AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

鍼灸院でのベル麻痺・ハント症候群の予後推定と治療点の選択 ver.3.1

2020-03-24 | 頭顔面症状

1.末梢性顔面麻痺と症状の関係
       
顔面神経(広義)は、運動神経性の顔面神経(狭義)と知覚・副交感性の中間神経に大別される。各神経枝の障害で、顔面麻痺以外にも、聴覚過敏・味覚障害・唾液分泌障害・涙分泌障害などの症状を呈する。

   
末梢性特発性の顔面麻痺の大部分は、顔面神経管内の浮腫が原因だとされる。顔面神経管の直径は、管の上部~膝神経節部の直径は1㎜、茎乳突孔附近で直径2㎜と非常に細い。この管内のどの部分で顔面神経の浮腫が生じているかによって、症状は異なってくる。

     
顔面神経や伴走する中間神経から分岐した神経枝が圧迫されて機能障害を起こすこともある。中間神経の膝神経節を帯状疱疹ウィルスが侵す疾患をラムゼイ・ハント症候群とよぶ。ハント症候群では顔面麻痺に加え、耳介~外耳道痛も生ずる。 また第8脳神経を侵すとめまいが生ずる。

 
 

①鼓索神経分岐より末梢の障害:顔面麻痺のみで、ベル麻痺の典型。
②鼓索神経分岐部の障害:上記+口症状(唾液分泌減少と舌前方2/3の味覚消失)
③あぶみ骨筋神経の分岐部:上記+耳症状(聴覚過敏)
④大錐体神経節の分岐部:上記+眼症状(涙分泌減少)。顔面神経膝状神経痛(外耳部痛・耳介後部の激痛)はハント症候群で生ずる。

 


2.ベル麻痺 Bell palsy


1)原因

顔面神経膝神経節での単状疱疹ウィルス再活性化(70%の者に本ウィルスが存在)や神経炎→顔面神経管内での浮腫→神経損傷。

2)医療施設でのベル麻痺の治療

①初期治療

病・医院での治療は、発病当初は入院による副腎皮質ステロイド(一時的に生体の自然治癒力を増強させる方向で働く。抗炎症、浮腫改善)の10日間大量点滴療法を行う。入院不能な場合は外来によるステロイド内服漸減療法12日間が標準治療となる。ベル麻痺の原因は単状疱疹ウィルスなので、残存ウィルスを死滅させる目的で抗ウィルス剤が使われることも多い。
自然治癒率は約70%。ベル麻痺と診断された者の中には、通称<隠れハント症候群>(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態が10~20%あるとされ、これらが治癒率を下げている要因となっているらしい。

    
麻酔科医は連日の星状神経節ブロックを推奨している。顔面部交感神経機能を遮断 → 相対的に副交感神経機能を更新させる → 顔面血流量を増加して自然治癒力を高める増強される、との観点。ただしエビデンスに乏しい。 

  
②予後不良者の治療

治癒まで3ヶ月以上かかると判定された場合、病的共同運動(4ヶ月以降:たとえば閉眼すると口が動き、口を開閉すると眼も閉じる)やワニの涙現象(食物を食べると涙が出る。これは唾液を出そうとすると涙腺分泌が刺激される)が出現しやすい。漠然と様子をみるのではなく、ステロイド追加投与さらには顔面神経管開放術(圧迫された顔面神経の周りの骨を取り除く手術)を行う方がよい。


3.顔面神経走行と顔面麻痺の針灸治療


1)針灸院での予後推定


一般に発症してすぐに針灸を求める患者は少ない。医療施設で治療を続けるも、発症後7~10日間は目立った効果が現れなないので不安になり、針灸にも通院してみようかと考えるようになるのだろう。予後良好の場合は3週問以内に回復が始まり8割は自然治癒するとされているので、発症1~2週後に針灸に来院すれば、タイミング的に自然回復時期に針灸治療を行っていることになり、患者には針灸治療でベル麻痺が治ったような印象を与えることになる。このことは針灸院の経営上有利なことではある。 

   
しかし残り2割は速やかには麻痺は回復せず、長い者で半年以上を要し、かつ麻痺が残存する。では8割の早期回復者と2割の回復に時間がかかる者の事前予想はどのようにすべきなのだろうか。

   
実はこれも分かっていて、発症7~10日で予後判定可能なNET(電気生理学的検査)検査が、予後の目安となる。
NETは、顔面神経本幹または分枝を電気刺し、顔面表情筋の収縮度合をみるもので、収縮が観察できる最小閾値と健側を比較する。これは針灸臨床で用いられることの多い低周波治療器で代用できる。顔面神経数カ所に直接刺針し、そこにパルスを流すようにする。健常者に行えば、顔面表情筋の攣縮が観察できる。しかし顔面神経に鍼が命中していない場合、表情筋攣縮はほとんど生じない(通電電流量を一定以上に上げると刺痛を訴える)

①NET(神経興奮性検査)で、異常を認めるものは治癒率が悪い。
②発症後、3か月過ぎているものは治癒率が悪い。
③新鮮例で、NET検査が良好なベル麻痺は、90%治癒する。
④治療は、頻回行うほどよいので、最初は毎日または隔日治療とし、改善の進行につれて週2回さらには週1回というように、間隔あけていく。

 
2)低周波置針通電治療の是非

   
かつては置針した低周波をつないだものだが、現在では筋攣縮しないほど高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するか、または通電せず単に置針するかになる。 というのは、低周波刺激をすることで後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じる など)が強化されすぎ、病的共同運動プログラムが助長されるという。
このことは分離=(巧緻)運動回復の妨げになる。

   
そもそも単なる置針と置針+通電との治療効果に差があるかどうかは有用性が確認されていない。しかし患者にしてみれば、通電してもらった方が<治療してもらった感>があるだろうから、高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するのも一つのアイデアだろう。



3)顔面神経に対する刺激点

  
顔面神経の顔面部走行は、翳風部から起こり、耳垂の直下を通り、顔面部に扇型に広がる。 翳風穴と耳垂が顔面に付着する部の中央(深谷流難聴穴)の2点に10~20分間の置針を行う。

①翳風刺針
耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部である。凹みの底の骨にぶつかるように刺入する。正しく刺入すれば無痛で針響もない。しかし刺入方向を誤ると強い刺痛を与えることも多い。技術的難易度の高い刺針となる。


②下耳痕刺針

耳垂が付着している頬部の中点。深谷伊三郎「難聴穴」(≒下耳痕穴)のことでもある。深谷氏の難聴穴は施灸する旨が書かれている。中国の新穴に耳痕穴があって、そのすぐ下方にあることから下耳痕と私が命名した。私の下耳痕は刺針しなくては用を足せない。というのは5㎜~1㎝刺針して顔面神経幹に当てるのを意図しているからである。顔面神経幹に当てても針響は得られないので、顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、パルス(1~2ヘルツ)通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。置針中はパルスはしない。
 

※下耳痕穴から直刺2㎝すると、舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は難聴耳鳴の治療に使うことが多い。
すなわち下耳痕穴は、浅層の顔面神経幹刺激として顔面麻痺に適応があり、があり深層の鼓室神経刺激することで難聴耳鳴に用いられる興味深い穴である。

 
③耳下腺神経叢刺針

顔面神経は、茎乳突孔から頭蓋外に出て、耳垂の深部を通過し、耳下腺神経叢中を走る。耳下腺神経叢の中で多数分岐し、それぞれの顔面表情筋方向に放射状に走行する。
耳垂部から顎角部にかけては顔面神経走行が密なので、経穴では、頬車~大迎の範囲に集中的に刺針すると顔面神経に命中しやすい。


 

4.顔面表情筋に対応する刺針

顔面表情筋に対する針灸は、顔面表情筋が多数ある中で、特に目の周囲や口裂周囲の筋群が  外観からの観察で繊細な表情をくみ取りやすく、これらの筋を中心にピックアップした、これは後述の<柳原40点法>に準拠した筋にもなっている

1)後頭前頭筋の前頭筋(額に横シワ、眼を見開く)→陽白
2)鼻根筋(眉間の横シワ)→印堂
3)眼輪筋
眼瞼部(眼を軽く閉じる) →睛明、瞳子髎、承泣

眼窩部(眼を強く閉じる、片目つむり) →四白など眼輪筋眼瞼部の外周
   ※眼を開けるのは上眼挙筋(動眼神経)
4)頬筋(頬ふくらまし、頬側面の食物を追い出す、トランペット吹く)→外地倉
5)口輪筋(口すぼめ、口笛)→地倉、水溝、上承漿
6)大頬骨筋(「イーッ」と歯を見せる)→ 顴髎
7)口角下制御筋(口を「へ」の字に曲げる)→オトガイ穴(=口角の下1寸)    
     

5.施術の目的と方法

1)施術目的
顔面麻痺になると顔面表情筋が動かないので筋萎縮する。すると神経が回復しても動きが復しなくなる。(完全麻痺になって1年から1年半ほどで後戻りしない表情筋委縮になる)

治療目的は、動かなくなった筋緊張をゆるめ、萎縮することを防止することにある。

2)麻痺筋に対する施術方法
40点柳原法を参考に、とくに眼症状(兎眼、ベル現象)、口症状(口すぼめ、口をイーっと引く、頬ふくらまし)のチェックを行い、動きの鈍い筋を探り出し、その問題筋に置針(10~30分)する。


6.顔面麻痺の評価

1)40点柳原法

顔面麻痺の評価として、「40点柳原法」が広く普及している。顔面の主な表情を10カ所選び、4点=健側と明らかな差がない、2点=筋緊張と運動性の減弱、0点=喪失とする。
0~8点=完全麻痺、10~20点=中等度麻痺、22~40点=軽度麻痺と評価。

 

2)私流簡易評価法
 
40点柳原法」は実施に時間を要するので、経過を追うのも大変である。もっと手軽にかつ定量的(ミリ単位)に表記できるものとして、筆者は次の4点で経過を追うようにしている。

①兎眼の上下瞼間の長さ(眼輪筋)
②イーツと歯を見せた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(大頬骨筋)
③口をすぼませた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(口輪筋)
④口をふくらませた状態で、頬を軽く叩いた時、息が漏れないか(頬筋)


7.ラムゼイ・ハント Ramsay Hunt 症侯群  

顔面麻痺を起こす最多の疾患はベル麻痺だが、次いで多いのがハント症候群である。  


1)原因

顔面神経膝神経節に潜伏感染した水痘・帯状疱疹ウィルスの再活性化による顔面神経障害。

2)症状
顔面麻痺症状+耳症状(外耳道や耳介の痛みと小水疱)を起こす。ときに聴神経を侵してめまいを生ずることもある。

①末梢性顔面麻痺

②聴神経症状:難聴・耳鳴・めまい     ※聴神経とは、内耳神経の別称のことである。
③中間神経膝状部神経痛:外耳道(軟口蓋部)や耳介の痛みを伴う小水疱(帯状疱疹)


3)予後

全体としては自然治癒率40%。うち完全麻痺(上記①②③症状あり)の場合、自然治癒率10%、不全麻痺(上記①と③のみ)の自然治癒率は66%。
ハント症候群はベル麻痺に比べ、侵害部分は広汎なため、自然治癒率は低い。
※針灸治療法自体は、ベル麻痺と変わらないが、ベル麻痺以上に頻回に施術する必要がある。

 


道教によって影響をうけた古代中国の生命観 ver.1.7

2020-03-07 | 雑件

1.序

『黄帝内経』が編纂されたのは漢の時代(BC202~AD220)だとされている。当時、道教は儒教とならんで、中国人の精神構造の基盤となった。
中国の古代医学も道教の影響を強く受けていたと考えられる。道教を学習することは中国の針灸古典の背景を知る上でも興味深いことである。

私は鍼灸学校卒業してすぐの頃、道教の古典的名著であるアンリ・マスペロ著川勝義雄訳『道教』東洋文庫、平凡社刊 昭和53年(1950年原著出版) を購入して読んでみた。この著作は「道教とは何か」に対する一つの確固たる回答であり、欧米の学会に大きな刺激を与えたという。しかしそれでも35年前の私にとっては難解すぎた。それを今になって読み返してみたが、今回は意外にも興味深く読むことができた。というのも、東洋医学に対してある程度の知識や経験をもったので、本書を自分の考えと対峙しながら、読めたのが原因だろう。道教の興味深かった点を、筆者の解釈を加えて紹介する。



2.著者アンリ・マスペロ Henri MASPERO とは

フランス人中国学研究者アンリ・マスペロ(1883-1945)は、研究途中で「道教」について、自分がほとんど何も理解していないことを改めて知った。その上で、道教は儒教とならんで中国人の精神構造を知る上での鍵であるという事実に突き当たった。マスペロは当時の道教の歴史と文献を学問的に探ろうとした最初の人であった。マスペロが生前に発表された原稿は少なかったが、死後書斎を整理してみて、道教については膨大な未発表原稿が発見された。
これらの原稿は、マスペロの妻と友人が整理して本書として誕生した。本著は、西洋の者が道教を知る上で最もスタンダードなものとされている。なおマスペロは1944年ドイツに拉致され、その翌年獄中で非業の死をとげた。マスペロは日本語学習の必要性を理解し、我が国にも2年間滞在したことがある。


3.不死への修業


道教では死んでしまえば霊魂も消えてなくなると考えていたので、生き続ける身体の保持の方法が興味の対象となった。その方法は単なる延命ではなく、生きている期間内に不死の身体に取り替えることだった。

身体を不死にする方法は、養形と養神に区分され、それぞれに対して様々な実践的なプログラムが用意されていたが、どれも厳しい修行を必要とした。  
 
養形:物質的な身体の老衰と死の原因の除去。 →食餌法や呼吸術

 
養神:身体内部にいる種々の超越的存在(悪さをする精霊、霊魂など)ににらみをきかせ、自分勝手に悪さをさせない。 →精神集中や瞑想


4.呼吸法 


臍下丹田の「丹」には赤いという意味があり、「田」は生産する場所という意味がある。すなわち丹田は、生き続けている間、生命の炎が燃えている場所と考えていた。この丹田では精を養う場所だった。火が燃え続けるには空気が必要だが、普通の呼吸法では空気は肺にまでしか入らない。丹田の炎を大きく燃やし続けるには腹まで空気を入れるべきであると考えるようになった。その方法とは次の2通りある。 


1)胎息(息を飲み込んで消化管に至らしむ)


呼吸器官は胸までしかないが、消化管は食道を通って腹全体に配置されている。息を吸うのでなく、息を飲み込むようにすることで胃腸に空気が入るから、臍下3寸(=関元に相当)にある丹田の炎を大きく燃やすことで精を養う能力を増やすことができる。臍下丹田にある精が、そこに入ってきた空気と結合して神(=正常な意識。この神というのは霊魂とな別物)が生ずる。

 
腹にまで空気を入れる呼吸法を胎息とよぶ。これは母の胎内における胎児の呼吸の方法だからである。

臍下丹田に入った気は、その後に髄管によって脳に導かれ、脳から再び胸に降りていく。3つの丹田(後述)をこのように回り終えたら、口から吐き出される。あるいは単に気を巡らせるのではなく、気を身体の中で意のままに動きまさせる。病気の時は、疾患のある場所を治すため、そこへ気を導く。

2)閉気(息を閉じ込める)

凡人は、吸った空気はすぐに吐いてしまうから、空気の中に含まれている滋養を充分に吸収できない。気を深部にまで巡らすには、長時間息を止めておく(閉気)ことが必要である。閉息して、気のもつ滋養を吸収できる時間をできるだけ長くする。


5.食餌法


1)三つの丹田の働きを妨げる三虫


身体を、上部(頭と腕)、中部(胸)、下部(腹と脚)に三分割できる。各部には上丹田・中丹田・下丹田とよばれるそれぞれの司令部がある。丹とは紅と同様な意味で、炎に通じている。生命の炎が燃え続けているためには、気(空気)は不可欠である。

上丹田:脳中にあり、泥丸(ニーワン)宮という。これはサンスクリット語のニルバーナ=涅槃に由来している。上丹田は知性をつかさどる。なお涅槃(ねはん)とは煩悩から超越した境地のこと。転じて聖者の死を涅槃というようになった。上丹田に行く気が不足すれば知性を失う。

中丹田:心臓のそばには絳宮(こうきゅう)がある。絳(こう)とは深紅の意味がある。
血液循環の元締めだからであろう。心拍数の増減させること、すなわち感情の起伏に関与している。

下丹田:臍の下3寸の処(関元の部位)にある。下丹田は精を養っている部で、精に気が注入されて初めて神(正常な精神)ができる。精力(精神や肉体の活動する力)をつくる源でもある。

 


2)辟穀(へきこく)-三虫退治のために 

三つの丹田にはそれぞれの守護神がいて、悪い精霊や悪気から丹田を守っている。しかし守護神のそばには有害な三虫あるいは三尸(=屍)がいて丹田を攻撃して老衰や病気の原因をつくる。道士(道教の修業者)は、できるだけ早く三虫を取り除かねばならない。穀物を食べると、必然的にカス(大便の材料)が出て、カスは濁気を醸成する。この濁気が三虫を滋養し、疾病を起こす。三虫を取り除くには、穀物を絶たねばならない。これを辟穀(へきこく)とよぶ。辟穀は道士修業の基本である。穀物の代りに松実・きのこ・薬草などを食して体内の気を清澄に保つ。
                                   

2)霊薬としての丹薬


①丹薬の製造


辟穀しただけでは、三虫を絶滅しきれず、丹薬の服用も欠かせすことができない。丹薬は丹砂(=辰砂)ともいい、自然界では硫化水銀として存在している。純粋な丹砂は、朱色だが、普通は不純物を含むので暗褐色である。丹砂を炉400~600 ℃ に加熱して出た蒸気を冷やすことで水銀を取り出す。

水銀蒸気は目にみえず、瞬時に蒸発してなくなる。この段階では見えないものを集めなくてはならないので、2000年前の中国人が水銀精製法を発明したことは驚きである。熱を加える作業をした職人は、おそらく霊薬中毒(=水銀中毒)で発病しただろう。

水銀がなぜ霊薬だと思ったのかは定かではないが、水銀は金属でありながら重い液体であり、さらに常温でも気化(重さがなくなる)して次第に消滅することなどの特性があることなどが考えられる。

古代ヨーロッパの錬金術師が、鉛などの卑金属を金に変える際の触媒となると考えた霊薬は辰砂のことで、辰砂は西洋では「賢者の石」ともよばれる。賢者の石との名称は、童話「ハリー・ポッターと賢者の石」ですっかり有名になった。

 

 

 

 

 

②硫黄と水銀の特殊性

なぜ、硫黄と水銀が特別なのかについては、最もな理由があった。

①自然界には辰砂 しんしゃ(=硫化水銀HgS)という朱色の鉱石がある。これを空気中で加熱(600℃)すると、次の化学変化が起こる。発生した水銀蒸気を冷やすことで水銀抽出できる。なお二酸化硫黄は空気中に拡散され残らない。
   

 

②この水銀単体を空気中でさらに加熱(350℃)することで朱色の酸化水銀になる。
     
③さらに加熱(450℃)すると酸化水銀が分解され、水銀単体に戻すことができる。
  
②③は可逆反応であり、空気中で加熱するときの温度の違いにより繰り返し反応を起こすことができる。 辰砂を焼くだけで、銀色→朱色→銀色→朱色と繰り返し色が変化することが、神秘性を感じたとしても不思議ではない。

 

 

3)丹薬の効能

丹薬は永遠の命や美容などで効果があると信じられていた。丹薬が永遠の命を実現できるものとする考え方は、遺体を辰砂溶液に浸しておくと、いつまでも腐敗しないという実例がヒントになっているのだろう。ちなみに昭和天皇の遺体も布にくるまれた後、辰砂液につけられ、真っ赤だったという証言もある。天皇のような高貴な身分の人は、死去から遺体を埋めるまでに相当な期間を要するので、腐敗を防ぐ手立てが必要になったという。

秦の始皇帝は永遠の命を求め、水銀入りの薬や食べ物を摂取していたことによって逆に落命したことが知られている。死因は現代でいう水俣病(有機水銀中毒)だった。他にも多数の権力者が水銀中毒で死亡した。当時から、丹薬服用の危険性は知られていた。にもかかわらず次から次へと水銀を飲んで死亡した人をみて、自分はやめようとは思わなかったのだろうか。それには「至高の価値を得るためには、命を預けた賭けが必要とされ、また人格によって毒にも薬にもなる」という殺し文句があった。丹薬を服用する者は、自分がそれに相応しい人格だと信じて疑わなかったのだろう。

始皇帝の陵墓は中国成西の郊外にある。陵墓全体は土に覆われ、小山のようになっている。『史記』には始皇帝棺の周囲は自然を模したように水銀で海が満たされていたとの記載があり、今日土壌を調査すると、土に水銀濃度が高いことが判明していて、内部構造を調べるのを困難にしている。水銀には腐敗防止効果もあるので、中を発掘し、酸素に触れさせることで、劣化が早まるという危惧もある。 


なお稲荷神社の鳥居や神社の社殿などの塗料して古来から用いられた朱の原材料も、水銀=丹である。丹は木材の防腐剤として使われてきた。朱色は生命の躍動を現すとともに、古来災厄を防ぐ色としても重視されきた。臍下3寸の関元穴あたりを臍下丹田とよぶ。この部が充実して温かいことが、命の炎が燃焼しているという意味であった。

 

※黄鉄鉱とは

FeS2で表される。英語ではパイライトとよばれ、これはギリシャ語の火を意味するpyrに由来する。黄鉄鉱をハンマーで叩くと火花を散らすことから命名。金属光沢をもち淡黄色の色調により金と間違えられることが多いことから、「愚者の黄金」とも呼ばれる。黄鉄鋼とよく似た鉱石に黄銅鉱(CuFeS)があり、黄金色という点で、黄銅鉱の見た目の方が金に似ている。いずれも金銭的には価値がない。黄鉄鉱や黄銅鉱は川底や海岸の砂底にキラキラと光って見られることがある。金であれば比重が重いので石や砂の底にあって、しかも微量なので肉眼で確認することは困難である。

3.錬金術としての効能

古代から西洋では錬金術として金の抽出が行われていた。これは金鉱石を砕いて水銀を加えて加熱し、水銀蒸気を蒸発させて純粋な金をつくるものだった。卑金属から貴金属をつくる研究も行われたが、これらは失敗した。しかし近代化学の基礎を築いたという点で評価されている。


 

 

 

 

 

 

中国の柴暁明先生が、上記の私のブログを中国語に訳して下さいました。感謝致します。文面は次の通りです。

現代の中国でも、上流階級の者を中心に、道教の辟穀は流行っているようです。
何万元から何十万元でもかかって一週間の辟穀修業する方も結構多いそうです。
新聞記事を鵜呑みにして、浅い知識で勝手に今週辟穀しようと宣言する庶民たちは少なくないです。
このブログは、中国人にとって必要な基礎内容です。私は翻訳する前は、道教に対する認識も薄かったですが、このブログのお陰で、以前より深く認識できるようになりました。

 道教によって影響をうけた古代中国の生命観 Ver.1.3

 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=2247483824&idx=1&sn=f063f536f5a61784f4d0358d20421572&chksm=fb463a18cc31b30e656ef7b3e859ad4f06fe432d219ec8df057fb5670dcd203c6a215d5c7486&token=394854727&lang=zh_CN#rd