AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

東洋医学での皮膚・皮下組織・筋の概念 Ver.2.0

2010-11-09 | 古典概念の現代的解釈



1.皮毛
皮膚(表皮+真皮)とウブ毛のこと。
     
2.腠理(そうり)
1) 皮下組織(皮下脂肪組織)をさす
もともと真皮と皮下組織はゆるく結合している。残酷な話であるが、小動物の毛皮の採取には、動物を生きたままの状態で剥ぐこともあるらしい。剥ぐ時、筋肉は苦痛のあまり緊張し収縮するので、剥ぎやすくなるという。剥がす面を腠理といったのではないか? ここを經脈が流れるという、現代でいう地下水のような認識であろう。流水下では卵の殻を剥くと作業しやすいように、地下水が流れている時、すなわち生きている時には、毛皮が剥ぎやすいと考えていた。

2)体液が出る部
腠理は「汗腺の元」という意味でも用いる。毛口のことを腠理とも呼ぶが、毛口は汗の出口であって、汗腺の元が腠理であり、毛の根元でもある。要するに古代中国人は汗腺と毛孔を区別していなかった。腠理は地下水脈で、毛口は井戸口のようなものである。
また体毛や表皮に皮脂膜をつくるため、毛口からは皮脂も分泌する。古典的に脂は血が変化したものと考えれば、腠理という地下水脈を流れるのは、水と血であることが推定できる。この水や脂を外に放出するのは、「気(この場合はとくに衛気)」の推動作用であり、結果として皮膚表免にも気血水が存在するといえる。
 


地下水脈と井戸口を結ぶ、井戸の縦坑は、一定の広さではなく、状況により広がったり狭まったりする。
縦坑が広がることを、腠理が開くとよぶ。腠理が開く目的は、衛気を外に発散して外界に対する防御のためであり、津液を汗として体外に放出するためである。これを宣散作用とよぶ。腠理が閉じる目的は、津液が体外に漏出することを防ぐことにある。これを固摂作用とよぶ。

古典的に毛孔の開閉は、衛気による防衛の作用とされる。古代中国人は、寒い日に、皮膚から立ち上る水蒸気を観察することで、衛気という概念を想像したのだろう。運動中は体温が高くなり、そのため汗や水蒸気の出る量も増える。これは宣散作用によるものである。
一方「腠理が開く」とは、衛気の活動が乏しく、気の固摂作用低下で自汗(暑くもないのに汗が出る)するようになる。

      「固摂」:スリットを閉じ、津液が体外に漏出することを防ぐ作用
      「宣散」:スリットを開き衛気を外に発散し、津液を汗として体外に放出する作用。
     

.肌肉と筋(すじ)
古代中国人は、筋肉を、肌肉と筋(すじ)に区別して認識していた。体幹の背部、胸腹部にある軟らかい筋を肌肉とよび、前腕、下腿にあるスジ状の筋肉や腱を、筋(スジ)とよんで区別した。
剣術の修業では、持久力よりも敏捷性を重視した。俊敏性を身につけるため、体幹の筋肉を落とし、四肢の筋肉を鍛える修業をした。だから剣術の達人は、一見すると痩せている人が多い。かつて野球のバッティングの練習で、2本バットを持って振ることは、現代では持久力はつくが、動きが鈍くなるので好ましくないとされるようになった。
 


刺絡法の整理

2010-11-02 | やや特殊な針灸技術

1.刺絡の法的側面 
平成17年6月14日の内閣の答弁以後、針灸師の行う刺絡の正当性は認識されたが、その正当性は「あくまでも個別の判断が必要」との要件づきである。現在でも、針灸学校教育や月雑誌「医道の日本」でも刺絡治療はタブー視されている。その一方で、平成3年頃から<日本刺絡学会>が発足している。

いずれにしても、刺絡は針灸治療の一方法として、当院では普通に行われており、現在まで重大な医療過誤は生じていない。しかし私的勉強会で、私は刺絡を指導したことがあるが、それを聴いた教え子の某先生は、患者からバンバン刺絡するようになってしまった。こういう人がいるから困る。

2.古典での刺絡の位置づけ
 『素問』三部九候論篇には次のように記されている。実するときには之を寫し、虚するときには之を補え。必ず先ず其の血脉を去れ。而して後に之を調えよ」文中の「血脉」とは、瘀血のことである。

治療の際には、必ず先に刺絡をして瘀血を去り、その後に毫針によって虚実を調えよ、という。毫針による治療を行う前に、まず刺絡をすることが一般的だったらしい。

針灸治療には去法と実法があり、まず去法(刺絡のこと)を行った後に、実法として、通常の針灸治療を行うと師匠に教わった。

3.刺絡に適する針の種類
刺絡は、針治療の一手段として、古来から行われていた。古代では、鋒針により刺絡が行われ、現代では三稜針に取って代わった。だだし三稜針は入手困難なことから、ディスポ注射針で行われることも多い。

刺絡用として使い易いのは、21ゲージ程度の太さであろう。細いと出血させるのが難しく、太いと刺痛が強くなる。
※ゲージ(G)とは、1インチ(25.4mm)の何分の1かを表しており、21Gは外径0.80mmの太さの針。ゲージ番号が大きいほど細くなる。

4.刺絡の分類
1)乱刺刺絡(工藤訓正医師の造語)
方法:筋肉や皮膚表面が数センチの面積で緊張している時、この面に対して数カ所~十数カ所刺絡し、指頭で血を絞り出す方法。

目的:筋緊張→鬱血→筋緊張という、コリの悪循環を遮断する。鬱血の改善→コリの改善を目的とする。

2)細絡刺絡
方法:細絡から刺絡する方法。静脈圧が強い場合、刺絡針を抜針しただけで、静脈血が出てくる。放血後、軽く絞ってテープ固定する。
静脈血が弱い場合、刺絡しただけでは、ほとんど血は出ない。軽く周囲を圧して血を絞り出すが、治療効果は劣る。

目的:周囲軟部組織の緊張等により、局所の静脈環流が悪くなっている(=瘀血)ため、血液が流出できない。この状況で静脈が流入するので、目に見えないほど細い静脈であっても、次第に膨らんで、細絡を形成する。すると局所静脈圧が高まることで、痛みを誘発する。この状況で、細絡刺絡をすれば、静脈圧が減少し、治癒機転が働く。

3)井穴刺絡
方法:手足の爪甲根部去ること1分から刺絡することで、数滴の血を出す方法。

目的:手足の尖端には動静脈吻合とよばれる装置がある。手足の末端には毛細血管があるが、その少し手前の爪甲根部あたりには、小動脈→小静脈とショートカットする脈管があり、手足末端の血行調整をしている。この部から刺絡することは、動静脈吻合を刺激し、全身的な血行動態に変化を与え   ることができる。例→狭心痛に少衝刺絡。
   
阿保-福田理論では、井穴刺絡すると身体は副交感神経優位に作用するということである。そんなに簡単にいくもなのかとの疑念は残る。

5.増強法としての湿吸
吸角法には、乾吸(皮膚に単に吸角をかける方法)と湿吸(点状刺絡または細絡刺絡した後に吸角をかける方法)がある。

1)乾吸の臨床的意義
乾吸をかける→患者は交感神経緊張状態になり、リフレッシュ効果が得られる。
乾吸をはずす→5分~15分後に吸角をはずせば、副交感神経緊張状態になりリラクセーション効果が得られる。
 
乾吸の効果は、このリラクセーション効果を期待している。したがって、もともと交感神経緊張状態にない者(≒虚証体質者)には、適応とならず、乾吸をしても「気持ちよい」との感想は得られない。

2)湿吸の意義(私見)
刺絡とは、血を少量出すことで効果が得られる。刺絡しても予想したほどの血が出ない場合、治療効果があまりないことになるが、こうした場合、陰圧にすることによって放血を促進できる。細絡刺絡や点状刺絡の効果増強法として用いられる。
またプラスアルファの作用として、乾吸時と同じくリラクセーション効果が期待できる。

6.臨床で効果がある実戦的刺絡

1)井穴刺絡:指先の知覚低下に有効。糖尿病性知覚障害にも一時的に有効。

2)風府刺絡:点状刺絡。ときに電動吸角併用。後頭部痛、項コリ、不眠、眼精疲労時、項部に発赤があり、充満感がある(虚 していない)場合に有効。

3)五十肩で上腕挙上時に、上腕外側が痛む(上腕外側皮神経痛)場合、症状部から点状刺絡して有効。ただし持続効果は丸1日程度。

4)肝兪刺絡:ストレスが溜まり、背部のコリが強い場合、肝兪あたりから点状刺絡(ときに湿吸)する。

5)L5-S1棘突起付近の細絡刺絡:腰痛を訴える者で、同部付近に細絡があれば、細絡刺絡して有効。

6)委中刺絡:腰痛で前屈困難であり、局所に針灸しても効果が乏しい場合、委中から刺絡して著効を得る場合がある。委中刺絡は膝窩静脈から刺絡するので、細絡刺絡とは異なる。(故)間中喜雄先生は、患者を立位にして委中から刺絡していた。本人が医師だがらいいようなものだが、この体位では血が噴き出すことがある。伏臥位で行うべきだろう。