AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

胸やけの針灸治療

2006-04-28 | 腹部症状
1.胸やけの病態生理
 かつて胸やけは胃酸濃度に関係すると思われていたので、胸やけは、胃酸過多のを意味していた。しかし現在では胃酸濃度と胸やけは無関係なことが判明している。
 胃液が胃の中にある限り、胃粘膜が胃壁を保護しているので悪さをすることはないが、胃液が食道に入った場合、食道炎を起こす。ではなぜ胃液が食道に入ってしまうのだろうか。これには2つの原因が関与している。
 一つは胃の入口にある噴門が十分閉じないこと(閉鎖不全)、他の一つは胃の逆蠕動である。

2.胸やけの針灸治療
1)胃の逆蠕動に対する治療
 噴門の閉鎖不全を治療することはできないので、針灸は胃の逆蠕動の治療に目を向けるほかない。胃の蠕動は副交感神経緊張で増大するから、針灸治療方針は交感神経優位の土壌づくりになり、瀉法的方法をとる。
 余談だが、酒を飲み過ぎて気分が悪くなった友人がいたとしたら、自分はどういう行動をするだろうか。あま背中をさすることで嘔吐を促すようにするだろう。これは胃の逆蠕動を促進させる手技であって、胸やけの場合はこれと反対の刺激を行うのがよい。
 すなわち、座位にさせ腹に力を入れさせた状態での上背部強刺激、速刺速抜を行う。刺激点は胃のデルマトーム帯であるTh5~Th9なので、中心は膈兪穴あたりになる。

2)胸やけを感じる部位に対する局所治療
 胸やけを自覚する部位は、心窩部(巨闕~鳩尾)あたりである。患者に、胸やけを感じる部位を指さしてもらい、その部に強刺激の速刺速抜手技を行う。内臓体壁反射の機序を介して胃の蠕動運動の鎮静化を図る。

 

機能性胃腸症と胃十二指腸潰瘍の鍼灸治療法

2006-04-25 | 腹部症状
1.慢性胃炎という概念の変容
 現代医学では、胃十二指腸潰瘍の病態生理はかなり解明され、治療法も理にかなうものになってきた。危険因子である胃酸分泌を継続的に減らす目的でのH2ブロッカーの投与と、胃粘膜を侵し防御因子を弱くするピロリ菌に対する抗生物質投与という2段構えの治療が奏功している。
 その一方、非潰瘍の胃病変の理解はあまり進まず、胃の粘膜の炎症と臨床症状が一致しないため、漠然と慢性胃炎・胃アトニー・胃下垂といった、場当たり的な病名がつけられていたのだが、ここにきて、FD(機能性胃腸症)あるいはUND(潰瘍のない消化管症状)といった概念が導入され一定の成果をあげている。健常者では、食物は近位胃(食道に近い胃部)にいったん蓄えられ、遠位胃(十二指腸に近い胃部)にゆっくりと内容物を送り出している。しかしUNDでは遠位胃に食物が蓄えられる。この蠕動運動の乱調が、胃のもたれなどの不快症状をつくることがわかってきた。

2.胃部痛の病態生理と鍼灸治療
 胃の活動は自律神経の変動により次のように生理的変動を示す。急性ストレス時には交感神経緊張状態になるが、慢性ストレス状態では副交感神経緊張状態になることが知られている。
  (急性ストレス時)                 (慢性ストレス時)
   交感神経↑状態  小←蠕動運動→大  副交感神経↑状態
   交感神経↑状態  少←胃液分泌→多  副交感神経↑状態
 しかし自律神経が失調状態になると、このようなリズムが崩れる。

1)胃・十二指腸潰瘍の針灸治療
 胃液分泌は、副交感神経緊張状態で増加するのが生理的である。しかし慢性になると交感神経ストレスが胃液を分泌を増大するようになる。針灸治療はリラクセーションすなわち副交感神経優位状態に移行することを目的に、背部兪穴置針などリラクセーションを目的とした針灸を行う。
 ここまでが「畑を耕す」治療に相当する。植物を植え育てる内容に相当するのが胃のデルマトーム治療である。他稿に記した通り、Th5~Th9デルマトーム範囲の、腹直筋と起立筋の圧痛硬結を刺激することになる。

2)UNDの針灸治療
 蠕動運動低下は、生理的には交感神経緊張状態で生ずるが、慢性ストレス状態では交感神経亢進かつ副交感神経亢進自律神経失調状態で生ずる。両方の自律神経が緊張している状況では、いわゆる瀉法(≒強刺激)を行う。
 代田文誌は、「全身の筋肉を刺激することが必要で、たとえば上腕二頭筋をつまんで引き上げるようにする。すると非常に痛がるが、胃の具合は改善する。また側胸部から側腹部にかけて刺激すると、患者はくすぐったいので全身の力を入れる。我慢させてこれを行うと、腹筋にも力が入る。そうすると急にゴロゴロと音がして胃が収縮し...」(鍼灸治療要訣、第四回東方医講習会に於いて、東方医学)と記している。
 また柳谷素霊は「伏臥位または仰臥位にせしめ、腹に力をいれさせた状態で脾兪一行に深刺」秘法一本針伝書)する方法を紹介している。
 佐藤昭夫は実験動物において、腹部や背部刺激よりも、四肢刺激(合谷や足三里)で蠕動運動亢進する傾向(実験動物の1/3)があることを明らかにした。
 上記が「畑を耕す」治療に相当する。「植物育成」的治療は前項と同一になる。
 

末梢動脈閉塞性疾患の針灸は難しい

2006-04-21 | 末梢循環器症状
1.間欠性跛行症の針灸は難しい
 間欠性跛行症には、神経性と血管性がある。神経性は馬尾性脊柱管狭窄症があり、血管性では慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)とバージャー病(TAO)がある。
 高齢化社会になった現在、馬尾性脊柱管狭窄症やASOの患者数が増えており、針灸に来院する機会の多い疾患である。馬尾性脊柱管狭窄症は、陰部神経刺針を行うことで、症状改善する例が2~5割ほどあるが、ASOは針灸で治療することは難しいという印象がある。(TAOは治療経験は乏しいので不明)

2.末梢動脈閉塞性疾患の概要
1)慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)
 加齢性病変(50才以上)で、動脈硬化の部分症状。下肢の比較的太い動脈に好発。危険因子はタバコ。本症があれば冠状動脈疾患や脳血管障害の生ずる頻度が高くなる。
 フォンティン分類:血行障害による筋の阻血の程度により、重症度がきまる。
 第1度:しびれ、冷感 →週1回の硬膜外ブロック
 第2度:間欠性跛行 →持続硬膜外ブロックと強制歩行訓練
 第3度:安静時痛(とくに夜間就寝時痛)→人工血管バイパス術、下肢切断
 第4度:阻血性潰瘍、壊死 →同上
 
2)バージャー病(閉塞性血栓性血管炎)(TAO)
 原因不明で、四肢の遠位部の中~細動脈に血栓が形成され、阻血を起こす。20~40才台男性の喫煙者に多い。症状は指趾の強い阻血症状(潰瘍、疼痛)、後に間欠性跛行。下肢に生ずることが多いが、上肢にも生ずることがある。
 治療は、まず禁煙。交感神経切除術(副交感神経優位とさせ血管収縮を防ぐ)。
 血流増加目的で、プロスタグランジンE1製剤(血小板凝集抑制作用)

3.慢性閉塞性動脈硬化症の針灸治療法
 この疾患の針灸治療を、なかなか論理的に説明しているのが木下晴都著「最新鍼治療学」である。衝門(鼡径動脈)と太衝(足背動脈)の拍動を調べることで動脈閉塞部位を推測し、閉塞部に対する血管壁刺針を行っている。
1)衝門拍動(+)かつ太衝拍動(-)の時
 閉塞部は鼡径動脈と足背動脈の間にある。腓腹筋の疼痛を訴えることが多い。実際には大腿動脈の内転筋管の閉塞が多いので、陰包およびその周囲に約2㎝交差刺し、動脈血管壁への旋捻法を2~3回行う
2)衝門拍動(-)かつ太衝拍動(-)の時
 鼡径動脈より体幹側に動脈閉塞部がある。総腸骨動脈の閉塞を疑い、急脈(衝門の内側で陰毛中、外陰部の上際の外側)から上内方に約2㎝刺入する。前者より重症で、下腿部はもとより大腿筋まで緊張感や痛みを感じる。

4.閉塞性動脈硬化症の針灸治療効果 
 木下先生の方法による針灸治療効果は、週2~3回の治療で、1)では1~2ヶ月、2)では半年から~1年間の治療を行うも、症状軽減する程度だということである。この程度の効果しかないのであれば、患者の大半は途中で来院中止することになろう。私が追試してみても、少しは調子いいようだが、長期通院しても次第に改善するという傾向はあまりないようである。
 要するに、動脈硬化という器質的疾患が存在する以上、動脈狭窄部を針刺激したからといって、治癒には結びつかないのである。

 安藤富美子ほか:閉塞性動脈硬化症に対する鍼灸治療の効果(日温気物医誌、第68巻,2号,2005.12)によれば、フォンティン分類1~2度18例に1~3ヶ月間の針灸(筋パルス)すると、症状軽減したが間欠性跛行が消失するまでには至らなかった。3~4度3例には針灸無効だったと報告している。
 


 
 

価値の少ない六部定位脈診法

2006-04-16 | 古典概念の現代的解釈
脈診法には、六部定位脈診、脈状診、人迎脈診の3つがある。うち人迎脈診は、小椋道益氏の死去にともない、現在事実上消滅してしまった。脈状診は、私個人では、有用な診察手段だと思っているが、その結果を鍼灸治療に直接結びつけることに困難を感じている。問題なのは、六部定位脈診である。
※2010年9月27日、人迎脈医会理事の飯田孝道先生から人迎脈診は消滅していないとのメールを頂戴した。失礼しました。(2010年9月29日)

40年ほど前、東京教育大学(現、筑波大)の森和先生の行った実験がある。それは3人の六部定位脈診の名人が、20名ほどの被験者の腕を脈診した(スリットから腕だけを出し、他部位はカーテンなどで隠した)が、3人の名人鍼灸師の回答はバラバラであって、一致するのは数例ほどだったという。この実験から推察されるように、六部定位脈診は、当人が無意識的にしても、他の望聞問診の情報を取り入れていれて判断しているか、もともと六部定位脈診で診断できない、といえそうである。

そもそも六部定位で寸関尺の部に臓腑を配当していることに無理がある。配当する臓腑は時代とともに変化してきた。
 
 脈状に関する手技や解釈は定説がない。東洋医学関係者間でのコンセンサスもとれていない。恩師の代田文彦先生は、わざわざ脈をみなくても病態(虚実、表裏、寒熱)の推測はできる。換言すれば脈から分かるのは、これくらいだろうと述べいる。沢田健先生も代田文誌先生も、脈診をしなかったと聞く。

※脈状診についてのブログは、「古典概念の現代医学的解釈」カテゴリー中の、「主要な脈状診の解釈」ブログにあります。
 
 

手所属経絡と足所属経絡の意味--古代中国の内臓観

2006-04-15 | 古典概念の現代的解釈
 12正経は、手所属のもの肺・大腸・心・小腸・心包・三焦の6種類あり、足所属のものが胃・脾・膀胱・腎・肝・胆の6種類である。では手とか足とかの所属分類の必然性は、どのようにして決まったのだろうか。私はこれまで納得のいく説明を聞いたことがない。以下は私の見解だが、想像を逞しくしているので、話半分の気持ちで、おつき合い願いたい。

 NHKブックスで、高橋晄正著「漢方の認識」の中に、上に示した図が載っている。古代中国医師の内臓観を示すもので、ボディーにしっかりと描かれているのは手所属の内臓だけである。足所属はヘリに付着している程度の存在である。手所属の臓腑は、上下に分かれた相似形に分けられ、上半分は陰の臓腑が、下半分は陽の臓腑が配置されている。いかにも中国人の整体観を反映している見事なものである。

 上の中心にあるのは心で心包がこれを調節し、下の中心にあるのは小腸で三焦がこれを調節している。つまり心機能は心拍動という点は現代医学と同じだが、小腸機能は腹大動脈の拍動を診ていたと推定できる。
 
  さらに五行論に目を向ければ、心と心包、そして小腸と三焦はどれも「火」に属するので、体温生成に関係していることも知れる。肺と大腸は「金」なので、胸と腹において、金を火であぶっている状況を想像できる。想像を逞しくすれば、金属を火であぶりながら、その精華である金(ゴールド)を精製しているという錬金術の世界を垣間見ることもできよう。

 手所属の臓腑が錬金術工場だとしても、工場設備だけあっても役立たない。この工場を順調に稼働させるには、まず原料を運び込まねばならない。原料を工場に納入することが脾胃の作用である。また工場であれば産業廃棄物が出るので、その処理をしなくてはならない。これが腎膀胱の作用である。また工場を稼働させる目的は、当然生産品を生み出すことにあるが、この生産品が、肝胆の作用となるかと思われる。
 


心臓疾患もどきに対する督脈基本5穴灸治療

2006-04-12 | 胸部症状
1.虚血性心疾患と胸壁神経痛の相違点
 心疾患に対して針灸の適応はほとんどない。しかし左胸痛を訴える者は、虚血性心疾患よりも胸壁神経痛の場合の方が多いことが知られる。虚血性心疾患では、姿勢に関係なく突然発作が起こる。数分で痛み消失すれば狭心症、30分異常痛みが続けば心筋梗塞を考える。
 
 一方、胸壁神経痛では、何日も前から痛む、押圧すると痛む、体動で痛むなどと訴える。医者に行って検査するも、心電図は正常なので、心配ないといわれるのが通例だが患者は不安になっている。

2.胸壁神経痛の針灸治療
 後胸壁の知覚・運動支配をするのは胸神経後枝、前胸壁の知覚・運動を支配するのは胸神経前枝すなわち肋間神経である。患者の疼痛部位を把握したら、肋間神経痛の治療と同じく、脊柱点・外側点・胸骨点に10分間置針するとよい。最も効果的なのは脊柱点(起立筋隆起の中央)の脊柱寄りで、棘突起の直側または外方1寸の部で、後枝刺激や椎間関節刺激あるいは肋横突関節刺激になる。
 「数年来の痛みが施術直後にピタリと緩解する」ほどの効果が得られるのが普通である。

3.深谷伊三郎は間違いか?
 深谷伊三郎は著名な針灸家として広く知られている。深谷先生の著作は非常に多いが、ライフワークの一つに、「督脈基本5穴の施灸治療」すなわち身柱・神道・霊台・至陽・筋縮への施灸、各15~20壮を行うというものがある。この治療パターンの適応症として、心臓神経症や神経症性の高血圧などを挙げている。(「灸治療の臨床研究 名灸師の足跡」鍼灸の世界社)
 深谷先生の心臓神経症の定義とは、心季亢進・心臓部不快感あるいは疼痛・腹部圧迫膨満感・恐怖症としている。これでは胸壁神経痛と重複する部分が多い。現在の心臓神経症とみなされる症状は、「動悸息切れ時に生ずる胸痛であり、体動とは無関係に起こる」である。胸壁神経痛が督脈基本5穴で改善する理由は、前述した通りである。今から40~50年ほど前に発表されたものなので、やむを得ない面は相当ある。しかし間違いは間違いとして、後に続く者が是正していかないと、鍼灸古典の二の舞になってしまう。



 

下腹部消化器症状に対する針灸治療様式

2006-04-04 | 腹部症状
 下腹部臓器は交感神経優位群(小腸、虫垂、下行結腸までの大腸)と副交感神経優位群(S状結腸~直腸)に分けて捉えるべきであるが、前者の交感神経優位群は、別項の「中腹部消化器に対する針灸治療」のブログで説明した。また泌尿器臓器や婦人科臓器に関しては個別に解説する予定である。ここでは副交感神経優位群について記述する。

1.副交感神経優位内臓(S状結腸~肛門)の特徴
 S状結腸~直腸は、交感神経支配(L1~L3)は弱く、副交感神経支配が強いのが普通である。骨盤部臓器の副交感神経は、骨盤神経(S2~S4)により反応が伝達される。ただし副交感神経は体性神経系と連動していないので、圧痛や硬結とった明瞭なツボ反応は示さない。

2.陰部神経について
 内臓全般は自律神経が支配しているが、意志による制御ができる部分、すなわち脊髄神経が支配する部分がある。その脊髄神経とは、横隔膜神経(C3~C4)と陰部神経(S2~S4)である。横隔膜神経は、意志による呼吸調節をある程度可能にしている。また陰部神経は、その運動線維はシモの穴の括約筋を支配し、大小便の我慢を可能にしている。一方陰部神経の知覚線維の興奮は、シモの痛み(生理痛、排尿痛、排便痛)を生ずることになる。要するに骨盤内臓器症状を生じる主要原因となっているので、刺激する機会は非常に多い。

 陰部神経は、S2~S4から出て、肛門→膣口→性器と、体幹前面に回り込み、恥骨を上行して関元穴あたりで終わっている。臨床的には次りょう~下りょう穴の後仙骨孔(中心はS3の中りょう)や中極刺針を用いることが多い(確実に命中させるには陰部神経ブロック点刺針を行う)。
※陰部神経ブロック点刺針については、泌尿器科症状の項で詳細に解説する予定

3.下腹部消化器内臓症状に対する針灸治療様式
 骨盤神経刺激 → 中りょう
 陰部神経刺激 → 中りょう、中極、陰部神経ブロック点