AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

甲状腺機能低下症と脚気の針灸治療 ver.1.2

2016-11-23 | 全身症状

1.甲状腺機能低下症とは

甲状腺ホルモンは、身体の新陳代謝をスムーズにする役割がある。このホルモンがなくても生きていけるが分泌低下すれば、色黒・寒がり・脱毛・体温低下・脈拍数低下・易疲労・胃腸機能低下(食欲不振、便秘)などの新陳代謝低下症状が生じる。

甲状腺機能低下症との確定診断は、本症の確定診断には血液検査を行う。トリヨードサイロキシン(T3)低値、サイロキシン(T4)低値、甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値という検査結果は、甲状腺機能低下症であることを裏付ける。
なお甲状腺機能低下症の原因は種々だが、最も多いのは橋本病である。

 

2.開業針灸における甲状腺機能低下症の診療 

1)甲状腺機能低下症患者は珍しくない


鍼灸には、不定愁訴を訴える患者が多く来院する。その大部分は更年期障害・神経症・筋痛症候群であるが、甲状腺機能低下症との診断がついた患者もまれに来院する。甲状腺機能低下症が疑われる患者はさらに多く来院する。

不定愁訴症候群の中から甲状腺機能低下症の疑いをもつ条件だが、私は、腎虚のイメージとして把握している。すなわち色黒・脱毛・寒がりに注目している。

2)甲状腺機能低下症の鍼灸治療と治療効果

甲状腺ホルモン分泌低下が原因なので、鍼灸では無理だろうと考えがちだが、施術してみると、効果絶大で、しかも速効性があることが分かる。その治療効果とは、一言でいえば疲労倦怠感の大幅な軽減である。筆者の場合、全身とくに体幹背面の筋を緩めるような鍼灸治療を行うが、とくにどのツボが必須ということではなく、仰臥位で10~20本程度の置針10分間、その後の伏臥位でも10~20本程度の置針10分間、座位で肩井、天柱への単刺程度の治療で、十分な効果が得られることが非常に多いと思う。

しかしながら、治療効果の持続時間は1~2日程度にすぎないのである。

3)鍼灸治療の適応と限界

甲状腺機能低下症の原因は不明であり、根本的治療法も確立していない。ホルモン補充療法としてチラージン(甲状腺ホルモンであるサイロキシン)が投与され、これは基本的に一生服用することになる。

甲状腺機能低下患者で、医師によるホルモン補充療法がすでに行われ、検査値も正常内に入っているのに、身体のだるさを訴える例も相当あるようだ。そうした者が投薬治療を受けつつも、鍼灸治療を希望しるのであろう。
鍼灸は、無論のことホルモン補充療法にとって代わるものにならない。だが鍼灸をすると、たとえば、今にも倒れそうになり、やっと治療院に来院した者が、治療後は元気になって帰って行くのを目の当たりにすることができる。
かといって、毎日ないし一日おきに針灸に来院させることは費用の面や時間の制約もあって困難であろう。、交感神経緊張を目的として、つらい時は熱いシャワーを短時間浴びることをアドバイスしている。実際、これもかなり効果的である。

 

3.脚気と鍼灸治療について

かつて脚気が原因不明の病気だった時代、脚気に針灸治療が行われ、そこそこ有効だったという話が伝わっているが、針灸治療が甲状腺機能低下症状に限定的ながら効果があることを考えれば、脚気に対してもある程度効果が見込めるのだろうか。



1)脚気の語源・症状


脚気という名称は、7世紀に著された「病源候論」に、“その病脚より起こるをもっての故に脚気と名づく”(木下晴都「最新鍼灸治療学」上巻より)とある。

ビタミンB1(チアミン)の欠乏により、心不全と末梢神経障害をきたす疾患である。心不全によって下肢のむくみが、神経障害によって下肢のしびれが起きることから脚気の名で呼ばれる。

ビタミンB1は神経機能を正常に働かせる作用がある。脳や神経に必要な成分はおもに糖質で、その代謝にB1が関与している。というのも、B1は炭水化物のなかの糖質が分解されてエネルギーに変わるときに欠かせないからである。糖質をたくさん摂取しても、B1がないと糖質の分解ができず、疲労物質(乳酸など)が体内にたまり、疲れやすくなったり、だるく、倦怠感が出るのはそのためである。

脚気の自覚症状は、初期には易疲労感のみであるが、進行するにつれ食欲不振・四肢(特に下肢のしびれ感)・動悸・息切れが加わる。不足すると末梢神経に異常をきたし、手足のしびれ、疲労、最悪の場合「心臓脚気」で命を落とすこともある。心臓機能の低下・不全を併発したときは、「脚気衝心」と呼ばれ、突然の嘔吐をきたしショック状態になり、死に至る病でもあった。

ビタミンB1は米の胚芽部多く含まれるが、わが国で庶民にも脚気が広く蔓延したのは、精米された白米を食べる習慣が広まった江戸時代頃からで、それ以前は、貴族など高貴な身分の者がかかった疾患だった。


2)脚気の針灸治療 


脚気の治療というと、「脚気八処の灸」が広く知ら東洋療法学校協会の経穴の教科書に載っている。この八穴とは、風市・伏兎・犢鼻・膝眼・足三里・上廉・下廉・絶骨(懸鍾)である(トトク風に懸かって、膝の上下三里と記憶)。出典は「千金方」による。本著は唐代、孫真人(655-658)により著された。

 

下肢部を重点的に取穴していることから、下肢症状に対処したものだと思える。ただし「神応経」には、ほかに心兪・脾兪・腎兪・関元兪・水分などの穴にも針灸するよう指示している。要するに全身治療を行う必要があるらしい。

 

鍼灸という物理的刺激が、交感神経緊張状態をもたらし、改善効果を生じたと考えれば、その効果は一過性だろう。それよりも、脚のだるさ・下肢浮腫・食欲不振などを併せ持つ患者を、早合点して初期の脚気だと誤診した結果によるものではないか?

「針灸臨床医典」には、治療期間について次のような記載もある。
浮腫のみ→1~2週間の治療
筋萎縮が始まると→1~2ヶ月の治療を要する
心臓衰弱(脚気衝心)→手ごわい

 

 


 

 


神経根症の痛みの針灸治療 Ver.1.1

2016-11-19 | 腰下肢症状

1.神経根症時にみる上・下肢痛は、筋々膜症由来である。
 
知覚神経は上行性で運動神経は下行性である。ゆえに腰殿部における神経の圧迫は、下肢に知覚神経症状を生ずることはないが、運動神経症状を生ずる。すなわち腰椎椎間板ヘルニアなどによる神経根症では、神経圧迫されたからといっても、下肢に痛みは生じることはないが運動神経症状が生ずる。

ただしこの運動神経症状は脳血管障害にみるような、下肢が動かないといった重度なものではなく、下肢の攣縮や筋力がやや低下する程度となる。
 
現実に腰椎椎間板ヘルニアでは、腰殿部の痛みのほかに、下肢痛を生ずることは非常に多いが、これは神経根が圧迫や刺激された症状ではなく、腰殿部筋々膜の興奮による放散痛によるものである。たとえば殿部の坐骨神経ブロック点に刺針すると、下肢に電撃様針響が得られるのは、坐骨神経の知覚神経線維ではなく、運動神経線維刺激による下肢筋の痙縮である(加茂淳医師)。



2.神経根症に対する針治療の考え方

いわゆる神経根症に対して、ペインクリニックでは神経根ブロックが行われてきて、一定の症状緩和を得てきた。ただし完治に至る方法ではなかった。

今から14年前の報告になるが、井上基治らは、この神経根ブロックの方法にならって4症例にX線透刺下で神経根部に刺針+通電刺激したところ、どれも著効が得られたという報告がある。この作用機序としては、神経を鍼で刺激→神経血流の増大→神経損傷の修復と考察している。(井上基浩 他「根性坐骨神経痛に対する神経根鍼通電療法の開発と有効性」明治鍼灸医学 第30号:1-8  (2002)

ブロック注射による薬液浸潤拡散により神経根部を刺激することは可能だとしても鍼灸での針では神経根部に届くというのは無理があって、実際には神経根周囲刺針であって、これも神経根周囲の筋緊張を緩めた効果が大きいだろう。要するに筋膜膜症というであれば、鍼灸が得意とする筋々膜性腰痛と同じように施術できる筈である。



3.神経根症の鍼灸治療点

たとえば神経根性坐骨神経痛の場合、障害ある神経根周囲を刺激することは技術的に難しいので、仙骨神経叢部あたりの筋々膜を針刺激したり、殿部ほぼ中央にある坐骨神経ブロック点(≒殿圧穴)に刺針して下肢症状部に響きを与えたり、神経根性腕神経叢神経痛の場合も前・中斜角筋を針刺激したりして上肢症状部部位に響きを与えると、症状が軽減することもあるが、本質に迫った治療とはいえないので、次回来院時には症状が元に戻ったと聴いてがっかりすることが多いのであった。

腰椎椎間板ヘルニアによる下肢症状が、筋膜性のものだとして、具体的にどの部分が問題なのだろうか。

筋膜性疼痛症(MPS)研究会代表の木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部のfasciaの重積のようだという見解を記していた。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/sfacetの上か下のギザギザの底部にfasciaの重積が見られる。そこに圧痛が出る。上下の椎間関節を結ぶ、ギザギザの底部のfasciaに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合は、ちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、大抵神経根に沿って広がる」

 

 

 木村のfasciaの重積がみられる点というのは、これまでも私が行っていた椎間関節刺針部位(すなわち棘突起の外方1寸)と良く似ている。とくに症状部に放散痛を与えようとする場合、さらに外方に刺針点を求めるという点も、そっくりであった。ただし私の場合は、椎間関節症に対して椎間関節刺針を行っていた。神経根症の場合のことは、考えの範疇に入っていなかった。今後、神経根症の治療に際して、その上下肢関連する知覚神経症状に対して、椎間関節刺針を行う方向性が示された。

4.フェリクス・マン(Felix Mann)の見解

フェリックス・マン(1931.4.10~ 2014.10.2)はドイツ生まれで,幼少の頃からイギリスに在住した。科学的な見方をした鍼灸師だった。1977年に「鍼の科学」をイギリスで出版した。本著は1982年にわが国では西条一止、佐藤優子、笠原典之により翻訳され医歯藥出版社から発行された。

本書には、次のような興味深い記述がみられる。「頸椎椎間板症候群やそれに関連ある病気の患者では、第6頸椎の横突起を刺激するほうが、腕神経叢を形成している数本の神経を鍼で刺すよりも効果的である」

これがどのような病態を示すものは必ずしも明瞭でない。私は、この記載を追試しようと、最近上肢痛を訴える患者に対して、側頸部から第6頸椎横突起を刺激してみると、上肢症状部に放散痛を得ることができた。上肢痛または下肢痛を訴える神経根症を疑わせる症例に使えるのではないかと思った。

 

 


 


仙結節靱帯刺針の効果 Ver.1.1

2016-11-16 | 腰下肢症状

平成26年5月10日報告の<坐骨滑液包炎の針灸治験>ブログで、坐骨結節滑液包炎の鍼灸治療について説明した。今回は仙結節靱帯痛と思える症例を経験し、よい成果を収めることができたので報告する。

1.仙結節靱帯痛の概要と鍼灸治療方法

1)症状
下殿部~大腿後側痛、陰部神経症状(肛門や肛門奥の鈍痛)


2)病態
ランニングやストレッチ体操のような、繰り返される大腿の大きな動作により、仙結節靱帯のTPが活性し、下殿部~大腿後側痛出現。この靱帯深部には陰部神経が走行するため、陰部神経絞扼障害も出現することがある。


3)針灸治療
伏臥位で、仙結節靱帯に相当すると思える部に、3寸#10にて深刺し硬い組織に当てる。3~5本集中置針(30~60分間)。

 

 

4)コメント

仙結節靱帯が原因で症状をもたらすことがあることは、つい最近のMPS研究会の報告で知った。それ以前、そもそも靱帯が痛みを起こすとは考えていなかった。仙結節靱帯は、皮下組織の厚い部にあるため、触診や押圧によって圧痛等の異常を確認しづらく、刺針点を定める確証が得られにくい。そこで解剖図を参考にして、刺針して仙結節靱帯に命中しそうな部位を選択したが、やむを得ず、一直線となるように3~5本深刺し、またTP過敏性を鎮めるために、長時間(筆者は30~60分間)置針することを考えた。

 
2.症例

1)左下殿部内側から大腿内側上部の痛み、頻尿を訴える例(60才、女性)


当院来院1年間くらいから、思い当たる理由なく、左下殿部内側から大腿内側上部が痛む。頻尿もあり。椅子に座ると、坐骨あたりが圧迫されるので、長時間座っていられない。股関節X線正常、骨盤部MRIで左側梨状筋の肥大を確認。ペインクリニック科で硬膜外神経ブロックや殿部からの坐骨神経ブロックを行ったが、無効だった。坐骨結節部に圧痛なし。

     
当初は左側陰部神経障害を考え、左側陰部神経刺針を行い、また念のために左梨状筋刺針(=坐骨神経ブロック点刺針)も行い、10~30分置針パルスを実施した。
また仙骨神経叢と陰部神経に影響を与える目的で左中髎に直接灸実施。
   
何回か上記治療を繰り返すうちに、頻尿は改善したが、下殿部内側の痛みは、あまり変化なかった。このような治療を週1回ペースで1年3ヶ月継続した。針灸を継続していればいくらか座っていられるとのことだった。それ以上の治療を思いつかず難儀していたところ、仙結節靱帯もTPポイント活性になることを知り、前述した治療に変更してみると、治療直後から自覚的に明かに下殿部症状の軽減をみたということだった。

※後日、当人がこのブログをみて、発症した原因は不明と言ったが、膝をのばして両脚を開いた姿勢で、長時間何日も絵を描いたのが原因かもしれないと話してくれた。両脚を開いたというのは下の症例と類似点がある。


2)会陰部奥の痛み、左下殿部痛(53才、女性) 

     
数ヶ月前、ヨガで開脚姿勢をとろうとした際、足がすべって股が無理に開いた。その直後から、上記症状出現。会陰部は脱肛感や灼熱感があるが、外見上異常なく、 肛門周囲に圧痛はない。内科、婦人科では異常は見つからなかった。それ以外に、ふくらはぎと足底痛もあり。ヨガやランニングを好んで行っている。

   
坐骨結節部に圧痛なく、会陰部にも圧痛なし。上記症状の経験より、当初から仙結節靱帯TP活性化を考え、伏臥位にて左仙結節靱帯に相当する部から5本深刺で30分間置針実施した。
治療後数時間は残針感があったが、その後に肛門周囲がポカポカし気持ちよかく、翌日久しぶりにランニングする気になったとのこと。ただしランニング後に症状は元に戻ってしまった。
   
3日後再診。今度も同様の刺針を行い、置針時間60分としてみた。また症状が安定して回復するまで運動中止を指示した。このやり方とは別に、四つばい位で仙結節靱帯に置針をし、徐々に正座位に体位変換を指示する運動鍼を行うと、さらに治療効果が増すことを発見した。正座位を行わせる際、大腿と下腿の間にマクラを挟んで、深い正座姿勢ができないようにすることで刺激程度をコントロールできる。

※本患者は足底痛や左脚第4趾DIP関節痛もあったが、仙結節靱帯刺針を行うことで消失または症状部位置が移動した。これらはTP活性化に起因した放散痛部位だったのかもしれない。

 

4.仙結節靱帯の触診(追補)

私は仙結節靱帯の触診に困難を感じてなかったが、韓国のLee先生は、上述した説明でうまく触知できず、以下に示す方法で触診できたと連絡を下さった。熱心さに頭が下がる。