AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

岡本雅典、フランス指圧講習紀行

2023-04-19 | 講習会・勉強会・懇親会

前回ブログでは、岡本雅典氏のユーチューブ動画を取り上げた。耳科の現代針灸講習会後の懇親会2次会で、そのことが話題になると、岡本氏は「こんなのもあるが」といって写真数枚をその場でPCに送ってくれた。私は翌日、この写真をユーチューブ動画記事に追加したのたが、さらに翌日、きちんと流れを追った旅行写真を送ってくれた。なかなか見応えがあった。ただ写真枚数が多いので、私がある程度整理して今回発表することにした。以下の写真と説明文は岡本氏によるもの。

1.往路

令和5年3月30日夕方まで立川の治療院で仕事しており、バスで立川から羽田空港へ。フライトは夜10時10分。ロシア上空を飛ぶことができれば、羽田~パリ間は直行便で11時間半で済むところだが、戦争中のためロシア上空を迂回して13時間半のフライトとなった。

 


31日朝7時30分、パリ=シャルル・ド・ゴール空港へ到着

 

パリは3月から始まったストライキの影響でゴミ収集車が来ない。


フランス滞在している日本人通訳者からの写真が送られてきた。ご子息の中学は、中学校を封鎖してのストライキ中。日本人にもこういう気概が欲しい

 

ストライキのせいか、予約したタクシーが来ないというハプニングがありましたが、
何とか始発駅へ辿り着き、パリ郊外からノルマンディー方面の特急電車で北へ2時間半移動。

 

2.指圧講習会

ノルマンディー地方のヴィレ・シュル・メール(Villers Sur Mer) という人口3千人以下の海岸沿いの街へ向かう。ノルマンディーは第二次世界大戦当時、フランスを占領していたドイツ軍に対して、アメリカ軍が強襲上陸した地。「地上最大の作戦」(原題 The longest day)で映画化された。
近くには、世界的観光地であるモン・サン・ミッシェル修道院(フランス語 Mont Saint-Michel et sa baie)がある。古い話になるが、大女優カトリーブ・ドヌー(Catherine Deneuve)主演のミュージカル映画「シェルブールの雨傘」(フランス語 Les Parapluies de Cherbourg) の撮影地、シェルブールもこの近く。



今回の指圧講習会広告。心憎い演出で感謝です。

<呉竹指圧と岡本雅典の研修会   ヴィレ・シュル・メールにようこそ>

ヴィレ・シュル・メールの夏、動画(1分17秒)

https://www.youtube.com/watch?v=FVBmYcofqew&t=2s&ab_channel=SpaceVillers

曇天や雨が多い地域ですが、晴天時の空と海は絶景。


見事な海原




絵画のような街並み。道路の左側にトラックが停車していたのが雰囲気を台無しにしている。

 

宿泊先はホテルではなく、アパートに。

近所のスーパーで3日分の朝食を買い込み。
無添加のフランスパン、塩気の効いたバターと生ハム、しっとりとしたチーズをサンドウィッチにした贅沢な朝食。

腹ごしらえを済ませたら、さぁ、歩いて研修会会場へ♪

講習会会場近くの公園で遊んでいた女の子

研修会会場は、室内から湖が見渡せる好立地だ。

 

我ながらNice Shot !!

 

研修風景(4月1日~3日計18時間)

現在フランスでは、医師以外の者が針灸することは認められていないが、指圧に関しては規制はない。
そうなると指圧も玉石混淆とならざるを得ない。そうした一方で日本の指圧を学ぼうとする者は、まじめに指圧を勉強しているグループといえるが、西洋人にありがちなのは東洋医学思想とくに経絡とか気といった知識を有り難がる風潮がある。(似田:困ったことだと岡本氏はぼやいていました)

 

一番手前のジル(Gilles)はモンテリマール(Montélimar)の指圧の指導者で僕の研修会は10回以上のリピーター。
その奥の緑の服を着ているのはダミアン(Damien)で今回動画を作ってくれた人。

 

イザベル(Isabelle)。この女性ももう6回くらい参加のリピーター。


初日午前終了、海辺のレストランでランチ♪
左から:日本人通訳の真弓さんでパリのオペラで鍼灸指圧院を開業している女性。動画制作者ダミアン、
今回のホストであるオリビエ(Olivier)、オリビエの協力者で、来年僕を呼んでくれると言っているピオートル (Piotr )。



世界三大珍味のフォアグラ(Foie Gras)は外せません。


昼食を食べ過ぎたので、ディナーは生ガキやエビ・蟹をボイルしたものを白ワインでさっぱりと。

 

最後のランチ後の記念撮影

 

終了証を渡した後は記念撮影のサービス、
ジル、終了証が逆さまだよ!!


指圧講習会の参加者たち。今回はアフターコロナで不景気の影響からか集まりが悪いが、いつもは50名ほど集まる。

 

3.帰路

夕方4時に講習会は終了。1時間後の特急電車でパリに戻ります。
渡仏回数を重ねるほど、パリより田舎のほうが良くなる。

車窓からの田舎の風景

 

酪農家の家と厩舎。

 

いたるところにある教会風景


4月のパリは、まだ寒そうです。

 

カフェを観ると、ここはフランスなんだなぁ・・・って痛感


さよなら、フランス

 


オーストリア上空。眼下にはアルプス連山が見える。

無事着陸、1時間遅れの午前9時30分頃、着陸ゲートに到着。フランス滞在は正味4日間。観光一切なしの弾丸ツアーでした。

昼12時ごろ立川についた途端、うどん屋へ駆け込みました(笑)
そして午後2時から仕事再開、これで時差ボケは最小限に止まります。

 

治療室ホスピターレ
〒190-0023 東京都立川市柴崎町3-3-3櫻岡ビル4F
TEL/FAX:042-526-0766 
URL:www.hospitale.jp E-Mail:mail@hospitale.jp
 

 

 

 

 


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岡本先生指圧を語る ユーチューブ動画 ver.1.1

2023-04-17 | 講習会・勉強会・懇親会

奮起の会スタッフの岡本雅典先生が、フランス人を対象に指圧講習会を行いました。

今回が約20回目の渡仏だそうです。是非ご覧下さい。時間は約10分間です。
変な姿勢でアグラをかいているのは格好つけているわけではなく、股関節が開かないため。
私のことも話しています。フランス語版、日本語版とも「いいねボタン」を押していただけると嬉しいです。

岡本先生、指圧を語る!

フランス語版

https://www.youtube.com/watch?v=JqaH7zODnBQ

 

日本語版

https://www.youtube.com/watch?v=iZzb_gzAbCk&ab_channel=Yubizen


魚際と合谷の局所解剖と意図するもの

2023-04-11 | 上肢症状

1.合谷刺針
 合谷から教科書通りに刺入すると、まず第1背側骨間筋に入り、続いて母指内転筋に入る。この2筋は意外なことに、ともに尺骨神経支配である。ゆえに尺骨神経麻痺時に、骨間筋萎縮と母指内転筋萎縮によってフローマン徴候(+)が出現する。

手掌部・小指球部・手背部の筋は尺骨神経支配で、母指球は正中神経支配が主だが、例外的に母指内転筋のみが尺骨神経支配である。脳卒中後遺症で手指の痙縮が強く、指が伸びない患者に対し、合谷から小指方向に向けて深刺すると、速効的に指が伸びるようになることを経験するが、これは骨間筋の痙縮を解除した結果であろう。

 なお合谷部周囲の皮膚は橈骨神経支配である。すなわち合谷施灸は橈骨神経刺激、合谷刺針は主として尺骨神経刺激となる。

合谷への皮膚刺激として有名なのは次の2つである。

かつて桜井戸の灸があった。面疔(顔面にできた桜井戸の灸は、 患側の合谷穴に100壮~200壮灸をすえた。50壮くらいで、面疔のズキズキする痛みが止まってくるが、そこで灸をやめると、また痛みだすので続けてすえる。すると再び痛みが泊まって、そのうち面疔部分から自然に排膿される。(深谷伊藤三郎「家伝灸物語」より)

柳谷素霊の喉の一本鍼というのは、正座させ、丸竹を握らせた状態で、腹に力を入れ腕にも力を入れ、寸3の2番で合谷部の硬結下縁に傾斜させて刺針、反復的に1分~3分刺針。抜針を皮膚が赤くなるまで繰り返すというものであった。ただしここでいう”喉”とは、咽のことらしく、とくに扁桃炎に効果ありと記載されている。



2.魚際刺針
 
魚際刺針は母指対立筋(文献によっては短母指屈筋)への刺針となり、正中神経支配である。皮膚も正中神経が支配する。
母指内転筋は、魚際と合谷の中間点にあるので、魚際や合谷のいずれからでも第1中手骨縁に刺し、母指内転筋運動鍼をすれば母指内転筋症に効果を発揮できることが多い。


カッサの効果 浅層ファッシア刺激と皮下出血効果 ver.1.1

2023-04-10 | やや特殊な針灸技術

カッサは次の2つの統合刺激である。すなわち「皮膚をこする」こと、次に「皮下出血させる」ことである。個別に検討をしていく。皮下出血させることを目的とする施術は珍しいが、皮膚をこするという方法は、同じような手技療法がいくつか存在している。こすって何を調べているのかといえば、今注目を集めている「浅層ファッシアの癒着」の有無を調べている。つまりカッサをすることは浅層ファッシアをリリースしていることになる。


1.浅層ファッシア刺激の方法

 
1)結合識マッサージ

  
皮膚や皮下組織に機械的刺激を与える治療として、我が国では按摩・指圧が、中国では推拿が、そして西洋でははマッサージが行われてきた。
西洋でのマッサージの新しい技法として1952年、ドイツのエリザベート・ディッケは結合織マッサージを考案し命名した。

従来のマッサージは、なでる・さするなどの皮膚刺激をするのに対して、結合織マッサージでは、結合識(皮膚・皮下組織・筋々膜・腱・靱帯・血管壁など)に対するマッサージを行う。患者さんの皮膚をつまんだり、両手で寄せてシワを作らせたりして、少しつつずらせていく。このようにすると健康な部は弾力的で皺ができやすいが、病的な結合識では皺ができにくくざらザラザラした状態を指先に感じる。

結合識マッサージのもう一つの特徴は、反射帯(内臓反応が皮膚に投影されたヘッド帯、および内臓反応が筋に投影されたマッケンジー帯)に施術する点にある。このような方法で身体を調べると、どのような疾患であっても脊柱を中心に腰~殿部(L2~S4)にかけてと、項の部分(C8)に反応点が集中する傾向があった。これは内臓と特定の体表部位との間につながりがある領域ということになる。ちなみにドイツのシャイトは脊髄神経系と内臓支配する自律神経が互いに影響を受ける領域として、C8.L2、S2を移行分節とした。移行分節とは聞きなれない単語だが、脊髄の一段と太い部分(頸膨大・腰膨大)に相当し、上肢と下肢の神経の出るところといった意味がある。S2は人間では退化したが、尻尾の出るとことだろう。

要するに上肢や下肢の刺激は、体幹内臓治療にも使えるということを示唆している。

結合織マッサージを行うと、従来の皮膚に対するマッサージに比べて皮膚温が上昇し、関節可動域が向上するなどの効果が得られるのだが、では指圧・按摩と似たような手技になってしまうので、現在では結合識マッサージという言葉はあまり用いられなくなった。”結合識”とは広い概念である。真皮・皮下組織・粘膜下組織・骨膜・筋膜・腱・血管外膜など、すべて結合組織になってしまうので、結局何をマッサージしているのか判然としないことが原因だろうと思われた。現代的認識では、結合識マッサージとは、皮下筋膜(=ファッシア)に対する刺激手段となるだろう。

2)ストレッチ
    
筋を伸張させることを(筋)ストレッチといい、1970年代にアメリカで開発された。ストレッチは柔軟性を高めるための運動として、筋肉ならびに結合組織の柔軟性を改善し、関節可動域を広げる。じっとしているなどの不活発な状態が続いたり、トレーニングなど特定の部位が疲労すると膜が硬くなり、膜と筋肉との間の滑走(すべり)性が悪くなる。また、疲労や老化によって筋膜細胞の減少や弾力性が無くなると、滑走性が悪くなり、痛みがでたり動きにくくなり、柔軟性も低下する。これは筋膜と隣接する結合組織が癒着している状態であり、これを開放(リリース)させることが大切になる。これを「筋膜リリース」と呼ばれている。

   
やがて筋膜のストレッチだけでは不十分で、浅筋膜もストレッチすべきだとする考えも生まれた。皮膚をこすることは皮下筋膜に影響を与え、外皮-皮下組織-筋間の滑走をよくする。すなわちファッシアの動きを回復させる効能がある。

 

3)グラストンテクニック  

ラストンテクニック Graston Technique とは筋膜スリック(筋膜を滑らかにする)一つの技法であり、1994年前に米国のアスリートによって発案された。専用の医療器具を用いて皮膚を擦り、浅筋膜の癒着を開放しようとするものである。グラストンテクニックで使われるのは、いろいろな形をしたステンレス製の道具で、擦る部位により使用する道具を変える。グラストンテクニックは、カッサそのものであるが、浅筋膜刺激を目的とするもので、皮下出血は必要としない。グラストンテクニックの主眼は浅筋膜リリースであり、皮下出血は必らずしも必要とない病理機序として扱った。
皮膚をどの程度の強さで押しつけるのか、何回くらい上下にスライドさせるのがよいかは意見が異なるようである。軽刺激でよいとする立場では、筋緊張部位にタオルをあてがい、一方向に20回ほど軽くこする。強刺激がよいとする立場ではカッサと同様、赤く皮下出血が起こるまで擦り続ける。

 

グラストンテクニックにより生じた皮下出血斑

 

4)撮診法(成田夬助)
 

皮膚と皮下組織を一緒につまむと、痛みを強く感じる部とさほど感じない部があることに気づくが、この現象を治療に応用したのが成田夬助(かいすけ)で、撮診とよんだ。西洋では同様の手法を skin rolling  スキンローリングとよんでいる。撮診の手技は、皮膚と皮下組織をつまんで、圧痛の有無を診るというものだが、撮診で痛む部は、他部位と比べて皮膚と皮下組織が分厚く感じる。

つまむとつねられているように感じるのは皮神経か過敏になっているからだろう。分厚く感じるのは、浅層ファッシアが皮下組織と癒着している証拠である。


2.カッサによる皮下出血について

 
表皮に血管はないが、真皮より深い組織には血管がある。皮膚を何度も強くこすると、皮膚は発赤し、やがては皮下出血するまでになる(身体の部位別に皮下出血しやすい部位としにくい部位があるが)。皮下出血とは皮下にある毛細血管や細静脈血管に傷がつき、血液が血管外に漏れ出すことをいう。

 
一度血管外に漏れた静脈血は二度と血管内に戻ることはない。動かない血液すなわち瘀血である
。内出血は自然と皮膚に吸収されるが、修復する際の自然治癒力を利用して治療効果企図する。カッサの皮下出血斑は意外にも1~2日で自然消退するのは、吸玉による皮下出血斑では消えるには1~2週間を要することとは対照的である。

カッサによる皮下出血斑は、1~2日後にはほぼ消退することから、浅い部分の毛細血管または小静脈の血管から漏れ出た血液であろう。皮下出血を皮膚は吸収しようとして、新たな生理機序(=自然治癒力)を引き出す。
意図的に皮下出血させる意義について医学的エビデンスははっきりしたものがない。しかし皮下出血を組織に自然吸収させるためには自然治癒力を活用しているのだから、この部分の代謝が活発化し以前の状態に戻そうとしている。この生体反応を疾病治療に活用しているといえる。カッサ施術後の皮下出血は端から見れば、ムチで叩かれたような痛々しいものになるが、皮下出血斑は数日間で急速に改善され、数日中には殆ど消失するという特徴がある。これは打撲傷時の皮下出血に比べ、出血部分は浅層からのものだと思われた。カッサではこの皮下出血斑を瘀血として捉えている。瘀血といっても内臓病変とは無関係で、静脈血流の部分的停滞のことをいう。

3.カッサの研究

皮下出血させると色々な疾病に効果のあることは、カッサの症例から推測されるが、その具体的機序については、いつの間にか世界中の医学者が研究しており、こちらが驚かされるほどである。

この状況は、まず「google  shcolar 」の検索サイトに行き、そこで「covid-19  guasha」で検索をかけてみると知ることができる。google shcolar とは
グーグル検索で、とくに学術論文を集積されたサイトのこと。covid-19は新型コロナウィルス感染症、  guashaはカッサのこと。

たとえば現在コロナ後遺症患者は、わが国にも数十万人いる。疲労倦怠・関節筋肉痛・咳喀痰・息切れ・胸痛など多くの症状が残ったままで、何も手立ての方法がない状況がある。このような状況にあって、カッサ治療もある程度の役割を果たせるのではないかと症例集積が始まり、手応えのある感触が得られている。

 

 

   


JSカッサ入門セミナーの概要と印象

2023-04-06 | 講習会・勉強会・懇親会

去る令和5年4月2日、午後3時~午後5時30分。東京都国立市中1丁目集会所で、JSカッサ入門セミナーを開催した。参加者は20名で、これに受け入れ側としてメイン指導者の徐園子(大和かっさ治療院)、実技指導スタッフ徐由実(中央鍼灸接骨院)と上川 晋一(みその整骨院)と主催の私(あんご針灸院)、元医道の日本社編集部の赤羽博美とカメラマン木村博が加わり、総計26名となった。熱気あふれる会場となった。※いずれも敬称略
なお会場は、いつも鍼灸奮起の会(参加者定員12名)を行っている処である。

現在カッサ治療は、我が国でもいろいろな流派が存在しているが、そうした中にあって、整体やリラクセーションとは一線を画し、治すための手段に徹しているのがJSカッサでなる。ちなみにJSとは、Japanese Style の略。

私が15分ほどカッサと浅層ファッシア刺激に関する撮診法の相違点などを説明した後、徐園子先生によるカッサの理論とこれまでの症例紹介を1時間余り実施。徐園子先生は、すでに十数年間治療にカッサを取り入れて治療されていて、臨床経験は豊富なことを、私も改めて知ることができた。これまでの現代医療そして鍼灸治療においても、うまく治せなかった病態に対処できる治療技法となっている。具体的な症例を多数提示し、カッサでどのように改善したかを解説した。カッサの適応が、予想していた以上に広いものであることを認識できた。

その後、徐先生による頸肩背部のカッサのデモをした後、2人一組でカッサの実技練習を行った。
 

 

下段中央が筆者。その左隣が徐園子先生。


針灸師のための肥満の最新薬物治療の理解

2023-04-01 | 全身症状

1.単純性肥満とⅡ型糖尿病
  
過体重ではメタボリック症候群になりやすく、生活の質を下げることになりやすい。そこでダイエットが推奨されているが、実際には非常に困難なことが少なくない。頑張って一時的に2~3㎏痩せても、努力を怠るとすぐに元の体重に戻ってしまう。残りの人生が数十年あると思えば、ダイエット生活を継続することは、難しいことなのである。

  
肥満はとくにⅡ型糖尿病との関係が深い。Ⅱ型糖尿病の薬物治療薬は血糖値を上げないようにすることが基本で、これにメタボリック症候群として高血圧・高脂血症などの治療薬を併用する。し
かしこれは血糖値を上げないという対症療法なので、数十年におよぶ継続的な治療になり、目的も「治す」ことにはおかれていない。糖尿病の1タイプとして、体重減すれば血糖値が大幅に下がるタイプの患者がいる。このような者は、体重減少させることは非常に大きな要望となり得る。
   
一昔前、単純性肥満は、摂取カロリー>消費カロリー状態なので、食事量を減らし身体運動量を増やせばよいと考えられていた。それができないのは、もっぱら本人の意志の弱さの問題だとして軽く扱われていた。しかし1990年代になって肥満と食欲の関係について、大きな進展がみられた。


2.血糖値のコントロール

  
血糖値をコントロ-ルするホルモンは3種類ある。膵臓β細胞から分泌されるインスリンと膵臓α細胞から分泌されるグルカゴンは古くから知られたものだが、現在では小腸から分泌される インクレチンもインリン分泌に関与し、かつ満腹感にも関与していることが判明した。


 
1)インスリン

血液中のブドウ糖が筋肉などへ取り込まれるのを助けることにより、体の中で唯一血糖値を低下させる働きがあるホルモンである。

2)グルカゴン

肝臓で分解されたブドウ糖を血液中に放出するのを助ける ことにより、血糖を上昇させる働きがあるホルモン。


3.食欲抑制ホルモン「レプチン」食欲増進ホルモン「グレリン」
 
1)レプチンの発見 


1994年に体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンであるレプチンが発見された。血中にレプチンを注入すると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。
しかし一部の肥満者では、視床下部でのレプチン受容体の感受性が低下しているのでレプチンを投与しても満腹感が得られず、食べ続けるようになる。その食欲は、血糖値が上昇しても抑制されない。
  
2)神経性食思不振者

   
神経性食思不振者は、レプチン過剰分泌しているので食欲が抑制されているが、ある一定以上に脂肪細胞が減少すると、いくら体細胞がレプチンを多量に分泌して血中濃度が高くなっても、死亡を回避するため、視床下部のレプチン受容体がレプチンに反応しなくなるというリバウンド状態になる。この時は、体脂肪が一定以上に増加するまで、いくら食べても満腹感がないドカ食い状態となる。

 
3)グレリンの発見

   
グレリンは1999年に日本の研究者によって発見された。長時間食事をとらないと低血糖状態になるが、それ以前に胃がカラになるだけで空腹感が生じている。これは胃がカラになると、胃壁から強力な食欲増進ホルモングレリンが分泌されることによる。グレリン濃度と血糖値は関連がない。

正常な身体のバランスの状態では、グレリンは肥満になると低下し、やせると上昇する。つまり体重を適正にするように調整がなされている。しかし太りやすい体質の人では、食後にもグレリンが低下せず、このことが太り易い原因の一つと考えられている。
 
4)ダイエット途中での失敗理由

ダイエットが順調にすすむと、ときに突然猛烈な食欲に襲われることがある。これもカラになった胃壁からグレリンが大量に分泌された結果であり、ダイエットを行う上で失敗原因になる。グレリンは最強のホルモンで、分泌されると摂食せずにいられなくなる。

胃の中にある程度食べ物が入ると、速やかにグレリン分泌は減少するので胃を膨らませるもの(例えば豆腐やこんにゃく)を食べ5分間ほど我慢することで、食欲が消退する。
 
5)睡眠不足と肥満

   
睡眠不足ではグレリン分泌亢進し、食欲増進する。とくに1日睡眠5時間以内の者はとくに夕食後のお菓子や夜食などを摂ることが多いので体重増加を招きやすい。したがって肥満を防ぐ意味でも、1日8~9時間の睡眠が必要である。

睡眠不足をつくる原因の一つに天然の睡眠薬であるメラトニン分泌不足があるので、就寝数時間前からメラトニン分泌を増やる落ち着いた環境形成が大切になる。
 
6)夜食べると太る原因

    
これまで漠然と夜食べると太ることが知られていたが、その科学的根拠がわかってきた。

1997年池田正明は遺伝子中にBMAL1(ビーマルワン)を発見した。BMAL1の生成量は人の概日リズムや自律神経の活動リズムと連動していて、昼間は量が少なく、夜間多くなるという性質があり、日中は少ないが夜10時~深夜2時頃が増加のピークになる。夜間はエネルギーをため込みやすい(太りやすい)時間帯であるといえる。


4.インクレチン

 


 
1)インクレチンの作用

インクレチンは小腸から分泌されるホルモンで、LGP-1(グルカゴン様ぺプチド1)とGIP(グルコ-ス依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)の2種類ある。食事をするとGLP-1 は小腸上部から分泌され、GIP小腸下部から分泌される。 GLP-1 の作用は次の通り。(GIPの作用は研究が遅れた)      
  
①脳へ:満腹感を得る

②膵へ:グルカゴンの作用を抑える。膵臓のβ細胞を増殖させ血糖値を下げる。β細胞を死ぬのを抑える。
③胃へ:食べ物を胃から腸へと送る速度を遅くする
 
2)インクレチンを分解する薬剤の誕生

 
インクレチンは血糖値上昇を阻止する作用があるが、DDP-4(ジペプチジルぺプチダ-ゼ)とよばれる酵素により、すぐに分解され消滅してしまう。ならばインクレチンの作用が消えないようにする方法はどうするかと研究し、次の2タイプの新薬が誕生した。
  
①DDP-4阻害薬

DDP-4の働きを阻害することで、インクレチンの血糖上昇阻止作用を維持する。内服薬。ジャヌビアなど
  
②GLP-1 受容体作動薬
GLP-1 の構造を分解されにくように変えたもの。食欲抑制作用があり、自然な減量を期待できる。
※オゼンピック(週1回注射):半年から1年程度使用すると5~6kg痩せるという。1回代金3割負担者で、2000円~6500円/月(診察代・検査代は別途)かかる。使用中止したら元にもどる。
※リベルサス(内服薬):オゼンピックに比べるとパワー不足だが、1日1回、起床時に飲むだけ。3割負担の場合、薬価は1ヶ月1200~4500円(診察代・検査代は別途)

5.持続性GIP/GLP-1受容体作動薬マンジャロの新登場

   
近年、GLP-1受容体作動薬が普通に使われるようになったが、小腸から分泌されるもう一つの ホルモンGIPは研究者の興味を惹かなかった。しかしマウスによる実験で、GIPを投与すると 血糖値が上がりにくく、食欲も低下し、肥満しにくかったというデータが発表され、それ以来GIPの作用はGLP-1よりも強いのではないかと考えられるようになった。なおGIP投与時の体重減少作用の機序は不明。

  
2023年のうちに、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬、チルゼパチド(商品名マンジャロ)が販売予定である。GIPとGLP-1の二つの受容体に単一分子として作用する世界初の薬剤で、最強の減 量薬となることが予想されている。週1回皮下注射によって投与される。

※マンジャロの名称理由:私が通院中の医師から聴いた話。マンジャロとはアフリカの最高峰キリマンジャロ(キリマンジェロは間違い)からきたらしい。キリマンジャロは台形状の形をしていて頂上が平坦になっている。このことから一定以上の血糖値をカットするというイメージからの命名したとのことだ。

5.SGLT2阻害薬(カナグル、ジャディアンスなど)

   
上述のような血糖値をコントロールする薬剤とは別に、尿としての糖排泄を増やすことで、結果として血液中の糖(血糖)を減らす薬が誕生した。

体内にはSGLT2という尿から血管へ糖を運 ぶ運び屋のような物質が存在する。本剤はその働きを阻害し、尿として糖や水分を排泄し血糖値を下げる。
1日300キロカロリーの糖を強制的 排泄するので減量効果がある。
 ・糖尿病患者様にカナグル1錠を約1年程使用すると、平均2~3kg痩せるというデータがある。カナグルの値段1錠170円、これを月に30錠使用。3割負担では1月約1500円。

ちなみに筆者はこの十年ほどⅡ型糖尿病で2ヶ月に一度の定期通院をしている。筆者の糖尿病の増悪因子は肥満であることが分かっているが、自分の意志だけで食事制限を続けることは難しかった。筆者の肥満に対する薬物療法は、3年ほど前からDDP-4阻害薬(ジャヌビア)から始まった。グリコヘモグロビン値の上昇を食い止めるには効果はあったのだが、減量には不十分だったので、半年前からSGLT2阻害薬(ジャディアンス)を追加使用している。体重減少には一定の効果があるようだ。ジャヌビアやジャディアンスはよく効くのだが、ジェネリック薬がないので費用も高くなるのが欠点。