AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

舌痛症の針灸治療 Ver.1.2

2014-09-14 | 頭顔面症状

1.序

以前、<東洋医学の穴>を主催しているマサさんから、「今度針灸のQ&Aという企画を始めるので、とりあえず舌痛症の針灸治療について何か書いて欲しい」との連絡が入った。私の針灸臨床歴もそこそこ長いが、舌痛症の患者とは出会ったことがない。当然針灸治療について考えたこともないのでお断りした。しかし私の祖母(故人)が舌が痛いといって熱心に病院に通ったが、一向に良くならかったことを思いだし、その後から舌痛症について、その疾患自体とその鍼灸治療につい調べてみた。  


2.舌痛症の概要

1)自覚症状

舌の「ヒリヒリ」、「ピリピリ」した痛みやしびれるような感覚が何ヶ月も何年も続く。舌の外見的異常はなく、諸検査でも異常ない。食事で口中に食物が入ると痛みを忘れるという特徴がある。

 
2)原因


貧血(鉄欠乏性、悪性)、亜鉛欠乏症、齲歯周囲炎、口腔内乾燥(シェーングレン、薬剤性)、糖尿病性など原因究明できるものが全体の1/4。狭義の「舌痛症」とは、それ以外の3/4を占める心因性ないし原因不明のものをいう。

歯科治療などが契機となり、一時的な舌へのこだわりが長く続くことで知覚神経の回路が混線が生じているためだと解釈されるようになった。

3)舌痛症の現代医学治療
舌痛症の痛みは、幻肢痛と同様、抗うつ薬(SSRI)によって軽減あることが証明された。抗うつ薬を服用すると、早ければ4~10日目で舌の痛みが緩和し、理想的に治療が進展していけば、3~4週間後には痛みは7割方改善するという。

3.舌痛症の針灸治療(私見)
もし抗うつ剤投与により、比較的簡単に舌痛症が改善するのであれば、針灸を訪問する必要はないであろう。治らない患者は結構多いのである。
現代医学の知識では、舌の問題ではなく、脳の問題だとしているので、以下に示す針灸アプローチが通用するか否か不明だが、ネット検索しても現代針灸の治療法は載っていないようなので、僭越であるが書いてみることにした。

1)舌の知覚は、前2/3が三叉神経第3枝の末梢枝である舌神経が支配し、後1/3は舌咽神経が支配している。ゆえに舌痛の直接的な原因は舌神経の興奮と考えられる。
※味覚は、舌前2/3が顔面神経、舌後1/3が舌咽神経支配。
 
2)舌骨上筋群の緊張過多が、舌神経を刺激し、舌痛を生じていると捉えれば、舌骨上筋を触診し、そのコリを緩めるような刺針をすることが重要になる。上廉泉穴から顎二腹筋前腹に直刺すると、次いで顎舌骨筋→オトガイ舌骨筋→舌根部付近に刺入できる。
※上廉泉穴(新穴)の位置:前正中の舌骨直上に廉泉を取穴。その上方1寸。

4.舌痛症の治験(追記)

先に私は、これまで舌痛症の治療をしたことがないと書いた。しかしこのブログを見として、数週間前に来院した患者(
58才、女性)がいた。

1)主訴:右舌縁痛、右上歯肉痛

2)現病歴

9年前、歯科で上奥歯を抜歯後から上記症状出現。一日中、安静時も痛む。

いろいろ薬も服用したが、満足できる効果はなかった。神経ブロックも何回か行ったが無効。

3)所見

舌所見、歯肉など、口内に異常は発見できない。
右大迎の咬筋の圧痛(+)、右顎二腹筋の圧痛(+)、上承漿圧痛(-)

4)考察と治療

これまで私の舌痛症というと、舌先痛を念頭においていたので、上廉泉から、舌根部に向けて刺針するという方法がよいと考えていた。
しかし本症は舌縁痛ということなので、上廉泉刺針の適応はない。そもそも上廉泉に圧痛はなかった。

舌の前2/3の知覚は舌神経(三叉神経第3枝の分枝)、舌の後1/3の知覚は舌咽神経なので、本症は舌神経の神経痛が考えられた。なぜ舌神経を刺激するには、下図のように、大迎から下骨内縁に刺針する。要するに、「素霊の下歯痛の一本針(頬車水平刺)」のようなことを行うことにした。初回なので、寸6#2で10分間置針とした。
上歯痛抜歯をきっかけとして生じた、舌神経痛だと解釈したからであった。あるいは下歯槽神経やその分枝だえる舌神経興奮が、二次的に内側翼突筋緊張をもたらしたのだろうか。



他に、クルクミントローチ服用するよう指示した。
クルクミントローチはネット上で口内炎の治療として有名になっている。されている。クルクミンとはウコン、すなわちカレーの黄色の成分である。1日(3粒)~2日(6粒)で、殆どの患者が治癒するという。クルクミンは医薬品ではなく、機能性食品なので通販などで購入できる。なお口内炎に対して有効ということであるが、とくに舌痛症に対する評判はないようであった。


5)第二診(初診3日後)
症状不変。クルクミントローチ注文したとのこと。
前回訴えていなかったが、右上歯肉痛もあるとのこと。そこで木下晴都の上歯痛の傍神経刺を追加実施。素霊の下歯痛の一本針は継続実施。ただし使用は2寸#4とし、30分間の置針パルス通電とした。

6)第三診(初診7日後)
嬉しそうに「症状2割減」と話した。こんなに楽な感じとなったのは珍しいとのことだった。使用針中国針の2寸#8で、40分間置針パルスとした。クルクミントローチは昨日から服用開始しているとのこと。家庭用低周波治療器を購入して、自分で低周波治療を随時行ってみることを提案した。

一般に症状2割減というと、有効だったとの判断はされにくが、9年来の一日中痛む症状であることを考慮すると、針灸治療は、一定の役割があったといえる。

※ただし不完全である。舌痛症は、舌粘膜の知覚刺激過剰をいい、痛みの主体は、舌神経なのだが、鼓索神経(顔面神経の分枝、舌前2/3の味覚支配)や副交感神経線維も関与するという。これらの知覚神経の混線が問題だとする見解もあり、舌痛症の病態を複雑にしている。 

 

 


奔豚の病態生理と一症例

2014-09-13 | 腹部症状

はじめに

昔、日産玉川病院で、漢方薬についての講義を、代田文彦先生直々に、週1回、毎回90分、1年間受けたことがあった。その中で、「奔豚」も学習した。豚がみぞおちで暴れ回っているというユーモラスな名称が面白く、使う漢方薬は黄土湯といって、かまどの土を原料として使うもの。その土も古く直火に長く触れたほど良いというこも面白かった。
ただし奔豚症の患者はめったに来くことがなく、それから30年近くたって、ついに当院に来院したのだった。

1.奔豚とは

奔豚とは、奔豚気病ともいい、胸腹部をちょうど子豚が走り回っているような感じがする者と理解されている。現代でいう、不安神経症で、不安要素が強い人や、ストレスが溜まった者などに多いとされている。しかし、一部の不安神経症で、なぜ奔豚症状が出現するのかという理由は、これで明かになっていない。


2.奔豚の病態生理の一考察


土佐寛順ほか(富山医科薬大学)は、奔豚気症患者に、発泡剤を服用させた後、胃X線検査を試みたところ、奔豚発作が誘発されたことを契機として、胃腔内に送気することで奔豚誘発試験法を考案した。非発作時は交感神経は亢進していないが、奔豚発作時は、交感神経過緊張状態(ノルエピネフィリン分泌亢進、エピネフィリン分泌亢進)する。

要するに次のような一連の病態生理が考察できるという。
体質傾向→交感神経緊張発作→胃部内圧亢進→奔豚症状(胸内苦悶、動悸など)
      ↑
 精神的ストレス   
 
なお、この体質傾向とは水毒症のことで、胃部内圧亢進すると吐水し、すると胃腔内圧が下がって奔豚は起こらないが、吐水できない状況で奔豚が惹起されるともいう。
なお土佐らは、奔豚症状に対して、苓桂味甘湯を投与して症状軽減したという。


3.機能性ディスペプシアと横隔膜反射

胃部内圧亢進は、機能性ディスペプシア(FD functional dyspepsia)と考えて差し支えないと思う。

胃潰瘍所見がないのに、胃症状を訴える者をFDというが、FD自体は、ありふれた病態である。胃内圧亢進が、特異的に奔豚を生ずるためには、横隔膜反射の過敏性が関与するのではないか、と筆者は考えている。 
 
ただ針灸来院時には奔豚発作が起きていないのが普通なので、針灸治療が、奔豚にどのように影響を与えるのか観察できない。


4.症例  T.M. 45才男性    
 
期外収縮が1日数回起こり、そのたびにドッキンドッキンという動悸がする。医師は、心配不要として様子観察状態。左乳頭と胸骨間に圧痛と、両背部Th1~Th5の高さの起立筋に緊張あり。


心臓に対する内臓体壁反射帯として 第1~第5胸骨傍の肋間筋と、Th1~Th5起立筋に10分置針.。横隔膜辺縁過敏による肋間神経反応を反応を考慮して、下部肋骨~上腹部反応点にも同様治療。、および同部の乾吸治療5分実施。

 
2回目以降の経過。

針灸するとしばらく奔豚発作は起きない。ただしつらいと思う症状は、大胸筋上部~左乳頭周囲前面~心窩部~上腹部と、転々と移動。背部は前胸部と比べて症状は弱いが、後頸部~中背部の間の筋部を移動している。
 
発作が起こると当院を受診するが、そのたびにしばらく症状が治まっている。
初診以来3年が経過したが、現在でも2週に1回ないし月1回来院中である。

 


余談:豚と猪

奔豚という用語は、『金匱要略』が初見である。金匱要略は2世紀~3世紀初に、中国で書かれた。当然ながら中国語である。ところで奔豚の「豚」とは、今日我々がイメージする豚と同じものだろうかという疑問がわいてきた。

豚肉を中国では猪肉という。日本に不慣れな中国人が、スーパーでまず戸惑うのが、この「豚肉」という表記であろう。猪は元来野生であるが、人間の食料に叶うよう、育ちが早く、肉量も多くなるように品種改良され、わが国では豚とよばれるものになった。ただし中国では、ずっと猪という漢字が使われている。ちなみに日本でいう猪は、中国では野猪という言葉になる。

豚という文字は、肉+豕(いのこ)からなるが、「いのこ」の別称は「いのしし」である。

中国で、豚という漢字は、もっぱら河豚(ふぐ)で用いられるのが普通である。ただ、海豚(いるか)という熟語もある。すなわち、ずんぐりした形の動物が、豕(いのこ)だするイメージがあるらしい。

奔豚の豚とは、まるまる太った猪という意味があるが、猪なので、きっと動きは敏捷なのだろう。

 

 

 

 


足三里刺針、陽陵泉刺針の響かせ方

2014-09-01 | 経穴の意味

1.足三里から深腓骨神経に響かせる方法
 
足三里から刺針し、足首背面方向に響かせようとすれば、仰臥位で膝完全伸展位にて、脛骨粗面の下1~2㎝の部から、脛骨エッジ部から1㎝程度外方を取穴。ベッド面に対して直刺し、前脛骨筋の固い筋層奥にまで入ったら、強めの上下の雀啄を行うようにする。このようにすると、ほぼ確実に深腓骨神経に刺激を与えることができる。

要するに、膝完全伸展位にすること、そして標準的足三里位置よりも、脛骨寄りに取穴すること、比較的深刺することなどがコツであろう。

 

 

2.陽陵泉から浅腓骨神経に響かせる方法

1)陽陵泉傍神経刺の発見

 ある時、当院に、陳久性の下腿外側の痛みを訴える患者が来院した。診察すると陽陵泉に強い圧痛を発見できたので、寸6#2で直刺すると、下腿外側に弱い響きを与えることはできたが、症状は改善されなかった。針を太くしても置針しても効果なし。一応坐骨神経ブロック点に刺針もしたが、元々圧痛はあまりなく、効果ないことに変わりなかった。 効果の乏しい治療を何十回も繰り返すうち、仰臥位下肢完全伸展位で、偶然に教科書陽陵泉位置から2㎝ほど足三里方向を取穴し、ベッド面に対して直刺することがあった。
すると患者がびっくりするほど強い針響が下腿外側に与えることができ、始めて症状の軽減せしめることができた。

2)陽陵泉傍神経刺

陽陵泉の局所解剖は、総腓骨神経あるいは浅腓骨神経が長腓骨筋を通過する部である。筆者の行った方法は長腓骨筋に対知る刺針なので、総腓骨神経(あるいは浅腓骨神経)傍神経刺になっている。傍神経刺といえば、木下晴都先生が有名で、先生の「最新鍼灸治療学」を見たが、陽陵泉の傍神経刺については記載ないようであった。