現代医学の脱毛症に関する研究と治療は、この十数年間に長足の発展をとげた。病理機序がかなり明らかになったということは、馴染みのない医学単語が頻出することでもあり、鍼灸師も改めで勉強し直す必要性を感じる。効果のある新薬が出てきたことは、針灸治療する上での考察のヒントにもなるだろう。
脱毛症は、男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)と円形脱毛症が2大疾患になるが、現在では女性型脱毛症についても関心がもたれるようになった。針灸治療は円形脱毛症に効果のあることが判明しているので、本稿では、この2大疾患についてコンパクトに整理し、円形脱毛症は針灸治療についても言及する。(なおAGAは鍼灸適応症として認識されていない)
1.男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)
1)原因
わが国で抜け毛や薄毛に悩む者は、1300万人といわれるが、その大半はAGA。男性ホルン分泌が原因。遺伝8割。
2)病態生理
①ヘアサイクルの短期化
毛は生えてきたら、ある一定期間はえ続け、やがて抜け落ちる。これを毛周期(ヘアサイクル)という。髪の毛の1本1本には独立したヘアサイクルが存在し、全体として混然一体となっている。AGAでは毛周期が短縮し、毛髪が十分太く長く育たないうちに成長期の初期段階で抜けてしまう。
一生涯に繰り返しできるヘアサイクルは約40回と決まっている。ヘアサイクル期間は、常者なら3~5年だが、AGAでは100日程度と極端に短くなるので、短期間にヘアサイクがカウントされ、規定の回数に達すると、以降は髪の毛は生えてこなくなる。
②悪玉テストステロンの生成
AGAには血液中の男性ホルモンのテストステロンが、毛乳頭にある5α還元酵素と結合し、DHT(ジヒドロテストステロン、通称悪玉テストステロン)を生成。
3)治療薬
①プロペシア内服
DHTには発毛抑制作用がある。DHT生成をブロックする治療薬がプペシア。AGA治療薬として日本の厚生省認可した唯一の薬。
②デュタステリド・フィナステリド内服
5α還元酵素を阻害することで DHTの合成を阻害。男性ホルモンの影響を弱くする作用。本来は前立腺肥大の薬として開発された。
③ミノキシジル塗布
毛包に作用しタンパク質の合成と細胞増殖を促す。休止期に入っている毛髪を成長期に移行させる薬。4〜6か月薬を継続すれば効果が実感できる。商品には育毛剤リアップなどがある。薬局などで購入できる手軽さがある。ミノキシジルには発毛効果はあるが、使用中止すと作用もなくなる。元々は高血圧薬として開発されたもの。男性型AGAとして効果が認められたが、後に女性用AGAにも効果があることが判明し適応が拡大された。
2.円形脱毛症 Alopecia areata
1)原因
ウイルスや細菌を排除するリンパ球が、毛根を「異物」と誤認し攻撃し、毛根が炎症を起す。毛の根元が細くなったり、途中で切断したりする。脱毛機序は、ヘアサイクルとは無関係。かつては精神的ストレスに由来するとされた。これはストレス→交感神経緊張→頭皮の血収縮→末梢の血流障害という病態生理を想定したものである。現在では以前ほど精神的要因重視されていない。
2)症状・所見
突然頭髪の一部が円形、楕円形に脱毛。健康部との境界は明確。毛髪を引っぱると簡単に抜ける。抜けた髪を観ると、根元ほど細い毛で、感嘆符(!)が特徴。
進行期:毛根を異物をみなしたリンパ球が集まり攻撃 →炎症が起こり脱毛する。
固定期:毛が抜けて止まる →自然に新たな毛が生えてくるか否かは予測困難
3)AGAと円形脱毛症の相違点
4)分類と予後
単発型と多発型が多い。十人に一人は生涯に一度は経験する。
①単発型:10円玉ほどの脱毛が、1~数個できる。自然治癒が多いが再発しやすい
②多発型:単発型が融合した状態。単発型と同様、自然治癒が多いが、再発しやすい。
③汎発性:多発型を繰り返して全身の毛まで抜ける。治療的予後は不良。
※全頭型円形脱毛症の症例(32才、女性)
本患者は脱毛症だと訴えるものの見た感じでは頭髪は正常のように思えた。しかし自らカツラをとると、驚いたことに頭皮の3/5ほどに頭髪がなく、ところどころに髪が密集している状態。治療室にて灸点数カ所を刺激し鎮静作用のある体鍼を併用すること数ヶ月。目立った効果ないので、家庭用電気灸器を購入させ、毎日頭皮数十箇所に灸するよう指示した。それから頭皮の状態は急速に改善したとのことで治療終了。
本患者は1年後再来。編み物に熱中しすぎたせいか3ヶ月ほど前からまた髪が抜けてきた(左頭維のやや前方、2×3㎝の楕円)という訴えだった。カツラをとるように指示すると、これは地毛だということで非常にびっくりした。よくもここまで回復したものだ。
※多発型円形脱毛症の自験例(56才、男性)
針灸学校の非常勤教員をしていた一時期、学科主任と折り合いが悪く非常にストレスを感じた時があった。すると間もなく円形脱毛症を発症。毎日パラパラと頭髪が落ち続け、広汎な円形脱毛症となった。外見はどうでもよかったが、寒い時期だったので頭が寒いことを初体験した。
何も治療しないうちに髪は抜けにくくなり、春頃には頭皮が全体的に髪で隠れるようになった。明らかに精神的ストレスが原因と思われた症例だった。
5)円形脱毛症の現代医学的治療
①セファランチン服用
始まったばかりで小範囲しか脱毛していない場合に使用。本剤には抗アレギー作用、血流促進作用、末梢血管を拡張、末梢循環障害改善があり副作用が少ない。経過が長引くようなら脱毛部にステロイドを局所注射。
②局所免疫療法
広く脱毛して6ヶ月以上も続いている場合、本療法が適応になる。かぶれを起こす特殊な薬品(SADBE、DPCPなど)を脱毛部に塗って、弱いかぶれの皮膚炎を繰り返し起こさせる治療法。1~2週に1回実施。T細胞を毛根ではなく炎症部分に集めるのが狙い。有効率は60%以上。現在最も有効な円形脱毛症の治療法。平均3ヵ発毛が見られる。自費診療。
③振動圧刺激
最近の研究では、振動圧刺激が薄毛治療に効果があることが明らかになった(ヘアメデカルグループ・日本医科大学形成外科・株式会社アンファーの共同研究)。毛髪を生やそとするシグナルを出す毛乳頭細胞に、超音波でブルブル…と振動圧を与えたところ、無刺の場合と比較し、この細胞が約1.3倍細胞が活性化した旨。
もともと「マッサージで血行が良くなると髪にも栄養が行きわたって良い」といったモノのいい方は、何となくあったが、血行促進が発毛効果につながるいうエビデンスはなかった。今回の実験によって刺激による血行促進ではなく、刺激そのものが細胞に働きかけ、発毛に効果的だということがわかった。発毛剤によく含まれる成分ミノキシジルを細胞に投与しても、振動刺激と同じように1.3倍程度細胞が活性化し、振動との併用では平常時の1.5倍ほどに効果がアップすることが判明した。
3.円形脱毛症の針灸治療
1)脱毛部への施灸
現代医学の局所免疫療法と似たような考えに、脱毛頭皮部に対する施灸がある。脱毛部が直径1㎝以内の時はその中央に半米粒大灸3~5壮する。脱毛部が直径2㎝大のは脱毛面境界部を1㎝間隔で単刺し、半米粒大灸を中心あたりに2箇所行う。脱毛部が直径㎝以上の時は鍼は単刺を同様に行い、境界部に3~4箇所施灸する数か月後に治癒する。(木下晴都著「最新針灸治療学」)
ただし治療期間が長くなる。自宅施灸治療はどうしても続けるのか困難になる。このような場合、私はカツラ用 のクシ(ブラシ部分が金属でできており先端は丸くなっている。500~1000円程度) 頭皮を叩くよいアドバイスしている。梅花針や七星針では消毒に難があるため。
2)閻(えん)三針
1980年代、北京灯市口病院の中医師、閻世燮(エン・スーシェ)が考案した特殊な頭針療法。脱毛症は結局、自律神経の乱れから起こるとして、自律神経を調節する作用のある治療として考案された。有効率80%と大変な効果があると中国で評判になった。円形脱毛症に対する下記穴を梅花針、毫鍼等で刺激する。
この治療法は毎日のように針治療に通うことを原則としているが、日本では週一回の治療でなければ長期的な通院ができないという事情から、明治鍼灸大学と共同研究で、体鍼と併用する治療法を確立した。
灸頭針もよく行われるが、これにはちょっとした秘密がある。灸頭針の場合でも皮膚面に対して水平刺するが、皮膚から出た部から針を直角に折り曲げるのが秘密で、一見すると頭皮に直刺しているように見える。そして灸頭針を行うようにする。
① 生髪(しょうはつ):風府と風池をつなぐ線の中心
② 防老:百会の後ろ1寸:針尖を斜め前方に向けて鍼柄が患者の頭皮と平行に成るように皮膚に沿わせる。得気を確認すること。
③ 健脳:風池の下5分:鍼尖を下に向けて0.2寸(約3ミリ)刺入する。このツボは頭皮中にあり、ぴったりに刺入しなければ効果が薄い。
※信頼性の乏しかった、かつての中国発毛剤の報告
1980年代、我が国では中国製の「101」という発毛剤が一大ブームとなった。有効率が97.5%という触れ込みだが、背後に日本人の仕掛け人がおり、それに週刊誌が飛びついた結果だった。しかし使用者にカブレがおこるという事例が多々あり、ブームはあっという間に終わった。今になって振り返れば、カブレが起こることは局所免疫療法に類似したものがあるといえるかもしれない。
同じ類のもとして、以後も禁煙香(禁煙に効果あるとする薬草を嗅ぐ)や痩身に効果ありとする海草石鹸などが評判となったが、効果の有無は不明のまま、大衆に飽きられてブームは下火になった。中国からの医療ニュースは、とかく眉唾が多いので相手にしないことが一番である。
4.女性型脱毛症の治療薬について
女性ホルモン「エストロゲン」が加齢によって減少し、 ホルモンバランスが乱れることによって起こる脱毛症。早い人では女性ホルモンが減少し始める30代半ばから抜け毛が増える。頭頂部と前頭部(髪の生え際)から薄毛が始まるのが特徴の男性のAGAとは異なり、髪が細く弱っていき、かつ全体的に薄くなる。
外用薬ではミノキシジル(休止期に入っている毛髪を成長期に移行させる塗布薬)が女性型ともに有効であることが海外の臨床研究で明らかになった。一方、女性型脱毛症には、男性ホルモンの影響を止める作用であるデュタステリド・フィナステリド内服は効果が認められなかった。