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AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

三焦・心包とは何か? ver.2.0

2025-05-21 | 古典概念の現代的解釈

1.五臓五腑あるいは六臓六腑?

古典では陰陽五行説が支配しているので、内臓は五臓五腑に分別する。五臓とは肝・心・脾・肺・腎、五腑とは胆・小腸・胃・大腸・膀胱である。ところが経絡の正経は12経あり、それぞれに所属臓腑があるので、五臓五腑ではなく六臓六腑として把握される。臓には心包が、腑には三焦が加わるのである。

三焦と心包は現代医学にない概念であり、解剖してもその実体がないことから、これまで心包と三焦は何を意味するものか、大いに議論されている。心包とは心嚢を指し、三焦とは腸の大網を指すという見解もあるが、私は、心包の機能とは心臓を動かす力であり、三焦とは体温を生む機能だと考えている。

その理由を記す。


2.心包・三焦の機能は生きていることのバイタルサイン

生者と死者の臓器は基本的に同一である。ただ生者はそれが機能しており、死者は機能していない。では死者を死者とする所見は何だろうか?それは心停止と体温低下、(さらに瞳孔拡大)であることは今も昔も変わることがない。すると生者にあって死者にないものを探せば、心臓を動かす力が心包の機能であり、体温を生む力が三焦の機能であることが自ずと知れてくるのである。換言すれば、心包と三焦の機能停止が死となる。生者は六臓六腑が機能し、死者は五臓五腑になるともいえるだろう。


 

3.手に属する経絡と足に属する経絡

上左図の高橋晄正医師考案の図は、手に所属する臓腑、足に所属する臓腑の区分についての示唆を与えてくれる。体幹内臓を横隔膜を境として胸部内臓と腹部内臓に区分されているが、この2つは相似形になっている。体幹内臓を立体的に描いているのは手に所属する6臓腑で、水色で簡略的に示しているのが足に属する6臓腑である。

12経絡の何が手の所属で、何が足の所属なのは、明確な回答がないようだが、この図を見るとそれも理解できる。手に属する臓腑は、生命活動工場設備そのものである。工場稼働スタンバイの状況にあり、三焦が機能して地熱発電所(=ボイラー)の温度が上がり、心包が機能してモーターを回転させ工場を作動させる。


その状態になった後に足所属の臓腑が活躍して工場が稼働する。外部から原材料を運び(脾・胃)、加工して製品をつくる(肝・胆)。その過程で産業廃棄物(腎・膀胱)は廃棄される。これを続けることで生命活動が営まれる。


4.ゴールドを火で溶かして、この養分を四肢末端まで行き渡らせる

ところで、この生命活動工場は、何を製造しているのだろうか。これも五臓色体表から導き出すことができる。
胸部臓腑は、心(火)・心包(火)・肺(金)であり、腹部臓腑は、小腸(火)、三焦(火)、大腸(金)である。
これを高橋晄正医師の図に当てはめると、胸部内臓・腹部内臓とも、るつぼに入れた金(ゴールド)を火で溶かし煮詰めている場面が思い浮かぶ。このゴールドは身体隅々にまで養分として行き渡るのだろう。あたかも古代中国の錬金術さらにその背後にある道教思想まで想いをはせることができる。
 
金丹とは?
中国道教で説く仙人になるための薬。金丹の金は、火で焼いても土に埋めても不朽である点が重んじられた。我が国ではお伊勢参りの土産物として、今日でも萬金丹とよばれる漢方の丸薬が販売されている。トイガンで使うBB弾ほどの球状で黒く、
少量の金箔(?)をまぶしている。ちなみに萬金丹(マンキンタン)は、アンポンタンの元ネタ。


第10回針灸奮起の会実技セミナー  現代針灸からみた「秘法一本針伝書」 のご案内

2025-05-20 | 講習会・勉強会・懇親会

A.本セミナー参加のお誘い
 
「秘法一本針伝書」は、柳谷素霊が行った針灸局所治療を紹介している。ただし"伝書”とは、昔から伝承された秘技という意味もあるから、必ずしも素霊自身が見出した治療とは限らないかもしれない。
本書のような局所治療法は、現代針灸派にとっても興味深いが、類書と同様、本書も治療法の根拠を示していない。ゆえに針灸初心者は、素霊がどうしてこのような治をするのか理解できないだろうが、一定の針灸臨床経験があり、すでに自分のやり方を確立している者にとっては、素霊の方法と比較することで、いろいろな点を発見できるだろう。要するに者によって本書の価値は変化するのである。そこで過去のブログで、なぜ素霊がこうした内容を記したのかを推察するとともに、現代針灸から検討を加えてみた。今回のセミナーは、その集大成といえる。とはいえ古い書なので現代針灸的観点からすれば納得できない点も多々あった。素霊の示した治療法は二十症状に対するものだが、これでは余りにも少ない。そのため最小限と思える☆印の症状を加え、それぞれに私の見解を示すことにした。 
    本セミナーは、実技指導を中心としたものであり、受講生12名に対し指導3名としています。受講生は2人一組で6ペアとなり、それに指導者3名を配置しますので、非常に行き届いた実技指導となります。なお指導者は、私以外に現代針灸実力派である小野寺文人先生、岡本雅典先生にお願いしています。


B.セミナーの要項


1.会場:
国立市中1丁目集会所:東京都国立市中1丁目10-34       
   JR中央線国立駅、南口下車徒歩3分

2.開催時間 午後4時~6時30分頃 
3.定員:各回とも12名、 見学は2名以内。(定員になり次第〆切)
4.日程(基本的に第2第4日曜) 
  残席は5月17
日現在の状況です。
 第一回 3月9日(日曜)  B.腰下肢     終了しました
 
第二回 3月23日(日曜)   C.膝痛・肩関節痛・肩こり     終了しました
 第三回 4月13日(日曜)   D.体幹内臓     終了しました
 第四回 4月27日(日曜)   A.五官科①(歯科、眼科)     終了しました。

 第五回 5月18日(日曜)   A.五官科 ②(鼻科、耳科、咽喉科)  終了しました
  実技講習会後に、打上げ・兼小野寺文人先生(下写真下段中央)の誕生日会を実施しました。53歳となりました。
上段の左から二人目は、桑原正敬先生で、四国の徳島から遠路はるばるほぼ皆勤で参加されている方です。徳島と東京を一泊二日で往復すると、
御夫婦で13万円かかるということでした。お一人で上京すればもっと安くできるのに、と言うと、奥様は東京行を楽しみにしていると言っていました。まあ仲の良いのは結構なことです。

    

写真左は、岡本雅典先生、右は笠貴乃先生

5.会費:一般8000円、学生7000円、見学4000円。当日払い。領収書発行します。
6.お持ちいただくもの 
 各回オリジナルカラーテキストを配布。針灸実技用の道具類も支給。
 ②筆記用具はご持参ください。
7.懇親会
  講習会後、駅前の居酒屋にて懇親会実施。 飲食費は3000~3500円程度(当日受付)
8.参加お申し込み方法
      参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話、⑤Eメールアドレスを、Eメールまたは電話でお伝えください。
      折り返しご連絡を差し上げます。お申し込み〆切は各回とも開催前日午後3時頃までとします。ただし参加者12名に達した場合、その時点で受付終        了します。各回ごとに見学者は2名以内
です。
  連絡先:あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 
   電話042(576)4418 
   メールアドレス nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp

 

C.セミナーの概要  ( )内はテキストページ数
  ☆の症状は、一本針伝書になく、私が独自に取り上げた治療法になる。

A.五官科(27ページ)

 第1章      上歯痛の針(客主人)
 第2章      下歯痛の針(頬車)
 第3章     ☆顎関節症(下関、頬車)、舌痛(上廉泉)、歯肉痛(歯肉局所)
 第4章      鼻病一切の針(印堂)
 第5章         耳中疼痛の針(完骨)
 第6章      耳鳴の針(頬車)
 第7章       眼疾一切の針(風池)
 第8章       咽の病の針(合谷)

B.腰下肢痛(11ページ)

 第9章   下肢後側痛の針(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)<座骨神経痛>
 第10章   下肢外側の病の針(環跳)
       ☆下肢内側の病の針(陰包)
 第11章   下肢前側の病の針(居髎)
 第12章  ☆腰重と下肢不定症状の針(仙腸関節刺針)<仙腸関節機能障害>
 
C.膝関節痛・肩関節痛・肩甲上部コリ・肩甲間部コリ(12ページ)
 第13章  ☆膝痛の針(内外膝眼、鶴頂、鵞足、委中)
    第14章   五十肩外転制限の針(肩髃、肩髎、肩井斜刺)
 第15章  ☆結帯動作制限の針(天宗と肩貞) と結髪動作制限の針(膏肓水平刺と臑兪)
 第16章   肩甲間部のコリの針(モーレー点) 
 第17章   肩甲上部のコリの針(肩井) 

D.体幹内臓症状(13ページ)

 第18章   排尿痛の針(中極・関元)
 第19章  便秘の針(左四満外方5分)
 第20章  上実下虚の針(崑崙)
 第21章  五臓六腑の針(華陀夾脊)

 

※参考:今回セミナーの元ネタとなった「AN現代針灸治療」ブログ

第1 上歯痛の鍼(客主人) 
第2 下歯痛の鍼(頬車)
   ①2022/09/31:歯のくいしばりに対して顎二腹筋後腹への運動針が有効な例
   ②2023/01/17:顎関節症の針灸治療 改訂2版
   ③2023/05/23:歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.8
   ④2024/07/13:上歯痛の針灸治療ver.2.0
   ⑤2024/08/01:下歯痛の針灸治療ver.1.2        
   ⑥2024/08/06:三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 
   ⑦2014/09/14:舌痛症の針灸治療 ver.1.2
第3 鼻病一切の鍼(印堂) 
   ①2017/07/19:嗅覚障害の針灸治療
   ②2002/12/06:慢性副鼻腔炎の針灸に上星の灸とマイクロライド長期投与
   ③2022/12/14:慢性副鼻腔炎と花粉症 ver.1.3    
第4 耳鳴の鍼(頬車) 
第5 耳中疼痛の鍼(完骨) 
   ①2006/03/15:耳鳴治療と舌咽神経ブロック針
   ②2010/07/16:顎関節症由来の耳鳴りに対する針灸①
   ③2013/07/24:耳鳴りの治療改訂版 その2
  ④2015/01/30:新・耳鳴の針灸治療 鼓室神経刺激と顔面神経下顎縁枝刺激 ver.1.1
   ⑤2017/10/10:耳鳴りの針灸治療まとめ2017年版
   ⑥2021/09/20:質問紙を使った耳鳴分析と鍼灸の奏功例 ver.1.1
   ⑦2023/02/11:難聴・耳鳴りに対する側頸部治療穴の理解 ver.1.2
第6 眼疾一切の鍼(風池) 
   ①2011/11/09:緊張性頭痛に対するトリガーポイント治療の整理 その3
   ②2012/10/14:緊張性頭痛治療に効果的な天柱・上天柱の刺針体位 ver.1.2
   ③2015/01/14:調節性眼精疲労に対する針灸治療の考察
   ④2021/01/08:眼窩内刺針が刺激対象とするもの ver.2.2
   ⑤2021/10/08:眼精疲労の鑑別と針灸治療
   ⑥2023/01/20:私の行っている眼窩内刺針の方法 ver.1.5
第7 喉の病の鍼(合谷)
   ①2015/03/17:大椎・治喘・定喘の効能
   ②2021/07/26:咽頭・喉頭症状に対する現代鍼灸
   ③2021/09/09:咽喉異常感症(咽頭神経症)の針灸治療・手技療法ver.2.0
   ④2023/01/13:咳嗽の針灸治療
   ⑤2023/08/18:喉頭症状に対する前頸部の針灸治療点の整理 ver.1.1
第10 下肢後側痛の鍼(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)
   ①2006/03/10:腰下肢症状の診断
   ②2020/10/11:腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針ver.1.3
   ③2021/03/03:「秘法一本鍼伝書」②<下肢後側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.1
   ④2023/12/19:居髎と環跳の位置と臨床運用
第11 下肢外側の病の鍼(環跳) (「下肢内側の病の鍼」含む)
   ①2006/07/11:殿部~下肢外側痛の病態と針灸治療(とくに小殿筋筋痛症)
   ②2017/05/05:殿部深部筋のMPSと坐骨神経痛
   ③2018/08/13:「秘法一本鍼伝書」③<下肢外側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討
   ④2019/06/08:大腿外側痛の病態把握と針灸治療
   ⑤2021/07/11:<下肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.2.1
第12 下肢前側の病の鍼(居髎) 
   ①2010/12/28:股関節部痛に対する小殿筋深刺と、大腿直筋刺針の工夫 ver.1.2
   ②2015/08/23:変形性股関節症の針灸臨床 ver 1.5
   ③2018/06/04:大腰筋性腰痛の症状と鍼治療 ver.1.1
   ④2019/03/18:「秘法一本針伝書」①<下肢前側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.1
第16 四十腕五十肩の鍼(肩髃、肩髎) 
   ①2006/03/11:肩関節痛に対する巨骨斜刺+肩前斜刺
   ②2012/10/09:五十肩で上腕外側痛を生じる理由と治療法
   ③2013/05/12:肩関節痛に対する肩髃から肩髎への透刺(柳谷素霊の方法)
   ④2018/08/21:「秘法一本鍼伝書」⑤<上肢外側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.2
   ⑤2018/08/21:「秘法一本鍼伝書」⑥<上肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討
   ⑥2022/01/07:五十肩の鍼灸治療を苦手とする理由ver.1.1
   ⑦2024/05/11:肩中兪刺針の針響 ver.1.2
   ⑧2024/07/26:肩関節外転制限の針灸治療法ver.2.0
   ⑨2024/07/27:結髪・結帯制限の針灸治療理論
   ⑩2024/07/28:結髪・結帯制限の針灸治療技法
第17 肩甲間部のコリの鍼(缺盆) 
第18 肩甲上部のコリの鍼(肩井移動穴)
   ①2006/06/09:頸神経叢刺激点としての天窓
   ②2006/06/09:腕神経叢刺激点としての天鼎・肩中兪
   ③2024/05/11:肩中兪刺針の針響 ver.1.2
   ④2010/07/15:肩甲骨上角のコリに肩外兪運動針、肩甲骨部~肩甲上部のコリに附分斜刺
   ⑤2012/10/10:肩甲骨裏面に自覚するコリの正体と刺針法 ver.2.0
   ⑥2017/02/07:肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺
   ⑦2022/02/15:膏肓穴についてver.1.2
   ⑧2024/11/01:柳谷素霊著、「秘法一本針伝書」肩甲間部のコリの針の考察ver.1.4
第13 急性淋病の鍼(中極・関元)p 32  
   ①2023/08/14:切迫性尿失禁が中髎の灸1回で改善した自験例(69才、男)
   ②2023/11/25 :尿路結石の疝痛は、側臥位での外志室深刺が効く理由 ver.1.1
   ③2024/11/03:「秘法一本鍼伝書」にみる急性淋病の針治療について
第14 実証便秘の鍼(左四満外方5分)p 34
          ※臍下2寸に石門をとり、外方5分に四満をとる。
第15 虚証便秘の鍼(左四満外方5分)p 36
   ①2013/09/08:痙攣性便秘と各種下痢に対する針灸治療
   ②2024/11/05:成書にみる便秘の局所治療穴
第19 上実下虚証の鍼(崑崙)
   ①2017/02/24:冷え性に対する針灸治療ver.3.3
   ②2022/12/15:足冷の針灸治療理論とテクニックver.1.1
   ③2024/11/19:柳谷素霊「秘法一本針伝書:上実下虚の針の考察
第20 五臓六腑の鍼(華陀鍼法)(脊柱棘突起外方5分
   ①2011/01/09:膻中穴圧痛の古典的意味と現代医学的意味 ver.1.2
   ②2018/05/25:腹診に関する現代医学的解釈 ver.2.0
   ③2019/12/10:心下痞硬・胸脇苦満の病態生理と針灸治療
   ④2020/12/10:柳谷素霊の「五臓六腑の針」と私の刺針技法の比較
   ⑤2023/08/30:胃倉・魂門の刺針目標
   ⑥2023/10/04:柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」五臓六腑の鍼の解説 ver.3.0
第8  上肢外側痛の鍼(肩髃)p22  →「四十腕五十肩の鍼」参照
第9  上肢内側痛の鍼(肩貞)p24   →「四十腕五十肩の鍼」参照


鼻と陰茎のトリビア ver.1.1

2025-05-13 | 耳鼻咽喉科症状

1.海綿体構造があるのは鼻と陰茎だけ
 
昔、フェリックスマン著 「 針の科学」を読んでいて、今でも記憶に残っている記載がある。「鼻甲介と陰茎は、人体における海綿体構造という共通点がある。海綿体構造はこの2カ所以外になく、これは鼻と陰茎が何らかの共通性があることを示唆している」との内容である。

鼻甲介は海綿体構造なので、充血して体積が増えると鼻閉となり鼻呼吸しづらくなる。
ペニスも海綿体構造で、勃起時には陰茎内に血液が充満し、その体積は7倍程度になる。
ただ当時はインターネットといったツールもなく、それ以上の知見は進捗しないまま、30年以上が経過した。


2.副鼻腔内の空間にはNO(一酸化窒素)が多く、NOは線毛運動活発化させる。

 
最近になりNOが人体に与える反応について分かってきたことがいくつかある。

①副鼻腔内の気体組成は、NOが多く、通常の大気の組成とは大きく異なる。
②NOは血流増加時、血管の内皮細胞から放出され、副鼻腔内の線毛の活動を活発化さる。そのことで副鼻腔内の痰や異物を外に出す働きがある。
ちなみに副鼻腔炎の現代針灸治療理論は、鼻口腔・副鼻腔を知覚神経支配している三叉神経第1枝を刺激する目的で、攅竹・印堂・挟鼻などにチクリとした刺激を与えることで、交感神経を興奮させるという内容だった。交感神経興奮では、血管内腔が細くなり血流低下する(それにより鼻閉改善や鼻汁量軽減する)ので、NO放出条件と一見矛盾するようだが、血流増加させるには一度血流を止める状況をつくり、それを開放するれば一気に血流増加させることができる。つまり攅竹・印堂・挟鼻刺激により、副鼻腔内の線毛運動の活発化が期待できる。


3.NOが全身の血管に与える作用と勃起作用

 
①NOは、血管を若く保ち、動脈効果を予防して、血圧を安定させる作用がある。

②性的興奮により勃起が生ずる。するとペニスの血管内皮細胞から、NOが放出される。勃起の機序は複数の化学物質が連鎖的に作動するが、勃起起動スイッチといえるものがNOになる。


4.鼻の大きさとペニスの大きさは関係するか? 

 
京都府立医科大学の研究チームは、126人を対象にした研究結果で、鼻の大きさ(左右内眼角の中央から外鼻孔までの長さ。鼻の高さは関係ない)と、通常時の伸ばした陰茎サイズに相関関係があることを明らかにした(2021年2月発表)。

しかし鼻の長さと勃起時のペニスの大きさとの関連性は調査していない。また鼻が長い者は、体格が大きいともいえるので、身体のいろいろなパーツも大きいだろう。
 
余談:以前、医学統計の講習会に参加したことがあり、その折の講師の話。ある書道の先生は、子供の文字の上手さと靴の大きさが相関することを発見して狂喜した。しかし冷静になって考えると、靴の大きさと年齢は正比例するから、年長になるほど文字が上手になることは、当たり前のことだった。
 


郡山七二と小山曲泉の眼窩内刺針の相違点と私のやり方

2025-05-01 | 眼科症状

1.郡山七二の眼窩内刺針(「針灸臨床治法録」天平出版、昭和48年刊より)

現在、「針灸臨床治法録」は絶版で、古書にしてもなかなか入手しづらいので、同書の内容をできるだけ忠実に記述することに努めた。


1)その発端     


郡山七二(1893-?)の眼窩内刺針という発想は大正8年から始まった。倉内末正医師の指導を受け、また動物実験(兎、犬、猫)を使って眼窩内刺二十数回の実験第一歩を踏み出した。その間なんらの副作用はなく、技術的にも大した支障もなかった。この結果を受け、大正10年に初めて人体に採用した。その後、幾人かの患者に実施して、ある種の病気にある程度奏功することも判明したので、大正13年8月、毎年夏に行っていた実地講習会において、この眼窩内針法を初めて発表した。

当時の針灸師の反響としては、奇抜なやり方だとして、その真偽さえ疑われたのだが、次第に行う者が増えていった。


2)眼窩内刺針の理論と刺針上の注意

 
眼球には4種の末梢神経が通過ないし所在しており、また眼球の運動を含む数個の筋群その他がある。もしこの眼窩内に針を刺入できたら、ある種の疾患に、ある程度奏功しそうだと考えた。

眼球と眼窩の間には、小指の先が入るほどの間隙がある。 この間隙内には筋・脂肪・結合識など柔軟な組織があり、針は別段の抵抗もなく案外容易に入る。ただし2~3㎝くらい張った時、骨に突き当たる場合が多い。これは上眼窩なら針尖が上の、下眼窩ならば針尖は下の眼窩壁に突き当たっていることによるから、ちょっと針を戻して、上手に操作しつつ静かに入れてやると、針が眼球の壁に沿って少し彎曲しつつほとんど無感覚、無抵抗で入っていく。上眼窩には割合入れやすいが、下眼窩は眼窩壁面に凹凸が多いので、余程練習しないと深刺は難しい。
針は1~2番針の、なるべく柔軟なものがよい。(ステンレス針などは硬い)。針が眼球内に入ることは避けるべきことである。郡山は、針先が眼球に触れた時の感覚を動物実験でたびたび実験してみたが、何となく針先がゴム製品に触れている感じで、軽い抵抗を感ずるのですぐ分かる、と記していた。


3)刺入部位

 
だいたい3部位で事足りる。疾患に応じて、内眦(ないし 内眼角)部、中央部、外眦(がいし 外眼角)のいずれかに限定して選択する。中央の針は、施術数十分後に紫色の瘢痕を生ずることがある。上は眼窩上動脈、下は眼窩下動脈が中央を貫通していることが原因だと考えた。その後はこれらの動脈を避けて刺入するようになってから、その種の失敗は一回も犯していない。

上眼部でも下眼部でも、中央部の針は1㎜ほど内または外から針を入れ、2㎝ほど深部で神経に触れる角度で入れてやると、血管に針が刺さらぬので出血しない。

          

4)主な適応症


①眼精疲労:もっともてきめんによく効く

②ノイローゼ
 すぐれた精神安定作用がある。刺針点は、前記の眼精疲労とともに、内眦部に1㎝ほど1本刺すだけでよい。
③三叉神経痛
 第一枝痛:前頭神経痛に有効。上眼窩中央の針で2㎝刺入。前頭神経に当たれば、前頭部に響きを感ずる。
 第二枝痛:下眼窩神経痛には、下眼窩中央の針で、2㎝刺入。
④仮性近視:上内眦部と下内眦部を選択
 

2.小山曲泉の掃骨法による眼窩内刺針

小山曲泉著「神経痛掃骨針法」明治東洋医学院出版部(昭和53刊)も絶版である。古書で入手するには数万円となり、非常に高価である。

小山曲泉(1912-1994)は、掃骨針法で知られている。掃骨針法とは、筋の骨付着部に対して10番程度の針で、骨を削るように深刺する技法のことである。小山は、郡山七二より19歳年下であり郡山の講習会などに参加しして影響を受けつつ、掃骨という手技で眼窩内刺針を行うことを考案した。


1)掃骨針による眼窩内刺針の理論

   
眼精疲労を訴える患者に対し、眼球そのものを押圧するのと、眼窩内に手指を折り曲げて按圧するのと、どちらが気持ちよいかを聴取すると、文句なしに後者の方が気持ちよいとの返答が得られる。すなわち骨を圧重した方が気持ちよいらしい。

これは三叉神経の第1枝、第2枝の末端がそれぞれ眼窩上神経、眼窩下神経となって 眼窩の骨に分布し知覚をつかさどっており、過労・ストレス・循環障害などで神経障害を惹起 するものと考えればよい。掃骨針法の場合、眼精疲労といより眼窩神経痛に対する刺針法ともいえる。

2)刺入部位


繁用するのは上眼窩が一番多い。同時に承泣、内眦の睛明、外眦の瞳子髎等を併用する。掃骨針ではあるが眼窩内刺針では10番ではなく3~5番針を用いる。圧痛の方向に骨の変性を探り、コツコツと軽く雀啄する。そこには必ず快痛のヒビキがある。


3)治療効果


掃骨方式の眼窩内刺針を行えば、涙目・かすみ目・痛み眼等の重圧が一挙にとれる。


3.小橋正枝先生への質問と回答

今日において掃骨針法伝承者の代表といえば大阪市で開業されている小橋正枝先生だろう。一昔前、メールで質問したことがあった。眼窩内刺針で、選穴はどうするのか、また刺針方向はどうするのかとの内容だった。これに対してご丁寧な回答を頂戴した。
 
眼精疲労を訴える者は、左右の目頭を母指と示指でつまむようなポーズをとる。これは上睛明穴に相当し、この穴が最も使用頻度が高い。

刺針方向についてであるが、患者に針管を渡し、眼窩から気持ちのよいと思う方向に押すよう指示する。これが刺針方向になるということだった。
掃骨針の要領は、鍋についたおこげを落とすように刺針する、とのこと。筋に対しては、筋付着部のサビを落とすように刺針する。




4.私(似田)の眼窩内刺針の変化
 
私が郡山七二方式の眼窩内刺針を行って以来、すでに30年以上経過している。眼精疲労など機能的な眼症状に対しては、ある程度の効果があったようだが、同時に天柱・上天柱・風池・翳明・太陽といった穴に施術することも多く、眼窩内刺針の使用が不可欠だったとは言い難い。網膜色素変性症患者にも上睛明、球後(後述)に30分置針して、蒸しタオルで温補したが、目立った治療効果は得られなかった(治療直後効果として、一過性に視野がやや広がった)。

郡山七二の眼窩内刺針は、ほとんど針響がなく、術者の刺し手にもシコリに当たったという手応えがない。深刺すると眼窩内の骨に当たるが、骨に当たってもそれ以上刺入しないので、針響はないのが普通である。
 
そこで数年前から小山曲泉方式に変えてみた。私(似田)が小山曲泉の方法で気持ちよい圧痛点を探してみると、上睛明のやや外方と承泣(瞳の下で骨縁にある陥凹)2点に圧痛が出現する傾向があった。これらを刺入点とし、圧痛硬結に向けて刺入すると、硬い組織(=骨膜)、当たった。そこを削りとるように細かく針を上下に動かすと眼球に響いた。

眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたとのこと。閉眼状態で、上下左右の眼球運動を数回指示したこともあったが、その際もとくに刺激感はなかったようだ。


5.眼窩内刺針の二つの代表治療点



1)上眼窩裂溝内刺針(上睛明) 


位置:眼球と上眼窩の間隙。具体的には瞳孔線上、瞳孔線の内眼角寄り、深部に視神経管(視力を司る視神経が通る)がある。

 患者に針管を渡し、「一番つらいと思う場所を、気持ち良く感じる方向に押してみて....」というと、大抵の患者は睛明もしくは睛明の5㎜上から直角に     深く押圧するようになる。確かに眼精疲労の際、母指と示指で目頭を強く押圧するのは、 日常的にもよくある動作である。このように考え、私は眼窩
 内刺針では睛明の使用頻度が多い。

2)球後
位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。球後は眼窩と眼球間の間隙がやや広い部であり、深刺しやすい部である。
 球後とは眼球の後という意味で、中国では内眼病(網膜や視神経疾患)の治療穴として使用されているが、治療効果は不明である。

刺針:眼窩内に直刺、その後針尖を上内方に少し向け、視神経方向に刺入。患者は眼球が熱く腫れる感じを覚える。   
 
※毛様体神経節刺について

眼球の奥には毛様体神経節がある。これは米粒より小さい。自律神経系に属する神経節で、瞳孔収縮と散大、眼球知覚などに関係し、視覚機能の調整を担当している。球後を刺入点としてかなり深刺すると毛様体神経節刺針となる。中村辰三が実施してみた結果、眼精疲労に効果あったということだが、リスクを考慮すれば積極的には行い難い刺針技法であろう。

 

 


成書にみる便秘の局所治療穴 ver.2.2

2025-04-26 | 腹部症状

 成書にみる主な便秘の治療穴を整理した。以下の治療穴について意味付けを推察してみた。

1.腰部

大腸の上行結腸と下行結腸は後腹膜に固定されていて、腰部後壁と大腸間に後腹膜は存在しない。この臓器を刺激するには、腹部ではなく腰部からの刺激が適する。
一般的に上行結腸は便秘の治療点とならず、下行結腸刺激を刺激目的では、左大腸兪・左腰宜(ようぎ=別称、便通穴)などを刺激する。これらの穴から刺針すると、腰部筋→後腹膜→下行結腸に入る。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(Th12~L3の高さ)があるが、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜上縁(L4の高さ)から実施することで、腎臓への誤刺を回避できる。 

1)便通穴=左腰宜(ようぎ)   

L4棘突起左下外方3寸。起立筋の外縁で、腸骨稜縁の直上に腰宜をとる。木下晴都は、左腰宜を便通穴と名付けた。やや内下方に向けて3㎝刺入するとある。腰方形筋→下行結腸と入っていく。ただし3cmm程度では下行結腸に達しないかもしれない。横突起方向に斜刺すれば腰仙筋深葉の広範な響きは得られるだろう。

森秀太郎著「はり入門」での刺針深度は「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。
代田文誌著「針灸治療の実際」には、「便通外穴」の記載がある。本穴は、木下晴都の便通穴の外方3cmでL4棘突起下の外方8cmとしている。

上図後腹膜器官の図で、小腸やS状結腸は図示されていない。このことは小腸やS状結腸への刺激は、仰臥位で行うべきことを示している。


2.腹部 


1)天枢


森秀太郎が便秘の治療で最も重視しているのが天枢への雀啄針だった。森の天枢刺針は、臍の外方1.5寸を取穴(教科書的には臍の外方2寸)、15~30㎜直刺する。針は腹直筋→大網→壁側腹膜→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入ることになる。

中国の文献には、天枢から深刺した場合、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て初めて効果が出ると説明したものがある。大網と臓側腹膜には知覚神経がないことから、この響きは壁側腹膜(体性神経とくに肋間神経)ないし腸間膜刺激となる。なお腸間膜の知覚は迷走神経支配だとする文献を発見した。腸間膜には小腸を吊り下げ固定する機能の他に、小腸からの栄養を吸収し、小腸に酸素を送り込む役割がある。江戸時代後期の医師、三谷広器著『解体発蒙』中の小腸壁から伸びる多数の乳糜管を観察し、これが血の元となり、体温の熱発生源の機能があると推察した。この書を読んだ澤田健は、大いに感動して三焦とはこのことだと推理した。これは現代でいう腸間膜のことではないだろうか。ちなみに臍(神闕)の外方5分にある肓兪の「肓」は腸間膜のことである。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/159cb2af0776c4083e2998a343973b28

澤田健が絶賛した三谷広器「解体発蒙」にみる三焦の正体

 

2)柳谷便通点(左四満移動穴) 

       

学校協会教科書の四満は、臍下2寸に石門をとり、その外方5分としている。柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では臍下2寸に石門をとり、その左外方1寸の部としている。つまり教科書四満の5分外方となるが、木戸正雄は本穴を柳谷便通点と仮称した。

素霊は「実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺2寸以上刺入して上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ抜針する」
「虚証者の便秘には、寸6#2で直刺深刺。針を弾振させて肛門に響かせる。この時患者の口は開かせ、両手を開き全身の力を抜き、平静ならしめる」と記している。つまりは導引と思える技法を併用している。    
四満移動穴刺針は、解剖的には天枢と同様、腹直筋→壁側腹膜→大網→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入る。素霊も「いずれも肛門に響かないと効果もない」と記している。解剖学的には前述の天枢と似ている。

尿道に響かせるには、中極から恥骨方向に斜刺するとほぼ確実に響く。肛門に響かせるには3寸#3で柳谷便通穴から直刺深刺2.5寸程度して、肛門に響きを得る。肛門に響くのは、腸間膜刺激によると思われた。下腹部任脈で、関元・中極・曲骨から刺針すると陰茎や陰核に響くのは陰部神経の分枝である陰茎・陰核神経を刺激した結果である。下腹部から深刺して肛門に響かせるには、関元から下方の前正中を避け、石門外方が狙い目となるだろう。石門自体は白線上なので人によっては刺痛が生じやすく避けた方がよいかもしれない。

便秘の効果的な治療を調べていると、何冊かの本で<肛門へ響かせるのが治療のコツだ>とする記載をいくつか発見できたのだが、どのように肛門に響かせられるかは書かかれていない。そうした中にあって、木戸正雄著「素霊の一本針」に、次のような記述を発見した。
<患者の吸気時に刺入を進めると、約60㎜の深さ(3寸#3針で深刺して1cm残す)で急に響きを得る。響きを確認したら、すぐに呼吸に合わせて抜針する>。早速追試してみると、深さ4cmに達した頃、突然腹深部に響いたとの反応を聴取できた。予想外に深刺する刺針に驚かされる。

3寸#4で健常者にたいしてこれを追試してみると、下腹部~左鼠径部~左大腿上部に響くことが多かった。響かないようであれば押手を強くして下腹部を押圧しつ手技をすると響くようだった。ただし肛門へ響かせることはできなかった。たとえば深刺して鼠径部に響くようであれば、刺針部位をやや前正中に近づけるなどの工夫が必要かもしれない。

澤田健「十二原之表」の解説 - AN現代針灸治療

澤田健「十二原之表」の解説 - AN現代針灸治療

1.代田文誌の「十二原之表」との出会い上表左の一文:上表は、『鍼灸治療基礎学』中のもの。<毎朝六十六難の図に対し、原気の流行・衛栄の往来を黙座省察することで身中...

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3.左鼠径部

 
1)秘結穴   


 

 

 

木下晴都は、標準の左腹結(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待されないと記している(「最新針灸治療学」)。木下の取穴は、仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴すなわち標準腹結より外側になる。3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、針先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。
私は、この針は、腸骨筋刺針になるかもしれないと考えた。下行結腸は深部にあるので、仰臥位で刺入するのは困難である。
腸骨筋は、意外にも骨盤内で広い体積を占めている強大な筋である。この部に糞塊を触知できる弛緩性便秘の治療に使えるだろう。   

 

2)左府舎

森秀太郎は左府舎は恥骨上縁から上1寸の前正中線上に中極をとり、その左外方4寸で、鼠径溝の中央から一寸上に左府舎をとるという。寸6#6番針でやや内方に向けて10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る(「はり入門」医道の日本社)とある。
郡山七二は、上前長骨棘から恥骨結合までの10cmあまりの鼠径溝から2~3本。3センチ程度入れるとS状結腸に達する(「現代針灸治法録」天平出版)と記している。

下行結腸と直腸は体幹深部にあるが、S状結腸は鼠径部のすぐ下に位置する関係で、脱腸が好発する部にもなっている。左鼠径部からの刺針で、S状結腸に達することができる。右下腹部にある虫垂は炎症が拡大すると腸腰筋に炎症が波及することもある。


調節性眼精疲労に対する針灸治療の考察 ver.1.1 

2025-04-26 | 眼科症状

1.機能性眼精疲労の分類
機能性眼精疲労の原因は、次の2つに分類されるが、調節性眼精疲労の方が主なる原因であるとされている。

1)調節性眼精疲労(=内眼筋障害) 

毛様体筋の疲労による。毛様体神経節は、目の焦点を合わせ、虹彩の開き具合を調整する機能がある。眼精疲労は、この毛様体神経節および毛様体筋の疲労であると考えられる。 

2)筋性眼精疲労(=外眼筋障害)

輻輳(=より目)不全、斜視による。左右の眼の動きの不統一。                


2.調節性眼精疲労と毛様体筋

瞳孔括約筋は、虹彩の内周にある。巾着袋のような作用で、筋緊張すると口が狭まり、縮瞳になる。瞳孔散大筋は、虹彩の外周にある。瞳孔括約筋と逆で筋緊張すると虹彩が開き、散瞳になる。

遠見時:毛様体輪状筋が弛緩して輪が広がる → チン小帯はピンと張る→ 水晶体は引っ張られて薄くなる。
近見時:毛様体輪状筋が緊張して輪が狭まる → チン小帯が緩む→ 本来もっている性質により、水晶体は厚くなる。

 

 

3.調節性眼精疲労の針灸治療

1)調節性眼精疲労は副交感神経緊張によるのものだろうか?

眼精疲労を訴える患者に対し、伏臥位で天柱から深刺手技針を十数秒間行なった後、患者は「目がすっきりし、外界が明るく見える」などの喜びの声をあげることは、日々の臨床で普通にみられる。ただ筆者は昔から、「外界が明るくなった‥‥」という返答から、虹彩が開いた状態になった、すなわち交感神経緊張状態になったと理解すべきかどうかを悩んでいた。


2)調節性眼精疲労の機序の考察 


①調節性眼精疲労は交感神経緊張症状なのか?

成書には調節性眼精疲労は、副交感神経緊張→毛様体筋収縮→水晶体厚くなるという機序が記載されている。これは直感的には意外なことで、交感神経緊張の間違いではないかと考えがちである。


しかし考えてみれば、本来、人間は近くを見ているとき、リラックス状態をつくっている状態にる。というのは原始時代、人間は仕事として獲物を狩り、そして狩ってき食料を住居で食べて生するという形をとってきた。そのため、遠くにいる獲物を探したり、狩るときは交感神経が優位なり、家の中で家族とご飯を食べている時は副交感神経が優位になることが正常な自律神経サイクルだったという。
しかし現代人では勉強や仕事で頭脳がフル回転しているような状態であっても、血圧も呼吸数も増えていないので身体としては副交感神経緊張であろう。つまり頭脳労働は精神活性化状態ではあっても、交感神経緊張状態とはいえない。
脳と身体の活動の関係は、睡眠におけるノンレム睡眠とレム睡眠の関係に相似している。ノンレム睡眠は、睡眠直後から現れ、脳の疲労回復が目的であるのに対し、レム睡眠は睡眠90分以降に現れ、日中の
交感神経優位状態になった身体を、ゼンマイをゆるめるように副交感神経優位にもどすのが目的である。脳の疲労回復は、ごく短時間睡眠で回復できるのに対し、身体の疲労は90分以上の持続的睡眠が必要である。一回数十分の針灸治療でできることは、脳の疲労に限定されるといえるだろう。

パソコンディスプレーを長時間注視するなどして眼精疲労になることは多いが、これも交感神経緊張症状ではない。これも副交感神経緊張症状である。
副交感神経緊張→毛様体筋収縮→水晶体厚くなるというのが調節性眼精疲労であるなら、これは毛様体過緊張による仮性近視状態になっているともいえる。

②眼精疲労に対する凸レンズメガネの使用

長時間をディスプレーを注視するなどそてこの状態での対処法として、凸レンズめがね(=老眼鏡)をかけてみるのも一つの方法である。凸レンズめがねを使うと、水晶体が以前より厚くなる必要がない→毛様体筋収縮緩和→眼精疲労改善という機序になる。(さくら眼科 院長とスタッフblog より)


③天柱刺針の効果

天柱深刺で眼精疲労がとれる機序は、身体を交感神経緊張状態に誘導した結果だと考える。わが国の習慣として、気合いをいれて物事に取り組もうとする時、ハチマキ巻くことがある。これも交感神経緊張度を高める方法として広く知られている。こめかみにメントール軟膏を少々塗って、眠気を防ぐのも同様である。こめかみ部は、経穴では太陽穴に相当している。

太陽穴の局所解剖
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/fa45a20b1cb0137a5678eaf59e4c5fac


冷え性の手技療法

2025-04-24 | 末梢循環器症状

1.指間グロムス刺激
    
末梢血液循環は、動脈→小動脈→毛細血管→小静脈→静脈と循環するが、毛細血管 を介することなく、小動脈から小静脈へと血流が短絡するルートがあり、これを動静 脈吻合(=グロムス機構 Glomus mechanism)と称する。

グロムス機構が開通するとそれ以下の末梢血流量が減少して冷えが生ずる。逆にグロムス機構が切断すると、末梢血流量が増えて手足末梢の冷えが改善される。
 

このグロムス機構のスイッチの切替は、自律神経の作用で自動制御されるが手指の関節や筋へ刺激を与えて、ある程度介入できる。
手足のグロムスの位置は、針灸でも要穴に一致することが多い。爪甲根部は井穴、指間部は合谷や腰腿点などのいわゆる指間穴、手首あたりには内関や外関などの絡穴、肘関節部には五行穴の一つである合穴が存在している。
 
開いているグロムス機構を、どのようにして閉じさせられるかは、単に正常皮膚温と冷えている皮膚温の境界部分を針灸で刺激するだけでは、効果は得られないようだ。 指圧マッサージのような、冷えのある組織全体を揺り動かすような手技療法の方が効果的ではないかと思うようになった。

そこで勉強会を良い機会として、ベテラン2名の手技を紹介していただくことにした。


2.虫様筋の押圧手技(岡本雅典氏)


手の冷えに対する岡本雅典氏の方法は、術者が患者のMP関節より近位にある虫様筋をリズミカルに押圧するとうものであった。Ⅰb抑制が働いて虫様筋弛緩し、手指に行く動脈血流を増加すると推理した。
解剖学書を調べてみると、虫様筋には指へ繋がる血管の貫通枝を見つけたからだった。虫様筋の酷使が、指に行血管を絞扼することがあるかもしれない。自分の体験では、頻回のオートバイのクラッチレバー操作で、手指の厥冷が生じたことがある。瘦せ型の女性でしたら、野菜を切るなどの繰り返し動作でも、虫様筋が血管を絞扼する程度の筋短縮によって常時手指が冷えるようなことがおこるのではないだろうかという考察をしてみた。}
足冷については、足の動脈弓から足の各指に伸びる動脈への血流不足を改善するため、足底指間にある虫様筋を押圧刺激する。

3.前腕屈筋側、下腿屈筋側の押圧手技(小野寺文人氏)

手の冷えに対して、両手掌にて前腕屈筋側への体重をかけた持続押圧による動脈圧迫 を行いつつ、複数回の手関節屈曲・伸展の自動運動を指示するというもの。小野寺によると、北里大学の冷えの施術の中にあった手技で、テレビもしくは医道の日本?だったと思うと話していた。

足冷には、伏臥位で足首下に高めのマクラ(下写真では座布団2枚を折って使用)等を入れて、膝関節を強い屈曲肢位とする。術者はふくらはぎを両手掌にて持続圧による動脈圧迫を十数秒間行う。その間、患者に足関節の底背屈と足指の屈伸運動を指示し、その後圧を抜く。水洗トイレの詰まりをとるラバーカップ(すっぽん)で吸引するイメージ。

 

4.ノボセ(逆上)の原因
  
ノボセとは、頭顔面部に限局したほてり(火照り)だといえる。ノボセ、発汗過多は 更年期障害(または子宮卵巣の摘出手術後)の典型症状である。卵巣からの女性ホル  モン分泌不足すると、下垂体前葉からの性腺刺激ホルモンが分泌増大し、卵巣にもっと 女性ホルモン分泌増やせと命じるが、更年期障害では卵巣機能が低下しているので女性 ホルモン分泌を増やせない。すると下垂体がさらに性腺刺激ホルモンを分泌せよと命令する。この結果、下垂体前葉機能亢進によりノボセや発汗過多が起こる。ノボセはホルモン分泌異常が正体なので、針灸での治療は難しいようだ。

 


歯ぎしりと歯の噛みしめの針灸治療 ver.2.0

2025-04-08 | 歯科症状

1.ブラキシズム bruxism とは
 
歯ぎしりや、噛みしめはブラキシズム(口腔内悪習慣)と総称される。歯ぎしりや噛みしめは無意識で行っており、ノンレム睡眠中あるいは、日中ではストレスによる緊張、何かに長時間集中してる時に多い。
この状態が続くと、上下の歯の摩耗、閉口筋である咬筋の過緊張が生ずるので、顎関節症を併し、また頸肩背部や頭痛の原因になったりもする。歯のくいしばりと歯ぎしりは、歯の運動を伴うが否かの違いであり本質的には同じ病態である。

ブラキシズムの針灸治療は数例の患者を経験したが、いずれも初回治療で効果があった。しばらくすると再発するが、針灸施術すると再び改善に効果があったこのことから針灸適応症だという印象である。

 

2.ブラキシズムの真因

健常者であれば口を軽く閉じだ際に上下の歯は接触していない。しかし日中にストレスがあると、その解消に敵を噛みつきたいという原始的本能が蘇り、ブラキシズムが生ずる。上下の歯の強い接触運動は、歯根膜を刺激しその刺激が脳に伝わり、ストレスを解消する手段となる。
チューインガムを噛むとストレス解消によいとされた。アメリカ人が野球の試合中もガムを噛んでいるのを見た日本人は、真剣味に欠けると批判したが、確かに一理ある行為といえる。上下の歯の強い接触行為が習慣化すれば、顎関節周囲筋に負担が加わり、顎関節Ⅰ型になりもする。

 

3.ノンレム睡眠障害の針灸治療

睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠の周期があり、一晩の睡眠では下図のように、睡眠相は5~6繰り返す。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleepとレム睡眠


睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。
ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義がある。大脳の休息では大脳身体抑制が外れるので、夢をみない一方、寝返りやいびき、歯ぎしりなど無目的に身体が動く。 

瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の意義は身体休息で、骨格筋は弛緩して寝返りなどの動きはなが、精神は活動して夢をみる。

日中活動時は、交感神経優位状態が持続している。レム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
レム睡眠が出現するのは入眠90分後からなので、仮に1時間睡眠を断続的に8回とって合計8時間睡眠になったとしても、レム睡眠時間は不足し、身体の疲労回復はできないので動物本能が低下(≒自律神経不安定)する。

 

2)ノンレム睡眠に誘導するための針灸治療
 
大脳の疲労回復が治療目標である。より正確には大脳疲労がもたらした筋疲労復が治療目標である。具体的には、施術中にぐっすりと眠ってしまうような針灸を行う。たとえば頭皮上の圧痛点、項部筋、胸鎖乳突筋圧痛を探り、置針する方法がよいだろう。
 

4.大後頭三叉神経症候群としての治療

大後頭三叉神経症候群とは、天柱深刺→大後頭神経刺激→C1~C3頸神経根→三叉神経脊髄路→三叉神経という神経連絡により、たとえば天柱刺針により眼精疲労が改善するという治療に解剖学的な回答を与えた。眼精疲労は三叉神経第Ⅰ枝(眼神経)興奮の結果である。ただしそれだけでなく、三叉神経第Ⅲ枝支配である咀嚼筋の緊張にもC1~C3頸神経を刺激する治療が知られている。
大後頭神経刺激により、咀嚼筋に対して影響を与えられることを示すものである。


5.顎関節症Ⅰ型の治療    

顎関節Ⅰ型は、閉口筋緊張過多で生ずる。閉口筋には、側頭筋・咬筋・内側翼突筋があるが、トラベルによると顎関節Ⅰ型の主な罹患筋は側頭筋と咬筋だという。

1)咬筋緊張の改善   
強く閉口する際には閉口筋とくに咬筋に負担が加わる。患者を強く歯をくいしばった状態にさせ、大迎~頬車あたりから咬筋へ刺入る。

2)側頭筋

側頭筋の代表穴には太陽や頭維があるが、これにこだわらず、患者を強く歯を食いしばった状態にさせ、圧痛点に刺針する。

 

 


肩甲間部のコリに、前頸部「肩甲背神経刺激点」刺針

2025-03-25 | 頸肩腕症状

これまで私は肩甲間部のコリには、局所治療以外に治療方法がないと思っていたが、柳谷素霊著「秘法一本針伝書」中の<肩甲間部のコリの一本針>を読み、そうでもないことを知った。肩甲間部筋は肩甲背神経神経が運動支配している。肩甲背神経は、腕神経叢から起こるので、腕神経叢刺激として、天鼎刺針やモーレー点刺針から刺激してみても、上肢に響きは与えられるが、肩甲間部には響かせられなかったからだ。肩甲背神経神経は運動神経なので刺針刺激しても響かないだろう。しかし肩甲背神経のトリガーポイント活性化すると肩甲間部にコリを生ずるのではないか、などと考えをめぐらす中にあって、柳谷素霊著一本針伝書「肩甲間部のコリの針」を読む機会を得た。

※モーレー点:前斜角筋症候群の診断点かつ治療点。前斜角筋症候群とは胸郭出口症候群の一つで、前斜角筋緊張により直下にある腕神経叢を絞扼し、上肢の痛みや知覚過敏を生ずる病態。

1.缺盆の位置

1)東洋療法学校協会教科書にみる缺盆の位置

現在の学校強協会教科書の缺盆はや、一本針生伝書よりやや下方で、鎖骨上縁になる。この部から刺針すると、前斜角筋部→腕神経叢と入り、上肢に電撃様針響を与えることができる。しかしながら肩甲間部に響くことはまずない。
※鎖骨の内側1/3は肺尖があるので外傷性気胸に注意すべきである。教科書缺盆はあくまでも頸部軟部組織内にあるのだから、頸部に刺針するとする意識が必要である。


2)「一本針伝書」肩甲間部のコリの一本針としての缺盆

一本針伝書には「鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の中央の外側の小さな腱様のスジで、その筋を指頭で按圧すれば指に響くところ」とある。座位で刺針。缺盆から直刺した針を、わずかに上外方に倒しながら慎重に刺入し、 肩甲間部に針響を得たら弾振して針響を持続、しばらく響かせてから抜針する、とある。

一本針伝書の図を見返すと、鎖骨上縁ではなく、そこからやや上方の前斜角筋を治療点としているように思えた。そこで肩甲背神経の走行を改めて注意して観察すると、肩甲背神経はC4~C5神経根から出て、中斜角筋に沿って腕神経叢内で大きく外側にふくらみ、肩甲挙筋に沿って下行くし、大・小菱形筋に達するようだった。
したがって、肩甲背神経を刺激するには、腕神経叢の代表刺激点であるモーレー点よりも3cmほど上方で、甲状軟骨(C4~C6の高さ)の外方になり、中斜角筋を刺激すればよいと考えた。


 

 

2.「肩甲背神経刺激点」への刺針の試行

健常者に対して次の方法で肩甲間部に響きを与えるよう試行してみた。寸6#2使用。仰臥位でマクラを外し、顔を健側に向かせた肢位にする。甲状軟骨の高さ(C4-C5)の高さの外方の中斜角筋に2㎝程度直刺してみた。

何回か雀啄していると、安定して肩甲骨上角まで響きが至ることが多かった。肩甲間部にまで響かなかったのが残念だったが、甲間部のコリを訴える患者であれば、肩甲背神経の閾値が低くなっているので、この刺針法が臨床的にも有効だと判断し、本刺針を「肩甲背神経刺激点」と名付けてることにした。
    
 

3.肩甲骨内縁のコリとC6頸椎周囲の筋膜癒着
   
頸部神経根症や胸郭出口症候群では、上肢症状がと同時に、肩甲骨内縁にコリがある ことが知られている。この原因について神経走行では説明できないので、MPS(筋々膜性疼痛症候群)によものではないかとされるようになった。C6頸椎あたりは種々の筋が密集していて、筋膜癒着の好発部位となる。フェリックス・マンは「鍼の科学」(医歯薬出版)の中で「C6の横突起を刺激することが、従来の腕神経叢を形成している数本の神経を針で刺すよりも効果的だ」と記している。C6横突起への刺針は、既存の経穴位置の中では肩中兪(小腸経、C7棘突起下外方2寸)が最も近い位置になる。

   

 

 

 

 

 

 

 

 


坐骨神経痛以外の大腿後側痛の針灸治療

2025-03-11 | 腰下肢症状

 大腿後側部痛で最も多い疾患は、坐骨神経痛によるもので、普通は坐骨神経ブロック点(=中国式環跳そして柳谷素霊の裏環跳)から梨状筋に深刺するというのが定番だろう。しかし中には、坐骨神経痛ではないこともあり、坐骨神経ブロック点刺針で改善しない病態もある。坐骨神経痛以外で大腿後側痛症状をもたらす病態と治療法について整理してみた。


1.後大腿皮神経痛

大腿後側浅層を後大腿皮神経が下行し、皮膚を知覚支配している。その分枝は下殿皮神経となって下殿部を知覚支配している。この後大腿皮神経というのは、仙骨神経叢から発して、坐骨神経の内方1~1.5横指内方を下行している。
浅層を走るので、本神経興奮時には撮痛(+)が出現する。筋支配はないので筋コリは現れない。

後大腿皮神経が絞扼されるのは、梨状筋部と仙結節靭帯である。とくに仙結節靭帯部の圧痛は梨状筋症候群には生じないのでという特徴がある。坐骨神経痛が殿部全体~下肢症状を生ずるのに対し、後大腿皮神経痛は下殿部~大腿後側痛を生ずるという違いがある。とはいえ実際には坐骨神経痛と誤診され、本疾患を見逃している。

治療点は、承扶穴の2寸ほど上方で、仙結節靭帯上に刺針するが、大殿筋やハムストリング筋を伸張させるため仰臥位で股関節を強く屈曲させた肢位にするため、患者に大腿を抱えるようにして腹に近づけるようにするとよい。


  
2.ハムストリンク筋緊張
  
ハムストリング筋の支配神経は坐骨神経だが、本筋緊張症状は電撃様の神経痛ではなく歩行時に大腿後側がつっぱり、痛むようになる。治療目標は、ハムストリンク緊張を緩めることにある。ハムストリングを最大伸張させるには、膝関節をやや屈曲して、強く股関節屈曲させ(すなわち前術した承扶刺 針の肢位と同じ)、この肢位でハムストリン グ筋の圧痛点を発見して単刺(ときに 刺絡)するのがよい。この体位で刺針するには、患側大腿を挙上させ、この肢位を保持するため、左肱部で患者の膝窩を押圧し、術者の両手がフリーにすることが重要である。


3.多裂筋緊張
  
腰椎~仙椎の背部一行深部には多裂筋があり、TPs活性化しやすい。すると脊髄 神経後枝走行に沿って、斜外方45度方向に痛みと撮痛反応が出現する。側臥位にて背部一行から骨にぶつかるまで深刺する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肋間神経部、帯状疱疹後神経痛の針灸治療

2025-03-06 | 胸部症状

1.帯状疱疹の病態と現代医学治療
 
1)帯状疱疹の発病と病理
 
痛みと皮疹を別々にみていくと理解しやすい。
①皮疹は出てないが、チクチク痛むような感じがする。これは脊髄神経後根神経節に潜伏していたウイルスが表皮に向かっている時、ウイルスが神経を刺激する痛みである。 
②皮膚所見出現。罹患皮膚が発赤→水疱→痂皮と移行。(=急性帯状疱疹痛)
それと前後して皮膚の痛みは増強する。この痛みは、侵害受容器性疼痛(よくある痛みのタイプ)であり、治療に反応しやすい。

③約2週間で、皮膚症状や疼痛は自然治癒することが多い。
ただし3週間経ても皮膚症状は改善しても痛みがなくならない場合、帯状疱疹後神経となる。この時の痛みは神経障害性疼痛によるもので、難治になる。帯状疱疹患者の2割とくに高齢者ほどが帯状疱疹後神経痛に移行しやすい。

 

2)帯状疱疹の治療薬と予防薬
   
帯状疱疹に罹患すれば、とりあえず医療機関を受診し、治療薬を投与されるという流れが普通である。肝心の治療薬であるが近来、抗ウィルス剤アクロシビルやアメナリーフが登場し、よい治療効果を発揮するようになった。帯状疱疹が1週間程度で自然治癒するのが普通である。
しかししばしば帯状疱疹後神経痛に移行し、いったっm帯状疱疹後神経痛に移行すると、治療に抵抗を示すようになる。したがって帯状疱疹後神経痛にならないようにするには、予防が一番で、効果的な予防薬としてビケンやシングリックスルが登場した。

患者が針灸を訪問するのは、医療機関での治療が効かなくなった帯状疱疹後神経痛に移行した後であることが多い。針灸でどうにかならないかと考えるからだろう。

 
3)肋間神経の急性帯状疱疹の針灸治療

痛み対策が中心となる。罹患部および罹患部を走行する末梢神経の脊髄神経根が痛みが発生→刺激された神経が過敏になる→血管・筋肉が緊張→結構悪化→痛みが増幅する。というのが治療機序で、深層から浅層に出てくる部(=背部一行)を施術する。8割の者は2週間程度で自然治癒するので、針灸そのものの治療効果は不明だが、針灸直後効果は良好である。急性帯状疱疹の針灸治療は、神経痛治療(=筋々膜性治療)と変わらない

2.帯状疱疹後神経痛(PHN: Post Herpetic Neuralgia) 
 
1)帯状疱疹後神経痛の概要
   
帯状疱疹発症後3ヶ月経過し、皮疹が治癒した後も痛みが残存するものを帯状疱疹後神経痛とよぶ。帯状疱疹後神経痛は、「神経障害性疼痛」に分類され、一般に難治である。帯状疱疹後神経痛に移行するのは、帯状疱疹罹患者のうち、50歳以上の者で20%発症。罹患期間は半年~数年。1/3が3ヶ月以上、1/5は1年以上続く。書籍によると治癒まで2年3年を要すると書いてあったり、一生治らないこともあると書かれているものもある。この段階になると医療機関でも手の打ちようがない。

帯状疱疹に罹患後、3日以内に抗ウィルス剤を服薬したとしても、帯状疱疹の重症化を防いだり、治るまでの期間を短縮することはできても、帯状疱疹後神経痛の移行を防ぐというエビデンスは得られていない。すなわち帯状疱疹に罹患したら、その後帯状疱疹後神経痛に移行するか否かの運命はすでに決定されている。(その要因は罹患したウィルスの数によるとする見解がある)
神経障害性疼痛とは、侵害受容器以外の部位で電気的興奮が起こって発生する痛みであるが、実態は不明な部分が多い。ウィルスによる神経線維にできた瘢痕や変性神経組織によるものだという。

帯状疱疹後神経痛の治療薬に決め手は乏しいが、対症療法として、抗テンカン薬(リリカなど)、三環系抗うつ剤(トリプタノール)、オピオイド類(トラマール、トラマドール、トラムセット)が使用される。オピオイド(=麻薬系鎮痛剤)を使っても鎮痛できるとは限らない。
 

2)帯状疱疹後神経痛の針灸治療の試行錯誤

私の針灸院では、半年前から肋間神経帯状疱疹後神経痛の患者(76歳、男)の針灸治療を行い、現在も週1回の治療を継続中である。長期間治療することができたので、いろいろな治療を試み、その効果を確認する機会に恵まれた。半年後の現在、症状がある程度抑えられており、治療効果に一定の手応えを感じている。本患者はかつて医療機関に通院していたが、麻薬系鎮痛剤を使用したところ、意識不明となった。これに懲りてそれ以降は薬物治療を中断している。

肋間神経帯状疱疹後神経痛の針灸治療罹患神経部は、脊髄神経後根神経節から皮膚に向かう知覚神経だが、とくに皮膚に近い部位ほど神経細胞はウィルスに感染している。皮膚患部の状況に応じて、以下の2種の治療を使い分けている。


①皮膚表層の痛み

皮膚近くの痛みに対しては、皮膚を指でこすったり撮診で皮膚過敏部を確定し、そこに刺激を加える。皮膚刺激の方法としては、カッサ治療が具合がよいようで、皮膚を発赤するまで擦る。
一定領域に圧痛点は多数出現するので、圧痛点の中から施灸点を数カ所選出することは難しく、一定範囲内に灸点を10ヶ所程度置いても治療効果が上がることもない印象である。皮膚に対する面的刺激として、ハコ灸、アイロン灸を試みても手間に見合う治療効果は得られないようである。本患者に対しては皮膚刺激として妥当だと考え、症状部に対して多数の刺絡を試みたが出血せず、刺絡部に吸角もかけてみてもやはり出血しなかったので刺絡は中止した。

※アイロン灸:患部の上にタオルを2~4枚重ねにし、家庭用のアイロンをかける。アイロン温度設定は、中~高温がちょうどよい。熱いと感じたら合図させ、アイロンを離す。これを何回か繰り返す。術後、皮膚が暖かくなる。


②皮膚下浅層1㎝内外の痛み  
     
水平刺するのは、皮膚に近い神経がウィルスに罹患しているからである。撮痛はないが、圧痛がある時の治療として、横刺+低周波50ヘルツを実施を考案した。
圧痛帯を覆うように2寸#4針の横刺を、十数カ所実施する。横針は、刺針刺激範囲を拡大するため鶏爪刺手技を併用。置針したら低周波50ヘルツを20分程度流す。治療対象は筋ではないから、筋の攣縮を求めないた、神経に対する作用としてこの周波数とした。パルス通電時間20分間は標準的なものだろう。
 
※鶏爪刺:鶏の足爪は3本であるこれに似せて刺す。水平刺針軽く雀啄。次に刺針転向法を用いて、先程の針に対して左30度方向に水平刺針して軽く雀啄、再び刺針転向法を用いて、右30度方向に水平刺して軽く雀啄。すなわち広い範囲の皮下に刺激を与える技法。


桜井戸の灸について Ver. 1.4

2025-02-28 | 灸療法

1.序

桜井戸の灸とは、家伝の灸の一つで、よう・ちょうの灸として、明治から昭和初期にかけて賑わっていた。ネット検索をすると、断片的な知識は入手できる。筆者も現代医学的針灸のブログ内で、<「麦粒腫に対する二間の灸」雑感>2011.4.22.で少々触れたことがある。ただ今となっては、その詳細な内容を知ることは、困難なことのように思えた。
 
しかしながら故・代田文彦先生宅に残された資料を調べていると、<桜井戸の灸療に就いて>と題して、当時の桜井戸灸療所所長3代目、漆畑淳司氏の文章が臨床針灸第2巻第1号(昭和28年1月)に載っていることを発見できた。そこで、私の知り得た桜井戸の灸の概要をまとめることにした。なお漆畑淳司氏は初代の静岡県鍼灸師会会長(昭和57年、80才で死去)。 

最近、医道の日本昭和57年12月号に、飯島左一氏が「百年つづいた癰疔の名灸」と題して桜井戸の灸に関する記事を書かれていたことを知った。そこでの内容も、本文各所に付け加え、内容の充実をはかった。

 


2.桜井戸と桜井戸の灸の由来  

桜の老樹があり、飲料水の源泉もあった処。現在の静岡市の近くである。このあたりは桜の名所だった。西暦1800年頃のこと霜凍る朝、この井戸の傍らに倒れて苦しむ老僧夫婦がいた。そこを佐治(右)衛門 夫妻に救われ、数十日の看病されたことに感謝感激し、自分の修得した「よう、ちょう、その他一切のはれ物に適応する灸の秘法」を伝えた。以上の話が津々浦々まで世に広がった。

桜井戸の傍らの庄屋でお灸をするということが、次第に「桜井戸の灸」とよばれるようになった。

この地は現在では、この一帯は史跡桜井戸として保存されている。毎年春には、見事な桜が咲く。その地下には防火用水貯水槽が設置されている。
現在では、創始者佐治右衛門の子孫に当たる漆畑勲先生が、その近くで井戸医院(内科・小児科)を開業されていたが現在は閉院している。


3.桜井戸の灸療者のための駅が誕生


漆畑淳司<桜井戸の灸療に就いて>には、「草薙駅は、静岡鉄道(東海道線の傍らを走った軽便鉄道)にある駅であり、当所の灸療患者のために設置された駅」との記載ある。当時「草薙駅」を新設するにあたっては、いっそのこと「桜井戸駅」という名称にしたらどうかとする意見もあったが、売名行為になるとして桜井戸の創始者佐治右衛門は固辞した。その一方で、駅新設の費用は彼が負担したという。静岡鉄道の草薙駅を利用した者は、1日の患者数は500人とも1500人ともいう。施設内には下足番もいた。治療の順番を待つため、さくら荘という宿泊施設もできた。 

なお草薙駅という駅名は、静岡鉄道と東海道本線に2つあるが、まったくの別物で、当時は東海道本線の草薙駅は存在しなかった。この駅が開業したのは大正15年になってからであった。





4.昭和28年頃の桜井戸の灸の現状 


抗生物質出現の影響のためか、これに加えて化膿菌に対する一般衛生知識の普及のためか、ちょう・よう、その他の腫れものの患者は、従前よりはずっと減少した。けれども、連日新患30名を下ることはない。

最近では蓄膿症患者が非常に増した。この種の患者には次のような方法で施灸しているが、80%の好成績を得ている。
 1)合谷(左右):1穴へ50壮(小灸で感ずる程度のもの)。1日2~3回。
 2)風門(左右):1穴へ20壮。1日2回。

 3)膏肓(左右):1穴へ20壮。1日2回。
以上を5週間、毎日連続で施灸する。成績は施灸後1ヶ月くらい後に判明する。

抗生物質がない時代のこと、面疔に対する合谷の灸はとくに有名であった。私が知っていた内容は、合谷に数十~二百壮連続で、痛みがとれるまですえる。自宅への帰路、東海道線に乗ったが、途中で再び痛くなると、列車内で灸する者もいたという内容だった。昭和28年頃には、以前よりも少ない刺激になったのだろうか。

「桜井戸の灸」で施灸する合谷の位置は、一般的な合谷とは異なるという見解がある。母指と示指を開張させ、その筋縁の中央で、白赤肌肉の境を取穴する。すなわち奇穴の<虎口>に相当する部になる。しかしこの取穴に異を唱え、学校協会の合谷位置よりもやや母指寄りとする意見もある。

 

 

面疔の治療は、化膿を待って切開するのか常で、したがって手の一穴(合谷)へ灸をすえれば必ず口が開いて排膿治療するとして、桜井戸の灸は救いの神とされた。

※面疔:黄色ブドウ球菌感染症。常在菌である黄色ブドウ球菌が顔面の毛孔から侵入し、毛嚢炎が起きた状態。抗生物質が有効。ほとんどは自然治癒する。
病巣部である眼窩や鼻腔、副鼻腔などは薄い骨を隔てて脳と接しているため、場合によっては髄膜炎や脳炎などを併発し死に致る可能性も少なくない。沢田健は面疔で死亡した。

※深谷伊三郎は「合谷へ100 壮、200 壮と多壮灸をすえるのである。50壮ぐらいで面疔のズキンズキンする痛みが止まってくる。灸を止めると痛みだすのですぐ続ける。そのうちに痛みが止まって、ひとりでに口が開いて膿が排出されてしまう。」と記している。(「家伝灸物語」、三景)


5.合谷への施灸がなぜ面疔に効果あるのかの私見

この作用機序については、合谷位置はどれが正しいのかとの検討は無意味であり、合谷は、橈骨神経浅枝(皮枝)が特異的に知覚支配する部であるといった特徴も作用機序解明に繋がらない。現在私は、合谷刺激→三叉神経脊髄路(脊髄→三叉神経)→顔面オニオンスキン刺激というルートが関与しているのではないかと漠然と考えている。眼精疲労は、天柱刺激→大後頭神経→C2脊髄→三叉神経脊髄路→三叉神経第一枝という刺激機序らしい。これと同じ機序が合谷と顔面の鼻周りに関係するのだろうか。
四総穴<肚腹は三里に止め、腰背は委中に求む。頭項は列缺に尋ね、面目は合谷に収む>でいう合谷効能は、この神経ルートのことをいうのではないだろうか。


大久保適斎著『鍼治新書』<手術篇>の要点 ver.1.2

2025-02-27 | 経穴の意味

本書は明治25年発刊。明治44年5月25日第2版発行。昭和50年9月30日医道の日本社より復刻再版。

著者の大久保適斎は明治時代の西洋外科医で、群馬県医学校の初代校長、兼病院長の重責に任じられた。自らのノイローゼが鍼灸により軽快した体験から鍼灸に興味をもった。しかし良き指導者にめぐまれなかったため、現代解剖生理学に基盤をおく「自律神経手術」という針治法を独自に開発した。本書の価値は、明治中期の頃、西洋医の第一人者として活動していた者が、針灸治療を現代医学的にどのよう理解していたかにあり、医史的価値をもつものである。

 

本著『鍼治新書』は、「解剖編」「治療編」「手術編」の3部作からなる。医道の日本社からは昭和四十~五十年代に「治療編」と「手術編」のみ復刻版が出ていたが現在では入手困難である。針灸治療法について書かれているのは「手術編」である。なお本著でいう<手術>とは外科手術のことではなく、解剖生理学的理論に基づく具体的な鍼の手法のことを指している。「解剖編」「治療編」とは異なり、知識・技術不足の者が手術編を読んだだけで安易にこの内容をマネして医療過誤を起こすことを恐れ、読み手を制限したという。

明治の頃、西洋医の権威とえるほどの本著者が、東洋医学に興味があることは意外なことだった。私はここまで書いてきて、澤瀉久敬(おもざわひさたか)著「医学概論」を思い出した。澤瀉は哲学者であり医学者ではない。本来ならば、医学概論は医師が著す筋合いのものだが、医者には執筆依頼を断られ続け、やむを得ず澤瀉に原稿をお願いしたという経緯があったという。
澤瀉久敬著「医学概論」東京創元社刊(昭和36)は、三部構成となっていて、<第一部>科学について、<第二部>生命について、<第三部>医学についてに分冊されている。「<第三部>医学について」は今から50年近く前に見(読んだとはいえない)て驚いた。理想の医学とはどういうものかを説明し、東洋医学の理念について説明していたからだった。とにかく格調の高い本であった。
 
しかし本書の内容に反旗を翻す者が出てきた。医学概論なのだから空論ではなく実用的内容にすべきだと主張し、「現代医学概論」が誕生した。著書は、高橋晄正(東大医学部講師)で、これはしっかり読了した。針灸業界において、高橋晄正は「漢方の認識」著者(NHKブックス)として有名であり、私も多くの鍼灸師に本著を紹介した。漢方診療のあいまいさを是正するには多変量解析という統計手法(この統計計算手法は昔から知られていたが計算量が膨大になるためモノにならなかった。しかし高橋の時代頃になりコンピュータが使えるようになり実用化の道が開けた)を運用すべきだということ主張し、脈診のいい加減さを科学的データから批判した。その「現代医学概論」も、すでに新大久保の東洋鍼灸専門学校に寄贈してしまって手元にない。  


私は病院研修した昔、研修2年目仲間で「手術編」の抄読会をやったことがあった。しかし知識のない者同士が集まっても、疑問点の解決につながることはなく、あまり成果はあがらなかった。今回はさすがに40年間の知識や臨床経験があるので大丈夫(ただし技量と余命は等価交換)と思い、手術編の中で中核となっている刺針点について、その概要をまとめることにした。

なお本著の示す刺激点とほぼ一致すると思われる経穴名を付加した。また必要に応じて図を挿入した。 


1.刺針点の総説


大久保適斎の「治療編」には、簡明に鍼の治効作用が示されている。①神経の運動枝に作用した場合には、筋の痙攣を鎮め、麻痺(運動麻痺)を回復させる。②感覚神経枝に作用した場合には痛みを鎮め、痺れ(知覚鈍麻)を回復させる。③交感神経に作用した場合は内臓機能を調整する、としている。③の鍼灸刺激は交感神経を介して内臓機能に影響を及ぼすとする考えは、当時として先進的なものである。

刺針点を多く定める必要はない。「本」の治療が効果あれば、いちいち末梢を治療する必要はない。重要点となるのは以下の11点である。この中で内臓交感神経手術として用いるのは左右6点とする。

 
内臓交感神経刺激点:頸部交感神経点(3カ所)と腰部内臓点(3カ所)

体性神経刺激点:上肢部(3カ所)と下肢部(2カ所)


2.頸部交感神経点

後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは十分理解できる。
しかし本稿で詳しく書くことは省略したが、<同部から浅刺すると副交感神経に影響を与える>とする旨も記されているので、これは誤った指摘であろう。当時は副交感神経につて、よく分かっていなかったというべだろう。





1)頸部第1位点(上頚神経節点)(天柱)

①位置

乳様突起の尖端と下顎角との中間から、頸椎に向け、頸椎中央に至る水平線を引く。その中央より左右に開くことそれぞれ約一横指。すなわち項窩の一横指下の左右、椎体の左右の筋隆起の際を取穴する。

②刺針法
浅層手術:刺入5分~8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:刺入8分~1寸。椎骨動脈への刺入を避けるため、やや外方に向けて刺入する。

③意義

深層手術は、交感神経上頸神経節に刺激を与える。上頸神経節からは上心臓神経が、中頸神経節からは中心臓神経が、下頚神経節からは下心臓神経が、それぞれ心臓神経叢に入る。一方、迷走神経の枝である上頸心臓支と下頸心臓支に影響を伝播させる。

肺臓に対する深層手術は、上頸神経節の喉頭支迷走神経に影響を与える。

肺に対する浅層手術は副交感神経支配の僧帽筋枝であって、これは肺や気管に興奮または鎮圧作用を至らせる目的である。喘息および動悸の鎮静に用いる。 

2)第二位点(中頚神経節点)

①位置

第一位点と第三位点の中間。頸椎の左右で、第4第5頸椎横突起間とする。

②刺針法

浅層手術:6~7分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ときには2寸に達する。熟達した者以外、深層手術を慎むこと。③意義

③意義
深層手術の意義は、頸部交感神経中頸神経節に刺激を伝播させる目的。第一位点の補助。

3)第三位点(下頸神経節点または星状神経節点) (治喘穴または定喘)

①位置

頸椎第6第7あるいは、第7頸椎と第1胸椎間において、その上下横突起間とする。この探り方は、第7頸椎の棘突起の基準として、その左右に去ること横一横指の点である。ときとして第一胸椎と第二胸椎間に取穴することがある。

②刺針法

浅層手術:刺入6分ないし8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ないし2寸。

③意義

深層手術は、下頸神経節に刺激を伝播する目的で、最も心臓鼓舞の作用がある。時には呼吸催進術として行うべきである。呼吸催進作の効能は、交感神経枝から反射的に、上喉頭枝下喉頭枝を興奮させて、呼吸圧制作用を行なうことができることによる。
かつこの刺点は、痰分泌を減少させる効果はあるようだが、完全にその効を奏するまでには至らない。


 

 

2.腰部内臓点
 
腹部内臓手術の3種の治療点は、腰部交感神経枝を刺激するのが目的だが、針尖は敢えてその交感神経節に直達させる必要はない。脊髄神経の前枝に達すれば、その刺激を交通枝に伝えることで、その交感神経節に伝達させることができるためである。


1)腰部第一位点(三焦兪)


①位置

第1腰椎と第2腰椎の横突起間。患者を伏臥位にしせめ、季肋を探り、その下線より水平に腰椎棘突起に至るラインよりも、一椎体あるいは二椎体上がった処を取穴する。二椎体異常は、往々にして肋間神経痛を発することがあるので、避けるのがよい。そして腰椎棘突起を中心にとり、それよりも左右1横指ないし一横指半のところに刺点を定めるとよい。

②刺針

2寸ないし2寸5分。

③意義

太陽神経叢の分枝に刺激を伝播することで、胃・肝の機能および尿の分泌を調理する。また腸が機能亢進して生じた下痢を鎮静する。糞便の厚薄は腹の蠕動に関している。その機能亢進すれば腸内容物の通過が速まり、液体吸収の時間が少なければ、水分増加して下痢する。その他にも神経切断により、あるいは他の事情により、腸神経およびリンパ管麻痺しても下痢する。この場合、強直性刺激?(こわばったような刺激のこと?)を行うべきである。

2)腰部第二位点(大腸兪)

①位置

第4第5腰椎横突起間。腸骨稜を探り、腰椎に至る水平線を引き、その棘突起の一節上の棘突起の左右それぞれ一横指ないし一横指半。

②刺針

2寸~3寸刺入、非常時は4寸刺入。この時は基準点よりも外側に開く、針先を椎体の前面に向けて刺入する。

③意義

腹大動脈神経叢に対する刺激が目的がある。その細胞から幾多の分枝を生じ、筋層に位するマイスネル粘膜下神経叢、およびアウエルバッハ腸管粘膜神経叢、迷走神経の末梢端を刺激すれば、胃を運動させるとともに腸管もまた同一の運動を起こす。この運動は下腸間膜神経叢から来て、迷走神経と同一の運動を営む腸上部の運動は、この二位点の手術を要し、それ以下に至っては針先を下に向ける必要がある。この刺激は腸の疝痛を治する。針尖を少し下方に向けて刺入すれば、下腸間膜神経叢に刺激を与え、下行結腸、S状結腸および直腸の運動を進め、便通を促す。また下痢止めの方法としては持続性刺激法を行うのがよい。
                                                   
3)腰部第三位点(関元兪)

①位置

第5腰椎と仙骨外上部との間隙。

②刺針

2寸ないし4寸(第二位の刺入の要領で)刺入。刺入要領は、腰部第二位点と同様。
腸骨櫛を探り、腰椎に至り、その横突起と仙骨翼(仙骨上外方の張り出し部分)との間に刺針点を求めることは前例と同様である。もっとも、この点においては、第4腰椎と第5腰椎の棘状突起の間に通信を定め、それよりも左右に開いて刺針点を求めれば、鍼先はちょうど第5腰椎棘突起と仙骨翼との間隙に入れることができる。

③意義
下腹神経叢に対する目的で、膀胱・子宮に対する治療にある。その傍ら下腹の血行を調節する。その他に、この刺針点は下腸間膜神経叢の下部を補うところの上痔神経を刺激し、結腸下部お呼び直腸の運動に対しても奏功あるから、便秘にも効果がある。
 
子宮機能にも作用する。しかしながら、出産に臨んで、あるいは単に子宮収縮させる必要がある場合、肩井・合谷・三陰交に鍼してもよい。
子宮を運動せしめる要素は多数あるが、直接刺激と反射による刺激に大別される。直接刺激によるもの第一は下腹神経叢、第二は仙骨神経叢から発する勃起神経、第三は腰部仙骨部の脊髄である。

一方反射によるものは、坐骨神経叢と腕神経叢(腕神経叢の中心を刺激すべき)である。また乳房を刺激すれば子宮収縮を起こせるので、肩井は鍼先の方向を左右すれば、腕神経叢の中心に触れることができる。また三陰交も鍼先を左右に動かせば、坐骨神経の末端に触れることから、その収縮を起こすことができる。

 
この2点をすべての妊婦行うことを禁じた方がよいが、分娩時の胎児排出を助け、不規則の陣痛を取り除くことは、前述したように第3位点を必要とする、


すでに胎児発育中心のものは、正規の排出力に加えて排出作用を強力に増し、速やかに排出をさせ、産婦に不必要な努力、疲労を増加させることなく、かつ刺激自体のために、脱胎早産させることはないのので、信念をもって従事すべきである。

4)後仙骨孔刺針(上髎、次髎、中髎、下髎)

この部位は、体性神経としては陰部神経、副交感神経としては骨盤神経が支配している。交感神経としては下腹神経が支配しているのだが、下死腹神経は泌尿器科や婦人科の医師以外、あまり意識しないものだろう。こうした解剖学的特徴を無視して、交感神経手術部位として後仙骨孔刺針を行っている。

①位置

第1~第4後仙骨孔

②刺針

第1後仙骨孔は、やや上方に向けて刺入。第2~第3後仙骨孔は直入する。約2寸刺入。
巧みに刺針してその目的を達すれば、患者は大いに癒された感覚を感じる。

③適応

子宮その他の小骨盤の疾患

 

3.上肢の刺針

上肢では、次の3種類の刺針点がある。上肢の疾患は、頸神経叢に刺激を伝達させるので、頸部第三位点において手術を施すが、前腕および手部に症状のあるものは、上肢部三点の刺激を考えるのがよい。

1)橈骨点(手五里)
三角筋停止部と上腕骨外側上顆との中間。
 
2)尺骨点(青霊)
上腕骨内側上顆の上部4~5㎝のところで、尺骨神経溝中を探る。

3)正中点(曲沢)
上腕骨内側上顆の上部2㎝の上腕二頭筋内側頭中。刺入する時は、前腕を曲げ、肘関節を上腕に向けて去る、おおよそ1寸の処で、橈骨前面に針尖を向けて刺入すること1寸。
 
※副点として、前腕後面に針することがある。この方法は、前腕を曲て、その後面において尺骨鈎状突起と橈骨頭との中間において、肘を腕に向けて去ること1寸の処で、尺骨の橈骨側に1寸刺入する。(位置不明瞭)

 

 

4.下肢の刺針点

1)股骨点(陰廉または足五里) 
上前腸骨棘と恥骨縫合との中央やや外方に仮点をとる。そこから鼠径溝下、おおよそ2寸のところに刺点を定める。約1寸刺入で刺点内方に針体を傾ければ、刺針の際、皮膚に刺痛を感じる大腿神経を刺激する。

 

 2)坐骨点(各種ある環跳取穴の一つ)
坐骨結節と大転子の中間。およそ1寸刺入。この刺針点は、全枝に激痛を発するので、極めて頑固な神経痛または麻痺症でなければ、みだりに針しない方がよい。この点は、多くの場合、施術する必要がない。というのは股筋の疾患は腰椎第2第3位で、その刺点を通常の刺針のやや外方に行えば、その目的を達することができるからである。もし強いてこの坐骨点に刺針しようと思えば、(麻痺症においては於いて可)、中央部、大転子より膝窩にいたるところを三等分し、刺針すると、強度の疼痛を避けることができる。

 

 

3)下腿の副点

①足三里
足三里は深腓骨神経を刺激するとともに、脛骨動脈とも関係している。足三里の位置は、前脛骨筋と長指伸筋間で、長指伸筋に寄りに針するのがよい。

足背の知覚枝に刺激を与えようとすれば、同所で長指伸筋の外側(浅腓骨神経刺激 で代表穴として陽陵泉?)にその刺点を求めるべきである。

②三陰交
三陰交は後脛骨神経の下端および足底神経に刺激を与える。内果の一握上で長指屈筋お後側に刺点を定める。この点は、足底運動・知覚の疾患を主治とする。

 

5.その他の刺点

1)回気鍼 

①水溝

水溝すなわち人中の鍼。鼻中隔直下に刺針すること4~5分。鼻口蓋神経(三叉神経第Ⅱ枝の枝)を刺激できる。この刺点の刺激は、鼻口蓋神経から反射的に精神を還帰して、医薬のアンモニアを吸入させて鼻腔粘膜を刺激するのと同一原理になる。

②紫宮直側(左)・玉堂直側(左)

左第2肋間ないし第3肋間で胸骨左縁。胸骨後縁に向けて1寸5分刺針する。心臓自動性運動中枢に刺激を与える。この刺針は、最も潜心注意し、肺運動停止した後でなければ鍼してはならない。それに呼吸停止後3分以内でなければ、確実な効果を得ることはできない。(以下略)

2)膀胱鍼(曲骨)

恥骨縫合上点に、刺点を定め、鍼尖を下斜に向けて刺入すること1寸5分、時として2寸4分を要することもある。この目的は膀胱に達することを必要とするので、肥痩に従って考えるべきである。膀胱がに非常に畜尿膨張していれば、あえて下斜めに刺針する必要はない。恥骨上縁に接して刺入すれば、腹膜に触れないだけでなく、患者の疼痛を感ずることもわずかであるという利点がある。痙攣症に対しては、一鍼で奏功するので、奏功後はみだりに鍼してはならない。麻痺症に対しては、一日一回あるいは隔日に一回するのもよい。

3)横隔膜鍼

①頸部の点
横隔膜の筋に強直を起こすから、症状を確実に病態把握して施術すべきである。その位置は、胸鎖乳突筋の外縁に沿って斜線を引き、また環状軟骨下縁から水平線を引き、その二線の交わるところを縦径に該当する神経の経過するをもって、僧帽筋の外縁の同位において、この点は、頸動脈の損傷を恐れるから、その搏動を按じつつ動脈を避けるように努める。                                      

②腰部の点(胃兪)
腰椎第一位点(三焦兪)の一椎上で、その左右一横指去った部を刺点に定める。これは横隔膜脚刺激を目的とするもので、刺入2~2.5寸。この針は、時として肋間神経痛を喚起して呼吸運動を障害することがあるが、大概3~4日で治る。

③期門
季肋部で第9肋間の軟骨部。鍼すること8分。(本著では、この解剖学的部位を「章門」としているが、章門穴は、今日では第11肋骨尖端に定めている。)


4)歯痛鍼

①上歯痛(客主人)
外耳孔直下に刺点を定め、下顎枝に沿って、やや前方に鍼尖を進めること1寸ないし1寸5分。これは上歯槽神経に刺激を与える目的がある。

②下歯痛(頬車)

下顎角の尖端から斜めやや上方で、できるだけ下顎骨に沿って前進すること1寸。あるいは、下顎角から頬に一横指寄ったところから、頬骨内面に向かい、上に刺針すること5分。これは下歯槽神経に刺激を与える目的がある。


6.おわりに
 
本著は針灸医学史に載るほどの重要書籍だが、文体が明治調であること。専門的な文章で、かつ現代の医学とは異なる用語もあったりして、現代語訳は意外に時間を要した。以下、本著に対する註釈を記す。

①大久保適斎といえば、頸部交感神経節に影響を与えようとする鍼が有名である。後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは理解できたが、同部から浅刺すると副交感神経に影響を与えるとする意味は理解できなかった。

②上肢と下肢の刺針は、末梢神経に対するものなので、今日でも同様の方法は広く行われている。ただし、上肢3点、下肢2点とする刺針点の簡素化は大胆なものであろう。

③回気針の人中刺針は、清脳開竅法でも使用するものである。清脳開竅法では、脳血管障害による意識障害に使用する。神経走行的に考察しているのが興味深い。回気鍼の左肋骨部刺針は、心停止に対する応急処置である。医師ならではの内容だが、針灸でこうしたことも出来るのかと感心する。

④横隔膜鍼の「頸部の点」の位置は、この記載から不明瞭だったが、C3~C4前枝への刺針でパルスをかけると横隔膜がリズミカルに動くことはよくあることである。
横隔膜鍼の、腰部の点(胃兪)が横隔膜脚刺激になることは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」においても同様の記載がみられる。

⑤歯痛鍼の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容と類似しているが、「秘法一本鍼伝書」には局所解剖や治効理論の記載はない。

 

 

 


腹部ツボ名の由来 ver.1.3

2025-02-27 | 経穴の意味

先回、前胸部ツボ名の由来を調べ、当ブログで報告した。この作業は知的好奇心を刺激するものだった。そういう訳ならば同じ方式で腹部ツボの名称の由来を調べてみることにした。腹部のツボについて、中脘などの「脘」は腹直筋を示すこと。ブログ「鼠径部の経穴」と「天文学と経穴」において、天枢の「枢」は扉の回転軸であることを示した。ツボの五枢の「五」とは五方のことで、ここでは全方向を指し、「五枢」が股関節がいろいろな方向に可動性があることを示している。気衝の「衝」は脈拍ではなく、胃経走行の直角に折れ曲がる様を表現している。太乙の「乙」は腹直筋のつくる腱画の凹みのこと。膏兪の「膏」は横隔膜ではなく、膏膜(現在の腸間膜)であることを指摘した。中脘の外方2寸の梁門は、腹直筋の腱画を示すとした。


1.腹部経穴の分布傾向

①上腹部は、予想通り胃に関係する経穴(赤)が多い。すぐ下層には胃と腸の境界を意味する経穴(オレンジ色)も多数あり、両者は分離されてる。
②臍の横のライン、恥骨上のラインは、鼠径溝は取穴する上で基準となるものである。
これらの穴名には、解剖学的特性の名前が優先されてつけられている(黄緑色)。
③臍下2寸ラインにある石門、四満は腸を示す名称になる(黄色)。
④腸に関係するツボの下には、腎・膀胱を示す経穴がある(紺色)。
⑤さらにその下には婦人科の妊娠関連を示す大赫や帰来がある(紫色)。

 

2.腹部経穴の由来
※印は独自の解釈

1)臍上6寸
①巨闕(任)    「闕」は宮殿入口にある大きな門のこと。肋骨弓基部の陥凹部。
②幽門(腎)    「幽」は幽閉の幽で、隠すとの意味。胃の上部が肋骨弓で隠される。解剖学の胃の下口である幽門とは無関係。
③不容(胃)   胃の噴門に相当。胃の受納能力の限界が、このあたりになる。

2)臍上5寸
①上脘(任)  
a.胃の上部

b.「脘」には平たくのばした肉の意味があり、腹直筋を意味する。腹直筋の上部のこと。
②腹通谷(腎)    内経には<谷の道は脾を通ず>とある。水穀(飲食物)を上から下へ流す所。
③承満(胃)  「承」は受納。「満」は充満。不容穴の下にあり、水穀で満タンという意味。

3)臍上4寸
①中脘(任) 
a.「脘」=平たくした干肉の意味。腹直筋を干し肉にたとえた。腹直筋の中央。

b.胃の中央、小湾部
②陰都(腎) 
a. 腎経の流注が、胃の両側にある胃経と交わる。その様子が、村から都に上がる者のような、”お上りさん”状態。

b.胃の近くにあるので、胃を整える作用がある。別名「食宮」「食府」。
③梁門(胃)   「梁」=柱のハリ。腹筋と腹筋の間にある腱画。心下痞満(心窩部がつかえた感じ)、胃のつかえ、消化不良、脹満)治療の門戸。※滑肉門穴の図を参照のこと。

4)臍上3寸
①建里(任)  「建」=建ておく、位置する。「里」=居住地で、ここでは胃をさす。胃の通り道の途中にあるツボ。
②石関(腎)    石が邪魔しているように物が通らないこと。胃や腸の通過障害。
③関門(胃)  「関」は関所、「門」の開閉を管理すること。胃と腸の境目で、閉門時には食を受けつけず、開門時には下痢が止まらない状況になる。
④腹哀(脾)   悲しげな泣き声(この場合は腹鳴)を哀鳴という。腹痛、腹鳴の愁訴を治す。

5)臍上2寸
①下脘(任) 
a.胃の下部。

※b.腹直筋の下部のこと(「上脘」の説明を参照)。
②商曲(腎)    このツボの内部は大腸の横行結腸が下に垂れ下がり弯曲しているところ。商」は五行では五音の金に属し、肺・大腸に関係する。
③太乙(胃)   
a.中国の古代思想で、天地・万物の生じる根源。天極にある星だが、北斗七星の一番星である天枢のこと。北極星を意味しない。
太陽が別格として、一番目に明るいのは月、二番目に明るいのは金星である。「乙」は甲に続く二番目であり、金星の別名を太乙という。
ちなみに「乙」には、若いという意味もある。乙女は若い女性のこと。乙姫は、若いお姫様のこと。

b.「乙」には、つかえて曲がって止まるとの意味がある。
 道なりに歩いていて途中で急に曲がる。すなわち腹筋の腱画の陥凹を示しているのではないだろうか? 太乙とは、大きく深い腱画のこと。

 

C.「太乙膏」は中国の宋(我が国でいう鎌倉時代頃)の頃につくった皮膚病外用薬。これと同種のものとして、華岡青洲が処方した「紫雲膏」がある。


6)臍上1寸

①水分(任)     臍上1寸にあって水分が分かれ出る部。飲食物のうち水液は腎臓→膀胱に入る。この下にある小腸には清を吸収し、濁(植物残渣)は 大腸  に入る
②滑肉門(胃)   腹直筋上で、上下の腱画に挟まれた隆起した部。腰ヒモが腹を滑って褲子(=ズボン)が下がりやすい処。

 

7)臍部
①神闕(任) 「神」は生命、「闕」は要塞や都市を守る城壁の大きな門また門間の通路。神闕は体内への入口という意味。臍からへその緒を伝い胎児を 滋養するので、臍は神の気の出入り口だとする。
②肓兪(腎)  腎の流注は、この部から深く潜り肓膜(=腸間膜)に向かい入っていく。腹痛、泄瀉、便秘などを主治とする。
③天枢(胃)   
a.北斗七星の一番星(北極星に最も近い星。北極星そのものではない)
 古代中国人は、北極星を認識していなかった。

b.「枢」とは回転扉の軸構造をいう。金属製のちょうつがいが発明される前は、木の棒を丸ほぞ(凸構造)と丸ほぞ受け(凹構造)の2通り加工し、 組み合せて扉を開閉する仕組みをつくった。
体を折り曲げるところを扉の開閉軸に例えた。ここを境に上半身と下半身を区分する。
④大横(脾)    神闕から大きく離れた部位。
⑤帯脈(胆)    腰に巻く帯の位置。


8)臍下1寸
①陰交(任)    「交」=交わる。任脈・衝脈・腎経の陰経の三脈が交わる穴
②中注(腎)   深部には 腎気が集まる胞宮や精巣があり、ここから胞中(子宮)へと腎気が注がれる。
③外陵(胃)  「外」は傍ら、「陵」は突起したところ。臍下の高さで腹直筋が隆起しているところ。腹筋が盛り上がる様子が陵(=豪族の墓)のように見えることから。


9)臍下1寸5分
①気海(任)    先天の気が広く集まるところ。腎の精気が集まるところ。
②腹結(脾)    腹気すなわち腸の蠕動を調整する。腹の脹満を治する。


10)臍下2寸
①石門(任)       この部が石のように詰まって固い状態。大便秘訣、尿閉、この部が固く不妊女性のことを石女とよんだ。
②四満(腎)  臍~腸の瘀血による、切られるような劇痛に対して、瘀を散らし脹を消す効能がある。
③大巨(胃)       腹直筋で最も高く、大きく隆起した場所


11)臍下3寸
①関元(任)   「関」は要の場所。田=これを産する土地。不老不死を得るための修行を練丹術とよんだ。丹とは火の燃えているような朱色のこと。
        道教では人体の要所は下丹田(関元)、中丹田(膻中)、上丹田(印堂)の3カ所あり、中でも重要視したのは下丹田だった。
       
※朱の原材料は硫化水銀で、西洋では賢者の石とよばれた。熱すると硫黄と水銀に分離できた。水銀は猛毒なのだが、当時は不老不死に
なる霊薬とされ珍重された。 非常に高価であり、服用できた のは王貴族に限られた。ただし、この霊薬を飲んだ者は水銀中毒死したのだった。

②気穴(腎)    腎気が集まるところ。腎は納気を主どる。これは深く息を吸い込んで、大気を下腹までもっていく道教での呼吸法。

③水道(胃)    「道」は道路のこと、本穴は膀胱の上部にあり治水をする役目がある。


12)臍下4寸
①中極(任)      本穴は全身のほぼ中心にあたる。一方、腹部任脈の端なので「極」と名づけた。極とは南極北極、月極駐車場の「極」である。
        深部に膀胱があるので、膀胱の募穴でもある。
②大赫(腎)    「赫」=赤々という他にはっきりと現れるとの意味がある。本穴の内部には子宮があり、妊娠すると、この部が脹らみ突出する。
③帰来(胃)   a.帰来とは、還って戻るの意味。呼吸法で、息を吐き出した後、再び息を吸って、この場所に気が戻ること。
                     b.帰来=帰ってくること   病弱で子供ができず、実家に帰された女性が、このツボ刺激で元気になり夫の元へ帰れた。 
④府舎(脾)   「府」=腑と同じ、「舎」=住居する場所。腹部には六腑が集まることを示す。


13)臍下5寸
①曲骨(任)   かつては恥骨のことを横骨とよんだ。本穴は恥骨上縁で弯曲した処なので曲骨とした。

※骨度法では横骨幅6.5寸としているが、私は恥骨結節両端間の距離がなぜ6.5寸となるか疑問だった。それから数十年後、恥骨上枝の左右外端の間の長さのことではないかと理解することにした。ただし現行の学校協会教科書では、骨度法で恥骨長の長さという項目そのものがなくなった。教科書の著者も、恥骨結節両端間6.5寸とする内容が理解できなかったのだろう。

②横骨(腎)    恥骨の旧名を横骨という。
③気衝(胃)   下腹部胃経は、任脈の外方2寸を下行して鼠径部に衝突する。鼠径部では外方に90度方向転換して髀関(大腿直筋起始部で下前腸骨棘)にぶつかり、再び90度方向転換して大腿を下行する。すなわち本穴の「衝」は脈拍とは無関係で、衝突との意味である。

④衝門(脾)    「衝」は脈拍部で、突き上げる様をいう。大腿動脈拍動部。
⑤急脈(奇)  急脈は<鼠径部で曲骨の外方の2.5寸の拍動部>とある。すなわち曲骨の外方2寸にある「気衝」の、外方わずか約1㎝外方になる。「脈」の名がついてはい
る が、大腿動脈拍動は触知できない。<医心方>によれば「急脈の別名を羊矢(ようし)という。羊矢とくに陰部の腹と股が相接するところ」とある。したがって急脈は陰嚢と鼠径溝の境界で精索あたりをさす。急脈の”脈”とは勃起時の脈動を示していると推測する。急脈の拍動の出現は勃起時に限定するので、正穴ではなく奇穴として認定したのだろう。


14)その他の部位
①五枢(胆)    ※「枢」には枢要という意味の他に、扉の回転軸との意味がある。「五」は五方(東西南北と中央)のことで、全方向に動くこと。
本穴は腹部と大腿部の境にある鼠径部近くにあって股関節部にあり、広い関節可動域をもつことを示す。
②維道(胆)    「維」とはつなぎとめること。本穴は体幹側面を下行する胆経(縦糸)と臍周りを一周する帯脈(横糸)をつなぎとめる交会穴になる。



引用文献
①森和監修:王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著:土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研


メニュエ症候群と上殿皮神経痛の針灸治療の違い

2025-02-27 | 腰背痛

針灸臨床治療で常見疾患の一つにメニュエ症候群(旧称メイン症候群)がある。本疾患は上部腰椎~胸腰腰椎移行部~上部腰椎の高さから出る脊髄神経後枝が、外下方に延び、腸骨陵を越えた上殿部に痛みを訴える疾患である。治療は、後枝の出処であるTh12~L2棘突起傍(背部一行)へ深刺することで効果的な針灸治療となる。メニュエ症候群については、本ブログでもいろいろと報告してきた。

さまざまな適応がある中殿筋刺針(2022.2/3)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/9de6364bec37c3367dcd2e8d83463b9c 

一方、上殿部の痛みを訴えるもので、Th12~L2脊髄神経後枝が腸骨陵を乗り越え、上殿皮神経と名前を変えたあたりで、皮下筋膜の絞扼を受けることで強い痛みを生じる場合があり、これを上殿皮神経痛とよぶ。主訴のみから2疾患を判別することは困難だが、触診や撮診で鑑別することは難しくない。今回、上殿皮神経痛の針灸治療を経験して、気づいたことがいろいろ出てきた。


1.症例報告(85才女性)

主訴:左上殿部の劇痛
5日前から強い左上殿痛が生じた。近くの整形2カ所に行くも、X線をとられて腰椎の老化を指摘され、鎮痛剤の処方をうけるという同じ診療を受けたのだが、痛みは軽減しなかった。

初回治療
S)知人に当院を紹介されて来院した。本日で発症5日目。痛みが激しい時もあれば痛みのない時もあるとのことで初回来院時は痛みがない状態だった。
O)左殿部に圧痛
A)中殿筋の緊張によるTP活性状態
P)側臥位で環跳あたりに2寸#4で数本手技+置鍼10分

第2診(3日後)
S)前回治療の翌日から右殿部が激しく痛み非常につらかった。
O)中殿筋に圧痛強く広範囲に存在
A)中殿筋緊張の悪化
P)側臥位で環跳あたりに2寸#4で10本以上の局所集中置鍼10分

第3診(前回治療から3日後)
S)右殿痛は痛む時と痛まない時がある状態は、初診前と変わらない。
O)中殿筋に圧痛(-)となった。腰宜穴の圧痛(+)、胸腰痛一行の圧痛(-)
A)上殿皮神経痛かも
P)側臥位で、腸骨陵縁を撮む揺り動かす手技(筋膜リリース目的)+腸骨陵縁あたりに2寸#4で5本水平刺、置鍼10分

第4診(前回治療から7日後)
S)この一週間痛みがなかった。
O)腰宜穴の圧痛(+)
 ※腰宜穴(奇穴)の位置:L4棘突起外方3寸。腸骨陵最高点のやや内側
A)上殿皮神経痛と確信
  本当に中殿筋に異常はないか、横座り位で中殿筋を押圧すると、きつい痛みが出現したので、この肢位で3寸#8で深刺追加。

P)前回と同治療。

 

2.症例を通じて学んだこと

1)上殿皮神経痛とメニュエ症候群の鑑別
    両疾患の知識があれば鑑別は容易だが、知らなければ病態把握は難しい。
 共通点は上殿部痛、違う処はTh12~L2一行に圧痛があるか否かである。

2)上殿皮痛と中殿筋緊張の病態の相違

上殿部部痛はよくみる症状である。通常は中殿筋は上殿神経支配で、上殿神経は近く成分をもたない運動神経なので、コリは現れても痛みは出ない。痛みが出るのは、ここにTPが活性化したからだと考察した。
この上殿神経は、仙骨神経叢の枝である。しかしこの部の皮膚は上殿皮神経は上部腰椎の脊髄神経後枝の枝なので、筋と皮膚の神経支配はまったく違う。これは以前から不思議に思っていた。
今回の症例では、上殿皮神経痛(撮痛陽性となる)だったが、押圧して中殿筋に圧痛はなかったのだが、横座り位で、中殿筋を過収縮状態にして押圧すると強い圧痛が現れたのだった。本症例に関する限り、中殿筋過緊張と上殿皮神経痛は同時にみられたのだった。