善させているのか?

本来、人間は近くを見ているとき、意外にもリラックス状態にある。というのは、原始時代、人間は仕事として獲物を狩り、そして狩ってきた食料を住居で食べて生活するという形をとってきた。そのため遠くにいる獲物を探したり、狩るときは交感神経が優位になり、家の中で家族と食事をしている時は副交感神経が優位になることが正常な自律神経サイクルだったのだろう。
     
ところで眼精疲労患者に対して、伏臥位や座位で天柱手技針をすると、「施後に頭や首がすっきりし、眼の疲れがとれ、外界が明るく見える」といった反応が得られることが多い。天柱深刺は比較的強刺激になっていると思うのだが、このような刺激で眼精疲労が改善するというのであれば、交感神経緊張→網様体筋弛緩という機序が働いたのかもしれない。日本人は、真剣に物事に取り組もうとする時、ハチマキ巻く習慣があり、これも緊張度を高める一つの方法として認知されている。すなわち、眼精疲労改善は、頭~項頸部を交感神経緊張状態に誘導することで改善できるのではないか? 
      
4)側頭筋刺激→頭維から客主人に向けて水平刺

中世の医学では、血液のよどみが病気の原因であると考えられたため、血管を切開した。頭痛ではコメカミの血管から血を出し、頭痛の軽減を図ろうする方向へ発展した。コメカミから血を出す方法は、小刀や矢先を用いた。

顔面で顔面表情筋は顔面神経支配だが、咀嚼筋は三叉神経(第3枝)支配である。咀嚼筋というのはストレス筋の一つであり、側頭筋は最大の咀嚼筋であるから、ストレス状態で緊張を生ずる。側頭筋部は、三叉神経節興奮時に反応が現れると思われ、側頭筋のコリを緩めることがストレス改善、そして眼精疲労の改善に役立つと予想する。

ストレス筋というのは、ストレス状態にある時、働く筋をいう。たとえば動物が敵と遭遇した場合、戦うか逃げるかしなければならい。噛みつき攻撃は動物にあっては戦う手段として当たり前のことであり、側頭筋の緊張が関係することが知れる。


5)リラクセーションを目的とした治療

眼精疲労が眼周囲の筋の疲労の結果起こるという見解は、疑問視されている。たとえば眼瞼痙攣の者は必ずしも眼精疲労を訴えない。心身症者の眼精疲労は、眼に問題があるのではなく、大脳の情報処理能力の疲労だとする意見がある。要するに脳の疲労であるから、リラクセーション目的の施術が有効になる。
 

 

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眼窩内刺針が刺激対象とするもの ver.2.2

2021-01-08 | 眼科・耳鼻咽喉科症状

筆者は加藤雅和先生(米沢市で鍼灸院開業)に誘われ、最近、MPS(Myofascial Pain Syndrome 筋膜性疼痛症候群)研究会に入会した。そこで小山曲泉の掃骨針法の存在を知った。小山曲泉の眼窩内刺針を追試してみると具合が良いようなので、第2版としてこの内容を付け加えた。

1.はじめに
眼科疾患に対する治療で、古くから上下の眼窩内刺針という技法が存在している。この刺針は、治療効果を論ずる以前の問題として、眼球を傷つける懸念、皮下出血しやすい部であること(軽い場合は瞼に皮下出血斑をつくる。ときには瞼が腫れあがる)、施術に対する患者の恐怖感があることなどから、施術するのに躊躇する部位となっている。

実際に臨床に用いるかという問題はさておき、理論的にどういう意味があるのかを整理してみたい。

2.上眼窩内刺針 

1)魚腰(奇穴)

位置:眉毛中央。正視するとき瞳孔の直上。
刺針:内方に横刺する。
解説:三叉神経第1枝の分枝である眼窩上神経刺激になる。正中から外方2.5㎝外方の眉毛上に眼窩上神経ブロック点がある。
 
2)上眼窩内刺針 
位置:眼球と上眼窩の間隙。具体的には瞳孔線上、瞳孔線の内眼角寄り、瞳孔線の外眼角寄りの3つの方法がある。
刺針:閉眼させ、細針にて静かに直刺。1~2㎝刺入。置針。
解説:深刺すると上眼窩裂内に刺入できる。

①上眼窩裂刺

睛明の上からの眼窩内に非常に深刺すると、上眼窩裂刺針になる。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある穴で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。
※郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦している。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

②上眼瞼挙筋刺

※上眼瞼挙筋(動眼神経支配)は、上眼瞼を挙上させる働きがある。本筋は眼瞼腱膜を介して眼瞼板につながっている。上眼瞼挙筋の腱膜が剥離すると、後天性腱膜性眼瞼下垂になるが、一説によれば老化などで眼瞼挙筋が伸びて弛んだ状態になっても眼瞼下垂となるとされる。この場合、上眼窩内刺針をする意義がある。もっとも専門家は、眼瞼挙筋に対する刺針や、その拮抗筋である眼輪筋に対する刺激は無効だと判断しているようだ。

③涙腺刺激
外眼角と眉の間部の眼窩内に涙腺がある。外側からの上眼窩内刺では、涙腺を刺激できる。
※ドライアイは、涙腺分泌減少によるものではなく、マイボーム腺からの脂分泌が減少すため、眼球表面に分布した涙の蒸発量が増加するためだとされる。涙腺直接刺激はあまり価値がない。


3.下眼窩内刺針 


1)毛様体神経節刺針


歴史と意義:毛様体神経節刺針法は1979年、中村辰三氏が発表した。毛様体神経節は副交感神経性の神経節(眼の栄養、分泌、疲労回復などの機能)であることから、この部への刺針を試みる価値があると推測した。実際に試みると、針治療により急速に視力が改善するという。針治療が眼底出血に有効である症例があったとの治験も得たという。

刺針技法:眼耳水平面(眼窩下縁の最低点と耳孔最上部を結ぶ面)から、上向き角度約30度、正中面に対する内向き角度約30度で、眼窩下縁と外側縁の交点から、眼球の後方に向けて約3.5㎝内側上方へ刺入。1号針を用いた10分間置針。軽く雀啄後に抜針。


 

2)球後刺針

位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

刺針:眼窩内に直刺、その後針尖を上内方に少し向け、視神経孔方向に刺入。患者は眼球が熱く腫れる感じを覚える。針の刺入時の注意は睛明の刺針と同様。
解説:球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられる。眼の周囲に中国鍼を何本も刺すのだから内出血になるが、治療者はそのことにあまりこだわらない。治すためのやむを得ない副作用だと思っているらしい。まあ、現代眼科治療で処置なしの病態でも本当に治るのであれば文句のつけようがないことである。

深刺すると下眼窩裂に入ると思うが、下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、臨床上は眼窩下孔(=四白)刺激と同等の価値があると思う。したがって、三叉神経第2枝の興奮時に使えるであろう。 

 

前記の毛様体神経節刺針は未知な点があるほか、技術的難易度も高い。毛様体神経節刺針の代用として従来からは球後刺針が行われてきたと思う。球後刺針の狙いは、下眼窩裂に刺入するのではなく、眼球後にある長・短毛様体神経や鼻毛様体神経であろう。わさびを食べると、鼻にツーンときて、涙が出るのは、これらの神経興奮による。

 

4.小山曲泉の上眼窩内刺と下眼窩内刺

小山曲泉(1912-1994)は、掃骨針法を創案者ちして知られている。その理論は今日の医学観点から納得のいかない部分はあるが、実践面では「骨にぶつけるように深刺することがよい治療効果を生む」と指摘した。

眼精疲労に対しては、これを軽い眼窩神経痛としてとらえるべきだとする。眼痛を訴える患者に対して、眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するの とでは、どちらが快痛であるかを術者が問うと、文句なしに骨を圧重した法が気持ちよいと言うと指摘し、3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄すようにする、必ず快痛の響きがあるということである。
  
筆者は眼の疲れを訴える患者の何例かに本法を追試してみた。これまで筆者が眼窩内刺針を行う場合、これまでは押手を弱く構えていたこともあって、圧痛の有無を調べていなかった。閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみると、患者に聴くまでもなく、術者の指先に圧痛硬結を感じとれる共通ポイントのあることを発見した。それは睛明のやや上方と、承泣の2点だった。
  
これらを刺入部位とし、指頭で探し当てた圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入できているといった手応えがあった。針灸師にとって、硬い筋中に刺入できている手応えというのは非常に重要で、これまでの眼窩の骨にも、眼球にも当てないように刺入するような針では、効いているのか効いていないのかの感触がつかめないのであった。

この硬い筋といいのは場所的に、外眼筋や眼瞼挙筋のだと思えた。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入して5分間置針してみた。患 者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。 (眼球運動の際は、何も刺激感がなかったという)。施術後は、眼のスッキリ感があったとのこと。

眼精疲労には、眼の奥がつらいという者と、目頭がつらいという者に大別できる。前者には天柱深刺を、後者には小山曲泉流を、と使い分けをすればよいのではないかと思った。  

※このテーマでブログを発表したところ、掃骨鍼法の存在を知らしめた<小橋正枝先生からご返事を頂戴し、以下のような詳しい手技を披露していただいたので紹介する。

ご本人に鍼管を持って頂き、最も納得の行くポイントを検出して頂くこともあります。その位置から直近の骨壁に先ず当ててから、骨に添わせて刺入します。石灰沈着など必要が有れば、雀啄も致します。

 


 

 

 

 

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泌尿器科症状に対する陰部神経刺針の限界 ver.1.1

2020-12-31 | 泌尿・生殖器症状

1.泌尿器科症状して期待はずれの陰部神経刺針

筆者は馬尾性脊柱管狭窄症に対して陰部神経刺針を鍼灸臨床の中で日常的に行っている。馬尾性脊柱管狭窄症の間欠性跛行「5分以上歩くと脚が前にでづらくなる」という訴えに対し、陰部神経刺針をすると、陰部神経支配領域であるペニス・陰嚢・肛門・直腸あたりに響きが得られるので、泌尿器科疾患に対しても陰部神経刺針が有効かもしれぬという思いがあった。そのことをブログにも書いたことで、泌尿器系愁訴をもった患者が遠方からでも来るようになった。

 
陰部神経刺針そのものは、すでに豊富な経験があって、ほぼ確実に針響を陰部にもっていくことができるようになっていた。しかし実際に行ってみると、このことが治療効果につながらないことに気づいた。最近のカルテで該当するものを以下にリストアップしてみる。症例2は陰部神経運動針がある程度効果的だったが、その他の症例は無効といってよく治療1~3回で脱落してしまうことが多かった。


症例1:25才、男。排便時に肛門が開きにくく、大便が出にくい。

症例2:53才、女。会陰痛。会陰がぴくぴくする。脱肛感。
症例3:39才、男。左鼠径部~精索部痛。会陰痛。
症例4:46才、女。左坐骨結節部痛
症例5:52才、男。右陰嚢部痛。
症例6:49才、女。左大腿内側部痛、左坐骨結節部痛。 
症例7:30才、男。肛門奥が突き上げるように痛む。
症例8:26才、男。20才で包茎手術。その直後からペニス部あピリピリ痛む。

2.陰部神経刺針の真のねらい

糸のような細い陰部神経に直接命中させることは本来難しいはずである。私がほぼ確実に陰部に針響を導くことが出できると書いたのだが、今思うと実際には緊張状態にある閉鎖膜部分にある内閉鎖筋に針先を入れたのではないかと考えている。
というのは、刺針深度を深めていって、響く直前に、そのことを予見できるからで、刺し手に針先が硬い組織に入ったことを感じれるからである。

 

 

3.内閉鎖筋と陰部神経刺激刺針について
 
1)内閉鎖筋の基本事項 

    
内閉鎖筋の起始は、寛骨内面(弓状線下)で閉鎖膜周囲である。途中坐骨結節を越える部分で走行が直角に折れ曲がり、大腿骨転子窩に停止する。作用は大腿骨外旋。上図は、「烏丸いとう鍼灸院」のブログに載っていたものであるが、院長の伊藤千展氏は、泌尿器疾患の鍼灸治療を専門に行っているようだが、私と同じ見方をしていて、治療上の悩みまで共通していることに驚いた。 

 

)内閉鎖筋の解剖学的特徴と泌尿器科症状の関連
   
内閉鎖筋は小坐骨孔(仙結節靭帯と仙棘靭帯で構成される間隙でその中を内閉鎖筋と陰部神経、陰部動脈が通過)を通過している。この解剖学的特徴により、内閉の緊張によって陰部神経や陰部動脈を圧迫して泌尿器科症状を生ずることがある。

 

3)内閉鎖筋緊張の診察


内閉鎖筋の緊張の有無を調べるには、被験者を側腹位にさせ、坐骨結節の裏側を強く触診す  るようにする。非根性坐骨神経痛や泌尿器症状があれば本筋過緊張を一応疑ってみる。

 

 

 4)陰部神経刺針(内閉鎖筋刺針)の適応
   
陰部神経刺針を行うと、当然ながら陰部に針響を与える場合が多いが、この刺針では小坐骨孔を通過する辺りで、内閉鎖筋を同時に刺激していることになり、泌尿器科症状(仙骨部痛、尾骨痛、直腸肛門痛、括約筋不全、排便障害、下腹部症状泌尿器症状)をもたらすことがあ
る。実際、内閉鎖筋の筋緊張が原因であれば、陰部神経刺針で奏功が期待できるのだろう。
  
しかし症状が、真の泌尿器科臓器の問題に起因するのであれば、陰部神経刺針は症療法にすぎず、直後効果さえ効果は不十分になりがちなのが現状である。陰部神経症状をもたらしている元の病態が存在しているので、陰部神経を刺激するだけでは効果が少ないのかと思った。要するに壊れかけた電気製品を叩いてみて、調子よくなったようにみえても、結局はダメなのに似ている。その上、泌尿器症状を訴えて鍼灸に来院する患者は、それ以前に泌尿器科や婦人科の診察を受け、そこの医療施設でうまく治療できかったから鍼灸に希望を求める訳で、もともと難症であることが多いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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乳汁生成に対する古典的考えと乳房症状に対する針灸治療

2020-12-26 | 産婦人科症状

1.乳の生成過程の生理

1)乳腺葉が血液から乳を生成する

小腸から吸収された栄養素は、肝臓に集められた後、血液によって全身各所へ運ばれる。乳房の中には、乳頭につながる太い乳腺が何本も通っている。この乳腺の根元には、乳腺葉があり、乳腺葉には多数の毛細血管が張り巡らされて、乳腺細胞が並んでいる。
乳房基部に運ばれた血液が乳腺葉の毛細血管に届くと、乳腺細胞は血液中の赤血球は取り込まない一方、白血球、アルブミン、グロブリン、各種栄養素を取り込んで母乳を生成する。

2)血液は赤いのに、乳汁が白いのはなぜか


血液が赤いのは、ヘモグロビン色素を含む赤血球が赤いため。(タコやイカなどはヘモシアニンという青い色素を使って酸素を運ぶため、その血液は青く見える)。

乳が赤く見えないのは、赤血球を含まないからである。白く見えるのは、脂肪分やタンパク質の小さな粒子が溶け分散してコロイド溶液状になっていて、分散した粒子に当たった光がランダムに散乱して、さまざまな色(=波長)の光が均等に混ざることで白く見える。白い色素が溶けているからではない。


2.乳汁の生成の東西古典理論

1)ギリシャの哲学者アリストテレス(BC384-BC32)は、「乳は調理された血液である」とした。妊娠以降浄化排泄(月経)は胎児が女ならば30日、男なら40日続いたあと、血液は方向を変えて乳房に入り熱せられ凝固され、空気の作用で白くなったと考察した。

2)東洋医学でも乳汁は血液から造られるとした。そして出産に伴う膣からの出血やイキミにより、肝の働きが低下して蔵血作用や疏泄作用が低下すと血が回らなくなり、乳汁も出にくくなると考えた。

3)アリストテレスや東洋医学理論が上記のように考えた理由として、授乳中の女性には月経がないことを観察することで、乳が血に変わると考えていた。


2.乳汁分泌不足の針灸治療報告(立浪たか子氏)

乳汁分泌不良の婦人99例に対して、「乳房マッサージ群」と「乳房マッサージ+円皮針群」に2分して治療効果を調べた。円皮針は中府・膻中・少沢に貼附し週に1回交換。希望があれば数回繰り返した。この結果乳房マッサージ+円皮針群の方が有意に効果あった。 針灸は乳房マッサージに併用して行うことが大切である。
乳汁分泌不足には、内分泌の問題と、産後の体力低下情緒因子の問題がある。針灸治療は後者に対して効果ある。 (立浪たか子:乳汁分泌促進のためツボ療法とその効果の検討;母性衛生、第38巻4号)  


3.鬱滞性急性乳腺炎による乳房痛の針灸治療   

一般的処置としては、乳房を温めたタオルで温罨法をしたり、頻回の搾乳が効果的(乳房に熱があるようならば、冷湿布)。感染予防目的に抗生物質投与。乳房マッサージ(乳管閉塞を開通させ、シコリをほぐしてゆく)。ひどい場合には薬で一時的に乳汁分泌を止める。

1)乳房要因に対する針灸治療

①乳房の硬結部に対する局所刺針と、膻中施灸(せんねん灸など)、肩井、天宗などが知られる。針灸治療では細針で乳腺の周囲に4本程度、針先が乳腺の底辺にする角度で3.5㎝刺入(郡山七二)。

   
②深谷伊三郎は特効穴として、肩甲骨棘下窩にある天宗(膏肓でもよい)への多壮灸を推奨している。
似田考察:小腸経の天宗をとるのは、古典では乳汁分泌は小腸経に関係するとされていること、整体観として、乳房は肩甲骨に対比するものであり、乳頭部に対応するのが天宗になるため。 (ちなみに鎖骨に対比のは肩甲棘)    


③膻中を治療点として選ぶ理由は、大胸筋+胸鎖乳突筋の線維が交わる点が膻中だと考えるため。


④大胸筋の上に乳房脂肪組織が載っている。乳房外縁から、細い針でこの境の膜を、ゆっくりとほぐすように横針、置針するとよい(加藤雅和氏)。 


2)ストレス改善目的の針灸治療


母親は生まれたばかりの赤ちゃんの世話で、慢性疲労状態で、かつ情緒不安定となりがちで、ホルン系に変調をきたしやすい。こうした者への治療は、ストレス改善目的で治療を行う。とくに肩こりと背部圧迫感の改善に主眼をおいた治療を行う。頻回授乳と休息が大事。

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