現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

上天柱刺針と下玉枕刺針のねらい目の違い

2024-02-13 | 歯科症状

筆者は以前から上天柱刺針と下玉枕刺針の違いに注目していた。この度、筆者の推測を裏付ける症例を体験したので報告する。

1.上天柱

後頭骨の後下方の下項線には後頭下筋の一つである大後頭直筋の骨付着部がある。大後頭直筋へ刺針するには、C1-C2後正中から外方1.3寸に天柱穴をとり、その上方約1寸でC1-後頭骨間に上天柱(奇穴)から深刺する。上天柱から深刺直刺すると、僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入ってゆく。大後頭直筋は、頭蓋骨-C1の屈曲伸展に関与し、頸椎に対する頭蓋骨のブレ防止の機能をもつ。したがって本筋の緊張では動揺性めまいや眼精疲労を生ずることがある。
 
なお天柱穴から直刺深刺する意味は分からなかった。これは天柱が無意味といのではなく、どこに天柱を取穴するかという解釈の違いによるものだろう。


 

2.下玉枕
 
後頭骨の後下部で下項線の上1~2寸上方には上項線があり、頭半棘筋が停止する。上項線から上には、筋はなく帽状腱膜となっている。上項線の直下には下玉枕取穴する。頭半棘筋は、Th3棘突起を起始として後頭骨上項点に停止する強大な筋で、下に向いてしまう顔面を引っぱり上げる役割があり、また頭蓋骨の重量を支持する役割もある。

下玉枕から直刺すると薄い頭半棘筋停止部に入り、その下に筋はなく骨があるのみ。したがって下天柱は深刺はできず、右玉枕からの刺針は、左玉枕方向に斜刺することになる。

 

3.顎関節症Ⅲb型と後頸緊張症状の症例報告(42才、男性)

5年ほど前から辛くてどうしようもなくなると当院に来院するようになった。現在、年に数回来院する。主訴はいつも同じで、左顎関節の動きが悪く後頸部痛があること。開口すると、左顎関節が詰まり、滑らかに動かないという。開口時のクリック音なし。左顎関節症Ⅲb型と判定した。

顎関節円板の慢性的な脱臼に対する針灸治療は、下関から聴宮方向に斜刺深刺し、外側翼突筋上頭の顎関節円板に付着するあたりを狙うのが私の治療パターンになる。寸6#2で実施すると反応が弱かったので2寸#8の針で刺し直した。10秒ほど置針すると、ちょうど悪い処に響いているとの訴えがえられた。5分間置針して抜針。
※下関から直刺深刺すると外側翼筋下頭刺激になり、Ⅰ型顎関節症による開口制限によく効く。

すると今度後頸部の頸板状筋あたりがつらいというので、下風池(C2棘突起下外方1.3寸)から直刺。ちなみに頭板状筋は、C1C2間の回旋機能を担当している。
その直後から、後頭下部がつらく感じると訴えた。そこで座位にして私の常套法である上天柱部深刺を行った。たいていの患者は、この治療で満足するのだが、本患者は面白いことに「そこが頸筋の最上部ですか?」と言った。私は「さらに上方にも筋があるから、そこに刺針しますか?」との質問に、「やってみて下さい」ということで、下玉枕から頭半棘筋停止に向けて刺入、直刺すると骨にぶつかるので、対側の下玉枕へと斜刺した。10秒ほど置針していると、「頸が次第にゆるんでいるのが分かる」と言った。結局この患者は、この針で満足したようだった。


4.症例を通じて学んだこと


以前から顎関節と頸椎には密接な関係があることを、整体やカイロプラクティック分野で指摘されてはいたが、内容が宣伝に偏り、エビデンスも不十分なので距離をおいていた。ただ本症例の治療を経験してみて、両者間に関連性のあることが理解できた。その理論的背景には次のものを発見した。

1)開口すると、C2に対してC1が前方に辷るとされ、顎関節症で円滑に開口できない場合、C1C2間の歪みは大きくなる。すなわち顎関節症は上部頸椎アラインメントを乱す方向に働くようだ。


2)頸椎と頭蓋骨の接合部を支点とすると、頭蓋骨の重心はやや前方にあるので、この状態では顔が下に垂れてしまう。後頭骨を下方に引っぱる筋があることで頭蓋骨の重量バランスが保たれる。  後頭骨を下方に引っぱる筋とは、後頭下筋および頭半棘筋である。上天柱は大後頭直筋の起始であり、下玉枕は頭半棘筋の起始である。

 


歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.8

2023-05-23 | 歯科症状

.現代の歯周病の診療

1)歯周炎の原因
   
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。

②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。

2)歯周炎の症状

歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。   
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
     歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。

3)歯科での歯周病の治療と予防
  
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
  
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
  
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。


2.歯周病に対する鍼灸治療

1)江戸時代以前の歯科治療方針

①耐え難い歯痛では抜歯

当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった(当然無麻酔で)。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。


②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した  

江戸時代の歯槽膿漏の治療法は、腫れた歯肉に鍼を刺し、膿を出す孔を開けることで鎮痛させたという記録がある。孔から膿を逃がすことが治療の一つとして選択された。
江戸時代以前、「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に逃がせない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。


③虫歯地蔵への参拝

江戸時代以前には、虫歯の痛みをなくしてもらおうと、虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。

私は令和3年の5月初旬に、奥多摩にハイキングに出かけたが、旧五日市街道沿いに虫歯地蔵尊を発見して少々驚いた。質素な石仏だった。


 

3.現代の歯科の鍼灸治療

1)歯肉に対する直接刺針

周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージと歯間ブラシの使用であって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、次のように行う。

①どこが腫れているのかを患者に聴取、その圧痛部を患者自身の指頭で指示してもらう。
②術者はその圧痛を確認後、1番針を使って圧痛点から数本直刺し、顔面皮下組織→口腔前庭→歯肉→歯槽骨と入る。
 しっかりと押手を強くして刺入していくと、簡単に歯肉部に響かせることができる。
③歯肉の血行促進を目的に単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通

※圧痛点は口裂の上下一横指の頬部や下顎部に出現する。
下図は、木下晴都「最新鍼灸治療学」からの転用だが、上歯の反応点は外鼻孔の高さであり。下歯の反応点はもっと顎に近い部位になるだろう。私が考えた施術点の図を後に加えてみた。

 


2)歯周炎に対する女膝の灸

①女膝の位置と灸治法

歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、アキレス腱停止部にあり、歯茎との関係は不明だが、形が似ているものは何かしらの関係性があるとする東洋医学的整体観から考察すると次のことはいえるだろう。踵骨を後からみると、前歯と似た形をしている。歯は上半分が歯肉から出て、下半分は歯肉に埋まっている。その境界の歯茎から血や膿がでるのが歯槽膿漏ならば、その境界部分こそ患部であり、位置関係を踵骨に当てはめれば、女膝に相当することになるのではないだろうか。


江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。
骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
 
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
 
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。

②女膝の名称

「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。

歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。

正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。


③女膝が水毒を治す


女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。

肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。

 
<コメント>
桂蓮アップルバウム(2020.11.11)初めてコメントします。アメリカ住まいのケイレン・アップルバウムと申します。
女膝について初めて知りました。
それに歯茎との関連性も初めて知って,そう言えば、歯茎に炎症が会った時、
足のアキレス腱辺りが冷たくなり、いくら温めても冷気がしたことがありました。
それで、足の裏のマッサージをしたら気がつかないうちに口内炎も起こらなくなりました。

私はその関連性については全く分からずにすぎてしまいましたが、今この記事を読んで納得しました。
記事を全部読むことを目指して今日から頑張ります。4.女膝への施灸で、歯肉が引き締まる例(細江久美子氏)女膝への施灸が、歯周炎に対して実際どのような感じで効果あるのか疑問だった時、代田文彦編、玉川病院生情報会著「鍼灸臨床生情報」②の中に、上述タイトルの症例報告を八件したので、かいつまんで紹介する。45才女性。歯槽膿漏で歯が浮いてぐらつき、歯肉がブヨブヨするとのこと。胃腸機能をためるような全身的な治療を行い、最後に女膝を透熱するまで灸をすえた。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時にその効果を問うと、「歯肉がギュッと締まって歯茎が少しピンク色になった。リンゴをかじることもできた」とのことで、その時も女膝に同様の透熱灸を行った。2診目の治療後も歯肉はピシッと引き締まった。ただし持続効果は乏しい。。肩が凝るとのことで来院。。、

4)女膝への透熱灸の効果(細江久美子氏)

女膝への灸が効果あるとすれば、それはどのような感じなのだろうか。疑問に感じていた時、代田文彦監修、日産玉川病院生情報会著「針灸臨床生情報②」の中に、「女膝の施灸で歯肉が引き締まる例(45才、女性)の症例報告を発見した。かいつまんで紹介する。


数年間から歯槽膿漏で歯のグラツキ、歯肉がブヨブヨする感じがあった。症状は右側に強い。歯科治療は受けているが歯槽膿漏に対しては効果は乏しい。胃腸機能を高める全身的治療に加え、最後に女膝へ透熱灸を行った。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時、歯槽膿漏の具合を聴取すると、「歯肉がギュッと締まって、歯肉が少しピンク色になった。リンゴもかじることができた」とのこと。今回も女膝に透熱灸を実施。この治療直後も歯肉はピシッと引き締まった。ただしその効果の持続性は長くない。毎日施灸を続ければ効果が長くなるかもしれない。


顎関節症の針灸治療 改訂2版

2023-01-17 | 歯科症状

1.顎関節症の概念                                                                               

咀嚼や開口時の顎関節とその周囲の疼痛、開口障害と開口時雑音などを主体とする。3大症は、①顎関節痛(開口時、ものを咬む時)、②開口不全(開口しづらい。3横指以下)、③関節雑音(顎の関節がカクカク、ジャリジャリと音がする)。  
 
Ⅰ型~Ⅳ型に分類。それらに当てはまらないものをⅤ型とする。 Ⅴ型の多くは心身症。

Ⅰ型は筋肉の障害。Ⅱ型は靭帯の障害。Ⅲ型は軟骨の主に動きの障害。Ⅳ型は軟骨が変形したもの。痛みが出るタイプはⅠとⅡである。
2つ以上の型を合併することも多い。

                
   <顎関節症の分類> 1996年、日本顎関節学会
   
顎関節症Ⅰ型:筋肉の障害  <噛む時の痛みで咀嚼筋痛。 関節音なし>
顎関節症Ⅱ型:関節包・靱帯の障害。<顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛>。
顎関節症Ⅲ型:関節円板の障害。<開口制限あり。コキッというクリック音>
顎関節症Ⅳ型:変形性顎関節症   <強く咬む時の痛み、ジャリジャリ音がする>
顎関節症Ⅴ型:上記に当てはまらないもの(心身症によるものを含む)。      

顎関節症分類 語呂:「訴訟法人、内緒で変形精神」                                         
①訴訟 咀嚼筋障害(I型) ②法人 関節包・靭帯障害(Ⅱ型) ③内緒 顎関節内障(Ⅲ型)  ④変形 変形性顎関節症(IV型) ⑤精神精神的因子によるもの(Ⅴ型)                        

2.顎関節症Ⅰ型(筋肉痛タイプ)

1)病態
頬や顎の筋肉の炎症が原因した顎関節障害。開口時に痛みがあったり、片頭痛・頬がだるい・重たい・腫れぼったい・顔がゆがむといったもの。口を動かしたり噛んだりするときに必要な筋肉が緊張して炎症を起こし、筋肉に負荷が加わると痛みや、開口制限が出現する。

①閉口筋は、側頭筋・咬筋・内側翼突筋であるが、側頭筋過緊張は側頭部痛を生じ、内側翼筋過緊張時は、下奥歯痛を生じるのみで、顎関節症との関連は薄い。

②開口筋は、外側翼突筋が障害の中心である。
③顎二腹筋は咀嚼筋に分類されず、胸鎖乳突筋と同様に側頸筋に分類される。顎二腹筋には前腹と後腹があるが、顎関節症と関係するのは後腹のみである。

 
2)咬筋刺針

 顎関節症Ⅰ型の治療で治療対象となることが非常に多い。高頻度にみられるのは、咬筋の付着部の多数の圧痛である。患者を強く歯をくいしばった状態にさせ、咬筋の起始・停止の痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。


 

3)外側翼突筋の役割
①開口筋として
”外側翼突筋を制する者は、顎関節症を制す”といわれるほど、外側翼突筋は重要。閉口筋機能である咬む力は食物を咬んだり敵と戦うために欠かせないものであるため、ヒトにおいても側頭筋・咬筋・内側翼突筋など3種の筋が存在するが、開口筋はそれど強い筋力を必要としないので、外側翼突筋単独で担っている。
  
②下顎の突き出し

口を大きく開ける際、下顎頭の回転すると同時に前下方への2横指ほど滑走し、「顎のき出し」運動を行っている。下顎の突き出しが出来ないと大きな開口もできない。本筋の麻痺では下顎が前に突き出せない状態に、本筋の過緊張では下顎が前に出た状態のままになる。
 
外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させる作用なのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用をする。このような表現をすると両筋には拮抗作用があるかのようだが、作用ベクトルが異るので両筋協調することで下顎の回転運動が可能になる。下図で顎二腹筋は舌骨舌筋群に所属する。

③下顎の横づらし
 奥歯で穀物をすり潰す際は、上下の奥歯穀物を入れ、下顎を横にずらしてすり潰す運動必要である。この横ずらし運動は内側翼突筋との共同運動で行われる。
(臨床的には、横づらし機能は「下顎の突き出し」ほど問題にならない)
 
4)外側翼突筋下頭刺針(下関直刺)

 下関から外側翼突筋へ直刺1~2㎝直刺。刺したまま、痛くない範囲で患者に開口運動下顎の横づらし運動を10回ほど行わせる。。
  

5)顎二腹筋後腹への刺針

顎二腹筋は、は舌骨上筋群(舌骨と下顎骨の間にある筋群)の一つで、咀嚼筋ではなく、鎖乳突筋と同じく側頸筋の分類に入る。前腹(三叉神経支配)と後腹(顔面神経支配)に大する。顎関節症で問題となるのは後腹である。
後腹の起始は、乳様突起内側の側頭骨乳突切痕で、停止は中間腱になる。

<開口補助筋としての顎二腹筋の機能>

①顎二腹筋は下顎を後に引きつける作用がある。頭位に応じて、顎の位置を変化させので、上を向くと自然に下顎は後に引っぱられる。
②顎二腹筋後腹は開口筋という点では、外側翼突筋と共同筋である。
一方外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させるのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用があるので、両筋は拮抗関係があるかのようだが、作用ベクトルが異なるので両筋が機すると下顎の回転運動に機能する。

③「 歯ぎしり」とは、強くかみしめた状態で下顎を側方や後方に強く引きつける動作で、これには顎二腹筋が強く働く。その状態が続くと顎二腹筋に痛みを生ずる。
歯ぎしりは、それが関わる運動が障害されることで生じるだけでなく、不安や恐怖、強い神的な緊張、ストレス、中枢性の病気などでも緊張が高まる。
④顎二腹筋の筋力低下時には、顎を奥に引っぱる力が不足するので、大きく開口できなくなる。この時の理学検査は、顎下に指を置き顎先を喉側に押し、大きく開口させてみる。指で押た方が大きく開口できるならば、顎二腹筋前腹の筋力低下を疑う。

 

<顎二腹筋後腹の治療>
 顎下三角(下顎骨の下縁と顎二腹筋の前腹と後腹がつくる三角)中央の陥凹を押圧するとスジばり感じる。これが顎二腹筋の前腹。舌骨と乳様突起の結んだ線上にあるのが顎二腹の後腹。顎二腹筋の緊張では筋硬結を触知でき、押圧で痛みを感じる。
後腹の治療点は、ツボでいうと頬車~天容穴あたりになる。顔を上に向かせて本筋を伸させて刺針するとよい。

3.顎関節症Ⅱ型(関節包・靭帯障害)
 
1)病態

顎関節の関節包や靱帯の炎症による痛み。「痛み」が出るのは、Ⅰ型とⅡ型のみである。顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛という病態で、開口時の痛みは顎関節関節包(とに関節内膜)の炎症に由来。痛みは聴会穴あたりに出現する。

耳珠3穴の語呂:門(耳門)の宮(聴宮)の前で会(聴会)う、巫女(三・小)たち(胆)  
※耳前3穴は、外耳道炎の際の圧痛が出ることが知られている。  

 


大きく開口した際、耳珠やや下方に陥凹を触知できる。聴会穴はこの陥凹にとる。


2)治療

痛みは顎関節部(耳門穴のやや前方)あたりに限局する。経過は比較的短く、放置していも痛みは軽快に至る。顎関節過使用によるから、過使用を避ける生活習慣を指導する。大きな開口を避ける。圧痛ある顎関節部局所に浅刺+円皮針。
    

 

4.顎関節症Ⅲ型(顎関節円板のずれ)
  
顎関節症で最も多いのがⅢ型。治療せず放置している者も多い。下顎頭は生理的に下顎窩から前方脱臼し、滑走することで大きな開口ができる仕組みになっている。正常であれば、滑る際にはに下顎頭上に関節円板が載っている。関節円板の位置がずれているのをⅢ型顎関節症とよび、の2タイプがある。

 
Ⅲa型

閉口時に下顎頭に乗っている関節円板がズレてはずれる時、ポキッと音がする。
下顎頭はその下に無理に戻ろうとする。戻る瞬間にカックンと音がする。
純粋なⅢ型の顎関節症では痛みを生じないが、Ⅰ型などと合併しているケースでは痛みをずる。

Ⅲb型 
常に関節円板がずれているので、口を開けようとしても引っかかったように開かない(音はしない)。
大きく口を開けようとすると痛みがある。
最大開口で縦に指が1~2本しか入らない (正常では3~4横指入る)。

 

1)外側翼突筋上頭への刺針

外側翼突筋上頭の停止は関節円板であり、外側翼突筋上頭収縮時(つまり開口時)によって関節円板が前方に移動する。もし外側翼突筋上頭の収縮力が弱まれば、顎関節円板を十分前方に引っ張ることができず、関節円板の脱臼が起こる。本筋上頭へ刺針すること筋力を回復できるのならば、それが治療効果を生むかもしれないという考え方ができるで   ろう。この理論の是非については、次の報告がヒントを与えてくれる。外側翼突筋の上頭:起始は蝶形骨、停止は顎関節円板。
    

    

※顎関節症Ⅲa型の治験報告(19才、女性)
(皆川陽一ほか明治国際医療大学研究員著:顎関節症Ⅲa型に鍼治療を試みた一症例 転位した関節円板と伴症状に対する 全鍼誌 2010年第60巻5号)
 開口障害、開口・咀嚼時痛が主訴。外側翼突筋に対する刺針を中心とした施術を行い、施術2回目から効果が現れ、治療8回で運動制限と開口障害の改善をみた。だしMRIでは関節円板の転位に著変はなかった。すなわち、外側翼突筋に刺針しても顎関節の転移に変化はないにもかかわらず、運動制限と開口障害の改善をみている。

このことはバネ指や腱鞘炎の治療の考え方とそっくりだと感じた。 

バネ指で、指の腱にできた腫瘤が、腱鞘内を通過できなくても、腱につながる筋がストレッチできていれば、指が伸びる。したがって母指屈筋や深浅指屈筋中に貼りして運動針させるこがバネ指の治療になる。関連筋緊張を緩める(筋を長くする)ことで、腱に加わる張力を減らし、それが症状緩和に役立つということだろう。
すると顎関節の針灸治療は、Ⅰ型は当然のこと、Ⅱ型・Ⅲ型・Ⅳ型においても筋緊張を緩めることで、ある程度の治効果をもたらすといえるのではないかと思った。問題は顎関節症の型ではなく、重症度の問題になるだろう。

 

<下関から顎関節円板に向けての刺針技法> 

①耳孔前(聴宮穴)に指先をあて開口を指示し、術者は下顎骨筋突起の動きを観察。同時にクリック感やシャリシャリ感などの有無を聴取する。
②仰臥位。寸3#2針にて下関穴からを聴宮穴方向に2~3㎝斜刺。針先を顎関節円板方向に向ける。
③刺入したまま、ゆっくりと10回程度開口と閉口を指示。最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺 2.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する。
④まず、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく口するよう指示する。術者は「1、2、‥‥」とカウントしつつ針に上下動の手技を加えつつ「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。


 

<顎関節円板の徒手矯正法>
示指の指腹を前側(鼻方向)にして外耳口に入れ、持続的に押圧する。押圧の際、患者にの開閉を20~30回行なうよう指示する。施術者の示指腹は顎関節の動きを触知でき、持続敵押圧により下顎頭の位置を調整する。

 

5.顎関節症Ⅳ型<変形性顎関節症>

口を開けようとすると痛みがある。引っかかる感じ。関節はカクカクではなく、ザラザラ、ジャリジャリ、ゴリゴリ音と擦れるような音がする。骨と骨の間のクッションがずれ、加齢とともに軟骨が薄くなることで骨同士が直接接触し、変形していく。すると周囲筋の緊張が始まり、口が開かなくなる。以上が急性症状。
 
しかし1週間もすると、症状が治まったかのように顎の痛みがなくなることがある。これは顎関節の骨が変形や摩耗によって滑らかになることで適応し、慢性的な状態になったことを意味するとのこと。 

当院では以前、この記述にそっくりの患者が来院していた。口を開け閉めするだけで顎が ガクガクしてスムーズに動かなかった。最近、同じ患者が別の主旨で来院したことがあった。この時の顎関節症は、滑らかに動いていたので非常に驚いた。良くなった理由を尋ねると、熱心に整体治療をした成果だと話してくれた。いつまでこの状態を維持できるかが問題なのだ。ただ西洋医の指摘したように”顎関節の骨が変形や摩耗によって滑らかになることで適応した”とも考えにくい。整体といっても、いろいろな考え方があることや、まともな理論がいこと(理論というより単なる治療の考え方)などで、信ずるに足りないのが現状である。


歯のくいしばりに対して顎二腹筋後腹への運動針が有効な例(57才、女性)

2022-08-31 | 歯科症状

1.主訴:ふと気づくと、無意識に歯をいしばっているのを自覚する

2.現病歴:20年来、歯のくいしばり症状がある。歯科受診したが、マウスピースを作っただけだった。整骨院や整体院に行くもまったく効果なかった。

3.所見
①開口は正常に可能→外側翼突筋の伸張性は正常。
②下顎を前に突き出す動作(下顎頭の前方滑走)が不足→外側翼突筋下頭の過緊張を疑う。
③下顎を前に突き出した姿勢で、顎の左右ずらしは正常→内側翼突筋の緊張度は正常
④本例の顎二腹筋後腹の圧痛(+)→下顎頭を後方に引く作用筋緊張

4.病態分析
①直接原因は、顎二腹筋後腹の過緊張過により下顎後方引きつけ力の増強による。
②外側翼突筋下頭の緊張も強い。外側翼突筋には下顎頭を前方滑走させる作用があって、顎二腹筋後腹と外側翼突筋下頭の協調運動により下顎が前に出しての開口動作を容易にしている。このことから外側翼突筋下頭も下顎後方への引きつけに関係しているのだろうか。

③動物は、敵と戦う際に噛みつくため、歯を強く食いしばる。その原始的本能がヒトに残っていると、緊張や不安を感じる時に歯をくいしばるのであろう。

5.針灸治療

1)外側翼突筋下頭刺針(下関直刺)
 下関から外側翼突筋へ直刺1~2㎝直刺。直刺では外側翼突筋下頭中に入る。刺したまま痛くない範囲で患者に開口運動、下顎の横づらし運動を10回ほど行わせる。
 ※外側翼突筋上頭への刺針は、顎関節症Ⅲ型時(開口時に関節音、開口不十分)に使用する。

2)顎二腹筋後腹への刺針
仰臥位で上背部にマクラを入れ、頸を過伸展肢位にする。これは顎二腹筋を伸張させた状態にするものである。この状態で顎二腹筋後腹(天容~舌骨部あたり)圧痛硬結に刺針。

6.初回治療直後効果:下顎のつき出し程度が改善。下関部の圧痛軽減


7.解説
歯ぎしりや歯の食いしばりは、マウスピース治療を除き、歯そのものに対する治療で治すのは困難とされている。歯ぎしりは、就寝している際に無自覚的に生ずる強い歯の食いしばりで、その強さによりギシギシと音をたてるほどである。この力のために歯にダメージを与えることはあってマウスピースを推奨するのだが、一方ではストレス発散の一手段だとする見方もあって、たまの歯ぎしりは放置しておいてよいとする見解もある。
歯のくいしばりは、ただし歯ぎしりに比べて、噛む力は弱く、噛む時間も短いが、 顎関節症の一部と捉えることもできるので治療の対象となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


舌痛症の針灸治療からの考察(54才女性)

2022-07-23 | 歯科症状

1.主訴:舌が痛む

2.現病歴、所見
2年前、逆流性食道炎。内服薬で寛解。4ヶ月前から舌が痛くなった。歯科受診すると、精神科で向精神薬処方するよう指示されたが、これは違うと思い、当院ブログをみて当院受診したという。
舌はとくに前方がピリピリする。ちなみに舌はやや肥大で舌質は薄いピンク色。舌苔は白く厚かった。唾液量は正常。顎関節正常。腹部に硬結や圧痛なく、背部は左上~中背部の起立筋緊張あり。不眠なし。

3.病態把握

舌痛症は、症候性が1/4、本態性が3/4である。ただし全身症状良好で精神症状もないようだった。事前に歯科を受診で精神科紹介されているのでひとまず症状性を除外できたので本態性と判断した。

なお舌前2/3の知覚は三叉神経第3枝の舌神経(下顎神経の分枝)で、舌骨上筋群の知覚は下歯槽神経(下顎神経の分枝)であるが、研究者の報告によれば、これらの神経をブロックしても舌痛症状はあまり変化なかったという。そこで舌痛症の現代医療では抗うつ剤投与し、肩こりや不眠などの合併症状に対しては星状神経ブロックが行われるようになった。

 

 

4.針灸治療
 
知覚神経に対する神経ブロック法があまり効果ないということならば、舌痛の原因として疑わしいのは舌痛をもたらす前頸部とくに舌骨上筋の顎二腹筋後腹のトリガー活性である。

舌痛症にマッサージを試みた報告を発見した。舌痛症を筋膜性疼痛症候群(顎舌骨筋・内側翼突筋・胸鎖乳突筋・後頸筋、肩甲上部の僧帽筋)の索状硬結部に圧迫と圧搾マッサージを30分間実施。その際、皮膚表面の摩擦を少なくする目的でマッサージ用オイルを皮膚表面に塗布。自宅ではセルフマッサージ、ストレッチング、生活習慣の指導を併用。4ヶ月間で6回治療で舌の自覚症状や味覚障害が改善したという。
(原節宏、滑川初枝「二次性Burning Month syndromeに筋膜トリガーポイントマッサージ療法を適 応した一例」日本口腔顔面痛学会誌、2011)


5.針灸治療 

トリガーポイント針治療では、筋緊張を問題にしているので、上述報告の施術部位を針に置き換えればよい。初診時には当初、舌上筋部の顎二腹筋後腹に硬結を発見したので、この硬結中に寸6#2で4本を5分間置針、他に上部消化器反応の可能性を考え、腹臥位で左肩甲間部~中背部の筋緊張に対し、起立筋を緩める目的で5分ほど置針。以上で治療終了。舌骨上筋の硬結に対してはせんねん灸を自宅施灸するよう指示した。


6.経過

1週間後再来。舌痛症状は1/3ほど改善し、光明が見えてきたとのこと。
前回治療で最も効果があったと考える舌骨上筋群反応点への刺針は、硬結を治療点として選穴したのだが、もっときちんとした反応点を見出そうと思い、刺針体位を工夫してみた。
それは仰臥位で上部胸椎部下にマクラをはさみ、頸部を過伸展体位にして、舌骨筋を再度触診してみた。すると前回とはことなり、顎舌骨筋部にシコリを触知できた。前回よりも刺激量を増やしても大丈夫そうだったので、2寸#4針に変更してシコリ中まで刺針、5分間置針。置針している間唾液を数回ゴクンと飲ませる一種の運動針を行った。他の治療は前回通り。
 
さらに1週間後再来。舌痛症状は1/2程度になったとのこと。舌骨上筋の圧痛は、左の顎舌骨筋・茎突舌骨筋・顎二腹筋後腹にあったので、硬結を目安に寸6#2で2㎝刺して数分間置針。1日数回自分で、左舌骨上筋の圧痛点を押圧するよう指示した。

 

 

 

上図の説明
舌根穴は、いわゆる舌の根もとの部分で、舌痛に使用。廉泉穴より左右外方1㎝の部は甲状舌骨膜にある上喉頭神経刺激。上後頭神経は咽頭知覚を受け持っているので、本穴からの刺針は、咽痛の対症療法として使用。

 

7.補足:喉のつまり感について

ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。
つまり舌骨上筋の過緊張でも、喉の詰まり感は生ずる。治療は舌骨上筋の緊張を緩めることにある。

 


口内炎の針灸治療 Ver.1.4

2022-07-15 | 歯科症状

1.口内炎の原因

口内炎とは口腔内にできた炎症の総称で、部位別では舌炎・口角炎・歯肉炎などに分類し、性状別ではカタル性・アフタ性・潰瘍性・壊疽性などに分類する。.アフタ性口内炎は
最も多い口内炎で、口腔粘膜に生じる浅い潰瘍(びらん)のことをいう。直径数ミリのびらんが発生し、しばしば中心に白苔をもつ。周囲に10日ほどで消えるが再発を繰り返しやすい。食に際して痛む。アフタ性口内炎の診断には、単純性ヘルペスとの鑑別が必要である。単純性ヘルペスは数個でき、微熱出現する。なおベーチェット病では直径1㎝ほどの大きなアフタができる。

1)創傷性
       口腔の傷+唾液量減少 →  細菌を洗い流せず口内細菌増加→炎症→(潰瘍)口内炎
                 ↑
       ストレス・新陳代謝減少→口腔粘膜の新陳代謝低下→口内炎

口腔の傷の原因は、歯ブラシで傷つけたり、歯で粘膜を噛んだり、魚の骨などが刺さるなど。口内炎患者の口腔内では、常在菌が繁殖して炎症を起こしている。多くの場合は、唾液によって細菌が洗い流され、口内炎になる前に傷が治癒するのだが、唾液分泌が減少して口腔内乾燥すると口内炎になりやすい。

口の粘膜は絶えず新陳代謝で再生してるが、疲労やストレス時ではで新陳代謝が低下し、口内粘膜の代謝も減少し、悪化するとアフタができる。

口腔内乾燥の原因の一つに、声の出し過ぎや女性ホルモン不足がある。
更年期にみる口内炎を、とくに「更年期口内炎」とよぶ。


2)ビタミンB群不足


口内炎に対し、内科医では、まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(チョコラBBなど)を投与するという。

(ビタミンB2不足→口角炎、ビタミンB6不足→舌炎、口内炎)
または口内細菌を殺す目的でトローチを投与。
ビタミン不足が原因で、口内炎になるケースは、1~2割とされ、当然ながらビタミン不足でない者にビタミン剤を使うことは無意味である。まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(B6やB2)を投与。口内細菌を殺す目的でトローチを投与することもある。

※腸内細菌はビタミンB1、B2、B6、B12を合成するので、他疾患治療のための抗生物質の長期投与や下痢症では腸内細菌を殺すことになる。



3)免疫力低下


睡眠不足、過労、ストレスなど。ほかに抗生剤、ステロイドの長期服用による。



2.重篤疾患との鑑別


1)ベーチェット病

口内炎で重要なことは、単独で捉えてよいのか、それとも全身性疾患の部分症状なのかという点である。全身性疾患の代表に更年期障害とベーチェット病がある。
ベーチェットでは直径1㎝ほどの巨大なアフタ性口内炎が初発する。
 
2)口腔癌
口内炎から癌に進行するわけではないが、癌の初期状態に、口内炎によく似ている白板症(はくばんしよう)  とや紅板症(こうばんしよう)といった病変がある。


3.口内炎の現代医学治療


傷や潰瘍で細菌が繁殖→白血球など免疫細胞が戦いを始める→この戦いで組織が破壊されることが炎症、すなわち痛みとなる。すなわち、口内細菌の繁殖を抑えることが根本的な治療になり、その他の治療は、対症療法にすぎず、したがって再発予防には役立たない。


1)うがい
殺菌成分入りのうがい薬(イソジンなど)や洗口液を使ったうがいが効果的である。
20秒間のうがいを3回すれば、口内細菌量が1/10になる。

2)ステロイド系の塗り薬
免疫を抑制し、痛みを和らげる働き→原因をなくすのではなく、症状を緩和させる作用。病院で処方される口内炎の塗り薬の大半がこのタイプ。代表藥はケナログ。口内炎により、痛くて食事ができない場合、とりあえず痛みを抑える意義がある。

3)その他の殺菌・消炎成分入りの塗り薬
大半が市販薬がこのタイプ。塗った場所だけの局所的な殺菌効果である。

4)外科的治療
かつては口内炎部を硝酸銀で灼焼する方法が用いられたが、最近ではレーザー照射がこれに代わった。粘膜を灼焼して痂皮をつくり、外部刺激を遮断することで鎮痛を図る。口内炎部を、すべて痂皮で覆えば鎮痛できる(不完全では痛みは取れない)
  

4.口内炎の針灸治療


舌や頬粘膜、口腔底の痛みは、舌粘膜知覚刺激の結果であり、これは舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の分枝。舌前2/3の粘膜の感覚支配)により中枢に伝達される。他に舌には鼓索神経(顔面神経の枝。舌前2/3の味覚支配。顎下神経節への副交感神経線維)が入る。

   
針灸治療は、項筋緊張緩和→C1~C3神経の鎮静→三叉神経第Ⅲ枝の鎮静→口内炎の鎮痛、という治癒機転を考える。要するに、項部のコリを緩めることが重要である。



1)線香の火の瞬間的接触
 
局所を焼く対症治療で、以前行われた扁桃炎に対する硝酸銀塗布と同じような意義がある。確かに施術直後から痛みを減らすことができる。これはレーザー治療と同じ考えである。
患者は瞬間的に熱く感じる。治癒機転を高めるという効果はあると思うが、口内炎部分を、まんべんなく焼く訳にいかないので、即座に鎮痛はできない(減痛はできる)。

2)交感神経興奮させる目的で、座位での大椎や治喘からの強刺激
   
3)肩髃刺針

長尾正人氏は口内炎の鎮痛に効果があるとして、「肩髃の一本」(医道の日本、平成10年7月号)を紹介している。肩髃穴に、2番針を1㎝ほど刺入、痛みがとれるまで雀啄または10分間置針する。5分以内の置針では効果はなく、7~10分間の置針で、ほぼ確実に数分で痛み消失するという。臂臑よりも効く。

筆者は、数例の口内炎患者に肩髃置針15分間を追試してみたが、明瞭な効果は得られていない。しかし中には「追試して効果があって驚いた」との意見もあった。肩髃刺針の有効性の根拠を推察するに、おそらく頸部交感神経節を刺激した結果、口腔粘膜の血流量が増加して治癒機転が働くのだろうと私は考えている。だとすれば肩中兪からの深刺でも同等の効果が得られると思われる。
 

4)ハスの灸

家伝の灸として「ハスの灸」が知られている。ハスとは長野県北部の狭い地域にみる方言で、化膿姓疾患のこと。植物のハスのことではない。歯バッスとは急性歯肉炎のことをいう。抗生物質のない時代のこと、当地域では「ハスには刃物を見せるな灸で治せ」といわれていたという。ハスの灸の取穴は不明瞭な部分はあるが、歯痛側の肩骨(=肩峰?)の前方2寸の圧して痛む処(肩髃?)。さらに(肩骨から?)背骨に向かって3寸の圧して痛む処(肩髎?)の2点である。この2カ所に米粒大の固ひねりの艾炷を2点交互に時々灰をとりながら20壮以上すえる。一言でうなら肩関節周囲の圧痛点への多壮灸治療で、除痛効果・排膿効果が期待できるという。(池田良一「家伝の灸-ハスの灸」歯肉炎の灸 全鍼誌 51巻3号 2001.5.10)

私は口内炎に対する肩髃の鍼の効果について、懐疑的であったが、ハスの灸の存在を知ることで、今では肩関節と口内炎・歯肉炎の顆に関連性があるようだと考えを改めるようになった。


5)口角炎に対するせんねん灸

1週間前から右口角炎となった。食事をすると口を大きく開けると痛み、かさぶた破けるので治癒なかなか軽快しない。口角炎には灸がよいことを思いだし、せんねん灸(息吹)を局所にすると、気持ち良い熱感を感じたので、もう一壮実施。直後から開口時の痛みは半減した。 
   


下歯痛の針灸治療 ver.1.1

2020-02-28 | 歯科症状

1.針灸適応となる歯痛
歯の激痛に対して、針灸で止痛させることは難しい。しかし関連痛による歯痛(放散性歯痛を含む)による歯痛は効果がある。歯肉痛にも効果がみられる。上歯痛・下歯痛それぞれ2回に分けて考えてみる。

※関連痛を生ずる歯痛のなかで、とくに遠隔部位に生ずる痛みを放散性歯痛とよぶぶ。

2.下歯痛の治療

歯痛の鍼灸治療で、筆者が参考にしているのは、柳谷素霊著「秘 法一本鍼伝書」であり、また木下晴都創案の傍神経刺である。今日で入手できる歯痛の傍神経刺の載っている成書として「最新鍼灸治療学」がある。
 
1)頬車水平刺(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:上歯痛の場合と同じ。但し上歯と下歯とのあいだに手拭をまるめて噛ませるようにする。こうすれば穴が益々明かとなる。
②取穴:下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。
③刺鍼:鍼尖が口吻の方向に向くようにし、鍼尖をして下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的に)に刺し透すやうな心得で刺入する。手技は上歯痛の場合と同じ。 深度は1~1.6寸位。
④注意:刺入しているうち、鍼尖が骨に当ったときのように硬く感ずる、手ごたえがあっても緩やかに旋撚しつつ刺入する。このように刺入せば入るものである。且つ鍼響の感があるものである。但し、耳の中に鍼の響がある場合には鍼尖を下方に向ける(刺鍼転向)、痛む歯に鍼響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後を揉まない。

2)頬車水平刺に対する筆者の見解
柳谷のいう頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激を行っていると思えた。

ペインクリニックで用いる下歯槽神経ブロックは下顎の下方から水平刺する口腔外アプローチと、口腔内の歯肉から刺針する口腔内アプローチがある。刺入部位は3者とも異なるが、マトとなるのが下顎孔あたりになるのが興味深い。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽膿神経の直接刺激はできない。

 ※下歯槽神経の走行:下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、狭車水平刺に含まれる。 
 

 

3)聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)について

聴関とは、聴宮と下関の中間にあることから木下が命名した。しかし聴関穴は、今日の標準経穴位置から検討すると「下関」にほぼ一致しているので注意すべきである。
この部から2寸鍼を使って3.5㎝直刺する。これには咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針狙いがある。(このさらに深部には、三叉神経第3枝の出る卵円孔があり、ペインクリニックでは上顎神経ブロックとして使用される)

この発想はいいとしても、下関から3.5㎝深刺するとなれば、実際には用いづらい施術法といえよう。

 

4.オトガイ孔への刺針の検討

三叉神経第3枝の分枝で、下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、はオトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛とは下歯槽神経痛だともいえる。
ところでオトガイ孔は予想外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させるには案外難しい。それに加え、
オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、下歯痛に効果があるとはいえない。結局オトガイ孔刺針の臨床的価値は乏しいといえる。

 


上歯痛の針灸治療 ver.1.1

2020-02-28 | 歯科症状



歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしなが放散性歯痛のように、 歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手と している。歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、ゆっくりと刺入する。患者が痛む歯に針の響きのあるのを度とする。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

2.客主人移動穴刺針に対する筆者の見解


上記刺針をしても上顎神経やその下流である眼窩下神経を直接刺激することはできない。刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。
側頭筋の深部んは側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。




側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


3.
下関穴(木下晴都の上歯痛に対する傍神経刺)

木下晴都の上歯痛の傍神経刺は「下関」と記されているが、今日の標準経位置からいえば、下関より鼻方向に1センチ前方に移動し、頬骨下縁の下1センチの部位である。これを下関移動穴を呼ぶことにする。この部から同側の外眼角に向けて30°の角度で、約4センチ斜刺する。
すると咬筋浅葉中に刺入される形になる。

咬筋にトリガーが発生すると、次のパターンの放散痛が生ずることが報告されている。咬筋がトリガーをもつと、上歯痛・下歯痛とも起こりえる。


 

咬筋の解剖
大きな浅部と小さな深部に分かれている。三叉神経の第三枝である下顎神経の枝の一つである咬筋神経に支配。

浅部:起始が頬骨弓のの前2/3、停止が下顎骨咬筋粗面下部。

深部:起始が頬骨弓の後ろ2/3で、停止が下顎骨咬筋粗面上部。