AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

深腓骨神経痛での太衝への刺激の与え方 

2014-05-19 | 下肢症状

1.深腓骨神経の皮膚知覚部支配である太衝 

総腓骨神経の皮膚知覚支配領域は、下腿の外側~前面から足背領域の皮膚を知覚支配している。
  総腓骨神経は陽陵泉附近で、浅・深の腓骨神経に分かれて下腿を下るが、皮膚知覚支配の大部分は浅腓骨神経であり、深腓骨神経は足第1指と足第2指の間の領域の皮膚を知覚支配するに過ぎない。この部分は、太衝穴に相当している。

 

このような解剖学的特異性は、鍼灸臨床にどのような治療指針を与えるのだろうか。これは私にとって、昔からの疑問点であった。このたび症例を通して、その疑問に一つの回答を示せたので報告する。


2.太衝部の痛みを訴える症例の太衝刺激(70才、男性) 


1)主訴
①左足底筋膜炎、②左「太衝」部分の痛み、③両側性坐骨神経痛(非根性)


仕事を引退して、現在は週3日ゴルフをしている。最近左足底の土踏まず部の歩行時痛を感じるようになったので来院。坐骨神経は慢性で、疲労時に両側殿部~下肢後枝にかけて時々痛むことがある。


2)鍼灸治療 
最大の来院理由が左足底の痛みであった。これは足底筋膜炎と病態把握し、土踏まず部の最大圧痛点に1㎝刺針、その状態で足指の底背屈自動運動を5回実施させた。太衝部分の痛みの理由は、足底筋膜炎の程度がひどいので、この部分も痛みを感じてしまうのだろうと考え、太衝にも置針5分。


3)治療経過
3日後に再来、足底部の痛みは大幅に減少した。現在の最大の痛みは、左「太衝」部であるという。これは足底筋膜炎に引きづられて出現した痛みではなく、深腓骨神経痛ではないかと考えた。
本患者は両側性の坐骨神経痛も軽度に存在するので、坐骨神経の末梢枝として深腓骨神経痛はあり得ることだろう。この太衝附近の深腓骨神経は、皮膚知覚支配であること、前回は太衝に5分間置針してもあまり効果なかったことから、皮膚刺激目的で、左太衝から2~3カ所刺絡して数滴血を絞り出した(刺絡部皮膚に細絡や発赤などの血液停滞所見はなかった)。その直後から、歩行時の太衝部の痛みは消失し、患者も不思議がっていた。
つまり太衝部の痛みは、深腓骨神経の皮膚知覚過敏であり、そのため皮膚刺激が治療的意義をもつと考えた。


坐骨結節滑液包炎の針灸治験

2014-05-10 | 腰下肢症状

1.症例報告(19歳、男性) 

1)主訴:左殿部痛

2)現病歴
当院初診2ヶ月前から両の殿痛~下肢痛が出現。歩行時は、左大腿が前に出にくくなった。1ヶ月前からは整形受診し投薬治療を受けたが、あまり改善しなかったといいう。
本患者は1年前(高校2年)まで、野球のピッチャーをやっていたが、現在はスポーツはしていない。ピッチャー時代、左上殿部痛や左下腰痛のため、たびたび当院の治療を受け、その度に寛解していた。

3)針灸治療と経過
当初、殿下肢痛は、梨状筋症候群由来と考えて、坐骨神経ブロック点刺針を実施。また左大腿前面が前に出しにくいというのは、鼠径部の圧痛顕著であることから、大腿神経の神経絞扼障害と考え、鼠径部から大腿神経を狙って衝門外方から刺針したところ、症状は大幅に軽減した。 
 
1週間後再来。前回症状は改善したが、椅子に座ると左下殿部が痛んで座り続けることができない。仰向けに寝られないとうった新たな訴えを述べた。坐骨結節を押圧すると跳び上がるほどの圧痛点を発見した。

4)診断
大腿二頭筋起始部腱炎を考え、伏臥位で圧痛の強い坐骨結節のハムストリング筋起始部、すなわち承扶の上方約2横指を取穴。この刺針同筋を伸張状態にさせて刺針して雀啄実施。これで仰臥位での就寝が可能となり、硬い椅子に長時間座ると痛む症状は軽減したとのことだった。しかしそれ以降、数回来院し、同様の治療を実施しても、治療直後改善するのみで、長期的に症状鎮静化させることは困難だった。 
※承扶穴は、教科書的には殿溝中央を取穴する。大殿筋・半腱様筋・大腿二頭筋長頭の交点である。これは坐骨神経痛の治療に使うことはあっても、今回症例には使えない。坐骨結節に対する刺激は、承扶の上方2寸くらいから触知し、刺針する必要がある。 

5)文献検索と治療の再検討
病態把握が甘いかもしれなので、<坐骨結節、疼痛>との複合ワードでネット検索してみると、どうやら坐骨結節の滑液包炎らしいことが判明した。単なる坐骨結節の筋腱付着部症ではなかったらしい。筆者は以前、アキレス腱滑液包炎になったことがあり、アキレス腱部がチクチクと痛んだことを思いだした。いわゆる筋痛とは異なる感覚だった。

坐骨結節滑液包炎は、サッカー選手がかかりやすく、ボールを蹴る際、その軸足となる坐骨結節部に痛みが走るとの記載もあった。痛みがしつこく難治であって、スポーツを辞めることや、手術に至るケースもあるという。
このような知識を得た上で、さらに問診してみると、本患者は高校時代ピッチャーだったが、現在投球動作で、左脚を挙げてふりかぶる際に一瞬、足の右小指側に全体重をかけるが、この時、左坐骨結部がチクンと痛むという点も坐骨結節滑液包炎を伺わせるものだった。

 

2.坐骨結節滑液包炎の針灸治療法

これまでの坐骨結節部の圧痛点治療は、やや有効という程度だったので、今回は同一治療点に運動針をすることを思い立った。単に坐骨結節に刺針するには、伏臥位で構わないが、ハムストリング筋屈伸の運動針をするとなれば、仰臥位で、患側下肢を持ち上げるようにして股関節を屈曲させ、術者は患者の膝窩あたりに首をもぐり込ませて、この肢位を保持しておく。この状態で刺針する。その後針を置針した状態のまま、股関節の伸展と前屈の自動運動5~10回を行わせる。以上のような手技を行ってみた。

すると単に置針や手技針をした時に比べ、坐骨結節部の痛みは軽減し、ピッチング動作時も痛みは大幅に減少する結果となった。
針灸の刺激の与え方によっては、坐骨結節滑液包炎も、針灸適応となることを確認した次第である。  

 

 


 


腕骨・陽谷・養老の位置と局所的意義 ver.1.1

2014-05-05 | 経穴の意味

1.教科書上の腕骨・陽谷・養老の位置

針灸学校教育で使用する東洋療法学校協会編「経絡経穴学概論」(旧版)で、小腸経上の腕骨・陽谷・養老の位置は次のようになっている。分かりにくいので図示してみた。

腕骨:手背尺側にあり、第5中手骨底と三角骨の間の陥凹部。
陽谷:手関節後面にあり、尺骨茎状突起の下際陥凹部。
養老:陽谷の上(肘側)1寸で、尺骨茎状突起と尺骨頭の陥凹部。

上記の穴は、経絡治療家は要穴治療として用いるだろうが、症状がこれら局所にない限りは、現代針灸派では、使う機会はめったにない。では、局所になる場合とは、どういうことだろうか。調べてみると、陽谷と養老穴は局所になり得ることが分かった。(針灸で治るという訳ではない)


2.陽谷=TFCC損傷

TFCCとは、三角線維軟骨複合体(triangular fibrocartilage complex)の略である。
尺骨と三角骨の間にある軟部組織で、手関節の尺側の支持性、手首の各方向の運動性、手根骨-尺骨間の荷重伝達・分散・吸収に寄与している。ちょうど膝における半月板と同様にいわゆるクッション役割を果たしている。

TFCC損傷とは、この部の外傷および加齢変性をいう。タオル絞り、ドアノブの開け閉めなどの手関節のひねり操作の際に手関節尺側部の疼痛を訴えることが多い。
現代医学的治療は、安静、消炎鎮痛剤投与、サポーター固定、ギプス固定などの保存療法が中心で、3ヶ月経ても治癒しない場合、手術療法を行う場合もある。

 


 

3.養老=尺側手根伸筋筋筋膜症・同腱の腱鞘炎・同腱の脱臼



尺側手根伸筋の起始は上腕骨外側上顆、停止は第5中手骨底であり、手関節の伸展と内転(尺屈)作用を行う。その腱は、手関節付近で腱鞘構造をとり、尺骨茎状突起と尺骨頭の間にある陥凹部を走行し、さらに伸筋支帯にもカバーされている。尺側手根伸筋腱鞘上で、尺骨茎状突起と尺骨頭の間に養老をとる。

尺側手根伸筋腱を触知するには、手掌を下にして手を机の上に置いたまま、小指を背屈させる。すると養老に相当する腱部の動きを感じることができる。


1)支正をトリガーとして、手関節尺側に放散痛


 

 



2)尺側手根伸筋腱の腱鞘炎および脱臼

手の回内・回外の際には、尺側手根伸筋腱には、摩擦が加わり、腱鞘炎が生ずることがある。また容易に脱臼し、尺骨茎状突起を乗り越える。脱臼症状とは、尺側手根伸筋腱鞘の腫脹、腱溝に沿う圧痛で、回外時に脱臼した同腱を皮下直下に触れることができる。強い回内外に伴う疼痛を認める場合がある。

保存療法では消炎鎮痛剤、ギプス固定、サポーター固定、腱鞘内ステロイド注射が主となる。

 

3)尺側手根伸筋腱炎の症例(追加分)

筆者は最近、右養老穴部の痛みを訴える患者(78歳女性)を診る機会を得たので、どういうきっかけで養老部が痛むようになったかの一例を知ることができた。この患者は山登りを趣味としているが、その際、両手にストックを持つことを最近覚えた。今回の下山時、高低差のある処に下りたのだが、目測を誤ってドスンといった感じで飛び降りるようになった。その時、ストックを握った手が強制的に外旋・背屈してしまったとのことだった。

 

本患者の疼痛痛部局所である養老穴に刺針や運動針しても無効、同部に刺絡すると、やや有効という程度。本筋の上流である筋へ運動針しても、効果なし。現在まで2ヶ月間に4回程度治療したが、痛みは初回治療前の半分程度存在しているという。治療は予想以上に難しいらしい。