AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

針灸師のための肥満の最新薬物治療の理解

2023-04-01 | 全身症状

1.単純性肥満とⅡ型糖尿病
  
過体重ではメタボリック症候群になりやすく、生活の質を下げることになりやすい。そこでダイエットが推奨されているが、実際には非常に困難なことが少なくない。頑張って一時的に2~3㎏痩せても、努力を怠るとすぐに元の体重に戻ってしまう。残りの人生が数十年あると思えば、ダイエット生活を継続することは、難しいことなのである。

  
肥満はとくにⅡ型糖尿病との関係が深い。Ⅱ型糖尿病の薬物治療薬は血糖値を上げないようにすることが基本で、これにメタボリック症候群として高血圧・高脂血症などの治療薬を併用する。し
かしこれは血糖値を上げないという対症療法なので、数十年におよぶ継続的な治療になり、目的も「治す」ことにはおかれていない。糖尿病の1タイプとして、体重減すれば血糖値が大幅に下がるタイプの患者がいる。このような者は、体重減少させることは非常に大きな要望となり得る。
   
一昔前、単純性肥満は、摂取カロリー>消費カロリー状態なので、食事量を減らし身体運動量を増やせばよいと考えられていた。それができないのは、もっぱら本人の意志の弱さの問題だとして軽く扱われていた。しかし1990年代になって肥満と食欲の関係について、大きな進展がみられた。


2.血糖値のコントロール

  
血糖値をコントロ-ルするホルモンは3種類ある。膵臓β細胞から分泌されるインスリンと膵臓α細胞から分泌されるグルカゴンは古くから知られたものだが、現在では小腸から分泌される インクレチンもインリン分泌に関与し、かつ満腹感にも関与していることが判明した。


 
1)インスリン

血液中のブドウ糖が筋肉などへ取り込まれるのを助けることにより、体の中で唯一血糖値を低下させる働きがあるホルモンである。

2)グルカゴン

肝臓で分解されたブドウ糖を血液中に放出するのを助ける ことにより、血糖を上昇させる働きがあるホルモン。


3.食欲抑制ホルモン「レプチン」食欲増進ホルモン「グレリン」
 
1)レプチンの発見 


1994年に体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンであるレプチンが発見された。血中にレプチンを注入すると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。
しかし一部の肥満者では、視床下部でのレプチン受容体の感受性が低下しているのでレプチンを投与しても満腹感が得られず、食べ続けるようになる。その食欲は、血糖値が上昇しても抑制されない。
  
2)神経性食思不振者

   
神経性食思不振者は、レプチン過剰分泌しているので食欲が抑制されているが、ある一定以上に脂肪細胞が減少すると、いくら体細胞がレプチンを多量に分泌して血中濃度が高くなっても、死亡を回避するため、視床下部のレプチン受容体がレプチンに反応しなくなるというリバウンド状態になる。この時は、体脂肪が一定以上に増加するまで、いくら食べても満腹感がないドカ食い状態となる。

 
3)グレリンの発見

   
グレリンは1999年に日本の研究者によって発見された。長時間食事をとらないと低血糖状態になるが、それ以前に胃がカラになるだけで空腹感が生じている。これは胃がカラになると、胃壁から強力な食欲増進ホルモングレリンが分泌されることによる。グレリン濃度と血糖値は関連がない。

正常な身体のバランスの状態では、グレリンは肥満になると低下し、やせると上昇する。つまり体重を適正にするように調整がなされている。しかし太りやすい体質の人では、食後にもグレリンが低下せず、このことが太り易い原因の一つと考えられている。
 
4)ダイエット途中での失敗理由

ダイエットが順調にすすむと、ときに突然猛烈な食欲に襲われることがある。これもカラになった胃壁からグレリンが大量に分泌された結果であり、ダイエットを行う上で失敗原因になる。グレリンは最強のホルモンで、分泌されると摂食せずにいられなくなる。

胃の中にある程度食べ物が入ると、速やかにグレリン分泌は減少するので胃を膨らませるもの(例えば豆腐やこんにゃく)を食べ5分間ほど我慢することで、食欲が消退する。
 
5)睡眠不足と肥満

   
睡眠不足ではグレリン分泌亢進し、食欲増進する。とくに1日睡眠5時間以内の者はとくに夕食後のお菓子や夜食などを摂ることが多いので体重増加を招きやすい。したがって肥満を防ぐ意味でも、1日8~9時間の睡眠が必要である。

睡眠不足をつくる原因の一つに天然の睡眠薬であるメラトニン分泌不足があるので、就寝数時間前からメラトニン分泌を増やる落ち着いた環境形成が大切になる。
 
6)夜食べると太る原因

    
これまで漠然と夜食べると太ることが知られていたが、その科学的根拠がわかってきた。

1997年池田正明は遺伝子中にBMAL1(ビーマルワン)を発見した。BMAL1の生成量は人の概日リズムや自律神経の活動リズムと連動していて、昼間は量が少なく、夜間多くなるという性質があり、日中は少ないが夜10時~深夜2時頃が増加のピークになる。夜間はエネルギーをため込みやすい(太りやすい)時間帯であるといえる。


4.インクレチン

 


 
1)インクレチンの作用

インクレチンは小腸から分泌されるホルモンで、LGP-1(グルカゴン様ぺプチド1)とGIP(グルコ-ス依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)の2種類ある。食事をするとGLP-1 は小腸上部から分泌され、GIP小腸下部から分泌される。 GLP-1 の作用は次の通り。(GIPの作用は研究が遅れた)      
  
①脳へ:満腹感を得る

②膵へ:グルカゴンの作用を抑える。膵臓のβ細胞を増殖させ血糖値を下げる。β細胞を死ぬのを抑える。
③胃へ:食べ物を胃から腸へと送る速度を遅くする
 
2)インクレチンを分解する薬剤の誕生

 
インクレチンは血糖値上昇を阻止する作用があるが、DDP-4(ジペプチジルぺプチダ-ゼ)とよばれる酵素により、すぐに分解され消滅してしまう。ならばインクレチンの作用が消えないようにする方法はどうするかと研究し、次の2タイプの新薬が誕生した。
  
①DDP-4阻害薬

DDP-4の働きを阻害することで、インクレチンの血糖上昇阻止作用を維持する。内服薬。ジャヌビアなど
  
②GLP-1 受容体作動薬
GLP-1 の構造を分解されにくように変えたもの。食欲抑制作用があり、自然な減量を期待できる。
※オゼンピック(週1回注射):半年から1年程度使用すると5~6kg痩せるという。1回代金3割負担者で、2000円~6500円/月(診察代・検査代は別途)かかる。使用中止したら元にもどる。
※リベルサス(内服薬):オゼンピックに比べるとパワー不足だが、1日1回、起床時に飲むだけ。3割負担の場合、薬価は1ヶ月1200~4500円(診察代・検査代は別途)

5.持続性GIP/GLP-1受容体作動薬マンジャロの新登場

   
近年、GLP-1受容体作動薬が普通に使われるようになったが、小腸から分泌されるもう一つの ホルモンGIPは研究者の興味を惹かなかった。しかしマウスによる実験で、GIPを投与すると 血糖値が上がりにくく、食欲も低下し、肥満しにくかったというデータが発表され、それ以来GIPの作用はGLP-1よりも強いのではないかと考えられるようになった。なおGIP投与時の体重減少作用の機序は不明。

  
2023年のうちに、持続性GIP/GLP-1受容体作動薬、チルゼパチド(商品名マンジャロ)が販売予定である。GIPとGLP-1の二つの受容体に単一分子として作用する世界初の薬剤で、最強の減 量薬となることが予想されている。週1回皮下注射によって投与される。

※マンジャロの名称理由:私が通院中の医師から聴いた話。マンジャロとはアフリカの最高峰キリマンジャロ(キリマンジェロは間違い)からきたらしい。キリマンジャロは台形状の形をしていて頂上が平坦になっている。このことから一定以上の血糖値をカットするというイメージからの命名したとのことだ。

5.SGLT2阻害薬(カナグル、ジャディアンスなど)

   
上述のような血糖値をコントロールする薬剤とは別に、尿としての糖排泄を増やすことで、結果として血液中の糖(血糖)を減らす薬が誕生した。

体内にはSGLT2という尿から血管へ糖を運 ぶ運び屋のような物質が存在する。本剤はその働きを阻害し、尿として糖や水分を排泄し血糖値を下げる。
1日300キロカロリーの糖を強制的 排泄するので減量効果がある。
 ・糖尿病患者様にカナグル1錠を約1年程使用すると、平均2~3kg痩せるというデータがある。カナグルの値段1錠170円、これを月に30錠使用。3割負担では1月約1500円。

ちなみに筆者はこの十年ほどⅡ型糖尿病で2ヶ月に一度の定期通院をしている。筆者の糖尿病の増悪因子は肥満であることが分かっているが、自分の意志だけで食事制限を続けることは難しかった。筆者の肥満に対する薬物療法は、3年ほど前からDDP-4阻害薬(ジャヌビア)から始まった。グリコヘモグロビン値の上昇を食い止めるには効果はあったのだが、減量には不十分だったので、半年前からSGLT2阻害薬(ジャディアンス)を追加使用している。体重減少には一定の効果があるようだ。ジャヌビアやジャディアンスはよく効くのだが、ジェネリック薬がないので費用も高くなるのが欠点。

 


肥満の耳針治療(耳針その2)

2021-12-17 | 全身症状

耳のツボでやせる方法は、いまから50年以上前にわが国で流行した。中国の耳チャートを用い、両耳介の飢点・口・食道・嘖門を刺激するものだが、発表されたデータに信憑性がなく経営重視だったので、もうオワコン(廃れた内容)だと思っていた。この内容については、<効果のない耳ツボダイエットver.1.3>2021.8.19 付の当ブログで発表済なのだが、これが早合点だった。

向野義人氏が科学的方法論をもって長らく痩身耳鍼の研究を続けたことが発端となり、今日では研究施設や大学ベースで科学的分析による研究が続けられていることを最近になって知り、かつての私の思い込みは誤りであることが判明した。冷汗三斗である。中国のように、ある日突然耳針チャートを発表し、このチャートに従って針治療をすれば、<診た、やった、効いた>という論法では、科学的とはいえない。まあこれは頭鍼法、手指針法の方向性でも同じことがいえるだろう。
今日の研究はノジェの方向性を追求するもので、中国の耳針療法とは異なっている。

なおこの稿をまとめるにあたり、最も参考にしたのは次の記事であった。尾崎昭弘、向野義人 他「耳鍼に関するこれまでの研究展開 ここまでわかった鍼灸医学・基礎と臨床の交流」第55回 全日本鍼灸学術大会 全日本鍼灸学会誌2006年56巻5号。 


1.ポール・ノジェによる耳鍼法の誕生


ノジェがリヨンで開業していた時、複数の患者の対輪(or対耳輪)に瘢痕を見つけた。これは古くから地中海沿岸に伝わる座骨神経痛の民間療法として行われているもので、対耳輪を火箸で焼灼する瘢痕だった。ノジェがこの方法を追試してみると同様の効果が出た(1950年)。  このことから耳介の対輪は人体の脊柱に相当し、その上の方が尾骨部で、耳垂部が頭部に相当する。
座骨神経の治療点が対耳輪の上の方になると推察した。

 ノジェは耳介刺激の法則性を探っていたが、1953年、ついに胎児に類似した人体の投影が存在することを発見した。これは「人体投影仮説」と呼ばれている。人体投影仮説は発生学を基礎としていて、耳介が人体の発生の段階で、外・中・内胚葉3分化を始めた初期段階の人体区分の特徴を併せ持ち、耳介に胎児に類似した人体の投影が存在するという考え方。耳のような狭い器官に3胚葉を区分することは、何を示唆するものだろうか。
内臓の迷走神経反応は、基本的に内胚葉として耳甲介腔に出現するとした。耳介の外胚葉や中胚葉の臨床応用は不明。

 

上に示した中国の耳介チャートはノジェのものとよく似ているが、異なっている部分のある。最大の違いは、ノジェは心臓反射点を発生学的見地から中胚葉領域に定めているのだが、中国式耳介チャートは、解剖学的位置関係として、耳介肺区の中央(すなわち内胚葉領域)の位置に心臓をもってきているのである。後年、中国はこの矛盾に気づいたためか、心臓反射点を消しており、心臓反応点が描かれていないチャートも多くなった。


2.耳介刺激の治効機序


耳介迷走神経刺激 → 肥満遺伝子、白色細胞組織であるレプチン発現 → 摂食抑制・脂質代謝改善 → 体重減少       
 
以上の作用機序から痩身耳鍼の治効理由を説明している。体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンにレプチンがある。血中内にレプチンが入ると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。

 

耳鍼をすると、 塩に対する感受性が高まる者が多い。普段から塩味に鈍感な者は、塩の摂取量が多いので、水分貯留が起こっている。耳鍼をすると、塩分摂取が減ることで、利尿が起  こり、体重減少につながるという。
以前は、迷走神経支配内臓は、口鼻~咽喉~食道~胃とされていた。しかし最近、迷走神経枝は小腸や大腸まで伸びていることが判明した。
耳介肺区の皮内鍼によって、痙攣性便秘が改善すると向野義人が主張する根拠が見つかった。

耳介は身体から突き出た部位だる一方、帽子や衣服で覆われない場所なので、本来ならば凍傷になりやすい。しかしながら迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないような工夫がされている迷走神経の枝は主に内臓に広く分布しているがそれは身体の深層であって、針で選択的に刺激することはできないのだが、耳介は例外である。耳介は迷走神経耳介枝が分布していて直接刺激できる部位である。
緊張した時や恥かしい思いをした時など、耳介の血流が増えて赤くなり温度が高くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げる目的がある。

耳介鍼刺激のヒト体重に及ぼす検討では、約70%の健常者に有意な体重減少を認めた。軽度~中等度肥満者(BMI26-28)では、95%以上の被験者3~6週間にわたる両側耳介刺激で明らかな体重減少を示したという。
なお耳鍼に食欲減退の効果が示される中、現在までに禁煙・麻薬中毒に対する耳針効果のエビデンスは得られていない。
 

3.向野義人氏の耳鍼痩身の方法 
   
耳介迷走神経支配領域の片耳の肺区に2本皮内針を入れる。1週間後に針をはずし、他方の耳の肺区に皮内針を入れる。このように左右の耳介を交互に刺激する。自律神経は両側支配なので片側刺激だけで十分効果があるという。一側に置鍼している間、もう一側の耳介は休ませておく。この方法により長期に衛生的に管理できる。向野氏は、一連の研究により次の結論をも導き出した。

①食欲は減少するが、痩身耳針を謳うほどの効果はない。
②痙性便秘にも効果ある。この作用は耳介神門と肺区に同様の効果がある。

 

 

4.小林良英氏の方法(小林良英:耳針法 耳針法の近世の集成、日良自律11号 より)

小林良英医師は、ノジェの門下生であるM.H.チョー (アメリカ在住医師)との討論会で次のことを確認した。
耳輪脚に沿って、その尖端の下ったところに少しクボミがある。これを「0(ゼロ)点」と仮称する。他の一つは外耳孔の上部内側部に「M84口」というツボがある。この2カ所に置鍼する。
ゼロ点部は迷走神経の分岐の集まるところで、その部を刺激することによって迷走神経が抑制される。このゼロ点とM84口の2点に中国製の円皮鍼(日本のものと比べて太くで長い)が皮内針を用いて絆創膏でとめている。1週間に1回取り替える。


5.窪田丈氏の耳鍼痩身治療


 通称クボタ式耳鍼は中国耳介チャートの口~上部消化器に相当する部分に、片耳6本と飢点、渇点を加えた計8点(両側治療で計16点)に皮内鍼・円皮鍼刺激を置く。一回治療で左右両方の耳に施術する。週に1~2回鍼を交換する。
片耳の耳甲介腔を鍉針などで押圧し、圧痛点を探る。鍉針を擦るように探すと、反応穴部の皮膚が凹む部がある。凹む部を数点見つけ、ここに皮内鍼をする。片耳あたり3~4本刺入。

私はクボタ式の幹部格に相当する先生に、クボタ式痩身耳針の施術していただいた体験をした。一度に計16本の皮内針や円皮針を入れたので、治療してもらった感は十分だった。その晩、酒を飲みに出かけたが、すぐに顔がほてり飲酒量が減ったことを記憶している。

※最近私は、40℃くらいの湯で温めた鍼管で、耳甲介腔全体をこする刺激を始めてみた。ライターで針管を熱するようすると、適温に加熱するのが難しい。患者自身が自宅でもできること、1日何度も手軽にできること、感染の危険性がないことなどのメリットがある。この評価には、しばらく時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 


効果がない耳つぼダイエット Ver.1.3(耳針その1)

2021-08-19 | 全身症状

本稿は、2006年5月に「効果がない痩身耳針」とのタイトルで発表したものである。あれから10年経ち、さすがに耳針で痩せることをPRする針灸師はめったにお目にかからなくなった。しかし現代では針を使わないから痛くなく、しかも安全だとして耳に金属粒などを貼る方法が台頭してきた。名づけて「耳つぼダイエット」である。ネットをみると、「耳つぼダイエット」は多くの記事がヒットするのだが、「耳つぼダイエット」で検索しても、筆者が十年前に報告した「効果がない痩身耳針」はヒットしないようである。そこで改めて「耳つぼダイエット」のタイトルに変えて再度アップすることにした。

 

1.痩身耳針の歴史的経緯

1970年頃、アメリカのシカゴで開かれた国際鍼灸学会で、香港の医師がヘロイン禁断症状である半狂乱に、耳針が効果あったことを報告した。これを契機として1974年のミラノでの国際鍼灸学会では、麻薬中毒はもちろん、ニコチンやアルコール中毒、そして肥満に対して耳針が効果あったことが報告された。
シカゴの学会に参加していた窪田丈氏は、これらの学会報告をヒントとして「クボタ式やせる耳針」という本を発売して、わが国に新しい痩身ビジネスをもたらし、1970年代の後半から10年間、大流行した。(かつて私が知っているクボタ式の先生は、毎月高級車が買える金額を稼いでいた。)世界的にみても、痩身耳針は欧米でも認知されるに至り、本場中国に逆輸入されもした。

やがて痩身耳針の話は、話題に人々の話題に上らなくなった。それは、大枚を出すほどの効果がみられないという事実、耳介の感染問題、熱しやすく冷めやすい日本人気質とに関係するものであろう。

ただし1990年代に、向野義人医師が、これまでとは別の理論的背景をもとに、対照群を設けた臨床比較報告をして、痩身耳針の検討を行い、「痩身耳針は食欲減退作用はあるものの、それだけで痩身ビジネスができるほどの効果はない」との結論を得た。

奇妙なことに、これをきっかけに再び痩身耳針が息を吹き返した。向野先生の実験結果の都合のいい部分だけをアピールした。かつての耳針は鍼灸師が行うものだったが、二度目の流行では、ツボの金属粒圧迫が主流で、これを「耳つぼダイエット」と称するようになった。針を使わないことから、非鍼灸師である無資格者や柔整師でもできることになる。

さらに新たな商法を考案した。それは耳刺激+健康食品販売を組み合わせが莫大な利益を生むことになった。この商法は「広告では痩せなかったら代金返却します」などともPRしているが、3ヶ月30万円ほどの健康食品。耳ツボ施術料金1回2000円×30回分として6万円。計36万円を前払いさせる。仮に1ヶ月後に中止すると耳ツボ施術料金の20回未実施分の4万円のみ返金される。つまり患者は32万円を失うわけだ。



2.痩身耳針の理論と方法

1)クボタ式痩身耳針
 
耳介には全身のツボが集まっていると考える立場があり、彼らにより作られた耳介チャートというものが存在する。中国式とノジェ(フランス人医師)式があるが、わが国では中国式の方が普及している。
 このチャートには、身体の経穴名とは異なり、直接的な名称(胃・肺・心・腰・眼など)がついていたり、その効能や症状名(渇点・高血圧点・神経衰弱点など)がついていることが多い。
 
クボタ式では口・食道・噴門・胃・十二指腸・小腸・虫垂といった消化器系のツボや、渇点・飢点に皮内針を行う。皮内針は両耳に行い、週に2~3回針交換する。現在では感染症対策として上述の部位に小さな金属粒による圧迫を行うことが多い。
要するに胃を中心とした消化器機能亢進が食欲亢進となるから、消化器機能を鎮めることが食欲低下となり、結果として痩身になるという論法である。


2)向野義人方式
 
過食傾向は、胃腸の迷走神経緊張状態で生ずる。迷走神経は、そのほとんどが体幹深部を走行して内臓に枝を伸ばしているが、耳介部(迷走神経耳介枝)は浅層を走行し、とくに外耳孔周囲(肺区に相当する。肺の反射点は広いので肺点ではなく肺区とよばれる)は密に走行している。

上図で紫=迷走神経。オレンジ=耳介側頭神経、緑=大耳介神経の分布

 

緊張時や恥をかいた時、耳介の血流が増えて火照って赤くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げるという合目的性がある。また寒くなると先端から冷えやすくなり、とくに耳介は凍傷になりやすいので、迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないようなメカニズムにもなっている。

一般的に針で迷走神経を直接刺激することはできないが、耳介肺区は例外で刺激できる。したがってこの肺区を刺激すれば、迷走神経を刺激できることになる。迷走神経の主な分布は内臓全般にあり、消化器系も迷走神経優位になると活発に活動する。すると食欲も亢進するので、耳部に分布する迷走神経を刺激することで、消化器系の活動亢進を抑えることができれば、食欲を抑える作用があるとするのが痩身耳針の理論である。

しかしこの考え方は一面的である。もし針で迷走神経をコントロールできるのであれば、血圧も体温も心拍数も変化させ ることができ、これは非常に危険なことですらあるだろう。

迷走神経には左右という概念はないので、衛生面を考慮して片耳交互に肺区皮内針刺激を行う。

3.痩身耳針の効果
 
クボタ式には、驚くことに信憑性のある研究報告がない。日産玉川病院東洋医学内科で追試してみたところ「非常に効くケースも中にはあるが、わずかな体重減少にとどまる例が多く、本人がこれを機会に痩せようと思って自発的に食事制限したことを思えば、確率的に耳針で痩せるとはいえない」という結論を得た。
 
向野式には本人による研究結果がある。①食欲は減少するが、痩身耳針というほどには効果ない、②痙性便秘にも効果ある、③塩味に敏感になる、との結果を得ている。痙攣性便秘に効き目があったことは、大腸の蠕動運動亢進状態が改善されたという意味で、副交感神経亢進状態の改善を意味しているといえるだろう。塩味に敏感になるとの意味は、食べ物がしょっぱく感じるということで感冒の進行期(発病時~5日間程度。6日目以後は交感神経緊張で治癒期)などでたまにみられる。この時期は副交感神経緊張状態に傾くので、身体がだるく、いくらでも眠れる時期でもある。鼻水が出ているうちは副交感神経緊張時期、鼻閉に変化した後は交感神経緊張時期。
 
私は両方のやり方を追試してみたが、使う針の本数が16:1とクボタ式が圧倒的に多いためか、クボタ式の方が効果的である印象を受けた。しかし「本当に効いた」と感じたのは10例中1~2例程度である。それも皮内針から金属粒に変えてから効きが悪くなったようである。

メルク医学事典にも、驚きべきことに「肥満に鍼灸は効果ない」と記述されていた。「
痩身耳針が効果がある」と宣伝するのは、本当にそれで痩せるかどうかが重要なのではなく、それをネタとして儲ける手法に過ぎないとえいえるだろう。





 

 


甲状腺機能低下症と脚気の針灸治療 ver.1.2

2016-11-23 | 全身症状

1.甲状腺機能低下症とは

甲状腺ホルモンは、身体の新陳代謝をスムーズにする役割がある。このホルモンがなくても生きていけるが分泌低下すれば、色黒・寒がり・脱毛・体温低下・脈拍数低下・易疲労・胃腸機能低下(食欲不振、便秘)などの新陳代謝低下症状が生じる。

甲状腺機能低下症との確定診断は、本症の確定診断には血液検査を行う。トリヨードサイロキシン(T3)低値、サイロキシン(T4)低値、甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値という検査結果は、甲状腺機能低下症であることを裏付ける。
なお甲状腺機能低下症の原因は種々だが、最も多いのは橋本病である。

 

2.開業針灸における甲状腺機能低下症の診療 

1)甲状腺機能低下症患者は珍しくない


鍼灸には、不定愁訴を訴える患者が多く来院する。その大部分は更年期障害・神経症・筋痛症候群であるが、甲状腺機能低下症との診断がついた患者もまれに来院する。甲状腺機能低下症が疑われる患者はさらに多く来院する。

不定愁訴症候群の中から甲状腺機能低下症の疑いをもつ条件だが、私は、腎虚のイメージとして把握している。すなわち色黒・脱毛・寒がりに注目している。

2)甲状腺機能低下症の鍼灸治療と治療効果

甲状腺ホルモン分泌低下が原因なので、鍼灸では無理だろうと考えがちだが、施術してみると、効果絶大で、しかも速効性があることが分かる。その治療効果とは、一言でいえば疲労倦怠感の大幅な軽減である。筆者の場合、全身とくに体幹背面の筋を緩めるような鍼灸治療を行うが、とくにどのツボが必須ということではなく、仰臥位で10~20本程度の置針10分間、その後の伏臥位でも10~20本程度の置針10分間、座位で肩井、天柱への単刺程度の治療で、十分な効果が得られることが非常に多いと思う。

しかしながら、治療効果の持続時間は1~2日程度にすぎないのである。

3)鍼灸治療の適応と限界

甲状腺機能低下症の原因は不明であり、根本的治療法も確立していない。ホルモン補充療法としてチラージン(甲状腺ホルモンであるサイロキシン)が投与され、これは基本的に一生服用することになる。

甲状腺機能低下患者で、医師によるホルモン補充療法がすでに行われ、検査値も正常内に入っているのに、身体のだるさを訴える例も相当あるようだ。そうした者が投薬治療を受けつつも、鍼灸治療を希望しるのであろう。
鍼灸は、無論のことホルモン補充療法にとって代わるものにならない。だが鍼灸をすると、たとえば、今にも倒れそうになり、やっと治療院に来院した者が、治療後は元気になって帰って行くのを目の当たりにすることができる。
かといって、毎日ないし一日おきに針灸に来院させることは費用の面や時間の制約もあって困難であろう。、交感神経緊張を目的として、つらい時は熱いシャワーを短時間浴びることをアドバイスしている。実際、これもかなり効果的である。

 

3.脚気と鍼灸治療について

かつて脚気が原因不明の病気だった時代、脚気に針灸治療が行われ、そこそこ有効だったという話が伝わっているが、針灸治療が甲状腺機能低下症状に限定的ながら効果があることを考えれば、脚気に対してもある程度効果が見込めるのだろうか。



1)脚気の語源・症状


脚気という名称は、7世紀に著された「病源候論」に、“その病脚より起こるをもっての故に脚気と名づく”(木下晴都「最新鍼灸治療学」上巻より)とある。

ビタミンB1(チアミン)の欠乏により、心不全と末梢神経障害をきたす疾患である。心不全によって下肢のむくみが、神経障害によって下肢のしびれが起きることから脚気の名で呼ばれる。

ビタミンB1は神経機能を正常に働かせる作用がある。脳や神経に必要な成分はおもに糖質で、その代謝にB1が関与している。というのも、B1は炭水化物のなかの糖質が分解されてエネルギーに変わるときに欠かせないからである。糖質をたくさん摂取しても、B1がないと糖質の分解ができず、疲労物質(乳酸など)が体内にたまり、疲れやすくなったり、だるく、倦怠感が出るのはそのためである。

脚気の自覚症状は、初期には易疲労感のみであるが、進行するにつれ食欲不振・四肢(特に下肢のしびれ感)・動悸・息切れが加わる。不足すると末梢神経に異常をきたし、手足のしびれ、疲労、最悪の場合「心臓脚気」で命を落とすこともある。心臓機能の低下・不全を併発したときは、「脚気衝心」と呼ばれ、突然の嘔吐をきたしショック状態になり、死に至る病でもあった。

ビタミンB1は米の胚芽部多く含まれるが、わが国で庶民にも脚気が広く蔓延したのは、精米された白米を食べる習慣が広まった江戸時代頃からで、それ以前は、貴族など高貴な身分の者がかかった疾患だった。


2)脚気の針灸治療 


脚気の治療というと、「脚気八処の灸」が広く知ら東洋療法学校協会の経穴の教科書に載っている。この八穴とは、風市・伏兎・犢鼻・膝眼・足三里・上廉・下廉・絶骨(懸鍾)である(トトク風に懸かって、膝の上下三里と記憶)。出典は「千金方」による。本著は唐代、孫真人(655-658)により著された。

 

下肢部を重点的に取穴していることから、下肢症状に対処したものだと思える。ただし「神応経」には、ほかに心兪・脾兪・腎兪・関元兪・水分などの穴にも針灸するよう指示している。要するに全身治療を行う必要があるらしい。

 

鍼灸という物理的刺激が、交感神経緊張状態をもたらし、改善効果を生じたと考えれば、その効果は一過性だろう。それよりも、脚のだるさ・下肢浮腫・食欲不振などを併せ持つ患者を、早合点して初期の脚気だと誤診した結果によるものではないか?

「針灸臨床医典」には、治療期間について次のような記載もある。
浮腫のみ→1~2週間の治療
筋萎縮が始まると→1~2ヶ月の治療を要する
心臓衰弱(脚気衝心)→手ごわい

 

 


 

 


医家のための低炭水化物ダイエット入門

2015-07-20 | 全身症状

1.序

一昔前単純性肥満は、摂取カロリー>消費カロリー状態なので、食事量を減らし身体運動量を増やせばよい、と単純に考えられていた。それができないというのは、本人の意志の弱さが原因だとした。1990年代になって肥満と食欲の関係について、大きな進展があった。以下、自分自身の勉強がてら、インターネットに散在している文章を、カット&ペーストの要領でまとめた。

アメリカ人医師、ロバート・アトキンスが開発した低炭水化物ダイエット(=ローカーボダイエット)を説明する。現在流行しているライザップもこの食事指導をしている。アトキンスのダイエット手法は2003-2004年ごろに北アメリカでブームになった。なお、1年以上の長期では低水化物ダイエットは健康に有害だとされている。 
 

2.低炭水化物ダイエット 


ダイエットの2大柱は、食事療法と運動療法である。食事量を減らして運動量を増やせば、痩せるのが当たり前だが、運動での消費カロリー以上に食欲は増加するので、ダイエットとしては現実的でない。要するにダイ
エットとしての重要性は9対1で、圧倒的に食事療法が重要になる。
  
1)食後も血糖値をあまり増やさない工夫

       
血糖値が上昇するとインスリン分泌を強いられる。インスリンは血中のブドウ糖を身体組織が取り込むための媒介として機能するが、インスリンは血液中のブドウ糖を体脂肪に変えてしまう働きもある。つまりインスリン分泌を増やさない食事がダイエットには必要である。

  

2)低炭水化物、中脂肪、高タンパク質食が重要  


イスリン増加は炭水化物摂取の結果である。その一方で、脂肪やタンパク質はインスリン分泌は増やさない (かっては低脂肪食がダイエットに適しているとされた)。
脂肪摂取量の多さが肥満につながるわけではない。高タンパク質食もインスリン分泌を増やさず、しかも基礎代謝を高め、ダイエット中の筋肉量低下を抑制するから推奨できる。
   
痩せるための食生活は、高タンパク、中脂肪、低炭水化物が適切である。炭水化物は、摂取カロリーの5%程度にするのがよい。キノコ、サラダ、ツナ缶、豆腐、納豆、ひじき、こんにゃく、スープ、しらたき、ゼリーなどを「お腹が空いたら食べて良い食材」と位置づけると気が楽になるという。 

 
3)糖新生(炭水化物以外の栄養素からブドウ糖を製造する)
    
炭水化物を摂取しないと血糖値が下がらないので、空腹信号も出せなくなる。このような食生活を続けると、3日目位からは空腹感がまったくなくなる。一方、身体はエネルギーを必要としているから、肝臓に蓄えられているアミノ酸からブドウ糖を合成して脳のエネルギー源とするようになる。なお、このような炭水化物以外の栄養素からブドウ糖を製造することを糖新生とよぶ。

    
アミノ酸から生成できるブドウ糖だけでは脳のエネルギー源を100%補給するには不足なの   で、体は緊急非常処置として、アミノ酸から生成したブドウ糖を利用する糖代謝から、中性   脂肪を分解する際に副産物として生成されるケトン体を利用する脂質代謝経路へ切り替える。   この状態をケトーシスとよぶ。この回路により体脂肪を効率良く消費させる。

  
4)ケトーシスとケトアシドーシスの違い 

    
ケトン体は酸性物質であるが、ケトン体量が増えても血中の炭酸イオンの働きにより、血液のpHが大きく変動するのを抑制しているので身体に悪いというわけではない。
一方、ケトアシドーシスも血中のケトン体の量が上昇した状態だが、上記の炭酸イオンの働きを超えて増えてしまったため、血液が酸性になった状態をいう。本ケトアシドーシスは、ケトーシス状態下に糖尿病などの病気が合併したときに生じ、意識消失や死に至ることもある。
   
血中のケトン体濃度が上がり、ケトン体を体外へ排出するため、多量の水を必要とするので、脱水を避けるために1日に2リットルは水分補給すること。この時期には、ケトン体の甘酸っぱい匂い(いわゆるダイエット臭)がするようになることがある。

  
※ケトン体を利用し始めたら脳の活動能力が一気に低下し、基礎代謝も大幅低下を招き、体力、抵抗力、思考能力、そして食欲自体も低下するので空腹感なしに減量することができる。

   
※長い人類の歴史の中で、炭水化物を直接摂取するようになった歴史はせいぜい数千年であり、現在の野生動物がそうであるように肉食が中心だった。一昔前までイヌイットは生肉を食べていた。すなわち糖新生をエネルギー源としていた。


3.ダイエットに伴う空腹感と飢餓感の相違点
   
1)空腹感=血糖値低下

    
摂食中枢を養う血液の血糖値が下がある一定以下(100mg/dl程度)に低下すると、空腹感が生じ食事を欲する。食事をすると、血液が食事中に含まれる糖分を吸収して脳に運び込み血糖値が上がり、満腹中枢を刺激して「満腹ですよ」という信号を出すと同時に、食欲が抑えられる。すなわち空腹感は血糖が上昇し、脳のエネルギーが確保されると解消する。人間は通常1日3回程度、このような循環を繰り返している。 

   
2)飢餓感=レプチン低下


1994年に体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンであるレプチン leptin が発見された。正常状態では、体脂肪から血中に分泌されたレプチンは、視床下部に受容体がありの摂食中枢がレプチンを受け取って初めて飢餓状態でないことを確認している。

       
飢餓状態になると、体細胞がレプチンを多量に分泌して血中濃度が高くなっても、視床下部のレプチン受容体がレプチンに反応しなくなることで、摂食中枢がレプチンを受け取れなり、飢餓感を生ずるので、体脂肪が一定以上になるまで、食欲の増進状態が継続する(いくら食べても満腹感がない)。

       
一般的にが血中にレプチンを注入すると、満腹感が得られるので食欲抑制される。しかし一部の肥満者では、あたかも飢餓状態であるかのように、視床下部でのレプチン受容体の感受性が低下しているのでレプチンを投与しても、満腹感が得られず、食べ続けるようになる。その食欲は、血糖値が上昇しても食欲は抑制されず、体脂肪量が回復によりレプチン濃度が高まるまで、ずっと食べ続ける。日常は、食べることしか考えられなくなる。

   
※神経性食思不振症者は、レプチン分泌過剰なので、食欲がない。ある一定以上に脂肪細胞が減少し、
レプチン分泌も減少すると、一転して過食期となり、体脂肪が増加するまで食べ続ける。
     
※肥満した人がダイエットをして体脂肪が減少しても、レプチン抵抗性が改善されるだけで飢餓感は起こらない。痩せた人が体脂肪を減らす場合が問題で、飢餓感が生ずる。飢餓感は血糖が上昇しても解消され ない。体脂肪が増加し、レプチンが回復するまで続く。

 

3)ダイエット失敗要因であるグレリン
   
①グレリンとは


グレリンは1999年に日本の研究者によって発見された成長ホルモン分泌促進因子(growth hormone-releasing peptide )の略称。   

長時間食事をとらないと低血糖状態になるが、通常は低血糖になる以前にも、胃がカラになるだけで空腹感が生じている。それは胃がカラになると、強力な食欲増進ホルモン
「グレリン」ghrelin が胃壁から放出されることによる。グレリン濃度と血糖値は関連がない。

正常な身体のバランスの状態では、グレリンは肥満になると低下し、やせると上昇する。つまり体重を適正にするように調整が行なわれている。しかし太り易い体質の人では、何故か食後にもグレリンが低下せず、このことが太り易い原因の一つと考えられている。

     
②グレリンの作用機序

グレリン分泌→迷走神経を刺激→情報を脳の中脳に伝達→ノルアドレナリンを仲介→視床下部の摂食中枢を刺激して食欲が増す。ダイエットが順調にすすむと、ときに突然猛烈な食欲に襲われることがある。これはカラになった胃壁からグレリンが大量に分泌された結果であり、ダイエットを行う上で失敗原因になる。(グレリンは最強のホルモンで、分泌される   と摂食せずにいられなくなる)

    
胃の中にある程度食べ物が入ると、速やかにグレリン分泌は減少するので、胃を膨らませるもの、例えば豆腐やこんにゃくを食べ 5分間ほど我慢することで、あれだけあった食欲がウソのように消退する。

  
③グレリンの他の作用 


 ・グレリンは成長ホルモンを刺激するので、食欲を出すばかりでなく、筋肉を増強したり、心臓を保護するような効果も期待されている。現在グレリンを使った薬物を開発研究中。

  
・グレリンは「腹持ち」に関係する。タンパク質摂取では6時間グレリン分泌を抑制するが、炭水化物は4時間しか分泌を抑制しない。ダイエットにはタンパク質摂取が推奨できる。 

4.ダイエットの生活指導(レプチンを増やし、グレリンを減らすための工夫)
  
1)睡眠をしっかりとる 


睡眠時間が短い人ほど、食欲を刺激するグレリンが多く、食欲を抑制するレプチンが少ない、つまり過食を招きやすい状態になることがわかっている。睡眠時間が5時間以上の人に比べて、5時間未満の人は肥満になりやすいという結果もでている。

  
2)ストレスを避ける

    
人類の歴史の中で、最も大きなストレスは『飢餓』でした。人類は長きに渡って“食べられない“という苦しみに対して非常に強いストレスを感じてきた。現代人の遺伝子にもストレス=飢餓と翻訳するメカニズムが組み込まれている。つまり、ストレスを感じると飢餓に耐えられるよう、なるべく脂肪を分解しないようにしたり、代謝を低くして蓄えたエネルギーをなるべく使わないようにしたりと、体が痩せにくい状態にシフトしてししまう。 

    
ストレスを感じると人の体はコルチゾールというホルモンを大量に分泌する。コルチゾールは脂肪を蓄積させやすく、そのうえ食欲抑制ホルモンであるレプチンを減少させるため、食欲に歯止めがかからなくなってしまう。

    
なお「ストレス痩せ」についてだが、これは胃腸機能の低下による食欲減退が主な理由。

  
3)夜食は太る

    
これまで漠然に、夜食べると太るとか言われてきたが、その科学的根拠が解明された。1997年池田正明は遺伝子中にBMAL1(ビーマルワン)を発見した。BMAL1の生成量は人の概日リズムや自律神経の活動リズムと連動していて、昼間は量が少なく、夜間多くなるという性質があり、日中は少ないが夜10時~深夜2時頃が増加のピークになる。BMAL1は脂肪細胞を作る酵素を増やす働きがあるので、生成量が特に多い深夜は脂肪を溜め込みやすいい(太りやすい)時間帯であるといえる。

  
4)ダイエットの意義:老化速度を減速させ長寿をもたらす

    
ダイエットすると、身体がいわゆる「倹約モード」に入り、基礎代謝が低下する。そのため肥りやすくなるのだが、この倹約モードが若さを保ち長寿をもたらすと考えられている。

   
※低酸素状態では、酸化スピードが遅くなるので、はやり長寿になる。

 

 

 

 

 


斜角筋緊張による非整形外科症状(枝川直義医師の治療)

2011-05-17 | 全身症状

1.なおさん注射
開業医の枝川直義(故人)は、筋緊張部位に希釈ステロイド希釈液を注射する方法で、さまざまな機能性の愁訴の治療にあたっていた。このことは、枝川が著した単行本「ドクトルなおさんの治療事典」や医道の日本記事「なおさん」(昭和59年1月号~昭和62年2月号に連載)で知ることができる。とくに後者の「なおさん」は、鍼灸師向けに、ユーモアあふれる文章で書かれていて面白く読める。 
※「なおさん」は、治すのだ、という意味にも「治さない」という意味にもとれ、さらに直義という彼の名前と通ずるところがある。これも枝川のユーモアだろう。

2.頸部筋のコリがもたらす非整形外科症状
枝川が記した項部筋(頭半棘筋・頭板状筋)と側頸筋((前斜角筋・中斜角筋・肩甲挙筋など)の緊張がもたらす症状が多様なことには驚かされる。基本的には、これらの部の筋の圧痛の有無により最終的な治療点を決定している。
斜角筋といえば、胸廓出口症候群の一つである斜角筋症候群がよく知られているのだが、それに留まらず留まらず、非整形外科的症状を生ずることは興味深い。

個々に症状個々に対する治療点を整理するが、項筋をK、側頸筋をSと表記する。
1)耳鳴(一側性):K+S
2)くしゃみ、鼻水:K+S
3)鼻閉:K+S
4)咽痛・微熱:K+前頸部(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、輪状甲状筋、下咽頭収縮筋など)
5)口内炎:K+S+胸鎖乳突筋下顎部の前縁(顎二腹筋後腹か?)+その前方の頸筋(外頸静脈の走行部) 
6)眼痛、コロコロ感:K+S+側頭筋+肩井穴付近の僧帽筋+肩甲間部筋
7)悪寒(発熱なし):K+肩甲間部筋
8)こじれた風邪症状:K+S+頸前方の諸筋
9)発作性の動悸:K+S+肩甲間部筋
10)期外収縮:K+S+左Th1~Th3背筋

 

 

3.斜角筋のコリを診る体位の工夫
枝川の使うのは、副作用が問題とならないほどの微量のステロイド希釈液であるが、やはりステロイドを入れた方が効き目があるという。鍼灸師は、これを真似できないが、筋を伸張状態にさせた状態で刺針するという促通法を併用することで、これに近い効果が出せると私は考えている。

項部の半棘筋や頭板状筋への刺針は、要するに天柱や風池から深刺するということで、これまでも数多く語られてきた訳で、この技法については、改めて記すまでもないだろう。これに対して、斜角筋への刺針法は、胸廓出口症候群としての神経絞扼障害のほかは、あまり注目されなかった。前・中斜角筋の図を示す。

 

この斜角筋を伸張させるには、トラベル著「トリガーポイントマニュアル」の伸張法が参考になる。斜角筋を診るには、後頸三角(僧帽筋、僧帽筋、鎖骨に囲まれた三角領域)を広げた方がよいので、トラベルは患側の手を尻の下に入れる体位の工夫をしている。その上で健側の手を頭に当て、患者みずから頭部を回転・側屈させて、前・中・後斜角筋を伸張させるという。

側臥位にすると斜角筋自体には刺針しやすいが、伸張状態にはできないので、トラベル図の方法が合理的になる。