AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

神経性疼痛に対して、針灸はリリカより効果ないのか? Ver.1.2

2017-04-29 | 総論

1.序

針灸治療は「痛み」に対して効果があるといわれてきた。それは原則としては正しいものの、針灸で上手に治せない痛みも相当数あることを、日頃からうすうす感じていた。これまで針灸の直接的な治効は、筋膜痛と神経痛によるものだと考え、刺激目標も両者に対して行ってきたのだが、最近になり後者の神経痛に対する針灸は効果的でないのではないかとも思うようになった。 

話は代わるが、これと同じような感慨は30年ほど前にもあった。ステロイド剤使用中の患者に対する針灸であった。気管支喘息患者や関節リウマチ患者が、すでにステロイド剤を内服している場合に、やはり針灸の効きが悪いことを痛感した。これには、ステロイドを使わねばならないほど疾患レベルが悪いので、針灸も効きが悪いという観点と、それに針灸の治効の一端は、副腎皮質ホルモン分泌を促すことにあるから、すでに薬剤としてステロイドホルモンを使っているのなら、針灸してもステロイドホルモン分泌は増えないので効きが悪くなる(下図青矢印ルートは既に使われている)という視点があった。

 


2.神経性の痛みは針灸で効かないのか?


常見症状である坐骨神経痛は、神経根症による痛みというより、梨状筋症候群に代表される筋による神経絞扼障害であるらしい。それゆえ梨状筋緊張部に刺針すると、症状は軽減されることが多い。また大後頭神経痛の原因は、多くの場合、後頸部筋の神経絞扼障害による痛みであるから、天柱や上天柱への刺針で改善されることが多い。すなわち神経痛の原因が筋緊張にあるという点で、筋痛症の範疇になるであろう。

一般的に針灸が効きづらい疾患には、三叉神経痛、帯状疱疹後肋間神経痛などがあるが、頸痛や腰殿痛の中にも、針灸無効なことが数%程度存在するように感じる。

症状だけからは一見すると、針灸適応かに思える筋肉痛かと思える症例であっても、触診すると症状部分に、圧痛・硬結などが指先に触知できない場合、刺針施灸ポイントを見出すことは困難になる。神経痛かと思っても、いわゆるワレーの圧痛点に圧痛がない場合、途端に病態把が難しくなり、やはり刺針施灸ポイントを見出せないのである。

※線維筋痛症も、針灸であまり効果ないが、中枢性の痛みに分類されるので別格扱い。 


3.神経障害性疼痛に対処するリリカ 


近年、新薬リリカ・カプセルを使っている患者が来院するようになった。リリカを使って少しは楽だが、完全に痛みがなくならないとの訴えをよく耳にする。なおリリカとは従来の消炎鎮痛剤で改善しにくかった痛み(これを神経障害性疼痛とよぶ)に対しても奏功するとされる薬で、2010年に発売された。2012年になり、保険適応になるとともに、本剤の適応が拡大された。

概して、リリカを服用中の患者は、針灸の効きが悪いといえるのだが、そうした患者は圧痛硬結などの体表反応も乏しく、針灸治療点を探し当てるのは困難だと感じている。

リリカについてネット検索すると、次のようなことが書かれていた。痛みは大きく次の2つになる。 
1)炎症性疼痛:頭痛や歯痛、肩こり、打撲、切り傷 重くズーンとした痛み 
2)神経障害性疼痛:強いしびれ、電気が走る、灼熱痛、ビリッとくるなど、鋭い痛み。
従来の痛み止め(バファリンなど)は、1)に対しては効果あるが、2)には効き目が悪い。2)に対してはリリカが効果があるという。痛みを伝える神経伝達物質が放出され、脳に伝わって痛みを認識するのだが、この伝達物質が出すぎることで起こる痛みを神経障害性疼痛とよび、これを制御する作用がリリカにあるということらしい。

針灸治療は、MPS(筋膜痛症候群)にはよい効果を上げることができるので、バッファリンやロキソニンなどの通常タイプの消炎鎮痛剤以上に針灸治療が適応するので、神経障害性疼痛が適応するリリカとは適応分野が異なるのだろう。紛らわしいのは、<
神経痛>という名称である。三叉神経痛は神経疼痛性障害だが、大後頭神経痛は診断名というよりは単なる症状で、痛みは上部後頸深部筋の緊張に由来するので、筋膜症として把握するのがよい。坐骨神経痛も殿部梨状筋の緊張や神経根付近の筋膜刺激が症状を呈しているので、やはり筋膜症として施術するのがよい。本態性肋間神経痛は、椎間関節や肋椎関節の異常可動により惹起した関節周囲筋の筋膜症と把握でできるが、帯状疱疹後肋間神経痛は神経障害性疼痛障害となる。

4.リリカが効き、針灸が効かない症例
現実にはリリカを使って少しは楽だが、完全に痛みがなくならないので、針灸で何とかならないかとの要求がある。

1)K.I. 76才女性

右三叉神経第1枝痛
数年にわたり、膝OAで針灸治療を実施し、良好にコントロールされている。
2ヶ月前、急に右眉上~コメカミ~前頭部に間歇的にビリビリとした痛みを訴えるようになった。痛みは強いが我慢できる程度。右三叉神経第1枝痛と考えた。三叉神経痛に針灸は効きが悪いことは知っていたが、試しに三叉神経第1枝の代表的圧痛点に、寸6の2番で置針。膝痛症状は、その都度改善するも、三叉神経痛はやはり改善がない。そこで近医に、リリカまたはテグレトールの処方を検討してもらった。
その医師はテグレトールの方が副作用が強いとのことでリリカ処方。なお副作用として、めまいと眠気が生ずるこことがあるとの説明も受けた。
実際、服用して数日間、めまいや眠気は有ったようだが、その後消失。服用した直後から三叉神経痛症状消失した。2ヶ月経った現在も服用中であるが三叉神経痛消失した状態が続いている。

2)M..H. 60才女性
右臀部痛
1ヶ月前から、右下臀痛が生じ、間もなく両側性に痛むようになった。痛みでデスクワークできない。腰部圧痛点なし。殿部を押圧すると不鮮明に圧痛点はあるも、筋硬結はない。
SLR、パトリックは両側性に正常。
病院受診し、リリカ4錠/日服用。リリカを飲んでいると殿痛あまりなく、仕事もできる。他に頻発性膀胱炎あり。
神経根症状なく、特定筋の緊張症状も発見できないので、とりあえず坐骨神経ブロック点刺針を実施、また膀胱炎あるので陰部神経刺針も実施。しかし症状不変。

3)H.N. 49歳男性
頸痛、肩甲上部痛、両側第4、5指の知覚低下
1年半前から上記症状出現。変な格好で重量物を持ち上げ、その2~3日後から出現したとのこと。X線、MRIで異常なし。1年以上、整形にて保存療法を行うも改善なし。頸部神経根伸展テストや圧迫テストは正常、胸廓出口用理学テストもほぼ正常。
リリカとテルネリン(筋弛緩剤)を服用し、とくに痛みが強い場合には、スミルチック塗布藥(非ステロイド抗炎症藥) を使うとのこと。
側頸の神経根部付近の圧痛なし。斜角筋部緊張なく、小胸部緊張もなし。頸椎レベル棘突起両側に弱い圧痛あったので、頸椎棘突起傍刺針、大椎付近湿吸実施。しかし治療効果なし。


立位前屈位での仙腸関節刺針法

2017-04-10 | 腰下肢症状

1.これまで私は、仙腸関節機能障害に対して次の方法で施術を行い、それなりの効果を得ていた。それは患側を上にした側臥位にして、上後腸骨棘とS2棘突起を結んだ中点を刺針点とし、斜上方45度の角度で刺入し、仙腸関節部に刺入。上になった側のの股関節の自動屈伸運動を行わせるという内容だった。

   これまでの私の仙腸関節運動鍼法
http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=882579bfb8fe43626b5e6d2a7314b354&p=1&sort=0&disp=50&order=0&ymd=0&cid=2bfeba63627c61527b1b9fa6d027817b

 

2.このたび村上栄一・黒澤大輔両先生が、私と異なる方法で、仙腸関節ブロックを行っていることを知った。
①ベッドに両手をつかせて上体を30度屈曲させる、②上後腸骨棘から内方1㎝、上方2㎝を刺入点とする、③23ゲージの鍼を用い、皮膚と30度の角度で下向きに斜刺し、鍼先が仙腸関節部を当てる、④症状部に一致した響きが得られたら、局麻剤を注射する、との内容だった。

    YouTube動画→    https://www.youtube.com/watch?v=W7dkEJndiGM

 
 

 

 

 

3.この新しい方法を、鍼灸鍼を用いて追試してみることにした。以下に治療成功例を紹介する。やってみて理解できたころは、このテクニックは、従来の方法にくらべて失敗(=症状部に放散痛が得られない)が少なく、また刺針の際の痛みも思ったほどでないことが分かった。鍼先が当たった硬い組織というのは後仙腸靱帯かもしれないが、硬い組織の中を、無理に力をいれなくても鍼が入っていくことを考えると多裂筋なのかもしれないと思った。上体を軽く前屈させるのは、この体位で仙腸関節が最も緩むからであろう。




 

症例1(60才、男性)

主訴:正座時の膝痛


現病歴:かなり前から正座ができなくなった。無理に正座しようしても左膝蓋骨周囲がつっぱって痛むのでできない。


理学テスト:膝蓋骨周囲の熱感・腫脹なし。膝蓋骨圧迫テスト正常、膝蓋跳動テスト正常。


初回疑診:四頭筋の緊張にともなう四頭筋付着部筋膜症。


初回治療:四頭筋付着部の筋緊張を緩める目的で、仰臥位膝屈曲位で、四頭筋をストレッチさせた状態で鶴頂穴など膝蓋骨上縁圧痛に刺針、置針した状態での膝関節屈伸運動数回実施。この施術で、治療前よりも膝を深く屈曲することができるようになった。


経過と2回目以降の治療
前回の治療をしたその日は膝を深く屈曲することができるが、翌日になると元にもどるとのこと。皮膚のつっぱりが可動域を狭くしていると考え、下梁丘や下血海を中心として点状刺絡(皮下筋膜刺激)。やはり治療直後は膝の屈曲具合はよいが、翌日になると効果がなくなるとのことだった。

そこでワンフィンガーテストが陽性だったこともあって仙腸関節機能障害を考え、従来からの私の方法(患側上の側臥位にて腸関節運動鍼)を行うも、目立った効果が得られなかった。
立位での仙腸関節刺針:前述した新しい方法で、2寸8番針にで仙腸関節刺針を実施してみた。刺針2㎝を過ぎた頃から抵抗感のある組織に達した。患者は下肢に響くという。なおも自然に止まる処まで鍼を深刺し、軽く雀啄して抜針した。その直後、ベッド上で正座姿勢を試行させてみると、今までにないほどの膝屈曲ができるようになった。

 



症例2(56才、女性)

主訴:左臀部から左大腿外側の痛み
介護職についたばかりで、以前は板金加工をして重い物を運ぶことが多かった。約2ヶ月から上記症状出現。

初回疑診:メイン症候群疑診


初回治療:2寸4番にて、患側上の側臥位で第12胸椎棘突起直側と、左中殿筋の圧痛点に刺置針5分行った。針したた刺針左臀部から左大腿外側が痛むとのこと。


治療効果:4日後再診。症状に変化なかった。


2回目疑診
どういう動作で最もつらくなるかを問診すると、立位で左足に重心をかけて上体を左に捻ると、この症状が出現するとのこと。左仙腸関節部のワンフィンガーテスト陽性(右は陰性)だったこともあって左仙腸関節機能障害を考えた。


2回目治療
立位でベッドに両手をつけさせ、上体状を30度前屈位。左上後腸骨棘あら内方1㎝上方2㎝の部を刺入点と定めた。2寸8番針にて30度の角度で下向き、かつやや外方にむけて刺入すると、2㎝ほど刺入したところで硬い抵抗感のある組織に達した。そこを貫くようにさらに刺入すると、症状部に響くとの訴えが得られたので、軽く雀啄して抜鍼した。その直後、症状を誘発する姿勢をしても痛みは起こらなくなった。

 


急性腰痛に対する崑崙・中封刺激の適応と治効機序の考察

2017-04-03 | 腰背痛

1.はじめに

最近、足底筋膜炎と下腿三頭筋の関係についてのブログに書いてみた。足底筋膜炎時は、足底痛を出さないよう、足底筋膜の伸張させないように、母趾MP関節の背屈や足関節背屈動作をしないように、下腿三頭筋や前脛骨筋はアイソメトリック収縮をするのかもしれないという内容だった。

 
そこまで書いてみて、腰痛の特効穴である中封や崑崙の治効理由について、思いつくことがあった。


2.腰痛に中封や崑崙刺激が効果的な理由とは?


強い腰痛では、立位で上体前屈姿勢になることが多い。無理に上体をまっすぎにしようと思うと、腰痛が増悪する。これは腰部を安静に保つための、腰部筋のの保護スパズムによるものと説明されてる。上体前屈姿勢時は、歩きにくくもなるので、安静に保つという意味では合目的性がある。歩きにくくなるのは、上体前屈のためだけでなく、前屈姿勢を保持するため、下腿三頭筋や前脛骨筋収縮の結果、足関節の底背屈制限状態になるからでもある。

ということは、下腿三頭筋や前脛骨筋の緊張を緩めることが、立位前屈制限の改善につながるという逆パターンもあり得るのではないだろうか。すなわち上体をまっすぐ伸ばせないような急性腰痛には、中封や崑崙を刺激すると上体が伸びるようになるという意味になるのではないか?

なお崑崙と中封の使い勝手の相違点だが、下腿伸筋と屈筋が協調して上体前屈姿勢を保持を行っているわけなので、どちらを取穴するかは圧痛点で調べる以外にないと思う。


3.中封・崑崙刺激の注意


腰部保護スパズムを緩和すると体動時の筋の伸張痛は改善する。しかし脊椎を守るために必要な筋緊張がとれてしまう。患者は「治った」と思って自由に動くと、突然激しい保護スパズムが再来し、今回の痛みは中封刺針でも改善しなくなる。痛みが軽減しても安静を厳守させること。